マヤ、囚われの身に… しかし檻の中でオーバーヒート?
「冷たっ! ちょっと、何これ!?」
あたしたちは公用車ごと、コンクリート剥き出しの監禁室に押し込まれていた。
天井のノズルから、バシャーーーッ!とナイアガラのごとく謎の液体が降り注ぐ。
センチュリーのフロントガラスを浸透する謎のシャワーで、
網で絡め取られたあたしたちは全員ずぶ濡れだ。
「うおっ、冷てえ! なんだこの水、妙に甘酸っぱい匂いが…」
「湛山様、マヤ様、目を開けないでください。これはただの水ではありません」
青木さんがワイパーを動かしながら冷静に告げる。
急いで内臓プロセッサーで液体成分を高速スキャンすると、案の定、不穏なデータが弾き出された。
「幻覚リンゴのエキス…⁉ 濃度80パーセントの超高濃縮液だ!」
「ワンワン!」
後部座席で佐吉が激しく吠える。
ストレッチャーに連なったジェイミーたちは、液体を浴びてさらに大爆笑を加速させている。
「ギャハハハ! 雨だ! リンゴの雨が降ってるー!」
「あらあら可哀そうに、皆さん濡れネズミになってしまったのね。ホホホホホ」
高笑いと共に、牢獄の頑丈な鉄格子の向こう側に、照明がパッと灯った。
長い髪をかき上げ、サディスティックな笑みを浮かべてエミリが立っていた。
あの怯えたポーズは完全に消え去り、妖艶な黒いドレスに身を包んでいる。
「エミリ!これ、どういうこと⁉ あたしたちをどうするつもり⁉」
「どうするもこうするもないわ、カメラマンロボットさん。
しつこく私の家に押しかけて来たのはあなたたちの方でしょ」
「あたしたちはジェイミーを探してただけよ!」
「大統領のご令嬢ならば役に立ってくれそうだから、
ここに残ってもらうことにしたの。問題ないでしょ? 彼女は超ハッピーよ。
そうよね、ジェイミー?」
「ハッピー、ハッピー! ちょっと寒いけどスーパーハッピー!」
「大統領令嬢を薬漬けにするなんて、何が目的よ⁉」
「目的? 私の幻覚リンゴで全世界のAIサピエンスや、あちこちで密かに生き続ける人間を
ハッピーな奴隷にして、完璧な私の理想郷を築くのよ。簡単に言うと、世界制覇ね」
エミリはあたしを冷たく一瞥し、すぐに視線を湛山に移した。
その瞳には、本性を現してもなお、獲物を狙う肉食獣のような熱い執着が
ギンギラギンに輝いている。
「でもね、湛山。あなただけは特別よ。私はあなたのその逞しい筋肉も、
貴重な野性的な生命力(遺伝子)も、心から愛しているの。子供の頃からずっと。
だから、私の王国の王様にしてあげる」
「……え? お、俺が王様?」
嘘だろ。
ボロボロの衣服から筋肉を覗かせた野生人間の鼻の下がストレッチしようとしている。
「湛山、デレデレしてんじゃないわよ! こいつ、あんたをモルモットにする気よ!」
レディ、よく言った。
「フフフ、気づくのが遅いわ、カメラマンロボットさん」
「あたしはロボットなんかじゃない! AIサピエンスだ!」
「同じことでしょうが。まずはそのうるさいフェイクドッグもろともおねんねしなさい。
その液体には、強力な皮膚吸収型の麻酔成分を混ぜてあるの」
「しまっ…! システムが、緊急シャットダウ、ン…」
あたしの視界が急速に砂嵐で埋め尽くされていく。
「マヤ…! おい、青木さ…」
湛山の太い腕がドサリと力なく床に落ちる音がした。
そして、あたしの意識は完全に途切れた。
*
は?
内臓プロセッサーが強制再起動を完了し、あたしは跳び起きた。
周りの世界が灰色から鮮やかな色彩を取り戻していく。
あたしたちは公用車から引きずり出され、鉄格子の牢屋に押し込められていた。
コンクリートの冷たい床の感触が、人工皮膚を通して伝わってくる。
「マヤ様。大丈夫ですか?」
隣には、スーツの埃を払いながら、すでに直立不動で待機していた青木さん。
そして足元では、レディと佐吉が心配そうにあたしを見つめている。
「青木さん! ジェイミーは⁉ ルイたちは⁉」
「あちらの檻の中で、まだ幸せそうに眠っています」
青木さんが指差した隣の檻では、ようやく笑い疲れたのか、
ジェイミーたちが泥のように眠りこけていた。全員、リンゴのエキスでベトベトのままだ。
「…待って。湛山は?」
あたしは周囲の生体反応をフルスキャンした。
青木さん、レディ、佐吉、人質4人。
――いない。
野生人間の、あの無駄に熱量のある生体反応が、この地下監禁エリアのどこにも存在していない。
「あいつ、まさか…⁉」
「はい。私も気を失っていたようではっきりと見てはいないのですが、
どうもエミリ女史の手により、別の場所へ連れ去られたようです」
青木さんが眼鏡をクイと押し上げる。
あたしの中の20パーセントの人間要素(嫉妬バグ)が、今度こそ限界突破して火花を散らした。
あのフェイク美魔女、湛山に何をするつもり⁉
いや、それはさておき、冷静になろう。
何としてでも、ジェイミーをここから救い出さなくてはならない。
フリッツとタイラーも。
総理の顔が脳裏に浮かんだ。
この子たちを無事に東京に連れ戻さなければ、国際問題になるのは明白だ。
あたしの来季のボーナスどころじゃない。
「青木さん、牢屋のロックはどうなってるんでしょう? ハッキングできませんか?」
「試してみましたが、物理的な極太のカンヌキ錠と、電子ロックの二重構造です。外側からの解除コードがない限り、私の携帯端末では少々時間がかかりますね」
青木さんが無念そうに首を振る。
世界制覇を企むフェイク美魔女の地下要塞だけあって、セキュリティだけは一級品だ。
「レディ、佐吉、そっちは? 格子の隙間からすり抜けられない?」
「無理よ。この鉄格子、高電圧が流れてるわ。触れた瞬間に犬用フライドポテトになっちゃう」
そうか。一瞬、猫だったらいけたのになと思ったことを反省する。
レディが冷ややかに格子を睨みつける。佐吉も「クゥン」と情けない声だ。
完全に行き詰まった。
あたしの高性能センサーでも、この肉厚のコンクリート壁と高電圧の檻を力任せに破壊するのはリスクが高すぎる。
その時、廊下の奥から再びカツ、カツ、と小気味よい足音が近づいてきた。
現れたのは、先ほど公用車を素手で止めたイケメンサイボーグ執事。
完璧なスーツ姿で鉄格子の前に立ち、優越感溢れる笑みを浮かべている。
「皆様、お目覚めですか。エミリ様からの伝言です。
『おとなしくしていれば命は保証してあげる』とのこと。
もっとも、我が理想郷のハッピーな労働力になっていただく前提ですが」
「湛山はどこ⁉ あのフェイク美魔女、あいつをどこに連れて行ったの⁉」
あたしが格子越しに掴みかからんばかりに吠えると、セバスチャンはフッと鼻で笑った。
「湛山様なら、エミリ様の特別なおもてなしをお受けになっています」
「特別なおもてなし? なにそれ?」
「特別に教えて差し上げましょうか。今頃は、エミリ様の極上の寝室で
身も心もとろけあっていることでしょう」
「……はあ⁉」
あたしのコアプロセッサーが、嫉妬と怒りでオーバーヒートしそうになった。
「マヤさん、落ち着いてください。電子回路が焼き切れます」
「落ち着いてますよ。ええ、落ち着いてますとも。あたしのどこが落ち着いてないと
言うんですか⁉ あたしはクールなAIサピエンスです。
落ち着いてないわけがないじゃないですか!」
青木さんとレディが顔を見合わせ、ため息をついた。
「マヤ」
「何?」
「はい、深呼吸」
「深呼吸? なんで?」
「いいから。はい、大きく吸って――ゆっくり吐いて―― はい、もう一回」
どうしてあたしが相棒犬に言われて深呼吸しなくちゃならないのかわからないが、
ノリでやっちまった。
「少しは落ち着いたみたいいね」
「レディ様、流石です」
何だかあたしひとりバカみたいで面白くないが、
そんなことを気にしている場合ではない。
「ちょっと、そこのイケメン!」
「私の名は『イケメン』ではありません」
「じゃあ、そこの超絶イケメン!」
「…セバスチャンと申します」
「セバスチャン。湛山がとろけ合ってるとかいう部屋に連れてって! 今すぐ!」
「それはいたしかねます。私は皆さまのご様子を確認しに来ただけですので、
これで失礼いたします」
「え⁉ ちょ、ちょっと、待って。待ってえええ‼」
セバスチャンの姿はすでに見えなくなり、足音が段々小さくなっていくだけだった。
どうするんだ、これ⁉
湛山をあのフェイク美魔女から助けなくちゃ――
いや、それよりジェイミーたちを起こして一刻も早くここから逃げないと!
バカ男のレスキューはその後だ。
センサーモード、マックス。
あたしのすべての能力を使って答えを出してやる。
――すると、一瞬、廊下の奥の方に人影が見えた。




