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こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈行政法 配点112点/300点〉 行政手続法

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72/268

[行政手続法20条・聴聞の審理方式]法理編 こはるノート

挿絵(By みてみん)

 夕方の片桐行政書士事務所には、昼間より少しだけ法律が似合います。


 電話が減る。


 来客も途切れる。


 西日が書棚を横切って、机の上の書類だけを妙に立派に見せる。


 そして、その横には。


「……たまごサンド、残ってませんね」


「食った」


 相馬先輩が言いました。


「昨日のですよ?」


「冷蔵庫に入ってた」


「それは保存方法の説明であって、食べていい根拠ではありません」


「名前書いてなかったぞ」


「昭和の事務所、所有権の立証方法が小学生なんですよ」


 私は空になった紙箱を横へ押しやり、ノートを開きました。


 今日の見出し。


 ――聴聞の期日における審理の方式。


 長い。


 名前だけで一回休みたくなります。


「何だその顔」


「行政法って、タイトルから受験生の体力を削ってきません?」


「知らん」


「二十条ですよ。内容、多いんですよ」


「なら覚えろ」


「相変わらず教育方針が原始的ですね」


 とはいえ。


 昨日までの私なら、行政手続法二十条なんて、


 行政庁職員が説明する。


 当事者が意見を言う。


 証拠を出す。


 質問する。


 主宰者も質問できる。


 非公開。


 はいはい、いっぱいありますね。


 くらいで流していたと思います。


 でも今は違う。


 喫茶アカネの木村さん。


 営業停止七日間を検討されていた人。


 最初は、


 何を問題にされているのか。


 何の規定に違反したと見られているのか。


 どの事実が処分原因なのか。


 ほとんど分からないまま、


 「事情を聞きます」


 とだけ言われていました。


 昨日の会議室で、それが一つずつ開かれた。


 私はノートの上に大きく書きます。


 聴聞は、行政が一方的に叱る場ではない。


「それ、条文か?」


 相馬先輩が横から覗きます。


「違います。私の覚え方です」


「じゃあ試験では書くなよ」


「記述式でもそこまで自由作文しません」


 奥で新聞を読んでいた片桐所長が言いました。


「順番にやれ」


「はい」


 まず。


 最初の聴聞期日の冒頭。


 ここです。


 主宰者は、行政庁の職員に説明させなければならない。


「誰が説明する?」


 相馬先輩。


 いきなり口頭試問です。


「主宰者自身じゃなくて、行政庁の職員です」


「何を?」


 私は昨日の会議室を思い出します。


 水野さんが説明した内容。


「予定される不利益処分の内容」


「うん」


「その根拠となる法令の条項」


「うん」


「その原因となる事実」


「三つだな」


「三つです」


 私は三本線を引きました。


 処分の内容。


 根拠法令。


 原因事実。


 昨日の木村さんなら、


 処分の内容。


 営業許可の取消しではなく、七日間の営業停止を検討している。


 根拠法令。


 営業停止を行う根拠となる法令や関係規定。


 原因事実。


 冷蔵庫の温度管理。


 生食用食材と加熱済み食品の保管。


 調理器具の消毒。


 改善後も一部不十分だったと行政側が見ていること。


 これが出てきて、初めて木村さんは反論できました。


「じゃあ、何で最初に説明させるんだ」


「何について争うのか分からないと、当事者が防御できないから」


「そうだな」


 たとえば行政から、


 あなたには問題があります。


 だから営業停止を考えています。


 と言われたとします。


 でも、


 何日止めるのか。


 何の法律違反なのか。


 何をしたのが問題なのか。


 そこが分からなければ、


 反論してください。


 と言われても困ります。


 行政法版、


 「何で怒ってるか自分で考えて」


 です。


 家庭内でも怖いですが、行政処分でやられたら洒落になりません。


「つまり最初に、行政側がカードを表にする」


 私は言いました。


「そう考えると分かりやすいです」


「全部か?」


「全部と言い切ると危ないですね」


 行政法の警報が鳴りました。


 試験では、強い断定が怖い。


「少なくとも二十条一項で要求されているのは、この三つ」


 予定される不利益処分の内容。


 根拠法令の条項。


 原因となる事実。


「しかも」


 私は条文の記憶を引っ張ります。


「最初の聴聞期日の冒頭です」


「そこも落とすな」


 所長が言いました。


 なるほど。


 いつか説明すればいい。


 ではない。


 当事者がその場で意見を出せるように、まず冒頭で説明する。


 順番にも意味がある。


「次」


 相馬先輩が言います。


「木村さんは何ができた」


「意見を述べられます」


「ほか」


「証拠書類等を提出できます」


「ほか」


「行政庁の職員に質問できます」


「全部自由か?」


「そこです」


 来ました。


 二十条で一番試験に出しやすそうな嫌らしい差。


 私はノートに二つの丸と、一つの三角を書きました。


 意見を述べる。


 証拠書類等を提出する。


 これは主宰者の許可を得ることが要件とはされていない。


 でも。


 行政庁の職員に質問する。


 こちらは、主宰者の許可が必要。


「昨日の木村さんでいうと?」


「『温度計が壊れていた』『改善後は記録を取っている』って意見を言うのに、いちいち許可はいらない」


「うん」


「修理伝票や温度記録、領収書を出すのにも、二十条二項上、主宰者の許可を条件にはしていない」


「うん」


「でも、水野さんに直接質問する場合は、主宰者の許可が必要」


「何を聞いた?」


 私は思い出します。


 木村さんは、


 生食用と加熱済み食品を同じ冷蔵庫に入れていること自体が駄目なのか。


 それとも、汚染のおそれがある保管方法が問題なのか。


 と聞きました。


 そして進行役の課長補佐が、


 内容を確認した上で、


 「続けてください」


 と許可した。


「あれ、まさに二十条二項だったんですね」


「未来の法律の話ならな」


 相馬先輩が言います。


「はい」


 危ない。


 ここは昭和六十三年です。


 私は頭の中だけで未来と照合します。


 当時の現場にも、


 本人に一方的に話させるだけでは足りない。


 行政側の説明へ問い返す必要がある。


 そんな問題はすでにある。


 未来の行政手続法は、それを、


 質問については主宰者の許可を要する。


 という形で整理する。


「でも何で、質問だけ許可制なんです?」


 私が聞くと、所長が新聞を置きました。


「審理を整理するためだ」


「整理」


「自由に質問をぶつけ合えば、聴聞が対立の場になる」


 確かに。


 意見を言う。


 資料を出す。


 これは自分の主張を示す行為です。


 でも相手へ質問するとなると、


 何度も同じことを聞く。


 関係ないことを追及する。


 感情的な応酬になる。


 そういう可能性がある。


 だから主宰者が交通整理する。


「つまり、質問できないわけじゃない」


「そうだ」


「でも勝手に尋問大会を始めてもいけない」


「その言い方はやめろ」


 相馬先輩が笑いました。


 でも、だいたいそんな感じです。


「じゃあ」


 相馬先輩が続けます。


「木村さんが、今日言いたいこと全部言うのに、『主宰者の許可を得て意見を述べなければならない』って選択肢が出たら?」


「誤り」


「証拠書類提出も?」


「許可不要」


「行政庁職員への質問は?」


「許可が必要」


「いいな」


 こういう三択、


 絶対出題者が好きですよね。


 似ている行為を並べて、


 一個だけ許可がいる。


 受験生が勢いで全部同じ扱いにした瞬間、


 はい残念。


 となるやつ。


「行政書士試験って、人の勢いを狩る試験ですよね」


「意味が分からん」


「丁寧に読めってことです」


 私は次の項へ進みました。


 補佐人。


「これも許可が要るんですよね」


「ああ」


 当事者や参加人は、


 主宰者の許可を得て、


 補佐人とともに出頭できる。


「昨日、私が木村さんの横に座ってましたけど」


「お前が未来の二十条三項の補佐人だったとは限らんぞ」


「分かってます」


 ここは物語と法律を雑に一致させちゃいけない。


 補佐人は、当事者や参加人を補佐するため、聴聞の期日に一緒に出頭する人。


 そして二十条三項上、


 補佐人とともに出頭するには主宰者の許可が必要。


「質問と補佐人は許可」


 私は書きます。


「意見と証拠は許可不要」


「覚え方にするなら、それでいい」


 所長が言いました。


「ただし、“何でも勝手にできる”という意味ではない」


「はい」


 聴聞全体は主宰者が進行する。


 秩序がある。


 それは前提です。


 許可要件が条文にあるかどうかと、


 無制限に好き勝手できるかどうかは別。


 行政法はこの辺りの、


 「法律上の条件」と「常識的な運営」


 をごちゃ混ぜにすると危ない。


「次」


 私はノートをめくります。


 主宰者自身の権限。


 昨日の会議室では、課長補佐が木村さんへ質問しました。


 そして行政側の水野さんにも、


 昨年の指導記録について説明を求めた。


 未来の二十条四項。


 主宰者は、必要があると認めるとき、


 当事者または参加人に質問できる。


 意見の陳述を促すことができる。


 証拠書類等の提出を促すことができる。


 行政庁の職員に説明を求めることができる。


「ここ、役割が面白いですよね」


「何が」


「主宰者って、ただ黙って両方の話を聞くだけじゃない」


「そうだ」


 話が足りなければ、


 そこを説明してください。


 この証拠はありますか。


 この点について意見はありませんか。


 行政側も、その点を説明してください。


 そうやって争点を掘る。


「昨日で一番分かりやすかったのは、去年の指導記録ですね」


 私は言いました。


 行政側は、


 昨年も同様の注意をしている。


 と言った。


 木村さんは、


 自分は聞いていない。


 と答えた。


 そこで主宰する課長補佐が、


 誰に。


 いつ。


 どう説明したのか。


 記録を出してください。


 と行政側へ求めた。


 あれがなければ、


 「前にも注意しました」


 「私は知りません」


 で平行線です。


「主宰者は、行政側の味方でもないんですね」


「少なくとも審理では、事実と主張を整理する役だ」


 所長が言いました。


 ここ。


 昨日の十九条ともつながります。


 誰が主宰するのか。


 そして、


 その人が何をするのか。


 二十条まで読むと、十九条の欠格事由が細かい理由も見えてくる。


 質問する。


 発言を促す。


 証拠提出を促す。


 行政庁職員にも説明を求める。


 これだけ審理へ関わる人だから、


 当事者側と近すぎる人を主宰者に置けない。


「行政手続法、条文同士がつながってますね」


「法律はだいたいそういうもんだ」


 相馬先輩。


 たまに先生っぽくなるの、ずるいです。


「次は?」


「欠席です」


 二十条五項。


 当事者または参加人の一部が出頭しない場合。


 それでも主宰者は審理を行うことができる。


「一人来なかったら全部延期、じゃない」


「そうだ」


「当事者が欠席したら絶対に聴聞できない、も誤り」


「そうだな」


 私は少し考えます。


 複数の当事者や参加人がいる事件。


 一人が来ない。


 それだけで手続全部が止まるなら、


 場合によっては聴聞が進まなくなる。


 だから一部欠席でも審理は可能。


「ただ」


 私は言いました。


「“一部が出頭しないときでもできる”と、“誰もいなくても何でも好きに進められる”は、同じ話じゃないですよね」


「条文の言葉どおり読め」


 所長が言いました。


「はい」


 試験では、


 一部が出頭しない場合でも審理できる。


 ここをそのまま押さえる。


 勝手に広げない。


 行政法、


 余計な親切で知識を広げると自爆することがあります。


「で、最後」


 相馬先輩が窓の外を見ながら言いました。


「昨日、外で商店主が騒いでたな」


「非公開ですね」


 行政手続法二十条六項。


 聴聞の期日における審理は、


 原則として公開しない。


 例外。


 行政庁が公開することを相当と認めるときは、公開できる。


「主宰者が公開を決めるんでしたっけ?」


 私は確認します。


 所長がすぐ言いました。


「行政庁だ」


「あ」


 危ない。


 ここも引っかけです。


 審理を主宰しているのは主宰者。


 だから、


 公開するかどうかも主宰者が決める。


 と、つい思いたくなる。


 でも条文は、


 行政庁が公開することを相当と認めるとき。


「つまり」


 私はノートに丸をつけます。


 原則非公開。


 例外的公開。


 公開相当と判断する主体は行政庁。


「理由は?」


 相馬先輩が聞きます。


「昨日みたいな事情を考えれば、分かりやすいですね」


 木村さんの店の衛生状態。


 過去の指導。


 改善状況。


 家賃や経営の事情。


 そういう話を、


 公平性のためです。


 と言って町中に公開したら、


 本人にとっては処分そのものとは別の傷になります。


 聴聞は裁判の公開法廷と同じではない。


「“聴聞だから当然公開”は誤り」


「そうだ」


「“原則非公開”」


「そうだ」


「ただし絶対非公開でもない」


「そうだな」


 行政庁が公開することを相当と認めれば公開できる。


 ここでも、


 原則。


 例外。


 主体。


 この三つを分けて覚える。


「行政法って、本当に“誰が決めるか”好きですね」


「そこを外したら行政法じゃない」


 所長が言いました。


 たしかに。


 公開か非公開かだけじゃない。


 誰が公開を決めるのか。


 質問できるかだけじゃない。


 誰の許可が必要なのか。


 説明が必要かだけじゃない。


 誰が誰に説明させるのか。


 全部、


 誰が。


 何を。


 どの権限で。


 です。


 私はノートの中央に大きく線を引きました。


「じゃあ、昨日の喫茶アカネで、二十条を丸ごと復習します」


「やってみろ」


 まず。


 最初の冒頭。


 行政側が説明する。


 予定処分は、七日間の営業停止。


 根拠となる法令。


 原因となる事実。


 これを行政庁職員が説明する。


 次。


 木村さん。


 意見を述べる。


 「温度計の故障は一時的だった」


 「改善してきた」


 「七日間停止されれば経営への影響が大きい」


 これらは意見。


 次。


 証拠書類等を提出。


 修理伝票。


 温度記録表。


 領収書。


 厨房配置図。


 これらの提出に、二十条二項上、主宰者の許可は不要。


 次。


 行政庁職員への質問。


 生食用と加熱済み食品を同じ冷蔵庫に入れること自体が駄目なのか。


 何が不十分なのか。


 ここは主宰者の許可を得て行う。


 次。


 主宰者。


 木村さんに追加説明を求める。


 資料提出を促す。


 水野さんに去年の指導記録を説明させる。


 必要があれば双方へ質問する。


 次。


 欠席者。


 一部の当事者や参加人が出頭しなくても審理は可能。


 最後。


 審理は原則非公開。


 ただし行政庁が公開を相当と認めれば公開。


「……まとまりました」


「試験なら?」


「かなり取れる気がします」


「その台詞を言う受験生、大体落とすぞ」


「やめてください!」


 不吉なことを言わないで。


「試験での引っかけ、並べてみろ」


 相馬先輩が笑っています。


 完全に楽しんでますね、この人。


「分かりました」


 私は指を一本ずつ折ります。


 最初の聴聞期日の冒頭で説明するのは、主宰者自身である。


「誤り」


「行政庁の職員に説明させる」


「うん」


 当事者が意見を述べるには、主宰者の許可が必要。


「誤り」


 証拠書類等の提出にも、主宰者の許可が必要。


「誤り」


 行政庁職員へ質問するには?


「主宰者の許可が必要」


 補佐人とともに出頭するには?


「主宰者の許可が必要」


 主宰者は行政庁職員に説明を求められない。


「誤り。求められる」


 一部の当事者が欠席したら審理できない。


「誤り」


 聴聞は原則公開。


「誤り。原則非公開」


 公開するかどうかは主宰者が決める。


「誤り。行政庁」


「いいな」


 相馬先輩が言いました。


 私はペンを置きました。


「こうして見ると、許可が必要かどうかだけでも結構いやらしいですね」


「そこで落とさせるんだろ」


「試験問題作る人、楽しそうですよね」


「被害妄想だ」


「絶対ちょっと楽しんでますよ」


 所長が咳払いしました。


 そろそろ真面目に戻れという合図です。


 私は昨日の木村さんを思い出しました。


 会議室へ入る前。


 彼女は、


 営業停止になるかもしれない。


 ということしか分からなかった。


 だから怖かった。


 でも、


 何を予定しているのか。


 何に基づいているのか。


 何が問題なのか。


 そこが言葉になった。


 すると、


 資料を出せた。


 違うところは違うと言えた。


 聞きたいことを聞けた。


 直すべきところは、具体的に直せるようになった。


 聴聞って。


 処分をやめさせる魔法ではありません。


 昨日も、営業停止案自体は残りました。


 問題も実際にあった。


 役所の指摘が全部間違いだったわけでもない。


 それでも。


 処分を受ける側が、


 何も分からないまま結論だけ渡されるのと、


 事実と根拠を開いた上で言い分を出せるのでは、


 まるで違います。


「所長」


「何だ」


「手続って、処分の正しさを保証するものですか?」


「保証はしない」


 即答でした。


「じゃあ何をするんです?」


「間違える前に、間違いを見つける機会を増やす」


 私は黙りました。


 いい言葉です。


 昨日、


 行政側は、


 昨年も木村さんへ指導していた。


 という前提で考えていた。


 でも実際には、


 説明を受けたのは父親だった可能性がある。


 木村さん自身がどこまで知っていたかは、確認が必要だった。


 もしあの場が、


 行政が説明する。


 本人は黙って聞く。


 処分します。


 で終わる場なら、


 その食い違いは埋もれていたかもしれません。


 制度は、人間を完璧にはしない。


 でも、


 間違いが表に出る道を作る。


 だから、


 行政庁側の説明。


 本人の意見。


 証拠提出。


 質問。


 主宰者からの確認。


 そういうものを一つずつ置く。


 冷たい条文です。


 でも。


 その冷たい順番が、


 「もう決まってるから」


 を少し難しくする。


 私はノートの最後のページを開きました。


「今日の一行」


 相馬先輩が言います。


「急かさないでください」


 少し考えます。


 そして書きました。


 ――聴聞は、役所の結論を聞く場ではない。根拠と事実を開いて、本人が返す場だ。


「長い」


「もういいです、それ!」


 私はもう一行、もっと短く書きました。


 ――意見と証拠はそのまま出せる。質問と補佐人には主宰者の許可。


 相馬先輩が頷きます。


「試験向きだな」


「でしょう?」


「非公開は?」


「あ」


 忘れました。


 危ない。


 私はさらに書き足します。


 ――審理は原則非公開。公開を相当と認めるのは行政庁。


「三行になったな」


「二十条を一行にする方が無茶なんです!」


 所長が新聞を畳みます。


「なら最後に一行だけ残せ」


「何をです?」


「今日一番大事だったこと」


 私はペンを止めました。


 木村さんの顔。


 役所側の説明。


 机に並んだ領収書。


 厨房配置図。


 質問したときの声。


 昨日の彼女は、


 処分されるかもしれない人。


 でした。


 でも聴聞の中では、


 単に処分を受けるだけの人ではなかった。


 意見を言う。


 証拠を出す。


 問い返す。


 行政側の説明を確かめる。


 そういう立場を与えられる。


 私は最後に書きました。


 ――「聞かれる人」を、「答えられる人」に戻すのが聴聞。


 相馬先輩が読みます。


「今日は格好つけたな」


「たまにはいいじゃないですか」


「試験には書くなよ」


「分かってます!」


 窓の外は、もう暗くなっていました。


 昭和六十三年の町。


 喫茶アカネの看板には、今夜も灯りがついているはずです。


 営業停止になるかどうかは、まだ決まっていません。


 木村さんの衛生管理に問題がなかったわけでもない。


 行政側にも、店の客を守る責任があります。


 だから。


 聴聞は、


 困っている人を必ず勝たせる制度ではない。


 行政を必ず負かす制度でもない。


 事実を出す。


 根拠を出す。


 意見を出す。


 証拠を出す。


 必要なら問い返す。


 その上で決める。


 ただそれだけです。


 でも。


 その「ただそれだけ」がないと、


 人はとても簡単に、


 決められるだけの側へ押し込まれる。


 制度の言葉は冷たい。


 意見陳述。


 証拠書類。


 質問許可。


 説明要求。


 非公開。


 相変わらず、読んでいるだけなら眠くなりそうです。


 でも今は、


 その一つ一つに、昨日の会議室の椅子が見えます。


 冷たい条文は、


 誰かに優しくしてください、


 とは言いません。


 代わりに、


 先に説明してください。


 意見を言わせてください。


 証拠を受け取ってください。


 質問する道を残してください。


 必要なら行政側にも説明させてください。


 そう決める。


 だから。


 人が優しくなくても、


 手続だけは少し公平にできる。


 私はノートを閉じました。


「終わったか」


 相馬先輩が聞きます。


「終わりました」


「じゃあ」


 机の下から紙袋が出てきました。


「何です、それ」


「アカネのプリン」


「いつの間に!」


「帰りに寄った」


「一個しかないじゃないですか」


「そうだ」


 相馬先輩が蓋へ手をかけます。


「待ってください」


「何だ」


「まず冒頭で説明してください」


「何を」


「予定される処分の内容」


「俺が食う」


「根拠」


「俺が買った」


「原因事実」


「腹が減った」


 私は黙りました。


 強い。


 完璧です。


「……反論できません」


「聴聞終了」


「まだ意見陳述してません!」


 奥から片桐所長が顔も上げずに言いました。


「三等分しろ」


 私と相馬先輩は同時にプリンを見ました。


「所長」


「何だ」


「一個のプリンを三等分するの、かなり難しくないですか」


「手続を尽くせ」


「そこだけ急に行政法を使わないでください!」


 どうやら今夜の片桐行政書士事務所でも、


 意見陳述の機会は、ちゃんと保障されているようでした。

 以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。

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