[戸籍法・国籍の得喪、帰化、国際結婚]現場編 「三か月を過ぎたら日本人ではない」の恐怖。国籍を奪う期限と、スミスを名乗れなかった母の涙
生まれた場所が違うだけで、失われる国籍があります。
たった一枚。
出生届に書き忘れた言葉。
それだけで。
日本人の父と母を持つ子供が、日本国籍を失ってしまうことがあるのです。
しかも。
その効力は、生まれた日にまでさかのぼる。
生まれてから三か月。
まだ首も据わらない赤ちゃんに、そんな期限があるなんて。
誰が想像するでしょうか。
昭和六十三年。
片桐行政書士事務所。
その日の私は、三つの期限に振り回されることになります。
三か月。
六か月。
そして、二十二歳。
同じ家族の問題なのに。
それぞれ、まったく違う意味を持っていました。
国籍留保。
外国人配偶者の氏への変更。
国籍選択。
そして、帰化。
どれも、行政書士試験のテキストでは見慣れた言葉です。
でも。
実際の家族を目の前にすると。
その一日が、恐ろしく重いものに変わるのです。
「娘が、日本人じゃなくなったと言われたんです」
朝九時。
事務所を訪れた女性は、そう言いました。
「……え?」
私は思わず聞き返しました。
女性の名前は、山田真理子さん。
二十九歳。
腕には、生後四か月ほどの赤ちゃんを抱いています。
隣には、金髪の男性。
三十代前半。
少し緊張した様子で、日本語の書かれた封筒を握っていました。
「主人のジョンです」
「ジョン・スミスです。よろしくお願いします」
男性が頭を下げます。
流暢な日本語でした。
「こちらこそ。朝比奈こはるです」
私は赤ちゃんを見ました。
小さな手。
丸い頬。
眠そうな目。
「かわいいですね」
「エミリーといいます」
真理子さんが微笑みました。
「エミリー・スミス。アメリカで生まれました」
アメリカ。
国際結婚。
そして、生後四か月。
その組み合わせに、私は嫌な予感を覚えました。
「すみません」
私は尋ねました。
「エミリーちゃんは、いつ生まれたんですか?」
「今年の六月十日です」
「六月十日……」
今日は十月十八日。
四か月と八日。
私は一瞬、息を止めました。
「出生届は?」
「アメリカの役所には出しました」
「日本の出生届です」
真理子さんは、目を伏せました。
「……出していません」
やっぱり。
私は机の下で拳を握りました。
「日本の領事館にも?」
「いいえ」
「国籍留保の届出は?」
真理子さんが首をかしげます。
「こくせき……りゅうほ?」
その瞬間。
相馬先輩が新聞を閉じました。
「こはる」
「はい」
「今日が何月何日か、もう一回言ってみろ」
「十月十八日です」
「生まれたのは?」
「六月十日」
「国外出生か?」
「はい」
先輩は短く言いました。
「三か月を過ぎてるな」
真理子さんの顔が青ざめました。
「それが……何か?」
私は答えられませんでした。
だって。
知っていたからです。
国籍法第十二条。
国外で生まれ、出生によって外国国籍も取得した日本国民は。
日本国籍を留保する意思を表示しなければ。
出生の時にさかのぼって、日本国籍を失う。
そして。
戸籍法第百四条。
その期限は、出生の日から三か月以内。
エミリーちゃんは、アメリカで生まれた。
父親はアメリカ人。
母親は日本人。
出生によってアメリカ国籍と日本国籍を取得するケースです。
しかし。
日本国籍の留保がされていない。
「そんな……」
真理子さんが赤ちゃんを抱き締めました。
「私は日本人なんですよ?」
「はい」
「この子は、私のおなかから生まれたんです」
「……はい」
「なのに、どうして日本人じゃなくなるんですか?」
私は唇を噛みました。
相馬先輩が低い声で言いました。
「お母さんが日本人かどうかと、国籍留保の期限は別の話です」
「でも!」
「泣いたって期限は戻らねえ」
「相馬!」
片桐所長の声が飛びました。
先輩が黙ります。
所長は真理子さんを見ました。
「まず、書類を見せてください」
「……はい」
真理子さんは、震える手で封筒を開きました。
アメリカの出生証明書。
病院の証明。
日本の旅券。
婚姻関係の書類。
そして。
一枚の英文の手紙。
所長が目を通します。
「山田さん」
「はい」
「なぜ、出生届を出さなかったんですか」
「……主人の父が」
真理子さんは隣のジョンさんを見ました。
ジョンさんが、苦しそうな顔をしました。
「父は、日本の国籍を持たせることに反対していました」
「反対?」
「はい。アメリカで生まれたのだから、アメリカ人として育てればいい、と」
真理子さんが俯きました。
「私が日本の領事館に行こうとすると、義父が怒るんです」
「それで?」
「主人は仕事で日本に出張していて、私一人ではなかなか動けなくて……」
所長は静かに頷きました。
「事情は分かりました」
「じゃあ、期限を延ばせますか?」
真理子さんが身を乗り出しました。
「家族が反対していたんです。私が悪いわけじゃありません!」
私は、思わず言いかけました。
「そうですよ! やむを得ない事情なら――」
「こはる」
相馬先輩の声。
「はい」
「何でも『やむを得ない』で片付けるな」
「……え?」
「法律の例外は、同情で決まるもんじゃねえ」
私は黙りました。
確かに。
戸籍法には、期限内に届け出られなかった場合の救済規定があります。
天災その他、本人側の責めに帰すことのできない事由。
でも。
家族の反対があったからといって、当然に認められるわけではありません。
実際に届出ができなかった事情を、厳密に確認する必要があります。
「ただ……」
私は六法を開きました。
「ほかにも道はあります」
所長がこちらを見ました。
「言ってみろ」
「国籍法第十七条です」
相馬先輩の眉が動きました。
「ほう」
「国籍留保をしなかったことで日本国籍を失った人でも、一定の条件を満たせば、日本国籍を再取得できます」
「条件は?」
「日本に住所を有すること。そして……」
私は条文を確認しました。
「昭和六十三年では、二十歳未満であることです」
真理子さんが顔を上げました。
「じゃあ!」
「ただし、国籍留保の届出を今から普通に出せばよい、という話ではありません」
「……はい」
「国籍を再取得するための、別の届出が必要なんです」
片桐所長が頷きました。
「そこだ」
私は続けました。
「それと、日本に住所があるかどうかが重要です。単に日本へ旅行に来ているだけでは足りません」
真理子さんが言いました。
「私たち、今月から日本で暮らすんです」
「え?」
「主人が日本の会社に転勤になりました。家も借りています」
ジョンさんが書類を差し出しました。
「会社の辞令です。それから、住まいの契約書もあります」
私は受け取りました。
転勤辞令。
賃貸借契約書。
勤務先の証明。
日本で生活するために用意した書類です。
所長が静かに言いました。
「こはる」
「はい」
「道が見えたな」
「はい!」
私は大きく頷きました。
失われた国籍。
それを、なかったことにはできない。
でも。
再取得する道は残されている。
ただし。
帰化でもなければ、期限切れの出生届を出し直すことでもない。
別の法律上の手続なのです。
「でも、もう一つ困っていることがあるんです」
真理子さんが言いました。
「実は……苗字も変えたいんです」
「苗字?」
「はい」
彼女は夫を見ました。
「私は山田真理子です。でも、主人と娘はスミス」
そう言って、少し寂しそうに笑いました。
「家族みんな、スミスになりたいんです」
なるほど。
国際結婚における氏の変更。
私は頷きました。
「それなら戸籍法第百七条第二項ですね!」
「できますか?」
「外国人と結婚した日本人は、婚姻の日から六か月以内なら家庭裁判所の許可なしで、外国人配偶者の氏に変更できます!」
よし。
今度こそ。
現代でも昭和でも、使える制度です。
「いつ結婚されたんですか?」
「去年の十二月二十日です」
「……」
私は固まりました。
去年の十二月。
今年の十月。
十か月近く。
私は、ゆっくり相馬先輩を見ました。
先輩は、嫌な笑みを浮かべています。
「どうした、こはる」
「……六か月」
「過ぎてるな」
「ですね……」
うわあ。
また期限です。
三か月の次は六か月。
国際結婚って、こんなに期限が多いんですか!
「じゃあ、もうスミスにはなれないんですか?」
真理子さんが尋ねました。
「いえ!」
私は慌てて首を振りました。
「変更できなくなったわけではありません」
「本当ですか?」
「はい。ただ、届出だけでは済まなくなったんです」
私は六法を指差しました。
「通常の氏の変更手続として、家庭裁判所の許可が必要になります」
「裁判所……」
真理子さんが顔を曇らせました。
「私、悪いことなんてしていないのに」
「悪いことをしたから行く場所ではありません」
所長が静かに言いました。
「戸籍上の氏を変更する理由について、法律に従って判断してもらうのです」
私は頷きました。
そうです。
外国人と結婚しても、日本人配偶者の氏が自動的に変わるわけではありません。
夫婦が同じ苗字を名乗ることも、国際結婚だから当然とは限らない。
国際結婚には、普通の日本人同士の婚姻とは違う戸籍上の仕組みがあるのです。
「所長」
「何だ」
「同じ家族の中で、国籍留保は三か月、氏の変更は六か月……」
「そうだ」
「罠が多すぎませんか?」
「罠じゃない」
所長は書類を整えながら言いました。
「それぞれ、守っているものが違う」
私は首をかしげました。
「守っているもの?」
「国籍は、その人がどこの国民かという法的な地位だ」
「はい」
「氏は、その人を社会でどう識別するかという問題だ」
「はい」
「同じ紙に書くからといって、同じ制度だと思うな」
私は黙りました。
確かに。
苗字がスミスになっても、日本国籍が外国国籍に変わるわけではありません。
日本人のまま、スミスと名乗ることはできます。
反対に。
苗字が山田でも、日本国籍を持っていない人はいます。
氏。
国籍。
戸籍。
似ているようで、全部違う。
そして。
期限も違う。
所長は、真理子さんに言いました。
「必要な書類を整理しましょう。氏の変更については、家庭裁判所への申立てを検討することになります」
「お願いします」
「ただし、許可が必ず出るとは言えません」
「はい」
「婚姻後の生活、外国で使用している氏、日本での生活上の支障。そうした事情を確認します」
ジョンさんが口を開きました。
「私たち、アメリカでは家族みんなスミスとして生活していました」
「それを示す資料はありますか」
「あります」
ジョンさんが鞄から書類を取り出しました。
アメリカの運転免許証の写し。
現地で使用していた身分証明書類。
銀行の通知書。
真理子さんの氏名は、
――MARIKO SMITH。
となっています。
「でも、日本の戸籍では山田真理子なんです」
真理子さんが言いました。
「病院でも、学校でも、これから娘と苗字が違うことを説明するのが怖くて……」
私はその言葉に、胸が痛みました。
苗字が違う。
それだけで、家族ではないと決めつけられることがある。
でも。
法律上の家族関係と、同じ苗字を名乗ることは、別の問題です。
所長は書類を見つめました。
「事情を、きちんと書面にしましょう」
それから私を見ました。
「こはる。事実を整理しろ」
「はい!」
「余計な感情を書くな。生活上、何に困っているかを具体的に書け」
「分かりました!」
私はノートを開きました。
国籍再取得。
氏の変更。
二つの事件。
どちらも、家族の名前と身分を守るための仕事です。
ところが。
問題は、まだ終わりませんでした。
「……もう一人、相談したい人がいるんです」
ジョンさんが言いました。
「もう一人?」
「私の妹です」
真理子さんが説明しました。
「主人の妹ではなく、私の妹のように付き合っている子なんですが……」
話を聞くと。
相談したいのは、真理子さんの従妹でした。
名前は、佐伯美咲。
二十一歳。
日本人の母とアメリカ人の父の間に生まれた女性。
アメリカで出生し、日本国籍の留保もされている。
現在は、日本に住んでいるそうです。
「その子が、二十二歳になるんです」
「二十二歳?」
「来月です」
私は顔を上げました。
……あ。
国籍選択。
これも期限があります。
「美咲さんは、日本国籍とアメリカ国籍の両方を持っているんですか?」
「はい」
「国籍選択の届出は?」
「していないと思います」
私は頭を抱えました。
どうして!
どうして今日は!
期限ぎりぎりの人ばかり来るんですか!
「相馬先輩!」
「何だ」
「今度は二十二歳です!」
「聞こえてる」
「二十二歳ですよ!」
「二回言うな」
私は六法を開きました。
国籍法第十四条。
昭和六十三年。
二十歳になる前に重国籍となった人は、原則として二十二歳に達するまでに国籍を選択する。
私は、その数字を指で押さえました。
二十二歳。
……待ってください。
現代の知識では、二十歳までだったはずです。
そう。
令和の制度では、成年年齢引下げに伴って国籍選択の期限も変わっています。
でも。
ここは昭和六十三年。
当時の法律では、二十二歳。
「危ない……」
私は呟きました。
「何がだ」
相馬先輩が聞きました。
「いえ、その……二十歳って言いそうになりました」
「何でだ」
「未来の……じゃなくて、勘違いです!」
「またか」
所長が六法を閉じました。
「こはる」
「はい」
「国籍留保と国籍選択は、同じか」
「違います」
「言ってみろ」
「国籍留保は、国外で生まれ、出生によって外国国籍も取得した子が、日本国籍を失わないための意思表示です」
「うん」
「国籍選択は、既に複数の国籍を持っている人が、法律に従って国籍を選択する手続です」
「そうだ」
「だから、留保をしたからといって、将来の国籍選択まで終わったことにはなりません」
所長が頷きました。
「よし」
私は思いました。
怖い。
本当に怖い。
出生時の留保。
成長後の選択。
どちらも国籍に関係するのに。
まったく別の手続。
しかも。
留保を忘れた場合と、選択期限を過ぎた場合では、法的な効果も違います。
ただ期限を過ぎたという一言で、すべてを同じように扱うことはできないのです。
翌日。
私たちは、市役所の戸籍窓口を訪れました。
もちろん、真理子さんたちと一緒です。
昭和六十三年。
役所の戸籍課。
そこには、分厚い戸籍簿が並んでいました。
紙。
紙。
また紙。
戸籍の記録は、すべて人の手で管理されています。
現代のように、全国の戸籍情報を電算システムで確認することはできません。
本籍地が別の市町村なら、必要な戸籍謄本を取り寄せる手間もかかります。
私は、思わず呟きました。
「……オンラインで一発なのに」
「何が?」
相馬先輩が聞きました。
「いえ、何でもありません!」
危ない。
未来の戸籍システムを口走るところでした。
「国籍の再取得ですか?」
窓口の職員が、少し困った顔をしました。
「それは、こちらの戸籍窓口に普通の出生届を出せば済むという話ではありませんよ」
「承知しています」
片桐所長が答えました。
「国籍法第十七条第一項に基づく再取得の届出です。提出先の法務局と必要資料を確認しています」
職員が頷きました。
「でしたら、法務局に確認していただくことになります」
所長は静かに言いました。
「出生届の問題と、国籍再取得の問題を分けて扱いたいのです」
「はい」
「それと、こちらは氏の変更です」
所長が別の書類を示しました。
「外国人配偶者の氏への変更ですが、婚姻後六か月を経過しています」
「それでは、家庭裁判所の許可が必要ですね」
「そのとおりです」
私は横で、ひたすらメモを取りました。
さすが所長。
一つの家族の相談を、きれいに分けている。
出生。
国籍。
氏。
それぞれ必要な窓口も、手続も違う。
全部まとめて、
「家族だから何とかしてください!」
では通りません。
法律の世界では。
何を実現したいのか。
何の手続によって実現するのか。
それを正確に見極める必要があるのです。
しかし。
その日の午後。
真理子さんから電話が入りました。
『こはるさん!』
「はい!」
『義父から手紙が届いたんです!』
「手紙?」
『娘を日本人にするなって……』
私は眉をひそめました。
「どういうことですか?」
『日本国籍を再取得させるなら、もう家族とは認めないって』
……。
私は受話器を強く握りました。
なんですか、それ。
義父が認めなければ、日本国籍を取得できない?
そんな法律、ありません。
「真理子さん」
『はい……』
「その手紙、事務所へ持ってきてください」
『でも、主人のお父さんなんです』
「分かっています」
『争いにはしたくなくて……』
私は少し考えました。
「争うかどうかは、あとで考えましょう」
『え?』
「まず、その手紙に何が書かれているかを確認します」
相馬先輩が、こちらを見ました。
私は続けました。
「そして、法律上、誰に何を決める権限があるのかを整理します」
電話の向こうで、真理子さんが小さく息を吸いました。
『……お願いします』
「はい」
私は受話器を置きました。
「先輩」
「何だ」
「今度は、おじいちゃんが出てきました」
「面倒くせえな」
「日本国籍に反対だそうです」
「それで?」
「孫を家族と認めないって」
相馬先輩は煙草を灰皿に押しつけました。
「こはる」
「はい」
「国籍法に、祖父の許可が必要だなんて書いてあるか?」
「ありません」
「じゃあ終わりだ」
「……はい!」
私は思わず笑いました。
そうです。
国籍は、誰かの好き嫌いで決まるものではありません。
まして。
祖父が怒っているから。
家族が反対しているから。
そんな理由で、法律上認められた国籍取得の手続を妨げることはできません。
二日後。
片桐事務所には、三人の依頼人が集まりました。
真理子さん。
ジョンさん。
そして、美咲さん。
二十一歳の美咲さんは、背筋を伸ばした若い女性でした。
「私、日本国籍を選びたいんです」
美咲さんが言いました。
「でも、アメリカ国籍も持っていて……」
「はい」
「どうしたらいいのか、分からなくて」
私は頷きました。
「日本国籍を選択する方法には、法律上の手続があります」
「アメリカ国籍を先に抜かなければいけませんか?」
「日本国籍を選択する宣言という方法があります」
私は六法を開きました。
国籍法第十四条第二項。
日本国籍を選択し、外国国籍を放棄する旨の宣言。
「ただし、宣言をした瞬間に外国国籍が必ず消滅するわけではありません。外国国籍がどう扱われるかは、その国の法律も関係します」
「そうなんですね」
「はい」
美咲さんは少し安心した顔をしました。
「私、日本で働きたいんです」
「はい」
「日本人として、ここで暮らしていきたい」
私は、その言葉を聞きながら頷きました。
国籍を選ぶ。
それは、単に書類の欄へ丸をつけることではありません。
その人が、これからどこで、どんな生活をしていくのか。
人生そのものに関わる選択なのです。
「では、美咲さん」
「はい」
「必要な戸籍書類を確認して、国籍選択の宣言の届出を準備しましょう」
「お願いします!」
私は頷きました。
そして。
最後の一枚を取り出しました。
エミリーちゃんの国籍再取得に関する資料です。
「所長」
「何だ」
「整理できました」
私は机に書類を並べました。
まず。
アメリカの出生証明書と、その日本語訳。
両親の婚姻関係を示す資料。
母親の日本国籍を確認する戸籍関係書類。
そして、日本での住所や生活実態を確認する資料。
これらをもとに、法務局で国籍再取得の届出に必要な事項を確認する。
「ただし」
私は言いました。
「三か月以内に国籍留保をしなかった事実そのものは、消えません」
「そうだ」
所長が頷きました。
「エミリーちゃんは、国籍法第十二条の適用によって、出生時にさかのぼって日本国籍を失ったことになります」
「うん」
「だから、今から単純に『国籍留保します』とはできません」
「そのとおり」
「でも、日本に住所があり、年齢などの要件を満たしているので、第十七条による再取得の届出を進められます」
相馬先輩が頷きました。
「で、帰化は?」
「今回は、その前に国籍再取得の制度を使えるか検討します」
「よし」
「帰化は、外国人が法務大臣の許可を受けて日本国籍を取得する別の制度です」
私は言いました。
「今回のように、国籍留保をしなかった人には、特別な再取得制度があるんですから、混同してはいけません」
「そうだな」
所長が静かに言いました。
「法律は、失った者に道を残している場合がある」
私は頷きました。
そして、真理子さんを見ました。
「エミリーちゃんの日本国籍を取り戻すための手続を進めましょう」
「……本当に?」
「はい。ただし、法務局で要件を確認し、正式に届出が受理される必要があります」
真理子さんの目から涙が落ちました。
「よかった……」
ジョンさんが妻の肩を抱きました。
赤ちゃんは、そんな大人たちの事情など知らず。
すやすやと眠っていました。
それから数週間。
私たちは、書類と格闘しました。
アメリカの書類。
日本の戸籍謄本。
翻訳文。
住所関係の資料。
法務局に確認した必要書類。
何度も訂正し。
何度も照合し。
ようやく、国籍再取得の届出に必要な準備が整いました。
もっとも。
国籍再取得の届出は、ただ郵送すればよいというものではありません。
十五歳未満のエミリーちゃんについては、法定代理人が所定の方法で届け出る必要があります。
そこで。
真理子さんたちには、法務局へ出向いてもらいました。
私は代理人として国籍取得を決定できるわけではありません。
必要書類の作成と整理。
手続の確認。
そして、本人たちが誤りなく進められるようにすること。
そこが、行政書士として支えられる部分です。
片桐所長は言いました。
「こはる。資格者だからといって、何でも代理できると思うな」
「はい」
「誰が届け出るのか。どこに届け出るのか。それが法律で決まっている」
「はい!」
「行政書士は、その道筋を間違えさせないことも仕事だ」
私は、その言葉を胸に刻みました。
そして。
ある晴れた日の午後。
事務所の電話が鳴りました。
「はい、片桐行政書士事務所です!」
『朝比奈さん!』
真理子さんの声。
『……受理されました!』
「えっ!」
『エミリーの国籍再取得の届出が、法務局で受理されたんです!』
私は立ち上がりました。
「本当ですか!」
『はい!』
「よかった……!」
胸が熱くなりました。
生まれたときにさかのぼって失った日本国籍。
でも。
今回は、国籍法第十七条に基づく届出によって、新たに日本国籍を取得することができた。
決して、最初から失っていなかったことになるわけではありません。
それでも。
エミリーちゃんは、日本国籍を取得できたのです。
『こはるさん』
「はい!」
『ありがとうございます』
「いえ、私たちは必要な書類を整えただけです」
『それでも……』
真理子さんの声が震えました。
『この子に、お母さんと同じ国籍を持たせてあげられました』
私は言葉を失いました。
国籍。
日本人。
アメリカ人。
試験のテキストでは、ただの法律上の分類です。
でも。
母親にとっては。
自分が生まれ育った国と、娘を結ぶ大切なものだったのでしょう。
「真理子さん」
『はい』
「これから、戸籍への記載などの手続も確認していきましょう」
『はい!』
私は笑いました。
これで、一つ目の問題は解決です。
それから、しばらくして。
真理子さんの氏の変更についても、家庭裁判所の判断が出ました。
提出した資料。
アメリカでスミスの氏を使用していた事実。
日本での生活上の事情。
それらが検討され。
今回の申立てでは、氏の変更が許可されたのです。
もちろん。
婚姻後六か月を過ぎれば、誰でも自動的に許可されるわけではありません。
家庭裁判所の判断が必要です。
しかし、真理子さんには、具体的な事情を説明する資料がありました。
許可の審判を受けた真理子さんは、必要な届出を済ませました。
そして。
ある日。
事務所を訪れた彼女は、新しい戸籍の記載を確認できる書類を見せてくれたのです。
「……スミス真理子」
私は読み上げました。
「はい」
真理子さんが微笑みました。
「やっと、日本でもこの名前になれました」
隣のジョンさんが笑いました。
「僕の妻です」
「知ってますよ!」
私が言うと、みんなが笑いました。
でも。
私は知っています。
婚姻届を出したからといって、日本人配偶者の氏が当然に外国人配偶者の氏へ変わるわけではないことを。
氏を変更したからといって、国籍まで変わるわけではないことを。
そして。
婚姻後六か月という期限を過ぎても、家庭裁判所の許可による別の道が残されていることを。
法律って。
意地悪なだけではないんですね。
厳しい期限を設ける一方で。
別の事情に対応する手続も用意しているのです。
「ところで」
美咲さんも、その日一緒に来ていました。
「私も、届出が受理されました」
「本当ですか!」
「はい。国籍選択の宣言です」
私は思わず拍手しました。
「おめでとうございます!」
「ありがとうございます」
美咲さんは、少し照れたように笑いました。
「でも、びっくりしました」
「何がですか?」
「生まれたときの国籍留保と、大人になってからの国籍選択って、別の手続なんですね」
「そうなんです!」
私は大きく頷きました。
「しかも、年齢によって期限が決まっています」
「知らなかったら、ずっと放っておいたかもしれません」
「大事なのは、どんな手続が必要か知ることです」
私は答えました。
ただし、国籍選択の期限を過ぎたからといって、必ずその日に自動的に日本国籍を失うわけではありません。
国籍法には、催告などの制度もあります。
だから。
国籍留保の三か月と、国籍選択の二十二歳を、同じ意味の期限として覚えてはいけないのです。
美咲さんは言いました。
「私、日本で看護師になりたいんです」
「素敵ですね」
「国籍を選ぶって、もっと怖いことだと思っていました」
「……はい」
「でも、自分で決めて、必要な届出を出せたので、少し安心しました」
私は微笑みました。
国籍を選ぶ。
自分の将来を、自分で決める。
そのために法律が用意した手続を、本人が理解して利用する。
きっと。
それも、法が守ろうとしている大切なものなのでしょう。
夕方。
片桐行政書士事務所。
私は、今回の書類を整理していました。
「先輩」
「何だ」
「国際結婚って、すごいですね」
「何がだ」
「戸籍法だけじゃ足りないんですよ」
「当たり前だ」
「国籍法も必要です」
「そうだな」
「外国の法律も関係します」
「そうだ」
「それから、家族の気持ちも」
相馬先輩は、煙草に火をつけました。
「気持ちだけじゃ国籍は取れねえけどな」
「そうですね」
「でも、気持ちがなきゃ手続しようとも思わねえだろ」
私は驚きました。
「……先輩」
「何だ」
「今、いいこと言いましたね」
「うるせえ」
「すごくいいことです!」
「書類を片付けろ」
私は笑いました。
確かに。
真理子さんは、娘に日本国籍を持たせたいと思った。
ジョンさんは、妻と娘が日本でも安心して暮らせるようにしたかった。
美咲さんは、自分の意思で日本国籍を選びたかった。
そして。
その願いを実現するためには。
法律が必要だった。
感情だけでは、戸籍は変わりません。
けれど。
法律を知っていれば、願いを形にできることがあります。
「こはる」
片桐所長が声をかけました。
「はい」
「今回、何が一番大事だった」
私は少し考えました。
「……期限です」
「それだけか」
「いえ」
私は首を振りました。
「期限を過ぎた場合に、どんな法律上の効果があるかです」
所長が頷きました。
「続けろ」
「国籍留保をしなければ、一定の場合、出生時にさかのぼって日本国籍を失う」
「うん」
「外国人配偶者の氏への変更は、婚姻後六か月以内なら家庭裁判所の許可なしで届け出られる。でも、過ぎたら別の手続を検討する」
「そうだ」
「そして、重国籍者の国籍選択は、また違う制度です」
所長が頷きました。
「よし」
私はさらに言いました。
「国籍を取得する場合も、出生、届出、帰化で法律上の仕組みが違います」
「そのとおりだ」
私は、ノートに書きました。
出生。
届出。
帰化。
日本国籍を取得する原因。
国籍留保。
国籍選択。
国籍再取得。
それぞれ異なる制度。
「……ややこしいですね」
私が呟くと、相馬先輩が笑いました。
「だから行政書士がいるんだろ」
私は顔を上げました。
「なるほど!」
「全部まとめて『国籍の手続』で片付けたら、間違えるぞ」
「はい!」
私は大きく頷きました。
国籍を持っているのか。
失っているのか。
新たに取得するのか。
再取得するのか。
選択するのか。
その区別こそが、事件の鍵だったのです。
そこへ。
また電話が鳴りました。
「はい、片桐行政書士事務所です!」
『あのう……外国人の夫のことで相談したいんですが』
「はい!」
『夫が、日本国籍を取りたいと言っているんです』
私は目を輝かせました。
来ました!
帰化です!
「ご主人は、現在どちらの国籍ですか?」
『ブラジルです』
「日本には、どのくらい住んでいらっしゃいますか?」
『もう八年になります』
私はノートを開きました。
国籍法。
帰化。
法務大臣の許可。
普通の出生届とは違います。
国籍留保とも違う。
国籍選択の宣言とも違う。
法務局での相談を通じ、帰化の要件や必要書類を確認することになります。
「まず、ご主人の生活状況や在留の経緯などを確認させてください」
『はい』
「そして、帰化の許可申請に必要な資料を、一つずつ整理していきましょう」
『お願いします』
私は受話器を置きました。
「先輩!」
「何だ」
「今度は帰化です!」
「聞こえてる」
「八年間、日本に住んでいるそうです!」
「それだけで許可が出るわけじゃねえぞ」
「分かってます!」
「帰化は法務大臣の許可だ」
「はい!」
「届出だけで当然に日本国籍が取れると思うなよ」
「はい!」
片桐所長が奥から言いました。
「こはる」
「はい!」
「帰化の申請書類を作る前に、確認することがある」
「……本人の事情ですか?」
「そうだ」
「住所、身分関係、生活、国籍関係……」
「うん」
「それから、帰化の要件を満たしているか」
所長が頷きました。
「書類を書くのは、そのあとだ」
私は深く頷きました。
国籍を得る。
国籍を失う。
国籍を選ぶ。
そして、国籍を取り戻す。
同じ国籍という言葉でも。
そこには、まったく違う人生があります。
アメリカで生まれた赤ちゃん。
日本人の妻。
外国人の夫。
二つの国籍を持つ若い女性。
そして、日本で生きることを選ぼうとしている外国人。
法律は、その一人一人に違う手続を用意しています。
もちろん。
期限を過ぎれば、取り戻せないものもあります。
しかし。
その人の事情に応じて、別の道が残されている場合もある。
行政書士は。
その道を探す仕事なのかもしれません。
私は、机の上に置かれた一枚の写真を見ました。
真理子さんが帰り際にくれたものです。
ジョンさん。
真理子さん。
そして、エミリーちゃん。
三人が笑っています。
裏には、小さな字でこう書かれていました。
――家族みんなで、日本の秋を迎えられました。
私は微笑みました。
国籍。
戸籍。
氏。
どれも、紙に書かれた文字です。
でも。
その文字の向こうには、人がいます。
母親がいる。
父親がいる。
赤ちゃんがいる。
これから自分の人生を選ぼうとする若者がいる。
そう考えると。
国籍法第十二条の「出生の時にさかのぼって失う」という言葉が、ただの暗記事項には思えませんでした。
三か月。
六か月。
二十二歳。
それぞれに理由があり。
それぞれに違う法的な意味がある。
そして。
間違えたときに何が起こるかを知っていれば。
救える人生があるかもしれない。
「相馬先輩!」
「今度は何だ!」
「私、戸籍法がちょっと好きになりました!」
「またそれか」
「でも、国籍法も好きです!」
「勝手にしろ」
「ただ、期限が多すぎるのは嫌いです!」
「それは俺もだ」
私は笑いました。
昭和六十三年。
分厚い戸籍簿と、赤いハンコの時代。
今のように、パソコンで全国の戸籍情報を確認することはできません。
紙を集め。
名前を確かめ。
生年月日を照合し。
一つずつ、法律上の事実を積み重ねる。
面倒です。
本当に面倒です。
でも。
その一枚が。
誰かの人生を守っている。
私は、六法をそっと閉じました。
今日の教訓。
国籍は、血のつながりだけで決まるものではない。
出生の場所。
父母の国籍。
届出。
期限。
そして、法律が定める取得や喪失の条件。
それらが重なって決まるものなのです。
だから。
もし、国外で赤ちゃんが生まれたら。
出生によって外国国籍も取得する子なのか、まず確認してください。
日本国籍の留保が必要なら、三か月の期限を忘れてはいけません。
そして。
期限を過ぎたからといって、事情も確かめずに、すべて終わりだと決めつけてもいけない。
法律には、別の手続が用意されていることもあるのです。
私は写真を引き出しにしまいました。
そのとき。
相馬先輩が言いました。
「こはる」
「はい?」
「お前、今日の一番大事なことを忘れてねえか」
「何ですか?」
「帰化の相談票」
「あっ!」
「まだ書いてねえだろ」
「今から書きます!」
「それと、スミスさんの書類整理」
「はい!」
「美咲さんの届出関係も確認しろ」
「はい!」
「最後に、戸籍簿の写しを棚に戻せ」
「……先輩」
「何だ」
「国籍選択の自由はあっても、仕事を選択する自由はないんですか?」
相馬先輩が、にやりと笑いました。
「あるぞ」
「本当ですか!」
「ああ。どの書類から片付けるかは、お前が選べ」
「……!」
私は固まりました。
それは。
選択の自由という名の、全部やれという命令では?
「先輩!」
「何だ!」
「国籍選択と業務選択は、法律上まったく違います!」
「知ってるよ!」
「じゃあ、帰化して先輩の上司になる方法はありませんか!」
「お前はもう日本人だろうが!」
「……そうでした!」
片桐所長が、奥で小さく笑いました。
私は慌てて書類を抱えます。
どうやら。
国籍を取り戻す方法はあっても。
見習い行政書士の仕事を減らす方法は、まだ見つかりそうにありません。
それでも。
今日だけは、少し幸せな気分でした。
あの赤ちゃんは。
もう一度、日本国籍を取得できた。
お母さんは、望んでいた氏を名乗れるようになった。
若い女性は、自分の意思で日本国籍を選択した。
すべて。
法律と、届出と、書類の力です。
そして私は。
今日もまた、一つ学びました。
人の国籍を決めるのは、祖父の怒声でも、役所の担当者の気分でもありません。
法律です。
その法律が用意した道を、正確に見つけること。
それが、私たちの仕事です。
だって。
たった三か月の期限で失われるほど、国籍というものは厳格で。
それでも。
法律が認めた再取得の道を見つけられるほど、制度は奥深い。
そして何より。
生まれてきた赤ちゃんの未来を、誰かの思い込みだけで決めてよいほど。
戸籍法も、国籍法も。
薄っぺらい法律ではないのです。
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