湛山の集落へ
「名乗れ!」
あたしに槍を向けたまま。
どうやら湛山の父親はあたしを歓迎する気はないようだ。
「ちょっと、親父、物騒な真似はやめてくれ」
「お前は黙ってろ。初めて見る顔だ。AIサピエンスだろ?」
「いや、そうだけど、彼女は味方だ。俺と行動を共にしているんだ」
年配の男の顔が歪んだ。
「何だと? お前、向こう側についたというのか⁉」
「そういう訳じゃないけど、いや、そういうことになるかも知れないけど、仕事だよ、仕事。俺たちは人探しのミッション遂行中なんだ」
「お前、AIサピエンスに捕らえられて洗脳されたか? 道理で雰囲気が違うと思った」
その時、レディが飛び出した。
言葉もなく、猛然とロケットのように激しい水飛沫の中へ飛び込み、湛山の父親の胸元に飛びかかった。
「うおっ⁉」
不意を突かれ、父親は後ろ向きに転倒した。レディは馬乗りになり、彼を前脚で抑え込む。
轟音を上げる滝の水が容赦なく降り注ぎ、一瞬にしてレディの白い毛並みとボロ布の衣服を身に纏った父親が水の中で一体化した。
「親父!」
「レディ!」
急いで濡れた岩肌を蹴り、二人の元へ駆け寄った。湛山が父親の腕を引き、佐吉が父親の背中の下に鼻先を押し込んで起こそうとし、あたしはその横に腕を刺し込んで中年の身体を支え、せーので引き上げた。
父親は咳き込んで水を吐き出し、犬のように身震いして大きく目を見開いた。
「AIサピエンスめ」
「親父! その態度はないだろ⁉ マヤは親父を助けてくれたんだぞ?」
「ふん。手助けなど必要ない。自力で何とでもなったわ」
「はい」
レディが川の中に潜って回収した槍を男の前に置いた。男が唖然としている。
「大事なものなんでしょ? ちゃんと持っていなさいよ」
「…犬が喋った!?」
レディは全身を激しく震わせて水飛沫を飛ばし、男を冷ややかに睨んだ。
「私はレディ。マヤの優秀なパートナー。今回はそこでぼーっとしているヤマイヌに免じて許してあげるけど、次はないからね。分かった?」
「何なんだ、この犬⁉ しゃべるだけでなく、何という態度だ⁉」
レディはやれやれと大きく溜息をついた。
「犬犬って、何だか失礼な言い方ね。これだから人間は面倒で嫌なのよ」
「こら!」
「これとは何よ、マヤ? あなたもそう思ってるくせに。世の中の進歩についていけない原始的な野生人間にはいちいちゼロから説明してあげないと分からないのに、理解しようともしないじゃないの。ねえ、佐吉」
何事かと走ってきた佐吉は尻尾をブンブン振り回し、うっとりとした表情でレディを見ている。
「親父、レディの言うとおりだ。知らないから拒否したり恐れたり、敵対視するんじゃ自分の世界を狭めるだけだ」
「誰が恐れてるなどと言った⁉」
ケホッ、ケホッとまた咳をした。
「大丈夫か? いつまでも若くないんだから無理するなよ」
そう言って湛山はシャツを脱いで絞る。朝日を受けてキラキラと光る、逞しい大胸筋が眩しくて、あたしとしたことが、思わず横を向いた。
「このレディには、言葉を話せるように先端技術が組み込まれているんだ。凄いと思わないか? 俺も最初はぶったまげたよ。AIサピエンスが悪と決めつけるのは違うと思う。俺ら人間と変わらないんだ。俺たちを捕らえようとか殺そうとかしているんじゃない。俺は彼らと普通に会って話して、普通に仕事をする。そういうミッションを一緒に遂行するようにと言われて今、このマヤと人探しをしているんだ」
「洗脳されたお前に今何を言っても無駄なようだな」
親父さんはそう言いつつも、ちょっとトーンダウンした。
「何だか知らんが、手を貸してくれたことについては礼を言う」
少なくとも、あたしが彼に危害を加えようとしているわけではないと分かって、少し緊張が緩んだようだ。
「それだけか?」
湛山もあまり追求しなきゃいいのに。まあ、自分の身内となるとそういうものなのかもしれない。
レディが身震いをしながら父親の足元に歩み寄った。こういう時は多分、AIサピエンスであるあたしよりも、ニュートラルなボーダーコリーミックスが話す方が効果的なはずだ。
「マヤのシステムには、今この瞬間も首相官邸や警察へ一発で繋がる緊急通報ラインが組み込まれているの。あんたたち野生人間を見つけた時点で、本来なら即座に報告して部隊を呼ばなきゃいけない立場なのよ」
「はん。それで殺すんだろう」
「違う。殺すわけじゃない。ただ、絶滅したとされる人類は、私たちにとって未知数だから警戒する。当たり前のことでしょ? それをマヤはあえて報告しないのよ。どういうことなのか、原始脳でも分かるでしょ? 私たちは野性人間狩りにきたんじゃない。湛山が言うように、行方不明者を探しているの。私たちはおろか、あんたの息子も信頼できないんだったら、そこのヤマイヌに聞いてみなさいよ」
佐吉が肯定するように「オン!」と短く吠えた。
「佐吉が… 犬が喋れるわけなかろう」
親父さんはそう言ったと思ったらレディの顔をじっと見て溜息をついた。
レディの言う通り、あたしはホログラムインジケーターを消していた。確かに
新たな野生人間の発見は上層部に報告すべきなのだが、今はジェイミーを見つけることが最優先だ。それに、湛山のこの頑固親父を新たなサンプルとして連れて帰る気にならない。
空気を読んでくれたのか、親父さんは静かに質問した。
「誰の命令で誰を探していると言うんだ?」
しゃーない。湛山のお父さんだし、ある程度は言ってもいいか。そうしないと先に進めそうもないし。
「私たちは総理大臣の指令によりここにきています。公にはできないのですが、あるVIPが行方不明となり、誘拐が疑われているため、私たちが秘密裏にその人物を探しているんです。何か心当たりはありませんか?」
「知らん。俺たちには関係ないことだ」
「俺たち」ね。この辺のどこかに野生人間が複数人、共存しているわけだ。今後のために情報をインプットしておこう。
「さっさと東京へ帰れ。湛山、お前もだ。こっちに戻ってきたんじゃないというのなら東京でもどこへでもとっとと行け」
「マヤ、行きましょう」
「え? どこへ?」
「先へ。こんなところでおしゃべりしている場合じゃないでしょ? 佐吉、行くわよ」
佐吉がニコニコしながら尻尾を振った。
ん? 何か口に咥えている。布の切れ端か? 何やら見覚えのあるライトグリーンの縞模様…。
「佐吉! それ、どこで拾った?」湛山がしゃがみこんで切れ端をぶんどった。
「フリッツが着ていたシャツの生地だ。親父? 男性二人が今朝、集落に来たんだな? そうだろ? 答えてくれ。嘘をつくなよ」
「俺は嘘などついていない」
「知ってる事実を話さないだけとか言うんだろ? いいから教えてくれ。10代後半くらいの外国人青年二人だ。彼らを見たよな? 集落にいるのか?」
男性は湛山からあたしに目をやり、諦めたような顔をする。
「ああ、そうだ。早朝、この辺をウロウロしている彼らに出くわした。俺を見て驚いて躓いて洋服をその辺で引っかけていた」
「じゃあ、俺たちも集落に行く」
「この女もか?」
「女じゃない。マヤだ」
「AIサピエンスは嫌いだ。信用できん」
「親父!」
「目隠しだ。目隠しをしろ。それなら連れて行ってやる」
*
あたしは親父のボロ布で目隠しされた。レディまで同じように汚い布を巻かれ、憤慨しているのが分かる。
滝の轟音が次第に遠ざかっていく。
レディが一歩踏み出すたびに振動が伝わる。不安そうな動きだが、彼女にはこれまでに様々な試練を乗り越えてきた実績がある。
それに、その隣を軽い足取りで進んでいるのは佐吉だろう。レディにぴったりと寄り添っているんだろうな。彼女はこの間抜け面ナイトに任せて大丈夫だろう。
「3歩先、10センチくらいの段差。脚を上げろ」
ぶっきらぼうだけど心配そうな湛山の声が聞こえる。こいつ、意外といいヤツなのかもしれない。
しばらくの間、周囲に細心の注意を払いながら進んだ。見えてなくてもデータは取り込んでいるからね。ざまあみろ。なんて、誰に言っているんだか。
「外していいぞ」
父親の許可が出てすぐに湛山が目隠しを外してくれて、ようやく視界が戻った。眩しくて、瞬時にセンサーが絞られ、あたしは即座に周囲をスキャンした。
洞窟。木と木の間に麻ロープっぽいのが渡され、衣類らしきボロ布が干され、粗末なテーブルと丸太がいくつか置かれていて、何人かがそこで食事をしている。
「タイラー! フリッツ!」
先に声を上げたのは湛山だった。
「何故ここにいるんだ? どうして突然消えた?」
「湛山さん! マヤさん! ごめんなさい! 僕たち、喋りすぎたと思って不安になったんだ。ジェイミーと合流して彼女のことをあんたたちに話していいのか確認するのが先だと思った」
「嘘じゃない、本当なんだ。ジェイミーを怒らせると怖いからね」
「ほんとに? 逃げようとしたんじゃないでしょうね?」
「ほんとだって! 」
二人の弁明を聞きつつ、あたしは彼らがチラチラと見て気にする方向にシステムをリダイレクトしてズームしてすべてをデータとして保存していた、その時。
「湛山!」
「ルイ!」
これまたほっそりとした美少年が目の前に現れた。
「何だよ、戻ってきたのか?」
「いや、ちょっと人を探している」
「人を? 誰を?」
(お前とかけおちした彼女だよ)
驚くことに、湛山はストレートにそのようには言わなかった。
「ちょっとな。お前こそこんな朝っぱらから何なんだ? いつもだったらまだ寝てるだろ?」
「今日は叔父さんと釣りに行く約束をしているんだ。あれ? 叔父さんびしょ濡れじゃん」
「ほ、ほっといてくれ! すぐ用意するから待ってろ」
親父さんは慌てて干してある別のボロ布を手に取り、洞窟に入っていった。
一旦静かになり、湛山があたしをルイに紹介した。タイラーとフリッツはバツが悪そうな様子でテーブルの前のスツールに座っている。
「――で、総理官邸のマヤさん。湛山と誰を探してはるばるこんなところまで来たんだ?」
ルイの目の奥が一瞬、光ったのをあたしは見逃さなかった。
騙し合いをやってる時間はない。
「あなたとかけおちしたジェイミー。彼女が誰だか分かっているのですか?」
「誰だ、それ?」
「ルイ、ごめん。しゃべっちゃった」
タイラーとフリッツがさらに背を縮めて言った。
「ジェイミーはここにいるの? あの洞窟の中?」
「著、ちょっと待ってくれ」
「待てません」
あたしは洞窟の方に進み、同時に腰にかけたガジェットに手を伸ばした。先ずは我らがF1ドライバー・青木さんに現在地を報せなければ。
すると、ルイがあたしの手首をつかんだ。
「そのボタンを押すな。警察を呼ぶつもりだろうが、そんなことはさせない」
「放して。警察は呼びません。運転手に連絡するだけです。私たちはこの人を親元に連れて帰らないといけないんです。彼女はまだ未成年なんですよ?」
「彼女は必死の思いで、AIサピエンスの世界を、自分の母親までを捨てて俺たちの集落に来たんだ。かつてAIサピエンスがすべてを奪い取った人間の小さな集落に」
「何と人聞きの悪いことを言うのです? APサピエンスはそんなことはしていません」
「出まかせをいうな。あんたたちはまた力づくで人の思いを踏みにじるつもりか? ハイテク装備を振りかざす警察を呼んでこの場所を乗っ取って、我々人間を、今度は本当に絶滅に追い込むつもりか?」
はあ。
「いいですか? よく聞いてください。私たちは警察にもシークレットサービスにも連絡しませんし、人間を絶滅に追い込むなど、そんなことをする気は毛頭ありません。しかし、彼女は連れて帰ります。申し訳ありませんが、下がってください」
「あんたには血も涙もないのか? この子は命がけでドローンとやらを操縦してここに辿り着いたんだぞ」
「お言葉ですが、血も涙もデータで再現可能です。それに、彼女を心配して待っている母親の涙は本物ですよ。湛山、大統領がどんなに娘さんに会いたがっているかをお父さんに言って」
湛山が父親に近寄る。
「ルイ、マヤの言う通りだ。大統領は、ジェイミーが心配で、誘拐されたと思ってやきもきしている。G7に出ないとまで言っている。お前、下手すると誘拐犯だぞ」
「俺は誘拐なんかしてない!」
「じゃあさっさと彼女をここに呼ぶんだ」
「それはできない」
「なぜだ?」
「…だって… ここにいないんだ」
「えっ?」
「俺たちの幼馴染んちで朝飯食ってる」




