令嬢は本当に行方不明に?
夕方になってもジェイミーは帰ってこなかった。
「まさか本当に誘拐されたんじゃ…」
「縁起でもないことを言うな!」
あたしは湛山の親父の正面に立ち、「ちょっとお話しましょう」と言った。
「あなたがAIサピエンスを快く思っていないのは知っています。でも、大事な甥っ子さんの大事な恋人の行方が分からなくなってしまった今、ここはひとつ、協力して探しませんか?」
「そうだな。そうしよう」
頑固親父クリア。
あたしは青木に連絡した。
ほどなくして夕闇を引き裂くような凄まじいエンジン音とともに、官邸お抱えのスーパー運転手・青木が絹糸の滝の裏手の野生人間集落に駆けつけた。
運転席のドアが開いて、いつもの明るい笑顔で登場だ。
「マヤ様、湛山様、お待たせしました。青木、参上いたしました!」
「青木さん… この公用車ごとあの滝に入ったんですか?」
「はい、さようでございます。ああ、言ってませんでしたっけ? これは水陸両用仕様なのでございます」
水・陸・空だろ、と思ったけど、それは言わずに黙って頷いた。
「おお、タイラー様にフリッツ様もこちらにいらしたんですね。どちらにいらしたのか心配したのですよ」
少し離れたところで公用車を見つめる若者たちが気まずそうに頭を下げる。
「黙っていなくなってごめんなさい」
「すみませんでした」
「いえいえ、そんな、私に謝っていただかなくても。ご無事で何よりです」
ちょっとだけ穏やかな空気が流れた。
その中でうちの才女犬があたしの脚をちょんちょんと突っつく。
「ねえ、マヤ」
「何?」
「そろそろ久保田さんに報告した方がいいんじゃない?」
そうだった。あたしとしたことがうっかりしてた。
「湛山」
「ん?」
「青木さんをお父様と、それとさっきからウロウロ歩き回るルイに紹介してください。私はその間、久保田室長に連絡を入れます」
「OK」
スクリーンを目の前に呼び出して、おお! とおののく親父を無視して久保田と話し始めた――何を、どの程度、説明するか、気にしつつ。たまに顔を出してしまう自分のこういう優柔不断な人間的要素は実に困ったものだ。それをぐっと抑え込んで、エリートAIサピエンスである本来の自分に徹しなくては。
「報告が遅くなってすみません」
「ああ、マヤちゃん? どう、そっちは? 彼女見つかった?」
「…いえ、まだ。すみません」
(誘拐じゃなかったみたいだとはっきり伝えておかなくてよかった。と言っても後で細かく報告しなきゃいけないけど)
すると、草履が擦り切れそうになったルイが突然、声を上げた。
「もう我慢できない! 俺、エミリの洞窟に行く!」
湛山の親父がルイの背中をポンポンと叩く。
「エミリはつい数分前にリンゴを持ってここに来たじゃないか、リンゴ狩りの仕事の帰りに。ジェイミーが帰ってこないって言ったら草津の温泉に行くと言ってたって笑ってただろう? よほど日本の温泉が気に入ったんだな、って」
「でも、叔父さん…」
「親父の言うとおりだ。どの温泉に行ったのか、数がありすぎてわからない以上、待つしかないだろう」
フン。フンフン。
佐吉が何やら地面に鼻をくっつけている。
「佐吉?」
「しっ。そのまま動かないで」
また湛山が指揮権を取るっていうのか? いや、そんなことはどうでもいい。
フンフンフンフン。クンクン。
さっきエミリが持ってきたリンゴの籠の下に顔を押し込む。
「こんな時におなかが空いたとか言うんじゃないでしょうね」
「もしもし、マヤちゃん? おなかが空いたってどういうこと?」
あ、いけない。久保田さんと話してる途中だった。
「すみません、久保田さん、こっちの話です!」
慌てて室長に言い訳しながら佐吉を見ていると、ヤツは頑固に鼻を地面に押し付けていたが、ようやく(呼吸するためだと思ったが)顔を上げた。
「あっ」
「佐吉、でかした!」
またしてもレディに先を越されてしまった。
佐吉の鼻先に、一本の長い毛が引っかかっている。
夕陽の中でもきらりと光る、綺麗な金髪。
ルイが佐吉の元へ走った。
「ジェイミーの髪の毛だ!」
あたしと湛山は目を見合わせた。
「行こう」
「皆様、お乗りください。方向をおっしゃっていただければすぐに発車いたします」
青木さんが運転する公用車に、あたしと湛山、レディと佐吉、ルイ、そしてジェイミーの友人たちのタイラーとフリッツ。ちょっと大所帯だが、ボーイズも何かの役に立つかもしれない。
今度こそ、本当にジェイミーを見つけなくては。
あのエミリとかいう人、とても感じがよさそうだった。その彼女の荷物にジェイミーのものらしき髪の毛が混じっていたからといって、彼女がエミリのところにいるという保証などない。
でも、それ以外の手掛かりはない。
これでなにか分からなければ、次は草津温泉をくまなく回るしかないだろう。
あるいは、ジェイミーが草津の温泉に行ったというのは嘘だったのだろうか?
だとすると、なぜそんな嘘をつく?
情報が足りず、あたしのシステムをもってしてもまだ答えが出せない。
確実に分かっているのは、もうすぐ日が落ちることだ。とにかく今は一刻を争う。
あたしは小さく息を吐き、公用車のドアを閉めた。




