[行政手続法28条・役員解任の場合の聴聞等の特例]法理編 こはるノート
夕方の片桐行政書士事務所は、昼間より少しだけ法律の顔をしています。
電話が減る。
来客も途切れる。
窓から差し込む西日が、古い六法とファイルの背表紙を赤く染める。
そして机の上には、野村さんが置いていった最中。
「……三個しかありません」
「最初から三個だ」
相馬先輩が言いました。
「箱、六個入りですよ」
「気のせいだ」
「包装紙に六個入りって書いてあります」
「細かい女だな」
「行政法をやる人間にそれ言います?」
私は最中の箱を自分の側へ引き寄せてから、ノートを開きました。
今日まとめるのは、数日前の野村俊雄さんの件です。
商業協同組合の理事である野村さんについて、市が組合に対して、
――野村理事を解任しなさい。
と命じようとした。
そのための聴聞の通知は、野村さん個人ではなく組合に届いた。
野村さんは怒りました。
当然です。
自分の首がかかっているのに、自分宛てに紙が来ない。
しかも、もし組合が解任命令に従わなければ、今度は法令に基づいて行政庁が野村さん本人を直接解任する可能性まである。
だったら、
一回目は組合への処分。
二回目は本人への処分。
聴聞も二回やるべきでは?
そう思いたくなります。
私も最初に行政手続法第二十八条を読んだとき、同じことを思いました。
でも。
そこがこの条文の罠でした。
私はノートの一番上に書きます。
――行政手続法第二十八条。
もちろん。
今は昭和六十三年。
そんな法律は、まだありません。
行政手続法が制定されるのは平成五年。
施行されるのは平成六年十月一日です。
つまり私は、まだこの世に存在しない条文をノートに書いています。
転生受験生、だいぶ危ない。
「何を書いてる」
相馬先輩が覗き込んできます。
私は反射的にノートを伏せました。
「未来予想です」
「何だそれ」
「気にしないでください」
「気になる言い方するな」
奥で帳簿を見ていた片桐所長が顔を上げました。
「野村さんの件か」
「はい」
「整理できたか」
「たぶん」
「その『たぶん』を取れ」
昭和の所長、要求が簡潔で重い。
私は鉛筆を握り直しました。
「まず、今回の一番大事なところは、誰が処分の名あて人なのか、ですよね」
「そうだ」
所長が短く答えます。
一回目。
行政庁が組合に対して、
野村さんを解任しなさい。
と命じる。
この処分の名あて人は、野村さんではありません。
組合です。
野村さんは解任される対象ではあるけれど、その時点で行政庁から直接、
あなたを解任します。
と処分されるわけではない。
「だから聴聞の通知も、まず法人である組合に行く」
「そうだな」
「でも」
私は鉛筆を止めました。
「それだけ聞くと、野村さんは完全に蚊帳の外になりません?」
「なるな」
相馬先輩が言います。
「本人の首を切る話なのに、会社だけ呼んで話をする。気分は悪い」
「先輩、珍しく人情派ですね」
「珍しくは余計だ」
でも、そこが行政手続法二十八条第一項のポイントです。
未来の条文では、
法人に対して役員などの解任を命ずる不利益処分について聴聞の通知がされた場合、
その処分によって解任されることになっている役員などは、
その通知を受けた者とみなす。
という特例が置かれています。
「つまり」
私はノートに矢印を書きました。
法人Aに通知。
その処分で解任対象となっている役員B。
Bも、聴聞通知を受けた者として扱う。
「本人には別に同じ通知を出さなくていい、ということですね」
相馬先輩が眉を上げました。
「本人に送らないのに、送ったことにするのか」
「言い方だけ聞くと雑ですよね」
「かなり雑だな」
「でも、“本人を無視していい”という意味ではないんです」
むしろ逆。
法人への通知しか出ていなくても、
解任対象の役員を、
ただの見物人として扱うな。
聴聞手続の中に入ってこられる者として扱え。
そういう仕組みです。
私は野村さんの顔を思い出しました。
「俺のことなのに、俺には何も言ってこなかった!」
あの怒り。
その怒りの半分は正しい。
本人の地位に重大な影響が出る。
だから、本人に言い分を述べる機会が必要です。
でも、
本人にも法人と全く同じ通知を別に出さないと、手続全体が成立しない。
という整理にはしない。
行政手続法二十八条は、その間を取っている。
「所長」
「何だ」
「なんでこんな面倒な形にしたんでしょう」
「処分の構造が面倒だからだ」
端的。
「一回目の処分の相手は法人だ。しかし、処分内容は特定の役員を辞めさせろ、というものだ」
「はい」
「なら、法人だけ聞けば足りるとも言い切れない」
「でも役員本人への処分でもない」
「そういうことだ」
なるほど。
法律がややこしいのではなく、
現実の関係が最初からややこしい。
法律は後からそれを畳んでいるだけです。
私はノートに大きく書きました。
第一のポイント。
――名あて人は法人。でも解任対象者も聴聞手続に入る。
「じゃあ」
相馬先輩が最中を一つ取ります。
「役員本人にも必ず別途、聴聞を開く必要はないんだな」
「そうです」
「本人のためだけにもう一回?」
「それも不要です」
法人への解任命令について行われる聴聞の中で、
解任対象である役員も手続に関与できる。
だから、
法人用の聴聞。
役員用の聴聞。
と二本立てにはしない。
「それが第一項?」
「未来では、はい」
「未来では?」
「独り言です」
危ない危ない。
私は最中のあんこを少しこぼしました。
未来人、口が滑ると存在が崩壊します。
◇
「じゃあ二回目だ」
相馬先輩が言いました。
「組合が解任命令に従わなかったら?」
私はノートに、もう一つ矢印を書きました。
行政庁。
↓
法人Aに対し、
「役員Bを解任せよ」
↓
法人Aが従わない。
↓
法令に基づいて、
行政庁が役員Bを直接解任する。
「ここですよね」
「何が」
「普通なら、今度はB本人が処分の名あて人になる」
「ああ」
「なら今度こそ、本人について別に聴聞をやるべきじゃないか、って思う」
「俺はそう思う」
相馬先輩が言いました。
「処分相手が変わるんだからな」
「でも行政手続法二十八条第二項は、一定の場合、そこでもう一度聴聞をやらなくていいとしています」
「なぜ」
「一回目でやったからです」
「雑だな」
「そこで終わらせないでください」
私も最初に教材を読んだとき、
それだけ?
と思いました。
でも、野村さんの事件を経験すると見え方が違います。
一回目の聴聞。
名あて人は組合。
でも、解任される野村さん自身も手続に関与する。
そこで、
本当に解任すべき理由があるのか。
問題となった帳簿はどうなっているのか。
使途不明金は本当に不正なのか。
資料提出が遅れた理由は何か。
本人が言いたいことを出す。
つまり、
解任の当否について本人の言い分を聞く機会は、すでに一回確保されている。
その後。
組合が命令に従わなかったからといって、
同じ解任理由について、
役員本人からもう一度最初から全部聞き直す。
それは重複になりやすい。
「だから省略できる」
私は言いました。
「ただし」
片桐所長が口を挟みました。
「何でも省略できるわけじゃない」
来ました。
試験で一番危ない言葉。
ただし。
「条件がありますよね」
「ああ」
私はノートに線を引きます。
第二項の特例が使えるのは、
まず。
法人に役員等を解任するよう命じる不利益処分について、
実際に聴聞が行われたこと。
これが前提。
「一回目の聴聞自体が行われていないなら?」
相馬先輩が聞きます。
「二回目を当然に省略できる、とはならない」
「そうだな」
次。
法人がその命令に従わなかったことを理由として、
法令の規定により、
行政庁がその役員等を直接解任する処分であること。
「ここ重要ですね」
私は言いました。
「単に役員本人に別の不祥事が見つかって、新しい理由で直接処分するなら別の話」
「当然だ」
所長が言います。
「最初の聴聞で扱っていない別件まで、一回聞いたから全部済み、にはできん」
そう。
第二項は、
役員本人に対する処分なら何でも聴聞不要です、
という免罪符ではありません。
最初の法人向け処分と、
その後の役員本人への処分が、
一本の流れとしてつながっているからこその特例です。
法人に解任を命じた。
法人が従わなかった。
そこで法令に基づき行政庁が本人を解任した。
この場合、
解任理由については先に聴聞している。
だから再度の聴聞を要求しない。
「なるほどな」
相馬先輩が言いました。
「同じ首を、同じ理由で、同じ話を二回聞く必要はない」
「ざっくり言えば」
「じゃあそう書け」
「試験答案に“同じ首”は書けません」
「伝わるぞ」
「採点者に怒られます」
片桐所長が新聞をめくります。
「試験では条文どおり書け」
「はい」
昭和六十三年なのに、なぜか未来の試験指導を受けています。
◇
私はノートの中央に、登場人物を書きました。
法人A。
役員B。
行政庁。
「またAとBか」
相馬先輩が覗きます。
「これが一番整理しやすいんです」
「野村と組合でいいだろ」
「じゃあ今回の事件でいきます」
私は書き直しました。
商業協同組合。
理事・野村さん。
市。
まず市が組合へ、
「野村理事を解任しなさい」
と命じようとする。
これは組合に対する不利益処分。
その処分に先立って聴聞が行われる。
そして、
聴聞通知が組合に出された。
このとき、
解任対象である野村さんは、
通知を受けた者とみなされる。
「だから野村さん本人について、別に同じ通知を出して、別に聴聞を開催する必要はない」
「うん」
次。
市が解任命令を出した。
でも組合が従わない。
そこで法令の規定に基づき、
市が野村さん本人を直接解任する。
この場合、
最初の解任命令についてすでに聴聞が行われているなら、
今度の本人への直接解任については、
あらためて聴聞を行わなくてよい。
「これが第二項」
「そうです」
「第一項と第二項、似てるようで違うな」
「そうなんです」
私は丸を二つ書きました。
第一項。
聴聞通知を誰が受けた扱いになるか。
第二項。
後続の処分で、もう一度聴聞が必要か。
「ここ、試験で混ぜられそうですね」
「混ぜるだろうな」
相馬先輩が言います。
私もそう思います。
行政書士試験というものは、
似た文章を隣に置いて、
受験生の視力と精神力を削ることにかけては一流です。
たとえば。
法人に役員解任命令を出す場合、
役員本人にも必ず別個に聴聞通知をしなければならない。
これは違う。
法人への通知があれば、
解任対象の役員等は通知を受けた者とみなされる。
また、
法人への解任命令について聴聞を行ったあと、
法人が従わなかったため役員本人を直接解任する場合、
必ず改めて役員本人について聴聞をしなければならない。
これも違う。
一定の場合は、改めて聴聞をする必要がない。
「じゃあ逆に」
相馬先輩が聞きます。
「最初の聴聞で野村さん本人が出てこなかったら?」
私は一瞬止まりました。
「……通知を受けた者とみなされるから、本人が実際に出席しなかったとしても、それだけで制度上、当然に聴聞をやり直すわけではないですよね」
「そう考えるべきだな」
所長が言いました。
ここも大事です。
手続保障は、
必ず本人を説得して参加させること、
ではありません。
意見を述べたり証拠を出したりできる手続上の地位や機会を保障すること。
その機会を与えられても、
本人が自ら参加しなかった。
そのことと、
最初から本人を排除した。
ということは違います。
「だから現場編で、私たちが“野村さんにも必ず別通知を出せ”じゃなくて、“野村さんが手続に関われることをきちんと確認しろ”と言ったわけですね」
「そういうことだ」
所長が答えました。
私はちょっと嬉しくなりました。
現場でやったことと、
未来の条文が、
ぴたりとつながる。
昨夜までなら、
第二十八条。
役員。
法人。
通知を受けたものとみなす。
聴聞不要。
そういう暗記カードだった。
でも今は違う。
野村さんがいる。
机を叩いて怒った顔がある。
組合の理事長がいる。
補助事業を守りたい法人の事情がある。
市役所もいる。
一度聴聞したことを、また全部やるのかという行政側の事情がある。
条文の中に、人が入りました。
◇
「ところで」
私はノートをめくりました。
「行政手続法十三条第一項第一号ハとの関係も整理した方がいいですよね」
相馬先輩が真顔になりました。
「急に何語だ」
「法律です」
「もっと人間の言葉で言え」
ごもっとも。
行政手続法では、不利益処分をする前の手続として、
聴聞を行う場合と、
弁明の機会を付与する場合があります。
そして役員などの解任を命ずるような重大な処分は、
聴聞の対象となる類型に入る。
「つまりこの二十八条は、そもそも“聴聞をやる処分”についての特例なんです」
「最初から何でも二十八条を使うわけじゃない」
「はい」
まず十三条で、
これは聴聞が必要な類型だ、
となる。
そして十五条で、
聴聞の通知をどうするのかが問題になる。
その上で二十八条第一項が、
法人に通知したとき、解任対象の役員等も通知を受けた者として扱う、
という特例を置く。
「条文って、単体で浮いてるわけじゃないんですね」
「当たり前だ」
相馬先輩が言います。
「でも受験生のときは全部バラバラに見えるんですよ」
「知らん」
「先輩、受験生に冷たい」
「俺は受験生じゃない」
強い。
私はさらに書き込みます。
二十八条第一項が対象にするのは、
法人の役員だけではありません。
名あて人の業務に従事する者。
名あて人の会員である者。
なども含まれる。
ただし、
その処分で解任や除名の対象となっている者に限られる。
「ここも引っかけですね」
「全役員、全従業員、全会員じゃない」
「そうです」
処分と関係のない役員まで、
全員通知を受けた扱いになります。
ではない。
解任する。
除名する。
その対象となっている人です。
「野村さんの組合なら」
私は言いました。
「理事が十人いて、野村さんだけ解任命令の対象なら、他の九人まで二十八条で通知を受けた者扱いになるわけじゃない」
「当然だな」
所長が言いました。
この「当然」を、試験は平気でひっくり返してきます。
法律の試験、性格が悪い。
◇
「次」
相馬先輩が言いました。
「第二項」
「はい」
「対象になるのは役員と従業者だけか?」
私は条文の記憶をたどりました。
「第二項は、“役員等”を、名あて人である法人の役員または名あて人の業務に従事する者、としています」
「会員は?」
「第二項の“役員等”には入っていません」
「ほう」
ここも細かい。
第一項では、
役員。
業務に従事する者。
会員。
まで出てくる。
でも第二項は、
役員または業務に従事する者。
これを「役員等」として扱っている。
「受験生を殺しにきてますね」
「死ぬな」
相馬先輩が言いました。
「努力します」
私はノートの端に小さく書きました。
第一項と第二項で対象者の範囲が同じだと思い込まない。
こういう細部が、本試験では怖い。
大筋を理解していても、
語尾一つ、
対象者一つで落とす。
「でも」
私は鉛筆を止めました。
「この条文、暗記だけだと本当に意味不明なんですよね」
「今は?」
「かなり分かります」
「なぜ」
「野村さんの顔が浮かぶからです」
法人と役員。
処分の名あて人と、
実際に地位を失う人。
そこにずれがある。
だから、
形式だけで法人しか見ないと本人を置き去りにする。
でも、
本人保護を理由に同じ聴聞を二重三重に繰り返せば、
今度は手続が重くなりすぎる。
そこで法律は、
最初の聴聞に本人を乗せる。
その代わり、
後続処分では重複を避ける。
「一回目を厚くして、二回目を重ねない」
私は呟きました。
所長が頷きました。
「分かりやすい言い方だ」
珍しく褒められた。
明日は雪かもしれません。
「でも、“二回目を重ねない”だけ覚えると危ないですよね」
「なぜだ」
「一回目の聴聞が前提だからです」
「そうだ」
「しかも後続処分が、法人が命令に従わなかったことを理由に、法令の規定によって行われる役員等の解任処分である必要がある」
「うん」
「何でも聴聞省略じゃない」
「その通りだ」
私は赤線を引きました。
試験では、
「役員の解任に関する処分なら、役員本人について聴聞は不要である」
なんて言い切られたら危険。
広すぎます。
正しくは、
一定の法人への解任命令についてすでに聴聞が行われ、
法人がその命令に従わず、
そのことを理由に法令上、役員等を直接解任する。
その場面で、
改めて役員等について聴聞をする必要がない。
条件つきです。
行政法は、
「場合がある」
を、
「いつでも」
に変えた瞬間に事故ります。
「行政法って、雑に要約すると全部間違いますね」
「お前が雑なんだろ」
「否定できない」
◇
机の上に夕日の筋が伸びます。
私は数日前の聴聞を思い出していました。
市役所の会議室。
野村さん。
段ボール二箱の資料。
経理担当者の入院。
倉庫移転。
修繕費。
理事会の決裁。
最初、市側には、
使途不明。
説明拒否。
資金管理上の重大な問題。
と見えていた。
でも本人が資料を出し、
説明したことで、
少なくとも事実の見え方が変わった。
だから、
一回目の聴聞には意味がありました。
単なる儀式ではなかった。
「所長」
「何だ」
「もし最初の聴聞が形だけだったら、どうでしょう」
「形だけ?」
「法人だけ呼んで、解任対象の役員には実質的に何も言わせない。でもあとで、“一度聴聞しましたから、本人を直接解任するときはもう聞きません”と言う」
所長は少し考えました。
「それでは手続保障の趣旨を失う」
「ですよね」
未来の行政手続法二十八条は、
効率化だけの条文ではない。
本人への通知や聴聞を省ける。
そこだけ読むと、
行政に楽をさせる規定にも見えます。
でも第一項と第二項をつなげてみると違う。
最初の聴聞で、
本人を手続から落とさない。
その代わり、
同じ争点について二度目の聴聞は重ねない。
保護と効率。
そのセットです。
「これ、現場編で片桐所長が言ってたことですね」
「何を」
「通知の相手と、意見を聞くべき人間は同じとは限らない」
「そうだったか」
「言ったの先輩です」
「俺か」
自分の名台詞を忘れる男。
相馬誠司。
「あと所長が、“別個の通知が必要かとは切り分けて、実質的に意見を述べる機会を確保しろ”って」
「ああ」
「未来の二十八条って、あの考え方をかなり綺麗に条文化してるんですよね」
「未来?」
「いえ」
また危ない。
私は咳払いしました。
「仮に、将来そういう一般法ができるなら、です」
相馬先輩がじっとこちらを見ています。
「お前、ときどき妙なこと言うよな」
「個性です」
「便利な言葉だ」
◇
私はノートの最後に、試験用の整理を書きました。
まず第一項。
法人に対して、
役員等の解任や会員の除名などを命ずる不利益処分。
その聴聞について法人へ通知がされた場合。
解任・除名の対象となる役員、業務従事者、会員は、
その通知を受けた者とみなされる。
だから、
対象者それぞれに同内容の聴聞通知を別個に出さなければならない、
とはされていない。
そして第二項。
法人に役員等の解任を命ずる不利益処分について聴聞が行われた。
しかし法人がその命令に従わない。
そこで法令の規定に基づき、
その不履行を理由として役員等を直接解任する。
この場合。
行政庁は、その役員等について改めて聴聞を行う必要はない。
「覚え方は?」
相馬先輩が聞きました。
「一回目で本人を入れる。だから二回目は重ねない」
「短いな」
「受験生は短い方が生き残れます」
でも私は、その下にもう一行書きました。
――ただし、二回目が省略できるのは、最初の聴聞と後続の解任が一本につながっている場合。
相馬先輩が読みます。
「こっちの方が大事そうだな」
「そうですね」
単純に、
役員解任なら聴聞一回。
と覚えると危ない。
一回目の処分。
法人。
解任命令。
聴聞。
本人も手続に入る。
法人が従わない。
後続の直接解任。
だから再聴聞不要。
この流れです。
人間関係で覚えれば、条文がかなり軽くなる。
「行政法なのに、人間関係で覚えるんだな」
「行政って、人に何かする法律ですから」
そう言ったら、所長が少しだけこちらを見ました。
「悪くない」
二回目。
今日は本当に雪かもしれません。
◇
私は最後のページを開きました。
一行の覚え書き。
何を書くか。
少し考えます。
野村さんは最初、
自分宛てに通知がない。
だから手続がおかしい。
と思った。
でも本当に見るべきだったのは、
紙の宛名だけではありませんでした。
自分が、
いつ、
どの手続で、
何を言えるのか。
そして、
その一回が後の処分にどうつながるのか。
行政手続法二十八条は、
本人への通知を減らすためだけの規定ではない。
聴聞を一回で済ませるためだけでもない。
形式上は法人に対する処分なのに、
実質的には役員本人の地位がかかっている。
そのずれを、
本人を最初の手続に入れることで埋める。
そして、一度きちんと機会を保障した以上、
法人が命令に従わなかったというだけで、
同じ解任理由について再び聴聞を繰り返すことまでは求めない。
制度の冷たさ。
手続の効率。
本人の防御。
その三つが、意外にきれいにつながっています。
私は書きました。
――法人に通知して、対象役員を手続に乗せる。最初に聞いたなら、同じ解任を二度は聞かない。
「長い」
相馬先輩が言いました。
「一行です」
「もっと短く」
「じゃあ……」
少し考えて、その下に書きます。
――一回目に本人を落とすな。二回目は重ねるな。
相馬先輩が頷きました。
「そっちだな」
「試験答案には書けませんけどね」
「ノートだろ」
「はい」
片桐所長が新聞を畳みました。
「条文は覚えたか」
「未来のなら」
「何?」
「いえ。趣旨まで分かりました」
「ならいい」
私はノートを閉じました。
法律の条文だけを見ると、
通知を受けたものとみなす。
聴聞を要しない。
そんな言葉は冷たい。
人を省略しているようにも見える。
でも現場を知ってから読むと、
見え方が変わります。
誰を手続から落とさないか。
どこまで一度で済ませるか。
その境目を決めている。
制度は冷たい。
でも冷たい線を引くからこそ、
本人を忘れたまま話を進めることも、
意味もなく同じ手続を繰り返すことも、
どちらも防げる。
たぶん。
未来の行政手続法は、
そういう現場の面倒くささを、
一本ずつ条文に変えていった法律なんでしょう。
私は最中へ手を伸ばしました。
ない。
「……先輩」
「何だ」
「最後の一個は?」
「食った」
「いつ!」
「お前が二十八条第二項を説明してる間」
「人が聴聞について熱弁してる隙に!」
「異議あるか」
「あります!」
「意見陳述の機会をやる。どうぞ」
「返してください!」
「却下」
「聞いただけじゃないですか!」
相馬先輩が笑いました。
「機会は与えた」
「結論ありき!」
奥から片桐所長が言います。
「こはる」
「はい」
「最中はもうない」
「所長まで!」
「事実だ」
冷たい。
実に冷たい。
でも事実だから争いようがありません。
私はノートを抱えて、ため息をつきました。
本日の最終確認。
聴聞とは、
こちらの言い分が必ず通る制度ではない。
言い分を出す機会を保障する制度です。
……最中一個で、そこまで身体に叩き込まなくてもよかった気はします。
窓の外では、昭和六十三年の町に夜が降りていました。
そして私のノートには、
まだこの時代には存在しない未来の条文が、
今度は眠くない知識として残っていました。
以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。




