空に輝くオーロラ、そして怒濤の強力援護!
監禁部屋のドアが静かに開いたときは驚いた。
誰かが外から鍵を開けたのだ。間違いない。
辛うじて作動していたあたしのセンサーが何者かの体温を検出した。
佐吉が一番に部屋を出た。
そこで立っている人物を知っているかのように躊躇なく一人で廊下に出て、
そして再びドアを閉めた。一瞬焦ったが、鍵は開けたままで、
それは佐吉が自分一人で見てくるから待っていてくれという意味だとレディが説明した。
謎の人物はご親切に、ジェイミーたちが閉じ込められていた隣の部屋の鍵も開けていった。
拘束されている間中、青木さんは器用に指先でビルトインボタンを押し続けていたようだ。
敵に察知されないよう、それまで拘束バンドを外していなかったのだと謝り、
すぐにあたしを自由にしてくれた。
「さあ、ジェイミー様とルイ様を救出して逃げましょう」
あたしはボロボロになった公用車を指した。
「公用車はどうするんです? このまま置いていくんですか?
外部に見せられない機密の宝庫なんじゃないんですか?」
「ご安心ください、公用車を置いて行ったりしません。我々の移動のために足が必要ですから」
そう言って、スーツのポケットチーフを取り出した。
お、内側に極薄のボタン。
数回長押しすると――
なんと、公用車がガラスシートのようにぺたんこになった。
「…そんな…! どうやってあの大きなマシンがそんな一枚シートに…?」
青木さんがニヤリと笑った。
「技術的なことは省きますが、最先端のフェムトテクノロジーを活用したものです」
それをさらに折りたたんで軽々と持つ青木さんは、常に沈着冷静、AIサピエンスの鏡である。
AIサピエンス界のジェームズ・ボンドみたい。
それに引き換え、あたしはどうだろう。
青木さんに助けてもらってばかりで情けないったらありゃしない。
そりゃあ、あたしはフォトグラファーであって、こんな探偵みたいな任務は本職ではない。
でも、あたしの能力に全幅の信頼を寄せて任命したトップ上司、
我らが総理の期待に応えなくてはならないのだ。
それにしても、このところどうもあたしの中の人間エレメントが増大している気がする。
野性人間と組まされたせいだろうか。
しかし人のせいにしてはAIサピエンスがすたる。
東京に戻ったら一度リブートしよう。
そう決めて自分を奮い立たせ、取り急ぎセルフ・リジェネレイトモードに入った。
まもなくあたしの内臓システムの再起動が終わると、青木がこちらを見た。
「マヤ様、準備はよろしいですか?」
プロセッサーの機能レベルも、ある程度正常値に戻った。
「はい。行きましょう」
センサーオンで周辺に誰もいないことを確認し、隣の部屋の扉を開ける。
「私がジェイミーを連れ出します。青木さんはルイをお願いします」
「承知いたしました」
「ジェイミー。起きてください」
少し揺すると半目になった。
「…え…?」
ぐっすり眠ってる間に身体を侵食していた悪いものが消えたようだ。
やはり睡眠は大事なんだな。
「しっ、声を上げないで、お静かになさってください。ここを脱出します」
ルイも歩けるようだ。
「よし、一気に出ましょう」
あたしが合図をし、静かに建物の外へと飛び出した。
「青木さん!」
「はい、すぐに公用車を復活いたします」
しかし、青木さんが一枚ガラスを洗濯物のようにひらひらさせ始めた瞬間、
あたしたちは大量の足音に囲まれた。
武装集団に包囲されていた。無数の銃口がこっちに向けられている。
慌てて自分を盾にしてジェイミーの前に出たそのとき、突風のごとく、
佐吉がこちらに猛ダッシュしてきた。続けて湛山も走ってくる。
同時に銃声が鳴り響く。
レディが叫ぶ。
「低くよ! もっと低く!」
「オン!」
頭の上すれすれのところを弾がかすめたが、2人は何とか無傷であたしたちと合流した。
しかし、もう1人、いや、もう一人と一頭が武装集団に囲まれることになっただけだ。
「あんたたち、わざわざ戻って来なくてもよかったのに」
「オンオンオン!」
「そんな薄情なことできるわけないって」
ん?
湛山の顔と首筋に赤いものがべったりついている。
血?
…じゃない。触ってみてわかった。
匂いを嗅ぐと… 甘ったるい、あの美魔女の匂いがする。
「口紅だわね」
レディに言われなくてもあたしだってそれくらいわかる。
こいつ、こんな時に一体何をしていたんだ⁉
「こ、これは、お前が考えているようなことじゃない――」
こんなバカ、ひたすら無視するに限る。
「レディ、通訳ありがとね。佐吉、あんたの秘密屁器でこいつら何とかできない?」
「オンオンオン」
「私もそう思う」
「今何て言ったの?」
「マヤ、よく見て。奴らは全員、防毒マスクをしている。
一発お見舞いしたところであたしたちがむせるだけよ」
くっ。
「じゃあ、これでも喰らえ!」
あたしは右腕のプロセッサーを最大出力まで跳ね上げた。
「エレクトロ・ビーム、発射‼」
眩い電磁エネルギーの奔流が、迫りくるアーミーの最前列を吹き飛ばす。
同時に、青木さんも動いた。
「ルイ様、私の後ろへ!」
青木さんはルイの前に立ち塞がり、自分のスーツの襟を掴んで引き裂いた。
胸部プレートを露出し、強力な電磁パルス防壁シールドを周囲に広げた。
「これで敵の弾は避けられます! マヤ様は攻撃に集中してください!」
「わかりました!」
ビームを発射し続けたが、敵の数はあまりにも多い。
ビームのエネルギーチャージが追いつかず、出力も限界を迎えそうだ。
青木さんの防壁も強烈な集中砲火を浴びて火花を散らしている。
万事休すだ。
そのとき、上空から空気を切り裂くような激しい音が響き渡った。
バタバタバタバタバタバーーーッ‼
見上げると、巨大な影が猛スピードで下降してきた。
七色に輝く推進光を放つ美しい機体。
ジェイミーの駆け落ち計画に協力してフリッツとタイラーがお台場のセンターから盗み出した、
超最新鋭プロトタイプドローン「オーロラ」だ。
「ということは… 操縦しているのはタイラーとフリッツ⁉」
ドローンから通信ノイズが響く。
あたしの超センシティブ聴力で聞こえてきたのは確かにタイラーの声だ。
「ひどいなマヤ、僕たちのことを忘れてたでしょ?」
ドキッ。
「え? そ、そんなわけないじゃない! 無事だったのね。良かった!」
「ホントかな。まあいいや。フリッツ、やるぞ。バトルモード起動!」
「了解。あの古臭いスタイルのアーミーを一掃しよう!」
オーロラの機体から無数のマイクロミサイルとレーザー砲攻勢が始まった。
しかし敵もさるもの、厚みのありそうなリンゴ型のドームテントを頭上に浮かせ、
衝撃を吸収する。
「何、あのりんごのクッションみたいなやつ⁉」
「うわあ…」
青木さんが顔をしかめる。
「流石にタイラー様とフリッツ様にオーロラの機能を完璧に使いこなせというのは
難しいようですね。ああ、私があそこにさえいれば敵にダメージを与えられるのに…
悔しいです」
青木さんが悔しそうに歯噛みした、そのときだった。
――ズズズズズズ……ッ‼
地響きのような轟音。
四方の空から、あたしたちの超センシティブ聴力を鋭く突き刺すような大量の駆動音が押し寄せてきた。
雲を割って現れたのは、整然と隊列を組んだ圧倒的な数の戦闘航空機や戦闘ドローン。
――本物の軍隊じゃないか!
オーロラからタイラーの興奮した声が響く。
「マヤ、見て! ダディが米軍を出動させてくれたんだ!」
「そうか、あんたのダディ、アメリカの国防長官だったよね!」
「アメリカだけじゃないぞ」とフリッツの声が重なる。
「僕のパパだって、ほら、西の方を見て」
爆撃機の色が違う。こちらはドイツ軍だ。
米国防長官とドイツ首相のご子息たち。いいとこのボンボンもたまには役に立つじゃん。
「流石です」
防壁シールドを維持しつつ、青木さんが深く頷いた。
「連絡したらこっぴどく怒られたけどね…」
「僕も。帰ったらただじゃおかないって」
「フフ、心配されていたのですよ。親とはそういうものです」
青木さんが目元を和らげた。
「もう大丈夫です。米軍機の向こうをご覧ください」
「…あれは?」
青木さんはスーツの襟を正し、まるで明日の天気予報でもするかのように続けた。
「あれは我が日本の自衛隊でございます。私も常に総理と密に連絡を取り合っておりますので」
…おい。それ、こんな戦場でさりげなくいうことか⁉
日米独の連合軍の登場に、エミリのアーミーは大パニックに陥った。
「撤退! 撤退だ!」
指揮官の悲鳴のような怒号が響き、あれほど統制の取れていた武装集団が一目散に逃げ始めた。
蟻の巣に熱湯をドバドバかけたような感じ。
陸でも数えきれないほどの装甲車で米海兵隊AIサピエンスが現れ、彼らを包囲する。
爆発と轟音、砂煙のカオスと化した。
「マヤ様、油断しないでくださいね!」
青木さんが鋭く警告する。
「わかってます!」
大声で答えながら、視界の隅で逃げ遅れた敵兵の姿を捉えた。
半狂乱になってこちらに何かを投げつけた。
ピンの抜かれた手榴弾。それも1つや2つじゃない。
「ジェイミー、危ないっ‼」
ルイの方に動いていたジェイミーが、あたしの後ろから少し移動していた。
プロセッサーの計算を待つ猶予はない。身体が勝手に動いた。無防備なジェイミーを突き飛ばし、
顔から地面に倒れた。
ズドォォォォンッ‼
鼓膜を引き裂くような爆音。
至近距離で凄まじい衝撃波が炸裂した。
爆風と熱線、そして無数の破片が背中に叩きつけられる。
青木さんのシールドが防ぎきれなかった衝撃が、あたしの体を直撃した。
「がはっ……!」
一斉にレッドアラートがあたしの内臓システム内で鳴り響く。
視界が激しく点滅し、世界がぐにゃりと歪んだ。
地面の硬い感触を最後に、あたしの意識は深い闇の底へと急速に落ちていった。
*
数分経ったのだろうか。聞きなれた声があたしの名前を呼んでいる。
「マヤ! しっかりしろ!」
ぶっとい腕があたしを起こそうとしている。
「しっかりしろ! 死ぬな!」
あたしの頬をバシバシ叩く。痛いっつーの!
「マヤ! 帰ってこい!」
これ以上はたかれると溜まったものじゃないので、必死に目を開けた。
パチ。
「マヤ!」
「聞こえてるわよ、もう。うるさいなあ、耳元でバカみたいな大声で」
「バカみたいな大声ってなんだ、人が心配してやってんのに」
「心配してくれなんて頼んだ覚えはない!」
「あっそう。それは失礼した!」
「ホント、失礼極まりないこと!」
湛山の後ろの方からため息が聞こえた。
「おっと」
誰かが湛山を背後から押して、あたしたちの密着度は500パーセントになった。
「ちょっと、重い! 苦しいって!」
「あ、ごめん」
一瞬の間。
「…肉まん…っていうより一口あんぱんみたいだな」
「…え?」
「いや、何でもない。こっちの話だ」
「何が一口あんぱんみたいなのよ、何が⁉ え⁉」
「何でもないって!」
レディが白目をむき、青木さんが笑っている。
「お二人とも、本当に仲がよろしくて微笑ましいですね」
「ていうか、いい大人がバカみたい、すぐムキになって。ガキか」
「レディ様。それこそ気を許し合っている何よりの証拠です。
最高に気の合うバディじゃありませんか」
「そうなのかしら。私には惹かれ合ってるくせに照れくさくて、
ついケンカばかりしちゃうバカップル未満にしか見えないけど」
「まあ、よろしいじゃありませんか。ほら、佐吉も嬉しそうです」
「オン!」
「くっついてくれると何かと便利なのにな。私の相棒ったら、
もうすぐおばあちゃんになるというのに」
「…はい? レディ様、もしかして――」
レディの頬がほんの少しだけ桜色に染まった。
「そう遠くない将来、パピーが生まれるの」
「おお! それは、それは! おめでとうございます! 佐吉様、おめでとうございます…
ですよね?」
「オン!」
「当然でしょ。他に誰がいるって言うの? とにかく、私の相棒は私のママでもあるんだから、
おばあちゃんとしてもう少ししっかりしてもらわなくちゃ」
そんな声が全く耳に届かないほど、あたしは湛山の一口あんぱん発言を激しく追及していた。
そこから離れた林の中に1人、双眼鏡を持つ手がわなわな震えている者がいた。
歯が欠けるほど強く歯ぎしりするエミリだった。
高級フレンチシルクのハンカチを噛み、ぎゅっと握りしめ、地団駄を踏んでいる。
「あの女何なのよ、湛山とイチャイチャして! 湛山とイチャイチャするのは私なのに!
ああ、はらわたが煮えくり返る!」
「エミリ様」
振り向くと、超絶イケメンが跪いている。
「ヤツらが我々に気づく前に行きましょう。新たなエミちゃんワールドの準備は整っております」
「わかったわ、セバちゃん」
エミリは最後にもう一度、双眼鏡を覗いた。
「私に勝ったなどと思わないことね。見てなさい、すぐにたっぷりお返ししてあげるから」
「幻覚リンゴをお使いになるのですか?」
「りんごはぼちぼち時期的に終わるから、今度は… そうねえ、大根アメにでもするかのう」
「……梅干しでもよろしいかと存じます」
エミリの顔が火を吹いたように赤くなった。
「セバちゃん! あんたまで私を年寄り扱いする気? 誰が梅干しばばあよ、え⁉」
「わ、わたしはそんなことひとことも申しておりません…
エミリ様は世界で一番美しい20代の美女でいらっしゃいます。
わかりきったことではありませんか」
「わかりきってりゃいいのよ、わかりきってりゃ」
「もちろんわかりきっております。ビーナスもクレオパトラも楊貴妃もグレタ・ガルボも
マリリン・モンローもその美しさに圧倒されて尻尾を巻いて逃げる、我が極上の絶世の美女、
永遠のミス・ユニバース、ヤング美女・オブ・ザ・美女、エミリ様でいらっしゃいます。
しかし、これ以上の長居は賢明ではございません。まいりましょう」
「がってん承知した――いえ、行きましょう」
内心、やれやれと密かに思うセバスチャンだった。
元所長の命令とはいえ、フェイク美魔女にずっとついているのも楽ではない。
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