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こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈行政法 配点112点/300点〉 行政手続法

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86/274

[行政手続法27条・審査請求の制限]法理編 こはるノート

挿絵(By みてみん)

 夕方の片桐行政書士事務所は、昼間より少しだけ争いごとが静かになります。


 電話が減る。


 来客が途切れる。


 相馬先輩の声量も、ほんの少し下がる。


 そして机の上には、篠原さんが置いていった温泉まんじゅう。


「……一個減ってません?」


「食った」


 相馬先輩が答えました。


「早い」


「仕事した人間の権利だ」


「その権利の根拠を示してください」


「相馬法」


「またそれですか」


「不服があるなら審査請求しろ」


 私はじっと相馬先輩を見ました。


「先輩」


「何だ」


「今日のテーマ分かって言ってます?」


「分かってるから言ってる」


「性格悪いですね」


 私は残ったまんじゅうを自分の側へ寄せ、ノートを開きました。


 今日の題名。


 ――審査請求の制限。


 その下に。


 未来の条文番号を、小さく書きます。


 行政手続法第二十七条。


 今は昭和六十三年。


 もちろん、まだ行政手続法はありません。


 でも今日の篠原旅館の件を見ていると。


 未来でなぜこの条文が必要になるのか。


 なんとなく分かってきます。


 篠原さんのお父さんは、市から旅館営業について不利益な処分を検討されていました。


 その前段階。


 本人の言い分を聞く手続。


 未来の言葉で言えば、聴聞。


 そこで篠原さんは、判断材料になっている苦情記録や立入確認記録を見せてほしいと求めた。


 ところが市は。


「全部は見せられません」


 と答えた。


 篠原さんはそこで。


「だったら審査請求だ!」


 と考えた。


 私はノートに大きく書きました。


 ――ここが今日の罠。


「何が罠なんだ」


 相馬先輩が覗き込みます。


「役所に何か断られたら、何でもすぐ審査請求できると思うことです」


「ほう」


「でも、そうじゃない」


 未来の行政手続法二十七条。


 条文は驚くほど短い。


 この節の規定に基づく処分又はその不作為については、審査請求をすることができない。


 以上。


「短っ」


 思わず声が出ました。


「何だ」


「いえ。未来の法律って、たまに一行で受験生を殺しに来るなと」


「物騒だな」


「短い条文ほど油断できないんです」


 所長が奥の机から言いました。


「まず『この節』を確認しろ」


 はい。


 そこ。


 試験で大事です。


 私はノートに書きます。


 行政手続法第二十七条のいう「この節」。


 聴聞に関する節。


 行政手続法十五条から二十八条まで。


「つまり」


 私は言いました。


「聴聞に関する手続の中で行われる処分や、その不作為については、審査請求できない」


「ざっくり言えばな」


 所長が答えます。


 では。


 どんなものがあるのか。


 今日の事件に寄せて考えます。


 たとえば。


 聴聞の中で、資料閲覧を求めた。


 行政庁が。


「見せません」


 とした。


 文書閲覧の不許可。


 あるいは。


 閲覧請求をしたのに。


 何も答えない。


 不作為。


 それから。


 利害関係人が。


「この聴聞に参加させてください」


 と求めた。


 それを認めなかった。


 参加不許可。


 あるいは。


 参加申請に何の応答もしない。


 不作為。


「そういうものについて」


 私は丸を付けます。


 審査請求はできない。


「じゃあ」


 相馬先輩が言いました。


「役所が資料を見せないって言ったら、泣き寝入りか」


「それが一番危ない誤解です」


 私は即答しました。


 審査請求できない。


 イコール。


 何も言えない。


 ではない。


 違法でも適法でも関係ない。


 でもない。


 役所が好き放題していい。


 でもない。


「今日の篠原さん、実際に何をしました?」


 私は聞きます。


「閲覧請求を紙で出した」


「はい」


「見せないなら、その理由を聞いた」


「はい」


「見られないことで、何に反論できないのか整理した」


「そうです」


「手続の記録に残した」


「そうです」


 つまり。


 独立した審査請求というルートが閉じている。


 それだけです。


 手続の中で異議を述べることまで禁じられているわけではない。


 そして。


 最終的な不利益処分が出たときに。


 その処分を争う中で。


 手続上の問題が重要になることもある。


「途中で別件として審査請求できない」


「はい」


「途中の問題が消えるわけじゃない」


「そこです」


 私は大きく線を引きました。


 ここ。


 今日いちばん大事です。


 未来の条文を暗記すると。


「聴聞関係は審査請求できない」


 で止まりがちです。


 でも。


 それだけ覚えると。


 篠原さんみたいに。


「じゃあ役所に何をされても我慢するしかないんですか」


 という疑問になります。


 違う。


 行政法では。


 争えない。


 ではなく。


 その時点で、独立して審査請求する仕組みを置いていない。


 ということがあります。


「何でそんな回りくどいことするんです?」


 私は所長に聞きました。


「聴聞の途中で審査請求させない理由って」


 所長は書類を閉じました。


「一つの手続を細切れにしないためだ」


 やっぱり。


 今日の現場でも見えたところです。


 聴聞には。


 いくつもの判断があります。


 参加を認めるか。


 文書を見せるか。


 期日をどうするか。


 証拠をどう扱うか。


 手続をどう進めるか。


 その一つ一つに。


「不服です。審査請求します」


「その判断にも不服です。審査請求します」


「その不作為にも審査請求します」


 とやっていたら。


 本体の聴聞が進みません。


「つまり」


 相馬先輩が言いました。


「喧嘩の途中で、いちいち別の喧嘩を始めるなってことか」


「言い方は雑ですけど、分かりやすい」


「だろ」


 私はノートに書きました。


 聴聞の途中の手続上の判断。


 そのたびに独立した審査請求を認めると。


 本体手続が分断される。


 だから。


 一定の処分・不作為について、審査請求を制限する。


「でも」


 私はペンを止めました。


「ここで一個、怖いところありますね」


「何だ」


「二十七条の対象って、最終的な不利益処分そのものじゃないですよね」


 相馬先輩が眉を上げました。


「説明しろ」


「『この節の規定に基づく処分又はその不作為』です」


 つまり。


 聴聞の中で行われる。


 閲覧不許可。


 参加不許可。


 それらへの不応答。


 そういう手続上の処分・不作為。


 それについて審査請求を制限している。


 でも。


 聴聞を経て最終的に出された。


 営業停止処分。


 許可取消処分。


 そういう本体の不利益処分まで。


 二十七条で一律に審査請求できなくなる。


 という話ではない。


「これ、混同したら危ないですね」


「かなりな」


 所長が言いました。


 私は今日の篠原旅館で整理します。


 市が。


 苦情記録の閲覧を認めない。


 これは聴聞手続の中の判断。


 未来の行政手続法二十七条なら。


 この処分について審査請求できない。


 でも。


 その後。


 市が旅館営業の許可を取り消した。


 その最終処分まで。


「二十七条があるから審査請求できません」


 とはならない。


「試験で出そう」


 相馬先輩が言います。


「絶対出ますよ、こういうの」


「絶対って言うな」


「行政法では断言が怖いんでした」


 私は書き直しました。


 かなり出そう。


「弱くなったな」


「安全運転です」


 所長が言います。


「もう一つ。処分と不作為を分けろ」


「はい」


 ここも大事です。


 行政手続法二十七条。


 処分だけではない。


 不作為も。


 審査請求できない。


「不作為って」


 相馬先輩が言いました。


「役所が何も返事しないことか」


「ざっくり言えばそうです」


 たとえば。


 参加を申し出た。


 市が。


「駄目です」


 と明確に拒否した。


 これは処分。


 でも。


 参加申請を出した。


 市が何日たっても何も返事をしない。


 これは不作為。


 資料閲覧も同じ。


「見せません」


 なら。


 処分。


 何も返さない。


 なら。


 不作為。


「どっちも二十七条の対象」


「はい」


 私は丸を二つ書きます。


 処分。


 不作為。


 両方。


「じゃあ未来の試験で」


 相馬先輩がまた先生の顔になります。


「聴聞に関する文書閲覧請求に行政庁が何も答えない場合、不作為について審査請求できる」


「誤りです」


「理由は」


「二十七条が、この節の規定に基づく処分だけじゃなく、不作為についても審査請求できないと定めているから」


「よし」


「やっぱり今日、先生役楽しんでません?」


「人に教えると覚えるからな」


「私の勉強を利用して自分が覚えてる!」


 実務派。


 ちゃっかりしています。


 私は温泉まんじゅうを一つ取りました。


 糖分が必要です。


「じゃあ」


 私は食べながら言いました。


「今日の篠原さんの最初の発想って」


 役所が書類を見せない。


 役所の判断。


 だから審査請求。


 だった。


 でも。


 本当に見るべきだったのは。


 その判断が。


 どの段階の。


 何についての判断なのか。


 そこ。


「最終処分か」


 私は一本指を立てます。


「手続途中の判断か」


 二本。


「それを分ける」


「行政法らしいな」


 相馬先輩が言いました。


「ですよね」


 役所に「駄目」と言われた。


 その一言だけでは足りない。


 何が駄目なのか。


 申請そのものを拒否されたのか。


 聴聞への参加を拒否されたのか。


 文書閲覧を拒否されたのか。


 本体の許可を取り消されたのか。


 行政法は。


 同じ「駄目」を。


 種類ごとに別の箱へ入れます。


 面倒です。


 でも。


 箱を間違えると。


 救済手段まで間違える。


「今日の篠原さん」


 私は言いました。


「もし最初から審査請求書を書き始めてたら」


「時間を無駄にしたな」


 相馬先輩が答えます。


「聴聞まで二日しかなかった」


「はい」


「その間に本当にやるべきだったのは、資料を見せる範囲を詰めること」


「そうだ」


 これが現場。


 試験では。


 審査請求できる。


 できない。


 丸かバツ。


 それだけです。


 でも現実では。


 できないと分かった瞬間。


「じゃあ次に何をするか」


 が必要になる。


 篠原さんの場合は。


 閲覧請求の内容を明確にする。


 匿名化で足りる部分を分ける。


 開示されないことによって反論できない事項を示す。


 書面に残す。


 そして。


 本体の手続の中で。


 きちんと主張する。


 その結果。


 苦情十件。


 という塊が。


 同じ二人から繰り返し出ていた。


 旅館とは関係ない可能性のある騒音苦情まで入っていた。


 そういう中身に分解された。


「行政法って」


 私は呟きました。


「争い方を選ぶ法律でもあるんですね」


 所長がこちらを見ました。


「何でもすぐ争えばいいわけじゃない」


「はい」


「争う場所を間違えると、本当に守るべきものを落とす」


 短い。


 でも。


 今日の篠原さん。


 まさにそれです。


 文書閲覧不許可という途中の判断だけに全力で突っ込んで。


 肝心の。


 旅館営業への不利益処分。


 その防御準備が遅れたら。


 本末転倒です。


「だから二十七条は」


 私は考えながら言いました。


「不服を切り捨てる条文じゃなくて、争いを本体からバラバラにしないための条文、と見ると分かりやすいかも」


「ただし」


 所長が言います。


「それで途中の不当な扱いが正当化されるわけじゃない」


「はい」


 そこ。


 絶対に忘れてはいけません。


 審査請求できない。


 だから行政庁は適当に処理していい。


 ではない。


 資料閲覧。


 参加。


 その他の聴聞手続。


 それぞれ。


 適切に扱う必要がある。


 ただ。


 不服があるたび。


 独立した審査請求という別ルートには出さない。


「未来の二十七条」


 私はノートに書きます。


 審査請求の入口を一つ閉じる。


 でも。


 当事者の口まで塞ぐわけではない。


「それ、いいな」


 相馬先輩が言いました。


「珍しく褒めましたね」


「珍しくまともだからな」


「一言多い」


 私は次の見出しを書きました。


 ――試験での注意。


 まず。


 聴聞に関するすべての不服について、一切争えない。


 これは言いすぎ。


 第二十七条が制限するのは。


 この節の規定に基づく処分又はその不作為に対する審査請求。


 次。


 聴聞を経てなされた本体の不利益処分についても、審査請求できない。


 これも誤り。


 第二十七条は。


 聴聞を経て出た最終的な不利益処分そのものまで一律に審査請求禁止にする規定ではない。


 次。


 文書閲覧請求に対して何も応答しない不作為なら、審査請求できる。


 これも誤り。


 処分も。


 不作為も。


 対象になる。


「あと」


 相馬先輩が言います。


「聴聞の途中の処分だから、審査請求できない。じゃあ即、全部適法だ」


「それも違います」


「よし」


 私は書きます。


 審査請求できないこと。


 イコール。


 処分が適法であること。


 ではない。


 救済手段の一つが制限されているだけ。


 ここも。


 試験で言葉を強くすると間違えます。


「行政法って、本当に『全部』『必ず』『一切』が怖いですね」


「前にも言ってたな」


「役所の貼り紙でも試験でも同じです」


「便利な教訓だ」


 私は少し笑いました。


 今日。


 篠原さんは。


 最初。


「審査請求してください」


 と言っていました。


 その言葉には。


 怒りもあった。


 不安もあった。


 何か武器が欲しい。


 という気持ちもあった。


 でも。


 法律の武器は。


 いつでも振り回せば強いわけではない。


 使う場所を間違えれば。


 ただ重いだけです。


「所長」


「何だ」


「救済って、選択肢が多ければ多いほど親切ってわけじゃないんですね」


 所長は少し考えました。


「道が多すぎると、人は迷う」


「だから途中では一本にする?」


「そういう制度設計もある」


 なるほど。


 手続の途中で生じた不満を。


 その都度。


 別々の審査請求へ飛ばす。


 それは一見。


 救済が手厚いように見える。


 でも。


 聴聞という一つの手続が。


 何本もの不服申立てに切り裂かれれば。


 結論までたどり着けなくなる。


 行政にとっても。


 当事者にとっても。


 それが良いとは限らない。


「制度の冷たさ」


 私は呟きました。


「また出ましたね」


「何が」


「『ここでは審査請求できません』って、かなり冷たいじゃないですか」


「ああ」


「でも、その線があるから、手続全体が止まらずに進む」


「そうだな」


 そして。


 篠原さんのような人にとって大事なのは。


 今すぐ別の審査請求を起こすことではなく。


 自分の反論材料を確保すること。


 不利な扱いを記録すること。


 本体の処分を見据えること。


 だった。


 私はノートの最後に。


 一行の覚え書きを書きました。


 ――聴聞の途中の「駄目」は、何でも別件で審査請求できるわけではない。途中の傷は記録し、本体を見失わない。


「長い」


 相馬先輩が即座に言いました。


「またですか」


「もっと短くしろ」


「じゃあ先輩なら?」


「途中で枝に噛みつくな。本丸を見ろ」


「戦国武将みたい」


「分かりやすいだろ」


「でも試験答案には書けません」


 所長が新聞を畳みました。


「じゃあ、こうしろ」


 私はペンを構えます。


「審査請求できないことと、主張できないことを混同するな」


 私は。


 一瞬止まって。


 そのまま書きました。


 ――審査請求できないことと、主張できないことを混同するな。


「これですね」


「ああ」


 短い。


 しかも。


 今日の全部です。


 篠原さんは。


 文書閲覧の扱いについて。


 未来の制度なら。


 独立した審査請求はできない。


 でも。


 閲覧を求めることはできる。


 拒否理由を確認することもできる。


 手続の中で異議を述べることもできる。


 記録を残すこともできる。


 そして。


 本体の不利益処分が出たなら。


 その段階で必要な救済を考える。


 私はノートを閉じました。


 温泉まんじゅうは。


 あと一個。


 相馬先輩も。


 私も。


 同時に気づきました。


「先輩」


「何だ」


「そのまんじゅうについて、私も利害関係があります」


「参加不許可」


「審査請求します」


「できない」


「今日のテーマを悪用しないでください!」


 私はまんじゅうへ手を伸ばしました。


 相馬先輩も伸ばす。


 指がぶつかる。


「私が先です」


「俺だ」


「異議があります」


「却下」


「所長!」


 奥から声が飛びました。


「半分にしろ」


 沈黙。


「……はい」


 強い。


 この事務所における最終審。


 片桐所長。


 なお。


 不服申立て先はありません。


「先輩」


「何だ」


「これは審査請求の制限ですか」


「違う」


「ですよね」


「単に所長が強いだけだ」


「法律じゃなかった」


 まんじゅうを半分に割ります。


 片方は私。


 片方は相馬先輩。


 争いは終わりました。


 昭和六十三年。


 まだ行政手続法二十七条のない町で。


 私は未来の短い条文の意味を。


 少しだけ違う形で覚えました。


 不服がある。


 だからすぐ別の争いを始める。


 ではない。


 今。


 何について。


 どの段階で。


 どの手段が使えるのか。


 そこを切り分ける。


 法律は。


 戦えと命じるものではなく。


 どこで戦うかを教えるものでもある。


 そして時には。


 今はそこじゃない、と止める。


 その冷たい線引きが。


 かえって本当に守るべきものを。


 見失わないための道しるべになる。


 私は最後に、ノートの端へ小さく書き足しました。


 ――途中の「駄目」に腹を立てても、本丸を忘れない。


 これなら。


 たぶん。


 明日になっても忘れません。

 以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。

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