行方不明者続出? 迫るエミちゃんワールドの脅威
ここは深い森の中とあり、少しは匂いが緩和されたようだった。
心なしか、近くの木々の元気がないような気もしたが、
ダメ押し的に佐吉が幹に向かって片足を上げているのを見た時は思わず、
いい加減にしろよと言いそうになった。
何だか自然破壊しているようで、あたしは心の中で詫びた。
(大自然よ、耐えてくれ)
先を行くレディと、慌てて彼女に追いつこうとする佐吉に続き、
急ぎ足で元いた場所に戻ると、ほどなくして湛山が帰ってきた。
「おい!」
ドキ。
見ていたってバレた?
いや、そんなはずはない。湛山が気づいていたら、
あたしのセンサーが認知したはずだ。
「おい、佐吉! 」
よかった、あたしじゃなかった。
「さっきの屁は何だ? お前、所かまわずブーブーやりすぎだぞ!
流石の俺もびっくりして、コケて滝壺に呑まれそうだった」
嘘ばっかり。美魔女の毒牙にかかりそうになってたくせに。
とは言わない。言ったところでまた言い合いになるだけだ。
佐吉はレディをちらっと見るが、「し―らない」とばかりにペロペロ、
前足ケアをしている。
そしておもむろに顔を上げる。
「ねえ、マヤ。ルイとジェイミーも自然のシャワーを浴びにいったの?」
湛山が彼女を見る。
「ルイとジェイミーも?」
「さっき滝で水浴びしてきたんでしょ?」
「な、何でそれを? お前、覗き見してたのか?」
「失礼なこと言わないで。私の聴力、並みじゃないのよ。
離れていても音と勘で分かるわ。それだけ」
「…本当か?」
「何よ、見たら減るとでも? 見られたくない恥ずかしいカラダをしてるとか?」
「そ、そんなことはない!」
「別に犬の私があんたのハダカを見たところでどうってことないでしょ。
それとも見られるとマズイことでもしてたの?」
「m、m、まさか!」
「そうよね」
ヤツをじわりじわりと意地悪く追い詰める頼もしい相棒だ。
湛山は明らかに焦ってる。どうやらさっきの滝の下のエミリとの… 出来事は、
2人で示し合わせていけないことをしようとしてたんじゃんなかったようだ。
彼女の一方的なアクションだった。いや、別にどうでもいいけど。
あたしは立ち上がり、ブルブルっと犬みたいに頭を振った。
「私、見てくる」
湛山の顔がちょっと赤らんでる。
あたしもさっきのあんたたちを見てた、なんてひとことも言ってないのにね。
野生人間って純情なのか?
「お前、滝の場所が分かるのか? まさかさっき――」
「レディほどではないけど、私の聴力も人間の100倍は優秀だから、
水の音くらい辿って行けるわ。あなたが滝に入ってたことくらい、
その濡れた服を見れば誰だってわかるじゃない」
「そ、そうだな。ハハハ」
ハハハじゃねーよ、バカ湛山。
ああ、何だかモヤモヤする。
とにかく、まるで人間であるかのようなこの感情の起伏はよくない。
あたしは急いでさっきの滝に向かった。
しかし、周囲を歩き、確認したが、
ルイとジェイミーはどこにもいない。
あの美魔女、まさか――
湛山の誘惑を試みる前に彼らをどうにかしたのだろうか?
そんな時間はなかったはずだ。
でも、現に二人はいない。
慌てて探したが、やはりどこにもいない。
急いで戻った。
「ルイとジェイミーがどこにもいない。あの美魔女に違いない。
彼女の洞窟に戻ろう!」
洋服がだいぶ乾いた湛山が即座に反応した。
「マヤ、落ち着け。ルイは土地勘がある。先に行ったのかもしれん。
それより、どうしてエミリが連れ去ったと決めつけるんだ?
彼女の家にお邪魔した時もずっと敵対視しているじゃないか。感じ悪いぞ」
「いい加減にして! あんたこそ、なんで彼女の方ばかり持つの⁉
根拠でもあるわけ?」
「根拠なんて… 昔から知ってて信頼できる人だって言ってるんだ!」
「ばっかじゃないの⁉」
「ばっかとは何だ、ばっかとは⁉」
あ~あ、湛山とまた揉めてしまった。
でも、あたしが言ってることは正しい。内臓プロセッサーがそう示している。
ということは、問題は湛山にある。
従って引き続き、いや、より明確にものを言うのが正解だろう。
「バカみたいに下半身主導でものを言ってるからバカと言ってんの。
それの何が悪い?」
湛山の顔が真っ赤になった。
「……見たな」
「何を?」
流石にこれじゃあきりがない。そう思いつつも、
湛山があの美魔女を庇えば庇うほど腹が立ってきた。
見かねたレディが強制終了してくれて助かった。
「2人とも、いい加減にして! とにかくジェイミーを探すんでしょ?
連れ戻すために私たちはここにいるんでしょ? 湛山もマヤも、
ちょっとは冷静になってよ!」
「あ、あたしは何も――」
「はい、はい、わかった。今すぐあの洞窟に戻りましょう。
佐吉、あんたがリードして。怪しい動きがあったらすぐに合図するのよ」
佐吉が尻尾を振って返事する。
もはや上官と忠実な部下である。
そう、ジェイミーの連れ戻しが優先だ。
速足で歩き始め、50メートルくらい進むとレディが振り向いた。
「そういえばフリッツとタイラーはどこ? 洞窟ログハウスに入るまでは一緒だったのに。
どっか行くって言ってた?」
あたしとしたことが。美魔女と佐吉の秘密屁器に気をとられて、彼らをすっかり忘れていた。
もはやジェイミーひとりだけではなく、フリッツとタイラーまで探さなくてはならない。
ジェイミーの捜索が進むどころか、ますますややこしくなってきた。
*
その頃、エミリのエミちゃんワールドでは――
「セバスチャン! 私がいつ、この子たちを連れてこいと言った⁉」
「も、申し訳ありません、エミリ様。先程の他の面々とこちらに侵入しようとしていた時に、
その背の低い方のAIサピエンスが何やら怪しげな端末を操作し始めていたもので――」
「それでえいやっと捕らえたわけ? いつも言ってるでしょ、捕らえる対象を決めるのは私だって」
「申し訳ありません!」
ガラスの仕切りの向こうで床に転げるフリッツとタイラーを見て、エミリはため息をつく。
(右の部屋には大統領のご令嬢が笑い転げて、お菓子のおかわりを要求しっぱなし。
こっちの左の部屋のこいつらもゲラゲラとひっくり返って大笑いしている。
あの幻覚リンゴは、AIサピエンスを眠らせるように開発したのに、
一体何が起こっているの⁉ 今の若い子の構造が変わってきているとでもいうの⁉)
幻覚リンゴは、自らが長年研究を重ね、細かく分析した結果の成果物だ。
自分がミスをするわけなどない。
なのに、なぜこのAIサピエンスのガキどもはトリップしているかのように
大声で笑いまくっているのだ⁉
(しょうがない。こいつらを使って実験するしかない)
「もういいわ、セバスチャン。この子たち、うるさいから、
お菓子と飲み物だけ適当に与え続けててちょうだい」
「かしこまりました」
エミリはラボに向かった。
そこでは、白衣を着たロマンスグレーが作業中だった。
「どう、先生? 進んでる?」
「やあ、エミリ。ぼちぼちだね」
この元野性人間だけは昔の話し方のままだ。
エミリとしてはもっと自分をリスペクトすべきだと苦々しく思っていたが、
しかし元研究所所長で自分の上司だったこの男が、昔のままの口調でありながら、
自分の言いなりになるのも悪くない。
(湛山の大切なおじいさまだしね)
使えるだけ使ってやる。世界を私の手中に収めるその日まで。
そしてもちろん、あんたの可愛い孫を手に入れる手助けもさせてあげるわ。
ひとり、ほくそ笑むエミリだった。




