エピローグ.転生の秘密
「俺のところには、思惑のある女が送り込まれてくることが多くてな。悪いが会わなかった三カ月の間は行動含めて監視、報告させていた」
まるで当たり前のことのように言うのは、彼がそれだけ利権の絡んだ婚姻をしかけられていたという証拠なのだろう。
ナッシュから聞いた事情を思えば、仕方ないと納得できる。
ドキドキしながら頷くと、ウルスロアンは思い出すように少しだけ小首を傾げた。
(何その仕草……可愛いんですけど)
「とはいえ、俺も最初は気づかなかったがな。元々事前情報でお前がただ見目がいい男というだけでは靡かないことは理解していたが、アドルフは実直で女にも優しい。傍で過ごしていればおのずと好意を抱くだろうと思っていた。だが、お前はあいつを目で追うこともなく、話題にすることもなく、むしろ執事のジョセフの方をよく褒めていたと聞いた」
「……」
(なんてこと……無意識に老年のジョセフさんびいきがバレていたとは。これは恥ずかしい!)
狼狽して視線をきょろきょろさせるコーデルがおかしいのか、ウルスロアンはくっと笑う。
「いい。お前がおそらく年の離れた男に惹かれる質だからこそ、俺への輿入れを受け入れられたことは、今となっては僥倖だった」
「……ち、ちが! いや、違わないですけど……ちゃんと私は……」
年齢だけでなく、貴方が好きなのだ、と伝えたくてコーデルは顔をあげた。自分を見下ろすその緑青色の瞳はどこか静かな空気を孕んでいて、胸の奥がぎゅうと引き絞られる。
疑われたくない。この人に、自分の気持ちを。
コーデルは一度唇を引き締めた後、真剣な表情で口を開いた。
「私の……話を聞いていただけますか」
ウルスロアンは何も言わずふわりとコーデルの身体を抱き上げて、寝台へと運んだ。自分の膝の上にコーデルのお尻を乗せて、抱っこするように座る。
密着したところから体温が伝わってきて、ほっと安堵する。そこで、自分が緊張に震えていたことに気づいた。
ああ、だから安心させるためにこうしてくれたのだろう。
「……今から話すことは、ウルスロアン様にとっては突拍子もない……。嘘のように感じる話だと思います」
自分の膝に乗せた手をきゅっと握ると、まるで安心させるように大きくて無骨な手のひらが包んでくれる。
言葉がないのは、彼なりの気遣いだ。その想いを受け取って、コーデルは語り出した。
「私には……前世の記憶があります」
それは、コーデルの身に起きた遠い記憶。前世の記憶を取り戻したのは、五歳の時、高熱を出した夜。
自分はかつて、今よりも文明の発展した世界で孤児として生き、二十歳の時に事故で命を落とした。
「……孤児……」
「……あ、でもこの世界よりはきちんと制度化されていたから、自分の頑張り次第で普通に生活はできてましたよ」
可哀想な子として見られたくなくて、つい早口になるコーデルに答えるためか、握った手のひらに少しだけ力が入る。
それでも、世間の偏見の目は消せるものではなかった。孤児院の先生たちは優しかったけれど、本当の意味での孤独を消せるわけではない。そんな中、幼いコーデルの心を慰めたのは園で流れていた時代劇のドラマだ。
主人公が悪役を成敗する気持ち良さや、その頼もしさに憧れた。年齢があがるにつれ、刑事ドラマなどのミステリーものが好きになった。
ちょうど中学生に上がる頃、自分がまわりの子供よりも少々年上の男性に興味惹かれるのだと気づいた。
中学校で渋いドラマを見ている同年代はおらず、会話が噛み合わない。自分が少しズレているんだろうな、とは感じたけれど、変に口にして「お父さんがいないからだね」と言われることが怖くて周囲には秘密にしていた。
お金がなかったので高校にはいかず、近くのお弁当屋さんに就職して働き始めた。自分でお金が稼げるようになると、もう隠す必要はないんだと好きな俳優さんの推し活に勤しんだ。
自分だけの密やかな楽しみ。
別に本当にドラマの中のような素敵な人と恋をしたいと願っていたわけじゃない。日常を頑張る自分へのちょっとしたご褒美だ。
明日もまた頑張れる、という。
そんな風に質素堅実に生きていた彼女を襲った不幸な事故。それは、嵐の夜だった。
ぴくり、とウルスロアンの手が反応したのを感じながら、コーデルはその胸に頭を乗せた。
孤児院で唯一仲のよい妹のような存在の女の子がいた。三つ年下のその子とたまたまその日、喧嘩をしてしまった。
家に遊びにきていた彼女が嵐の中飛び出し、コーデルはそれを追いかけた。
雨の煙が視界を悪くする中、道路へ飛び出した彼女の腕を掴んだ。直前まで感じなかった大きな迫りくるトラックの気配に気づいた時には遅かった。
「あの時……ウルスロアン様は家族を守ったんだって言ってくださったけど……私……」
コーデルの紅水晶の瞳に涙が浮かび上がる。
(ああ、やっとわかった。彼女が何故、この土地を知り、血の繋がらない者達を家族として迎え入れることに目を輝かせていたのか)
ウルスロアンは腕の中で震える小さな存在を、無意識にきつく抱きしめた。
「すごく、悔しくて……。悲しくて。そうしたら、目の前に神様を名乗る光が現れたんです」
「……」
この世界には神を信仰する教会が存在している。だから、自分の突拍子もない話も聞いてくれているんだろう、なんて考えながら、話を続けた。
「神様曰く、私は本来あの事故で死ぬ予定ではなかったみたいなんです。あの子だけ……命を落とすはずだった。だから生き返らせると言われたんですけど」
コーデルは拒否した。あの子と一緒でなければ嫌だ、と。神様は困って、一つの提案を自分にしてきた。
では、貴方が新しい世界である条件を満たしたら彼女の魂を救うチャンスを与えよう、と。
それはとても不思議な話だった。
神様から与えられたのは、第二の人生。今までの自分を捨てて、新しい世界で生きるというのは、困難もあるかもしれない。知っている人間が一人もいない場所で、孤独にまた生きなければいけないのだから。
今なら、元の世界に戻れる。家族はいないけど、仲の良い友達やご近所さんだっている。それを捨てて……?
神様は続けて、条件を提示した。
『――そこで、貴方は貴方の望む幸せを掴むこと。それが条件です』
私の幸せってなんだろう?と考えた時に浮かんだのが、大好きな人と結ばれて、幸せな家族を持つこと。
口にはしていないのに、神様は穏やかな笑顔で頷いてみせた。
『――いいでしょう。では、貴方自身の手で掴み取りなさい。掴み取れた暁には、貴方の子供として、彼女の魂に再び生を与えることを約束しましょう。ただし、今の人生の記憶を引き継げるのは貴方だけです。いいですね?』
そこまで言われて、何故妹のような存在と喧嘩したのかを思い出したのだ。彼女は本当の父親を見つけ、一人で会いに行った。だが、その父親は毒親で彼女に暴力を振るい、あまつさえ腹違いの兄が手を出そうとした。そんな親の元から自分のところへ逃げてきた。
コーデルはそんなところへ帰したくないと必死で説得したけれど、彼女はそれでも家族だからと拒否して逃げた。
悔しかったんだ。
悲しかったんだ。
血のつながりだけを拠り所にして自分を大切にできない彼女が。
だから、今度こそ……。
「これは、私のエゴでしょうか……?」
浮かんだ口元の笑みは自分を責めるようなもので、ウルスロアンは初めて見る表情に目を細める。
いつだって自分に向かってきていたコーデルの、深い心の傷に触れた。
「……違うだろう。そいつは、家族のところからお前の元を尋ねた。それはきっと、お前に助けてほしかったからだ」
お前は間違っていない、とその小さな頭をぎこちなく撫でてやる。
コーデルの前向きな行動力は全て、前世にあった世界への渇望と救えなかった命への贖罪だったのだと。
ようやく、その柔らかい部分を自分に晒してくれたことに、どこか安堵と嬉しさを覚えながら、ウルスロアンは柔らかい髪に唇を触れさせた。
ずび、と鼻をすする音が聞こえて、どこまでもしまらない様子にくっと喉を鳴らす。
「俺たちは夫婦だ。お前の願いもお前の幸せも、全て俺が叶えてやる」
「……あ、頭おかしいやつ、とか……」
「今更だろう」
即答されて、コーデルがショックを受けている。逆に問いたい。自分が普通であると思っていたのか、と。
「わ、私がおじ様好きなの……引いてないですか?」
恐る恐る尋ねてくるのに、真顔で返す。
「俺よりジョセフがいいのか?」
「ウ、ウルスロアン様がいいです!」
ぎょっとして必死で答えるコーデルが可愛くて、思わず笑ってしまう。
「ち、父親代わりとか思ってないですからね?」
「俺のことを涎垂らしそうな顔で見ているお前の顔、鏡で見せてやろうか?」
「!」
思わず両手で顔を覆うと、ウルスロアンの手が伸びてきて、腕をつかまれた。痛くない程度の力ではがされると、ふわりと唇が重なる。
「まさか二十七も年下のお前に気づかされるとは、俺も思っていなかった」
少しかさついた唇だけど、触れた感触をようやっと実感できたのが嬉しくて顔をあげると、今度は顎を掴まれて優しく唇を開けるように促される。
とまどいながらわずかに開くと、再び唇が重なった。けれど今度は、深く合わせるような口づけ。ぬるりと侵入してきた自分ではない体温のそれに、身体が無意識にびくりと反応するけれど、逃がすつもりはないのか、頭と腰を支えられて、ぐっと押し付けられる。
分厚い舌が口内を探るように蠢き、萎縮するコーデルの舌をつついたかと思うと、上顎をさりさりと撫でた。
(何……これ……っ)
感じたことのないぞわぞわとした感覚が身体を走り抜ける。どうしたらいいかわからず思わず息を止めてしまっていた。ふっと唇が離れると、低い心地よい声が耳元で響く。
「鼻で呼吸しろ」
コーデルの返事を待たず、重なった唇は、さらに伸ばされた舌によって絡めとられ、その気持ちよさに意識が攫われる。
くちゅ……ちゅっ。
寝室内に響く唾液を含んだ水音が、体温を上昇させる。丁寧に時間をかけて口内を嬲られ、緊張から全身に入っていた力が抜けていく。最後はまるで縋るようにウルスロアンの胸に手をおいて、ただただ気持ち良さを引き出す彼の舌の動きに身をゆだねる。
(気持ちいい……)
とろり、と紅水晶の瞳を蕩けさせたコーデルの口内を味わいながら、ウルスロアンの手が夜着の裾から侵入し、すべらかな素肌を撫でる。
無骨なかさついた指先が内側の柔らかい部分を撫でるたび、腰にぞくぞくとした感覚が生まれる。
思わず内腿を閉じてこすりあわせると、唇が離れた。
名残惜しそうにその唾液に濡れた淫靡な唇を視線でおいかけると、緑青の瞳が少しだけ呆れたように細められた。
それから、足を撫でていた手を抜くと、コーデルの薄い胎の辺りを大きな掌で押さえる。
「俺は、家族など領民がいればいいと思っていた」
子供を戦争の道具としてしか見てこなかった親がいたからこそ、嫌悪感から自分はああはなるまいと、考えていた。
子など作らずとも、己の周りには大切なものが手に余るほどある。だが、四十五も生きてきて、初めて、欲したのだ。
その細腕で、自分と周囲を幸せにしたいとまっすぐにあがき、眩しく輝く少女を。
「だが、今は違う」
すり、と腹に乗せた手を妖しく動かす。
「ここに溢れるほど子種を注いで、お前との子をともに守りたい」
その猛禽類のような瞳に、下腹部が切なくきゅうと収縮するのがわかった。
「いいな?」
問いかけの体は成していても、それはもはや決定事項だ。そんな彼の男らしさと強引さと頼もしさに胸が張り裂けそうになって、コーデルは唇をかみしめたまま、小さく頷いたのだった。
END
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