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スエットの切れ端、そして

「あ」

「おっ?」

「あっ!」

「あら」


 全員の視線が、佐吉が咥える切れ端に集まる。


「エミリ、それ…」

「あら、ルイ、あなたが履いているそれとお揃いなのね。

彼女のスエットシャツの切れ端みたい。今朝、どこかで引っかけたのかしら」


 まあ、白々しいこと。


「スエットって、そう簡単に破けないんじゃないですか? よほど力を入れないと」


 今度はエミリの表情が、傷ついた少女漫画の主人公のようになる。


「…都会のあなたたちAIサピエンスは恵まれていていいわよね。

こんな田舎で細々と暮らす私たちの生活など想像もできないでしょう」


 ん? 何が始まるの?


「ここではブティックもなければ、百貨店もない。

同じ洋服をずうっと着るしかないの。

ボロを着ても心は錦… と自分で一生懸命直しながらずっと着続けるの。

当然、生地も傷むのよね… うっ、こんなことをお話するのは

あまりにもみじめで恥ずかしいわ…」


「エミリ、泣かないで」

 湛山がボロ布のハンカチを差し出した。


「俺たちの暮らしは豊かじゃないかもしれないけど、

都会にはない人情とか思いやりとかがあるじゃないか。

慎ましい生活はちっとも恥ずかしいことじゃない」


 慎ましいじゃなくて原始的だろ?

 ったくこいつ… マインドコントロールされてんのか?

 いい加減にしてほしい。


「湛山。ちょっと顔貸してくれる?」

「ん? ああ」


 少し離れたところまで野生バカを連れて行って、

エミリに聞こえないように小声で言った。

「あのさあ、どう考えてもフィルターかかりすぎ。普通に、

冷静に対応してくれる?」

「何のことだ? 俺はいつも普通で冷静だ」

「何が『泣かないで』よ。あの切れ端はまぎれもない物的証拠。

あんたたちの暮らしぶりとか

リユースとかどーでもいいの」

「おい、そんな言い方はないだろう」

「あるの。あんたがここまで盲目的にエミリの言うことをホイホイ聞いて

納得し続けるっつーんだったら、この件から外れてもらう」

「マヤ… 何だかキャラ変してないか?」

「キャラ変してんのはあんただろーが。どう? 冷静になれる? どうする?」


 湛山はあちらで白目をむいているレディをちらっと見る。

 救いの手を求めてるんだろうか。情けねえ。


「マーヤ」

「何よ、レディ」


「あなたもちょっとばかり感情的になってるわね。

ここはお互いさまってことで本題に戻ったらどう?」


 あたしが感情的になってる?

 何でそんなことを言うのだろう。

 あたしは単に湛山の長い鼻の下を元に戻せって言ってるだけなのに。

 と思うけど。


 あ、いかん、いかん。さっき聞こうとしていたのに、

湛山とルイのふざけた対応に呆れかえってすっかり忘れていた。


「エミリさん、私たちがここに着いた時、外で怖そうな男たちに…

お出迎え… いただいたんだけど、彼らは何? あなたの… ボディガードとか?」

 こんな田舎で、とは言わずに聞いた。

「まさかこののどかな長野原でセキュリティスタッフが常駐しているとか

言わないでしょうね?

それともあなた、もしかして超VIPなんですか?」


 へへん。どう答える?

野生人間の幼馴染であんな原始的な集落の女性がVIPだなんて

あるわけない… よね?


 一瞬だけ、エミリの目に焦りのようなものが見えた。

 が、すぐに落ち着き払って、こう返す。

「ああ、セバスチャンたちのこと? もう、彼らは遊びに来るたびにああなの。

いつも調子に乗ってやり過ぎるのよね。俺たちがエミリを守るよ! って

言って私の身の安全を心配くれるのはありがたいけど、

ここでは犯罪もほとんどないし、大丈夫だと言うのにね」


 うっ。湛山を真っすぐ見据えてまつ毛をバチバチやり出した。

「ホントに、エミリ困っちゃう」


「彼らはエミリの友人だったのか」


 バカ。

 こいつ、どーしようもねえ。


 気を取り直して。

「それで、その後友人たちは今いずこに?」

「ああ、さっきちょうど帰るところだったのよ。残念ね、

あなたたちが30分早くいらしていればご紹介できたのに」


 誰がサングラス用心棒にご紹介いただきたいものか。


 ん?

  レディがエミリの方につかつかと歩いていく。

 何? 何か思いついたの?


「ねえ、おばあさま」


 …ピキ。ピキ。ピキ。


 エミリの目玉が飛び出しそうになった。


「おい、レディ――」


「湛山。この案件、降りる?」


「…別にどうでもいいけど」

「ノーということね。今はちょっと黙ってな」

「…絶対キャラ変したな」


 湛山を無視してあたしは胸一杯に期待を膨らませ、

我が相棒の動向を見守った。


「おばあさま… ですって? この私に? ワンちゃん、あなた、

モノを知らなすぎるようね」

「いえいえ、とんでもないですう。私はしがないワンちゃんですう。

ワンちゃん年齢でいうと、20年以上生きたお方は立派なおじいさま、

おばあさまになるので、私はありったけのリスペクトを込めて

おばあさまとお呼びしましたですう」

「……ずいぶんと口の減らない『しがないワンちゃん』ね。

躾がなっていないのね。私が代わりに再教育してあげましょうか?」

「そんな、身に余る光栄、とんでもないですう」


 その時、人が歩いてくる気配がした。

 当然ながら、最初に察知したのはあたし(とレディ)だけど、

瞬時に圧倒されてしまった。


「あーっはっはっは!あーっはっはっは!」

 涙を流して大笑いする女性。


「あれ? 湛山? ルイも? 何でここにいるの? あーはっはっは!」


「ジェイミー!」

 ルイが彼女に駆け寄り、抱きしめた。

 抱きしめたが、当の本人は笑い転げている。


 変なマッシュルームでも食べたのだろうか。


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