[戸籍法・出生、認知、死亡、未成年後見]現場編 「戸籍に載せるな」の嘘。出生届まで残り二日、死んだ父親が遺した認知届と、母を失った兄妹の運命
人は、生まれた瞬間から生きています。
けれど。
その命が生まれたことを、役所はまだ知らないかもしれません。
名前があっても。
泣いても。
笑っても。
出生届が出されなければ、戸籍にその子の出生は記録されないのです。
そして。
人が亡くなったときも、同じです。
家族が泣いていても。
葬儀が終わっていても。
死亡届が出されなければ、戸籍にはその死亡がまだ反映されません。
生まれた命を記録する期限。
十四日。
亡くなった命を記録する期限。
七日。
昭和六十三年。
片桐行政書士事務所。
その日、私が向き合うことになったのは。
たった一冊の戸籍に、三人の人生を閉じ込めようとした男の話でした。
しかも。
残された時間は。
あと二日しかなかったのです。
「赤ん坊を、戸籍に載せないでほしいんです」
朝九時。
事務所に入ってきた老人は、そう言いました。
「……はい?」
私は思わず聞き返しました。
老人は六十代後半。
高そうな背広。
磨かれた革靴。
金縁の眼鏡。
地元で不動産業を営む、大崎源蔵という男でした。
「私の娘が、子供を産みましてな」
「おめでとうございます」
「めでたくなどない!」
机を叩かれました。
びっくり。
まだ挨拶しかしていません。
「娘は、結婚もせずに子供を産んだんです」
「……それで?」
「しかも相手の男は、もう死んでいる」
私は表情を改めました。
「お亡くなりに?」
「先月、事故でな」
源蔵は吐き捨てるように言いました。
「ろくでもない男だった。娘をたぶらかして、腹に子供まで作らせた」
私は嫌な予感がしました。
「お嬢さんは、今どちらに?」
「死にました」
「……え?」
「出産のあと、容体が悪くなってな。二日前に死んだ」
事務所が静まり返りました。
私は言葉を失いました。
父親は、出生前に死亡。
母親は、出産後に死亡。
そして赤ちゃんは。
「今、生後十二日です」
源蔵が言いました。
「病院におります」
十二日。
私は指を折りました。
出生届の期限は。
出生の日から十四日以内。
「……あと二日!」
思わず声が出ました。
「何ですかな?」
「出生届です! まだ出していないんですか?」
「だから相談に来たんだ」
老人は平然と言いました。
「そんな子を、うちの戸籍に載せたくない」
……。
私は、膝の上で拳を握りました。
赤ちゃんは、生後十二日。
お父さんはいない。
お母さんも亡くなった。
それなのに。
祖父が最初に心配したのは。
赤ちゃんの健康でも、これからの生活でもなく。
戸籍に載るかどうか。
だったのです。
「こはる」
相馬先輩が声をかけました。
「はい」
「まず、事実を聞け」
「……はい」
そうでした。
感情的になってはいけません。
法律の仕事です。
「赤ちゃんのお名前は?」
私が尋ねると、源蔵は顔をしかめました。
「知りません」
「え?」
「娘が勝手に決めたらしい」
「名前も知らないんですか?」
「女の子です。それだけ分かれば十分でしょう」
十分ではありません。
全然。
十分ではありません。
「娘は、これで二人の子持ちになったわけです」
「二人?」
「上に十一歳の男の子がおります」
私は顔を上げました。
「お兄ちゃんがいるんですね」
「ええ。そちらも父親を早くに亡くしております」
つまり。
十一歳の兄。
生後十二日の妹。
二人とも母親を亡くした。
そして、それぞれの父親も死亡している。
……待ってください。
これは。
出生届だけの問題ではありません。
「所長」
私は片桐所長を見ました。
「このご家庭、未成年後見も問題になりますよね?」
所長が静かに頷きました。
「そうだ」
「親権を行う人が、いなくなっている可能性があります」
「ああ」
源蔵が眉をひそめました。
「後見?」
「はい。未成年者に親権を行う方がいない場合、法律上の保護者となる未成年後見人が必要になることがあります」
「祖父の私がいるでしょう」
「祖父というだけで、自動的に未成年後見人になるわけではありません」
源蔵の顔色が変わりました。
「何?」
私は続けました。
「まず、親権関係や遺言の有無などを確認する必要があります。未成年後見人の選任が必要なら、家庭裁判所の手続も問題になります」
「裁判所だと?」
「はい」
「家族のことに、なぜ裁判所が口を出す!」
老人が立ち上がりました。
そのとき。
「大崎さん」
片桐所長が初めて口を開きました。
「ここは、あなたの家ではありません」
「……何?」
「そして、子供たちはあなたの所有物でもありません」
静かな声でした。
怒鳴っていません。
でも。
なぜか、源蔵の動きが止まりました。
「まず、二人の子供の法的な身分を確認しましょう」
所長は机に白い紙を置きました。
「そのために、戸籍があるのです」
私は思いました。
出ました。
片桐所長。
開始五分で、相手の支配権を否定しました。
源蔵が帰ったあと。
私は大きく息を吐きました。
「……何なんですか、あの人!」
「古い土地柄には、まだああいう奴がいる」
相馬先輩が煙草を取り出しました。
「婚外子が戸籍に載ると家名に傷がつく、ってな」
「赤ちゃんは何も悪くないじゃないですか!」
「悪くなくても、偏見はなくならねえ」
先輩はそう言って、灰皿を引き寄せました。
私は唇を噛みました。
昭和六十三年。
婚外子。
法律上の婚姻関係にない父母の間に生まれた子。
現代でも、出生届には法律上の父母の婚姻関係に関する区分があります。
けれど、この時代。
その区分が、家族にとって重い意味を持つことがありました。
結婚。
就職。
親族との付き合い。
戸籍に何が書かれるかを、極端に恐れる人もいたのです。
「でも先輩」
「何だ」
「出生届は十四日以内ですよね」
「ああ」
「だったら急がないと!」
「そうだな」
「しかもお母さんが亡くなっています!」
「そうだ」
「お父さんも死亡!」
「分かってる」
「じゃあ、誰が届出するんですか!」
相馬先輩は、にやりとしました。
「いい質問だ」
嫌な予感。
「こはる」
「はい」
「戸籍法五十二条を開け」
「はい!」
私は六法を開きました。
出生届。
届出義務者。
嫡出子なら父または母。
嫡出でない子なら母。
そして。
届出をすべき人が届け出られない場合には、別の人に義務が移る仕組みがある。
「同居者……」
私は読みました。
「それから、出産に立ち会った医師や助産師など……」
「そうだ」
「じゃあ、おじいさんが同居していれば?」
「同居していたか、事実を確かめろ。そもそも出生した子と一緒に暮らしていたのかも分からねえだろ」
「あっ」
「それと、今回の出生場所は?」
「病院です」
「だったら?」
私は条文をめくりました。
そして。
「あ!」
声を上げました。
「五十六条!」
そこには、こういう規定がありました。
病院、刑事施設その他の公設所で出生があった場合。
父母が共に届出をすることができないときは。
公設所の長または管理人が、出生の届出をしなければならない。
「……病院の管理者!」
私は叫びました。
相馬先輩が頷きました。
「そういうことだ」
「お父さんは死亡。お母さんも死亡。病院で生まれた赤ちゃん!」
「ああ」
「条件が合います!」
私は思わず立ち上がりました。
「所長! 病院に確認します!」
片桐所長が頷きました。
「まず事情を確かめろ」
「はい!」
「出生届が、まだ提出されていないかどうかもな」
「分かりました!」
「それから」
「はい?」
「子供の名前を忘れるな」
……。
私は少し恥ずかしくなりました。
そうでした。
戸籍法の条文に夢中になって。
一番大事なことを聞きそびれていました。
あの赤ちゃんには。
お母さんが残した名前があるのです。
午前十一時。
私と相馬先輩は、市立病院を訪れました。
病院の事務長が、事情を説明してくれました。
「出生届は、まだ受理されていません」
「やっぱり……」
「お母さんは、出産後ずっと集中治療室におられました。意識も戻らず……」
事務長の声が沈みました。
「亡くなられたんです」
私は俯きました。
「お父さんは?」
「出生前に亡くなられたと聞いています」
「では、赤ちゃんの出生について、病院側から届出をする必要があると考えています」
事務長が頷きました。
「ちょうど市役所に問い合わせようとしていたところでした」
よかった。
少なくとも、病院は動こうとしている。
「ただ……」
事務長は困った顔になりました。
「祖父の大崎さんが、届出を待つようにと」
「……何ですって?」
「親族で話がつくまで、何もしないでほしいと」
私は思わず机に手をつきそうになりました。
また、あのおじいさんです。
「でも、出生届は十四日以内ですよ!」
「ええ。ですから困っております」
相馬先輩が口を開きました。
「事務長さん」
「はい」
「祖父の反対は、出生届を出さない理由にはなりません」
「……はい」
「法律が届出義務者を定めているんです。家族の都合で期限を止められるわけじゃない」
事務長は、ゆっくり頷きました。
「分かりました。院長に報告します」
私は胸を撫で下ろしました。
そこで。
「ところで、お名前は?」
と尋ねました。
事務長が引き出しを開けました。
そこには、小さな封筒がありました。
「お母さんが、出産前に預けていたものです」
封筒の表には。
丸い文字で、こう書いてありました。
――赤ちゃんの名前。
中には、小さな便箋。
私は開きました。
――結衣。
――人と人を結ぶ、優しい子になりますように。
私は、その文字を見つめました。
結衣。
ゆい。
お母さんが。
生まれてくる娘のために選んだ名前。
そして。
便箋の下には、もう一行ありました。
――お父さんも、この名前を気に入ってくれました。
……。
私は顔を上げました。
「事務長さん」
「はい」
「この子のお父さんについて、何か分かりますか?」
事務長は少し迷いました。
それから言いました。
「亡くなる前に、役所で手続をしたそうです」
「手続?」
「赤ちゃんを、自分の子供として認める手続だと」
私は目を見開きました。
まさか。
「……認知?」
相馬先輩も顔を上げました。
「胎児認知か」
事務長が頷きました。
「そう聞いています」
私は思わず六法を握りしめました。
認知。
それは。
婚姻していない父母の間に生まれる子について、父親との法律上の親子関係を成立させるための重要な制度。
しかも。
生まれる前の胎児についても、認知できる場合があります。
「先輩!」
「ああ」
「これ、話が変わりますよね!」
「変わるな」
私は便箋を見ました。
亡くなったお父さん。
残されたお母さん。
そして、結衣ちゃん。
もしかすると。
この子の父親は。
亡くなる前に、ちゃんと父親になるための手続をしていたのです。
「戸籍謄本を取りましょう!」
私は元気よく言いました。
「母親の本籍地を確認して、データで――」
「データ?」
相馬先輩が眉をひそめました。
……しまった。
私は固まりました。
「ええと、戸籍の情報を……」
「情報?」
「全国の役所で……」
「何を言ってる」
相馬先輩が呆れた顔をしました。
「戸籍は、本籍地で管理してるんだぞ」
「……ですよね!」
「お前、どこから謄本を出すつもりだ?」
私は冷や汗をかきました。
令和八年。
戸籍の電算化。
広域交付。
本籍地以外の市区町村でも、一定の戸籍証明書を取得できる制度。
ただし、広域交付にも対象や請求できる人の制限があります。
それに。
今は昭和六十三年。
そんな制度はありません。
戸籍は、紙。
分厚い簿冊。
本籍地の役所が管理しています。
私は恐る恐る聞きました。
「ちなみに、お母さんの本籍地は……」
事務長が書類を確認しました。
「鹿児島県の霧島町だそうです」
……。
鹿児島。
私は固まりました。
ここは静岡県の地方都市。
遠い。
遠すぎます。
「先輩」
「何だ」
「飛行機、間に合いますか?」
「何でお前が鹿児島まで行くんだよ!」
「戸籍謄本を!」
「落ち着け!」
相馬先輩が六法を叩きました。
「こはる。出生届を出せる場所を言ってみろ」
「……本籍地」
「他には?」
「届出人の所在地」
「それだけか?」
私は戸籍法を開きました。
そして。
「あ!」
五十一条。
出生の届出は。
子の出生地で、することができる。
「出生地!」
「そうだ」
「ここで生まれたんです!」
「ああ」
「だから、ここの市役所で出生届を出せます!」
「そのとおり」
私は思わず胸を押さえました。
危なかった。
現代の便利な仕組みばかり考えて、昭和から存在する届出地の特例を忘れていました。
「それに」
相馬先輩が言いました。
「遠方の戸籍の確認が必要な部分は、役所に事情を伝えて確認方法を相談する。謄本が今ここにないからって、勝手に出生届を諦めるな」
「はい!」
「戸籍謄本の取得と、出生届の提出は別の手続だ」
「そうですね!」
片桐所長がいつも言っています。
一つの書類がないからといって。
全体の手続が必ず止まるとは限らない。
何が必要で。
何が今できて。
何を後から確認できるのか。
そこを見極める。
それが実務なのです。
午後一時。
事務所に戻った私たちは、意外な人物を迎えることになりました。
「大崎美咲の弟です」
若い男性が頭を下げました。
三十歳くらい。
名前は、大崎修一。
亡くなったお母さんの弟。
つまり、結衣ちゃんの叔父です。
「姉のことで、お話があります」
修一さんは、古い封筒を差し出しました。
「これを、父が隠していました」
「……何でしょう」
私は封筒を開きました。
中には、数枚の紙。
その一枚に。
私は目を奪われました。
――認知届。
父となる者。
高瀬直人。
母。
大崎美咲。
そして。
――胎児を認知する。
「これ……!」
私は顔を上げました。
「提出済みなんですか?」
「はい。姉の本籍地の役場で手続をしたと聞いています」
修一さんが頷きました。
「父親になる人は、事故に遭う前に、鹿児島まで行ったんです」
「鹿児島まで?」
「ええ」
修一さんは小さく笑いました。
「姉の本籍地でないと、胎児の認知届は出せないと言われたそうで」
私は六法を開きました。
戸籍法六十一条。
胎児認知。
届書に母の氏名と本籍を記載する。
そして。
母の本籍地で届け出る。
「……本当だ」
私は呟きました。
出生届は出生地でも出せる。
でも。
胎児認知は、母の本籍地。
何でも好きな役所で届け出られるわけではありません。
認知には母の承諾も必要です。
直人さんは、その承諾を得て、必要な届出をしたのでしょう。
「直人さんは、何と言っていましたか?」
私が聞くと、修一さんは目を伏せました。
「姉に、こう言ったそうです」
――結婚の手続が間に合わなくても、この子の父親であることだけは、法律に残したい。
……。
私は便箋を握りました。
なんて。
なんて、不器用な人なんでしょう。
婚姻届より先に。
認知届。
自分が父親であることを、法律上も明らかにする。
そして。
その手続を終えた直後に、事故で亡くなった。
「でも父は……」
修一さんが唇を噛みました。
「そんな男との間に生まれた子は、大崎家の恥だと言って……」
私は眉をひそめました。
「だから、認知届の控えを隠していたんですか?」
「はい」
相馬先輩が静かに言いました。
「控えを隠したところで、受理済みの認知届が消えるわけじゃねえぞ」
「……え?」
「役所に届出が受理されているなら、手元の紙を隠しても、その法律上の事実は消えない」
修一さんは、驚いた顔をしました。
「じゃあ、結衣は……」
私は頷きました。
「亡くなった直人さんとの間に、法律上の父子関係が成立しているはずです。受理の事実を確認しましょう」
そして。
私は、はっきり言いました。
「結衣ちゃんには、お父さんがいたんです」
修一さんの目から、涙が落ちました。
「……よかった」
その一言に。
私は胸が熱くなりました。
誰かにとっては、戸籍に載せたくない事実。
でも。
別の誰かにとっては。
一生失いたくない、父親とのつながり。
それが。
認知という手続だったのです。
「もう一つ、あります」
修一さんが言いました。
「姉には、上の子がいます」
「十一歳のお兄ちゃんですね」
「はい。翔太といいます」
大崎翔太。
十一歳。
父親は数年前に死亡。
母親も、二日前に死亡。
「翔太は今、私の家にいます」
「そうなんですね」
「でも父が言うんです」
修一さんの声が震えました。
「翔太はうちの跡取りだから、大崎家で育てる。結衣は施設に預ける、と」
……。
私は顔を上げました。
「兄妹を、引き離すんですか?」
「そうです」
「翔太君は?」
「嫌がっています」
修一さんは俯きました。
「妹を一人にしたくないって」
私は拳を握りました。
母親を亡くしたばかり。
たった十一歳。
その子が。
生まれたばかりの妹を守ろうとしている。
「修一さん」
片桐所長が言いました。
「あなたは、二人を引き受ける意思がありますか」
「あります」
即答でした。
「妻とも相談しました。二人とも、うちで育てたいんです」
「そうですか」
「でも父は、長男だから自分が決めると言っていて……」
所長は首を横に振りました。
「家族の中で一番年上だからといって、当然に親権者や未成年後見人になるわけではありません」
「……はい」
「翔太君について、親権を行う人が本当にいないか確認しましょう。そのうえで、未成年後見人の選任が必要なら家庭裁判所の手続になります」
修一さんが頷きました。
「お願いします」
所長は続けました。
「ただし、私は家庭裁判所で代理人として争うことはできません」
「……そうなんですか?」
「はい。必要な資料整理はできますが、申立ての代理や裁判所提出書類の作成は、資格のある専門家に依頼することになります」
私は頷きました。
そうです。
行政書士は、何でもできるわけではありません。
家庭裁判所で後見人を選ぶ。
それは、行政書士が勝手に決めてよい仕事ではありません。
でも。
戸籍を確認し。
身分関係を整理し。
必要な手続へつなげることはできる。
「所長」
「何だ」
「翔太君のことも、急ぎましょう」
「ああ」
所長は頷きました。
「子供の生活は、届出の期限とは関係なく続いているからな」
……。
私はその言葉を、忘れられないと思いました。
翌朝。
出生届の期限まで、あと一日。
私たちは病院からの連絡を待っていました。
院長が、戸籍法五十六条に基づく出生届の届出人となることについて、役所と確認を進めているとのことでした。
「結衣ちゃんの名前は、ちゃんと書いてもらえますよね」
私は何度も確認しました。
「お前、五回目だぞ」
相馬先輩が呆れます。
「だって!」
「だってじゃねえ」
「お母さんが残した名前なんです!」
「分かってるよ」
相馬先輩は新聞を畳みました。
「名前も、出生時刻も、出生場所も、父母の情報も、正確に確認する。届出はそういうもんだ」
「はい」
「感傷で書くんじゃねえ。事実で書くんだ」
私は頷きました。
出生届には、子供の名前だけでなく。
男女の別。
出生の年月日時分。
出生場所。
父母の氏名。
その他、法律や届書の様式で求められる事項を記載する。
そして、出生証明書などの必要書類を整える。
当たり前のように見えて。
そこには、一人の人間の人生の始まりが記録されるのです。
「でも先輩」
「何だ」
「結衣って、ちゃんと使える漢字ですよね?」
「ああ」
「戸籍法五十条!」
「何だ、急に」
「子供の名前には、常用平易な文字を使う!」
「そうだな」
「変な漢字を使おうとして、出生届が受理されなかったら大変です!」
「結衣なら、そこは問題にならねえだろ」
「ですよね!」
「お前、本当に忙しいな」
相馬先輩は笑いました。
そのとき。
電話が鳴りました。
私は飛びつきました。
「はい! 片桐行政書士事務所です!」
『市立病院です』
「はい!」
『出生届の件ですが……』
私は息を呑みました。
『今、院長名での届出の準備が整いました』
「本当ですか!」
『はい。市役所とも確認しました』
よかった。
これで。
結衣ちゃんの出生を、期限内に届け出られる。
私は受話器を握りしめました。
『ただ……』
「……ただ?」
『大崎源蔵さんが、こちらに来ています』
……。
嫌な予感。
『届出を出すなと、院長室で強く抗議されています』
私は固まりました。
また。
あのおじいさん。
「先輩!」
「聞こえてる」
「病院です!」
相馬先輩が立ち上がりました。
「所長に報告しろ」
片桐所長は、すでに上着を手にしていました。
「行くぞ」
「はい!」
出生届まで。
残り一日。
そして。
私たちの前に。
最後の壁が立ちはだかりました。
「勝手に届け出るな!」
病院の廊下に、源蔵の怒鳴り声が響いていました。
「私はあの子の祖父だぞ!」
院長が困った顔で立っています。
「大崎さん。法律上の届出が必要ですので……」
「法律だと?」
源蔵は鼻で笑いました。
「役所の紙切れ一枚で、家族の名誉が守れるのか!」
私は思わず前に出ました。
「守るべきものが違います!」
源蔵が振り向きました。
「……また、お前か」
「はい!」
「小娘が何をしに来た!」
私は息を吸いました。
「出生届を出さなければ、結衣ちゃんの出生が戸籍に記録されません!」
「だから、それでいいと言っている!」
「よくありません!」
私は言いました。
「戸籍は、おじいさんの都合で子供を消すためのものじゃありません!」
源蔵の顔が赤くなりました。
「何だと!」
「結衣ちゃんは、生まれたんです!」
「そんなことは分かっている!」
「だったら!」
私は続けました。
「生まれたという事実を、ちゃんと法律にも残してください!」
源蔵が机を叩きました。
「婚外子だぞ! うちの娘が、結婚もせずに産んだ子供だ!」
……。
私は、一瞬だけ黙りました。
嫡出子。
嫡出でない子。
戸籍法には、そうした法律上の区分があります。
でも。
「婚外子だから、何なんですか?」
私は聞きました。
「何?」
「生まれてはいけない命だったんですか?」
「そういうことを言っているんじゃない!」
「じゃあ、どうして隠すんですか!」
源蔵の口が止まりました。
「結衣ちゃんのお母さんは、名前まで考えていたんです」
私は便箋を取り出しました。
――結衣。
――人と人を結ぶ、優しい子になりますように。
「亡くなったお父さんも、認知の手続をしていたんです」
源蔵の顔色が変わりました。
「……何?」
片桐所長が静かに言いました。
「胎児認知の届出が、既に受理されていることを確認しました」
「……馬鹿な」
「母の本籍地の役場で、正式に受理されています」
源蔵は息を呑みました。
「そんな……」
所長は続けました。
「あなたが書類を隠しても、受理された事実は消えません」
「……!」
「認知による法律上の父子関係も、あなたの意向だけで消えるものではありません」
源蔵は黙りました。
所長は、机に戸籍法の六法を置きました。
「大崎さん」
「……何だ」
「戸籍は、家長が家族を選別するための帳簿ではありません」
静かな声。
「生まれた人を、法律上の身分関係とともに記録する制度です」
「……」
「お孫さんには、あなたが気に入らないという理由で、出生を届け出てもらえないままでいなければならない義務などありません」
院長が頷きました。
そして言いました。
「出生届は、病院として提出します」
源蔵が顔を上げました。
「私が反対してもか?」
「はい」
院長は、はっきり答えました。
「法律上の義務ですから」
……。
私は思いました。
これです。
戸籍法。
冷たい手続法だと思っていました。
十四日。
七日。
十日。
どこに。
誰が。
いつまでに。
そんなことばかり決めている法律。
でも。
その期限と届出義務者の規定があるから。
親族が反対しても。
父親が亡くなっていても。
母親が届け出られなくても。
子供の出生を、記録するために動ける人がいる。
法律は。
こんなところで、人を守っていたのです。
その日の午後。
病院から連絡が入りました。
出生届が、市役所で受理されたそうです。
「……やった!」
私は受話器を持ったまま叫びました。
「結衣ちゃん!」
相馬先輩が顔をしかめました。
「声がでけえ!」
「だって!」
「分かったから落ち着け!」
「十四日以内に間に合いました!」
「ああ」
「本籍地が鹿児島でも!」
「ああ」
「出生地で届け出られました!」
「そうだ」
「しかも!」
「まだあるのか!」
「お父さんとお母さんが届出できなくても、病院の院長さんが!」
相馬先輩は、煙草を灰皿に押しつけました。
「そういう法律だ」
私は笑いました。
「戸籍法って、すごいですね!」
「期限ばっかりで面倒だろ」
「でも、その面倒な期限があるから、誰かが動くんですよね!」
先輩は一瞬黙りました。
それから。
「まあな」
とだけ言いました。
私は机の上の出生届の控えを見ました。
名前。
結衣。
たった二文字。
でも。
その二文字が、これからの人生で何度も使われる。
学校。
就職。
結婚。
相続。
いろいろな場面で。
この子が誰なのかを、法律が証明していく。
それが、戸籍なのです。
けれど。
事件は、まだ終わっていませんでした。
「こはる」
片桐所長が言いました。
「はい」
「母親の死亡届は?」
……。
私は固まりました。
「……あ」
忘れていました。
出生届ばかり気にして。
お母さんの死亡届です。
「死亡を知った日から七日以内ですよね!」
「そうだ」
「今、どうなっていますか?」
所長は資料を取り出しました。
「病院からの連絡では、まだ親族が提出していないそうだ」
「ええっ!」
「死亡診断書は準備されている」
私は額を押さえました。
源蔵さん。
出生届だけじゃなかったんですか。
相馬先輩が言いました。
「泣いたって戸籍は変わらねえ。ハンコと期限がすべてだ」
「……またそれですか」
「現実だ」
私は頷きました。
死亡届。
死亡の事実を知った日から七日以内。
しかも。
届出をする人は、誰でもよいわけではありません。
同居の親族。
その他の同居者。
家主や家屋管理人など。
法律が定める届出義務者がいます。
同居していない親族でも、届け出ることが認められる場合があります。
「修一さんは?」
私が尋ねると、所長が言いました。
「届出をしたいと言っている」
「じゃあ、急ぎましょう!」
「ああ」
所長が頷きました。
「死亡診断書を確認して、本人に届出をしてもらう」
私は思いました。
出生届。
死亡届。
同じ戸籍法。
同じ役所。
でも。
一つは、人生の始まり。
もう一つは、人生の終わり。
その二つが。
今回の事件では、わずか十日ほどの間に重なってしまったのです。
翌日。
修一さんから電話がありました。
『死亡届、出してきました』
「本当ですか!」
『はい。市役所で受け付けてもらえました』
「よかった……」
私は胸を撫で下ろしました。
『ありがとうございました』
「いえ!」
『それから、翔太のことなんですが』
私は姿勢を正しました。
「はい」
『家庭裁判所の手続を進めることになりました』
「そうですか!」
修一さんは続けました。
『父は、まだ納得していません。でも……』
「はい」
『翔太が、はっきり言ったんです』
私は息を呑みました。
『僕は、結衣と一緒にいたいって』
……。
十一歳。
まだ小学生。
お母さんを亡くして、どれほど怖かったでしょう。
それでも。
妹を守りたい。
その気持ちだけは、譲らなかった。
『だから、私たちも諦めません』
修一さんの声は、しっかりしていました。
『必要な手続を、全部やります』
私は頷きました。
「はい!」
所長がこちらを見ています。
私は電話を切ったあと、事情を報告しました。
「そうか」
所長は短く言いました。
「未成年後見の問題は、適切な専門家につないであるな」
「はい。家庭裁判所の手続を相談しているそうです」
「それでいい」
私は少し考えました。
「所長」
「何だ」
「未成年後見人が決まったら、戸籍の届出も必要なんですよね」
「ああ」
「就職の日から十日以内!」
所長が頷きました。
「そうだ」
未成年後見人。
親権を行う人がいない未成年者を、法律上保護する人。
でも。
ただ親戚だから。
年上だから。
財産があるから。
それだけで勝手に後見人を名乗れるわけではありません。
しかも。
後見人としての地位が生じたら、戸籍法上の届出も必要になる。
「出生十四日、死亡七日、未成年後見十日……」
私は呟きました。
「全部違う……」
相馬先輩が鼻で笑いました。
「覚えろ」
「厳しい!」
「試験に出るぞ」
「分かってます!」
「だったら、期限を間違えるな」
私はノートを開きました。
出生。
十四日。
死亡。
七日。
未成年後見開始。
就職の日から十日。
認知にも、裁判や遺言による場合には、別の期限がある。
……。
私は頭を抱えました。
「先輩!」
「何だ」
「戸籍法、数字が多すぎませんか!」
「文句を言っても減らねえぞ」
「ですよね!」
でも。
今回だけは。
その数字を、絶対に忘れないと思いました。
それからしばらくして。
片桐行政書士事務所に、一通の手紙が届きました。
差出人。
大崎修一。
封筒には、写真が二枚入っていました。
一枚目。
小さな赤ちゃん。
白い毛布にくるまれています。
その下に、
――結衣。
と書いてありました。
二枚目。
男の子が、赤ちゃんを抱いています。
少し緊張した顔。
でも。
とても嬉しそうでした。
――翔太と結衣。
私は思わず笑いました。
「先輩、見てください!」
「何だ」
「結衣ちゃんです!」
「おお」
「かわいいでしょう!」
「赤ん坊だな」
「もっと感想ありませんか!」
「元気そうだな」
「そうです!」
私は写真を眺めました。
手紙には、こう書かれていました。
――翔太は、毎日結衣の顔を見ています。
――妹を守るんだと張り切っています。
――父とはまだ意見が合いませんが、子供たちが安心して暮らせるようにしたいと思います。
――未成年後見についても、家庭裁判所で正式な手続を進めています。
私は静かに頷きました。
そうです。
家族の問題は、出生届を出しただけで全部解決するわけではありません。
誰が育てるのか。
誰が財産を管理するのか。
誰が子供のために法律行為をするのか。
それには、別の制度と手続が必要です。
そして。
戸籍に名前が載ったからといって、子供が突然幸せになるわけでもありません。
でも。
少なくとも。
その子が生まれたこと。
その子のお父さんが誰であるか。
その子のお母さんが誰であったか。
それを、法律上の事実として記録し、証明することができる。
そこから。
守るための手続が始まるのです。
さらに数週間後。
修一さんが事務所を訪ねてきました。
「家庭裁判所で、私が翔太の未成年後見人に選任されました」
「本当ですか!」
私は思わず立ち上がりました。
修一さんが頷きました。
「はい。必要な手続を経て、正式に」
「よかった!」
「それで、こちらにも相談に来ました」
修一さんは書類を取り出しました。
「未成年後見開始の届出です」
私は顔を上げました。
いよいよ。
戸籍法八十一条。
未成年後見人は、その就職の日から十日以内に、後見開始を届け出なければならない。
「修一さん、就職の日はいつですか?」
私が尋ねると、修一さんは書類の日付を示しました。
「この日です」
「では、期限を確認しましょう」
私はカレンダーを引き寄せました。
そして、指で数えました。
一日。
二日。
三日。
……。
「大丈夫です。まだ期限内です!」
相馬先輩が横から言いました。
「書類も確認しろよ」
「はい!」
私は頷きました。
未成年後見開始の原因。
その年月日。
後見人が就職した年月日。
必要な事項を確認していきます。
「ところで」
修一さんが聞きました。
「後見人になると、戸籍に記録されるんですよね」
「はい。届出によって、法律上の後見関係が記録されます」
修一さんは少し笑いました。
「父は、やっぱり嫌がるかもしれません」
私は何も言いませんでした。
「家族のことを、戸籍に残すのは恥だって」
修一さんは書類を見つめました。
「でも、私は違うと思うんです」
「……はい」
「翔太を守る責任を引き受けたことを、きちんと残したい」
私は胸が熱くなりました。
「そうですね」
「結衣のことも、もちろん守ります。結衣について必要な法的手続も、専門家に確認しながら進めます」
私は頷きました。
翔太君と結衣ちゃん。
法律上の身分関係や必要な保護の手続は、それぞれ確認しなければなりません。
でも。
二人を守りたいという気持ちは、一つです。
「修一さん」
「はい」
「戸籍に書かれるのは、恥ではありません」
私は言いました。
「その子を守るために、誰が責任を持つのか。それを明らかにする、大切な記録なんだと思います」
修一さんは、ゆっくり頷きました。
「……ありがとうございます」
その後。
修一さん自身が、必要書類を整えて未成年後見開始の届出を行いました。
期限内。
無事に受理されたそうです。
私は報告を聞いて、ようやく大きく息を吐きました。
出生届。
認知届。
死亡届。
未成年後見開始届。
全部。
つながりました。
夕方。
窓から赤い光が差し込んでいました。
私は事務所の机に向かい、六法を閉じました。
「相馬先輩」
「何だ」
「戸籍法って、不思議な法律ですね」
「今度は何だ」
「最初、すごく事務的だと思ってました」
「まあ、そうだな」
「誰が、どこに、何日以内に届出を出すか」
「ああ」
「ただの手続ですよね」
「そうだ」
私は写真を見ました。
翔太君。
結衣ちゃん。
そして、亡くなったお母さんが書いた名前。
「でも、違いました」
相馬先輩が顔を上げます。
「何がだ」
「その手続があるから、守れる人生があるんです」
私は続けました。
「お父さんが亡くなっていても」
「うん」
「お母さんが届出できなくても」
「うん」
「親族が反対しても」
「ああ」
「法律は、出生を届け出るための道を残している」
私は少し笑いました。
「それに、認知も」
「……ああ」
「亡くなる前に、お父さんが自分の子供だと認めた。その事実が、ちゃんと残っていた」
私は便箋を見つめました。
――結衣。
人と人を結ぶ。
その名前のとおり。
父親と。
母親と。
兄と。
そして、これから育ててくれる人たちと。
結衣ちゃんは、つながっている。
「先輩」
「何だ」
「戸籍って、ただの紙じゃないんですね」
相馬先輩は少し黙りました。
それから言いました。
「紙だよ」
「え?」
「ただの紙だ」
先輩は立ち上がりました。
「でもな」
「はい」
「その紙に、人間の一生が書いてあるんだ」
私は息を呑みました。
「生まれた日」
「はい」
「親の名前」
「はい」
「結婚したこと」
「はい」
「亡くなったこと」
「……はい」
「全部、そこで確認されることになる」
相馬先輩は笑いました。
「だから、適当に書くなよ」
私は大きく頷きました。
「はい!」
片桐所長が、奥から声をかけました。
「こはる」
「はい」
「今回、何を覚えた」
私は少し考えました。
出生。
十四日。
死亡。
七日。
未成年後見。
十日。
胎児認知。
母の本籍地。
出生届。
出生地の特例。
病院で父母が届出できない場合。
病院の長や管理人。
たくさんあります。
試験なら、全部覚えなければいけません。
でも。
私は答えました。
「戸籍は、誰かの都合で人の存在を消すためのものじゃない、ということです」
所長が頷きました。
「そうだ」
「そして、届出の期限や届出人を間違えると、守れるはずの身分関係を、きちんと記録する機会を失いかねない」
「うん」
「だから、期限と届出先を正確に確認する」
所長は少し笑いました。
「それでいい」
私は嬉しくなりました。
やった。
今日も、少しだけ成長できた気がします。
そのとき。
電話が鳴りました。
「はい! 片桐行政書士事務所です!」
『あのう……』
男性の声。
『子供が生まれたんですが……』
私は姿勢を正しました。
「おめでとうございます!」
『ありがとうございます。ただ、困ったことがありまして』
「何でしょう?」
『実は、妻が汽車の中で産んでしまって……』
……。
私は止まりました。
「……汽車?」
『はい。急に産気づいて、途中で……』
私は相馬先輩を見ました。
先輩も、こちらを見ました。
『そのあと、次の駅で降りたんです』
……。
来ました。
戸籍法。
出生地の特例。
さらに。
交通機関の中での出生。
「先輩」
「何だ」
「汽車です」
「聞こえてる」
「車内で生まれたそうです」
「だから聞こえてるって」
私は六法を開きました。
戸籍法五十一条。
汽車その他の交通機関の中で出生があったときは。
母がその交通機関から降りた地で、出生の届出をすることができる。
「……ありました!」
私は叫びました。
「先輩! お母さんが汽車を降りた場所でも、出生届を出せます!」
「そうだ」
「すごい!」
「何がだよ」
「戸籍法、汽車の中で赤ちゃんが生まれることまで考えてるんですね!」
相馬先輩は頭を抱えました。
「お前、いちいち感動するな!」
「だって!」
私は笑いました。
「生まれる場所って、選べませんもんね!」
病院。
家。
汽車。
船。
どこで生まれるかなんて、赤ちゃんには選べません。
だから。
法律も、さまざまな場所で生まれる命を想定している。
航海中の大型船舶なら、船長が航海日誌に出生を記録する特別な手続まである。
船の上でも。
汽車の中でも。
生まれた命を記録するための道がある。
「先輩!」
「今度は何だ!」
「戸籍法って、人間がどこで生まれても困らないように考えてるんですね!」
「全部が簡単に済むわけじゃねえぞ!」
「でも、すごいです!」
私は受話器を握り直しました。
「すみません。お母様が汽車を降りた駅は、どちらですか?」
昭和六十三年。
紙と筆の時代。
戸籍は、分厚い簿冊に綴じられていました。
現代のように、広域交付で戸籍証明書を取得することもできません。
本籍地が遠ければ、確認に時間がかかる。
届出地を間違えれば、手続に支障が出る。
期限を忘れれば、問題が生じる。
決して便利な時代ではありません。
でも。
だからこそ。
法律は細かく決めていました。
誰が届け出るのか。
どこに届け出るのか。
いつまでに届け出るのか。
そして。
本人ができないとき、誰が代わりに動くのか。
その仕組みが。
生まれたばかりの結衣ちゃんを、戸籍に記録するための道を開いたのです。
私は窓の外を見ました。
夕焼け。
遠くを走る汽車。
そのどこかで。
また一人、新しい命が生まれた。
きっと、その子にも名前があるのでしょう。
お父さんやお母さんが、一生懸命考えた名前が。
私は笑いました。
法律の勉強は、まだまだ続きそうです。
でも。
今日だけは、一つ確信しています。
人は、戸籍に載るために生まれてくるのではありません。
生まれた人を、法律が正しく記録するために。
戸籍があるのです。
そして。
どれほど偉そうな家長が、
「そんな子は、うちの戸籍に載せるな」
と怒鳴ったところで。
その子が、この世界に生まれてきた事実まで。
消せるわけではありません。
だって。
戸籍法は。
誰かの面子を守るためではなく。
一人ひとりの人生を、法律上の記録として守るために存在しているのです。
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