↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈行政法 配点112点/300点〉 行政行為

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/272

[行政行為]法理編 こはるノート

挿絵(By みてみん)

 夕方の片桐行政書士事務所には、昼間より少しだけ難しい法律用語が似合います。


 電話が減る。


 来客も途切れる。


 西日が書棚の背表紙を赤く染める。


 そして机の上には、田所さんが置いていった苺。


「……減ってません?」


「減った」


 相馬先輩が言いました。


「誰が食べたんですか」


「俺」


「なぜ堂々としてるんです」


「事実を公証しただけだ」


「今日覚えた単語を雑に使わないでください」


 私は苺の皿を自分の側へ引き寄せました。


 昨日までなら、こういう食べ物の攻防の方が行政法より重要でした。


 今日も重要です。


 でも、その横に置かれた一枚の紙を見ると、頭の中で別のものが動き始めます。


 三月十四日。


 農地の許可申請書。


 赤い受付印。


 杉浦さんは、その印を見て、


「もう役所に認めてもらった」


 と思っていました。


 でも実際には違った。


 役所がしたのは、申請を受け付けたこと。


 許可の判断そのものではなかった。


 私はノートを開きました。


 昨日書いた一行。


 ――「役所が何かした」で止まらない。その行為で、誰の何が変わったかを見る。


 今日は、その続きを整理します。


 題名。


 行政行為。


「名前が広すぎるんですよね」


「何が」


 相馬先輩が苺のへたを皿に置きながら言いました。


「行政行為です。役所のすること全部っぽいじゃないですか」


「全部じゃない」


「分かってます。でも初見では絶対そう見えます」


 奥で書類を読んでいた片桐所長が顔を上げました。


「まず定義を書け」


「はい」


 私はペンを持ちます。


 行政行為。


 行政庁が一方的に行う行為によって、国民の権利義務などに法的な効果を生じさせる行為。


 書いてから、私は首をかしげました。


「所長」


「何だ」


「“一方的”っていうのが、ちょっと怖くないですか」


「行政庁と国民が対等に契約して効力を生じさせるものではない、という意味だ」


「行政庁が決める」


「そうだ」


 たとえば。


 あなたに税金をこれだけ課します。


 営業を停止します。


 運転を許します。


 一定の義務を免除します。


 行政庁がその権限に基づいて判断し、その結果として法律上の状態が動く。


「昨日の杉浦さんの申請受付は?」


「それだけでは、売買の法律効果を完成させる判断ではなかった」


「はい」


 私は昨日の場面を思い出します。


 赤い受付印。


 杉浦さんは、それをゴールだと思った。


 でも役所側からすれば、入口だった。


「じゃあ行政行為って、役所から届く紙そのものですか?」


「紙じゃない」


 所長が言いました。


「紙は、その判断を示す手段にすぎない」


「ああ」


 重要。


 私は線を引きました。


 紙ではなく、行政庁の判断や行為そのものを見る。


 許可書という紙があるから許可なのではない。


 行政庁が許可という法的効果を発生させたから、そのことを示す書面が出る。


「順番を逆にすると、昨日の杉浦さんになりますね」


「そういうことだ」


 役所の印。


 役所の紙。


 役所の窓口。


 外から見ると全部同じくらい強そうです。


 でも法的には、中身が違う。


 私は次の見出しを書きました。


 法律行為的行政行為。


「長い」


「文句言うな」


「準法律行為的行政行為」


「もっと長い」


「分類した人に言え」


「直接会えるなら言いたいです」


 行政法の分類、名付けた人はもう少し受験生への慈悲を持ってほしい。


「で」


 相馬先輩が言いました。


「違いは?」


「そこを今からやるんです」


 私はノートを二つに分けます。


 法律行為的行政行為。


 準法律行為的行政行為。


 まず、法律行為的行政行為。


 行政庁の意思に基づいて、法的効果を発生させるもの。


「昨日の農地の話でいうと?」


 相馬先輩が聞きます。


「行政庁が必要な許可を出すという判断をすることで、法律が予定している効果が生じる」


「そうだな」


「受付は?」


「後で整理しろ」


「はい」


 私はさらに、その中を二つに分けました。


 命令的行為。


 形成的行為。


「また増えた」


「まだ増えるぞ」


「知ってます。嫌な予告やめてください」


 命令的行為。


 これは、国民が本来持っている自由を制限したり、その制限を解除したりするもの。


 形成的行為。


 これは、本来持っていなかった権利や資格、法律上の地位などを、新しく設定したり、変更したり、消滅させたりするもの。


 私は少し止まりました。


「この二つ、言葉だと分かりにくいですね」


「具体例で覚えろ」


 所長が言いました。


 それが一番早そうです。


 私はまず、


 命令的行為。


 と書いて、その下に三つ並べました。


 下命。


 許可。


 免除。


「下命」


 私は読み上げます。


「国民に、何かしろ、何もするな、と命じるもの」


 たとえば。


 営業停止命令。


 違法駐車車両の移動命令。


 租税の賦課処分。


「税金を課すのも命令なんですか」


「法律上の義務を具体化する」


 所長が答えます。


「払え、と義務を課す」


「なるほど」


 次。


 許可。


「禁止されている行為について、特定の場合にその禁止を解除する」


「具体例」


「自動車運転免許。風俗営業許可。医師免許」


「よし」


 私はペンを止めました。


「免許なのに許可なんですか」


「名称に引っ張られるな」


 所長が即答しました。


 来ました。


 試験の罠。


「“免許”という名前でも、行政法上の分類では許可になることがある」


「そうだ」


「名前じゃなくて、効果を見る」


「うん」


 今日、何度目でしょう。


 名前じゃなくて、中身。


 紙じゃなくて、効果。


 役所の世界、本当に見た目を信用すると危ない。


「じゃあ自動車運転免許は」


 私は整理します。


「本来、道路交通上、勝手に自動車を運転することは禁止されている。それを一定の要件を満たした人について解除する」


「そういう整理だ」


「だから“許可”」


「そうだ」


 次。


 免除。


「すでにある義務を、特定の場合に免れさせる」


 租税の免除。


 就学義務の免除。


 宅建試験の五点免除。


「最後だけ急に身近ですね」


「お前は宅建受けるのか行政書士受けるのかどっちだ」


「前世の記憶が渋滞してるんです」


「便利だな転生」


「そこだけ受け入れないでください」


 私は次の欄へ移ります。


 形成的行為。


 特許。


 認可。


 代理。


「ここが一番ややこしいですね」


「試験でも出る」


「嫌な励まし方」


 まず特許。


 本来、国民が自由に持っているわけではない特別な権利や能力を、新たに設定する行為。


「たとえば?」


「河川の使用権みたいなもの。バスなどの運送事業に関する免許。帰化の許可」


 私はまた止まりました。


「帰化“許可”なのに特許?」


「だから名称を見るな」


「二回目!」


 行政法、命名と分類が仲良くしていません。


 許可という名前でも、行政法上は特許。


 免許という名前でも、許可だったり特許だったりする。


「試験で表面だけ見たら死にますね」


「死ぬな」


 相馬先輩が言いました。


「落ちるだけだ」


「もっと現実的で嫌です」


 私は横に大きく書きました。


 名称ではなく、法的性質で分類する。


 次。


 認可。


 ここで昨日の杉浦さんの農地が戻ってきます。


「認可は」


 私は慎重に言いました。


「私人同士の法律行為に行政庁が関与して、その法律効果を完成させるもの」


「うん」


「当事者だけでは完成しない」


「そうだ」


 まさに昨日の話。


 杉浦さんと田所さん。


 二人で農地の売買契約を結んだ。


 普通の土地なら、私人間の合意で売買契約の法律効果は生じます。


 でも農地については、法律が行政庁の関与を要求する場面がある。


 必要な許可が得られなければ、当事者間の合意だけでは予定した権利移転を完成させられない。


「これ、教材では農地法の許可って言うけど、行政法上の分類では認可なんですよね」


「そうだ」


「名前は許可、性質は認可」


「そういうことだ」


 私は机に額をつけたくなりました。


「行政法、わざとですか?」


「誰に聞いてる」


「世界に」


 昨日の杉浦さんが混乱したのも、少し分かります。


 「許可申請」と書いてある。


 役所が受付印を押す。


 普通の人が、


 許可の手続が終わった、


 と思っても無理はない。


 でも試験ではさらに一歩踏み込んで、


 その“許可”は行政法上の分類では何か。


 まで聞いてくる。


「認可と許可の違い」


 私は赤で囲みました。


「ここ、覚え方あります?」


 相馬先輩が腕を組みます。


「許可は、自分一人でやろうとする行為の禁止を外してもらう」


「はい」


「認可は、私人同士でやった法律行為に役所が最後の鍵を入れる」


「分かりやすい」


「珍しく褒めたな」


「先輩のくせに」


「どういう意味だ」


 私は書きます。


 許可。


 本来禁止されている自由を、一定の場合に解除する。


 認可。


 私人の法律行為に行政庁が加わり、その効果を完成させる。


 だから。


 自動車運転免許。


 これは、運転という禁止を解除する。


 許可。


 農地売買に必要な許可。


 これは、売主と買主の契約に行政庁が関与し、その効果を完成させる。


 法的性質としては認可。


「じゃあ特許は?」


「最初から持っていない特別な権利や資格を与える」


「そう」


 三つ並べると、少し見えてきます。


 許可。


 もともと自由はある。ただ禁止されているので解除してもらう。


 特許。


 そもそも持っていない特別な権利・地位を新しく与えてもらう。


 認可。


 私人間の法律行為に行政庁が加わって、効果を完成させてもらう。


「試験では、具体例で聞かれますよね」


「そうだ」


 所長が言います。


「言葉の定義を暗唱するより、典型例を見て分類できるようにしろ」


「はい」


 私は次に、


 代理。


 と書きました。


「これは行政機関が、本来私人がすべき行為を代わって行って、その行為が本人がしたのと同じ効果を生じさせる」


「具体例」


「土地収用法に基づく収用裁決」


「うん」


 ここは、今日の農地事件から少し離れる。


 でも行政行為の形成的行為として、一応整理しておきます。


「じゃあ」


 相馬先輩が苺へ手を伸ばしながら言いました。


「次。準法律行為的行政行為」


「苺取りながら試験しないでください」


「集中しろ」


「先輩こそ」


 私は新しい欄を作りました。


 準法律行為的行政行為。


 ここでは、行政庁の意思そのものによって新しい法的効果を作るというより、法律が予定している事実や法律関係について、


 確認する。


 証明する。


 知らせる。


 受け取る。


 そういう行為が中心になる。


「昨日の受付がここですね」


「受理だ」


 所長が言いました。


 受理。


 他人の行為を、有効な行為として受け付けること。


 各種申請書。


 届出書。


 不服申立書。


「杉浦さんの申請書に受付印を押した」


「そうだ」


「それで役所は、申請という行為を有効なものとして受け取った」


「うん」


「でも、農地の売買について必要な判断をしたわけじゃない」


「そのとおり」


 昨日の全部が、ここにつながりました。


 受付印が強そうだった。


 役所のハンコがある。


 でも、そのハンコが示していたのは、


 申請を受けました。


 ということ。


 まだ、


 許可します。


 ということではなかった。


「この二つ、同じ役所が連続してやるから混乱するんですね」


「そうだ」


「申請を受ける。審査する。判断する。結果を知らせる」


「それぞれ法的な性質が違う」


 昨日、片桐所長が言った言葉。


 受付と、許可と、通知とを、住民が全部区別できる前提で窓口を回すのは危ない。


 今なら、その意味がよく分かります。


「じゃあ通知」


 私は書きました。


「一定の事項を知らせる行為」


「具体例」


「納税の督促。事業認定の告示。代執行の戒告」


 ここで私は少し考えます。


「税金のところ、混同しそうですね」


「どう混同する」


「税金を課すことと、そのことを知らせること」


 所長が頷きました。


「分けろ」


 たとえば。


 あなたには十万円の税金を課します。


 これは租税の賦課処分。


 命令的行為の下命として整理される。


 その後、


 十万円払ってください。


 期限はいつです。


 と知らせる。


 これは通知。


「役所から紙が来るという見た目は似てる」


「でも、誰の何を動かしたかが違う」


「そうだ」


 またです。


 誰の何が変わったか。


 税金を課す行為では、納税義務が具体化する。


 通知では、その既にある内容を知らせる。


「昨日の杉浦さんの件でも」


 私は言いました。


「許可が出た後で、その結果を知らせる書面が来るとしても、“判断そのもの”と“知らせること”は別に考える」


「そう整理しろ」


 次。


 確認。


「特定の事実や法律関係の存否について争いや不確定な点がある場合に、公の権威をもって判断する」


「具体例」


「選挙の当選人の決定。市町村の境界確定。所得税額の更正……」


 私は少し止まります。


「発明の特許も確認でしたっけ」


「行政法の分類ではそう扱われる例がある」


「また“特許”って名前が出てきた」


「名称に引っ張られるな」


「三回目!」


 今日の一番大事なこと、これかもしれません。


 行政法は、名称より効果。


 特許という名前でも、形成的行為の特許とは限らない。


 許可という名前でも、法的性質は認可のことがある。


 免許という名前でも、許可だったり特許だったりする。


「ひどいですね」


「何が」


「日本語が協力してくれない」


 相馬先輩が笑いました。


「試験なんてそんなもんだ」


「達観しないでください」


 次。


 公証。


 特定の事実や法律関係の存在を、公に証明する行為。


 戸籍簿への記載。


 選挙人名簿への登録。


 不動産登記。


「不動産登記も行政行為なんですか」


「分類上、公証の例として挙げられる」


「なるほど」


 登記によって、


 これはこういう権利関係として公に記録されています。


 と証明する。


 新しい権利を行政庁の意思で作るのとは違う。


「確認と公証も混ざりそうです」


「違いを言ってみろ」


 相馬先輩が言います。


「確認は、存在するかどうかを公の権威で判断する」


「うん」


「公証は、存在している事実や法律関係を公に証明する」


「それでいい」


 判断する。


 証明する。


 似ています。


 でも違う。


 行政法は本当に、似ている動詞を並べるのが好きです。


 私はノートの余白に小さく書きました。


 確認=決める。


 公証=証明する。


 通知=知らせる。


 受理=受け取る。


「雑だな」


「最初はこれでいいんです」


 所長がこちらを見ました。


「その代わり、試験問題では具体例で戻せ」


「はい」


 ここまで書いて、私はノートを一度閉じかけました。


「終わった?」


 相馬先輩が聞きます。


「終わりたいです」


「まだだ」


「ですよね」


 所長が言いました。


「昨日の事件をもう一度整理しろ」


「はい」


 私はノートを開き直します。


 杉浦さん。


 売主。


 田所さん。


 買主。


 二人は農地の売買契約をした。


 そして役所に必要な申請をした。


 まず行政側が行ったのは、


 受理。


 申請書を有効なものとして受け付けた。


 これは準法律行為的行政行為として整理される。


 次に、審査。


 必要な要件を確認する。


 そして最終的に、農地売買に必要な許可をする。


 名称は「許可」でも、この場面での法的性質は、


 私人間の法律行為に介入して、その効果を完成させる。


 認可として理解する。


「ここ、試験なら狙いますね」


「狙うな」


「いや出題者が」


「だろうな」


「“農地法上の許可は行政法上の許可である”みたいな選択肢」


「危ないな」


「名前だけ見れば丸をつけそうです」


「だから効果を見ろ」


 私は赤で二重丸をつけました。


 許可という名前=行政法上の許可、ではない。


 行政法では、その処分が何をするものなのかで分類する。


「所長」


「何だ」


「じゃあ昨日、杉浦さんが『役所に受け付けてもらったから売買はもう完成した』って思ったのは」


「受理と認可を混同した」


「そういうことですね」


 綺麗につながりました。


 受付印。


 受理。


 そこではまだ、売買を完成させる行政上の判断はされていない。


 だから、受付印が押されたことだけで、


 農地売買に必要な行政上の関与が終わった、


 とは言えない。


「じゃあ昨日、市役所が電話で『まだ許可は出ていません』って知らせたのは通知ですか?」


「その電話自体を典型的な行政行為として厳密に分類する必要はない」


 所長が言いました。


「何でもかんでも無理に行政行為の箱へ入れるな」


「あ」


 それも重要です。


 教材に分類表があると、世界の全部を分類したくなる。


 でも実際には、


 単なる事実上の連絡。


 案内。


 説明。


 内部処理。


 行政行為ではない行為もいくらでもある。


「行政庁がした行為=全部行政行為、じゃない」


「そうだ」


 これは試験でも現場でも大事そうです。


 役所がした。


 だから行政行為。


 とは限らない。


 法的効果をどう生じさせるのか。


 その性質を見る。


「昨日、倉田係長が『不足書類があります』って言ったのも」


「単なる案内や事実上の連絡として考える場面もある」


「なるほど」


 表の暗記だけだと、何でもラベルを貼りたくなる。


 でも現実では、そのラベルを貼る前に、


 法的効果があるのか。


 権利義務がどう動いたのか。


 そこを見なければならない。


 私はノートの余白に、もう一つ書きました。


 役所がしたこと全部が行政行為ではない。


 相馬先輩が覗き込みます。


「それ、試験で忘れるなよ」


「忘れそうだから書いてるんです」


「あと」


 所長が言いました。


「許可、特許、認可の違いをもう一度」


「またですか」


「口で言え」


 抜き打ち二周目。


 私は姿勢を正しました。


「許可は、本来禁止されている自由を、一定の場合に解除するもの」


「具体例」


「自動車運転免許、風俗営業許可など」


「特許」


「国民が本来持っていない特別な権利や法律上の地位を、新たに設定するもの」


「認可」


「私人間の法律行為に行政庁が関与して、その法律効果を完成させるもの」


「昨日の事件」


「杉浦さんと田所さんの農地売買。名称は許可でも、法的性質としては認可」


「よし」


 少し嬉しい。


 昨日までなら、三つとも頭の中でぐちゃぐちゃでした。


 許可。


 特許。


 認可。


 字面が全部、役所が「いいよ」と言っているように見える。


 でも今は違います。


 許可。


 閉じられていた門を開ける。


 特許。


 そもそも持っていなかった特別な鍵を渡す。


 認可。


 私人同士で作った契約に、最後の行政上の留め金をかける。


「比喩で覚えるなよ」


 相馬先輩が言いました。


「イメージ用です」


「試験で書くな」


「記述式に『門を開ける』って書いたら怒られますね」


「当たり前だ」


 私は笑って、もう一度ノートを見ます。


 次に、命令的行為と形成的行為。


 命令的行為は、


 国民の自由を制限したり、その制限を解除したり、義務を課したり免除したりする。


 下命。


 許可。


 免除。


 形成的行為は、


 新しい権利・資格・法律上の地位を設定・変更・消滅させる。


 特許。


 認可。


 代理。


「ここも、名称じゃなくて」


「効果」


「ですよね」


 私はだんだん、行政行為の分類が単なる暗記表ではなく見えてきました。


 最初に見るのは、


 行政庁の意思で法的効果を発生させるタイプか。


 それとも、一定の事実・法律関係を確認したり、証明したり、知らせたり、受け取ったりするタイプか。


 その上で、


 自由を制限・解除するのか。


 新しい権利や地位を形成するのか。


 何をしたのかで分ける。


「所長」


「何だ」


「行政行為って、分類が大事なんですか。それとも効果を見るのが大事なんですか」


「先に効果を見る」


 即答でした。


「分類は、その後だ」


「やっぱり」


「分類だけ暗記しても、現場では使えん」


 私は昨日を思い出します。


 杉浦さんが知りたかったのは、


 これは法律行為的行政行為ですか。


 準法律行為的行政行為ですか。


 ではありません。


 土地はもう売れたのか。


 まだなのか。


 何をすれば前へ進むのか。


 そこでした。


 でも。


 その問いに答えるために、


 受付は受理にすぎない。


 許可の判断とは違う。


 農地の売買には行政庁の関与が必要。


 その違いを知っている必要があった。


 法律用語は、後からついてくる。


 先に人の困りごとがある。


「行政書士試験って」


 私は言いました。


「最初から分類表を見せられるから眠くなるんですね」


「受験生の都合は知らん」


 相馬先輩が言います。


「でも現場から入ると分かりやすいです」


「だから働け」


「勉強のために?」


「働くために働け」


「正論!」


 私は残っていた最後の苺に手を伸ばしました。


 その瞬間。


 相馬先輩の手も伸びる。


「またですか」


「早い者勝ち」


「そのルールは昨日否定されました」


「今日は今日だ」


「継続性がない!」


 私は苺を押さえました。


 相馬先輩も押さえます。


「こはる」


 所長が言いました。


「問題」


「この状況で?」


「俺が『相馬は手を離せ』と命じたら?」


 相馬先輩が嫌そうな顔をしました。


「何の問題ですか」


「下命っぽいです」


 私は答えました。


「ただし所長は行政庁じゃないので行政行為ではありません」


「よし」


「そこで試験するんですか?」


「相馬、手を離せ」


「え」


 先輩が手を離しました。


 私は苺を確保します。


「やった!」


「卑怯だぞ!」


「所長命令です」


「行政行為じゃないだろ!」


「でも事実上ものすごく強い」


 所長が新聞を開き直しました。


「実務はそういうものだ」


「何を教えたいんですか」


「権限のある者の一言は重い」


「それ、別の単元じゃありません?」


「そのうちやる」


 怖い予告。


 でもたぶん、このシリーズ全部そこにつながっていく。


 誰が。


 どの権限で。


 何を決めるのか。


 今日は、その中でも、


 「何をしたのか」


 を見た日でした。


 私は苺を半分に切りました。


「何で半分にするんだ」


 相馬先輩が言います。


「昨日の所長命令がまだ生きてる気がするので」


「行政規則か?」


「事務所慣行です」


「雑だな」


 半分を先輩に渡します。


「ほら」


「いいのか」


「権利を設定します」


「特許か?」


「単なる贈与です」


「そこは民法か」


「法律って忙しいですね」


 私たちは笑いました。


 外はもう暗くなっています。


 昭和六十三年の町に、商店街の明かりが灯っていく。


 杉浦さんと田所さんは、明日の朝、市役所へ追加書類を出しに行く予定です。


 まだ許可は出ていない。


 農地の売買が予定どおり完成するかどうかも、審査次第です。


 でも昨日よりは、状況が見えています。


 何が済んだのか。


 何がまだなのか。


 どこで法律上の効果が生じるのか。


 それが分かるだけで、


「役所に止められた」


 という巨大な不安は、


「次にこの手続が必要だ」


 という具体的な問題に変わる。


 制度は冷たい。


 受理。


 認可。


 許可。


 通知。


 公証。


 確認。


 言葉だけ並べれば、人情なんて一滴もありません。


 でも。


 その冷たい区別があるから、


 役所の受付印一つで、勝手に人生が決まったことにはならない。


 まだ判断されていないなら、


 まだ終わっていない。


 何が足りないかを確認し、次へ進める。


 私はノートの最後に、一行の覚え書きを書きました。


 ――行政行為は、名前ではなく「その行為で誰の何が変わったか」を見る。


 少し考えて、その下にもう一行。


 ――「受け付けました」は、「認めました」ではない。


 相馬先輩が覗き込みました。


「二行じゃないか」


「今日は重要だったので」


「一行の覚え書きじゃなかったのか」


「行政法にも例外はあります」


「便利に使うな」


 片桐所長が新聞の向こうから言いました。


「一行にしろ」


「厳しい」


 私は二つを眺めました。


 そして、書き直します。


 ――役所の言葉は名前で覚えない。その言葉で、誰の権利義務がどう動いたかを見る。


「どうです」


 所長は一度だけ見て、頷きました。


「それでいい」


 私はノートを閉じます。


 昨日まで、行政行為は表でした。


 今日は少し違います。


 受付印を握りしめた杉浦さん。


 まだ許可は出ていないと告げる倉田係長。


 不足書類を持って走ってきた田所さん。


 同じ役所の中で、


 受け取ること。


 判断すること。


 知らせること。


 それぞれが別の意味を持っていた。


 法律行為的行政行為。


 準法律行為的行政行為。


 まだ名前は眠いです。


 かなり眠いです。


 でも、もう完全な暗号ではありません。


 たぶん次に、


「受け付けました」


 と言われたら。


 私は少しだけ考えるでしょう。


 受け付けた。


 それで、何が変わったんですか。


 その質問ができれば、


 行政行為の表も、少しだけ人間の言葉に見えてくる気がしました。

 以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜
宅建見習い栞の人情事件簿 〜転生したら昭和の不動産屋だったので、巻き込まれているうちに宅建過去問が解けるようになりました〜
名探偵 藤原彰子の宮中事件簿 ――『転生皇后 藤原彰子』スピンオフ外伝
転生皇后 藤原彰子 〜 欠けることのない望月の世は私が創る 〜
新訳 太閤記 ~ 転生 豊臣秀吉、未来を識る僕は史実の道を静かに歩む 〜
新訳 三河物語 〜 徳川家康と家臣団の戦国サバイバル 〜 with 逆行転生犬シロ
新訳 北条五代記 〜 近所の隠居が書いたメモがガチの戦記だった件〜
美しき女帝 北条政子 〜 婚約破棄どころか強制結婚!? 平家のエリートに嫁がされそうになったので、豪雨の山を越えて愛する無職の元へ走ってみた 〜
新訳 曽我物語 〜 復讐系なろうの原点、父を殺された兄弟の二十年の復讐譚〜
箴言・格言・名言集 〜頑張るあなたへ、今日を乗り越えるための一言〜
拝啓、愛読者様。― 想いを少しだけ 謹呈 条文小説
六道輪廻抄 〜 戦国転生記 〜
コミックス「六道輪廻抄〜戦国転生記〜」
動画生成AIが作成したイメージビデオ
動画生成AIが作成したなろう小説イメージビデオ
動画生成AIが作成したなろう小説イメージビデオ
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。