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こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈行政法 配点112点/300点〉 行政手続法

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[行政手続法22条・続行期日の指定]現場編 「今日は結論まで出します」の罠。急ぐ役所と、まだ聞くべきことが残っている手続

挿絵(By みてみん)

 会議は、長ければいいわけではありません。


 でも。


 短ければ正しい、というわけでもありません。


 昭和六十三年。


 片桐行政書士事務所の朝。


 私は机の上で、昨日の陳述書の控えを整理していました。


 最近の私は、


 行政手続。


 聴聞。


 主宰者。


 意見陳述。


 証拠書類。


 そんな単語に囲まれています。


 転生前の私なら、ここまで読んだあたりで一度スマホを見ていました。


 そして二十分くらい戻ってこない。


 受験生あるあるです。


「朝比奈」


 相馬先輩が新聞を畳みました。


「今日、市役所だ」


「最近その一言で一日の予定が決まるんですけど」


「嫌なら断れ」


「断ったら?」


「所長に聞け」


 私は奥を見ました。


 片桐所長が帳簿から目も上げずに言います。


「行け」


「選択肢がなかった」


 昭和の職場、意思決定が速い。


 今日の相談者は、すでに応接に座っていました。


 六十歳前後の男性。


 黒縁眼鏡。


 几帳面そうな顔。


 膝の上には、分厚い封筒を抱えています。


「西岡正男さん」


 所長が紹介します。


「駅前で古道具屋をやっている」


「古道具屋?」


 私は少し身を乗り出しました。


 駅前再整備区域。


 またそこです。


 町の相談が、最近だんだん一本の糸でつながってきています。


「西岡古物店です」


 西岡さんが名刺を出しました。


「四十年やってます」


「今回は何が?」


 聞くと、西岡さんは封筒から一枚の通知書を取り出しました。


 市役所。


 営業上の許可に関する事情聴取。


 内容を見ると、


 店舗前の道路占用。


 倉庫として使っている裏手の仮設建物。


 そして、近隣からの通報を受けた安全管理上の問題。


 いくつかの論点が混ざっています。


「今日、二回目の話し合いなんです」


「二回目?」


「はい」


 西岡さんは額を押さえました。


「最初は先週です」


「何が話されたんです?」


「役所は、店先に出してる品物が通行の邪魔だって」


「それは?」


「少しは出してました」


 正直です。


「それから裏の倉庫」


「仮設建物?」


「昔、父が増築したものです。書類が残ってない」


 なるほど。


 昭和の、


 父の代からあります。


 は、行政法と建築関係法令の天敵です。


「先週の聴取では何が決まったんです?」


 相馬先輩が聞きます。


「何も」


「何も?」


「役所も途中で話が変わって」


 西岡さんは封筒からメモを出しました。


「道路の話から始まったのに、途中で建物の安全性の話になって。それから消防の話も出て」


「なるほど」


「で、最後に担当者が」


 西岡さんは少し言いにくそうにしました。


「『次回は結論まで出します』って」


 私は顔を上げました。


「結論?」


「はい。今日で終わらせるそうです」


「でも、まだ確認してないことがあるんですよね」


「いっぱいあります」


 即答。


 嫌な予感。


「例えば?」


「裏の建物がいつ建ったか」


「はい」


「父の古い帳簿を探してる途中です」


「他は?」


「消防署に相談したら、『市役所が言ってる状態と少し違う』と言われました」


「どう違うんです?」


「避難路が塞がれてる、と言われたらしいんですけど、実際には通路が残ってます」


「写真は?」


「昨日撮りました」


「他には?」


「隣の文具店の店主が、店先の通路幅について証言してくれるって」


 私は相馬先輩を見ました。


 相馬先輩もこっちを見る。


 これ。


 まだ終われません。


 少なくとも、


 今日その場で全部確定させていい感じではない。


「西岡さん」


 私は聞きました。


「今日、持っていく資料は全部揃ってます?」


「いや」


「揃ってない?」


「父の帳簿は、今朝、妹が実家の押し入れで見つけたって電話がありました」


「今朝」


「でも妹は隣町で、持ってくるのは夕方になる」


 はい。


 時間切れです。


 午前中の聴取には間に合わない。


 でも、その帳簿に建物の時期が載っている可能性がある。


 しかも。


 消防署との話も確認途中。


 隣人の証言もまだない。


「所長」


 私は言いました。


「これ、今日で終わらせる必要あります?」


 所長がこちらを見ます。


「ないなら?」


「続ければいいと思います」


 相馬先輩が少し笑いました。


「簡単に言うな」


「でも、まだ聞くことがあるなら」


「役所は何でも好きなだけ引き延ばせるわけじゃない」


「それもそうです」


 危ない。


 私は未来の条文を思い出しました。


 行政手続法二十二条。


 主宰者は、


 聴聞の審理の結果、


 なお続行する必要があると認めるときは、


 さらに新たな期日を定めることができる。


 つまり。


 足りない。


 だから続ける。


 でも、


 何となく終わらないからまた次回。


 ではない。


「今日のポイントは」


 所長が言いました。


「結論を急ぐかどうかじゃない」


「じゃあ?」


「今日の審理で、まだ続ける必要があるかだ」


 短い。


 でも全部入っています。


 未来の二十二条。


 そのままです。


 もちろん、


 この昭和六十三年に行政手続法二十二条なんてありません。


 でも。


 現場には先に、


 今日で終わらせるのか。


 まだ続けるのか。


 という問題がある。


「じゃあ」


 私は西岡さんの資料をまとめながら言いました。


「今日、未確認の点を全部出しましょう」


「全部?」


「はい。次回までに何を確認する必要があるか」


 相馬先輩が頷きます。


「終わらせるな、じゃなくて」


「終われない理由を出す」


「そうだ」


 なるほど。


 行政法のカタルシスって、


 大声で勝つことじゃない。


 話を、


 正しい形に戻すことなんですね。


 午前十時。


 市役所の会議室。


 参加者は、


 西岡さん。


 私。


 相馬先輩。


 市役所側は、倉田係長。


 道路管理担当。


 建築担当。


 消防との調整を担当する職員。


 そして進行役。


 人数が多い。


 行政法の会議、


 登場人物が増えると途端に眠そうに見えるのはなぜでしょう。


「では」


 進行役の課長補佐が言いました。


「本日で事実関係を確認し、できれば今後の取扱いまで整理したいと思います」


 できれば。


 嫌な言葉です。


 役所の「できれば」は、


 ときどき「今日終わらせたい」の丁寧語です。


 最初は道路の話。


 西岡さんは、


 商品を歩道側へ出していたことを認めました。


「現在は?」


「全部店内へ戻しました」


「確認は?」


 道路管理担当が書類を見ます。


「昨日見ています。現在は通行幅に問題ありません」


 まず一つ。


 現在の道路占用の問題は、改善済み。


 次。


 裏手の仮設建物。


 建築担当が言います。


「問題は、この増築部分です」


 古い図面が机に出されました。


「建築時期が不明です」


「今日、古い帳簿が出てきました」


 西岡さんが言います。


「今ここには?」


「夕方届きます」


 建築担当が眉を寄せました。


「今日確認できないんですか」


「だから夕方です」


 相馬先輩。


 圧が早い。


「でも」


 担当者が言います。


「これまでの資料では、適法性を確認できません」


「確認できない」


 私は口を挟みました。


「と、“違反だと確認できた”は違いますよね」


 部屋が少し静かになりました。


 建築担当がこちらを見る。


「もちろん違います」


「なら、今日の段階では“時期不明”なんですよね」


「そうです」


「帳簿を見れば変わる可能性がある」


「可能性はあります」


 よし。


 私は心の中で一個丸をつけました。


 次。


 避難通路。


 消防側から、


 通路が塞がれている可能性がある。


 という情報が入っていた。


 でも西岡さんの写真では、


 人が通れる幅は残っています。


「消防署に直接確認しました」


 西岡さんが言いました。


「昨日です」


「誰に?」


「予防係の森さん」


「記録は?」


「名前と時間はメモしてます」


 担当職員が言います。


「こちらでも確認します」


 また一つ。


 未確認。


 次。


 隣の文具店の証言。


「店先の通行については、隣の店主も話せるそうです」


 相馬先輩が言います。


「必要なら次回呼べます」


 進行役が腕を組みました。


「次回?」


 来ました。


 私は西岡さんを見る。


 西岡さんは少し緊張しています。


 たぶん、


 自分からは言いにくい。


 役所が今日終わらせたいと言っている。


 そこへ、


 まだ続けてください。


 と言うのは、


 普通の人にはかなり勇気が要ります。


 だから私が言いました。


「今日、結論まで出す必要ありますか」


 倉田係長が眉を上げました。


「またそれか」


「またです」


「何が残ってる」


「少なくとも三つ」


 私は指を立てました。


「建物の建築時期を示す可能性のある帳簿」


「うん」


「消防署との認識の確認」


「うん」


「隣接店舗からの事情確認」


「それは必須か?」


「そこは主宰する側で判断してください」


 私は少し言い直しました。


「でも、少なくとも最初の二つは、今日ここでは確認できません」


 進行役が黙りました。


 私は続けます。


「今日ある資料だけで判断していいなら終われます。でも、今日ない資料が判断に影響する可能性があるなら、終わらせる理由より続ける理由の方が強いと思います」


 相馬先輩が横から言いました。


「結論を先に決めるな」


「決めてません」


 若い職員が反論します。


「ただ、いつまでも続けるわけには」


「誰もいつまでもなんて言ってない」


 相馬先輩が切りました。


「次回を一回入れろって話だ」


 片桐所長が静かに言いました。


「続けるなら、何を次回までに確認するか決めてください」


 空気が変わりました。


 あ。


 これです。


 引き延ばし。


 ではなく、


 次回までの宿題を明確にする。


 それなら、


 役所側にも終わりが見える。


 進行役の課長補佐が、書類に目を落としました。


「分かりました」


 西岡さんが小さく息を吐きます。


「本日はここまでにします」


 若い職員が少し驚いた顔をしました。


「次回を?」


「指定します」


 私は内心で、


 来た。


 と思いました。


 未来の行政手続法二十二条。


 主宰者が、


 なお聴聞を続行する必要があると認めたとき、


 新たな期日を定める。


 今ここでは、


 法律名も条文番号もありません。


 でも同じことが起きている。


「次回までに」


 課長補佐が言いました。


「市側は消防署へ確認します」


「はい」


「西岡さん側は建築時期に関する帳簿を提出してください」


「はい」


「隣接店舗の事情については、必要性をこちらで検討します」


「分かりました」


「次回期日は――」


 課長補佐が手帳を開きます。


「来週木曜日、午前十時」


 西岡さんが頷きました。


「場所はこの会議室です」


「はい」


「では、そのように」


 そこで終わりそうになりました。


 私は一瞬、


 未来の条文が頭の中で光りました。


 続行期日。


 当事者や参加人には、


 次回の期日と場所を書面で通知する。


 ただし、


 その場に出頭している人には、


 その期日に告知すれば足りる。


「所長」


 私は小声で言いました。


「今の、西岡さんにはこの場で伝えたからいいってことですよね」


「何がだ」


「いえ」


 危ない。


 未来の話を口に出しかけました。


 西岡さんはここにいる。


 次回の日と場所をその場で聞いた。


 未来の二十二条なら、


 この場で告知すれば足りる。


 後から必ず書面が必要、


 ではない。


「どうした」


 相馬先輩が聞きます。


「何でもありません」


「顔がうるさい」


「顔の情報量まで管理しないでください」


 会議室を出たあと。


 廊下で西岡さんが立ち止まりました。


「助かりました」


「まだ何も終わってませんよ」


「だからです」


 西岡さんは言いました。


「終わらなかったから助かった」


 その言葉に、


 私は少し驚きました。


 普通、


 早く終わる方がいい。


 手続なんて一回で済む方がいい。


 そう思います。


 でも。


 早く終わることが、


 その人を救うとは限らない。


「今日で決められてたら」


 西岡さんが続けます。


「父の帳簿、見てもらえなかった」


「はい」


「消防署の話も確認されなかった」


「はい」


「私、役所に“もう一回やってください”って言うの、わがままかと思ってた」


「わがままじゃないです」


 私は言いました。


「まだ確認することが残ってるなら」


「うん」


「続ける方が普通です」


 西岡さんは少し笑いました。


「普通、か」


「はい」


 未来では、


 それに条文がつく。


 主宰者が必要と認めれば、


 新たな期日を定める。


 でも、


 条文ができる前から、


 その必要はもうここにある。


 事務所へ戻る途中。


 相馬先輩が自転車を押しながら言いました。


「朝比奈」


「はい」


「今日、少し危なかったぞ」


「何がです?」


「“資料が足りないなら続行すべきです”って顔してた」


「顔?」


「全部が全部、続けりゃいいわけじゃない」


「分かってます」


「本当に?」


「たぶん」


「たぶんか」


 私は少し考えました。


 聴聞を続けるかどうかは、


 当事者が、


 もう一回やりたいです。


 と言えば必ず続く、


 という話じゃない。


 主宰者が、


 審理の結果、


 なお続行の必要がある。


 と認めるかどうか。


 そこです。


「つまり」


 私は言いました。


「“本人が希望したから”じゃなくて、“審理上必要だから”」


「そうだ」


「そこ、未来の試験で引っかけられそう」


「また未来か」


「独り言です」


 危ない危ない。


 その日の夕方。


 西岡さんの妹さんが、


 古い帳簿を事務所まで持ってきました。


 埃っぽい。


 分厚い。


 紐で綴じられている。


「昭和四十七年……」


 私はページをめくりました。


 資材。


 工事代。


 大工の名前。


 裏倉庫修繕。


 日付もある。


「これ」


 相馬先輩が覗き込みます。


「使えるかもしれんな」


「少なくとも時期の手がかりにはなりますね」


 所長が言います。


「コピーを取れ」


「はい」


 未来の行政法なら、


 次回期日までに出す資料。


 今の私たちには、


 ただの宿題。


 でも、


 この宿題があるから、


 次の聴聞には意味がある。


 一週間後。


 再び市役所。


 二回目。


 いや、


 前回から数えれば三回目の事情聴取。


 西岡さん。


 私たち。


 市役所側。


 同じ会議室。


 机の上には、


 古い帳簿の写し。


 消防署の確認メモ。


 道路状況の写真。


 そして、


 隣の文具店主からの簡単な書面。


「建物の時期について」


 建築担当が言いました。


「昭和四十七年頃に工事があったことは、この帳簿で一応確認できます」


「はい」


「ただし、この帳簿だけで建物の適法性すべてが確認できるわけではありません」


「分かってます」


 西岡さんが頷きます。


「消防署にも確認しました」


 担当職員が続けます。


「避難通路が完全に塞がれている、という情報は正確ではありませんでした」


 私は内心で、


 よし。


 と小さく言いました。


「ただし、物品が多く、通路が狭い箇所はあります」


「そこは片づけます」


 西岡さんが答える。


「道路については、現在改善済み」


「はい」


「以上を踏まえると」


 進行役が資料をまとめました。


「直ちに営業上の重い措置を採る段階ではないと考えます」


 西岡さんの肩から力が抜けました。


「ただし」


 来ました。


 行政のただし。


「裏手建物については、今後も資料確認が必要です。消防上の整理も続けます」


「はい」


「店先の商品陳列は、今後通路を塞がないように」


「分かりました」


 完全勝利ではありません。


 古い建物の問題は残る。


 消防上の確認も残る。


 道路上の管理も、今後気をつけなければならない。


 でも。


 最初の予定どおり、


 前回一回で結論まで出していたら。


 避難路が塞がれている。


 建物の時期不明。


 道路占用あり。


 そんな未整理の事実が、


 ひとまとめに悪い方向へ積み重なっていたかもしれない。


 続けたことで、


 一つずつ分かれた。


 道路。


 改善済み。


 消防。


 一部情報が不正確。


 建物。


 時期の手がかりあり。


 残る問題。


 まだ確認。


 行政法のカタルシス、


 今日も地味です。


 でも。


 地味なくらいが、本当は一番強い。


 事務所に戻ると、


 西岡さんが夕方に顔を出しました。


 紙袋を持っています。


「今日はこれを」


「また差し入れですか」


「古道具屋なんで食べ物は売ってないから」


 袋から出てきたのは、


 小さな木箱。


「何です?」


「昔の鉛筆」


「鉛筆?」


「売り物にならん半端物だけど、まだ使える」


 箱を開ける。


 黄色。


 青。


 赤。


 少し古びた鉛筆が何本も入っています。


「かわいい」


「昭和の人に昭和の鉛筆をもらって喜ぶの、妙だな」


 相馬先輩が言いました。


「先輩、今ちょっと深いこと言いました?」


「何がだ」


 たぶん偶然です。


 西岡さんは一本、鉛筆を私に差し出しました。


「今日の礼」


「ありがとうございます」


「君、よく書くから」


 確かに。


 最近ノートばっかり書いてます。


「今日ね」


 西岡さんは言いました。


「もう一回やるって決まったとき、最初は面倒だと思ったんです」


「はい」


「でも、あれがなかったら、父の帳簿も出せなかった」


「そうですね」


「手続って、早い方がいいと思ってた」


 少し笑います。


「違うこともあるんだね」


「あります」


「じゃあ、今日のは」


「はい」


「遅れたんじゃなくて」


 西岡さんが考えながら言いました。


「必要な分だけ、続いたってことか」


 私は少し笑いました。


「たぶん、それです」


 伊藤さんのときは、


 来られない人にも書面で言い分を残す道があった。


 木村さんのときは、


 役所側の説明を開いて、質問や証拠を出す道があった。


 そして今日。


 一度で足りないなら、


 もう一度聞く道がある。


 手続は、


 いつも前へ進むことだけが正しいわけじゃない。


 足りなければ、


 もう一度立ち止まる。


 そのための仕組みも必要なんだ。


 夜。


 私は事務所に残って、


 もらった鉛筆を削りました。


 木の匂い。


 少し懐かしい感じ。


 未来ではシャープペンばかり使っていたのに、


 今は鉛筆の方がこの机に似合います。


 ノートを開きます。


 題名。


 ――続行期日の指定。


 未来の行政手続法二十二条。


 主宰者が、


 聴聞の審理の結果、


 なお続行する必要があると認めたら、


 新たな期日を定められる。


 そして。


 次の期日と場所を、


 当事者や参加人へ知らせる。


 出頭している人には、


 その場で告知すればいい。


 所在が分からない人については、


 さらに特別な通知方法がある。


 そこまで考えて、


 私はペンを止めました。


 今日はまだ、


 細かく整理しません。


 それは次です。


 今は、


 西岡さんの言葉だけ覚えておきたい。


 必要な分だけ、続いた。


 それだけで十分です。


「何書いてる」


 相馬先輩が戻ってきました。


「今日の一行です」


「何だ」


 私は鉛筆で書きました。


 ――終わらせることより、足りない話を残さないこと。


「ちょっと格好つけたな」


「最近いつも言いますね」


「じゃあ実務向けに」


「何です?」


 相馬先輩が言いました。


「まだ聞くことあるなら、次回にしろ」


「雑!」


「でも分かりやすいだろ」


「悔しいですけど」


 私はその下に小さく付け足しました。


 ――ただし、続けるか決めるのは主宰者。


「そこだな」


 片桐所長が言いました。


 私は顔を上げます。


「所長」


「何だ」


「手続って、早く終わらせるためにあるんじゃないんですね」


「違う」


「じゃあ何のためです?」


 所長は少し考えてから、


 いつもの短い言葉で答えました。


「間違って終わらせないためだ」


 静かでした。


 でも。


 今日の全部が、その一言に入っていました。


 未来では、


 この考え方が、


 続行期日の指定。


 という、かなり地味な名前の条文になる。


 行政手続法二十二条。


 昨日の私なら、


 聴聞を延長できる。


 次回期日を通知。


 はい終わり。


 だったかもしれません。


 でも今は違う。


 一回で分からなかったなら、


 もう一回聞く。


 資料が足りないなら、


 次までに出す。


 行政側にも確認させる。


 そして、


 分からないまま終わらせない。


 制度の冷たさは、


 ときどき人を待たせます。


 でも。


 その待つ一回が、


 雑な結論から人を守ることがある。


「朝比奈」


「はい」


「鉛筆一本くれ」


 相馬先輩が言いました。


「何に使うんです?」


「仕事」


「珍しい」


「失礼だな」


「どれがいいです?」


「赤」


「赤は一本しかありません」


「じゃあそれ」


「嫌です」


「何で」


「私が使います」


「根拠は?」


「先に選んだ」


「雑だな」


 私は笑いました。


「じゃあ続行します?」


「何を」


「鉛筆配分の審理」


「今日中に終われ」


「まだ必要な資料が」


「ない」


 奥から所長が言いました。


「一本ずつ取れ」


「所長、赤一本しかありません」


「じゃんけん」


「行政法どこ行ったんですか!」


 どうやら、


 この事務所の鉛筆配分についてだけは、


 続行期日を指定する必要はなさそうでした。

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