怯える洞窟の美女(注:美魔女)
「エミリ! 一体何がどうなっているんだ⁉ あの男たちは誰なんだ⁉」
湛山がエミリの肩を掴み、戸惑いの声を上げる。
「そんなの、私だって分からないわ……!」
エミリは湛山のボロボロの胸元に顔を埋めて、いかにも怯えた様子で声を震わせた。
「知らない男たちが、突然私の家に押し入ってきて……」
そう来たか。じゃあ、この地下はどう説明するのかな。
「うちの地下がこんなことになっていたなんて、全然知らなかったわ!」
おお、白々しいこと。
あたしの高性能嘘発見プロセッサーがさっきから警告音を鳴らしっぱなしなのだが、
野生人間は基本的に人を信じる傾向にあるようだ。
「そうか、エミリも巻き込まれたんだな」
鼻の下は伸びきって。なんちゅう単細胞。
「私は被害者なの。あなたの助けが必要なの」
はいはい。
「とにかく、ルイたちを助けるのが先だ! エミリ、このガラスを開けてくれ!」
「そんなの、どうやって開けるのか分からないわ。私、こんなのがあるなんて、
本当に全然知らなかったんだってば」
涙を浮かべてしらをきる。思った以上のタマだ。
「マヤ、このガラスの強度、あんたのレーザーか何かで焼き切れないのか?」
「無理。スキャンしたけど、これは2076年最新型の防弾耐爆仕様よ。
あたしの出力じゃ一週間かかるわ」
「なんでそんなものがここに… 湛山、何とかしてェ」
この美魔女、せめてこっちの話に割り込まないで欲しい。
そのべたーっとした口調を聞いていると全身にじんましんが出てきそう。
しかし、次の瞬間——
ドガガガガギシャァァァァァン!!!!
優雅なバロック音楽を粉砕して、鼓膜が裂けるような大爆音が鳴り響いた。
格式高い絵画(本物っぽい)が飾られていた豪華な壁が、コンクリート片とともに
木っ端微塵に吹き飛んだ。
もくもくと立ち込める白い煙を割って、ぬっと姿を現したのは――
なんと、漆黒に輝く我が官邸の公用車だった。
ボンネットから盛大に煙が噴き出している。
助手席の窓からひょっこり顔を出したのは、優雅に耳をぱたぱたさせるレディ。
そして、後部座席の窓からは「ワン!」と元気よく吠える佐吉。
運転席のドアがぱかっと開いた。
「マヤ様、湛山様。大変お待たせいたしました」
「青木さん!」
眼鏡をクイと指で押し上げながら、直立不動で一礼する。
「どこに行ってたんですか⁉ 心配したんですよ!」
ホントは忘れてたけど。
「いやあ、申し訳ありません。皆様とこの敷地に着いてあの畑の横を歩いていたら、
突然何者かの襲撃に遭いまして」
ちらりとエミリを見る。
流石です、青木さん。あなたはバカ湛山みたいにコロッと騙されないですよね。
やっぱりAIサピエンスは野性人間を超えていた。
「少々てこずってしまいました。公用車の外では私など全く役に立たないと思い知らされました。
年ですね」
「いえいえ、とんでもないです」
「車に戻って待機していたのですが、先程レディさんが来てこの洞窟ログハウスの地下から危険な、
腐ったリンゴの匂いがすると仰いまして。時間が惜しいので最短ルートを選びました。
おお、そこの部屋の中で笑っていらっしゃるのがジェイミー様ですね」
「そうなんです。このクソガラスを開けられなくて困っているんです」
「成程、お友だちのフリッツ様にタイラー様も。もう一人の方は――」
「俺の従弟のルイだ」
青木さんの目が瞬時にピッピッと彼らをスキャンした。
「皆様を救出せねばなりませんね」
「何か方法、ありますか?」
「もちろんでございます。お待ちください」
青木さんはトランクへと回り、そこから重厚なガトリング砲を取り出した。
「では、救出作業を開始します。皆さん、少し耳を塞いでいただけますか?」
ガトリング砲の銃口をアクリルガラスへと向け、不敵に微笑む。
「ちょっと、青木さん⁉ それ、跳弾とか大丈夫なんですか⁉」
「ご安心ください、マヤ様。我が内閣調査室特製の超振動徹甲弾です。
跳ね返る前にガラスを分子レベルで粉砕します」
その直後、鼓膜を震わせる凄まじい駆動音が響いた。
バババババババババババババババババババッ!!!!!!
凄まじいマズルフラッシュが高級な地下室を真っ赤に染め上げる。
最新型の防弾耐爆ガラスが、青木さんの冷徹なトリガーハッピーによって、
瞬く間に白い粉末へと変わっていった。
「ひゃあああああ!」
エミリが湛山の背後に隠れて悲鳴を上げる中、ガラスの壁は見事に消滅した。
部屋の中に突入すると、ジェイミーたちはまだゲラゲラと笑い転げている。
「ジェイミー! ルイ! しっかりしろ!」
湛山がルイの肩を掴んで揺さぶるが、ルイは、
「アハハハハ! 湛山、その服ボロボロ! ウケる!」と涙を流しながら笑うばかりだ。
「ダメだ、青木さん! こいつら完全に正気を失ってる! 自分の足で歩けない!」
「想定内です。佐吉様、レディ様、手筈通りに」
青木さんの合図で、公用車のトランクから折りたたみ式の救急担架が4台分、
自動で射出された。
「ワン!」
佐吉が器用にストレッチャーの足を引っ張って組み立てると、
レディが令嬢ジェイミーの服を咥えてストレッチャーの上へと引きずり上げる。
「ハッハッハ! なにこれ、ジェットコースター? わーい! わっはっは!」
あたしと湛山も慌ててフリッツ、タイラー、そしてルイをそれぞれの台に乗せた。
「青木さん、これどうやって運ぶんです⁉」
「公用車の自動牽引モードを使用いたします。ストレッチャー4台、磁力で連結!」
アブラカダブラ的なコマンドを発した。
カチッ! カチッ!
4台のストレッチャーが公用車の後ろに縦一列に連結される。
まるで地下洞窟の中に、即席の爆笑トレインが出来上がったかのようだ。
「湛山さん、マヤさん、助手席と後部座席へ。
…そちらの女性の方も…よろしければトランクの空きスペースへどうぞ」
「トランク⁉ ちょっと、失礼じゃない⁉」
「お乗りにならないのですか? では、我々はこれで失礼いたします」
激怒するエミリを放置して、青木さんが運転席に戻り、アクセルを思い切り踏み込んだ。
「では、脱出します。しっかり掴まっていてください」
バックギアに入れられたセンチュリーが、
4台の爆笑する人質を乗せたストレッチャーを引き連れて、凄まじい勢いでバックを始めた。
「そうはさせるもんですか。セバスチャン! セバちゃん、早くこっちに来なさい!
あの車を止めて!」
エミリが長い髪を魔法使いのように振り乱し、地下室の奥に向かって金切り声を上げた。
ドスゥゥゥン!!!!
地響きとともにラボの奥の扉が開き、姿を現したのは――
先ほど湛山がノックアウトしたはずの、あのぴしっとしたスーツ姿の超絶イケメンスタッフだった。
額から少し血を流してはいるものの、その涼しげな顔立ちと、
完璧にセットされた髪型は一切崩れていない。
ボロ湛山とエラく違うこと。あいつ、人間じゃないな。AIサピエンスだ。
「御意、エミリ様」
セバスチャンは冷徹な瞳のまま呟くと、バックで急加速する公用車の前に一瞬で回り込んだ。
そして、その細身の体からは想像もつかない速度で、
センチュリーのフロントバンパーへと両手を叩きつけた。
ズガァァァァン!!!!
「なっ……!?」
あたしは助手席で目を見開いた。
猛スピードでバックしていた内閣調査室特製の装甲公用車が、
彼の両腕だけで完全にその場に静止させられた。
キキキキ、とタイヤが激しく白煙を上げて空転する。
「……嘘だろ… あのイケメン、サイボーグか何かか⁉」
湛山が後部座席で息を呑む。
「ハァッ!」
セバスチャンが綺麗に仕立てられたスーツの袖を軋ませながら、
公用車のフロントを素手でグイと持ち上げた。
車体が大きく傾き、駆動輪が地面から浮き上がる。
これではいくらアクセルを踏んでも前にも後ろにも進めない。
「……私のセバちゃんは、特注のサイバーインプラントを施した私の最高傑作よ。
おいたが過ぎるわね、お役人さん」
「エ、エミリ⁉」
湛山がショックを受けるのも無理もない。
さっきまでの怯えた表情は完全に消えていた。
エミリが不敵に微笑みながら歩み寄ってくる。
その背後から、数人の武装スタッフが電磁ネットガンを構えて現れた。
バシュッ!と網が放たれ、公用車と、後ろに連結された4台の爆笑ストレッチャーごと、
あたしたちは完全に絡め取られてしまった。
「青木さん、パワー負けしてます! なんとかしてください!」
「申し訳ありません、マヤ様。あの彼の腕力は想定外です…」
青木さんが無念そうにハンドルから手を離す。
万事休す。
せっかく壁をブチ破って現れた救世主の公用車ごと、
あたしたちはエミリの地下要塞に捕らえられてしまった。




