野生のふんどし、美魔女の寝室でクライシス?
眠い。
でも、随分長いこと眠っていた気がする。
俺には起きてやらなきゃいけないことがあったはずだ。
それに、変な羽のようなものが顔に、身体に、さっきからふわふわかかって気色悪い。
佐吉の尻尾か? あいつ、また俺にケツを向けて寝てんのか? しょうがないヤツだ。
よし、頑張って目を開けよう。
「たーんざん。おはよ」
な、なんだ? 目の前にどアップの顔が!
「ひゃあああ⁉」
思わず情けない声を上げつつ、俺は勢いよくベッドから飛び起きた。
勢い余ってシーツが体に絡まり、危うく床に転げ落ちそうになりながら。
あれ? 俺なんでふんどし一丁なんだ?
それはともかく、バクバクと激しく鐘を打つ心臓を押さえながら、
俺の顔を覗き込むエミリを睨みつけた。
「お、驚かすなよ! なんでお前が目の前にいるんだよ⁉」
「あら、驚かせちゃった? ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったんだけど」
そう言いながら手を伸ばして俺の頬をそっと撫でる。
あのフワフワの正体はこれだったのか。
夢見心地だった頭が一気に冷めていく。
その手を顔から首、胸に滑らせていく。なんだ? 何なんだ?
「ちょっと、エミリ」
「なあに?」
「その手、くすぐったいからやめろ」
「くすぐったい? 大丈夫、すぐに気持ちよくなるわ」
エミリの言ってることは意味不明だ。
なんでくすぐったい、或いは気色悪い感触が気持ちよくなるんだ?
「おい、本気でやめろって!」
俺は焦ってその細い手首を掴み、胸元から引き剥がそうとした。
しかしエミリは身を引くどころか、むしろ俺の抵抗を楽しむように、
さらにその距離を詰めてくる。
ふわりと、彼女の髪から甘ったるい香りが漂い、鼻腔をくすぐる。
「私に抵抗するの? なんで?」
悪戯っぽく微笑む彼女の瞳は、熱を帯びて俺をじっと見つめている。
「私たち、いいなずけじゃないの」
確かにそれは子供の頃、親父が決めたことだ。
でも、「いいなずけ」って「言いなり」って意味じゃないだろ?
「ようやくここまで辿り着いたわ。エミリ、もう待てない」
…何を待てないんだ?
わけも分からず組み敷かれるような体勢のまま、俺の背中にじっとりと冷や汗が流れた。
なんか知らないが、これはどう考えてもいいシチュエーションではない。
うっ。
おい。
ナメクジのような片手が俺の腹の上、へそのところまで到達した。
一体どうしたっていうんだ?
「やめろッ!」
思わず力任せにエミリの手首を掴み取り、へその上から強引に引き剥がした。
すると、
ドサッ。
い、息ができない…。
巨大な肉まんのような胸が顔にめり込む。
俺を窒息死させるつもりか⁉
あ、少しずれた。ホッ。
えっ⁉
今度は猫のように俺の顔を舐めて口を首へと滑らせていく。
釣り用のミミズが這いまわっているみたいだ。
慌ててエミリの両肩に手を当てて押し戻す。
「エ、エミリ、どうしたんだ⁉ 何やってる⁉ 正気か⁉」
「……」
俺はゼーハーゼーハーと肩で息をしながら睨みつけた。
「湛山… もしかして……」
「もしかして、何だ?」
「もしかして… こういうの、初めて?」
「こういうの? 何のことだ?」
「やっぱり」
そう言ってにんまりと嬉しそうな笑みを浮かべる。
今日のエミリは本当にどうかしてる。
変なものでも食ったんだろうか。
腐ったリンゴとか。
…ん?
腐ったリンゴ。
匂い。
ガス。
「ああっ‼」
「びっくりした! 急にどうしたの?」
「マヤは? マヤはどこだ? レディと佐吉、ジェイミーとルイは?」
思い出した。
忘れるなんてどうかしてた。
「んもう、余計な記憶が戻ってきちゃったのね。
効き目が強すぎるとできなくなっちゃうから抑えておいたんだけど、困ったものだわ」
「効き目? 何のことだ? 俺に何か変な薬を飲ませたのか?」
エミリは、はあ、とため息をつく。
「飲ませたのではないわ。神に誓って。それより、やっと二人きりになれたのよ。
余計なことは置いといてさっさといたしましょう」
またわけのわからんことを言う!
「何をいたすんだ?」
「いたしましょうっていえば、アレに決まってるんだけど。
エミリのイノセントな口からそんなこと言わせないで」
俺が引き続き、きょとんとしていると、向こうも苛立ってきたようだ。
「湛山、マジでそんなことも知らないの? これはもう強制執行しかないわね」
え? え?
「いただきます!」
ここに食い物なんてないだろうが、と思っていたら、誰かが部屋の扉をノックした。
「エミリ? そこにいるんだよね?」
エミリが舌打ちする。
「いるわよ。あっちに行ってて。今取り込み中」
「この迷子を見つけた。研究所に入ってきてウロウロと邪魔になってしょうがない。
何とかしてくれ」
扉が少しだけ開いた。
「オン!」
「佐吉! お前、どうしてここに――」
と言いかけたが、エミリのベッドの上で遊んでると思ったのか、勢いよく飛び乗ってきた。
「ちょ、ちょっと、あたしのエジプト製高級シーツが毛だらけになっちゃう! 佐吉!
いますぐ降りなさい!」
「おい佐吉! 顔を舐めるな! 冷てえ!」
佐吉はエミリの喚き声などどこ吹く風で、俺の胸に前足を乗せ、
嬉しそうにペロペロ攻撃しながら尻尾をブンブン振っている。
「た、湛山、今すぐその獣を私のベッドから降ろして!」
「けだものなんて言うな! 佐吉は俺の大事な相棒だ!」
ペローリ。
こいつ、だいぶ言葉が理解できるようになってきたんじゃないか?
多分レディのおかげだな。
「早く! その犬畜生を降ろせっつってんだよ!」
「わかったよ。まったく、俺以上にひでぇ言葉使いだな。そんな金切り声で叫ぶなよ。
ヒステリックなばあさんみたいだぞ」
「ヒ、ヒステリックな… ば、ばあさん⁉ この私が⁉ なんてことを言うの⁉」
一瞬、エミリの美しい顔が鬼のように見えて目をこすると、再びノックの音が聞こえた。
「失礼いたします」
「その声は――青木さん!」
「入室させていただいてよろしいでしょうか?」
「ああ、入ってくれ!」
ぴしっとしたスーツ姿で官邸のスーパー運転手が登場した。
彼がいるだけで安心できる。
これが大人の男ってことだよな。
俺も見習わなくちゃ。
「湛山様、お洋服をお召しになってください」
と、床に投げ捨てられた服を拾って整え、手渡してくれた。
「どうも」
「ああ、こちらがエミリ様ですね。お噂はかねがね」
「な、なんなのよ、あんた、人の寝室に突然入ってきて⁉」
エミリが胸元でシーツを握りしめる。
「どうかお気になさらず」
そのままつかつかとエミリの目の前に進む。
「エミリ様はちゃんとネグリジェをご着用なのですね。とても素敵です」
と言ってポケットから何かを取り出した。
カシャッ。
「えっ⁉」
その両手首に手錠をかけた。
「さあ、まいりましょう。東京までお連れいたします」
青木さんがエミリを立たせ、俺にも部屋を出るよう促した。
「青木さん、少しだけ待ってくれ」
「はい? なにかございましたか?」
「この部屋の甘ったるい、変な匂いを中和させていった方がよさそうだ。
佐吉、プチスペシャルを頼めるか?」
「オン!」
「小さいヤツでいいからな。俺たちが廊下に出る間際だぞ」
「オン!」
ぷわっふ!
俺は息を止めながら静かに扉を閉めた。




