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こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈商法・会社法 配点20点/300点〉 組織再編

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678/701

[会社法・組織変更]法理編 こはるノート

挿絵(By みてみん)

 会社は、姿を変えることができます。


 株式会社から合同会社へ。


 合同会社から株式会社へ。


 あるいは、株式会社から合名会社へ。


 けれど。


 姿が変わったからといって、昨日までの約束が消えるわけではありません。


 借金も。


 契約も。


 取引先との信用も。


 会社が背負ってきた責任は、簡単には消えないのです。


 そして。


 会社の形を変えるとき、法律は二つのことを気にします。


 出資した人たちは、本当に納得しているのか。


 会社を信用してお金を貸した人たちは、不利益を受けないのか。


 この二つを無視すると。


 どれほど偉そうな社長でも、会社を好き勝手に変身させることはできません。


 昭和六十三年。


 夕方の片桐行政書士事務所。


 私は机に向かい、ノートを開いていました。


 表紙には大きく、


 ――こはるノート・商法・会社法編。


 と書いてあります。


「……先輩」


「何だ」


「会社って、変身できるんですね」


 相馬先輩が新聞から顔を上げました。


「いきなり何だ」


「組織変更です!」


「ああ」


「株式会社が合同会社になったり、合同会社が株式会社になったりするんですよ!」


「合同会社?」


 ……。


 しまった。


 相馬先輩の目が細くなりました。


「こはる」


「はい」


「また、どこの六法を読んでるんだ?」


「……未来です」


「未来?」


「いえ! 何でもありません!」


 危ない。


 またやってしまいました。


 昭和六十三年。


 この時代には、合同会社がありません。


 会社法という独立した法律も、まだ存在しません。


 株式会社の規律は、商法第二編。


 有限会社には、有限会社法。


 会社の形も、組織変更できる範囲も、現代とは違うのです。


「先輩!」


「今度は何だ」


「今日は、昭和の商法と現代の会社法を比較したいんです!」


「また面倒なことを……」


「だって、昨日の三百万円の事件、ものすごく勉強になったじゃないですか!」


 相馬先輩は煙草をくわえました。


「ああ。あの黒岩って社長か」


「はい!」


 東海精機株式会社。


 代表取締役、黒岩剛三。


 株式会社から有限会社への組織変更を理由に、下請け工場への支払を拒もうとした男です。


 未払い代金。


 三百万円。


 しかも。


 株主総会の議事録には、出席していない株主の名前まで書かれていました。


 けれど。


 森田さん本人の名義で作成した内容証明郵便によって、債務が消えないことと、議事録の問題点が明確になった。


 その結果。


 三百万円は支払われました。


「つまり!」


 私は鉛筆を握りました。


「組織変更って、ただ会社の種類を変えるだけじゃないんです!」


「ほう」


「会社に関係する人たちの権利を守る手続きなんです!」


 奥から片桐所長が声をかけました。


「なら、整理してみろ」


「はい!」


 よし。


 今日も、こはるノートの始まりです。


「まず、組織変更とは何か」


 私はノートの真ん中に書きました。


 ――組織変更。


 現代の会社法第二条第二十六号。


 株式会社が持分会社になること。


 または、持分会社が株式会社になること。


「これが現代の定義です!」


 相馬先輩が首をかしげました。


「持分会社って何だ」


「合名会社、合資会社、合同会社の三つをまとめた呼び方です」


「合同会社は知らねえな」


「昭和六十三年には、まだないですから」


 私は三つの名前を並べました。


 合名会社。


 合資会社。


 合同会社。


「このうち、合同会社は現代の会社法によって導入された会社形態です」


「なるほどな」


「だから昭和六十三年には、株式会社、有限会社、合名会社、合資会社を中心に考えることになります」


 私は少し考えました。


「所長。昔は組織変更できる範囲が限られていたんですよね」


「そうだ」


 所長が頷きました。


 昭和六十三年。


 株式会社と有限会社の間。


 合名会社と合資会社の間。


 こうした組織変更が、当時の法律で認められていました。


 しかし。


 株式会社から合名会社へ、現代の会社法と同じように直接変更する制度が整っていたわけではありません。


「つまり、昔は会社の種類ごとに、制度がかなり分かれていたんですね」


「ああ」


「それが現代では、株式会社と持分会社との間の組織変更として整理された」


 私は大きく丸をつけました。


 そして。


「ちなみに、現代の株式会社から有限会社への組織変更はできません」


 相馬先輩が顔を上げました。


「何?」


「有限会社法そのものがなくなるんです」


「……何だと?」


「平成十八年、会社法の施行に合わせて有限会社法が廃止されます」


 私は続けました。


「既存の有限会社は、特例有限会社として存続できます。でも、新しく有限会社を設立することはできなくなるんです」


 相馬先輩が腕を組みました。


「ずいぶん変わるもんだな」


「そうなんです」


 私は笑いました。


 昭和の商法。


 現代の会社法。


 同じ会社の話でも、使える制度が違う。


 これを混同すると。


 今回の私のように、


「総株主の同意が必要です!」


 と、未来の規定を昭和の事件に持ち込んでしまいます。


「先輩」


「何だ」


「転生者にとって、法律改正って本当に怖いです」


「お前は何と戦ってるんだ」


 ……未来の知識です。


 もちろん、言えません。


「では、現代の組織変更手続きです!」


 私はノートに大きく四つの言葉を書きました。


 計画。


 同意。


 債権者保護。


 登記。


「この四つが、基本の流れです」


「ほう」


「でも、単に順番を覚えるだけではもったいないんです」


 私は、昨日の事件を思い出しました。


 黒岩社長は、組織変更の手続きを、ただの面倒な作業だと思っていました。


 けれど。


 それぞれに、ちゃんと理由があります。


「まず一つ目!」


 私はノートを指差しました。


 ――組織変更計画の作成。


 現代の会社法第七百四十三条。


「会社が組織変更する場合、組織変更計画を作成しなければなりません」


「計画?」


「はい」


 たとえば。


 株式会社を合同会社に変える。


 そのとき、社長が口頭で、


「明日から合同会社にするぞ!」


 と言っただけでは、当然、手続きは完成しません。


 変更後の商号。


 会社の目的。


 本店所在地。


 社員となる人。


 その責任の種類。


 出資に関する事項。


 効力発生日。


 こうした必要事項を、法律に従って定める必要があります。


「つまり」


 私は言いました。


「何という会社になって、誰がどんな立場になるのかを、きちんと決めるんです」


「当たり前だな」


「そうなんです。でも、そこが大事なんです」


 私は黒岩社長の顔を思い出しました。


 最初は合名会社にする。


 あとから有限会社にする。


 そんなふうに、会社形態を気軽に言い換えていました。


 でも。


 合名会社と有限会社では、出資者の責任の仕組みが違います。


 会社の形は、看板の色を選ぶような話ではありません。


「所長」


「何だ」


「計画が必要なのは、会社の将来を具体的に明らかにするためなんですね」


「そうだ」


 所長が頷きました。


「何を変えるのか分からないまま、同意だけ取っても意味がない」


 私は大きく頷きました。


 なるほど。


 まず、計画。


 何に変わるのかを明確にする。


 これが、組織変更の出発点なのです。


「次は、二つ目!」


 私はページをめくりました。


 ――全員の同意。


「ここが、今回の最大のポイントです!」


 相馬先輩が眉を上げました。


「全員?」


「はい!」


 私はノートに書きました。


 株式会社が持分会社へ組織変更する場合。


 会社法第七百七十六条。


 効力発生日の前日までに、組織変更計画について総株主の同意が必要。


「総株主です」


「うん」


「つまり、原則として株主全員です!」


 私は指を一本立てました。


「百人株主がいたら?」


「百人全員か」


「はい!」


「千人なら?」


「千人全員です!」


 相馬先輩が顔をしかめました。


「面倒だな」


「そうなんですよ」


 私は頷きました。


「でも、理由を考えると納得できます」


 たとえば。


 株式会社A。


 株主は三人。


 社長が八割の株式を持っている。


 残りの二人が、一割ずつ。


 ここで社長が言いました。


 ――今日から合名会社にする。


 私は相馬先輩を見ました。


「先輩。これ、どう思います?」


「どうって?」


「株式会社の株主は、原則として出資した範囲で責任を負う立場です」


「ああ」


「でも、合名会社の社員は、無限責任社員です」


 相馬先輩の表情が変わりました。


「……そうか」


「はい」


 株式会社の株主だった人が、合名会社の社員になる。


 それは、責任のあり方が大きく変わるということ。


 無限責任社員は、一定の場合に会社の債務について個人財産でも責任を負います。


「社長が八割持っているからって、残りの二人を勝手に無限責任社員にしていいと思います?」


「そりゃ駄目だろ」


「ですよね!」


 私は鉛筆を握りました。


 そこで、全株主の同意。


 多数決で押し切らせない。


 たとえ一株しか持っていなくても。


 その人の同意が必要になる。


「だから、総株主の同意なんですね」


 片桐所長が頷きました。


「責任の重さが変わる以上、本人の意思を軽く扱えん」


「はい」


 私は少し胸が熱くなりました。


 全員の同意。


 試験では、ただの暗記事項です。


 でも。


 その裏には、一人の株主の人生を守る意味がある。


 お金を出しただけの人が。


 ある日突然、会社の借金を個人で背負わされる。


 そんなことを防ぐための規定なのです。


「先輩!」


「何だ」


「これ、森田さんの事件と似ていますね!」


「ああ」


「黒岩社長も、六割持っているから何でも決められると思っていました」


「そうだな」


「でも、現代の株式会社から持分会社への組織変更なら、六割どころか九十九パーセント持っていても、残りの株主の同意が問題になるんです」


「そういうことだ」


 もっとも。


 森田さんの事件は、昭和六十三年の株式会社から有限会社への変更。


 そこで、現代の総株主同意の規定を、そのまま使うことはできません。


 当時の法定決議要件を確認する必要がありました。


 この違いを忘れてはいけません。


 私はノートに赤線を引きました。


 ――昭和の株式会社から有限会社への組織変更と、現代の株式会社から持分会社への組織変更は、適用される制度が違う。


「よし!」


 私は頷きました。


「これで、未来の条文を混ぜません!」


「最初から混ぜるな」


 相馬先輩に怒られました。


「では、逆の場合です!」


 私はページをめくりました。


 ――持分会社から株式会社への組織変更。


 現代の会社法第七百八十一条。


「今度は、総社員の同意が原則です!」


 相馬先輩が首をかしげました。


「社員?」


「はい」


「会社の従業員全員か?」


「違います!」


 私は勢いよく首を振りました。


「ここ、ものすごく重要です!」


 商法・会社法における「社員」。


 これは、普通の会社でいう従業員とは違います。


 持分会社の構成員。


 出資者として会社に参加している人をいいます。


「つまり、合同会社で働いているアルバイトさん全員の同意が必要、という意味ではありません」


「なるほどな」


「会社法でいう社員という言葉は、日常会話と意味が違うんです」


 私はノートに大きく書きました。


 ――社員とは、持分会社の構成員。従業員とは限らない。


「では、合同会社を株式会社にしたい場合」


 私は続けました。


「原則として、社員全員の同意が必要です」


「株式会社になるなら、責任は軽くなるんじゃねえのか?」


 相馬先輩が聞きました。


「そうですね。合同会社の社員は有限責任ですし、株式会社の株主も有限責任です」


「なら、何で全員の同意が必要なんだ?」


「会社の運営の仕組みそのものが変わるからです」


 私は説明しました。


 持分会社では、社員の人的な結びつきが重視される仕組みがあります。


 一方、株式会社では、株式や株主総会、取締役などを中心とした仕組みになります。


 会社の意思決定。


 出資者の地位。


 利益の受け取り方。


 経営への関わり方。


 これらが変化することがあります。


「だから、勝手に株式会社にされても困る場合があるんです」


「なるほどな」


「ただし!」


 私は赤鉛筆を持ちました。


「ここには、試験で重要な例外があります!」


 相馬先輩が嫌そうな顔をしました。


「また例外か」


「法律は例外が好きなんです!」


 会社法第七百八十一条第一項。


 持分会社が組織変更する場合、原則として総社員の同意が必要。


 ただし。


 定款に別段の定めがある場合は、この限りではありません。


「つまり、持分会社の場合は、定款で別の同意要件を定められるんです」


「ほう」


「株式会社の場合の総株主同意と、ここが違います」


 私はノートに二つ並べました。


 株式会社から持分会社。


 総株主の同意が必要。


 持分会社から株式会社。


 原則として総社員の同意。ただし定款に別段の定めがあれば、それに従う。


「これ、引っかけ問題になりそうですね」


「何でそんな嬉しそうなんだ」


「違いが分かると、試験問題が怖くなくなるんです!」


 相馬先輩が呆れた顔をしました。


「変な趣味だな」


 私は笑いました。


 でも。


 この違いは、とても重要です。


 全員の同意。


 原則。


 例外。


 似たような言葉でも、法律は細かく区別しています。


 だからこそ。


 定款の一行が、会社の運命を変えることがあるのです。


「さて」


 片桐所長が口を開きました。


「こはる。黒岩の事件で、一番困っていたのは誰だ」


「森田さんです」


「なぜだ」


「三百万円を払ってもらえなかったからです」


「そうだ」


 所長は頷きました。


「では、組織変更する会社の債権者を、どう守る」


 私は鉛筆を握り直しました。


「三つ目!」


 ――債権者保護手続。


 現代の会社法第七百七十九条。


 そして、持分会社については第七百八十一条第二項による準用。


「組織変更する場合、会社債権者には異議を述べる機会が与えられます」


 相馬先輩が頷きました。


「ああ」


「会社の形が変わることで、債権者が不利益を受ける可能性があるからです」


 私は森田さんの事件を思い出しました。


 三百万円の部品代金。


 会社はそれを支払う義務を負っている。


 なのに、社長は組織変更を理由に支払を拒もうとした。


 あのとき、もし法律が、


「会社の形が変わったので、債権者の権利はなくなります」


 などと認めていたら。


 森田さんの工場は、立ち行かなくなっていたかもしれません。


「先輩」


「何だ」


「債権者保護って、本当に大事なんですね」


「そうだな」


「でも、異議を述べる機会って、具体的にどう作るんでしょう」


 私はノートに書きました。


 現代の会社法では、組織変更する株式会社は、法定事項を官報で公告するなど、債権者に対する手続きを行います。


 把握している債権者には、原則として個別の催告も必要になります。


 そして、債権者が異議を述べられる期間を設ける。


 その期間は、一か月を下回ることができません。


「一か月以上です!」


 私は赤線を引きました。


「一週間では足りません」


「うん」


「三日でも駄目です」


「当たり前だ」


「債権者が考える時間を確保するんですね」


 相馬先輩が頷きました。


 ただし。


 債権者が異議を述べたからといって、その一言だけで会社が永久に組織変更できなくなるわけではありません。


「ここも大事です」


 私は続けました。


 異議を述べた債権者に対しては、原則として。


 弁済する。


 相当の担保を提供する。


 または、弁済を受けられるようにするための信託会社等への財産の信託。


 こうした対応が必要になります。


 もっとも、組織変更してもその債権者を害するおそれがない場合は、例外があります。


「つまり」


 私は言いました。


「債権者が異議を述べたら、会社は法律に従って、その人の利益を守る対応をしなければならないんです」


「そういうことだ」


 所長が頷きました。


「手続きを踏まずに、看板だけ掛け替えて逃げることはできん」


「はい!」


 私は大きく丸をつけました。


 でも。


 ここで、もう一つ疑問が浮かびました。


「所長」


「何だ」


「異議を述べなかった債権者は、借金を請求できなくなるんですか?」


「いいや」


「ですよね!」


 私は頷きました。


 組織変更に異議を述べなかったことと、債権そのものを放棄することは違います。


 適法な手続きのもとで期間内に異議を述べなければ、組織変更について承認したものとみなされる場合があります。


 でも、それは借金を免除したという意味ではありません。


「つまり、黒岩社長の主張は、そこでも間違っていたんですね」


「そうだ」


 相馬先輩が笑いました。


「異議がなければ借金が消えるなんて、どこにも書いてねえからな」


 私はノートに書きました。


 ――債権者保護手続は、債権を消すためではなく、債権者を守るための手続き。


 なるほど。


 これも、忘れられそうにありません。


「では、最後です!」


 私はノートの四つ目に線を引きました。


 ――組織変更の登記。


 現代の会社法第九百二十条。


「会社の形を変えたら、登記が必要です」


「当然だな」


「はい」


 会社の登記。


 これは、会社に関する重要な情報を外部に示す仕組みです。


 商号。


 本店所在地。


 会社の種類。


 代表者など。


 取引先は、登記によって会社の基本情報を確認できます。


「会社が組織変更した場合、効力発生日から二週間以内に、組織変更前の会社について解散の登記をし、組織変更後の会社について設立の登記をすることになります」


 私は、そこで手を止めました。


「……あれ?」


 相馬先輩が顔を上げました。


「何だ」


「解散の登記?」


「ああ」


「設立の登記?」


「そうだ」


 私は首をかしげました。


「じゃあ、前の会社はなくなって、新しい会社ができるんですか?」


 所長が静かに言いました。


「そこが落とし穴だ」


「え?」


「登記の名称だけで、法人格が別になったと考えるな」


 私は目を見開きました。


 そうでした。


 組織変更。


 これは、同じ法人が会社の種類を変える制度です。


 解散の登記。


 設立の登記。


 そういう登記を行っても。


 組織変更前後で、法人格の同一性は維持されます。


「じゃあ!」


 私は勢いよく言いました。


「森田さんの三百万円は、やっぱりそのままなんですね!」


「そうだ」


 所長が頷きました。


「会社の形が変わっても、債務を負う会社が別人になったわけではない」


 私は鉛筆を握りしめました。


 ここです。


 今回の事件の、一番大きな急所。


 黒岩社長は、組織変更すれば別の会社になると思っていました。


 だから、旧会社の借金は消える。


 そんな理屈を主張していた。


 でも。


 法人格は同じ。


 契約上の権利義務も、原則としてそのまま続く。


「つまり、先輩」


「何だ」


「株式会社Aが合同会社Aになっても、Aという法人は続いているんですね」


「そういうことだな」


「だから株式会社時代の借金も残る」


「ああ」


 私は大きく頷きました。


 そして、ノートに書きました。


 ――組織変更では、会社の種類は変わるが、法人格の同一性は失われない。


 これ。


 ものすごく重要です。


 組織変更と、新しい会社を別に設立すること。


 それから、合併によって会社が消滅すること。


 これらは、区別しなければなりません。


「所長」


「何だ」


「組織変更の登記をしたら、そこで初めて効力が発生するんですか?」


「現代の制度では、そこも区別が必要だな」


 私は頷きました。


 現代の会社法では、組織変更計画に定めた効力発生日に、組織変更の効力が生じる仕組みです。


 ただし、必要な債権者保護手続きが終了していない場合などは、予定どおり効力が生じません。


 そして、効力が生じたあと、法定期間内に登記する。


「つまり!」


 私は鉛筆を掲げました。


「効力発生日と、登記をする日は、必ずしも同じではないんですね!」


「そういうことだ」


 所長が頷きました。


 試験では、ここも間違えやすそうです。


 私は赤線を引きました。


 組織変更計画に定めた効力発生日。


 登記は原則として効力発生日から二週間以内。


 ただし、必要な法定手続きを終えていることが前提。


「よし!」


 私はノートを見直しました。


 計画。


 同意。


 債権者保護。


 登記。


 ようやく、四つがつながりました。


「さて、こはる」


 相馬先輩が新聞を畳みました。


「はい!」


「一つ聞くぞ」


「何でしょう」


「株式会社を合名会社に組織変更した場合、株主はどうなる?」


 私は考えました。


「現代の会社法では、組織変更計画に従って、持分会社の社員になります」


「うん」


「合名会社なら、社員は全員が無限責任社員です」


「そうだ」


「だから、組織変更によって責任の範囲が大きく変わります」


 私は頷きました。


 株式会社の株主は、原則として有限責任。


 合名会社の社員は、無限責任。


 だからこそ、総株主の同意が必要になる。


 ……あれ?


「先輩」


「何だ」


「株式会社から合同会社なら、どちらも有限責任ですよね」


「ああ」


「だったら、総株主の同意は要らないんですか?」


 相馬先輩が笑いました。


「どう思う?」


 私は少し考えました。


 株式会社から合同会社。


 株主も、合同会社の社員も有限責任。


 なら、責任が重くなるわけではない。


 でも。


 会社の運営方法が変わる。


 出資者としての地位も変わる。


 株式を保有する立場から、持分会社の社員になる。


「……やっぱり必要です!」


「正解だ」


 私は頷きました。


 総株主の同意が必要なのは、無限責任になる場合だけではありません。


 株式会社が持分会社に組織変更する場合には、合同会社に変わる場合でも、総株主の同意が必要です。


「ここ、重要ですね!」


「そうだな」


「会社の種類を変更すること自体が、株主の地位に大きく関係するんです」


 私は書きました。


 ――株式会社から持分会社への組織変更は、変更後が合同会社でも総株主の同意が必要。


 よし。


 これで間違えません。


「では、確認問題です!」


 私は勢いよく立ち上がりました。


 相馬先輩が嫌そうな顔をします。


「何で俺が試験を受けるんだ」


「勉強会だからです!」


「勝手に決めるな!」


 私は構わず続けました。


「第一問!」


 ――株式会社Aは、合同会社に組織変更することにした。株主の九十パーセントが賛成したので、残りの株主の同意がなくても組織変更できる。


「先輩、正しいですか?」


「いや、現代の話なら総株主の同意が必要なんだろ」


「正解!」


 私は頷きました。


「九十パーセントでも足りません!」


「面倒だな」


「その面倒さが、株主を守るんです!」


 次。


「第二問!」


 ――合同会社Bは、株式会社に組織変更する。定款に別段の定めはない。社員の過半数が賛成したので、組織変更できる。


 相馬先輩が答えました。


「駄目だな」


「正解!」


 私は赤鉛筆を掲げました。


「原則として総社員の同意が必要です!」


「ただし、定款に別段の定めがあれば違う」


「完璧です!」


 次。


「第三問!」


 ――株式会社Cは、組織変更について債権者に異議を述べる機会を与えた。ある債権者が異議を述べなかったので、その債権者への借金は消滅する。


 相馬先輩が笑いました。


「そんなわけねえだろ」


「正解!」


「森田の事件と同じだな」


「はい!」


 異議を述べなかったことは、借金を免除したことにはなりません。


 次。


「第四問!」


 ――株式会社Dは、組織変更によって合名会社となった。登記では旧会社の解散と新会社の設立を行うので、法人格は別になる。


「違う」


 相馬先輩が即答しました。


「正解!」


 私は頷きました。


「法人格の同一性は維持されます!」


 最後。


「第五問!」


 ――昭和六十三年の株式会社は、現代の会社法第七百七十六条に従って、総株主の同意を得れば合同会社に組織変更できる。


 相馬先輩が私を見ました。


「……こはる」


「はい?」


「お前、わざとだろ」


「何がですか?」


「昭和六十三年に合同会社はねえ!」


「大正解です!」


 私は笑いました。


 でも。


 相馬先輩も、少し笑っていました。


「お前、相当この論点が好きになったな」


「はい!」


 私はノートを閉じました。


 組織変更。


 最初は、ただの四段階の暗記事項でした。


 計画。


 同意。


 債権者保護。


 登記。


 でも。


 昨日の事件を思い出すと、全部意味があります。


 計画は、何に変わるかを明確にするため。


 同意は、出資者の立場を守るため。


 債権者保護は、会社を信用した人を守るため。


 登記は、会社の重要な情報を社会に示すため。


 そして。


 組織変更しても、法人格は同じ。


 だから、借金も消えない。


「所長」


「何だ」


「法律って、ちゃんとつながってるんですね」


 所長が頷きました。


「そうだ」


「一つ一つの手続きに、人を守る理由がある」


「うん」


「だから、黒岩社長みたいに手続きを軽視すると、結局自分が困るんですね」


 所長は短く答えました。


「そういうことだ」


 窓の外は、もう薄暗くなっていました。


 町工場の煙突から、細い煙が上がっています。


 あのどこかで。


 森田さんの工場も、今日の仕事を終えるのでしょう。


 三百万円。


 単なる数字ではありません。


 従業員の給料。


 材料費。


 家族の生活。


 工場を明日も続けるためのお金。


 その三百万円を守ったのは。


 会社の法人格が続くという考え方でした。


 そして。


 手続きを正しく踏むことの大切さでした。


「……なるほど」


 私は呟きました。


「何がだ」


 相馬先輩が聞きました。


「組織変更って、会社が新しく生まれ変わることじゃないんですね」


「ほう」


「同じ会社が、違う形で生き続けることなんです」


 片桐所長が頷きました。


「そうだな」


 私はノートの最後のページを開きました。


 ここに。


 今日の一行を書きます。


 ゆっくり。


 丁寧に。


 ――組織変更は「姿を変えても同じ会社」。計画・同意・債権者保護・登記で、出資者と債権者を守る。


「……できた!」


 私はノートを掲げました。


「どうですか!」


 相馬先輩が覗き込みました。


「まあ、覚えやすいんじゃねえか」


「褒めましたね!」


「気のせいだ」


「またそれですか!」


 私は笑いました。


 でも。


 この一行は、きっと忘れません。


 株式会社。


 合同会社。


 合名会社。


 合資会社。


 名前は違う。


 責任の仕組みも違う。


 運営方法も違う。


 けれど。


 どの会社も、誰かの信用によって成り立っています。


 会社を作る人。


 お金を出す人。


 働く人。


 部品を納める人。


 お金を貸す人。


 その人たちがいるから、会社は続いていく。


 だからこそ。


 会社の形を変えるときには、慎重な手続きが必要なのです。


「ところで、こはる」


 相馬先輩が立ち上がりました。


「はい?」


「今日の勉強会、終わりか?」


「はい!」


「じゃあ、机を片付けろ」


「え?」


「六法も戻せ」


「はい」


「ついでに、掃除もしろ」


 ……。


 私は腕を組みました。


「先輩」


「何だ」


「私は、組織変更を提案します!」


「は?」


「片桐行政書士事務所を、もっと働きやすい組織に変更しましょう!」


 相馬先輩が呆れた顔をしました。


「何を言い出すんだ」


「まず、組織変更計画を作成します!」


「うん?」


「次に、全員の同意を得ます!」


「ほう」


「そして、私の掃除当番を廃止します!」


「それは組織変更じゃねえ!」


「ええっ!」


 相馬先輩が笑いました。


「単なる業務分担の変更だろうが!」


 ……。


 確かに。


 会社の種類を変えることと。


 事務所の掃除当番を変えることは、まったく違います。


「じゃあ、所長!」


 私は奥を向きました。


「何だ」


「業務分担の変更を提案します!」


 所長は帳簿から顔を上げました。


「聞こう」


「掃除当番を、三人で平等にするべきだと思います!」


 所長は少し考えました。


 そして。


「却下する」


「早い!」


「理由は?」


 所長が聞き返しました。


「え?」


「掃除当番を変える必要がある理由だ」


 私は固まりました。


 理由。


 証拠。


 必要性。


 ……。


 まさか。


 掃除当番の変更にまで、事実確認が必要なのでしょうか。


「所長!」


「何だ」


「私は、毎日掃除しています!」


「そうだな」


「先輩は、ほとんど掃除していません!」


「おい!」


「これは不公平です!」


 相馬先輩が口を挟みました。


「俺は外回りしてるだろ!」


「私だって外回りします!」


「書類も作ってる!」


「私だって作ってます!」


 所長は黙って聞いていました。


 そして。


「分かった」


 短く言いました。


「本当ですか!」


「相馬」


「はい」


「明日はお前が掃除しろ」


 ……。


 相馬先輩が固まりました。


「所長?」


「業務分担を変更する」


「……!」


 私は思わず拳を握りました。


「やりました!」


 相馬先輩が私を睨みました。


「こはる……」


「何ですか?」


「余計なことしやがって」


「先輩!」


「何だ!」


「これが、適法な意思決定です!」


「会社法関係ねえだろ!」


 私は笑いました。


 でも。


 ちょっとだけ、分かった気がします。


 組織変更でも。


 業務分担の変更でも。


 何かを変えるときには、関係する人たちの立場を考えることが大切です。


 自分の都合だけで決めてはいけない。


 相手の意見を聞く。


 必要な手続きを踏む。


 そして。


 決めたことには、責任を持つ。


 そういうことなのだと思います。


 私は箒を片付けながら、ノートの最後の一行をもう一度読みました。


 ――組織変更は「姿を変えても同じ会社」。計画・同意・債権者保護・登記で、出資者と債権者を守る。


 よし。


 完璧。


「こはる!」


 相馬先輩の声が飛びました。


「はい!」


「今日はまだお前の掃除当番だぞ!」


「えっ!」


「変更は明日からだ!」


 ……。


 私は止まりました。


 明日から。


 つまり。


 今日の掃除当番は、まだ変わっていない。


「先輩!」


「何だ!」


「効力発生日を今日にしてください!」


「勝手に変えるな!」


「所長!」


「何だ」


「業務分担変更の効力発生日について、再検討をお願いします!」


 所長は帳簿を閉じました。


「明日だ」


「……!」


 相馬先輩が吹き出しました。


「ほらな!」


「先輩!」


「何だ!」


「組織変更計画には、効力発生日が必要なんですよ!」


「掃除当番の話だろうが!」


 ……なるほど。


 今日、最後に学んだこと。


 法律上の組織変更には、効力発生日という重要な概念があります。


 ただし。


 掃除当番の変更に、会社法第七百四十三条は適用されません。


 残念ながら。


 私の掃除義務は、今日いっぱい消えないようです。


 会社の看板を替えても、借金が消えないのと同じように。


 事務所の業務分担が明日変わっても。


 今日の掃除当番まで、なかったことにはならないのでした。


 ……法律って。


 ときどき、本当に融通が利きません。


 でも。


 その融通の利かなさが。


 三百万円を守ることもあるのです。

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