[行政手続法19条・聴聞の主宰者]現場編 「担当した俺が仕切る。何が悪い」の罠。当事者との近さと、手続を任される人の線引き
話を聞いてもらえるだけでは、公平とは限りません。
誰が聞くのか。
案外、そこがいちばん怖かったりします。
昭和六十三年。
片桐行政書士事務所の朝は、今日も電話のベルと書類の山から始まりました。
「朝比奈。市役所行くぞ」
相馬先輩が言いました。
「嫌です」
「まだ何も説明してないだろ」
「市役所行くぞ、で楽しい話だったことが一度もありません」
「安心しろ。今日も楽しくない」
「安心材料の使い方がおかしいです」
私の机には、昨夜まで読んでいた行政法のノートが開いています。
行政行為。
不利益処分。
告知。
聴聞。
弁明の機会。
そこだけ見れば、いつもの眠気製造装置です。
ただし。
私は知っています。
未来には、こういう「行政が人に不利益を与えるときの手続」を、きちんと法律で整理した行政手続法というものができる。
施行は平成六年。
つまり昭和六十三年の今には、まだない。
ないんですけど。
法律がないから、問題もない。
――なんて都合のいい話は、もちろんありません。
「で、今日は何です?」
「旅館」
「旅館?」
「営業許可の取消しをちらつかされてる」
眠気が吹き飛びました。
こういうのです。
教科書では眠い単語が、人の商売に乗った瞬間に急に重量を持つ。
事務所の応接には、四十代くらいの女性が座っていました。
小柄で、背筋が伸びています。
けれど膝の上で握った手だけが、落ち着かず何度も組み直されていました。
「宮下澄江さん」
片桐所長が紹介します。
「駅裏で『宮下旅館』をやっている」
「ああ、あの古い旅館ですか」
「古くて悪かったね」
「あっ、いえ、いい意味で!」
「古いに、いい意味も悪い意味もあるのかい」
あります。
今つくりました。
宮下さんは苦笑して、それから一枚の紙を差し出しました。
「これ、市役所から」
私は受け取ります。
旅館営業についての事情聴取通知。
設備上の問題。
宿泊者名簿の管理。
近隣からの苦情。
そして最後に、
営業許可の取消しを含む措置について検討するため、指定日時に来庁されたい。
とありました。
「取消し……」
「まだ決まったわけじゃない」
宮下さんは言いました。
「でも昨日、保健衛生課の人が来てね」
「何て?」
「『次は厳しいですよ』って」
なるほど。
行政法ではよくあるやつです。
書面は柔らかい。
口頭だけ急に強い。
こういうとき、人は書面より口調に負けます。
「問題点は?」
片桐所長が聞くと、宮下さんは俯きました。
「浴室の換気設備が古いのは本当。名簿だって、親父の代からのやり方で、書き漏らしもあった。でも、直せって言われたところは直したつもりなんです」
「苦情は?」
「夜中に酔った客が騒いだのが二回。それも謝りに行った」
「ほかに」
宮下さんは少し黙りました。
そして、言いにくそうに続けます。
「今回の件をずっと担当してるのが、保健衛生課の水野さんって人でね」
「はい」
「その人が、今度の事情聴取も自分が仕切るって」
相馬先輩の眉が動きました。
「仕切る?」
「ええ。『私が最初から全部見てるから、一番事情を分かってる』って」
……あ。
私の頭の中で、未来の条文が一つ、むくりと起き上がりました。
行政手続法十九条。
聴聞の主宰。
まだこの時代にはない。
でも未来の法律は、何もないところから突然生えてくるわけじゃない。
先に困りごとがある。
先に揉める。
先に、「それ誰が仕切るの?」という気持ち悪さが積み重なる。
あとから法律が、それに名前をつける。
「その水野さんって」
私は聞きました。
「取消しを検討してる側の担当者なんですよね」
「そうです」
「現場確認も?」
「全部あの人」
「改善指示も?」
「全部」
「で、今度、宮下さんの話を聞く場も、その人が進行する?」
「そう聞いてます」
私は思わず唇を曲げました。
うーん。
気持ちは分かるんです。
一番詳しい人が進めた方が早い。
行政実務としては、ものすごく分かる。
でも。
早いことと、納得できることは別です。
「水野さんが悪い人なんですか?」
宮下さんは首を振りました。
「いや。むしろ真面目なんだと思う。だから余計に怖いんです」
その言葉に、私は少し引っかかりました。
「どういうことです?」
「もう結論が決まってる感じがするの」
宮下さんは、膝の上の手をぎゅっと握りました。
「私が何を言っても、『でも前にも言いましたよね』『直ってませんよね』って。そりゃ担当してきた人だから分かるけど……今度もその人の前で説明するなら、何を話せばいいのか分からなくて」
なるほど。
ここだ。
人は、話す機会があれば満足するわけじゃない。
聞く側が最初から結論を抱えていたら、
「一応聞きました」
で終わってしまう。
「所長」
私は片桐所長を見ました。
「これ、誰が話を整理するか、確認した方がいいと思います」
「理由は」
「処分を検討してきた担当者と、本人の言い分を整理する役が、完全に同じでいいのかなって」
相馬先輩が腕を組みます。
「担当者だから駄目、って言いたいのか?」
「そこまでは」
私は一度止まりました。
危ない。
未来の行政手続法十九条を、そのまま昭和六十三年に持ち込むところでした。
しかも未来の行政手続法だって、「不利益処分を担当した者だから当然に主宰者になれない」とまではしていません。
そこを雑に言ったら、未来知識を持ってる意味がない。
「担当した人だから、それだけで排除される、って話ではないと思います」
「じゃあ何だ」
「その人が、宮下さん側の当事者だったり、代理人だったり、利害関係のある人だったりしないか。少なくとも、そういうところは分けて考えた方がいい」
相馬先輩が片眉を上げました。
「急に細かいな」
「細かいところに、手続の公平感って住んでるんですよ」
「何だその言い方」
私も今思いました。
でも片桐所長は笑いませんでした。
「市役所へ行く」
短い。
今日も出撃命令です。
市役所の保健衛生課は、午後の蛍光灯の下で少し湿っぽく見えました。
紙。
灰色の机。
積まれたファイル。
扇風機。
昭和の役所は、どこへ行っても書類が人間より偉そうです。
窓口で名刺を出すと、奥から倉田係長が出てきました。
「ああ、片桐先生のところ」
「またお世話になります」
私が言うと、倉田係長は嫌そうな顔をしました。
「その言い方、ろくな予感がしないな」
「私もです」
最近、倉田係長との距離感がおかしくなってきました。
「宮下旅館の件です」
片桐所長が切り出します。
「今度、事情を聞かれるそうですが」
「ああ。あれは保健衛生課です」
「進行は水野さんが?」
「担当ですからね」
係長は普通に答えました。
普通。
そこが逆に怖い。
何の疑問も持たれていない。
「倉田係長」
私は聞きました。
「話を聞く場では、誰が何をするんですか」
「何を、とは」
「処分を決める人。事実を調べてきた人。宮下さんの言い分を聞いて整理する人。この辺、全部同じですか?」
倉田係長は少し考えました。
「最終的に決めるのは市長名義だ。実務上は課で案を作る。調査は水野。事情聴取も水野が中心」
「じゃあ、水野さんが質問して、水野さんが反論を聞いて、水野さんが調書をまとめる?」
「そうなるな」
相馬先輩がぼそっと言いました。
「水野祭りだな」
「先輩」
「何だ」
「役所で祭りを開催しないでください」
倉田係長がこちらを睨みました。
「別におかしくはないだろ。事情を一番知っているんだから」
来ました。
悪意のない正論。
こういうのが一番手強い。
私は首を振りました。
「効率はいいと思います」
「なら」
「でも、効率がいい人と、聞き役として適切な人は同じとは限りません」
倉田係長の顔が少し固くなりました。
「何が言いたい」
「宮下さんは、処分を検討してきた水野さんを相手にずっと説明してきた。でも、その水野さん自身が『改善が足りない』と思っている。その状態で、改めて本人の言い分を聞いて整理する役まで水野さん一人だと、本人から見たら“結論を出した人に、もう一度説得しに行く場”に見えます」
「だから別の職員を出せと?」
「少なくとも、そういうやり方ができないか確認したいです」
ちょうどそのとき、
「私なら構いませんよ」
声がしました。
振り返ると、五十代くらいの男性職員が立っていました。
痩せた人です。
胸の名札には、
水野。
あ。
ご本人登場。
「宮下さんの旅館は、私が三回見ています」
水野さんは言いました。
「改善期限も伝えた。違反箇所も全部把握している。むしろ別の人間が聞く方が話が遅い」
怒ってはいません。
でも、声が硬い。
仕事に自信がある人の声です。
「一つ聞いていいですか」
私は言いました。
「どうぞ」
「水野さんの中では、もう取消し相当ですか」
倉田係長が目を見開きました。
相馬先輩は、横で小さく「おい」と言いました。
でも止めません。
水野さんは、ほんの少し沈黙しました。
「私の意見では、かなり厳しい」
「ですよね」
「だから何です」
「その意見を持つこと自体は、調査担当なら当然だと思います」
ここを間違えちゃいけない。
水野さんに意見を持つなというのは無理です。
仕事なんだから。
「ただ、宮下さんがこれから話すのは、“水野さんの判断が正しいかどうか”についてでもあるんですよね」
「……そうなる」
「その場を水野さん一人で仕切ると、水野さん自身が自分の判断について聞き役になることになります」
水野さんの眉がわずかに動きました。
「私が偏ると言いたいのか」
「偏ってる、と決めつけたいわけじゃありません」
「なら同じだ」
「違います」
自分でも驚くくらい、すぐ言葉が出ました。
「手続って、“実際に公正か”だけじゃなくて、“公正に話を聞いてもらえる形になってるか”も大事なんじゃないですか」
部屋が静かになりました。
言ってから思いました。
これ。
未来の行政手続法を知ってる私だから、余計に口から出た言葉です。
でも法律の名前は出せない。
まだないから。
昭和六十三年に、
「行政手続法十九条ではですね」
なんて言ったら、私は行政法どころか予言者として保護されそうです。
片桐所長が私を助けるように続けました。
「水野さんが担当者であることだけを問題にしているわけではありません」
「では?」
「たとえば、相手方本人やその家族、代理人、直接の利害関係人が、その場を取り仕切るなら問題でしょう」
「それは当然です」
「そういう明白な場合ほどではなくても、本人が言い分を出す場なら、誰に整理させるかは考えた方がいい」
水野さんは黙っています。
相馬先輩が口を開きました。
「水野さん。あんたは調査の説明役に回ればいい」
「何?」
「設備の問題がどこか。いつ指導したか。どこが直ってないか。そこはあんたが一番詳しい。だから説明する」
「……」
「でも聞く側は別にする」
相馬先輩は机を指で軽く叩きました。
「その方が、あんたの仕事も疑われにくいだろ」
おお。
うまい。
「あなたは公平じゃない」ではなく、
「あなたの仕事を守るためにも分けましょう」。
実務派、こういうところが強いんですよね。
水野さんの表情が、ほんの少し変わりました。
「誰がやる」
倉田係長が答えます。
「課長補佐に頼むか……いや、保健衛生課以外から一人入れる手もあるな」
水野さんが苦い顔をしました。
「そこまで大げさにする必要がありますか」
片桐所長が短く言いました。
「大げさにしないために、分けるんです」
水野さんが所長を見ました。
「……」
「取消しまで考えるなら、なおさらです」
それで決まりました。
完全に独立した第三者機関が出てくるわけではありません。
裁判官みたいな人が来るわけでもない。
けれど次回の事情聴取は、
水野さんが調査経過を説明する。
別の職員が進行し、宮下さんの言い分を聞く。
提出資料もその場で確認する。
という形に改められることになりました。
事務所へ戻る途中、相馬先輩が私の頭を軽く小突きました。
「お前、今日危なかったぞ」
「何がです?」
「担当者が聞くのはおかしい、まで言い切るところだったろ」
ぎく。
「……ちょっとだけ」
「行政は現場知らない奴だけで回せないんだよ」
「分かってます」
「担当者が関わったから即アウト、じゃない」
「はい」
未来の行政手続法でもそうです。
そこは大事。
聴聞を主宰するのは、行政庁が指名する職員など。
そして、不利益処分の担当者だったという理由だけで、当然に主宰できなくなるわけではない。
むしろ試験では、そこが引っかけになりやすい。
でも一方で。
誰でもいいわけじゃない。
当事者。
参加人。
その配偶者。
一定範囲の親族。
代理人。
補佐人。
後見人。
その他の関係人。
本人の側や利害関係のただ中にいる人間まで、聞く場を仕切っていいわけではない。
未来の法律は、その線をきちんと引く。
でも今。
昭和六十三年の町には、まだその条文はありません。
それでも、
誰に話を聞かれるか。
誰が進行するか。
その人はどちら側に近いのか。
という問題は、もうここにある。
条文より先に、困りごとは生まれていたんです。
二日後。
宮下さんの事情聴取が行われました。
私たちは代理人としてではなく、宮下さんの資料整理を手伝い、必要な範囲で付き添いました。
進行役になったのは、保健衛生課とは別の庶務担当の課長補佐でした。
水野さんは少し離れた席。
いつものように硬い顔をしています。
でも、前とは違います。
「では、まず市側から調査経過を説明してください」
課長補佐が言いました。
水野さんが話す。
設備。
名簿。
改善期限。
苦情。
事実は、事実として並びました。
そのあと。
「宮下さん。市側の説明について、違う点や補足したい点があれば話してください」
宮下さんが一度、息を吸いました。
そして鞄から、一冊のノートを出しました。
「まず、換気設備ですが」
声が震えていませんでした。
「六月十二日に修理業者を呼んでます。これが領収書。七月二日にも追加工事をしました」
水野さんが書類を見ます。
「この二回目は、私は聞いていません」
「言おうと思ったけど、その前に“もう遅い”って言われたから」
課長補佐が顔を上げました。
「水野さん、“もう遅い”とは?」
「正式な決定という意味ではありません。改善期限を過ぎていたので」
「その点は記録に残しましょう」
――これ。
私はちょっと感動しました。
同じ話でも、聞く人が一人増えるだけで、言葉の扱われ方が違う。
水野さんの発言が、
担当者の一言から、
確認すべき事実の一つに変わった。
宮下さんはさらに続けました。
「名簿についても、新しい様式に変えました」
「いつから?」
「八月一日から」
「では、その後の記録を見せてください」
「はい」
ページがめくられていきます。
完全ではありません。
抜けもある。
直っていない部分もある。
だから、
「宮下さんが全部正しかった」
にはなりませんでした。
でも。
「何も改善していない」
でもなかった。
これまで一つの担当者の頭の中でまとまっていた評価が、
事実ごとに切り分けられていきます。
換気は一部改善。
名簿も新様式へ変更。
苦情対応も記録あり。
残る問題は何か。
それはどの程度重いのか。
取消しまで必要なのか。
話がようやく、
「この人はもう駄目だ」
から、
「どの事実を、どう評価するか」
へ移っていきました。
私は隣で、膝の上のノートを握っていました。
法律って。
すごい判決を出すものだけじゃないのかもしれません。
誰が正しいかを決める前に、
誰が話を聞くのか。
どう並べて聞くのか。
そこを整えるだけでも、人は少し救われる。
事情聴取が終わったあと、水野さんが廊下で私たちを呼び止めました。
「朝比奈さん」
「はい」
「まだ取消しの可能性がなくなったわけではありません」
「分かってます」
「問題があったのも事実です」
「はい」
水野さんは少し黙りました。
「ただ」
「?」
「二回目の修理は、知らなかった」
私は何も言いませんでした。
「……聞いたつもりになってたのかもしれません」
その一言だけで、十分でした。
片桐所長が軽く頭を下げます。
「調べる人と、聞く人は、近すぎることがあります」
「別人にすれば全部うまくいくわけでもないでしょう」
水野さんが言う。
「もちろん」
所長は答えました。
「だから手続がある」
短い。
今日も短い。
でも、たぶんそれが全部です。
事務所へ戻ると、宮下さんが夕方に顔を出しました。
紙袋を一つ持っています。
「旅館の朝食で出してる梅干し」
「渋い差し入れですね」
「団子ばっかりもらってるんだろ」
「なぜ知ってるんですか」
「町は狭いよ」
怖い。
個人情報保護という概念が、まだ遠い時代の地方都市を感じます。
宮下さんは、包みを机に置きました。
「取消し、まだ分からないんですよね」
「はい」
私は正直に答えました。
「でも今日、ちゃんと話せました」
「それは、そう」
「それだけでも前とは違います」
宮下さんは頷きました。
「前はね」
少し笑います。
「水野さんに何言っても、“分かってます”って言われるのが一番怖かった」
「分かってます、ですか」
「私の事情まで全部分かってるって顔でね」
私は苦笑しました。
分かっている人ほど、聞かなくなる。
たぶん人間って、そういうところがあります。
相馬先輩が梅干しを一つ摘まみました。
「しょっぱ」
「勝手に食べましたね」
「差し入れだろ」
「まだ配分ルールが」
「また始まった」
宮下さんが笑いました。
最初に事務所へ来たときより、ずっと普通の笑い方でした。
その夜。
私は机に残って、ノートを開きました。
見出しだけ書きます。
――聴聞の主宰者。
もちろん。
昭和六十三年の今、その名前の行政手続法十九条はまだありません。
だから私は、その条文を誰にも見せられない。
でも未来の私は知っています。
行政庁が指名した職員などが、聴聞を主宰する。
そして、
誰でも主宰できるわけではない。
当事者側に立つ人。
近しい親族。
代理人。
補佐人。
利害関係に深く入っている人。
そういう人たちには線が引かれる。
一方で、
「処分の担当者だった」
というだけで、直ちに駄目になるわけでもない。
そこを雑に覚えると、たぶん試験で落とされる。
でも今日は、まだ整理しません。
それは次です。
今日覚えたのは、その前のこと。
話を聞く場では、
「話せるか」だけじゃなく、
「誰に話すのか」
も大事だということ。
「何書いてる」
相馬先輩が覗き込みました。
「今日の疑問だけです」
「答えは?」
「まだ」
「珍しいな」
「所長に言われたので。分かった気になるなって」
奥から片桐所長の声がします。
「いい心がけだ」
「聞いてたんですか」
「聞こえる」
私はノートに最後の一行だけ書きました。
――聞く機会は、聞く人まで含めて手続になる。
相馬先輩が読みます。
「ちょっと格好つけすぎだな」
「じゃあ先輩なら?」
「話聞きます、って言われたら、誰が聞くか聞け」
「身も蓋もない」
「覚えやすいだろ」
悔しい。
私はその下に、小さく付け足しました。
――「誰が聞くんですか」は、失礼な質問ではない。
窓の外では、昭和六十三年の町が静かになっていました。
未来には、
今日みたいな問題を少しずつ言葉にして、
誰が主宰できるのか。
誰が主宰してはいけないのか。
法律が線を引くようになります。
けれど。
その法律より先に、
宮下さんみたいな人がいた。
ちゃんと話を聞いてほしい。
最初から決めつけないでほしい。
自分の言い分を、自分の言葉として扱ってほしい。
そんな小さな願いが積もって、
いつか条文になるのかもしれません。
制度の言葉は冷たいです。
当事者。
参加人。
代理人。
主宰者。
利害関係。
どれも体温のない単語です。
でも。
その冷たい線引きがあるから、
「俺が全部知ってる。俺が聞けば十分だ」
という善意の近道を、少しだけ遠回りさせることができる。
そしてその遠回りで、
一人の言い分が、ようやく言い分として扱われることがある。
「朝比奈」
「はい」
「梅干し、一個残ってるぞ」
相馬先輩が言いました。
「いただきます」
「さっき俺が食ったやつ、かなり酸っぱいぞ」
「忠告ありがとうございます」
一口。
「……酸っぱ!」
「だろ」
「先に言ってくださいよ!」
「言った」
「食べる前に!」
片桐所長が新聞の向こうで言いました。
「言い分を聞け」
「今のは聞いた上で被害に遭いました!」
手続を整えても、梅干しの酸っぱさまでは救済されないようです。
行政法にも、限界はあります。
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