[行政手続法25条・聴聞の再開]法理編 こはるノート
夕方の片桐行政書士事務所には、ときどき「終わったはずの話」が戻ってきます。
忘れ物。
追加資料。
言い忘れ。
そして、たい焼きの餡。
「先輩」
「何だ」
「昨日のたい焼き、本当に尻尾まで餡が入ってませんでした」
「まだ言ってんのか」
「新しい事情が生じました」
「食い終わった後に何を再開するんだ」
「検証です」
「もう証拠物が胃の中だろ」
確かに。
重要証拠を自分で処分していました。
私は机の上のノートを開きます。
昨日、東陽運送の柴田さんが持ち込んだ一冊の整備記録。
市は、東陽運送の四号車が重量制限を超えて仮設橋を通行したとして、工事区域への乗入れ許可を取り消そうとしていました。
柴田さんは反論した。
四号車は、その時間には工場で修理していたはずだ、と。
でも。
その時点では記録が見つからなかった。
市は事情を聞き。
報告をまとめ。
処分の判断へ進もうとしていた。
そこへ。
聴取が終わったあとになって、整備記録が出てきた。
午前六時十分から分解作業。
午前六時十五分には部品納入。
監視員が四号車を見たという時刻は、午前六時二十分。
しかも調べれば、現場へ行っていたのは十四号車。
雨と泥で「14」の「1」が見えづらくなり、四号車と見間違えた可能性まで出てきました。
朝には、
――もう手続は終わっています。
だったものが。
夕方には、
――もう一度確認します。
へ変わった。
私はページの一番上に書きました。
――聴聞の再開。
「何だそれ」
相馬先輩が覗き込みます。
「未来の話です」
「またか」
「仮定の未来です」
「便利だな、その言い訳」
便利です。
転生者ですから。
昭和六十三年の現在。
行政手続法はまだありません。
でも私は知っています。
後の行政手続法では。
昨日みたいな場面に、ちゃんと条文が用意される。
行政手続法第二十五条。
聴聞の再開。
「まず」
私はペンを持ちました。
「一度聴聞が終わったら、もう絶対に再開できない」
「違うんだろ」
「早いですね」
「昨日やったばっかりだからな」
そう。
昨日の事件で一番大事だったのは。
「聴聞が終わった」ということと。
「処分についての判断が完全に確定した」ということを。
混ぜないことでした。
私はノートに書きます。
聴聞終結。
イコール。
もう何が起きても二度と開けません。
ではない。
「じゃあ」
相馬先輩が言います。
「何があったら再開する」
「そこです」
私は線を引きました。
未来の第二十五条では。
聴聞の終結後に生じた事情にかんがみ。
行政庁が必要があると認めるとき。
聴聞を再開することができる。
「昨日の整備記録みたいなものか」
「まさに」
聴聞が終わった時点ではなかった材料。
あるいは。
その後に生じた、処分判断へ影響する新しい事情。
それが出てきた。
そして、その事情をちゃんと審理し直す必要がある。
そう行政庁が考えたとき。
聴聞を再開できる。
「でも先輩」
「何だ」
「新しい紙が一枚出たら、毎回必ず再開ですか」
「違うだろ」
「正解です」
「馬鹿にしてんのか」
「試験対策です」
条文は。
必要があると認めるとき。
と書いてある。
つまり。
新しい事情が出た。
イコール。
必ず再開。
ではない。
再開する必要があるか。
行政庁が判断する。
「昨日だったら」
私は言いました。
「たとえば、新しく出たのが『柴田さんは甘いものが好きです』って資料だったら」
「再開しない」
「ですよね」
「処分と関係ない」
「じゃあ、『四号車は午前六時十分から分解されていた』という整備記録なら」
「必要性がある」
「そういうことです」
新事情なら何でもいいわけではない。
不利益処分をするか。
しないか。
どんな内容にするか。
そういう判断に関係する事情であることが重要です。
「所長」
「何だ」
「ここ、試験だと『聴聞終結後に新しい事情が生じれば、行政庁は必ず聴聞を再開しなければならない』とか出そうですね」
「誤りだ」
「ですよね」
「条文は『命ずることができる』だ」
私は丸をつけました。
できる。
義務ではない。
「じゃあ次」
相馬先輩が言いました。
「誰が再開を決める」
「行政庁です」
「主宰者じゃないのか」
「そこが大事です」
昨日。
倉田係長は言いました。
担当者の判断で勝手にもう一度開くわけにはいかない。
その言葉。
未来の制度で考えると。
かなり核心に近い。
聴聞を進めるのは主宰者。
でも。
再開を命ずるのは行政庁です。
「つまり」
私は人間関係で整理します。
主宰者。
聴聞を進行する人。
行政庁。
最終的に不利益処分をするかどうかを判断する側。
「昨日で言えば」
私は言いました。
「柴田さんの言い分を聞いた担当者が、自分で『じゃあ明日また聴聞ね』って勝手に決めるわけじゃない」
「上に戻す」
「はい」
「新資料が出ました。前の審理だけで決めていいですか、って」
「そういうイメージです」
未来の条文では。
行政庁が。
主宰者に対して。
再開を命ずる。
「ここ」
私は大きく囲みました。
――再開を命じるのは行政庁。
「試験で」
相馬先輩が言います。
「『主宰者は必要があると認めるとき、聴聞を再開することができる』」
「誤り」
「即答だな」
「昨日の倉田係長で覚えました」
倉田係長は。
新しい証拠を見て。
確認した方がいい。
とは思った。
でも自分だけで勝手に戻さなかった。
課長へ上げた。
判断権限を持つ側へ持っていった。
現場で見ると。
誰が決めるか。
という論点は、急に眠くなくなります。
「じゃあ」
所長が新聞を畳みました。
「再開するとき、行政庁は何をする」
「主宰者に命令する」
「それだけか」
「……」
来ました。
口頭試問。
私は記憶を探します。
第二十五条。
行政庁は。
主宰者に対し。
前条第三項の規定により提出された――
「あ」
「何だ」
「報告書」
「どうする」
「返戻します」
「そうだ」
私は勢いよく書きました。
行政庁は。
主宰者から提出されていた報告書を返戻して。
聴聞の再開を命ずる。
「返戻」
相馬先輩が嫌そうに言います。
「役所言葉だな」
「ものすごく」
「要するに返す」
「はい」
「何で返す」
私は少し考えました。
昨日。
聴取終了後。
市には既に、
本人の反論を踏まえても違反事実を覆す事情はない。
という内容の報告が上がっていた。
でも。
そのあと整備記録が出てきた。
その報告書は。
新しい資料を見る前の意見です。
「前提が変わったから」
私は答えました。
「そうだ」
所長が言います。
「古い材料で作った報告をそのまま使って判断するわけにはいかない」
なるほど。
だから返す。
聴聞をやり直せ。
新しい事情も審理しろ。
その上で。
改めて報告をまとめろ。
「ただ再開命令だけじゃなくて」
私は言いました。
「一回上がった報告書を、主宰者へ戻すんですね」
「ああ」
「これ、受験生が落としそう」
「お前は落とすな」
「努力します」
私はノートへ。
報告書。
返戻。
と大きく書きました。
「調書は?」
相馬先輩が聞きます。
「え?」
「返すのは調書と報告書の両方か」
危ない。
私は一瞬止まりました。
「第二十五条の文言では、返戻するのは報告書です」
「調書じゃない?」
「はい」
ここ。
かなり試験向きです。
前条第二十四条では。
主宰者は、
聴聞調書。
報告書。
両方を行政庁へ提出します。
でも。
第二十五条で再開するとき。
行政庁が主宰者へ返戻するものとして条文が明示しているのは。
報告書。
「嫌らしいな」
相馬先輩が言いました。
「行政書士試験、大好物だと思います」
「調書も一緒に返す、って選択肢を出す?」
「出しそう」
「性格悪い」
「問題作成者への悪口はやめてください」
「お前が先に言った」
私は整理します。
第二十四条。
調書+報告書を行政庁へ。
第二十五条。
再開時、報告書を主宰者へ返戻。
ここ。
似ているようで違う。
「所長」
「何だ」
「何で報告書だけなんです?」
「考えてみろ」
教えてくれない。
今日も片桐式教育は野生です。
私は少し考えました。
調書は。
その時点までの審理経過や陳述内容を記録したもの。
一方。
報告書は。
その審理を踏まえて、
当事者等の主張に理由があるかどうかについて主宰者が意見をまとめたもの。
新しい事情が出たら。
特に古くなるのは。
評価の部分です。
「報告書の意見を、もう一度作り直す必要があるから?」
「そう考えると分かりやすい」
所長が言いました。
昨日も。
「反論を踏まえても違反事実を覆す事情なし」
という報告が。
整備記録が出た瞬間。
急に危うくなった。
そのまま行政庁の机に置いておくより。
一度主宰者へ返す。
新しい資料を聴聞で取り上げる。
そして。
改めて評価させる。
「法律って」
私は言いました。
「『一回書いた報告書に執着するな』って制度なんですね」
「言い方」
相馬先輩が笑いました。
「でもそうじゃないですか」
「まあな」
人間は。
一度文章にすると。
それを正しい前提で扱いがちです。
まして。
上まで回った報告書。
印鑑。
決裁。
書類。
ここまで来ると。
間違っている可能性があっても。
戻したくない。
ものすごく戻したくない。
でも。
新しい事情が重要なら。
戻す。
「制度的な撤退戦ですね」
「何だそれ」
「間違ったまま進むより、戻った方が安い」
所長が小さく頷きました。
「そういうことだ」
私は次の行を書きます。
では。
再開したら。
どうするのか。
「第二十五条の後半」
私は記憶を手繰りました。
「第二十二条第二項本文と第三項を準用する」
相馬先輩の顔が一気に嫌そうになります。
「出たな。準用」
「受験生の天敵」
「何を準用する」
「ええと……」
ここは細かい。
でも。
法理編なので逃げません。
私は未来の条文を頭の中で並べます。
聴聞の期日を続けるとき。
主宰者が新たな期日を定める。
当事者や参加人へ、その期日・場所を書面で通知する。
ただし。
聴聞の期日に出頭している当事者や参加人には、その場で告知すれば足りる。
そして。
新たな期日は。
前の期日の翌日から起算して七日以上を置くのが原則。
「つまり」
私は言いました。
「再開するって言っても、『明日の朝八時、来てください』って雑にやるわけじゃない」
「日程をちゃんと定める」
「はい」
「通知もする」
「はい」
未来の行政手続法は。
戻れる道を作るだけじゃなく。
戻ったあとも。
ちゃんと手続で進める。
「昨日」
私は柴田さんの件を思い出しました。
市側は急きょ関係者を集めました。
昭和六十三年の市独自のやり方です。
未来の第二十五条が適用されたわけではない。
でも。
後世の制度で考えれば。
再開を決めたあと。
続行期日の仕組みに沿って。
改めて期日を設ける。
そういう流れになる。
「ここ、法理編でちゃんと時代を切り分けとかないと危ないですね」
「何がだ」
相馬先輩が聞きます。
「いや独り言です」
危ない危ない。
昭和六十三年の片桐所長に。
行政手続法第二十二条準用です。
なんて言わせたら。
完全に時空が壊れます。
この時代。
所長が言えるのは。
「新しい証拠が出たなら、最終判断の前に必要な確認をやり直せ」
まで。
未来の私は。
その発想が後の第二十五条で。
行政庁による再開命令。
報告書の返戻。
続行期日の規定の準用。
という形になることを知っている。
ここが転生者の強みです。
「じゃあ」
相馬先輩が言いました。
「前の聴聞で一回言ったことも、全部最初からやり直すのか」
「必ずしも全部ゼロから、ではないと思います」
「ほう」
「再開の必要が生じた新しい事情を踏まえて、必要な審理を追加する」
たとえば。
柴田さんの件。
前に既に。
市側の監視日報。
本人の反論。
そういう材料は出ている。
そこへ。
整備記録。
部品納品伝票。
整備担当者の説明。
十四号車の運行実績。
これらを追加で審理する。
再開とは。
記憶喪失になって最初から全部やり直す。
ではない。
「つまり」
私は言いました。
「閉じたファイルを、必要なところからもう一度開く」
「その方が分かりやすいな」
相馬先輩が言います。
「最初から全部コピーし直すわけじゃない」
「はい」
行政手続法。
意外と省エネです。
適切な意味で。
「じゃあ試験で」
相馬先輩が指を立てました。
「『行政庁は、聴聞終結後に生じた事情があれば、必ず聴聞を再開しなければならない』」
「誤り」
「理由」
「必要があると認めるときに、再開を命ずることができる」
「次」
「はい」
「『主宰者は、必要があると認めるとき、自ら聴聞を再開することができる』」
「誤り。再開を命ずるのは行政庁です」
「次」
「どうぞ」
「『行政庁は再開を命ずる場合、聴聞調書および報告書を主宰者に返戻する』」
「誤り。条文上、返戻するのは報告書」
「次」
「まだ?」
「『再開の場合には、続行期日の指定に関する規定は適用されない』」
「誤り。第二十二条第二項本文および第三項が準用されます」
相馬先輩が黙りました。
「何です?」
「お前、こういう時だけ急に強いな」
「人の許可が吹き飛びかけると覚えます」
「変な学習法だ」
本当に。
昨夜まで。
第二十五条。
報告書を返戻。
第二十二条準用。
そんなものを文字だけ見ていたら。
私の脳は三十秒で閉店します。
でも。
昨日の柴田さんを思い浮かべると。
全部つながる。
聴聞が終わった。
報告書が行政庁へ行った。
そのあと。
整備記録が出た。
古い報告の前提が揺らいだ。
だから。
行政庁が。
「これ、もう一度聞いてきて」
と報告書を返す。
主宰者が再開する。
必要な期日を設ける。
新しい証拠も含めて審理する。
そして。
また判断材料が作られる。
「一本の線ですね」
私は言いました。
「何が」
「昨日はバラバラに見えたんです」
整備記録。
処分決裁。
報告書。
話を聞いた人。
決める人。
でも。
第二十五条で全部つながる。
終わったあとに事情が変わる。
だから。
判断に使う材料も更新しなきゃいけない。
「古い地図で新しい道を走るな、みたいな」
「珍しく分かりやすいな」
「珍しくは余計です」
所長が新聞を置きました。
「もう一つ」
「はい」
「再開できるからといって、最初の手続が雑でいいわけじゃない」
あ。
確かに。
「どういうことです?」
相馬先輩が聞きました。
「後から直せるから、最初は適当に聞けばいい。そうはならん」
「ですよね」
再開は。
保険です。
雑な行政の免罪符ではない。
最初の聴聞では。
その時点で存在する材料をちゃんと見る。
当事者の言い分も聞く。
必要な証拠も調べる。
それでも。
終結後に新しい事情が生じることはある。
だから再開制度がある。
「最初から持ってた証拠を役所が見落としてた場合は?」
私は聞きました。
所長が少し考えます。
「事情によるな」
そう。
ここは雑に一言では言えない。
第二十五条は。
聴聞終結後に生じた事情にかんがみ。
と書く。
典型例は。
終結後に新しい証拠が手に入った。
事情が変わった。
そういう場面。
単に。
役所が最初から持っていた資料を読まなかった。
だから再開すれば全部きれい。
という話ではない。
「要するに」
私は言いました。
「再開制度は、最初のミスを何でも洗い流す万能消しゴムじゃない」
「そういうことだ」
片桐所長が言いました。
ここも試験だけじゃなく、実務感覚として大事です。
手続の再開。
聞くと。
行政に優しい仕組みにも見えます。
後からやり直せる。
便利。
でも。
本当は。
市民側にも重要です。
もし一度聴聞が終わったら。
どれだけ重大な新証拠が出ても。
「終わったから無視」
でよければ。
怖すぎます。
柴田さんは。
四号車が工場で分解されていた証拠を持ってきても。
「遅いです」
の一言で許可を失う。
それは。
手続を守るのではなく。
手続に人を潰させることです。
「制度って」
私は言いました。
「締切を作るだけじゃなくて、締切の後に戻れる例外も必要なんですね」
「例外というより」
所長が言います。
「正しく判断するための仕組みだ」
なるほど。
戻ること自体が目的じゃない。
正しい材料で。
正しく判断するため。
だから戻る。
「再開って」
私はノートに書きました。
やり直し。
というより。
更新。
かもしれない。
古い材料で作った判断過程を。
新しい事情に合わせて更新する。
「受験用にはそんな言葉書くなよ」
相馬先輩が言います。
「分かってます」
「答案に『更新です』って書いたら落ちるぞ」
「五肢択一です」
「じゃあもっと駄目だ」
私は笑いました。
そのとき。
電話が鳴ります。
「はい、片桐行政書士事務所です」
『東陽運送の柴田です』
「あ、柴田さん」
相馬先輩と所長がこちらを見ました。
「どうでした?」
『市から連絡がありました』
「はい」
『四号車の件は、違反車両じゃないと確認されたそうです』
私は思わず息を止めました。
『十四号車の運転手にも確認して、仮設橋を通ったのは十四号車で間違いないと』
「じゃあ」
『乗入れ許可の取消しはしないって』
よかった。
心の底からそう思いました。
「よかったですね」
『はい』
電話の向こうで。
柴田さんが少し笑いました。
『ただし、十四号車の重量超過は別件で注意されます』
「あ」
『そこはうちが悪い』
「ですね」
『ちゃんと怒られてきます』
完全勝利ではない。
でも。
それでいい。
四号車についての誤認は正す。
十四号車の問題は別に見る。
誰の。
どの事実か。
切り分ける。
行政法の気持ちよさは。
全員を無罪にすることじゃない。
雑にまとめられた話を。
正しい箱へ戻すことです。
『朝比奈さん』
「はい」
『昨日言ってた意味、分かりました』
「何です?」
『終わったから見ない、じゃなくて』
柴田さんは少し間を置きました。
『決める前なら、必要なら戻るんですね』
「はい」
『戻ってもらえて助かりました』
電話が切れました。
私は受話器を置きました。
「取消しなし?」
相馬先輩が聞きます。
「はい。ただし十四号車の件は別」
「それでいい」
所長が言いました。
短い。
でも。
本当にそれでいい。
一つの誤認を正したからといって。
全部なかったことにする必要はない。
正しい事実。
正しい相手。
正しい手続。
その上で。
正しい処分を考える。
私はノートの最後のページを開きました。
今日の一行。
何にしよう。
少し考えます。
そして書きました。
――聴聞が終わっても、判断は凍らない。終結後に重要な事情が生じたら、行政庁は報告書を返し、必要な審理をもう一度開ける。
「長い」
相馬先輩が言いました。
「今日は内容が多いんです」
「一行の覚え書きだろ」
「じゃあ短くします」
私は下にもう一行。
――新しい事情が出たら、終わった手続を“戻す勇気”も手続で決める。
「最後が受験向きじゃない」
「上が受験用。下が私用です」
「また二行」
「二段構えです」
所長がノートを見ました。
「試験なら」
私は顔を上げます。
「はい」
「誰が再開を命ずる」
「行政庁」
「何を返す」
「報告書」
「誰に」
「主宰者」
「いつ」
「聴聞終結後に生じた事情にかんがみ、必要があると認めるとき」
「効果は」
「聴聞の再開を命ずることができる」
「よし」
私はちょっと嬉しくなりました。
この短いやり取りだけなら。
完全に試験問題です。
でも。
私の頭の中では。
全部に顔がついています。
柴田さん。
倉田係長。
市の課長。
整備担当者。
雨で泥のついた十四号車。
そして。
倉庫から出てきた古い整備記録。
法律用語は。
顔がつくと強い。
聴聞の再開。
昨日までなら。
「ああ、また条文番号の話か」
で終わっていた。
でも今なら。
「もう終わったので見ません」
と。
「重要な新事情なら、判断前に戻します」
その違いだと分かる。
制度の冷たさは。
ときどき。
「前に決めたから」
という人間の意地を止めます。
一度終えた。
一度報告した。
一度上へ回した。
そこまでやったのだから。
そのまま進みたい。
それは人間として自然です。
でも。
新しい事情が出たなら。
書類の都合より。
判断の正しさを優先する。
そのために。
報告書を返す。
聴聞を開き直す。
面倒です。
すごく面倒。
でも。
間違ったまま人の許可を取り消すより。
ずっとましです。
「こはる」
「はい」
「茶」
「今いいところだったんですけど」
「茶」
「はいはい」
私は立ち上がりました。
湯呑みを三つ並べます。
急須に茶葉。
お湯。
少し待つ。
「相馬先輩」
「何だ」
「昨日よりお茶が薄いです」
「知らん」
「新しい事情が生じました」
「再開するな」
「淹れ直しを命じてください、行政庁」
所長が一口飲みました。
そして。
「再開」
「所長!」
相馬先輩が笑います。
私は急須を持ち直しました。
どうやら。
行政手続だけでなく。
お茶にも。
必要なら戻る仕組みは重要らしいです。
もう一度。
茶葉を足す。
お湯を注ぐ。
さっきより少し濃い色が広がる。
窓の外では。
夕暮れの駅前を。
一台の大型トラックが走っていました。
側面の数字は。
今度ははっきり読めます。
十四。
私はちょっと笑いました。
たった一本の線を。
見落とさないために。
必要なら。
一度終わったところまで戻る。
法律は。
前へ進むための道だけではありません。
間違えたとき。
ちゃんと引き返す道まで作っている。
今日の私は。
行政手続法第二十五条を。
たぶんもう忘れません。
以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。




