↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈基礎知識 配点56点/300点〉 基礎知識

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
690/701

[行政書士法・会則遵守義務と行政書士法人]法理編 こはるノート

挿絵(By みてみん)

 資格は、持っているだけでは人を守れません。


 立派な看板があっても。


 豪華な事務所があっても。


 壁に登録証が飾られていても。


 その資格を持つ人間が、仕事に責任を持たなければ意味がないのです。


 そして。


 資格を持つ人間が集まって法人を作ったとしても。


 責任が消えるわけではありません。


 むしろ、組織が大きくなるほど。


 誰が仕事をしているのか。


 誰が代表するのか。


 誰が責任を負うのか。


 そこを明確にしなければならないのです。


 昭和六十三年。


 夕方の片桐行政書士事務所。


 私は机に向かい、ノートを開いていました。


 表紙には大きく、


 ――こはるノート・行政書士法編。


 と書いてあります。


「……行政書士法って、自分たちの首を絞める法律みたいですね」


 私が呟くと、相馬先輩が新聞から顔を上げました。


「いきなり何だ」


「だって、そうじゃないですか」


 私は鉛筆を持ちました。


「登録しなきゃいけない。会則も守らなきゃいけない。帳簿もつける。秘密も守る。違反したら懲戒処分」


「当たり前だろ」


「しかも、名前を貸すだけでも駄目」


「そりゃそうだ」


「資格を取ってからのほうが大変じゃないですか!」


 相馬先輩が鼻で笑いました。


「だから資格なんだよ」


「え?」


「誰でも勝手にできる仕事じゃねえから、信用されるんだろ」


 私は手を止めました。


 ……なるほど。


 そういうことですか。


 今回の事件。


 東海総合法務センター。


 立派な建物。


 派手な広告。


 そして、登録を受けた行政書士、黒田剛三。


 でも実際には。


 行政書士資格のない大沢勝利が業務を仕切り、黒田は毎月五万円で名前を貸していた。


 依頼人の三浦さんは、許可手続を頼んで二十万円を支払ったのに、半年たっても申請が進まなかった。


 領収証も出ない。


 資格者本人は依頼を把握していない。


 結局、書類とお金は返ってきたけれど。


 それで、名義貸しという問題まで消えるわけではない。


「よし」


 私はノートの一ページ目に書きました。


 ――行政書士法は、資格者を縛るだけでなく、資格者への信用を守る法律。


「先輩!」


「何だ」


「今日は行政書士法の義務、法人、懲戒、罰則をまとめます!」


「……ずいぶん欲張ったな」


「今回の事件、全部つながってるんです!」


「まあ、そうだな」


 そこへ奥から、片桐所長が声をかけました。


「相馬」


「はい」


「付き合ってやれ」


「またですか」


「本人が勉強する気になっている」


 よし。


 今日も強制勉強会、開催です。


 ただし。


 私には大きな問題がありました。


 今回の教材に出てくる条文の多くが、昭和六十三年には存在しないのです。


 行政書士法人。


 特定行政書士。


 法人の社員資格。


 法人の常駐義務。


 法人の競業禁止。


 全部、未来の制度。


 しかも令和八年には、行政書士法の条文構成にも改正が入っています。


 だから私は、二冊の法律を頭の中で分けなければなりません。


 昭和の六法。


 そして。


 私だけが知っている、令和の六法。


 ……転生者の試験勉強って、本当に面倒です。


 ◇


「まず、会則の遵守義務です!」


 私はノートに書きました。


 ――会則は、行政書士の仲間内だけのお願いではない。


「先輩、行政書士会の会則って、守らなかったらどうなるんですか?」


「内容による」


「内容?」


「ああ。会費を滞納した場合と、資格を他人に貸した場合を、全部同じ扱いにするわけにはいかねえ」


「なるほど」


 私は頷きました。


 ここで大切なのは、義務の種類です。


 行政書士法十三条。


 現代では、行政書士は所属する行政書士会と日本行政書士会連合会の会則を守らなければなりません。


 なお、この条文は平成十五年改正で置かれたものです。


 だから昭和六十三年の私が、そのまま現代の十三条を読み上げることはできません。


 でも、行政書士会の規律に従って業務を行うという問題は、この時代にも重要です。


「具体的には?」


 相馬先輩が聞きました。


「会費の納入や、報酬の取扱い、領収証の交付、業務記録の管理などです」


「うん」


「名義貸しをしないことも大事です」


「それだな」


 私は、黒田の顔を思い出しました。


 毎月五万円。


 仕事をしなくても入ってくるお金。


 でも、そのお金のために、自分の資格の信用を他人へ渡してしまった。


「先輩。黒田さんが『資格は貸していない。名前を使わせただけだ』って言ったら?」


「そんな言葉遊びで済むと思うか?」


「思いません」


「行政書士として登録されている者の名前を使って、別の人間が独立して業務を回していた。そこが問題だ」


 私は二重線を引きました。


 ――補助者による事務補助と、無資格者による独立した業務は違う。


 ここは大切です。


 行政書士が補助者に資料整理や入力作業などを手伝ってもらうことは、当然あります。


 でも。


 資格者がまったく関与せず、無資格者に行政書士業務を丸投げしてよいわけではありません。


「資格者が責任を持つ。これが基本なんですね」


「そうだ」


 相馬先輩が頷きました。


 そして私は、もう一つ書きました。


 ――領収証や帳簿は、依頼人と行政書士の双方を守る証拠。


 三浦さんは二十万円払いました。


 しかし、何にいくら使われたのか分かりませんでした。


 報酬はいくら。


 実費はいくら。


 どの業務に対して受領したのか。


 それが分からなければ、後から揉めるのも当然です。


「所長」


「何だ」


「書類を作る専門家ほど、自分の業務記録も正確に残さないといけないんですね」


「そうだ」


「依頼人のための書類だけ作って、自分の帳簿がめちゃくちゃだったら……」


「話にならんな」


 ……ですよね。


 私は大きく丸をつけました。


 会則は、ただの飾りではない。


 信用を保つための具体的なルールなのです。


 ◇


「次は研修です!」


 私はページをめくりました。


 ――行政書士法十三条の二。


 現代の規定では、行政書士は所属する行政書士会や日本行政書士会連合会が実施する研修を受け、資質の向上を図るよう努めなければなりません。


「先輩。研修って、全部絶対参加なんですか?」


「研修の種類や決まりを確認しろ」


「ですよね!」


 私は鉛筆を走らせました。


 ここで行政書士試験の重要ポイント。


 法律上の一般的な研修規定は、努力義務です。


 つまり。


 研修を受けて能力を高めるよう努めることが求められる。


 しかし、十三条の二だけを根拠に、すべての研修が一律に強制参加になるわけではありません。


「でも、特定の仕事をするために必要な研修は、また別ですよね」


 私が言うと、相馬先輩が首をかしげました。


「特定の仕事?」


「たとえば、入管関係の申請取次とか……」


「ああ」


 私は慌てて言葉を整えました。


 現代の入管業務では、所定の研修や届出などの要件を満たした行政書士が、申請取次を行う制度があります。


 また、平成二十六年の行政書士法改正によって生まれた特定行政書士の制度でも、法定研修の修了が重要になります。


 一般的な資質向上の研修と、特別な業務を扱うための要件。


 この二つは混同できません。


「つまり、こうですね」


 私は書きました。


 ――一般研修は努力義務。ただし、特別な業務に必要な研修・資格要件は別に確認する。


「先輩」


「何だ」


「これ、引っかけ問題に使えますね」


「どんな問題だ」


「『行政書士は、行政書士会が行うすべての研修を必ず受講しなければならない』」


「ずいぶん乱暴だな」


「ですよね。不正解です!」


 私は笑いました。


 努力義務。


 義務という文字があるからといって、すべて同じ強制力ではない。


 こういう違いを、試験は狙ってくるのです。


 そして。


 今回の黒田さんは、資格を持っていました。


 でも、資格者として責任ある業務をしていなかった。


 研修を受けて知識を更新する以前に、資格をどう使うべきかという根本が崩れていたのです。


 資格を取った瞬間が、勉強の終わりではありません。


 むしろ、そこが始まり。


 片桐所長の言葉が、ようやく理解できました。


 ◇


「さて、いよいよ行政書士法人です!」


 私はノートを開きました。


「……また法人か」


 相馬先輩が呆れた顔をしました。


「大事なんです!」


「この町にそんなものはねえぞ」


「知ってます!」


「じゃあ何を調べるんだ」


「将来、行政書士が組織で仕事をする場合の問題です!」


「変な想像だな」


 私は苦笑しました。


 でも、これは重要です。


 昭和六十三年。


 行政書士法人は存在しません。


 その後、平成十五年の行政書士法改正によって、行政書士法人制度が創設されます。


 現代では、行政書士が法人を設立して、組織的に業務を行うことができます。


 では。


 法人になれば、何が変わるのでしょうか。


「先輩。もし片桐事務所が、いくつもの町に支店を作るとしたら?」


「支店?」


「はい」


「そこで誰が行政書士の仕事をするんだ?」


「それです!」


 私は指を立てました。


 現代の行政書士法人には、まさにその問題に対応する規定があります。


 行政書士法人の名称。


 社員の資格。


 定款。


 登記。


 代表。


 常駐。


 競業禁止。


 そして、懲戒。


「まず、名前です!」


 私は大きく書きました。


 ――行政書士法人は、名称に「行政書士法人」という文字を使う。


「名前が決まってるのか?」


「はい。現代ではそうなんです」


「また未来か」


「将来の制度研究です!」


 行政書士法人であれば、名称中に行政書士法人という文字が必要です。


 たとえば。


 行政書士法人片桐法務事務所。


 片桐行政書士法人。


 こういった名称です。


 逆に、法人でないのに行政書士法人と名乗ることはできません。


「だから、東海総合法務センターみたいに、立派そうな名前をつければ法人になるわけじゃないんですね」


「そりゃそうだ」


「登記も必要です」


「登記?」


「はい!」


 私はさらに書きました。


 行政書士法人は、定款を作り、公証人の認証を受け、主たる事務所の所在地で設立登記をすることによって成立します。


 つまり。


 名刺に法人と書くだけでは、法人にならない。


 事務所を借りただけでも、法人にはならない。


 社員同士で約束しただけでも、成立しない。


 設立登記が必要なのです。


「なるほどな」


 相馬先輩が頷きました。


「看板と中身が一致していなきゃ駄目ってことか」


「そうです!」


 私は嬉しくなりました。


 今回の事件と、ぴったりつながりました。


 東海総合法務センター。


 大きな看板。


 立派な建物。


 でも、実際には行政書士法人ではありません。


 そもそも昭和六十三年ですから、行政書士法人制度自体が存在しません。


 だから。


 組織が大きいことを理由に、無資格者が行政書士業務を自由に行えるわけではないのです。


 ◇


「次は、社員の資格です!」


 私は続けました。


 ――行政書士法人の社員は、行政書士でなければならない。


「社員って、事務員のことか?」


 相馬先輩が聞きました。


「違います!」


「何?」


「ここ、試験の引っかけです!」


 私は勢いよく説明しました。


 行政書士法人の社員。


 これは、普通の会社でいう従業員という意味ではありません。


 法人の構成員となる行政書士。


 共同経営者に近い立場です。


「じゃあ、受付の人は社員になれねえのか?」


「日常会話では社員と呼ぶことがあっても、行政書士法上の『社員』とは別です」


「面倒だな」


「法律用語あるあるです!」


 私はノートに書きました。


 ――行政書士法人の社員=従業員ではない。


 そして。


 社員になれるのは、行政書士だけ。


 大沢のような無資格者が、資金を出して事業を仕切っているからといって、行政書士法人の社員になれるわけではありません。


「さらに、行政書士なら誰でもいいわけではありません」


「まだ条件があるのか」


「あります!」


 私は書きました。


 業務停止処分の期間中にある行政書士は、社員になれません。


 また、行政書士法人が懲戒による解散処分を受けた場合。


 処分前三十日以内に社員だった者については、処分の日から三年間、社員になれない制限があります。


 行政書士法人が業務の全部停止処分を受けた場合も、一定の社員について、その停止期間中は制限されます。


「なるほど」


 相馬先輩が腕を組みました。


「処分された法人から逃げて、別の法人を作れば終わり、ってわけにはいかねえんだな」


「そうです!」


 私は二重丸をつけました。


 ――業務停止中は社員不可。懲戒解散なら一定の元社員は三年間。


 ここで注意。


 三年間という期間が出てくるからといって、すべての処分で同じ三年になるわけではありません。


 業務停止なら停止期間。


 解散処分なら、一定の元社員について三年間。


 違いを覚えます。


「それから、社員になった後に資格を失った場合も問題です」


 私はページをめくりました。


 登録の抹消。


 定款に定めた脱退事由。


 総社員の同意。


 社員資格を失う事由への該当。


 除名。


 こうした理由で、社員は法人から脱退します。


「死亡して行政書士登録が抹消されれば、社員ではなくなるわけですね」


「当然だな」


「でも、無理やり仲間から追い出す場合は?」


 私は少し考えました。


 除名には、法定の手続が必要です。


 単に気に入らないからといって、代表者が勝手に追放できるわけではありません。


 社員の地位は、法人の組織そのものに関わる重要なものだからです。


「つまり」


 私は言いました。


「社員になるのも、社員でなくなるのも、ちゃんと法律上のルールがあるんです」


「そういうことだろうな」


 相馬先輩が頷きました。


 ここでも。


 誰が責任を持つのか。


 その問題に戻ってきます。


 ◇


「次は定款です!」


「出たな」


 相馬先輩が言いました。


「会社の話でも、さんざん出てきた奴だろ」


「はい!」


 私は笑いました。


 定款。


 法人の基本ルールを定める書類。


 行政書士法人でも必要です。


 現代の行政書士法では、少なくとも定めなければならない事項があります。


 目的。


 名称。


 主たる事務所と従たる事務所の所在地。


 社員の氏名、住所、特定社員であるかどうかの区別。


 社員の出資に関する事項。


「特定社員?」


 相馬先輩が聞きました。


「特別な業務を行う資格を持つ社員です」


「ほう」


「たとえば、特定行政書士の資格が必要な業務などです」


 私は慌てて補足しました。


「もちろん、今の時代にはまだない制度ですけど!」


「分かってるよ」


 先輩が呆れました。


 私はノートに大きく書きました。


 ――目的・名称・所在地・社員・出資。


「五つですね」


「覚えやすいじゃねえか」


「はい!」


 でも、定款があるだけでは終わりません。


 登記。


 成立の届出。


 変更の手続。


 これらも大事です。


 行政書士法人は、主たる事務所の所在地で設立登記をして成立します。


 そして、成立した日から二週間以内に、所定の書類を添えて、所在地の行政書士会を経由し、日本行政書士会連合会に届け出ます。


「二週間?」


「はい」


「忙しいな」


「設立したら放置、では駄目なんです」


 私は続けました。


 定款を変更する場合も、原則として総社員の同意が必要です。


 ただし、定款に別段の定めがあれば、それに従います。


 変更した場合には、二週間以内の届出が問題になります。


 登記事項が変わったなら、必要な変更登記も忘れてはいけません。


「先輩。法人って、作ってからの手続も多いですね」


「そりゃそうだ」


「設立登記して終わりじゃない」


「会社だって同じだろ」


「ですね!」


 私は頷きました。


 さらに、登記が必要な事項については、登記していない変更を第三者に対抗できないという問題もあります。


 内部で決めたから、外部の人間にも当然通用する。


 そう簡単にはいかないのです。


「所長」


「何だ」


「定款って、法人の中の約束ですよね」


「そうだ」


「でも、外の人との関係では登記も大切なんですね」


「うん」


 所長が頷きました。


「内輪で決めたことが、外から見えるとは限らん」


 私は、その言葉に線を引きました。


 ――内部の約束と、第三者への対抗は別問題。


 これも、会社法で何度も見た考え方です。


 法律って、違う制度でも根っこの考え方がつながっているんですね。


 ◇


「さて、法人を作ったら、誰が仕事をするんでしょう?」


 私が言うと、相馬先輩が笑いました。


「社員だろ」


「正解です!」


「当たり前だ」


「でも、全員が仕事をするんですか?」


 先輩が首をかしげました。


「代表だけじゃねえのか?」


「そこが違うんです!」


 私はノートに書きました。


 ――行政書士法人の社員は、原則として全員が業務執行の権利と義務を持つ。


 ただし、定款で別段の定めをすることができます。


「それから、代表も大事です」


「代表?」


「はい。原則として、業務を執行する社員は、それぞれ法人を代表します」


「全員が?」


「原則として、です」


 定款や総社員の同意によって、代表する社員を特に定めることもできます。


 つまり。


 代表取締役一人だけが代表する株式会社と、同じ発想で考えると危険です。


「でも先輩」


「何だ」


「特殊な業務については、もっと厳しいんです」


 私は二重線を引きました。


 ――特定業務を執行できるのは、その業務を行う資格を持つ特定社員だけ。


 たとえば、現代の行政不服申立ての代理。


 特定行政書士だけが扱える範囲があります。


 行政書士法人がその業務を行う場合も、特定社員が必要になります。


 そして、その業務の執行や代表については、特定社員に限定される仕組みがあります。


「なるほどな」


 相馬先輩が頷きました。


「法人に資格者が一人いりゃ、全員が何でもできるってわけじゃねえのか」


「そうです!」


 私は黒田の事件を思い出しました。


 資格者の名前さえあれば、無資格者が仕事をしてもいい。


 大沢は、そう考えていました。


 でも、現代の行政書士法人は、むしろ逆です。


 組織の中で、誰がどの業務を扱えるのかを明確にする。


 特別な資格が必要な業務なら、その資格を持つ社員だけが執行できる。


 だから、法人だから何でもできるというわけではありません。


 そして。


 もう一つ重要なのが、事務所への常駐です。


「先輩、法人が東京と大阪に事務所を作ったら?」


「景気のいい話だな」


「東京には行政書士がいて、大阪には受付だけ。これでいいですか?」


「……まずそうだな」


「そうなんです!」


 行政書士法人では、事務所ごとに、その所在地を管轄する行政書士会の会員である社員を常駐させる必要があります。


 さらに、特定業務については。


 その業務に対応する特定社員が常駐していない事務所では、取り扱えないという制限があります。


「たとえば、特定行政書士が東京本店に一人いる」


「うん」


「大阪支店には特定行政書士がいない」


「うん」


「その場合、大阪支店では、特定行政書士が必要な不服申立て代理業務を取り扱えません」


「東京に一人いるだけじゃ駄目なのか」


「そうです!」


 私は大きく書きました。


 ――特定業務は、資格者のいる法人なら全支店で自由に扱える、とは限らない。


 これは試験で狙われそうです。


 本店に資格者がいる。


 だから支店も大丈夫。


 そう短絡しないこと。


 どの事務所に、誰が常駐しているのか。


 そこを見るのです。


「……あれ?」


 私は手を止めました。


「何だ」


「これ、今回の事件とまったく同じ構造ですね」


「どういう意味だ」


「黒田さんの資格があるから、大沢さんが自由に仕事をしていいと思っていた」


「ああ」


「でも、法人になっても、そういう考え方は通用しないんです」


 相馬先輩が頷きました。


「資格を持ってる奴の責任は、組織がでかくなっても消えねえってことだな」


「はい!」


 私は嬉しくなりました。


 行政書士法人の規定。


 最初は、細かい数字と手続の集まりに見えました。


 でも。


 今回の事件を知った今なら分かります。


 すべて、責任の所在を明確にするためのルールなのです。


 ◇


「次は競業禁止です!」


 私はページをめくりました。


「まだあるのか」


 相馬先輩が呆れました。


「大事です!」


「分かったよ」


 行政書士法人の社員は、原則として、その法人の業務範囲に属する業務を自分や第三者のために別に行ったり、他の行政書士法人の社員になったりすることができません。


「つまり、法人の社員になりながら、同じ仕事を自分の個人事務所でも勝手に受けるのは駄目なんです」


「なるほどな」


「しかも、違反した場合、利益の額が損害額と推定される規定があります」


 私は例を考えました。


 行政書士法人の社員が、法人の仕事と競合する案件をこっそり個人で受任。


 その仕事で三十万円の利益を得た。


 この場合。


 その三十万円が、法人に生じた損害額と推定される。


「ただし、推定です」


「確定じゃねえのか」


「はい。法律上、反証の余地があるという意味です」


 私は書きました。


 ――競業違反で得た利益額は、法人の損害額と推定。


「これも、法人の信用を守る仕組みなんですね」


「そうだろうな」


 相馬先輩が頷きました。


 法人の看板で依頼人を集めているのに。


 社員が勝手に仕事を横取りしていたら。


 組織としての信用も経営も成り立ちません。


 ◇


「次は、法人の義務と解散です!」


「……終わりが見えねえな」


「もう少しです!」


 私は笑いました。


 行政書士法人には、個人行政書士に関する義務の一部が準用されます。


 事務所を設ける義務。


 帳簿の備付けと保存。


 誠実に業務を行う責務。


 報酬の額の掲示。


 正当な理由なく依頼を拒まない義務。


 そして、会則の遵守義務。


「法人になれば会則を守らなくていい、なんてことはありません」


「当たり前だろ」


「でも、試験では確認が必要なんです!」


 私は大きく書きました。


 ――法人も、職業上の義務から自由にならない。


 さらに、法人の解散。


 定款に定めた理由。


 総社員の同意。


 他の行政書士法人との合併。


 破産手続開始の決定。


 解散を命ずる裁判。


 懲戒による解散処分。


 社員の欠亡。


 こうした事由によって、法人は解散します。


「社員が一人もいなくなった場合も?」


「はい」


「行政書士法人なのに、行政書士の社員がいないんじゃ仕方ねえか」


「そうです」


 私は頷きました。


 そして、合併以外の法定の解散事由が生じた場合には、原則として二週間以内に、行政書士会を経由して日本行政書士会連合会へ届け出る必要があります。


「ここでも二週間ですね」


「登記と届出の期限は、混ぜるなよ」


 相馬先輩が言いました。


「はい!」


 私はノートに大きく書きました。


 ――法人は、設立にも変更にも解散にも、必要な手続がある。


 ◇


「さて」


 私は深呼吸しました。


「ここから、今回の事件の核心です」


 相馬先輩が新聞を畳みました。


「懲戒か」


「はい!」


 行政書士に対する懲戒。


 これは、本当に重要です。


 個人行政書士に対する懲戒には、三つあります。


 戒告。


 二年以内の業務停止。


 業務禁止。


「先輩、業務停止と業務禁止って、どう違うんですか?」


「停止は、決められた期間、仕事ができなくなることだ」


「はい」


「禁止は、もっと重い」


 私は頷きました。


 業務停止処分を受ければ、その期間中、行政書士業務を行うことができません。


 短期間だからといって、こっそり仕事を続けていいわけではありません。


 そして、業務禁止処分を受ければ、登録抹消や欠格事由の問題が生じます。


「業務禁止だと、一定期間、再び行政書士になることも制限されるんですよね」


「そういう重い処分になるな」


 私は書きました。


 ――個人は、戒告・二年以内の業務停止・業務禁止。


「じゃあ、行政書士法人は?」


 私は自分で問いかけました。


 法人にも、三種類の懲戒があります。


 戒告。


 二年以内の業務の全部又は一部の停止。


 解散。


「……解散?」


 相馬先輩が顔を上げました。


「はい」


「法人は業務禁止じゃねえのか」


「そこが違うんです!」


 私は二重丸をつけました。


 ――個人は業務禁止。法人は解散。


 これが、非常に重要な違いです。


 さらに、法人の業務停止は、全部だけとは限りません。


 一部停止もあります。


 主たる事務所の所在地を管轄する都道府県知事と、従たる事務所の所在地を管轄する都道府県知事では、処分できる範囲にも違いがあります。


「たとえば」


 私は言いました。


「東京に本店、大阪に支店がある法人です」


「うん」


「大阪支店だけで重大な違反があった場合、大阪府知事にも、その支店に関する法定の処分権限があります」


「なるほど」


「ただし、大阪府知事が勝手に法人全部を解散させられるわけではありません」


 私は書きました。


 ――法人の解散処分は、主たる事務所所在地の都道府県知事。


 そして、従たる事務所所在地の知事は、その事務所に関する違反について、法律で認められた範囲で戒告や業務停止を行えます。


 他の都道府県に事務所がある場合には、知事同士の通知も必要です。


「行政書士法人って、県をまたぐと監督も複雑になるんですね」


「そりゃそうだろうな」


 相馬先輩が言いました。


 私は頷きました。


 でも、ここで忘れてはいけないことがあります。


 法人が処分されたからといって、その社員個人の責任まで消えるわけではありません。


 法人への懲戒。


 社員である行政書士個人への懲戒。


 この二つが、併せて問題になることもあります。


「つまり、法人のせいにして逃げられないんですね」


「そういうことだ」


 所長が静かに言いました。


「組織が責任を負うことと、人が責任を負うことは、別だ」


 私はその言葉に、大きな丸をつけました。


 今回の黒田さんも。


 名前を貸した本人として、責任が問題になる。


 立派なセンターの看板を掲げていたからといって、個人としての問題が消えるわけではないのです。


 ◇


「では、誰が懲戒を求められるんでしょう?」


 私は続けました。


「依頼人か?」


 相馬先輩が答えました。


「依頼人だけじゃありません!」


「何?」


「現代の行政書士法では、何人も、懲戒事由に該当すると思われる事実を都道府県知事に通知して、適当な措置を求めることができます」


 ここ、重要です。


 行政書士の被害者だけが、懲戒を求められるわけではありません。


 行政書士会だけでもありません。


 誰でも、該当すると思われる事実を通知できます。


 そして。


 その通知を受けた都道府県知事には、必要な調査を行う義務があります。


「ただし!」


 私は指を立てました。


「通知があったら、必ず懲戒処分になるわけではありません」


「そりゃそうだ」


「調査して、事実を確認して、法令に従って判断するんです」


 私は書きました。


 ――誰でも通知できる。知事は必要な調査をする。ただし、通知=懲戒決定ではない。


 前回、片桐所長が何度も言っていたことです。


 事実を確認する。


 証拠を整理する。


 処分を決めるのは権限を持つ者。


 あの言葉は、ここにつながっていたのです。


「さらに、処分する前にも手続があります」


 私は続けました。


 戒告のような処分では、原則として弁明の機会の付与が問題になります。


 一方。


 業務停止、業務禁止、法人の解散といった重い処分では、聴聞が必要です。


 特に、行政書士法では、業務停止処分についても聴聞を要求する特則があります。


「聴聞?」


 相馬先輩が聞きました。


「処分を受ける側に、意見や証拠を示す機会を与える手続です」


「なるほど」


「しかも、現代の行政書士法では、対象となる聴聞について、通知の期限や公開のルールもあります」


 私は書きました。


 ――聴聞の通知は、期日の一週間前まで。


 ――法定の聴聞の審理は公開。


「処分する相手が悪いことをしたと思っていても、手続は守らなきゃいけないんですね」


「当たり前だろ」


「はい」


 私は頷きました。


 懲戒制度は、資格者を罰するためだけにあるのではありません。


 その処分が、公正な手続に基づいて行われることも大切なのです。


 そして、処分が行われた場合には、都道府県の公報による公告が必要です。


「戒告でも?」


「そうです」


「軽い処分でも、公告されるのか」


「はい」


 私は大きく書きました。


 ――懲戒処分は、戒告を含めて公告される。


 これは、信用が重要な職業にとって大きな意味を持ちます。


 最も軽い戒告でも。


 社会に公表される。


 それだけで、資格者の信用に影響する可能性があるのです。


 ◇


「先輩」


 私は、次のページを開きました。


「前回、電話で相談が来ましたよね」


「ああ」


「懲戒処分を受けそうな行政書士が、先に廃業しようとしているという話です」


 相馬先輩が頷きました。


「覚えてるぞ」


「これ、現代の法律では重要な規定があるんです」


 私はノートに大きく書きました。


 ――懲戒逃れのための登録抹消を防ぐ仕組み。


 行政書士が、業務停止や業務禁止の処分を受けそうになった。


 そこで。


「もう行政書士を辞めます!」


 と届け出る。


 登録が消えたから、懲戒の問題も終わり。


 そんなことが簡単に認められたら、どうなるでしょう。


「悪いことをしても、先に逃げた奴が得するな」


 相馬先輩が言いました。


「そうなんです!」


 現代の行政書士法十四条の四は、これを防ぐ仕組みを置いています。


 知事が業務停止や業務禁止の処分をしようとし、所定の聴聞通知を発送するなどした場合、日本行政書士会連合会へ通知します。


 その通知を受けた日行連は、懲戒手続が終わるまで、廃業届などを理由とする一定の登録抹消を行えなくなります。


「ただし、すべての登録抹消が永久に禁止されるわけではありません」


「そこも大事だな」


「はい!」


 私は書きました。


 ――聴聞通知後の一定の登録抹消は、懲戒手続が終わるまで制限される。


 大切なのは、いつから制限が始まるのか。


 どの懲戒処分が対象なのか。


 どの登録抹消が制限されるのか。


 この三つです。


「つまり、資格を返せば過去の問題が全部消えるわけじゃないんですね」


「そういうことだ」


 片桐所長が頷きました。


「責任は、看板と一緒に捨てられるものではない」


 私は、その言葉に二重線を引きました。


 ◇


「次は立入検査です!」


 私はさらにページをめくりました。


「まだ続くのか!」


「あと少しです!」


 相馬先輩が頭を抱えました。


 でも、これは大切です。


 現代の行政書士法では、都道府県知事が必要と認める場合、職員に行政書士事務所などへの立入検査を行わせる制度があります。


 帳簿。


 業務関係書類。


 電磁的記録。


 そうしたものが検査の対象になります。


「つまり、事務所の中まで調べられるんですね」


「そういう制度があるならな」


 相馬先輩が言いました。


「ただし、何でも自由にできるわけではありません」


 私は書きました。


 ――日没から日出までの時間を除く。


 ――職員は身分を証明する証票を携帯し、提示する。


 ――犯罪捜査のための権限ではない。


「夜中に突然押しかけて、刑事みたいに捜索する制度じゃないんですね」


「そりゃ違うだろ」


「はい」


 そして。


 立入検査を不当に拒んだり、妨害したり、忌避したりした場合には、罰則が問題になります。


「ただし、この立入検査は、犯罪捜査のための捜索とは違う」


 私は言いました。


 行政上の監督のための検査です。


 だから、刑事手続と混同してはいけません。


 また、立入検査の権限があるからといって、法律にない質問権まで当然に認められるわけではありません。


「なるほどな」


 相馬先輩が頷きました。


「役所にも、できることとできねえことがある」


「そうです!」


 行政法の基本。


 行政機関は、法律上認められた権限の範囲で行動する。


 ここでも、その考え方が出てきました。


 ◇


「最後は罰則です!」


 私は鉛筆を握り直しました。


「やっと最後か」


 相馬先輩がため息をつきました。


「ここが一番怖いんです!」


「何がだ」


「懲戒と刑罰を混同すると、試験で間違えるんです!」


 私はノートに大きく書きました。


 ――懲戒処分と刑罰は別。


 懲戒処分は、資格者に対する行政上の制裁。


 刑罰は、犯罪に対する刑事上の制裁。


 さらに、過料は、原則として刑罰ではない金銭的制裁です。


「じゃあ、業務停止を受けたら、必ず罰金にもなるのか?」


 相馬先輩が聞きました。


「いいえ!」


「ほう」


「別々に要件を考えます」


 たとえば、名義貸しが問題になった場合。


 資格者としての懲戒。


 無資格者による行政書士業務の取扱い。


 その他の法令違反。


 それぞれ、成立要件を確認する必要があります。


 私はノートに区別を書きました。


 刑事罰には、懲役や罰金。


 行政上の懲戒には、戒告や業務停止など。


 過料は、刑事罰とは区別される。


「数字も覚えなきゃいけないんですよね」


「嫌そうだな」


「嫌です!」


 私は即答しました。


 相馬先輩が笑いました。


 でも、試験では避けられません。


 無資格者が法定の行政書士業務を報酬目的で行う場合などには、重い刑罰が問題になります。


 行政書士でない者が行政書士や紛らわしい名称を使うことにも、名称使用制限があります。


 帳簿の備付け・保存義務違反。


 依頼に応ずる義務の違反。


 立入検査の拒否。


 法人の登記義務違反。


 それぞれ、適用される罰則の種類や重さが違います。


「先輩」


「何だ」


「同じ違反でも、全部同じ罰金になるわけじゃないんですね」


「当たり前だ」


「ですよね」


 私は頷きました。


 なお、令和八年の改正法では、刑罰の名称や条文の配置にも注意が必要です。


 過去の教材に出てくる「懲役」という言葉を、現在の刑法上の刑罰体系とそのまま混同してはいけません。


 また、行政書士法は改正によって業務規定の条文番号も変わっています。


 古い教材の第一条の二や第一条の三を、そのまま最新の六法の番号として覚えると危険です。


「……何だか難しい顔をしてるな」


 相馬先輩が言いました。


「未来の法改正を思い出してました」


「またか!」


「勉強熱心なんです!」


「妙な勉強だな」


 私は笑いました。


 でも。


 本当に大事です。


 法律の仕組みを理解すること。


 そして、その時点で施行されている条文を使うこと。


 両方が必要なのです。


 ◇


 窓の外が、すっかり夕焼け色になっていました。


 私はノートを見直しました。


 会則遵守義務。


 研修。


 行政書士法人。


 設立と登記。


 社員資格。


 業務執行と代表。


 常駐。


 競業禁止。


 解散。


 懲戒。


 登録抹消の制限。


 立入検査。


 罰則。


「……多い」


 私は呟きました。


 相馬先輩が笑いました。


「今さらか」


「だって、行政書士法って、こんなに覚えることがあるんですよ!」


「仕事をするための法律だからな」


「でも、今回の事件を思い出すと、少し整理できます」


 私は鉛筆を持ち直しました。


「黒田さんは、資格を持っていた」


「そうだ」


「でも、名前を貸してしまった」


「ああ」


「だから、資格者としての義務が問題になった」


「そうだな」


「そして、大沢さんは無資格なのに実際の業務を仕切っていた」


「そうだ」


「だから、無資格業務の問題も出てきた」


 私は続けました。


「三浦さんは二十万円を払ったのに、手続が進まなかった」


「うん」


「だから、業務の適正さ、金銭管理、帳簿、依頼人への説明が問題になった」


「そのとおりだ」


 所長が頷きました。


 私は嬉しくなりました。


「さらに、県へ事実を伝えることで、監督や懲戒の問題につながった」


「うん」


「でも、私たちが処分を決めるわけではない」


「そうだ」


「それから、現代の行政書士法人の制度を考えると……」


 私は少し声を落としました。


「組織が大きくなっても、資格を持つ人間が責任を負うという原則は変わらない」


 相馬先輩が頷きました。


「分かってきたじゃねえか」


「はい!」


 私は笑いました。


 でも、ここで一つ疑問が浮かびました。


「所長」


「何だ」


「行政書士法って、結局、誰を守っているんでしょう?」


 所長は少し考えました。


「依頼人だ」


「はい」


「そして、誠実に働く行政書士だ」


 私は顔を上げました。


「行政書士も?」


「そうだ」


 所長は静かに続けました。


「無資格者が好き勝手に仕事をして、資格者の信用を利用する」


「はい」


「そんなことが放置されれば、真面目に仕事をする者が馬鹿を見る」


「……確かに」


「だから、資格制度を守ることには意味がある」


 私は黙って頷きました。


 なるほど。


 行政書士法は、行政書士だけを特別扱いする法律ではない。


 国民が安心して行政書士に仕事を頼めるようにする。


 同時に、資格を守って誠実に働く行政書士が、不正な競争や信用の破壊によって不利益を受けないようにする。


 そういう役割もあるのです。


「所長」


「何だ」


「私、最初は行政書士法って、面倒な決まりばかりだと思ってました」


「うん」


「でも、今日の事件を思い出すと……」


 私はノートを見つめました。


 黒田さん。


 大沢さん。


 三浦さん。


 それぞれの顔が浮かびました。


 資格を貸した人。


 資格を利用した人。


 資格を信用して被害に遭った人。


 この三人がいたから。


 行政書士法の規定が、ただの暗記項目ではなくなったのです。


「法律って、誰かが悪いことをした後に罰するだけじゃないんですね」


 私が言うと、所長が頷きました。


「そうだ」


「最初から、そういうことが起きにくい仕組みを作る」


「うん」


「それでも違反が起きたら、調査や懲戒の手続につなげる」


「そうだ」


「そして、依頼人と職業全体の信用を守る」


 所長は短く言いました。


「それでいい」


 私は深く頷きました。


 ◇


「よし!」


 私はノートの最後のページを開きました。


「先輩、確認問題をお願いします!」


「まだやるのか!」


「最後です!」


「分かったよ」


 相馬先輩が腕を組みました。


「じゃあ、行政書士会の会則は、守らなくてもいいのか?」


「いいえ! 現代の行政書士法十三条では、会則遵守義務があります!」


「研修は?」


「一般的な研修については、資質向上の努力義務です。ただし、特別な業務を扱うための研修などは別です!」


「行政書士法人の社員になれるのは?」


「原則として、資格を持つ行政書士だけです!」


「業務停止中の行政書士は?」


「その期間中、社員になれません!」


「法人の設立は?」


「定款を作り、公証人の認証を受け、主たる事務所所在地で設立登記をして成立します!」


「定款に必要な事項は?」


「目的、名称、事務所所在地、社員の氏名・住所と特定社員の区別、社員の出資に関する事項です!」


「成立後の届出は?」


「原則、成立から二週間以内です!」


「法人の業務執行は?」


「原則、社員全員。ただし定款による別段の定めがあります!」


「法人の代表は?」


「原則として、業務執行社員が各自代表します。ただし、代表社員を特に定めることができます!」


「特定業務は?」


「資格を持つ特定社員が執行します!」


「支店で特定業務を扱うには?」


「その特定業務に対応する特定社員の常駐が必要です!」


「競業禁止に違反したら?」


「違反業務で得た利益額が、法人の損害額と推定される場合があります!」


「個人の懲戒は?」


「戒告、二年以内の業務停止、業務禁止!」


「法人の懲戒は?」


「戒告、二年以内の業務の全部又は一部停止、解散!」


「懲戒を求める通知は誰ができる?」


「何人もできます!」


「その通知を受けた知事は?」


「通知された事実について、必要な調査をしなければなりません!」


「業務停止や業務禁止の処分をするときは?」


「法定の聴聞手続が必要です!」


「聴聞の通知は?」


「期日の一週間前までです!」


「懲戒処分をしたら?」


「遅滞なく都道府県の公報で公告します!」


「業務禁止を逃れるため、聴聞通知後に廃業を届け出たら?」


「所定の通知を受けた日行連は、手続が終わるまで一定の登録抹消をすることができません!」


 相馬先輩が、目を丸くしました。


「……お前、本当に全部覚えたのか?」


「はい!」


「すげえな」


「褒めましたね!」


「いや、少し気味が悪い」


「何でですか!」


 私は笑いました。


 でも。


 これだけの内容を、ただ暗記しようとしたら大変です。


 数字も多い。


 似たような言葉も多い。


 個人と法人の違いも多い。


 けれど。


 現場の事件と結びつければ、整理できます。


 資格を持つ者の義務。


 組織を作るためのルール。


 組織の責任を明確にするルール。


 違反した場合の監督と制裁。


 その四つの流れが見えるからです。


 私は最後の一行を書きました。


 ――行政書士法は「資格を守る義務」「法人を動かす規律」「違反を正す監督」で、依頼人の信用を守る。


「……できた!」


 私はノートを掲げました。


「どうですか!」


 相馬先輩が覗き込みました。


「長いな」


「一行です!」


「文字数が多い!」


「でも覚えやすいです!」


 先輩は笑いました。


「まあ、悪くねえ」


 私は嬉しくなりました。


 そのとき。


 片桐所長が、静かに言いました。


「こはる」


「はい」


「最後に一つ」


「何でしょう?」


「行政書士の仕事は、何で成り立っている」


 私は少し考えました。


 資格。


 登録。


 法律。


 会則。


 研修。


 書類。


 そして。


「……信用です」


 所長が頷きました。


「そうだ」


 私はノートを閉じました。


 昭和六十三年。


 まだ行政書士法人はありません。


 現代のような特定行政書士もありません。


 業務範囲も、組織の仕組みも、これから何度も変わっていきます。


 でも。


 依頼人から預かった信用を裏切ってはいけない。


 資格者が責任を持たなければならない。


 不正をしたなら、必要な手続に従って責任を問われる。


 その根っこは、変わらないのです。


「ところで、こはる」


 相馬先輩が言いました。


「はい?」


「お前、行政書士になったら法人を作るんだろ?」


「はい!」


「どんな法人だ?」


 私は少し考えました。


「全国に支店がある、大きな行政書士法人です!」


「ほう」


「本店には所長!」


「俺か」


 片桐所長が顔を上げました。


「はい!」


「相馬先輩は業務執行社員!」


「勝手に決めるな!」


「私は代表社員!」


「何でお前が代表なんだ!」


「未来の行政書士ですから!」


「意味が分からねえ!」


 私は笑いました。


 でも。


「ただし!」


 私は指を立てました。


「会則は守ります!」


「当然だ!」


「研修も受けます!」


「当たり前だ!」


「社員の資格も確認します!」


「そうしろ!」


「支店には、必要な資格を持つ社員を常駐させます!」


「未来の制度を勝手に決めるな!」


「競業禁止も守ります!」


「分かったよ!」


 相馬先輩が頭を抱えました。


 私は得意になりました。


「そして、絶対に名義貸しはしません!」


 その瞬間。


 片桐所長が、静かに頷きました。


「それが一番だ」


 私は笑いました。


 でも。


 所長の言葉は、本当に重かったのです。


 どれだけ法律が進歩しても。


 どれだけ行政書士の業務範囲が広がっても。


 どれだけ大きな法人を作れるようになっても。


 信用を売ってしまえば、何も残らない。


 黒田さんの事件が、それを教えてくれました。


「よし!」


 私はノートを鞄にしまいました。


「今日の勉強、完璧です!」


「そうか」


 相馬先輩が立ち上がりました。


「じゃあ、机を片付けろ」


「……え?」


「掃除もしろ」


「またですか!」


「見習いだろ」


 私は腕を組みました。


「先輩」


「何だ」


「将来、私が行政書士法人の代表社員になったら、先輩に掃除を命じます!」


「何だと!」


「法人の代表ですから!」


 相馬先輩が、にやりと笑いました。


「こはる」


「はい?」


「代表権があることと、何でも好き勝手にできることは別だぞ」


「……!」


「定款も、法律も、社員同士の権限関係もあるんだろ?」


「ぐっ……」


 確かに。


 自分で勉強したばかりでした。


 代表だからといって、法律や定款を無視していいわけではない。


 組織の中にも、ルールがある。


「先輩」


「何だ」


「今の、わざと言いましたね」


「さあな」


「意地悪です!」


「勉強になったろ」


 私は頬を膨らませました。


 でも。


 反論できません。


 だって。


 正しいんですから。


「分かりましたよ!」


 私は箒を取りました。


「掃除します!」


「よし」


「ただし!」


「まだ何かあるのか」


「今後、法人を設立するときは、先輩にも出資してもらいます!」


「勝手に決めるな!」


「共同経営です!」


「嫌だ!」


「社員には出資に関する事項がありますから!」


「まず資格を取れ!」


 ……。


 それを言われると弱いです。


 私は箒を動かしながら、窓の外を眺めました。


 夕暮れの町。


 遠くに駅前の建物が見えます。


 あの東海総合法務センターの看板は、まだ残っているのでしょうか。


 県の調査がどう進むのか。


 黒田さんがどんな処分を受けるのか。


 それは、まだ分かりません。


 そして、私たちが決めることでもありません。


 ただ。


 三浦さんは、預けた書類とお金を取り戻しました。


 父親の事業を進めるために、もう一度、正しい手続に向き合うことができます。


 それだけでも。


 今回の仕事には意味があったと思います。


 私は箒を止め、ノートの一行を思い出しました。


 ――行政書士法は「資格を守る義務」「法人を動かす規律」「違反を正す監督」で、依頼人の信用を守る。


 うん。


 覚えました。


 もう忘れません。


「こはる!」


 相馬先輩の声が飛びました。


「はい!」


「手が止まってるぞ!」


「今、学習内容を復習してたんです!」


「箒を持ちながらか!」


「はい!」


「器用な奴だな!」


 私は笑いました。


 でも。


 最後に、もう一つだけ思ったのです。


 資格は、合格証書に書かれた名前ではありません。


 資格者として、どんな仕事をしたのか。


 誰に信用され、誰のために責任を負ったのか。


 その積み重ねなのです。


 昭和の小さな行政書士事務所でも。


 令和の大きな行政書士法人でも。


 その重さだけは、きっと変わらないのでしょう。


「相馬先輩!」


「今度は何だ!」


「私、絶対に立派な行政書士になります!」


「おう!」


「資格を貸さない、会則を守る、研修も受ける!」


「いい心がけだ!」


「それから、社員になっても競業しない!」


「まだ法人はねえ!」


「そして、処分を逃れるために廃業しない!」


「最初から処分を受けるようなことをするな!」


 ……。


 なるほど。


 確かに。


 そちらのほうが、ずっと大事でした。


 私は思わず笑ってしまいました。


 法律の勉強は、まだまだ続きます。


 でも、今日の行政書士法だけは。


 ただの試験科目ではなく。


 これから私が背負うかもしれない、資格の重さそのものとして。


 しっかり覚えておこうと思います。

 以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハイファンタジー〔ファンタジー〕
魔術師こはるの物語 ―― 火力不足で追放された少女は、古代魔法の法理を読み解き世界を書き換える
その他〔その他〕
さくら司法書士補助者の法務帳 〜 昭和に転生して泥沼の争いを収めたら、実務と試験知識が完全にリンクしました 〜
こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜
宅建見習い栞の人情事件簿 〜転生したら昭和の不動産屋だったので、巻き込まれているうちに宅建過去問が解けるようになりました〜
推理〔文芸〕・歴史〔文芸〕
名探偵 藤原彰子の宮中事件簿 ――『転生皇后 藤原彰子』スピンオフ外伝
転生皇后 藤原彰子 〜 欠けることのない望月の世は私が創る 〜
新訳 太閤記 ~ 転生 豊臣秀吉、未来を識る僕は史実の道を静かに歩む 〜
美しき女帝 北条政子 〜 婚約破棄どころか強制結婚!? 平家のエリートに嫁がされそうになったので、豪雨の山を越えて愛する無職の元へ走ってみた 〜
歴史〔文芸〕 新訳セレクション ── 古典のハードル、下げておきました。
詩〔その他〕・エッセイ〔文芸〕
箴言・格言・名言集 〜頑張るあなたへ、今日を乗り越えるための一言〜
拝啓、愛読者様。― 想いを少しだけ 謹呈 条文小説
歴史〔文芸〕(六道輪廻抄)&関連作品
六道輪廻抄 〜 戦国転生記 〜
コミックス「六道輪廻抄〜戦国転生記〜」
動画生成AIが作成したイメージビデオ
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。