[行政手続法22条・続行期日の指定]法理編 こはるノート
夕方の片桐行政書士事務所は、昼間より少しだけ時間の流れが遅くなります。
電話が減る。
来客も途切れる。
窓の外では、商店街のシャッターが一枚ずつ下りていく。
そして私の机の上には、今日もらった古い鉛筆。
赤。
青。
黄色。
昭和六十三年に転生して、昭和の鉛筆を「レトロでかわいい」と思っている自分が、たまにものすごくややこしいです。
「朝比奈」
「はい」
「赤、貸せ」
相馬先輩が言いました。
「嫌です」
「何で」
「一本しかないからです」
「昨日も聞いたぞ」
「結論は同じです」
「所長みたいなこと言うな」
私は赤鉛筆を守るように筆箱へ入れ、ノートを開きました。
今日の見出し。
――続行期日の指定。
行政手続法二十二条。
名前だけ見れば、かなり地味です。
続行。
期日。
指定。
漢字が三つ並んでいるだけで、受験生の脳が「あとで読もう」と言い始めるタイプの条文です。
でも昨日。
西岡古物店の件で、私はこの条文が必要になる理由を目の前で見ました。
最初の聴聞では、
道路上の商品陳列。
裏手の古い建物。
消防上の避難通路。
いくつもの問題が混ざっていました。
しかも、
建物の建築時期を示す可能性のある帳簿はまだ届いていない。
消防署との認識も確認途中。
隣接店舗からの事情確認も残っている。
なのに役所側は、
「今日で結論まで出したい」
と言っていた。
そこで一度、止めた。
いや。
正確には、
止めたのではありません。
続けた。
「先輩」
「何だ」
「“続行”って、延期とはちょっと違う感じですね」
「どう違う」
「延期って言うと、予定が悪くなったから後ろへずらす感じです」
「うん」
「でも続行は、審理した結果、まだ聞く必要があるから続ける」
相馬先輩が頷きました。
「そこは分けろ」
はい。
未来の行政手続法二十二条一項。
主宰者は、
聴聞の期日における審理の結果、
なお聴聞を続行する必要があると認めるとき、
さらに新たな期日を定めることができる。
「主語は?」
相馬先輩。
今日も野生の口頭試問が始まりました。
「主宰者」
「行政庁じゃない」
「はい」
「当事者でもない」
「はい」
「何を見て決める」
「聴聞の期日における審理の結果」
「で?」
「なお続行する必要があると認めるとき」
「それで?」
「新たな期日を定めることができる」
「よし」
私はノートに大きく書きました。
続行を決めるのは主宰者。
そして、
当事者が希望すれば必ず続く。
ではない。
「昨日の西岡さんが、“もう一回やってください”って言っただけじゃ足りないんですね」
「そうだ」
片桐所長が新聞から目を上げました。
「必要性を判断するのは主宰者だ」
ここ、試験で出されたら危ないです。
当事者から申出があった場合、主宰者は新たな期日を定めなければならない。
――誤り。
参加人が希望すれば、聴聞は当然に続行される。
――誤り。
主宰者が、審理の結果、まだ続ける必要があると認めること。
そこが条件。
「しかも、“できる”なんですよね」
「そうだ」
義務ではない。
裁量的な規定。
もちろん、必要な審理を尽くさずに雑に終われば別の問題が出てくるでしょう。
でも二十二条の文言としては、
新たな期日を定めることができる。
です。
「行政法って、“誰が決めるか”と“義務か裁量か”の二段攻撃が好きですね」
「勝手に敵認定するな」
でも試験では本当にそうなんです。
行政庁。
主宰者。
当事者。
参加人。
この主語を入れ替える。
そして、
できる。
しなければならない。
を入れ替える。
それだけで、きれいな誤肢が一丁上がりです。
「じゃあ昨日」
私は西岡さんの事件を思い出します。
主宰者は、
古い帳簿が後から出てくる。
消防署への確認が残っている。
その二つが判断に影響する可能性がある。
そう見た。
だから、
今日ある資料だけで無理に終わらせず、
新しい期日を定めた。
「これが二十二条一項の感覚ですね」
「ああ」
「“長引かせる制度”じゃない」
「そうだな」
「“まだ終われないときに、次を置く制度”」
所長が短く言いました。
「必要な時間を確保する」
それです。
続行というと、
役所の仕事が遅い。
また来いと言われた。
面倒だ。
そんな印象があります。
実際、面倒は面倒です。
西岡さんだって最初は、
また来るのか。
と思っていました。
でも。
一回で終わらせていたら、
父親の帳簿は間に合わなかった。
消防署との食い違いも確認されなかった。
だから手続を長くしたこと自体が悪いわけではない。
問題は、
なぜ長くするのか。
そこです。
「次」
相馬先輩が私のノートを指で叩きます。
「新しい日を決めた。どうする」
「当事者と参加人に知らせます」
「何を」
「次回の聴聞の期日と場所」
「方法」
「書面」
行政手続法二十二条二項。
新たな期日を定めた場合、
当事者および参加人に対し、
あらかじめ、
次回の聴聞の期日および場所を、
書面で通知しなければならない。
「ここ、“あらかじめ”なんですね」
「当たり前だろ」
「でも試験では大事です」
事後通知では意味がない。
次回の聴聞が終わってから、
昨日でした。
と書面が届いても困ります。
「昨日の西岡さんには?」
「その場で伝えてました」
「じゃあ書面は?」
私は少し得意げに答えます。
「不要」
「理由」
「例外があるからです」
二十二条二項ただし書。
聴聞の期日に出頭した当事者および参加人に対しては、
その聴聞の期日において、
次回の期日と場所を告知すれば足りる。
つまり。
昨日の西岡さん。
本人が会議室にいる。
主宰者が、
次回は来週木曜日午前十時。
場所は同じ会議室。
とその場で伝える。
それで足りる。
「後から必ず書面を送らないと駄目、ではない」
「そうだ」
「出頭していた人には、その場の告知で足りる」
「そういうことだ」
ここも試験で入れ替えられそうです。
続行期日については、
すべての場合に必ず書面による通知が必要である。
――誤り。
原則は書面。
ただし出頭者には、その場で告知すれば足りる。
「でも」
私はペンを止めました。
「出頭してなかった当事者や参加人には?」
「書面通知」
「ですよね」
ここ、大切です。
昨日の会議室に来ていた西岡さんには口頭でいい。
でも、
もし参加人がいて、その人が昨日欠席していたなら。
その人には、
新しい日と場所を書面で通知しなければならない。
「つまり」
私は書きます。
その場にいる人には、その場で言える。
その場にいない人には、書面で届ける。
「ざっくりならそれでいい」
相馬先輩が言いました。
分かりやすい。
行政法、
たまに常識的な条文があります。
たまに。
「じゃあ」
相馬先輩が悪い顔をしました。
「当事者の住所が分からない」
「来ましたね」
「どこへ送る」
「送れない」
「じゃあ聴聞終了?」
「違います」
行政手続法二十二条三項。
ここから急に細かくなります。
二十二条三項は、
十五条三項を準用する。
所在が判明しない当事者や参加人への通知。
これ。
初見で読むと、
準用。
読替え。
掲示。
二週間。
と、受験生の目が少し遠くなるところです。
「所長」
「自分でやれ」
「まだ助けを求めてません」
「顔が求めてる」
顔の行政手続まで管理されています。
私は未来の条文を思い出します。
当事者または参加人の所在が判明しない。
書面通知ができない。
その場合、
行政庁の事務所の掲示場へ一定事項を掲示する。
そして一定期間が経過すれば、
通知したものとみなす。
「誰の掲示場?」
「行政庁の事務所」
「主宰者の家じゃない」
「当たり前です」
未来の十五条三項では、
不利益処分の名あて人となるべき者の所在が分からないとき、
行政庁の事務所の掲示場へ掲示し、
掲示開始から二週間経過したときに通知されたものとみなす。
二十二条ではそれを、
当事者または参加人について準用する。
「つまり、行方不明だから手続全部ストップ、ではない」
「そうだな」
「かといって、通知しなくていい、でもない」
「そうだ」
普通に届けられないなら、
掲示という代わりの方法を使う。
制度は、
相手が見つからないからもういいや。
では済ませない。
でも、
見つかるまで永久に待つ。
でもない。
冷たい。
かなり冷たい仕組みです。
掲示板に貼る。
二週間。
それで通知したものとみなす。
本人が本当に見たかどうかとは別。
「これ、厳しくないですか」
「何がだ」
「本人が見てないかもしれないのに、通知された扱いになる」
「だから普通の通知ができない場合の制度だ」
所長が言いました。
なるほど。
完璧ではない。
でも。
相手がどこにいるか分からないというだけで、
行政手続を永久に止めることもできない。
そのために、
一定の公示をして、
手続を先へ進める。
制度の冷たさが一番よく見える場所です。
「ただし」
私はノートへ書き込みます。
最初の掲示と、
二回目以降の掲示では、
扱いが少し違う。
「そこまで教材にありましたね」
「何の教材だ」
「独り言です」
危ない。
二十二条三項の読替えでは、
同一の当事者または参加人に対する二回目以降の通知なら、
掲示を始めた日の翌日に通知されたものとみなす。
最初は二週間。
二回目以降は翌日。
「急に速くなりますね」
「ああ」
「最初だけ二週間」
「そうだ」
「同じ人への二回目以降は、掲示開始日の翌日」
「そこを落とすな」
これは試験で出たら絶対いやです。
一度目。
二週間。
二回目以降。
翌日。
数字が出ると、行政法は急に暗記科目の顔をしてきます。
「でも理由は何となく分かります」
「言ってみろ」
「最初は、その人が所在不明で通常通知できないことを前提に、一定の期間を置く」
「うん」
「でも同じ手続で、同じ人に続行期日を何度も通知するたび毎回二週間待つと、手続が進まなくなる」
「まあ、感覚としてはそんなところだ」
私は丸をつけました。
試験では理由を勝手に足すより、
結論を正確に覚える。
最初の掲示は二週間。
同一人への二回目以降は翌日。
「整理するぞ」
相馬先輩が椅子を引きました。
「はい」
「第一問。誰が続行期日を決める」
「主宰者」
「いつ」
「聴聞期日の審理の結果、なお続行する必要があると認めるとき」
「義務か?」
「“できる”」
「第二問。新しい日を誰へ知らせる」
「当事者と参加人」
「何を」
「次回の期日と場所」
「原則方法」
「書面」
「例外」
「その聴聞期日に出頭した当事者・参加人なら、その場で告知すれば足りる」
「第三問。所在が分からない」
「行政庁の事務所の掲示場に掲示」
「いつ通知された扱い」
「原則、掲示開始から二週間経過時」
「同じ人への二回目以降」
「掲示開始日の翌日」
「よし」
相馬先輩が満足そうに腕を組みました。
「今日の先輩、ちょっと講師みたいですね」
「給料出せ」
「こっちが払うんですか」
「授業料」
「先輩の説明、全部所長の横流しじゃないですか」
「実務は引用が大事だ」
「便利な言葉!」
私は笑いながらノートを見直しました。
でも。
ここまで条文を整理すると、
昨日の西岡さんの事件が、さらに違って見えます。
続行期日。
ただの日程変更じゃない。
その前提には、
今日だけでは判断できない。
という主宰者の判断がある。
そして次回へ続ける以上、
誰がいつどこへ来ればいいかを、
当事者や参加人へ確実に知らせる必要がある。
出席しているならその場で告知。
いなければ書面。
所在不明なら掲示。
つまり。
続けることを決めるだけでは足りない。
次に参加できる道までつないで、
初めて「続行」になる。
「所長」
「何だ」
「期日だけ勝手に決めて、当事者に知らせなかったら」
「続ける機会を奪うことになる」
ですよね。
手続って、
形だけ次回を作ればいいわけじゃない。
当事者が、
そこへ参加できるようにしなければならない。
未来の法律は、
その部分まで書く。
「行政法って意外と、日程調整まで真面目ですね」
「日程で人の権利が消えることもある」
所長が言いました。
私はペンを止めました。
確かに。
会議の日なんて、
ただの予定に見えます。
でも。
その日に来られるか。
その日を知っているか。
どこでやるのか分かるか。
それが分からなければ、
意見を述べる機会そのものを失う。
手続では、
日付も場所も、
権利を使うための条件になる。
「西岡さんが昨日、その場で次回を聞けたのも大事だったんですね」
「ああ」
「来週木曜、午前十時。この会議室」
「そうだ」
「これが曖昧だったら、帳簿が出ても持って行けない」
「そういうことだ」
なんだか。
二十二条が、
急にスケジュール帳みたいな条文から、
人を次の席まで連れていく条文に見えてきました。
「試験の引っかけ、もう一回やります」
私は自分から言いました。
「珍しいな」
「今なら勝てそうです」
まず。
聴聞の続行を求める当事者の申出があれば、主宰者は必ず新たな期日を指定しなければならない。
「誤り」
主宰者が、審理の結果、なお続行の必要を認めたときに、新たな期日を定めることができる。
次。
続行期日の通知は、行政庁が主宰者に対して行う。
「意味分からん」
「誤りですね」
通知の相手は、当事者および参加人。
次。
次回の期日だけ通知すればよく、場所の通知は不要。
「誤り」
期日と場所。
次。
続行期日については、出頭者にも必ず後日書面通知しなければならない。
「誤り」
その場で告知すれば足りる。
次。
所在不明なら通知不要。
「誤り」
掲示による方法がある。
次。
掲示した瞬間に通知されたとみなす。
「最初は違う」
二週間。
ただし、同一の当事者または参加人への二回目以降なら翌日。
「完璧」
相馬先輩が言いました。
「今なら受かる気がします」
「その台詞、前にも聞いたな」
「不吉な流れやめてください」
私は鉛筆を置きました。
昨日。
西岡さんが言いました。
「終わらなかったから助かった」
あの言葉。
今日、二十二条を整理してみて、
もっとよく分かります。
手続は、
早く終えることを目的にしていない。
もちろん、
無意味に長引かせてもいけない。
でも、
必要な事実が残っているなら、
確認する時間を取る。
次の席を用意する。
その席を本人へ知らせる。
それが必要になる。
制度の冷たさは、
ときどき人を待たせます。
来週また来てください。
もう一度資料を出してください。
面倒です。
仕事もある。
店もある。
時間も取られる。
でも。
その一回を省いたせいで、
まだ分からないことを、
分かったことにされる方が怖い。
「所長」
「何だ」
「続行って、本人のためだけですか」
「違う」
即答。
「行政側のためでもある?」
「ああ」
「間違った事実で処分しないため」
「そうだ」
前にも似た話がありました。
陳述書もそう。
聴聞もそう。
手続保障は、
住民に反論させるためだけじゃない。
行政が正しい判断をするためでもある。
西岡さんの件でも、
消防の情報に誤りがあった。
避難路が完全に塞がれている。
という情報は正確ではなかった。
続行しなければ、
行政側も誤った前提のまま決めていたかもしれない。
だから、
もう一回やる。
これは住民への恩情じゃない。
判断の精度を上げる手続です。
私はノートの最後に線を引きました。
「今日の一行」
相馬先輩が言います。
「もう決めてます」
私は書きました。
――足りないまま終わらせるくらいなら、必要な分だけ続ける。
「いいな」
「でしょう?」
「試験向けは?」
その下へ書き足します。
――続行を決めるのは主宰者。次回の期日・場所は原則書面、出頭者にはその場の告知で足りる。
「所在不明」
「まだ書かせます?」
「落とすぞ」
「嫌な脅し!」
私はさらに書きました。
――所在不明なら掲示。最初は二週間、同一人への二回目以降は翌日。
「よし」
これで二十二条。
だいたい形になりました。
私はノートを閉じます。
窓の外では、
昭和六十三年の町が夕暮れに沈んでいました。
西岡古物店も、
今ごろ店を閉める頃でしょう。
裏の古い建物の問題は、
まだ全部解決したわけじゃない。
消防の整理も残っている。
でも。
あの日、
「今日で終わらせます」
と言われた話は、
終わらなかった。
まだ確認することがあったから。
そして、
その一回の続行で、
事実が少し正確になった。
制度は、
いつも早くはありません。
むしろ、
遅い。
面倒。
紙も増える。
期日も増える。
でもその遅さが、
雑な結論へのブレーキになることがある。
私は赤鉛筆を取り出しました。
ノートの最後の一行に、
赤で丸をつけます。
――間違って終わらせないために、もう一度聞く。
昨日までなら、
行政手続法二十二条なんて、
「聴聞を続ける場合の日程通知」
くらいで覚えていたかもしれません。
でも今は、
西岡さんの古い帳簿が見えます。
夕方に届いた、
埃っぽい一冊。
あれが間に合う時間を作った条文。
そう思えば、
たぶん忘れません。
「朝比奈」
「はい」
「その赤貸せ」
また来ました。
「嫌です」
「まだか」
「まだです」
「いつならいい」
私は少し考えました。
「次回期日を指定します」
「いつ」
「明日」
「場所」
「私の机」
「書面で通知しろ」
「先輩、今日の勉強ちゃんと入ってるじゃないですか」
「俺を何だと思ってる」
「口の悪い実務派」
「正解だ」
奥から片桐所長が言いました。
「赤鉛筆は二人で使え」
「どうやってです?」
「交代」
なるほど。
続行です。
今日中に全部使わなくてもいい。
必要な分だけ、
次へ回せばいい。
行政手続法二十二条。
どうやら鉛筆一本にも、
少しだけ応用が利くようでした。
以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。




