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美しき女帝 北条政子 〜 婚約破棄どころか強制結婚!? 平家のエリートに嫁がされそうになったので、豪雨の山を越えて愛する無職の元へ走ってみた 〜

作者: 条文小説
掲載日:2026/03/20

挿絵(By みてみん)


 北条政子(ほうじょう まさこ)/ 平政子(たいらの まさこ)は、平安時代末期から鎌倉時代初期の政治家。鎌倉幕府初代将軍源頼朝の正妻。父は北条時政。周囲の反対を押し切り、伊豆の流人だった頼朝の妻となった。夫の死後に落飾して尼御台(あまみだい)と呼ばれた。法名は安養院(あんにょういん)。頼朝が亡くなった後、征夷大将軍となった頼家、実朝が相次いで暗殺された後は、鎌倉殿として京から招いた幼い三寅(後の藤原頼経)の後見となって幕府の実権を握り、世に尼将軍(あましょうぐん)と称された。出典:Wikipedia

〔我が家と私〕



 私の名前は、平(たいらの)政子(まさこ)。伊豆の田舎で燻(くすぶ)っているには、少々出来が良すぎる女です。


 伊豆の地方豪族・北条家の長女、今年で21歳。この時代で21? 行き遅れ?――失礼ね。選ばなかっただけです。


 お父様の名は、北条(ほうじょう)時政(ときまさ)。在庁官人という名の“地方役人”。ですが野心だけは都サイズ。そして困ったことに、その野心を全部、私に託してくる。


 お父様には三人の娘がいます。長女である私。今年で21歳。そして、現在の継母との間に生まれた、19歳と17歳の妹たち。自分で言うのもなんだけど、私はかなりの美人として近隣に知れ渡っている。そのせいか、お父様は私を「自慢の娘」として、それはもう不気味なほどに可愛がってくる。一方で、継母の子である下の妹たちは、私に比べれば扱いは二の次、三の次。


「政子よ、お前はいつか高貴な御方に嫁ぎ、北条の名を天下に轟かせるのだぞ」


 ……嫁ぐ?私が?“嫁ぐ側”に収まると、誰が決めたのかしら。


 この伊豆の田舎で、21歳といえばもう行き遅れの部類だ。それなのに、お父様が変にプライドを高く持っているせいで、縁談の一つもまとまりゃしない。私の人生、このままお父様の過剰な期待に応えるだけで終わるのかしら。そんなことを考えていた、ある朝のことだった。朝日が私の居間に差し込み始めた頃。バタバタと慌ただしい足音を立てて、19歳の妹が飛び込んできた。


「お、お姉様! 大変なんです! とんでもない夢を見てしまいました!」


 夢?いつも可愛らしいこと。それでも今日は様子が違う。妹の顔は真っ青だった。私は彼女を座らせ、温かい茶を差し出した。


「落ち着きなさい。夢なんて、ただの脳の整理でしょう?」


「いいえ、そんな生易しいものじゃありません……! あまりに鮮明で、恐ろしいのです」


 彼女は震える声で、その夢の内容を語り始めた。


 ――夢の中で、彼女はどこかもわからない、果てしなく高い山の頂に立っていたという。


 見上げれば、空には太陽と月が同時に輝いている。すると信じられないことに、彼女はその太陽と月を、左右の袖の中にすっぽりと収めてしまったのだ。さらに、彼女の手には三つの実がなった「橘(たちばな)」の枝が握られていた。


「考えてもみてください、お姉様。私は女の身です。それなのに、太陽と月を自分のものにするなんて……。そんなこと、男の人でも許されない不遜なことではありませんか!」


 妹は涙目で訴える。


「これはきっと、神仏の怒りに触れる前触れです! 私はどうなってしまうのでしょう」


 私は妹の話を聞きながら、背中に電気が走るような衝撃を感じていた。


 ――太陽と月を袖に入れる?

 ――橘の枝をかざす?


(……無知って罪ね。……この子は、自分が何を見たのか分かっていないの?)


 私は、お父様が買い揃えた古い書物を読み漁るのが趣味だった。だから、すぐにピンときた。橘(たちばな)といえば、垂仁天皇の命を受けて田道間守(たじまもり)が常世の国から持ち帰った「非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)」


――永遠の命と繁栄の象徴だ。


 かつて景行天皇が橘の木を見て、その美しさを称えたという伝説もある。そして何より、太陽と月をその身に収める。それは、この国の主……「天下」そのものを手中に収めるという、究極の吉兆ではないか。この伊豆の田舎娘が、日本の支配者になる。そんな馬鹿げた、けれど凄まじい「予言」が、この夢には込められている。


 (つまり?この子は“天下を握る女”の夢を見た。それを「神罰が怖い」なんて震えている。もったいない。あまりにも。この夢を、このまま怖がっている妹に持たせておくのは、宝の持ち腐れ……どころか、彼女にとってはただの重荷だわ)


 お父様に愛され、高いプライドを植え付けられて育った私だ。ただの田舎娘で終わりたくない。歴史に名を残すような、大きな何かに触れてみたい。私は、殊更に深刻そうな顔を作って、妹の手を握った。


「……確かに、それは恐ろしい夢ね。」


 (ええ、恐ろしいのは“あなたには扱えないこと”よ。)


「やっぱり! どうすればいいんですか、お姉様!」


「いい? 良い夢は三年語らず、悪い夢は七日以内に語り捨てねば、大きな災いが身に降りかかるというわ。……でも、一つだけ方法があるわ」


「教えてください!」


 (妹の瞳が揺れる。可愛い。)


「『夢買い』よ。その夢を誰かに売り渡してしまえば、災厄も一緒に転嫁できる。……幸い、私はあなたの姉。あなたの身代わりになって、その恐ろしい『災い』を引き受けてあげてもいいわよ?」


 私は慈愛に満ちた(ように見える)微笑みを浮かべた。慈愛の顔を作るのは得意です。だって私は、お父様に溺愛されて育った女。“選ばれる側の微笑み”は心得ています。妹は感激に目を輝かせた。


「お姉様! でも、そんなことをしたらお姉様が危ないのでは……」


「大丈夫。私は信心深さが取り柄だもの。その代わり、これは『売買』でなければならないの。対価を払いましょう」


 私は、お父様から譲り受けた北条家秘蔵の唐鏡(からかがみ)と、美しい唐綾(からあや)の小袖を取り出した。


「これを代価に、その夢を私に譲りなさい」


「いいんですか!? ずっと欲しかったあの鏡を…そして、こんなに素敵な着物を…! いいんですか? …お姉様。」


「ええ、可愛い妹のピンチだもの。安いものよ」


 ――嘘だ。


 天下を統べる権利が、鏡や着物で手に入るなら、これほど安い買い物はないわ。私たちは古来の作法に従い、「夢を売買する」儀式を行った。妹は、憑き物が落ちて軽くなったと喜びながら鏡と着物を抱えて部屋を出て行った。


「お姉様、ありがとうございました! ああ、これで今夜からぐっすり眠れます!」


 去っていく妹の背中を見送りながら、私は静かに笑い、妹から買い取った夢の感触を噛み締めるように、自分の袖を強く握りしめた。袖に、天下。掌に、繁栄。そして私は思いました。


 ――ようやく、退屈が終わる。


 軽くなった?当然よ。重すぎる運命は、強い者が持つべき。この伊豆の田舎から、私は出る。嫁ぐのではない。奪うのです。歴史を。時代を。そして天下を。後に人は私を「尼将軍」と呼ぶ。けれどこの日、私はもう知っていた。――私が主役だと。




〔教養は、武器である〕



 教養は、武器です。剣より静かで、毒より確実。そして何より――奪われません。私はお父様が京から買い集めた書物を読み耽(ふけ)って育ちました。


 特に『日本書紀』や古い伝説には詳しい。例えば――『橘(たちばな)』という果実の由来をご存知?知らないでしょうね。


 あれは第十一代・垂仁天皇の御代、田道間守(たじまもり)という者が常世の国から持ち帰った「非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)」……つまり、永遠の命と繁栄の象徴。


 かつて、ある后が妊娠中にその橘を口にしたところ、悪阻(つわり)がたちまち消え去り、心身ともに清々しくなったという。その結果生まれたのが、あの百二十年の長寿を全うし、天下を治めた景行天皇ですよ。


 橘を手にすることは、すなわち「王者の誕生」を意味する。そんな知識を、私は12の頃には理解していました。田舎娘ですって?笑わせないで。


 そして私は、手に入れた。太陽と月。そして橘。妹が怯えて手放した、あの夢。愚かね。天下の象徴を「怖い」なんて。強い運命は、強い者が持つものです。


「ふふ……見ていなさい、お父様。北条の娘が、どこまで登り詰めるか」


 さて⋯手に入れてしまった。太陽と月、そして橘の繁栄。けれど、夢を買っただけでは何も起きない。夢を現実に変えるためには、その「器」となる男が必要よ。


 今、この伊豆には、都から流されてきた源氏の貴公子が隠れ住んでいるという。源氏の棟梁、源頼朝。彼は以前、伊東の地で現地の娘と恋仲になり、平家の怒りを買って逃げてきたという。懲りない男である。でも。血筋は本物。源氏の嫡流。敗者? いいえ。磨けば王になる素材。


 頼朝様は、北条に美しい娘たちがいると聞き、誰かに文を送ろうと考えたらしい。噂では、北条の継母の子の二人はとんでもない「悪女」で、実母の子の長女・政子は絶世の美女だが気が強い……なんて言われていた。


 頼朝様は迷った末に、「変に野心のある長女より、大人しそうな次女の方が扱いやすいだろう」と判断して19歳の妹に向けて愛の告白文を書いた。


 迷った末に選んだ理由は「扱いやすそうだから」……なるほど?私を避けるその判断、悪くありませんわ。でも、ここで夢の幸運あるいは必然が発動いたします。


 頼朝様から文を託された従者、藤九郎盛長は、主君の判断に納得がいきませんでした。


 (いやいや、あの当腹の娘たちは評判が悪すぎる。もしこんなのに手を出して、北条の不興を買ったら、我々流人グループは終わりだぞ? それに、長女の政子様は気が強いが、その分だけ気高く、筆跡も素晴らしい。主君に相応しいのは彼女しかいない!)


 頼朝様と違い見る目のある盛長は独断で、封筒の宛名を「21の君(私)」へと書き換えてしまいました。偶然?いいえ。当然の帰結です。主君にふさわしい女は、最初から決まっているのです。


 その日の明け方。私は不思議な夢を見ました。一羽の白い鳩が飛んできて、口にくわえた金の箱を私の膝に置いたのだ。開けてみると、中には一通の文が。


「……あら?」


 目が覚めると、枕元には本当に文が届いていた。差出人は、あの頼朝様。中身を読めば、それはもう情熱的でした。若く、焦り、孤独で、渇いている。扱いやすそうなこと。


「夢で見た白い鳩が、現実に文を運んできた……? これはもう、あの夢が動き出したということね」


 私はすぐに返事を書き、夜ごとに頼朝様を自室へ招き入れました。暗闇の中で重ねる褄(つま)。情熱的な囁き。私はお父様が京から戻るまでの間に、すっかり既成事実を作り上げました。


 さて、数ヶ月後。お父様が京の任務から帰ってきた。道中、風の噂でとんでもないニュースを耳にします。


「……はぁ!? 政子が、あの流人の頼朝とデキているだと!?」


 父上は顔を真っ赤にして屋敷になだれ込んできた。


「平家に見つかったら北条は終わりだぞ! 何を考えているんだ、あのバカ娘は!」


 大騒ぎするお父様を、私は冷めた目で見つめていた。終わり?いいえ。始まりです。


 だが、お父様もただの脳筋ではありません。一晩かけて、静かに状況を整理したようです。野心家ですもの。


「……待てよ。わが先祖、上総守直方は、かつて関東に下った源氏の婿となり、その血筋は八幡太郎義家公へと繋がって今も繁栄している。もし、この頼朝がいつか返り咲くことがあれば、北条は……」


 翌朝、お父様は憑き物が落ちたような顔で私を呼んだ。


「政子。お前が選んだ男だ。……北条の命運、お前のその『夢』に賭けてみるのも悪くないかもしれん」


 賢明な判断です。私が選んだのではありません。父が、私に従ったのです。私は深く頷きました。手元には、妹から買い取ったあの『天下の夢』がある。そして私の隣には、源氏の嫡流。舞台は整いました。


「見ていなさい、お父様。」


 嫁ぐのではない。利用する。支えるのでもない。並び立つ。伊豆から日本をひっくり返す?いいえ。最初から、私が動かします。


 妹は今日も唐綾(からあや)を纏(まと)い唐鏡(からかがみ)を覗いて喜んでいる。可愛いこと。唐綾(からあや)と唐鏡(からかがみ)と引き換えに、私は歴史を買った。後に人は私を「尼将軍」と呼ぶらしい。けれどその頃には、もう遅い。私はずっと前から知っていました。教養は武器。夢は奪うもの。


 そして天下は――選ばれた女の手に落ちるものだと。




〔父の裏切りと、平家の影〕



「政子、すまぬ。これもお家のためなのだ」


 お父様が京から連れてきたのは、新しい「婿候補」だった。名は山木(やまき)兼隆(かねたか)。平家の血を引く判官であり、この伊豆の地を監視するために送り込まれた、――つまり権力の犬だ。


 ……冗談じゃない。私を差し出せば北条は安泰?笑わせないで、私にはもう、選んだ男がいる。


 源氏の嫡流でありながら、今は罪人としてこの地に甘んじている、あの頼朝様だ。今は流人。けれど血は本物。落ちた龍は、昇るから美しいのです。


 お父様も最初は応援してくれていたはずなのに、京の情勢を見て日和(ひよ)ったらしい。


「源氏の流人を婿にしていると平家に知られれば、北条は終わりだ。だが、この兼隆殿に娘を差し出せば、北条の忠誠は証明される」


 終わり?それは“賭ける覚悟がない者”の言葉です。お父様の理屈は正しい。でも私は、損得で生きていません。勝つ側に立つと決めているだけ。


 私は、頼朝様との間にできた絆を無理やり引き剥がされ、山木兼隆の屋敷へと「嫁」として連行された。


 山木の屋敷は、祝杯をあげる男たちの笑い声で満ちていた。婿となった兼隆は、手に入れた「北条の美女」を自慢げに見せびらかし、酒を煽っている。


 (あら可哀想。私を手に入れられたと思っている。――今だけよ)


 私は華やかな婚礼衣装を脱ぎ捨て、動きやすい小袖に着替えた。傍らには、幼い頃から私に仕えてくれている一人の女房。彼女だけが、私の無謀な計画を知る味方だった。


「姫様、本当に行くのですか? 外は嵐ですよ」


「嵐だからこそ、追手も油断するわ。行くわよ。このまま誰かの操り人形で終わるなんて、真っ平だもの」


 (選ばれる側?いいえ。選ぶ側です。)


 私たちは屋敷の裏手、監視の薄い生垣を這い出した。外は、バケツをひっくり返したような豪雨。地面は泥濘ぬかるみと化し、一歩進むごとに足を取られる。


 普段なら輿に乗って移動するような深窓の令嬢が、自分の足で、それも漆黒の闇の中を走るなんて正気じゃないって?いえ、正気で天下は取れません。鋭い茨が肌を焼き、泥が顔を汚す。けれど、私の心はかつてないほど燃えていました。


(あしびきの……山路を越えて、彼の方の元へ)


 私は心の中で、出雲路の神に祈った。縁結びの神よ、もし私の選んだ道が間違っていないのなら、どうかこの足を守り、私たちを導いてほしい。


 泥にまみれ、息を切らし、それでも山を登り続ける私の背中を、見えない神が押してくれているような気がした。夜通し山を越え、ようやく辿り着いたのは、頼朝様が身を隠す伊豆の山深い御堂だった。


「……政子!? なぜ、こんなところに!」


 ボロボロになった私の姿を見て、頼朝様は言葉を失った。当然です。あなたのために山を越える女など、他にはいません。私は彼に駆け寄り、泥だらけのままその胸に飛び込んだ。


「山木の元から逃げてまいりました。……私は、あなた様以外の誰の妻にもなりません」


 頼朝様は強く、折れそうなほど私を抱きしめてくれた。その体温を感じた瞬間、ああ、この男を王にする、私はそう決めました。


 やがて夜が明け、追手の気配が遠のいていく。結局、山木兼隆は執念深く私を捜索したが、険しい山の中に消えた私を見つけることはできなかった。追手は来なかった。来られない。伊豆の山は、私の味方です。


 さて、困ったのはお父様である。山木兼隆に嫁がせたはずの娘が、一夜にして失踪したのだ。普通なら平家に平謝りするところだが、あの人も愚かではない。


「いやあ、面目ない! 娘はあまりに兼隆殿に憧れすぎて、婚礼の熱に浮かされてどこかへ消えてしまったようですなあ! どこへ行ったのやら、北条でもさっぱりわかりませんわ!」


 ……白々しい。けれど嫌いじゃない。父もまた、賭ける男。平家に媚びて滅びた伊東祐親とは違う。北条は生き残る。


 なぜなら――私がいるから。


 昔、呂后は紫雲を頼りに劉邦を見つけたとか。けれど私は、雲を待たない。自分で山を越えました。誰かに見つけてもらう姫ではありません。掴みに行く女です。


「政子、共に戦ってくれるか」


 頼朝様が手を取る。……やっと理解したのですね。


「もちろん。私は夢を買ったのです。あなた様を天下の主に、そして――私がその隣に立つ夢を」


 泥だらけの顔を上げ、私は不敵に微笑んだ。昨夜の嵐は止んだけれど――


 時代の嵐は、これから私が起こします。





曾我物語 巻第二 (明治四十四年刊 國民文庫本)




 〔時政(ときまさ)が娘(むすめ)の事(こと)〕


 又(また)、彼(か)の時政(ときまさ)に、娘(むすめ)三人有(あ)り。一人(ひとり)は、先腹(せんばら)にて、二十一なり。二三は、当腹(たうはら)にて、十九・十七にぞなりにける。中(なか)にも、先腹(せんばら)二十一は、美人(びじん)の聞(き)こえ有(あ)り。殊(こと)に父(ちち)、不便(ふびん)に思(おも)ひければ、妹(いもうと)二人よりは、すぐれてぞ思(おも)ひけり。然(さ)る程(ほど)に、其(そ)の頃(ころ)、十九の君(きみ)、不思議(ふしぎ)の夢(ゆめ)をぞ見(み)たりける。例(たと)へば、何処(いづく)とも無(な)く、高(たか)き峰(みね)に上(のぼ)り、月日(つきひ)を左右(さう)の袂(たもと)にをさめ、橘(たちばな)の三(み)つなりたる枝(えだ)をかざすと見(み)て、思(おも)ひけるは、男子(をのこご)の身(み)なりとも、自(みづか)らが、月日(つきひ)を取(と)らん事(こと)有(あ)るまじ、ましてや、女(をんな)の身(み)として、思(おも)ひもよらず、誠(まこと)に不思議(ふしぎ)の夢(ゆめ)なり、姉御(あねご)は知(し)らせ給(たま)ふべし、問(と)ひ奉(たてまつ)らんとぞ、急(いそ)ぎ朝日(あさひ)御前(ごぜん)の方(かた)に移(うつ)り、こまごまと語(かた)り給(たま)ふ。姉(あね)二十一の君(きみ)、詳(くは)しく聞(き)きて、「誠(まこと)にめでたき夢(ゆめ)なり。我(われ)等(ら)が先祖(せんぞ)は、今(いま)に観音(くわんおん)を崇(あが)め奉(たてまつ)る故(ゆゑ)、月日(つきひ)を左右(さう)の袂(たもと)にをさめたり。又(また)、橘(たちばな)をかざす事(こと)は、本説(ほんせつ)めでたき由来(ゆらい)有(あ)り」とて、景行天皇(けいかうてんわう)の御事(おんこと)をぞ思(おも)ひ出(い)だしける。



 〔橘(たちばな)の事(こと)〕


 抑(そもそも)、橘(たちばな)と言(い)ふ木実(このみ)の始(はじ)まりは、「仁王十一 代(だい)の御門(みかど)垂仁天皇(すいにんてんわう)の御時(とき)よりぞ出(い)で来(き)ける」と、日本紀(につぽんぎ)は見(み)え、然(しか)るに、此(こ)の橘(たちばな)は、常世(とこよ)の国(くに)より、三参(まゐ)らせたり。折節(をりふし)、后(きさき)懐妊(くわいにん)し、彼(か)の橘(たちばな)を用(もち)ひ給(たま)ひて、懐胎(くわいたい)の悩(なや)み絶(た)えて、御心(おんこころ)すずしかりけり。然(さ)れば、斯様(かやう)の物(もの)も有(あ)りけるよと、朝夕(てうせき)願(ねが)ひ給(たま)へ共(ども)、我(わ)が国(くに)に無(な)き木実(このみ)也(なり)ければ、力(ちから)無(な)し。此処(ここ)に、間守(けんしゆ)と言(い)ふ大臣(だいじん)有(あ)り、此(こ)の願(ねが)ひを聞(き)き、「安(やす)き事(こと)なり。異国(いこく)に渡(わた)り、取(と)りて参(まゐ)らせん」と言(い)ひて、立(た)ちければ、君(きみ)、喜(よろこ)び思(おぼ)し召(め)して、「さては、いつの頃(ころ)に、帰朝(きてう)すべき」と、宣旨(せんじ)有(あ)りければ、「五月には、必(かなら)ず参(まゐ)るべし」と申(まう)して、渡(わた)りぬ。其(そ)の月をまてども、見(み)えずして、六月になりて、「我(われ)は止(とど)まりて、人して橘(たちばな)を十参(まゐ)らせ、猶(なほ)尋(たづ)ねて参(まゐ)るべし」とて、止(とど)まりけれども、橘(たちばな)の参(まゐ)る事(こと)を、后(きさき)、大(おほ)きに喜(よろこ)び給(たま)ひ、用(もち)ひ給(たま)ふ。其(そ)の徳(とく)に依(よ)りて、皇子(わうじ)御誕生(たんじやう)有(あ)り。御位(くらゐ)を保(たも)ち給(たま)ふ事(こと)、百二十年なり。景行天皇(けいかうてんわう)の御事(こと)、是(これ)なり。其(そ)の大臣(だいじん)の袖(そで)の香(か)に、橘(たちばな)の移(うつ)り来(き)たりけるを、猿丸(さるまる)大夫(たいふ)が歌(うた)に、五月(さつき)まつ花橘(たちばな)の香(か)をかげば昔(むかし)の人の袖(そで)の香(か)ぞすると詠(よ)みたりけり。我(わ)が朝(てう)に、たち花うゑ染(そ)めける事(こと)、此(こ)の時(とき)よりぞ始(はじ)まりける。又(また)、橘(たちばな)に、盧橘(ろきつ)と言(い)ふ名(な)有(あ)り。去年(こぞ)の橘(たちばな)におほひしておけば、今年(ことし)の夏(なつ)まで有(あ)るなり。其(そ)の色(いろ)、少(すこ)しくろきなり。「盧(ろ)」の字(じ)を「くろし」とよめばなり。さても、此(こ)の二十一の君(きみ)、女性(しやう)ながら、才覚(さいかく)人にすぐれしかば、斯様(かやう)の事(こと)を思(おも)ひ出(い)だしけるにや。実(げ)にも、景行帝(けいかうのみかど)、橘(たちばな)を願(ねが)ひ、誕生(たんじやう)有(あ)りし事(こと)、幾程(いくほど)無(な)くて、若君(わかぎみ)出(い)で来(き)たり、頼朝(よりとも)の御後(あと)を継(つ)ぎ、四海(しかい)を治(をさ)め奉(たてまつ)る。然(さ)れば、此(こ)の夢(ゆめ)を言(い)ひおどして、かひ取(と)らばやと思(おも)ひければ、「此(こ)の夢(ゆめ)、返(かへ)す返(がへ)す恐(おそ)ろしき夢(ゆめ)なり。よき夢(ゆめ)を見(み)ては、三年(みとせ)は語(かた)らず。悪(あ)しき夢(ゆめ)を見(み)ては、七日の内(うち)に語(かた)りぬれば、大(おほ)きなるつつしみ有(あ)り。如何(いかが)すべき」とぞおどしける。十九の君(きみ)は、偽(いつは)りとは思(おも)ひもよらで、「さては、如何(いかが)せん。よきにはからひてたびてんや」と、大(おほ)きに恐(おそ)れけり。「然(さ)れば、斯様(かやう)に、悪(あ)しき夢(ゆめ)をば転(てん)じかへて、難(なん)を逃(のが)るるとこそ聞(き)きて候(さぶら)へ」「転(てん)ずるとは、何(なに)とする事(こと)ぞや。自(みづか)ら心(こころ)得(え)難(がた)し。はからひ給(たま)へ」と有(あ)りければ、「然(さ)らば、うりかふと言(い)へば、逃(のが)るるなり。うり給(たま)へ」と言(い)ふ。かふ者(もの)の有(あ)りてこそ、うられ候(さうら)へ、目(め)にも見(み)えず、手(て)にも取(と)られぬ夢(ゆめ)の跡(あと)、現(うつつ)に誰(たれ)かかふべしと、思(おも)ひわづらふ色(いろ)見(み)えぬ。「然(さ)らば、此(こ)の夢(ゆめ)をば、童(わらは)かひ取(と)りて、御身(おんみ)の難(なん)をのぞき奉(たてまつ)らん」と言(い)ふ。「自(みづか)らがもとより主(ぬし)、悪(あ)しくとても、恨(うら)み無(な)し。御(おん)為(ため)悪(あ)しくは、如何(いかが)」と言(い)ひければ、「然(さ)ればこそ、うりかふと言(い)へば、転(てん)ずるにて、主(ぬし)も自(みづか)らも、苦(くる)しかるまじ」と、誠(まこと)しやかにこしらへければ、「然(さ)らば」と喜(よろこ)びて、うり渡(わた)しけるぞ、後(のち)に、悔(くや)しくは覚(おぼ)えける。此(こ)の言葉(ことば)につきて、二十一の君(きみ)、「何(なに)にてかかひ奉(たてまつ)らん。もとより所望(しよまう)の物(もの)なれば」とて、北条(ほうでう)の家(いへ)に伝(つた)はる唐(から)の鏡(かがみ)を取(と)り出(い)だし、唐綾(からあや)の小袖(こそで)一重(かさ)ね添(そ)へ渡(わた)されけり。十九の君(きみ)、なのめならずに喜(よろこ)びて、我(わ)が方(かた)に帰(かへ)り、「日頃(ひごろ)の所望(しよまう)適(かな)ひぬ。此(こ)の鏡(かがみ)の主(ぬし)になりぬ」と喜(よろこ)びけるぞ、愚(おろ)かなる。此(こ)の二十一の君(きみ)をば、父殊(こと)に不便(ふびん)に思(おも)ひければ、此(こ)の鏡(かがみ)を譲(ゆづ)りけるとかや。然(さ)る程(ほど)に、佐(すけ)殿(どの)、時政(ときまさ)に娘(むすめ)数多(あまた)有(あ)る由(よし)聞(き)こし召(め)し、伊東(いとう)にてもこり給(たま)はず、上(うは)の空(そら)なるもの思(おも)ひを、風(かぜ)の便(たよ)りにおとづればやと思(おぼ)し召(め)し、内々(ないない)人に問(と)ひ給(たま)へば、「当腹(たうはら)二人は、殊(こと)の外(ほか)悪女(あくぢよ)なり。先腹(せんばら)二十一の方(かた)へ、御文(ふみ)ならば、賜(たま)はりて参(まゐ)らせん」と申(まう)しける。伊東(いとう)にて物思(おも)ひしも、継母(ままはは)故(ゆゑ)なり。如何(いか)にわろくとも、当腹(たうはら)をと思(おぼ)し召(め)し定(さだ)められて、十九の方(かた)へ、御文(ふみ)をぞ遊(あそ)ばしける。藤(とう)九郎盛長(もりなが)は、是(これ)を賜(たま)はりて、つくづく思(おも)ひけるは、当腹(たうはら)共(ども)は、事(こと)の外(ほか)悪女(あくぢよ)の聞(き)こえ有(あ)り、君(きみ)思(おぼ)し召(め)し遂(と)げん事(こと)有(あ)るべからず、北条(ほうでう)にさへ、御仲(なか)違(たが)はせ給(たま)ひては、いづかたに御(おん)入(い)り有(あ)るべき、果報(くわほう)こそ、劣(おと)り奉(たてまつ)るとも、手跡(しゆせき)は、如何(いか)でか劣(おと)り奉(たてまつ)るべきとて、御文(ふみ)を二十一の方(かた)へとぞかきかへける。さて、少将(せうしやう)の局(つぼね)して、参(まゐ)らせたりけり。姫君(ひめぎみ)御覧(ごらん)じて、思(おぼ)し召(め)し合(あ)はする事(こと)有(あ)り、此(こ)の暁(あかつき)、白(しろ)き鳩(はと)一(ひと)つ飛(と)び来(き)たりて、口(くち)より金(こがね)の箱(はこ)に文(ふみ)を入(い)れてふき出(い)だし、童(わらは)が膝(ひざ)の上(うへ)におき、虚空(こくう)に飛(と)びさりぬ、開(ひら)きて見(み)れば、佐(すけ)殿(どの)の御文(ふみ)なり、急(いそ)ぎ箱(はこ)にをさむると思(おも)へば、夢(ゆめ)なり、今(いま)現(うつつ)に文(ふみ)見(み)る事(こと)、不思議(ふしぎ)さよと思(おぼ)し召(め)して、打(う)ち置(お)きぬ。其(そ)の後(のち)、文(ふみ)の数(かず)重(かさ)なりければ、夜(よ)な夜(よ)な忍(しの)びて、褄(つま)をぞ重(かさ)ね給(たま)ひける。かくて、年月(としつき)送(おく)り給(たま)ふ程(ほど)に、北条(ほうでう)の四郎(しらう)時政(ときまさ)、京(きやう)より下(くだ)りけるが、道(みち)にて此(こ)の事(こと)を聞(き)き、ゆゆしき大事(だいじ)出(い)で来(き)たり、平家(へいけ)へ聞(き)こえては如何(いか)ならんと、大(おほ)きに騒(さわ)ぎ思(おも)ひけり。さりながら、静(しづ)かに物(もの)を案(あん)ずるに、時政(ときまさ)が先祖上総守(かづさのかみ)なほたかは、伊予殿(いよどの)の関東(くわんとう)下向(げかう)の時(とき)、聟(むこ)に取(と)り奉(たてまつ)りて、八幡(はちまん)殿(どの)以下(いげ)の子孫(しそん)出(い)で来(き)たり、今(いま)に繁昌(はんじやう)、年(とし)久(ひさ)し。



 〔兼隆(かねたか)聟(むこ)に取(と)る事(こと)〕


 斯様(かやう)の昔(むかし)を案(あん)ずるに、悪(あ)し様(ざま)にはあらじと思(おも)ひけれども、平家(へいけ)の侍(さぶらひ)に、山木(やまき)の判官(はんぐわん)兼隆(かねたか)と言(い)ふ者(もの)を同道(どうだう)して下(くだ)しけり。道(みち)にて、何(なに)と無(な)き事(こと)のついでに、「御分(ごぶん)を時政(ときまさ)が聟(むこ)に取(と)らん」と言(い)ひたりし言葉(ことば)の違(ちが)ひなば、「源氏(げんぢ)の流人(るにん)、聟(むこ)に取(と)りたり」と訴(うつた)へられては、罪科(ざいくわ)逃(のが)れ難(がた)し、如何(いかが)せんと思(おも)ひければ、伊豆(いづ)の国府(こう)に着(つ)き、彼(か)の目代(もくだい)兼隆(かねたか)に言(い)ひ合(あ)はせ、知(し)らず顔(がほ)にて、娘(むすめ)取(と)り返(かへ)し、山木(やまき)の判官(はんぐわん)にとらせけり。然(さ)れども、佐(すけ)殿(どの)に契(ちぎ)りや深(ふか)かりけん、一夜(よ)をもあかさで、其(そ)の夜(よ)の内(うち)に、逃(に)げ出(い)でて、近(ちか)く召(め)し使(つか)ひける女房(にようばう)一人具(ぐ)して、深(ふか)き叢(くさむら)を分(わ)け、足(あし)に任(まか)せて、あしびきの山路(やまぢ)を越(こ)え、夜(よ)もすがら、伊豆(いづ)の御山に分(わ)け入(い)り給(たま)ひぬ。ちぎりくずちは、出雲路(いづもぢ)の神(かみ)の誓(ちか)ひは、妹背(いもせ)の中(なか)は変(か)はらじとこそ、守(まぼ)り給(たま)ふなれ。頼(たの)む恵(めぐ)みのくちせずは、末(すゑ)の世掛(か)けて、諸(もろ)共(とも)に住(す)みはつべしと、祈(いの)り給(たま)ひけるとかや。抑(そもそも)、出雲路(いづもぢ)の神(かみ)と申(まう)すは、昔(むかし)、けいしやうと言(い)ふ国(くに)に、男(をとこ)を伯陽(はくやう)、女(をんな)を遊子(いうし)とて、夫婦(ふうふ)の物有(あ)りけるが、月に共(とも)なひて、夜(よ)もすがら、ぬる事(こと)無(な)くして、道(みち)に立(た)ち、夕(ゆふべ)には、東山(とうざん)の峰(みね)に心(こころ)を澄(す)まし、月(つき)の遅(おそ)く出(い)づる事(こと)を恨(うら)み、暁(あかつき)は、晴天(せいてん)の雲(くも)にうそぶき、くもり無(な)き夜(よ)を喜(よろこ)び、雨雲(あまぐも)の空(そら)を悲(かな)しみて、年月(としつき)を送(おく)りしに、伯陽(はくやう)九十九の年(とし)、死門(しもん)にのぞまむとせし時(とき)、遊子(いうし)に向(む)かひ申(まう)す様(やう)、「我(われ)、月に共(とも)なひて、めづる事(こと)、世(よ)の人に越(こ)えたり。一人(ひとり)なりとも、月を見(み)る事(こと)、怠(おこた)らざれ」と言(い)ひければ、遊子(いうし)、涙(なみだ)を流(なが)して、「汝(なんぢ)、まさに死(し)なば、我(われ)一人(ひとり)月を見(み)る事(こと)有(あ)るべからず。諸(もろ)共(とも)に死(し)なん」と悲(かな)しめば、伯陽(はくやう)重(かさ)ねて申(まう)す様(やう)、「偕老(かいらう)同穴(とうけつ)の契(ちぎ)り、百年(ひやくねん)にあたれり。月を形見(かたみ)に見(み)よ」とて、遂(つひ)にはかなくなりにけり。契(ちぎ)りし如(ごと)く、遊子(いうし)は内(うち)に入(い)る事(こと)も無(な)くして、月(つき)に伴(ともな)ひ歩(あり)きしが、是(これ)も限(かぎ)り有(あ)りければ、遂(つひ)にはかなくなりにけり。然(さ)れども、夫婦(ふうふ)諸(もろ)共(とも)に月に心(こころ)をとめし故(ゆゑ)に、天上(てんじやう)の果(くわ)を受(う)け、二(ふた)つの星(ほし)なるとかや、牽牛(けんぎう)織女(しよくぢよ)是(これ)なり。又(また)、さいの神(かみ)とも申(まう)すなり。道祖神(だうそぢん)とも現(あらは)れ、夫婦(ふうふ)の中を守(まぼ)り給(たま)ふ御(おん)誓(ちか)ひ、頼(たの)もしくぞ覚(おぼ)えける。又(また)、伝(つた)へ聞(き)く、漢(かん)の高祖(かうそ)、はうやう山(さん)と言(い)ふ山(やま)に籠(こも)り給(たま)ひしに、こうろ大子(たいし)諸(もろ)共(とも)に、紫雲(しうん)を知(し)るべしとて、深(ふか)き山路(やまぢ)に分(わ)け入(い)りし志(こころざし)、是(これ)には過(す)ぎじとぞ見(み)えし。さて、佐(すけ)殿(どの)へ秘(ひそ)かに人を参(まゐ)らせ、かくと申(まう)させ給(たま)ひしかば、鞭(むち)を上(あ)げてぞ、上(のぼ)り給(たま)ひける。目代(もくだい)は尋(たづ)ねけれども、猶(なほ)山(やま)深(ふか)く入(い)り給(たま)ひければ、力(ちから)及(およ)ばず、北条(ほうでう)は、知(し)らず顔(がほ)にて、年月(としつき)をぞ送(おく)りける。伊東(いとう)が振舞(ふるま)ひには代(か)はりたるにや、果報(くわほう)の致(いた)す所(ところ)なり。

〜参考記事〜

国民文庫「曾我物語」明治44年 / 菊池眞一研究室

https://share.google/uMQE6XFcSP1zbLr1W


〜舞台背景〜

 この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、原文の体裁を、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。

 せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の迫力や雰囲気を感じてもらえたらと思います。この原文併記という形式は教科書はまだしも小説ではあまり見ない試みです。もし面白い試みだなと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。

 逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければ率直なご意見として謹んで承りたいと思います。

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