[行政手続法18条・聴聞の文書等閲覧]現場編 「資料は当日こちらで説明します」の罠。根拠を隠した聴聞と、反論する前に“何を根拠に責められているか”を見る権利
人は、何を理由に怒られているのか分からないまま謝るのが、一番苦手です。
たとえば。
「あなた、昨日の件で問題になっています」
と言われて。
「昨日の何ですか」
と聞いたら。
「詳しくは当日説明します」
と返される。
怖い。
怖すぎる。
学校なら職員室。
会社なら会議室。
役所なら聴聞。
場所が変わるほど、胃への攻撃力も上がります。
「――で、当日まで見せられないそうです」
昭和六十三年。
片桐行政書士事務所の応接机に、一枚の通知書が置かれていました。
相談者は、小さな運送会社を営む男性です。
名前は岸本隆一さん。
四十代半ば。
日焼けした顔に、寝不足らしい影が落ちています。
「何をですか?」
私は聞きました。
「市が持ってる資料です」
岸本さんは通知書を指先で叩きました。
「うちが、駅前再整備の土砂運搬を請け負ってるんですけどね。市から、道路使用の条件違反を繰り返したとして、登録を外すかもしれないって」
「登録?」
「市の工事に入る業者の名簿です。そこから外されたら、しばらく市の仕事は取れません」
それは痛い。
小さな会社ならなおさらです。
通知書には、
市発注工事に関する登録停止処分を予定していること。
その前に聴聞を行うこと。
そして。
原因となる事実として、
「指定時間外の大型車両通行を複数回行い、再三の是正指示にも従わなかった」
と書いてあります。
でも。
日時も。
車両番号も。
誰が確認したのかも。
具体的には書かれていません。
「岸本さんとしては?」
片桐所長が聞きました。
「二回ほど時間を外れたのは認めます」
岸本さんはすぐ答えました。
「でも、一回は警察の誘導です。事故で迂回させられた。もう一回は、現場監督から“今日だけ早く入ってくれ”って言われたんです」
「それ以外は?」
「俺は知らないです」
「車は何台?」
「六台」
「運転手は?」
「俺を入れて五人」
相馬先輩が腕を組みました。
「じゃあ、市のいう“複数回”が何件あるかも分からんのか」
「分かりません」
「是正指示ってのは?」
「電話で一度言われました。“時間は守ってくださいよ”って。それ以外は……」
「書面は」
「ありません」
私は通知書をもう一度読みました。
嫌な感じです。
言葉は強い。
でも輪郭がない。
複数回。
再三。
従わなかった。
こういう副詞は強いんです。
なのに日付がない。
証拠も見えない。
「それで、市役所に聞いたんですね」
「はい」
岸本さんは頷きました。
「何月何日のことなのか、記録を見せてくれって」
「返事は?」
「『聴聞の当日に担当から説明します』」
はい。
出ました。
説明はする。
でも先には見せない。
役所あるあるの中でも、かなり嫌なやつです。
「それじゃ準備できないですよね」
「だから困ってるんです」
岸本さんは苦く笑いました。
「違うって言いたくても、何が違うのか分からない」
その一言で。
頭の中の眠い条文が、一気に起きました。
行政手続法十八条。
文書等の閲覧。
聴聞の通知があった時から。
聴聞が終結するまで。
当事者等は。
行政庁に対して。
調査結果の調書。
その他、不利益処分の原因となる事実を証する資料。
それらの閲覧を求めることができる。
そして。
行政庁は。
第三者の利益を害するおそれがあるときなど。
正当な理由がなければ。
拒めない。
……ただし。
今は昭和六十三年。
行政手続法。
まだ存在しません。
またです。
私の頭の中には未来の条文がある。
でも目の前の役所にはない。
転生もの。
知識チートかと思ったら、使用可能時期制限つきです。
「所長」
「何だ」
「この聴聞、市の規程ありますよね」
「ああ」
「事前に資料を見せてもらう規定、ありませんか」
相馬先輩が私を見る。
「また規程集か」
「最近、好きになってきました」
「普通は嫌いになるもんだぞ」
「私もそう思います」
片桐所長は少しだけ通知書を見て。
「市役所へ行く」
と言いました。
早い。
この人、判断するときだけ無駄がありません。
「相馬」
「はい」
「岸本さんも」
「俺もですか」
「何を見たいのか、本人が分からんと意味がない」
「はい」
「こはる」
「はい」
「何を聞く」
突然来ました。
口頭試問。
昭和の実務、予告なし試験。
「……市が処分の原因としている事実は何か」
「他は」
「それを裏付ける資料が何か」
「他は」
「聴聞前に閲覧できる根拠があるか」
所長が頷きました。
「それでいい」
よかった。
今日の私は、まだ生きています。
市役所の工事管理課。
倉田係長は、私たちを見るなり。
「今日は何でしょう」
と、ものすごく疲れた声を出しました。
最近この人。
私を見ると規程集を思い出す顔になります。
すみません。
でもたぶん、その連想は正しいです。
「岸本運送の聴聞です」
片桐所長が言いました。
「はい」
「処分の原因になっている資料を見せてほしい」
倉田係長が少し困った顔をしました。
「資料ですか」
「通行記録。現場報告。是正指示の記録。何を根拠に“複数回”“再三”と判断しているのか確認したい」
「それは聴聞の当日に説明します」
来た。
本人から聞いた通り。
相馬先輩がすぐ切り返しました。
「当日説明されて、当日反論しろって?」
「いや、そういうつもりでは」
「じゃあどういうつもりだ」
「資料には現場担当者の報告書もありますし、内部文書もありますので」
「内部文書だから見せない?」
「いえ、全部というわけではありませんが……」
倉田係長の言葉が少しずつ弱くなっていきます。
私は一歩前に出ました。
「係長」
「はい」
「岸本さんが何について反論するのか、今の通知だけで分かります?」
「指定時間外の通行です」
「何月何日の?」
「……」
「何時ごろ?」
「……」
「どの車両?」
「それは資料を見ないと」
「その資料を見せてほしいんです」
倉田係長が黙りました。
少しだけ。
空気が変わります。
岸本さんの要求は、
役所の内部を全部見せろ。
ではない。
職員の机の引き出しを開けろ。
でもない。
自分に対して予定されている不利益な処分。
その原因とされている事実。
それを裏付ける資料。
そこを見たい。
反論するなら。
まず何を理由に責められているか知る必要がある。
当たり前です。
でも。
制度というものは。
当たり前を紙に書かないと、たまに当たり前じゃなくなります。
「市の聴聞規程を確認してもいいですか」
私が言いました。
倉田係長が。
やっぱりそこか。
という顔をしました。
申し訳ありません。
でも今日もそこです。
規程集が出てきます。
ぱらぱら。
ぱらぱら。
紙をめくる音。
最近の私は、この音を聞くと少し安心します。
誰かの「いつもこうしてます」が。
「何に書いてありますか」に変わる音だから。
「あった」
倉田係長が言いました。
「何て?」
相馬先輩が聞く。
係長が読みます。
「聴聞の通知を受けた者は、聴聞が終了するまでの間、処分の原因となる事実を証する資料の閲覧を申し出ることができる……」
私は思わず息を止めました。
また。
未来の行政手続法と似ている。
全国共通の法律になる前に。
同じ問題を処理するための仕組みが、すでに現場のどこかにある。
「続きは?」
片桐所長が言いました。
「正当な理由がある場合を除き、これを拒むことができない……」
相馬先輩が倉田係長を見る。
「あるじゃねえか」
「ありますね……」
「当日まで見せられない根拠は?」
「……特にありません」
「じゃあ何で見せなかった」
「担当が、聴聞でまとめて説明するつもりだったんだと思います」
相馬先輩が鼻で息を吐きました。
「それは役所が楽なだけだろ」
鋭い。
でも。
たぶん今日の核心です。
役所にとって。
当日説明するのは楽です。
一度で済む。
質問もその場で受けられる。
資料の準備も一回。
でも。
岸本さんにとっては違う。
その場で初めて、
「六月三日の七時二十分です」
と言われても。
事故の迂回だったのか。
誰が運転していたのか。
現場監督の指示だったのか。
運行日報はどこにあるのか。
すぐ全部思い出せるとは限らない。
反論の機会がある。
と。
反論の準備ができる。
は別です。
「係長」
片桐所長が言いました。
「聴聞をするなら、反論できるだけの材料は先に見せるべきだ」
「ただ……」
倉田係長が資料を見ます。
「第三者の名前が入っています」
ここ。
来ました。
未来の条文でも。
閲覧請求が絶対ではない。
第三者の利益を害するおそれがあるとき。
その他、正当な理由があるとき。
拒む余地はある。
全部見せろ。
ではない。
私はそこで少し慎重になりました。
「どんな名前ですか」
「苦情を入れた住民の氏名です」
なるほど。
それは確かに。
岸本さんの反論に必要な部分と。
住民の氏名まで見せる必要があるかは。
別問題です。
「なら」
私は言いました。
「その人の名前を伏せて、通行日時や車両の情報だけ見せることはできませんか」
倉田係長がこちらを見ました。
「……できますね」
「全部拒否じゃなくて?」
「そこまでの必要はなさそうです」
所長が短く言いました。
「分けろ」
「何をですか」
岸本さんが聞く。
「見せると困る部分と、見せなければ反論できない部分を」
短い。
でも全部入っています。
第三者の利益を守る。
だから資料を全部隠す。
ではない。
本人が反論できるようにする。
だから第三者の情報も全部さらす。
でもない。
必要な線を引く。
制度の冷たさというのは。
こういうとき、妙に役に立ちます。
人情で全部開けるでもなく。
面倒だから全部閉じるでもない。
何を守るのか。
何を見せる必要があるのか。
分ける。
「閲覧はいつできます?」
片桐所長が聞きました。
「明日の午後なら」
「聴聞は?」
「三日後です」
「十分だ」
岸本さんが、少しだけ息を吐きました。
「じゃあ、明日見られるんですか」
「はい」
倉田係長が答えます。
「ただし、閲覧はこちらの会議室でお願いします。持ち出しはできません」
私は頭の中で未来の十八条三項を思い出しました。
行政庁は。
閲覧について日時及び場所を指定することができる。
そこも。
似ている。
「時間と場所は役所が決められる」
私は小さく呟きました。
「何か言った?」
相馬先輩が聞く。
「いえ。独り言です」
危ない。
未来の条文、今日も口から出たがっています。
翌日の午後。
私たちは再び市役所へ行きました。
会議室に用意されていたのは。
現場巡回記録。
車両通行記録。
近隣苦情の受付票。
工事監督員の報告書。
そして是正指示の記録。
住民名など一部は黒く伏せられています。
「すごい量ですね」
岸本さんが言いました。
「全部見ましょう」
私は答えました。
相馬先輩が横から。
「お前が一番嬉しそうだな」
と言います。
「資料って、事件の答え合わせみたいじゃないですか」
「役所の書類にそんな娯楽性求めるな」
はい。
反省します。
でも。
見始めて十分も経たないうちに。
違和感が出ました。
「岸本さん」
「はい」
「これ」
私は一枚の現場巡回記録を指しました。
五月十四日。
午前七時四十分。
指定時間前の大型車両進入。
車両番号。
岸本運送。
「この日、覚えてます?」
「五月十四日……」
岸本さんが考えます。
そして。
「あ」
声が変わりました。
「これ、うちじゃない」
「え?」
「車両番号が違う」
「でも会社名は岸本運送になってます」
「うちの番号は末尾六二です。これは二六」
私は記録を見ます。
確かに。
別の資料に載っている岸本運送の車両番号とは違います。
「じゃあ誤記?」
「たぶん別の業者です。似た色のダンプがいます」
相馬先輩がすぐ立ち上がりました。
「係長」
「何でしょう」
「これ確認しろ」
倉田係長が来て、資料を見ます。
顔が固まりました。
「……照合します」
さらに。
六月三日の記録。
午前七時二十分。
指定時間外通行。
岸本さんが言っていた事故迂回の日です。
「この日です」
「証拠あります?」
私は聞きました。
「運行日報に書いてある。警察官の誘導で東側から入ったって」
「持ってきてます?」
「車に」
「取りに行きましょう」
相馬先輩が言います。
「いや俺が行く。お前ら続きを見ろ」
実務派。
こういうとき本当に早い。
次。
六月二十一日。
午前七時三十五分。
時間外進入。
「これは?」
「現場監督から電話があった日だ」
「記録あります?」
「会社のメモにはある」
工事監督員の報告を見る。
そこには。
資材搬入遅延のため、岸本運送に早期搬入を依頼。
と書いてあります。
私は思わず。
「あるじゃん」
と呟きました。
「何だ?」
岸本さんが聞く。
「いえ」
すごい。
同じ役所の資料の中に。
違反だと書いてある紙と。
役所側が早く来いと頼んだ紙が。
仲良く一緒に綴じられている。
行政ファイル。
ときどき自分で自分を論破します。
「これ」
岸本さんが工事監督員の報告を見ました。
「これですよ。これです」
声が少し震えていました。
「俺、嘘ついてなかったでしょう」
その言葉に。
胸が少し詰まりました。
岸本さんは。
最初から、
「全部やっていません」
とは言っていない。
二回は時間外通行があった。
そのうち一回は警察の迂回。
もう一回は現場からの依頼。
そう話していた。
でも資料を見ないまま聴聞当日になっていたら。
行政側が、
「五月十四日、六月三日、六月二十一日」
と三件並べ。
「複数回の違反です」
と言った瞬間。
岸本さんは。
その場で全部ひっくり返さなければならなかった。
五月十四日は車両番号が違う。
六月三日は事故迂回。
六月二十一日は役所側の要請。
そんなもの。
記憶だけで即答できる人の方が少ない。
資料を見る。
自分の資料と照合する。
反論を準備する。
それで初めて。
聴聞の「話を聞く」が、本当に意味を持つ。
「所長」
私は小さく言いました。
「何だ」
「これ、見せてもらえなかったら、かなり危なかったですね」
「ああ」
「当日説明します、じゃ遅い」
「場合による」
所長は言いました。
「だが今回は遅い」
そう。
そこも大事。
何でも必ず何日前に全部見せろ。
と単純化する話ではない。
でも。
反論に準備が必要な資料なら。
見る機会があるかどうかで手続の実質が変わる。
その後。
市側の照合で。
五月十四日の記録は別会社の車両を誤って岸本運送としていた可能性が高いこと。
六月三日は警察の交通整理に伴う迂回であること。
六月二十一日は工事監督側から早期搬入を依頼していたこと。
それぞれ確認されました。
完全に問題が消えたわけではありません。
岸本運送には。
別の日に一度、本当に指定時間を外れて進入した記録が残っていました。
しかも。
その後に口頭注意を受けていた。
そこは事実です。
「一件は、うちが悪いです」
岸本さんは言いました。
「そこは認めます」
片桐所長が頷きます。
「それでいい」
「いいんですか」
「違うものは違う。悪いものは悪い。分ければいい」
また。
短い。
でも。
この人はいつもそこです。
全部無罪にすることが仕事じゃない。
全部役所が悪いことにするわけでもない。
どこまで事実か。
どこから違うか。
線を引く。
それができれば。
「再三の違反に従わない悪質業者」
という大きな塊が。
「正当な事情のある二件」
「誤記の一件」
「本当に問題のある一件」
に分かれる。
空気が。
まるで違います。
聴聞当日。
岸本さんは、自分の運行日報。
警察の交通規制を記した新聞記事。
会社の電話メモ。
市側の工事監督員報告と対応させた一覧。
それを持って出席しました。
私は後ろの席で見ていました。
市側が説明します。
「当初、複数回にわたる指定時間外通行が確認されていましたが、資料確認の結果、一部について事実関係を修正します」
この一言。
静かです。
地味です。
誰も机を叩かない。
誰も負けを認めない。
でも。
かなり大きい。
“再三”
が剥がれました。
岸本さんが話します。
「一件については、私の管理不足です。そこは申し訳ありません」
頭を下げる。
「ただ、ほかについては、警察の誘導と現場の依頼です。うちが勝手に時間を破ったものではありません」
主宰者が資料を確認します。
「その点は市側の記録とも一致しています」
そして。
予定されていた登録停止処分について。
その場では結論を出さず。
事実関係を整理し直したうえで再検討することになりました。
完全勝利ではありません。
違反が一件ある。
管理面の問題も残っている。
だから、
何の処分もありません。
とまでは言えない。
でも。
最初の通知にあった。
「再三の是正指示にも従わなかった」
という評価は。
そのままでは維持できなくなりました。
役所を出たところで。
岸本さんが立ち止まりました。
「朝比奈さん」
「はい」
「俺、最初は資料なんか見ても分からんと思ってたんです」
「はい」
「でも見たら、思い出せるんですね」
私は頷きました。
「日付があると違いますよね」
「そう。六月三日って見た瞬間に、“事故の日だ”って」
岸本さんは少し笑いました。
「何を言われてるか分からないままじゃ、反論なんかできない」
その通りでした。
聴聞。
話を聞く。
それだけ聞けば。
当日、本人に言いたいことを言わせれば十分。
そんな気もします。
でも。
何を根拠に不利益処分をしようとしているのか。
その材料が分からない。
そんな状態で、
「自由に意見を言ってください」
と言われても。
それは少し。
目隠ししてキャッチボールするようなものです。
「だから先に見るんですね」
私は呟きました。
「何を?」
岸本さんが聞く。
「責められている理由の中身です」
事務所へ戻ったのは夕方でした。
岸本さんは、一度会社へ戻ったあと。
またやって来ました。
手には紙袋。
「これ、皆さんで」
「何ですか?」
「運転手の嫁さんが焼いた芋です」
「焼き芋!」
相馬先輩の反応が早い。
この人。
食べ物に関する初動だけは、法定期間より速いです。
「今日、みんなで運行日報ひっくり返してたら、話が広まっちゃって」
岸本さんが笑います。
「“役所の資料と突き合わせれば勝負になるぞ”って」
「勝負じゃないですけどね」
私が言うと。
「そうでした」
岸本さんも笑いました。
「悪かった一件は悪かった」
「はい」
「でも、やってないものまで背負わなくて済みそうです」
それでいい。
たぶん。
今日の救いはそこです。
全部白にすることじゃない。
黒いところだけ黒くする。
白いところまで一緒に塗り潰させない。
制度の冷たさというのは。
ときどき。
人を守るというより。
責任の輪郭を正しくすることで救います。
岸本さんが帰ると。
相馬先輩が焼き芋を三本並べました。
「大一本。中一本。小一本」
「嫌な予感がします」
「俺が大」
「却下です」
「何でだ」
「第三者の利益を害するおそれがあります」
「第三者?」
「私です」
「お前は第三者じゃないだろ」
あ。
「……確かに」
悔しい。
法律用語を雑に使うと、自分に刺さります。
片桐所長が新聞を読みながら言いました。
「閲覧請求は拒否」
「何のです?」
「俺の焼き芋を見るな」
「それは正当な理由ですか?」
「俺が食う」
「理由弱い!」
相馬先輩が笑います。
「理由なんか言わなくてもいいんじゃねえのか?」
その言葉に。
私の手が止まりました。
……そこ。
未来の条文の注意点。
行政手続法十八条。
正当な理由がなければ閲覧は拒めない。
でも。
拒否するときに、その理由を提示しなければならないとは。
十八条には書いていない。
「……先輩」
「何だ」
「今、ちょっと大事なこと言いました」
「芋の話だぞ」
「芋から試験論点が出ました」
「嫌な人生だな」
本当に。
でも。
そこは明日。
きちんと整理したい。
閲覧できるのは誰か。
いつからいつまでか。
どんな資料か。
拒めるのはどんな場合か。
参加人なら誰でも請求できるのか。
聴聞の途中で追加資料が必要になったらどうするのか。
日時と場所は誰が決めるのか。
そして。
閲覧を拒む場合。
理由提示まで必要なのか。
今日はまだ。
そこまで書かない。
私は机の端からノートを引き寄せました。
表紙を開きます。
白いページ。
題名だけ書きました。
――聴聞の文書等閲覧。
「また題名だけか」
相馬先輩が言います。
「今日は現場編なので」
「だから何だそれ」
「気にしないでください」
私はノートを閉じました。
今日わかったことは。
たぶん一つです。
反論する機会がある。
それだけでは足りないことがある。
何について反論するのか。
行政が何を根拠に自分を処分しようとしているのか。
そこが見えなければ。
声を出せても、届く言葉を作れない。
だから。
資料を見ることは。
単なる事前の下調べじゃない。
話を聞いてもらうための準備そのものなんだ。
未来の行政手続法十八条は。
きっと。
今日みたいな揉め事を。
もっと冷たい文章にするのでしょう。
当事者等。
通知があった時から。
聴聞終結まで。
調書その他の資料。
正当な理由。
日時及び場所。
何の温度もない言葉。
でも。
その冷たい条文があるから。
「当日説明しますから」
という役所側の都合だけで。
反論の準備まで奪われずに済む。
今日の教訓を一つだけ言うなら。
言い分を聞いてもらう前に、何を根拠に責められているのかを見る。
たぶん。
それです。
「こはる」
「はい」
「芋」
相馬先輩が三本を指します。
「じゃんけんだ」
「今日は透明な手続ですね」
「公平だぞ」
「異議ありません」
片桐所長も新聞を置きました。
三人で。
じゃんけん。
私は。
勝ちました。
「大!」
「くそ」
相馬先輩が悔しそうに言います。
「今日こそ救済されました!」
「何の救済だ」
「焼き芋手続です」
私は一番大きな芋を割りました。
湯気が上がる。
甘い匂い。
窓の外では。
昭和六十三年の町に、少しずつ夜が降りています。
今日の役所の資料は。
人を責めるための紙でした。
でも。
同じ紙が。
責め方の間違いを見つける紙にもなった。
資料というものは。
行政だけが見ると、処分の根拠になります。
当事者も見れば。
反論の入口になる。
その違いは。
思っていたよりずっと大きい。
私は焼き芋をかじりました。
明日ノートを開いたら。
今日の書類の山を。
ちゃんと条文の形に並べ直してみよう。
何を見られるのか。
いつ見られるのか。
誰が見られるのか。
役所はいつ拒めるのか。
そして。
拒まれたとき。
何まで求められるのか。
昨夜までなら眠くなった十八条が。
今夜は。
岸本さんの運行日報と一緒なら。
少しだけ眠らずに読めそうでした。
以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。




