洞窟ログハウスの朝食会と半露天ジャグジーの朝風呂
ジェイミーが「洞窟ログハウス」と名付けたエミリの自宅は一見、質素な住宅だった。
しかし入っていくと驚きの設備が完備されている。
AI サピエンスが旧人間、または野生人間と呼ぶ人類の生き残りがひっそりと身を寄せる隠れ家というイメージとはかけ離れ、その室内はホワイトハウスを凌ぐそのスケール。言ってみれば、超高級ログハウス。といっても、室内へと足を踏み入れたところでその全容は全く見えてこないのだが。
先ず目につくのは玄関の吹き抜け、ミニ・アトリウム。どこまでも続きそうな、高い天井。そして滝が流れるガラスの壁。
「…凄い」とジェイミーが連発する。
「いえいえ、とんでもない。ただのささやかな住まいよ。でも、住めば都ってね。さあ、お食事にしましょう。どうぞ、こちらへ」
案内されたのは、洞窟の奥の突き当りから右に曲がって入る… トンネル… だろうか? 少し傾斜がある。しかし、一階なのか地下なのか、いくら進んでも分からない。
洞窟とは思えない、広々としたダイニングルームに通された。
太陽の光がさんさんと差し込み、しかし室温はせいぜい21度くらいだろうか。
白いスーツ姿の背の高いイケメンが最初に運んできた温かいコーンスープが、最も美味しくいただける気温だ。
「ご自宅に… ウエイターさんがいらっしゃるの?」
「たまたま家のことをあれこれ手伝ってもらっているだけよ。ねえ、ロブ?」
そう言いながらエミリは小さなガジェットのボタンを押す。トークボタンである。
「そうだとも。我が友・エミリの自宅へようこそ」
「は、はあ」
「ジョギングでおなかが空いてるでしょ? ワッフルをお願いしておいたの。もちろん、コーヒーケーキもあるけど、それはデザートね」
「は、はあ」
熱々の焼きたてワッフル… だけではなかった。
外側はカリカリ、中はふわりとボリューミー。記事に混ぜ込んだ生クリームの濃厚な味がする。アップルパイの中身のような煮詰めたリンゴが湯気を立てながら全面的にとろりとかかっていて、その上にバニラアイス、トッピングには砕いた胡桃、そしてこれでもかと極めつけのカナダ産メープルシロップ。
「甘い香りにこんなにたくさんの種類があったなんて!」
ジェイミーはひっきりなしに絶賛に次ぐ絶賛。
「こんなに美味しいワッフル、初めて! 超絶美味しい! 」
付け合わせの塩味が効いたハーブソーセージ、ハッシュブラウンポテト、バランスをとるためのさっぱりレモンヨーグルトを次々と平らげ、最後にはコーヒーとブラウンシュガーが生地の中で渦を巻くコーヒーケーキを完食した。
「ふう。ご馳走様でした。朝からこんなに食べたの、初めて」
「お口に合ったかしら?」
「最高に美味しかった!」
「それはよかった。ねえ、ジェイミー、女の子同士でこうやって時を共有できて、私とても嬉しいわ。普段は一人で味気なくてね」
「さっきのロブは?」
しまった。聞かない方がよかったかも? とジェイミーは一瞬焦ったが、エミリはまったく気にするそぶりを見せない。
「ロブは古い友人なの」
(生きていた頃はね。でも、今はもう二度と私と揉めることもなく、一生若くて美しいままでいられるんだから、感謝してもらいたいくらいだわ)
もちろん、それは伏せてこう続けた。
「たまにこうして来てくれるんだけど、もともとシェフだったので、ここに来ると必ず腕を振るってくれるのよ」
「わあ、そんな友人がいるっていいなあ」
「ジェイミーだってそういうお友だち、いくらでもいるでしょう? さあ、腹ごなししましょう」
「え? 私、この状態で運動はちょっと…」
「心配しないで。私だっておなかいっぱいで指一本エクササイズしたくないわ。プールというかジャグジーというか、半露天風呂というか、ゆっくり浸かって少しカロリーを消費しましょう。水着をお貸しするわ。ちょっと待っててね」
しばらくするとエミリが戻ってきた。
美しいが、結構大胆な、赤いリンゴの模様が入ったビキニをジェイミーに手渡し、隣のドアへと誘導した。
「そこのカーテンの向こう側で着替えてね」
「水着までお借りしてしまってごめんね、ありがとう」
「友だち同士なんだから当たり前じゃない」
数分経ってジェイミーが遠慮がちに戻ってきた。
「まあ素敵!」
エミリが興奮気味に声を上げる。
「とってもお似合いよ。すごく可愛い!」
「露出度が高くてちょっと恥ずかしいけど」
「何言ってるの、ここにいるのは私たち女二人よ? 恥ずかしがることなんて全然ないわ」
そういうエミリの方は、黒いツタ模様のビキニに身を包み、スタイルの良さを誇示するようなポーズをとる。
「こうして堂々としてればいいの」
「…分かった」
半露天のジャグジーへ足を踏み入れた瞬間、ジェイミーは思わず感嘆の吐息を漏らした。
天井のガラス越しに差し込む陽光が水面に反射し、まるで細かなダイヤを敷き詰めたようにきらめいている。
「うわあ… なにこれ? 超気持ちいい! ホワイトハウスのプライベートプールよりずっと素敵」
「ふふ、気に入ってくれてよかったわ」
(「ホワイトハウスのプライベートプール」だって。バカな子。隠しているつもりでもつい言ってしまうのね、ホワイトハウスに住んでいるって)
エミリは違う意味で気分が高揚していた。
毒リンゴ模様のビキニに身を包んだジェイミーが、火照った肌を包む気泡の刺激に身を委ねる。はち切れんばかりの瑞々しいティーンの裸躯は、眩しいほどに美しい。
溢れる嫉妬心を抑え、そのもちもち肌を頂戴する方法を思案し始めた。
その間、濡れた長い黒髪をかき上げ、大人の余裕を感じさせる艶やかな笑みを浮かべる。
「ねえ、ジェイミー。ジョギングの後は水分補給が大切よ。私のお手製のスペシャルドリンク、飲んでみて」
そう言って指を鳴らすと、水中を滑るように全自動のトレイが近づいてきた 。エキゾチックなカットが施されたクリスタルグラス。注がれた琥珀色の液体からは、熟した果実と蘭の花を混ぜたような、甘く濃厚な香りが立ち昇る。
「もう何も入らないと思ったけど、なんていい匂い! いただきます」
ジェイミーはグラスを取り、無防備に喉を鳴らしてそのハーブティーを飲み干した。
「美味しい…! すっごく甘くて、なんだか少し、舌の奥がピリピリして面白い感覚…」
「そう、それはね、お肌の細胞を活性化させる特性のスパイスが入っているからよ」
エミリはジェイミーの濡れたブロンドの髪に優しく指を絡ませ、うっとりとした表情で言う。
「あなたの髪の毛、美しいわ。それにこの綺麗な肌。このドリンクでこれ以上の美人になってしまってどうするの?」
「こんなに美しい一級品のお友だちができて私、とても嬉しいわ」
「えへへ、エミリさんに褒められると、なんだか照れちゃう」
すると、ジェイミーの目がとろんと潤み、頬が、入浴の熱気とは明らかに違う、深い赤みに染まり始めた。
「なんだか… 体がふわふわする…」
「いいのよ、そのまま身を委ねて。ここは誰の目も届かない、私たちガールズだけの楽園なのよ」
ジェイミーがケタケタ笑った。
ん?
(何、この子、笑い上戸?)
「いやあ、体中から力が抜けてくる感じ… 最高! こんなにリラックスできたの初めてかも」
(えっ⁉ 眠りハーブが効いていない?)
「ねえ、エミリ、一つお願いしていい?」
「え、ええ、何?」
「さっきの美味しいハーブティー、もう一杯いただいていい?」
平静を装うのが精一杯だった。
「も、もちろん!」
慌てて指を鳴らした。
(これは… この子、生粋のAI サピエンスじゃない! だから、通常起こるはずのシステムエラーが起こらないんだ。…ということは、この子は少なくとも50パーセント、人間ってこと…?)
最初は輝く10代の肌のエッセンスだけ頂戴しようと目論み、軽めに寝てもらうつもりのエミリだったが、ビキニを取りに行った際に、情報アップデートによりジェイミーが大統領の娘だと知った。
大統領の娘という思いがけないプレゼント。
天が味方しているとしか思えなかった。
しかし50パーセントは人間だったとは。
大統領の娘であれば、人質としての価値は非常に高い。都心の仲間に連絡して大いに有効活用するつもりで、先ずは完全に眠らせて、エミちゃんワールドに拉致することにした。
そう考えて眠りハーブを急遽増量したのだった。
しかし料理に入れた結果もそうだったが、バカ笑いする以外の効果が見えてこない。
(まさか… 50パーセント以上人間なわけ… ? アメリカ首脳の娘が? そんなこと、 考えられない)
極上の作り笑いの裏で焦るエミリであった。




