ダブル凸凹バディ、エミリの洞窟ログハウスへ向かう
その頃、長野原の洞窟ログハウスでは、悪酔いしたようなジェイミーの笑いが止まらなくなっていた。
「いやーはっはっは… この滝の水、美味しいいい! チョコレート味だあ! いや、アーモンド?」
「…特に味はついていないはずだけど…」
「きゃっはっは! ついてないのお? いやいや、絶対イチゴ味でしょお!」
ジャグジーを出てからずっとこの調子だ。
(ちょっと眠りハーブを過剰摂取させたかもしれないけど、まさかトリップするとは… 考えられない)
流石のエミリも、予想外の反応に眉をひそめる。
(どうする? こんな状態でずっと付き合うわけにはいかないし…。落ち着かせなくては。落ち着かせて眠らせなくては)
壁のリモコンに手を伸ばし、紫色のボタンを押した。
「エミちゃん、呼んだ?」
かなり男前のロマンスグレーの男性が現れた。
「雄介部長。この子にマッサージしてあげて」
雄介部長と呼ぶ彼は、かつて研究所で直属の上司だった人物だ。
湛山の祖父である。
超優秀な研究者ではあったが、自分をイビリ倒し、自分の研究成果が日の目を見ることがなかったのはすべてこの上司のせいだとエミリは固く信じていた。
意識を奪い取るというリベンジ。「雄介部長」と、バカにした呼び名を彼唯一のアイデンティティにし、いずれ自らの計画を実施する段階でその才能を使えるように、脳を操作した。
ルックス的にはエミちゃんワールドにふさわしい年長者イケメンであり、資源を無駄にしないエミリの信念の表れでもあった。
「分かった。マッサージ台に連れて行くよ」
「お願い」
もう少しこの口調が何とかならないかと思ったが、なまじ野生人間のままでマインドコントロールしたのだ、ある程度彼らしさが残っても仕方ない。
(もう慣れたし、どのみち私の言いなりなわけだし)
雄介部長はいとも簡単にジェイミーを促して、隣接するマッサージ専用の部屋に連れて行った。
(はあ、疲れたわ)
エミリは大きく息を吐き、「カモミールオイルを使って全身しっかりマッサージしてあげてね。全身から力が抜けて眠らせてほしいの」と後ろから雄介部長に伝える。
雄介部長が振り返りながら返事をする。
「分かった」
その時、一瞬だけ、彼の目に正気の光が宿ったことを、エミリは気づかなかった。
*
しばらくしてジェイミーの気持ちよさそうな声が聞こえてくる。
「Ohhhhhhh… 気持ちいいいいい。そこそこ。さいこおおお」
やれやれ、手のかかるご令嬢だわ。
そう思いながら様子を見に行こうとしたとき、玄関の異変を知らせる天井のインジケーターランプが冷たく明滅し始めた。
誰か来たのか? この辺の野生人間たちは、日が落ちれば寝床に入るのが普通だ。
AIサピエンスがここを調べられる理由もない。
エミリはいくつか深呼吸をして、恐る恐る、玄関に向かった。
*
「ホントにここにエミリが住んでるんですか?」
誰かの住まいというよりは深い森の中という感じだ。青木さんの運転でなければ、さっきの細い道を片輪走行ですり抜けることなどできなかっただろう。しかもあの猛スピードで。青木さんってF1ファンというよりは元F1ドライバーだったんじゃないかという気がしてきた。
「ああ。昔、表まで送ったことがある」
ふうん。湛山はエミリと親しかったわけね。
「何だ、その目は?」
「別に。よく知ってるんだなと思っただけです」
「一応婚約者だからな」
とルイが口をはさむ。何だ、このぐさっと刺されたような感覚は?
「おい、ルイ。それを言うなって。そんなの、俺がガキの頃に親父が勝手に言い出しただけだろうが」
「でもエミリはずっとその気でいるよ。今更解消するとか言うのか?」
「解消するも何も――」
「ちょっと、あんたたち。べらべらおしゃべりしてる場合じゃないでしょ。さっさとドアベルを鳴らすなりノックするなりしなさいよ」
いつも冷静なレディは、いつも正しい。あたしも相棒としての威厳を保たなくては。
「わ、分かってるわよ。ドアベルが見当たらないの」
「そんなもんあるわけねえだろ」
おいおい、ルイまであたしをバカにしたような態度をとるわけ?
もしかして常にちゃんとリスペクトして接してくれるのはレディにぴたっとくっつくように背後をカバーして歩く、あの間抜け面、佐吉だけだったりして?
いや、そんなことはあり得ない。あたしはエリートAIサピエンスなのだから。
気を取り直して、大きく息を吸った。
「エミリさん! エミリさーん⁉ ご在宅ですか⁉」
「おい、ちょっと」
「何、湛山?」
「いきなり人んちの前で大声を出さなくてもいいんじゃないか?」
「じゃあどうしろというのよ?」
あ、またレディが天を仰いで白目を向いてる。
その時、左右からガサッという音がした。
背が高く、がっしりした、超美形の男たちが突然現れた。
サングラスをかけてSPのような雰囲気を醸し出している。
一人が口を開いた。
「ここは私有地です。今すぐ立ち去ってください!」
「立ち去ってください!」
「立ち去ってください!」
まるでロボットみたいな話し方。
湛山が聞く。
「俺たちは人を探しているんだ。金髪の長い髪をした、若いアメリカ人女性を見なかったか?」
「知りません」
「知りません」
「知りません」
「通してくれ。この辺を探したい」
「なりません」
「なりません」
「なりません」
「俺は湛山といって、ここの住人、エミリの友人だ。彼女に言ってくれればわかる」
「知りません」
「知りません」
「知りません」
全くらちが明かない。それが狙いなのだろう。
どうすればいいか考えていると、レディが佐吉を連れて前に出た。
「佐吉、出番よ。もうちょっと前に出て。そこで後ろを向いて、せーの」
「オン!」
ブオッ!
……特大の屁をこいた。
サングラスの男たちは咳き込んでよろけ、一人は慌ててハンカチを取り出して顔を押さえた。そうか、煙に巻くってこういうことだったのか。
「今よ! 入りましょう!」
不覚にもレディと佐吉の機転で扉に進むと、鍵がかかっていたが、湛山が力づくで開けた。
マヤたちのストーリーをお読みいただき、ありがとうございました!
コンテスト応募に向けて、ダブル凸凹バディの魅力と緊迫した追跡劇を全力で書き切りました。
ここからエミリとの対峙です。
ジェイミーの救出と、エミリが仕掛ける次なる展開への続きも、どうぞお楽しみに!




