完璧すぎる美女のお城
「エミリ! 居るのか? 俺だ、湛山だ!」
湛山の幼馴染、エミリの洞窟ログハウスに入った。
見た目の印象は、綺麗に整った、いかにもきちんとした女性のお城だ。
ただ、生活感がない。きれいすぎる。
あたしのセンサーが、外の音がすべて遮断された、独特の雰囲気を感じた。
「…誰もいない?」
あたしは脳内の環境スキャンシステムを即座にフル稼働させた。
アイボールセンサーが捉えるリビングは、まるでインテリア雑誌のグラビアのようだ。
テーブルにも床にも、ラグにも、埃一つ落ちていない。
だが、その完璧さが不気味な違和感となってあたしのプロセッサーに警告を鳴らす。
「この時間、エミリは自宅にいるはずだ。いないはずがない」
彼女がジェイミーを探す唯一の手掛かりだぞ。佐吉、サーチ!」
「オン!」
クン、クンクン。
普段は間抜け面の佐吉だが、まるで優秀な猟犬のような目になっていた。
うちのレディも佐吉に釣られてか、低く唸りながらリビングの隅々をチェックする。
そしてすぐにあたしに言った。
「マヤ、この部屋の空気、何か変。すべての痕跡が強引に、完璧に消去されている」
あたしが感じた違和感と一致する。
「ほんのわずかだけど、ここの居住者ではない者の匂いがする。
それを押しつぶすように、妙に甘ったるい匂いでカモフラージュした感じ。
何か甘ったるい… 腐りかけのリンゴみたいな匂いがこびりついてるわ」
甘ったるい、腐りかけのリンゴ?
レディの指摘を受け、あたしは空気中の微粒子データを改めて解析した。
確かに、普通の有機物とは違う、特殊なケミカル成分が検出された。
「湛山、動かないで。エミリという人、ただの野生人間じゃないかもしれない」
「えっ?」
「こんな特殊ケミカルが検知されるということは、この部屋ではなくても、
この洞窟のどこかで何らかの実験をしているに違いない。彼女、科学者なの?」
「いや、リンゴ農家で働く、ごく普通の女性だ」
「いや、ちょっと怪しい」
「どこが? エミリは科学者なんかじゃない。俺の幼馴染だぞ?」
「その『幼馴染』が作られたものだとしたら?
湛山、人間の記憶ほど曖昧で、都合よく書き換えられるデータはないのよ」
「おい、マヤ。お前のその作られた目だかシステムだか知らないが、
俺よりエミリを分かるって言うのか⁉」
「あたしは目に見える物質と空気中の成分の事実を述べているだけ。
感情で現実を歪めているのは湛山、あなたのほう」
「あり得ない。ガキの頃から何10年も友達付き合いしてきたんだ」
「あたしの解析能力が信用できないというの?」
「信用するもしないも、エミリは俺と婚約までしてるんだぞ!」
引っぱたかれたような気がした。
「ちょっと、騒がしいわね。勝手に人の家に入って、一体何ごと?」
「エミリ!」
「湛山、お久しぶり。やっと帰ってきたの? お帰り」
清楚系美女が洞窟の奥の方からゆったりと現れた。
片手にティーカップを持ち、欠伸を嚙み殺す。
見た目は20代の、お肌つやつや美女だ。
満面の笑みを浮かべ、カップをテーブルの上に置いて湛山を抱擁する。
しかし、スキャンを継続しているあたしのセンサーが、
そのモチ肌の微細な不自然さを検知し、心拍数の異常な落ち着きも捉えた。
口を開こうとしたが、エミリに先を越された。
「こちらはどなた?」
「ああ、マヤといって、今一緒に働いているんだ」
「ふうん」
美女はあたしをじっと見る。舐めまわすかのように上から下まで。
「…ということは… 人間じゃなくてAIサピエンスなの、あなた?」
まるで人間以下というような言い方。
この女、いいやつじゃないぞ。絶対に。
「はい、AIサピエンスです」
「人間の要素も入ってるけどな」
湛山、黙れ! なんで聞かれてもいない余計なことを言うんだ、この男は?
それほどこのエミリを信頼してるっていうのか?
「住居侵入、と言いたいところだけど、私の湛山と一緒なら仕方ないわね」
私の湛山、だと?
まあ、婚約者であれば自然な言い方なのかも知れない。
でも、今、それ、必要だった?
こいつは絶対にマウントを取ろうとしている。
ばっかじゃないの? あたしは別に湛山とバディを組まされているだけなんだから。
グサッ。
まただ。何だ、この痛み?
「私はレディ。マヤのパートナーよ」
と、レディが間に入ってくれた。
「あら、お利口なワンちゃんね」とエミリが笑った。
「あら、驚かないのね」
レディ、ナイス!
「だって、私の湛山と行動を共にするだけの何かがあるからここにいるんでしょう?
最先端のサイボーグドッグか何かなのかな?」
いけない、レディの眉間にしわが。
この上から目線女の不用意な発言がカチンときたようだ。
「あ、いや、レディはサイボーグじゃないんだ…」
ああ、もう、湛山は引っ込んでて! 慌てて遮った。
「首相官邸のれっきとしたメンバーです」
「あら、そうなの。偉いわね。うちの佐吉みたいね」
「うちの」?
こういう時に限って佐吉がいない。間抜け面はどこにいったんだろう?
あいつがいれば少しは緩衝材になりそうなものなのに。
「佐吉みたい、って? まあ、パートナーという意味では、そうかもね」
レディ、そこまででいいよ。祈るような気持ちでいたが、
正直、続きを聞きたくてあたしはうずうずしている。
「私はマヤの優秀なパートナーだし、佐吉は湛山のパートナー。
それはわかってるわよ、おばさん」
エミリの顔が引きつった。
「お… お、ば…」
「おい、レディ! エミリに向かっておばさんってひどいぞ。まだ20代だぞ!」
やっぱり湛山、エミリを庇うわけね。男ってどうしようもないな。
「いや、30になったんだっけ?」
「失礼ね、まだ20代よ」
「あ、ごめん。そう、20代の若い女性に「おばさん」だなんて、なんてことを言うんだ?」
「そ、そうよ、私はまだ… おばさん… という年じゃないわ。
ワンちゃん、あまり目がよくないのね」
レディの毛が逆立つ。
いかん、いい加減、軌道修正しなくては。
ただ、面白いんで、つい。
急いで咳払いをした。
「そんなことより、エミリさん、私たちはある人物を探しているんですけど、
若いアメリカ人女性の居所をご存じないですか? こちらで朝食を共にされたと聞いています」
「ああ、ジェイミーのこと? 今朝、ルイとジョギングしているところを見かけて
朝食にご招待したあの可愛い方ね。草津温泉に行ったと伝えたはずだけど?
一度日本の温泉に行ってみたかったとおっしゃってたわ。まだ帰って来られないの?」
「そうなんだ。もう一日経とうとしているので、探しているんだ」
黙れ、湛山。
どうしてこのエミリにはペラペラペラペラと饒舌になるんだ?
ほら、レディも呆れてる。
「そうなの。それはちょっと心配だわね」
エミリはそう言ってからため息をつき、あたしの後ろに立つルイの方を向いた。
「ルイ、あなたも一緒にうちで朝食をとればよかったのに。そうすれば私はこんな、
まるで事件容疑者であるかのような扱いを受けなくて済んだのに」
「…ごめん」
ちょっとちょっと、この集落の野生男子たちってどうなってんの? こいつらバカか?
美女に弱いってこと?
あたしと話すときはそんなことないのに。
ふん。
どうせあたしは美人じゃありませんよ。
だから何?
仕事中だぞ、バカ湛山!
ジェイミーを見つけたいんでしょ、バカルイ!
…と。
いけない。
あたしはクールなエリートAIサピエンスだった。
スキャナーモードを全開にして、突っついた。
「なんていう温泉ですか? どうやって草津まで行かれたのです?
あなたが送ってあげたんですか?」
「ほら、こういう尋問。ルイ、あなたのせいよ」
あたしは、振り返り、再度謝ろうとするルイを制止した。
「エミリさん。なぜそう思うんですか? あなたがジェイミーに会った
最後の人なのでお聞きしているだけですよ。少しでも情報をいただいて、
彼女を見つけるために」
あたしをじろりと睨みつける。
この女、只者ではない。
「だって、お話できることは他にないんですもの。私は何も知らないの。
美味しかった、ご馳走様と言って笑顔で出て行ったのよ。それだけ」
「もういいだろう。草津に行くぞ」
はあ?
この怪しい(ついでに感じ悪い)女性、エミリと最後に会った人物を置いて
片っ端から温泉を調べるってか?
「湛山、ちょっと待って」
「ええ、マヤもちょっと待って」
ウソ。レディまでこの女の肩を持つのか?
地味にショックを受けていると、レディが再びエミリの前に出た。
「エミリさん、今日は突然お邪魔して大変失礼しました。
あなたがエミリに最後に会ったことは確認できたので、湛山の言うように、
これから草津に行ってみます」
「わ、わかればいいのよ」
「さあ、行きましょう」
そう言ってレディは玄関ドアへとあたしを促し、こっそりウインクした。
そうか、一旦出ていくことにしてからそっと戻って調べるんだね。
そんな高等コミュニケーションなどできそうもない湛山を見ると、
その辺をきょろきょろしている。
「何か?」
「いや、佐吉がどこかに行ってしまったみたいで。おい、佐吉! 行くぞ! カム!」
尻尾を振りながら佐吉が廊下から現れた。
何か口に咥えている。
ルイが反応した。
「佐吉… それ、ジェイミーのスエットの切れ端だ。どこで見つけたんだ?」




