[戸籍法・国籍の得喪、帰化、国際結婚]法理編 こはるノート
日本人の母親から生まれたからといって、必ず日本国籍を持ち続けられるとは限りません。
日本人と結婚したからといって、外国人の配偶者が自動的に日本国籍を取得するわけでもありません。
そして。
外国人と結婚した日本人が、相手の苗字を名乗る場合にも。
法律上の手続が必要です。
三か月。
六か月。
二十二歳。
この三つの数字を取り違えると。
家族の名前だけでなく、国籍そのものに関わる重大な問題が起こることがあります。
昭和六十三年。
夕方の片桐行政書士事務所。
私は机に向かって、ノートを開いていました。
表紙には、大きくこう書いてあります。
――こはるノート・戸籍法第三部。
そして、その下に。
――国籍の得喪・帰化・国際結婚。
「……国籍って、怖いですね」
私が呟くと、相馬先輩が新聞から顔を上げました。
「また何だ」
「三か月ですよ」
「何がだ」
「生まれてから三か月です!」
「ああ。スミスさんの娘さんか」
「そうです!」
私は鉛筆を握りました。
エミリー・スミスちゃん。
アメリカで生まれた赤ちゃん。
父親はアメリカ人。
母親は日本人。
出生によって、日本国籍とアメリカ国籍の両方を取得する立場でした。
ところが。
両親は、日本国籍を留保する届出をしていなかった。
その結果。
出生時にさかのぼって、日本国籍を失うことになってしまったのです。
「でも、国籍法第十七条がありました!」
私は言いました。
「だから、日本での住所などの要件を確認して、国籍再取得の届出を進められたんですよね」
「そうだな」
「それに、お母さんの真理子さんも大変でした」
「苗字の件か」
「はい」
真理子さんは、日本人。
夫は、アメリカ人のジョン・スミスさん。
外国人配偶者の氏である「スミス」に変更したかった。
でも。
婚姻から六か月が過ぎていました。
そのため、家庭裁判所の許可なしで氏を変更できる特別な届出期間を逃してしまったのです。
さらに。
二十一歳の佐伯美咲さん。
日本国籍とアメリカ国籍の両方を持ち、日本国籍を選択したいという相談。
こちらは、昭和六十三年の制度で二十二歳という期限が問題になりました。
「……全部、国籍や戸籍に関係するのに、期限が違うんですよ」
「当たり前だ」
相馬先輩は新聞を畳みました。
「そもそも、何をする手続なのかが違う」
「そうなんです!」
私はノートに三本の線を引きました。
国籍を失わないための届出。
国籍を選択する届出。
外国人配偶者の氏に変更する届出。
「今日は、この三つを絶対に混同しないようにします!」
「帰化も忘れるなよ」
「あっ!」
「もう忘れてるじゃねえか」
「今から書きます!」
そこへ、片桐所長が奥から出てきました。
「こはる」
「はい!」
「まず、戸籍と国籍を区別しろ」
「……戸籍と国籍?」
「そこが分からなければ、先へ進めん」
なるほど。
いきなり本題の前に。
もっと根本的な問題がありました。
「まず、国籍とは何か」
私はノートに書きました。
――国籍。
ある人が、どの国家の国民であるかという法的な資格。
「つまり、日本国籍を持っていれば、日本国民ということですね」
「そうだ」
「では、戸籍は?」
相馬先輩が聞きました。
「日本国民の身分関係を登録し、公証する制度です」
「うん」
「出生、婚姻、離婚、死亡などが記録されます」
私は続けました。
「でも、日本に住んでいる外国人が、当然に日本の戸籍を持つわけではありません」
「そうだな」
「外国人が日本人と結婚した場合には、日本人の戸籍に外国人配偶者との婚姻事項が記載されることがあります。でも、それだけで外国人配偶者に日本の戸籍が作られるわけではない」
片桐所長が頷きました。
「そして、日本人と結婚しただけで、日本国籍になるわけでもない」
「はい!」
私は大きく丸をつけました。
ここです。
まず、覚えなければいけないのは。
婚姻。
戸籍。
国籍。
この三つは同じではないということ。
「たとえば、ジョンさんです」
私は言いました。
「日本人の真理子さんと結婚しても、それだけで日本国籍を取得するわけではありません」
「そうだ」
「反対に、真理子さんがスミスという苗字になっても、それだけでアメリカ国籍になるわけではありません」
「そのとおり」
私は頷きました。
同じ苗字だから、同じ国籍。
違う苗字だから、別の家族。
そんな単純な話ではないのです。
「では、日本国籍を取得する方法です!」
私はページをめくりました。
――日本国籍の取得。
大きく分けて三つ。
出生。
届出。
帰化。
「これ、まず三つを分けるんですよね」
「そうだ」
相馬先輩が頷きました。
「説明してみろ」
「はい!」
まず。
出生による国籍取得。
日本の国籍法は、基本的に血統主義を採用しています。
つまり。
日本で生まれたからといって、誰でも当然に日本国籍を取得するわけではありません。
「たとえば、外国人夫婦が日本で子供を産んだ場合です」
「うん」
「日本で出生したという理由だけで、当然に日本国籍を取得するわけではありません」
「そうだな」
「反対に、日本人の父または母がいる子供なら、外国で生まれても、出生によって日本国籍を取得することがあります」
今回のエミリーちゃんが、その例です。
母親は日本人。
父親はアメリカ人。
生まれた場所はアメリカ。
それでも、母親が日本人であることによって、日本国籍を取得することができた。
「ただし、これは昭和六十三年の制度で考える必要があります」
私は書きました。
昭和五十九年の国籍法改正。
昭和六十年一月一日施行。
それ以前の日本の国籍法では、父系血統主義が基本でした。
つまり、原則として父親の日本国籍が重視されていたのです。
「でも、昭和六十三年には?」
相馬先輩が聞きました。
「既に父母両系血統主義になっています!」
「そうだ」
「だから、今回のように母親が日本人で、父親が外国人という場合でも、出生による日本国籍取得が問題になるんです」
私は大きく頷きました。
危ない。
昭和というだけで、全部昔の制度だと思ってはいけません。
昭和六十三年には、既に改正されている法律もあるのです。
法律の適用時点を確認する。
これも重要ですね。
「次は、届出による国籍取得です」
私は書きました。
――一定の法律上の要件を満たす人が、法務大臣への届出によって日本国籍を取得する制度。
「これは、帰化と違います」
「どう違う」
「帰化は許可です。届出による取得は、法律に定められた要件を満たし、適法な届出をすることで国籍取得の効果が生じます」
片桐所長が頷きました。
「今回のエミリーちゃんは?」
「国籍法第十七条第一項の再取得制度です!」
私はノートに書きました。
出生時に日本国籍を取得した。
しかし、国籍留保をしなかったために日本国籍を失った。
その後、法律上の要件を満たして国籍再取得の届出をする。
「つまり、失われた国籍が自動的に復活するわけではないんですよね」
「そうだ」
「適法な届出によって、新たに日本国籍を取得するんです」
私は二重線を引きました。
これ、大切です。
国籍留保をしていなかったことを、あとからなかったことにするのではありません。
別の国籍取得制度を使うのです。
「そして三つ目」
私は鉛筆を握り直しました。
――帰化。
「帰化は、外国人が法務大臣の許可によって日本国籍を取得する制度です」
「そうだ」
「国籍法第四条ですね」
帰化には、原則として住所、能力、素行、生計などに関する条件があります。
そして、外国国籍との関係についての要件も問題になります。
「たとえば、昨日電話で相談があったブラジル人の方です」
私は言いました。
「日本に八年間住んでいるそうですが、それだけで自動的に帰化できるわけではありません」
「当たり前だ」
「日本に長く住んでいることは重要な事情ですが、ほかの条件も確認する必要があります」
「そうだな」
「それに、日本人の配偶者がいる場合などには、普通帰化とは異なる条件が定められている場合があります」
所長が頷きました。
「ただし、条件を満たしたからといって、届出と同じように当然に国籍が与えられるわけではない」
「はい」
帰化は、法務大臣の許可。
ここが決定的な違いです。
「先生!」
「所長と呼べ」
「所長!」
「何だ」
「帰化を許可された人は、それで終わりですか?」
「戸籍の手続が残る」
「そうですよね!」
私は戸籍法を開きました。
第百二条の二。
帰化した者は、官報に告示された日から一か月以内に、帰化の届出をしなければなりません。
「つまり!」
私は言いました。
「国籍を取得するための帰化許可と、取得後に戸籍へ反映させるための届出は別です!」
「そうだ」
「許可を受けたからといって、戸籍の届出を忘れていいわけではありません」
相馬先輩が笑いました。
「お前、本当に期限が好きだな」
「好きじゃありません!」
「じゃあ何だ」
「怖いから覚えてるんです!」
そうです。
期限を忘れたときの怖さ。
エミリーちゃんの事件で、十分に学びました。
「さて」
相馬先輩が机を指で叩きました。
「一番大事な三か月だ」
「はい!」
私はページの真ん中に、大きく書きました。
――国籍留保。
今回の事件の核心です。
「まず、国外で生まれた子供が、出生によって日本国籍と外国国籍を取得した場合です」
「うん」
「その子が日本国籍を留保する意思を表示しなければ、国籍法第十二条によって、出生時にさかのぼって日本国籍を失うことがあります」
私は一呼吸置きました。
出生時にさかのぼる。
この言葉が、本当に怖い。
「つまり、後から日本国籍を失うだけではないんですよね」
「そうだ」
「法律上、出生時にさかのぼって国籍を失うんです」
私はエミリーちゃんの事件を思い出しました。
六月十日生まれ。
国籍留保の届出なし。
三か月を過ぎた。
母親は日本人。
父親はアメリカ人。
それでも。
日本国籍を失ってしまった。
「所長」
「何だ」
「これ、単に日本の出生届を出し忘れただけの問題とは違うんですね」
「そのとおり」
所長が頷きました。
「国外出生だからといって、どんな場合でも日本国籍を失うわけではない」
「はい」
「出生によって外国国籍も取得しているか。それを確認しなければならん」
私は大きく丸をつけました。
そこです。
国外で生まれた。
それだけでは決まりません。
日本国籍を取得する条件を満たすか。
出生によって外国国籍も取得したか。
国籍留保が必要な場合か。
その順番で判断する必要があります。
「では、三か月の期限です」
私は戸籍法を開きました。
第百四条。
国外で出生し、出生によって外国国籍も取得した日本国民が、日本国籍を留保しようとするときは。
出生の日から三か月以内に、国籍を留保する旨を届け出なければなりません。
「これ、出生届と一緒に出すんですよね」
「そうだ」
「市区町村役場や在外公館で手続をします」
私は書きました。
国外出生。
出生届の期限は三か月。
国籍留保の期限も三か月。
ただし。
出生届と国籍留保は、法律上の意味が違う。
「出生届は、出生という身分関係の事実を届け出るものです」
「うん」
「国籍留保は、日本国籍を失わないための意思表示です」
「そうだ」
私は頷きました。
同じ届書で手続をすることがあっても、役割は別。
ここを忘れると危険です。
「でも先輩」
「何だ」
「日本で生まれた赤ちゃんの出生届は、原則十四日以内ですよね」
「そうだ」
「国外で生まれた場合は三か月以内」
「うん」
「それに国籍留保まで必要な場合がある」
私は頭を抱えました。
「海外出産って、手続を知らないと大変ですね……」
「だから、出産前から確認しておくんだ」
相馬先輩が言いました。
「生まれてから調べりゃいいって話じゃねえ」
「はい……」
確かに。
出生したばかりの赤ちゃんの世話をしながら。
外国の出生証明書を取得して。
必要な翻訳などを準備して。
日本の届出もする。
簡単ではありません。
でも。
期限は待ってくれないのです。
「ところで」
私は手を挙げました。
「国籍留保の三か月って、何があっても絶対なんですか?」
相馬先輩がこちらを見ました。
「例外を言ってみろ」
「はい!」
私は戸籍法第百四条第三項を開きました。
天災その他、本人側の責めに帰することができない事由によって、期限内に届け出られなかった場合。
その事由がなくなり、届出ができるようになった時から十四日以内という救済規定があります。
「ただし!」
私は強調しました。
「家族が反対したから、忙しかったから、というだけで当然に認められるわけではありません」
「そうだ」
「今回の真理子さんも、義父の反対がありました。でも、それだけで期限が延びると決めつけることはできませんでした」
所長が頷きました。
「事実を確認しろ」
「はい」
「なぜ届け出られなかったのか」
「はい」
「法律の例外に該当する事情があるのか」
「はい」
「それが重要だ」
私は頷きました。
法律上の例外。
それは、かわいそうだから使えるものではありません。
法律が定める条件を満たしたときに使えるものなのです。
「じゃあ、国籍留保をしなかったエミリーちゃんは、どうなりましたか?」
相馬先輩が尋ねました。
「日本国籍を失いました」
「うん」
「でも、国籍再取得の制度がありました!」
私はページをめくりました。
国籍法第十七条第一項。
昭和六十三年の制度では。
国籍法第十二条によって日本国籍を失った人が、二十歳未満で、日本に住所を有する場合。
法務大臣への届出によって、日本国籍を取得できる制度があります。
「ここ、現代とは年齢が違うんですよね」
私は言いました。
現代の制度では、成年年齢引下げに伴い、年齢に関する規定も改正されています。
令和八年現在の国籍再取得制度では、十八歳未満という基準が問題になります。
「でも昭和六十三年は?」
「二十歳未満だ」
「そうです!」
私はノートに書きました。
昭和六十三年。
国籍再取得の年齢要件は二十歳未満。
令和八年。
十八歳未満。
「危ないですね……」
「また未来の法律を使いそうになったか」
「はい」
「お前、何回目だ」
「数えないでください!」
でも。
法律は本当に、時代によって変わります。
昭和の事件を、令和の条文で処理してはいけません。
逆も同じ。
現代の相談に、昭和の法律をそのまま使ってはいけないのです。
「それから」
片桐所長が言いました。
「再取得の要件を、もう一度確認しろ」
「はい!」
私は答えました。
「年齢。そして、日本に住所があることです」
「そのとおり」
「日本に観光で来ているだけでは、当然に要件を満たすわけではありません」
「そうだ」
「今回のエミリーちゃんは、両親と日本へ移り住み、日本で生活する状況が確認できました」
私は続けました。
「そして、十五歳未満なので、法定代理人が所定の方法で届出をしました」
「うん」
「法務局で確認し、正式な届出が受理されたことで、日本国籍を取得できたんです」
所長が頷きました。
「重要なのは、国籍を失った事実を消したわけではないことだ」
「はい」
私は書きました。
国籍留保をしなかった。
その結果、日本国籍を失った。
しかし、再取得の要件を満たした。
届出によって、新たに日本国籍を取得した。
「これなら、もう間違えません!」
「本当か?」
相馬先輩が言いました。
「はい!」
「じゃあ、国籍留保を忘れた子供が外国に住んだまま、再取得届を出せるか?」
「国籍法第十七条第一項の再取得には、日本に住所を有することが必要です!」
「よし」
「国籍留保の届出を四か月後に出せば、それだけで解決するか?」
「原則として、しません!」
「よし」
「国籍再取得は、帰化と同じか?」
「違います!」
私は胸を張りました。
「完璧です!」
「まだ早えよ」
……。
今日も先輩は厳しいです。
「では、次です!」
私は新しいページを開きました。
――国籍選択。
「国籍留保と似ていますけど、まったく違います」
相馬先輩が頷きました。
「美咲さんの件だな」
「はい!」
佐伯美咲さん。
二十一歳。
日本国籍とアメリカ国籍の両方を持つ女性。
出生時に日本国籍を留保していたため、日本国籍を保持していました。
しかし。
それだけで、将来の国籍選択の問題がなくなるわけではありません。
「国籍留保は、出生時の日本国籍を失わないための手続です」
「うん」
「国籍選択は、複数の国籍を持つ人が、法律に従って国籍を選択する制度です」
「そうだ」
私は国籍法第十四条を開きました。
昭和六十三年。
二十歳に達する前に重国籍となった場合。
二十二歳に達するまでに国籍を選択する必要があります。
二十歳に達した後に重国籍となった場合。
その時から二年以内です。
「つまり!」
私は言いました。
「昭和六十三年の国籍選択は、二十二歳という数字が重要なんです!」
「そうだな」
「でも、令和八年では違います」
私は小さく書き足しました。
令和八年。
十八歳に達する前に重国籍となった場合は、二十歳に達するまで。
十八歳に達した後なら、その時から二年以内。
「お前、また未来の話をしてるな」
「比較すると覚えやすいんです!」
「まあ、間違えなきゃいいけどな」
私は頷きました。
成年年齢の引下げ。
それに伴って、国籍選択の期限も変わった。
制度が変わった理由を考えると、数字が頭に残ります。
「さて、国籍の選択方法です」
私は書きました。
外国国籍を離脱する方法。
または。
日本国籍を選択し、外国国籍を放棄する旨の宣言をする方法。
「美咲さんは後者でしたね」
「そうだ」
相馬先輩が頷きました。
「日本国籍を選択する宣言だ」
「はい」
私は戸籍法第百四条の二を開きました。
日本国籍の選択の宣言は、その旨を届け出ることによって行います。
「つまり、日本国籍を選びたい場合、必ず外国の役所で先に国籍離脱手続を完了しないといけないわけではないんですね」
「そうだな」
「ただし、日本で選択の宣言をしたからといって、外国国籍がその瞬間に必ず消滅するわけでもありません」
私は赤線を引きました。
重要です。
外国国籍を持っている人が、その国籍を失う条件は、外国の法律にも関係します。
日本の戸籍に国籍選択の宣言を記載したからといって、外国の国籍法まで書き換えられるわけではありません。
「所長」
「何だ」
「国籍選択の宣言をすれば、外国国籍についてはもう何もしなくていいんですか?」
「そう単純ではない」
所長が答えました。
「日本国籍を選択した者には、外国国籍の離脱に努めることも求められている」
「はい」
私は頷きました。
国籍選択の宣言。
外国国籍の離脱。
この二つも、混同してはいけないのです。
「でも先輩」
「何だ」
「もし、美咲さんが二十二歳の期限を過ぎていたら、その誕生日に日本国籍を失っていたんですか?」
「違う」
相馬先輩は即答しました。
「そこが国籍留保と違うんだ」
「そうですよね!」
私はノートに二本の線を引きました。
国籍留保。
国籍選択。
「国籍留保をしなかった場合は、国籍法第十二条によって出生時にさかのぼって日本国籍を失います」
「うん」
「でも、国籍選択の期限を過ぎただけで、当然にその日に日本国籍を失うわけではありません」
「そうだ」
「国籍法には、法務大臣による催告などの制度があるんですよね」
所長が頷きました。
「期限を過ぎた場合の効果まで、正確に覚えろ」
「はい!」
私は大きく書きました。
――期限を過ぎたら、すべて自動的に国籍喪失。
これは間違い。
「……なるほど」
私は鉛筆を止めました。
「同じ国籍に関する期限でも、効果がこんなに違うんですね」
「そうだ」
「だから、三か月と二十二歳を、同じように覚えてはいけない」
所長が頷きました。
「それが分かればいい」
私は少し嬉しくなりました。
国籍留保。
国籍選択。
もう、ごちゃごちゃになりません。
「ところで」
相馬先輩が言いました。
「外国国籍を取得した日本人が、いつでも国籍選択の宣言をできると思うなよ」
「……え?」
「ほかの国籍喪失原因もあるだろ」
私は六法を開きました。
国籍法第十一条。
日本国民が、自己の志望によって外国国籍を取得した場合。
原則として、その外国国籍を取得した時に日本国籍を失います。
「あっ!」
私は声を上げました。
「自分の意思で外国へ帰化した場合などですね!」
「そうだ」
「出生によって外国国籍を取得した場合と、自己の志望によって外国国籍を取得した場合は違うんです!」
私は大きく丸をつけました。
出生による重国籍。
自己の志望による外国国籍取得。
同じように外国国籍を持っていても、日本国籍の扱いが違う。
「先輩」
「何だ」
「国籍法って、似たような場面で結論が違いすぎませんか?」
「事情が違うんだから当然だ」
「そうなんですけど!」
私は頭を抱えました。
でも、考えてみればそうです。
生まれたときに、本人が選べずに二つの国籍を持った場合。
自分の意思で外国国籍を取得した場合。
同じように扱うべきとは限りません。
法律は。
どうしてその国籍を持つことになったのか。
そこまで見ているのです。
「次は、氏の変更です!」
私はページをめくりました。
――外国人配偶者の氏への変更。
今回の真理子さんの事件です。
「真理子さんは、ジョン・スミスさんと結婚しました」
「そうだな」
「でも、婚姻によって自動的にスミスになったわけではありません」
「うん」
「日本人と外国人の婚姻では、日本人配偶者の戸籍上の氏が当然に外国人配偶者の氏へ変わるわけではないんです」
私は続けました。
「そこで、戸籍法第百七条第二項です」
外国人と婚姻した日本人が、外国人配偶者の称している氏に変更しようとするとき。
婚姻の日から六か月以内に限り。
家庭裁判所の許可を得ないで、その旨を届け出ることができます。
「つまり、六か月以内なら?」
相馬先輩が聞きました。
「家庭裁判所の許可なしで、届出によって変更できます!」
「六か月を過ぎたら?」
「その特別な届出だけでは変更できません」
「じゃあ、一生変更できないのか?」
「いいえ!」
私は六法を開きました。
第百七条第一項。
やむを得ない事由がある場合には、家庭裁判所の許可を得て氏を変更する制度があります。
「真理子さんは、こちらの手続を検討したんですよね」
「そうだ」
「外国でスミスの氏を使っていたことや、日本で生活するうえでの事情を資料で示しました」
私は書きました。
婚姻後六か月以内。
外国人配偶者の氏への変更は、原則として家庭裁判所の許可不要。
六か月経過後。
通常の氏の変更制度による家庭裁判所の許可を検討。
「ただし!」
私は指を立てました。
「六か月を過ぎた人なら、誰でも当然に許可されるわけではありません!」
「そうだな」
「変更について、法律上必要な理由があるかを家庭裁判所が判断します」
所長が頷きました。
「そこを忘れるな」
「はい!」
私は真理子さんの笑顔を思い出しました。
家庭裁判所の許可を得て。
その後、戸籍上の氏の変更届を出した。
そして。
ようやく日本でも、スミス真理子と名乗れるようになった。
六か月という期限を過ぎたことは、確かに不利でした。
でも。
それだけで、希望がすべて消えるわけではなかったのです。
「じゃあ、もう一問」
相馬先輩が言いました。
「はい!」
「スミス真理子さんが、ジョンさんと離婚したらどうなる?」
「え?」
「氏だよ。氏」
私は六法を開きました。
戸籍法第百七条第三項。
外国人配偶者の氏に変更した人が、離婚、婚姻取消し、または配偶者の死亡後に、変更前の氏へ戻したい場合。
その日から三か月以内なら、家庭裁判所の許可なしで届出によって戻すことができます。
「また三か月!」
私は叫びました。
「うるせえ」
「だって!」
私はノートに書きました。
外国人配偶者の氏へ変更。
婚姻から六か月以内。
元の氏へ戻す場合。
離婚などから三か月以内。
「先輩!」
「何だ」
「行きは六か月、帰りは三か月なんですね!」
「……何だ、その覚え方」
「覚えやすいでしょう!」
「旅行じゃねえんだぞ」
「でも、忘れません!」
私は大きく丸をつけました。
行き六か月。
帰り三か月。
もちろん。
外国人配偶者の氏に変更した場合についての特別な制度です。
日本人同士の婚姻で氏を変更し、離婚後に婚姻中の氏を称する制度とは、区別する必要があります。
「日本人同士の離婚で、婚姻中の氏を続ける場合は民法第七百六十七条第二項ですね」
「そうだ」
「離婚の日から三か月以内の届出です」
私は頷きました。
同じ三か月でも。
国際結婚で元の氏に戻す場合。
日本人同士の離婚で婚姻中の氏を続ける場合。
内容が違う。
期限の数字だけを暗記しても、駄目なのです。
「それから、もう一つ」
片桐所長が言いました。
「外国人の父や母の氏に変更する場合だ」
「あ、はい!」
私は戸籍法第百七条第四項を開きました。
父または母が外国人である人が、その外国人の父または母の称している氏に変更しようとする場合。
家庭裁判所の許可を得て、届け出ることができます。
「たとえば」
私は言いました。
「日本人の母が山田、外国人の父がスミス。子供の氏が山田だった場合です」
「うん」
「子供が父親のスミスという氏に変更したい場合には、家庭裁判所の許可が問題になります」
「そうだ」
「外国人配偶者自身の氏への変更と、外国人の父母の氏への変更は、別の制度なんですね」
所長が頷きました。
私は書きました。
外国人配偶者の氏。
外国人の父母の氏。
似ているけれど、違う。
「……また罠です」
「だから罠じゃねえ」
相馬先輩が言いました。
「誰が、誰の氏に変更するのか。その違いだろ」
「確かに……」
私は頷きました。
結婚した本人なのか。
子供なのか。
配偶者の氏なのか。
父母の氏なのか。
そこを確認するだけで、適用する規定が変わるのです。
「さて、ここで国籍喪失の届出も確認しておけ」
片桐所長が言いました。
「はい!」
私は戸籍法第百三条を開きました。
国籍喪失の届出。
届出事件の本人、配偶者、または四親等内の親族が、国籍喪失の事実を知った日から一か月以内に届け出る。
ただし、届出をすべき者が、その事実を知った日に国外にいる場合には三か月以内。
「……また三か月ですね」
「国外の場合だな」
「はい」
私は書きました。
国籍取得後の戸籍の届出。
原則一か月。
取得の日に国外にいる場合は三か月。
国籍喪失の届出。
原則、知った日から一か月。
その日に国外にいる場合は三か月。
「それと、ここで注意することがあります」
私は言いました。
「国籍喪失の届出をしたから、日本国籍を失うとは限らないんですよね」
相馬先輩が頷きました。
「そうだ」
「国籍法によって国籍を失う原因が生じ、その事実を戸籍に反映するための届出という場合があります」
「そのとおり」
私はノートに書きました。
国籍を失う原因。
国籍喪失の届出。
この二つも別。
「これ、本当に重要ですね」
「何がだ」
「届出が国籍の取得や喪失を生じさせる場合と、既に生じた取得や喪失を戸籍に反映する場合があるんです」
「そうだな」
片桐所長が静かに言いました。
「書類の名前だけを見るな」
「はい」
「その届出に、どんな法律上の効果があるかを考えろ」
私は頷きました。
なるほど。
国籍取得届。
国籍喪失届。
帰化届。
国籍留保。
国籍選択の宣言。
名前が似ていても。
その手続が何を生じさせるのかは、それぞれ違う。
ここを理解していないと、実務では大変なことになるのです。
窓の外が、少しずつ暗くなってきました。
私はここまでのノートを見直しました。
三か月。
六か月。
二十二歳。
最初は、ただ恐ろしい数字でした。
でも。
今なら、意味が分かります。
「所長!」
「何だ」
「確認問題をお願いします!」
片桐所長が帳簿を閉じました。
「いいだろう」
私は背筋を伸ばしました。
「第一問」
「はい!」
「日本人の母親と外国人の父親の子が、外国で生まれた。日本国籍を取得することはあるか」
「あります! 昭和六十三年には父母両系血統主義が採用されています!」
「よし」
「第二問。外国で生まれ、出生によって外国国籍も取得した日本人の子が、日本国籍を留保しなかった場合は?」
「国籍法第十二条により、出生時にさかのぼって日本国籍を失います!」
「期限は?」
「出生の日から三か月以内です!」
「よし」
所長が頷きました。
「第三問。国籍留保をしなかった者が、昭和六十三年の国籍法第十七条第一項によって日本国籍を再取得する場合の主な条件は?」
「二十歳未満で、日本に住所を有することです!」
「よし」
「第四問。外国人と婚姻した日本人が、家庭裁判所の許可なしで外国人配偶者の氏に変更できる期間は?」
「婚姻の日から六か月以内です!」
「期間を過ぎたら?」
「通常の氏の変更制度により、家庭裁判所の許可を検討します!」
「よし」
私は拳を握りました。
順調です。
「第五問」
所長が続けました。
「昭和六十三年において、二十歳になる前に重国籍となった者の国籍選択期限は?」
「二十二歳に達するまでです!」
「その期限を過ぎると、当然にその日に日本国籍を失うか」
「いいえ! 国籍留保の場合とは異なり、期限を過ぎただけで当然に失うわけではありません!」
「よし」
私は思わず笑いました。
完璧。
今日は、完璧です。
すると。
相馬先輩が、にやりと笑いました。
「じゃあ俺からも一問」
「どうぞ!」
「外国人と結婚しただけで、日本国籍は取得できるか?」
「できません!」
「外国人配偶者の氏に変更したら、日本国籍を失うか?」
「失いません!」
「帰化は、届出だけで当然に日本国籍を取得する制度か?」
「違います! 法務大臣の許可が必要です!」
「外国で生まれた子供なら、全員が国籍留保しなければ日本国籍を失うか?」
「違います! 出生によって外国国籍も取得したかなど、国籍法第十二条の要件を確認します!」
「国籍選択の宣言をしたら、外国国籍は必ずその瞬間に消えるか?」
「消えるとは限りません! 外国の法律も関係します!」
相馬先輩が頷きました。
「……まあ、合格だな」
「やった!」
私は思わず立ち上がりました。
「先輩が褒めた!」
「別に褒めてねえ」
「合格って言いました!」
「うるせえ」
私は笑いました。
でも。
今回だけは、少し自信があります。
だって。
全部、実際の相談とつながっているからです。
エミリーちゃんを思い出せば、国籍留保。
真理子さんを思い出せば、外国人配偶者の氏への変更。
美咲さんを思い出せば、国籍選択。
ブラジル人の相談者を思い出せば、帰化。
法律の言葉が、そのまま人の顔と結びついているのです。
「ところで、こはる」
相馬先輩が言いました。
「はい?」
「昭和と令和の戸籍で、一番大きく違うのは何だ?」
私は少し考えました。
「……戸籍の電算化です」
「電算化?」
「はい」
私は、机の横に積まれた戸籍関係の書類を見ました。
昭和六十三年。
戸籍は紙で管理されています。
必要な謄本を取得するにも、原則として本籍地の役所へ請求する必要があります。
戸籍簿。
謄本。
抄本。
手書きやタイプライターで作られた記録。
郵送による取り寄せ。
全部、時間がかかります。
「でも、未来では違うんです」
「また未来か」
「……そういう研究をしていたんです!」
私は慌てて言い直しました。
令和八年。
戸籍の電算化が進み、一定の戸籍証明書は本籍地以外の市区町村窓口でも取得できる広域交付制度があります。
マイナンバーカードを使って、条件を満たせばコンビニ交付などのサービスを利用できる場合もあります。
ただし、すべての戸籍証明書が、誰でも、どこでも取得できるというわけではありません。
「昭和だと、本籍地が遠いだけで大変ですね」
「そうだな」
相馬先輩が言いました。
「必要な戸籍を取り寄せるのに、何日もかかることがある」
「はい」
「だから、書類が必要だと分かってから慌てたんじゃ遅え」
私は頷きました。
現代では、手続が便利になった。
でも。
国籍留保の期限があること。
国籍選択の制度があること。
外国人との婚姻で氏の変更手続が必要になること。
そうした法律の基本まで、便利さだけで消えるわけではありません。
「所長」
「何だ」
「どれだけ戸籍が便利になっても、法律を知らないと危険なんですね」
「そうだ」
所長が静かに答えました。
「早く書類を取れることと、正しい手続を知っていることは違う」
私は、その言葉をノートに書きました。
確かに。
ボタン一つで証明書を取得できても。
国籍留保の必要性を知らなければ、届出はできません。
制度が便利になっても。
法律を理解する必要がなくなるわけではないのです。
「さて」
片桐所長が立ち上がりました。
「最後に、今回の事件を振り返ってみろ」
「はい!」
私はノートを閉じかけて、もう一度開きました。
エミリーちゃん。
生後四か月。
日本人の母。
アメリカ人の父。
アメリカで出生。
日本国籍の留保をしていなかった。
その結果、出生時にさかのぼって日本国籍を失った。
でも、日本で住所を持ち、法律上の要件を満たしたため、再取得の届出ができた。
真理子さん。
日本人。
外国人の夫と婚姻。
婚姻後六か月を過ぎてから、夫の氏に変更したいと希望した。
特別な届出期間は過ぎていた。
でも、家庭裁判所の許可を得ることで、氏を変更する道があった。
美咲さん。
二十一歳。
出生時に日本国籍を留保していた重国籍者。
昭和六十三年の国籍法では、二十二歳という選択期限が問題になった。
本人の意思で、日本国籍の選択の宣言をした。
そして。
これから帰化を希望するブラジル人の相談者。
日本に長く住んでいても、それだけで自動的に日本国籍を取得するわけではない。
法務大臣の許可が必要。
それぞれ、違う制度。
違う手続。
違う期限。
「……所長」
「何だ」
「戸籍法って、人生の節目を全部見てるみたいですね」
所長がこちらを見ました。
「どういう意味だ」
「生まれたとき」
「うん」
「結婚したとき」
「うん」
「国籍を選ぶとき」
「うん」
「外国から日本へ来て、日本人になりたいと思ったとき」
私は少し考えました。
「そのたびに、法律が関わってくるんです」
所長が頷きました。
「そうだ」
「でも、法律は家族の気持ちまで全部決めるわけじゃありませんよね」
「決められん」
所長は静かに言いました。
「法律ができるのは、身分関係を正しく扱い、必要な手続と効果を定めることだ」
私は頷きました。
そうです。
家族になること。
家族として暮らすこと。
どの国で生きるか。
どんな名前で生きるか。
そのすべてを、法律だけで決めることはできません。
でも。
法律を知らなかったせいで、その人の望む人生が妨げられることはある。
だからこそ。
正しく法律を知る必要があるのです。
私は最後のページを開きました。
ここに。
今日の一行を書きます。
三か月。
六か月。
二十二歳。
そして、国籍の取得。
いろいろ考えました。
でも。
結局、覚えるべきことは一つの考え方につながります。
私は鉛筆を握り直しました。
そして。
ゆっくり書きました。
――国籍留保は「失わない三か月」、外国人配偶者の氏は「変更する六か月」、昭和の国籍選択は「選ぶ二十二歳」。期限と効果を混同するな。
「……できた!」
私はノートを掲げました。
「どうですか!」
相馬先輩が覗き込みました。
「長えな」
「一行です!」
「一行に詰め込みすぎだろ」
「でも、覚えられます!」
「まあな」
私は笑いました。
これなら忘れません。
エミリーちゃん。
真理子さん。
美咲さん。
三人の顔を思い出すだけで。
三つの期限が、頭の中に浮かぶのです。
「ところで」
相馬先輩が言いました。
「はい?」
「もう一つ、忘れてる制度があるぞ」
「えっ?」
「転籍だ」
「転籍?」
私は目を丸くしました。
「今日は国籍の話ですよ?」
「国籍と転籍を混同する奴がいるからな」
「ああ!」
私は笑いました。
転籍。
戸籍の本籍地を変更する手続。
国籍そのものを変更するわけではありません。
「たとえば、日本人が本籍を静岡から東京へ移しても、日本国籍を失ったり取得したりするわけではないですよね」
「当たり前だ」
「でも、言葉が似てます!」
私はノートに書き足しました。
国籍。
どこの国の国民か。
本籍。
戸籍が置かれている場所。
転籍。
本籍地を移すこと。
「……本当に、法律って似た言葉が多いですね」
「間違えるなよ」
「はい!」
私は元気よく答えました。
そして。
机の端に置いていた、スミス家の写真を見ました。
小さなエミリーちゃん。
笑っている真理子さん。
優しそうなジョンさん。
この三人が。
これから日本で、どんな生活を送るのでしょう。
もしかすると。
エミリーちゃんは、大きくなってから、また国籍について考える日が来るかもしれません。
そのとき。
自分がどのように日本国籍を取得したのか。
なぜ国籍留保が必要だったのか。
自分には、どんな法律上の選択があるのか。
そうしたことを、知る日が来るでしょう。
私は思いました。
国籍を持つということは。
ただ、戸籍に名前が書かれることではない。
その人が、国家との間に持つ法律上のつながりです。
だからこそ。
国籍の取得や喪失には、厳格な条件が定められている。
そして。
法律が認める手続を正しく利用することで、守れるものがある。
小さな赤ちゃんの国籍。
自分で選んだ国籍。
家族とともに名乗りたい氏。
そうしたものです。
「こはる!」
相馬先輩の声が飛びました。
「はい!」
「ノートは終わったか?」
「終わりました!」
「じゃあ、書類を整理しろ」
「はい!」
「帰化の相談票もだぞ」
「分かってます!」
「それから、明日の相談予約を確認しろ」
「はい!」
私は立ち上がりました。
でも。
ちょっと待ってください。
「先輩」
「何だ」
「私、一つ気づきました」
「嫌な予感しかしねえな」
「国籍法には、国籍を選択する制度がありますよね」
「あるな」
「だったら、私にも仕事を選択する権利が……」
「ねえよ」
「即答!」
「業務分担と国籍選択を一緒にするな!」
「でも!」
「でもじゃねえ!」
私は唇を尖らせました。
「じゃあ、私、帰化します!」
「お前、何人だよ!」
「日本人です!」
「じゃあ帰化できねえだろ!」
「……あっ!」
私は固まりました。
確かに。
帰化は、外国人が日本国籍を取得する制度です。
既に日本国籍を持っている私が、もう一度日本人になるために帰化するなんて。
法律上、おかしな話です。
「……先輩」
「何だ」
「今の、確認問題だったことにしてください」
「不正解だ」
「厳しい!」
片桐所長が、奥で静かに笑いました。
私は書類を抱えながら、ノートの最後の一行をもう一度読みました。
――国籍留保は「失わない三か月」、外国人配偶者の氏は「変更する六か月」、昭和の国籍選択は「選ぶ二十二歳」。期限と効果を混同するな。
よし。
これで大丈夫。
出生。
国籍留保。
国籍再取得。
国籍選択。
帰化。
外国人配偶者の氏への変更。
全部、別の制度。
でも。
その根底にあるのは。
人が、どんな法的身分で、どんな名前を持ち、どこの国の国民として生きていくのか。
それを正しく扱うための仕組みです。
法律の勉強は、まだまだ続きます。
たぶん。
また新しい期限に振り回されることでしょう。
でも。
今日だけは、少し自信があります。
だって。
三か月を過ぎたからといって、すべて終わりではないことを知ったから。
六か月を過ぎても、別の手続を検討できる場合があることを知ったから。
そして。
二十二歳という期限が、国籍留保の三か月とはまったく違う意味を持つことを知ったから。
法律は。
期限を設けるだけのものではありません。
その期限に、どんな意味があるのか。
期限を過ぎたら、どんな効果が生じるのか。
その後、法律上どんな道が残されているのか。
そこまで理解して、初めて使える知識になるのです。
「こはる!」
「はい!」
「書類整理!」
「今やります!」
私は慌てて棚へ向かいました。
昭和六十三年。
紙の戸籍簿と、赤いハンコの時代。
まだ、何もかもがアナログです。
でも。
戸籍の一行に、人の人生が詰まっていることは。
きっと、未来になっても変わりません。
そして私は、今日もまた一つだけ確信しました。
国籍の法律は難しい。
期限も多い。
手続も面倒。
それでも。
生まれたばかりの赤ちゃんから、日本国籍を失わせるほど厳格な法律だからこそ。
その法律が残している救済の道を、見落としてはいけない。
だって。
紙の上に書かれた「日本国籍」という四文字の向こうには。
その子が、これから歩いていく人生があるのです。
以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。




