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こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈商法・会社法 配点20点/300点〉 株式会社の機関    

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664/701

[会社法・会計監査人]法理編 こはるノート

挿絵(By みてみん)


 社長が「クビだ」と言っても、クビにできない人がいます。


 それが、会計監査人です。


 ただし。


 会計監査人は、絶対に解任できないわけではありません。


 株主総会の決議。


 法律で定められた解任事由。


 監査役全員の同意。


 そして、一年という任期。


 そこには、会社の数字を守るための仕組みが隠されているのです。


 昭和六十三年。


 夕方の片桐行政書士事務所。


 私は机に向かい、ノートを開いていました。


 ――こはるノート・商法編。


 今日のテーマは、会計監査人。


「……二億円って、すごいですよね」


 私が呟くと、相馬先輩が新聞から顔を上げました。


「また東海精密工業の事件か」


「はい!」


 東海精密工業株式会社。


 資本金六億円。


 負債総額二百十億円。


 地元では有名な部品メーカーです。


 その会社で、回収が難しい売掛金約二億円について、適切な損失処理が行われていない疑いがありました。


 それを指摘したのが、公認会計士の高瀬修一さん。


 ところが。


 黒岩社長は激怒しました。


『俺の会社の帳簿に口を出すな!』


 そして、高瀬さんに解任通知を突きつけたのです。


「でも、社長の一存では解任できませんでした」


「そうだな」


「高瀬さんには、法律上の地位があったからです」


 相馬先輩が頷きました。


「で、今日は何を覚えるんだ?」


「会計監査人の全部です!」


「全部?」


「設置義務! 権限! 選任! 解任! 任期!」


「欲張りだな」


「試験に出ますから!」


 片桐所長が奥から声をかけました。


「相馬」


「はい」


「付き合ってやれ」


「……所長まで」


 よし。


 今日も強制勉強会、開催です。


---


一 会計監査人になれるのは、誰なのか


「まず、会計監査人とは何者なのか、です!」


 私はノートに書きました。


 ――会計監査人。


 株式会社の計算書類などを、独立した立場から監査する専門家。


「つまり、会社が作った決算書などが適正かどうかを確かめる人です」


「そうだ」


「そして、誰でもなれるわけではありません」


 私は二つの言葉を囲みました。


 公認会計士。


 監査法人。


「このどちらかです!」


 相馬先輩が頷きました。


「会社の経理部長じゃ駄目なのか?」


「公認会計士の資格がなければ駄目です!」


「簿記一級を持っていても?」


「それだけでは駄目です!」


「社長が気に入っていても?」


「駄目です!」


 私は勢いよく答えました。


 会計監査人は、会社法上、公認会計士または監査法人でなければなりません。


 しかも。


 資格さえあれば、どんな会社でも自由に監査できるわけではありません。


 会社との利害関係などによって、独立性に問題がある場合は、会計監査人になれないことがあります。


「つまり、資格と独立性が必要なんですね」


「そうだ」


 所長が頷きました。


「監査する相手と、利害が一体になっていては困る」


「はい!」


 たとえば。


 社長の個人的な頼みで、数字を都合よく書き換える人。


 そんな人に、独立した監査はできません。


「高瀬さんは、社長に嫌われても監査を続けようとしました」


「そうだったな」


「それが、会計監査人の大切な姿勢なんですね」


 私はノートに赤線を引きました。


 ――会計監査人は、公認会計士または監査法人。独立した会計の専門家。


---


二 どんな会社に会計監査人が必要なのか


「次は設置義務です!」


 私は大きく書きました。


 ――大会社。


「現代の会社法では、大会社には会計監査人が必要です」


「大会社って何だ?」


 相馬先輩が尋ねました。


「会社法上の一定の規模を満たす株式会社です」


 私は二つの数字を書きました。


 資本金五億円以上。


 または。


 負債総額二百億円以上。


「どちらか一方でいいんです!」


「両方じゃないのか」


「はい!」


 たとえば。


 資本金六億円。


 負債十億円。


 これでも大会社に該当します。


 逆に。


 資本金一億円。


 負債二百五十億円。


 これも大会社です。


「東海精密工業は?」


 所長が尋ねました。


「資本金六億円、負債二百十億円!」


「つまり?」


「両方の基準を満たしています!」


 私は笑いました。


「しかも昭和六十三年でも、資本金五億円以上、または負債総額二百億円以上の株式会社には、商法特例法による会計監査人の監査が必要でした」


「そうだな」


「だから黒岩社長が、会計監査人そのものを不要にすることはできなかったんですね」


 所長が頷きました。


「法律が設置を要求しているからな」


 ここで私は、ノートの右側に現代の制度を書きました。


 大会社。


 監査等委員会設置会社。


 指名委員会等設置会社。


「現代では、この三つが会計監査人の設置義務を考える重要な会社です!」


 相馬先輩が眉をひそめました。


「監査等委員会?」


「はい!」


「何だ、その制度は」


「未来の制度です!」


「また未来か!」


 私は慌てて説明しました。


「昭和六十三年には、監査等委員会設置会社も、指名委員会等設置会社もありません!」


「なら今の会社には使えねえだろ」


「そのとおりです!」


 昭和六十三年には、会社法という独立した法律が存在しません。


 株式会社のルールは商法第二編。


 大会社の監査などについては、商法特例法。


 有限会社には有限会社法。


 そうした複数の法律に分かれていました。


 一方、現代では会社法に整理されています。


「昔の制度を知っていると、現代の会社法が整理された理由も見えてきますね」


 私が言うと、所長が頷きました。


「会社の形が複雑になれば、法律も整理する必要がある」


 なるほど。


 会社法は、突然何もないところから生まれた法律ではありません。


 昔の商法や特別法にあった制度を受け継ぎ、改正し、体系的に整理したものなのです。


---


三 会計参与・会計監査人・監査役の違い


「さて、ここが最大の混乱ポイントです!」


 私はノートに三つの名前を書きました。


 会計参与。


 会計監査人。


 監査役。


「似ています!」


「そうか?」


「似ています!」


 相馬先輩が苦笑しました。


「じゃあ、違いを説明してみろ」


「任せてください!」


 私は一つずつ整理しました。


 まず、会計参与。


「現代の会社法では、会計参与は取締役と共同して計算書類などを作成します」


「作る側か」


「はい!」


 会計参与になれるのは、公認会計士、監査法人、税理士、税理士法人など、法律で定められた専門家です。


 ただし。


「昭和六十三年には、会計参与制度はありません!」


「また未来の話を混ぜたな」


「比較のためです!」


 次に。


 会計監査人。


「会計監査人は、作成された計算書類などを監査します」


「調べる側だな」


「はい!」


 そして、会計監査報告を作成します。


 最後が監査役。


「監査役は、取締役の職務執行を監査する会社の機関です」


「会計監査人とは違うのか」


「違います!」


 私は説明しました。


 会計監査人は、会計監査を専門とします。


 一方、監査役は、会社の機関として取締役の職務執行を監査します。


 ただし、会社の機関設計によって監査役の監査範囲が会計に限定される場合もあります。


「ここは注意ですね」


 私は赤線を引きました。


 会計監査人。


 会計の専門家による監査。


 監査役。


 会社の機関としての監査。


 会計参与。


 取締役と共同して計算書類を作成。


「でも所長」


「何だ」


「会計監査人が監査したら、監査役は何もしなくていいんですか?」


「そんなことはない」


「ですよね!」


 会計監査人設置会社で監査役がいる場合、会計監査人が会計監査報告を作成します。


 監査役は、その監査の方法や結果について必要な検討を行い、自らの監査報告を作成します。


「だから、監査役は会計監査人の報告書にハンコを押すだけでは駄目なんです」


「当然だ」


 相馬先輩が頷きました。


「東海精密工業の監査役も、社長の親戚だからって職務を怠っていいわけじゃねえ」


「そうです!」


 私は大きく丸をつけました。


 会計参与は作る。


 会計監査人は会計を調べる。


 監査役は取締役の職務執行を監査する。


「この三つを区別すれば、問題がかなり解きやすくなります!」


---


四 会計監査人は、子会社まで調べられるのか


「次は権限です!」


 私は東海精密工業の事件を思い出しました。


 黒岩社長は、こう言っていました。


『親会社の監査人が子会社を調べる権利はない!』


 でも。


 これは正しくありません。


 会計監査人には、計算書類などを監査するための権限があります。


 会計帳簿や書類の閲覧・謄写。


 取締役や会計参与などへの会計に関する報告請求。


 必要に応じた子会社への会計報告の請求。


 さらに、職務に必要な範囲での業務及び財産状況の調査。


「つまり、帳簿を眺めるだけじゃないんです!」


 相馬先輩が頷きました。


「怪しい数字があったら、その裏付けを調べる必要があるからな」


「はい!」


 たとえば。


 親会社が子会社に、不自然な価格で商品を売っている。


 その取引が親会社の計算書類に重大な影響を与えている。


 そんな場合。


 親会社の会計監査人が、必要な範囲で子会社の取引状況を確認することがあります。


「だから高瀬さんは、子会社の資料も求めたんですね」


「そうだ」


「ただし」


 私は鉛筆を止めました。


「会計監査人なら、子会社を何でも自由に調べられるというわけではありません」


 所長が頷きました。


「職務上の必要性があるかを見るんだ」


「はい!」


 監査に必要な調査であること。


 法令上の権限の範囲内であること。


 そこが重要です。


 会計監査人は、会社の経営を代わりに行う人ではありません。


 適正な会計監査を行うための専門家なのです。


---


五 社長の一存で会計監査人を解任できるのか


「さて!」


 私はノートをめくりました。


「今回の事件の決定打です!」


 ――会計監査人の選任・解任。


 まず、選任。


 現代の会社法第三百二十九条第一項。


 会計監査人は、株主総会の決議によって選任します。


 原則として普通決議です。


「社長が勝手に決めるんじゃないんですね」


「そうだ」


 東海精密工業でも、高瀬さんは株主総会で正式に選任されていました。


 だから。


 黒岩社長が突然、


『お前はクビだ!』


 と言っても、それだけでは解任できません。


「では、解任は?」


 相馬先輩が尋ねました。


「会社法第三百三十九条第一項です!」


 会計監査人は、株主総会の決議によって解任できます。


 ここも原則として普通決議です。


「でも先輩」


「何だ」


「正当な理由なく解任した場合は、どうなると思います?」


「解任が無効になるのか?」


「そこが引っかけです!」


 私は指を立てました。


 株主総会で適法に解任した場合、正当な理由がなくても解任の効力は生じ得ます。


 ただし。


 会社法第三百三十九条第二項。


 正当な理由なく解任された会計監査人は、会社に対し、解任によって生じた損害の賠償を請求できます。


「つまり、解任の効力と損害賠償責任は別問題なんです!」


「なるほどな」


 相馬先輩が頷きました。


「じゃあ、高瀬の場合は?」


「そもそも株主総会の解任決議がありませんでした!」


「そうだ」


「だから社長の通知書だけでは、適法な解任にならなかったんです!」


 私は大きく丸をつけました。


 まず、解任手続の有無。


 次に、正当な理由の有無。


 そして、損害賠償の問題。


「この順番で考えるんですね」


 所長が頷きました。


「そうだ。論点を混ぜるな」


---


六 監査役全員の同意があれば、解任できるのか


「次は例外です!」


 私は新しいページを開きました。


 会社法第三百四十条。


 一定の事由がある場合、監査役などによる会計監査人の解任が認められています。


「理由は三つです!」


 第一。


 職務上の義務に違反し、または職務を怠った場合。


 第二。


 会計監査人としてふさわしくない非行があった場合。


 第三。


 心身の故障により、職務に支障があり、または職務に堪えない場合。


「例えば、監査を全然していないのに、監査報告だけ出したら?」


 相馬先輩が尋ねました。


「職務怠慢が問題になります!」


「重大な非行をしたら?」


「解任事由になり得ます!」


「病気などで職務を行えなくなった場合は?」


「法定の要件に該当すれば、解任が認められます!」


 私は頷きました。


「ただし、監査役が二人以上いるときは、全員の同意が必要です」


「全員か」


「はい!」


 東海精密工業には、監査役が二人いました。


 しかも、どちらも社長の親戚。


 黒岩社長は言いました。


『二人に判を押させれば終わりだ!』


 でも。


「二人が同意しただけでは足りません!」


「なぜだ?」


「法律で定められた解任事由が必要だからです!」


 高瀬さんは、必要な監査を続けようとしていました。


 売掛金を調べた。


 子会社の取引を確認しようとした。


 資料の提出を求めた。


 それらは、会計監査人の職務に関わる行動です。


「社長に嫌われたこと自体は、解任事由ではありません!」


 相馬先輩が笑いました。


「そこが重要だな」


「はい!」


 そして、監査役による解任が行われた場合には、解任後最初に招集される株主総会に、その旨と理由を報告する必要があります。


 会計監査人にも、意見を述べる機会があります。


「内輪だけで、こっそり終わらせる仕組みではないんですね」


「そうだ」


 私は頷きました。


 なお。


 監査等委員会設置会社などでは、監査等委員会や監査委員会が関わります。


 ただし、これらは現代の制度です。


「昭和六十三年に監査等委員会を出したら?」


 相馬先輩が尋ねました。


「時代錯誤です!」


「よし」


 私は苦笑しました。


 未来の制度を覚えるだけでなく。


 いつから存在する制度なのかを知ることも、大切なのです。


---


七 会計監査人の任期は、なぜ一年なのか


「次は任期です!」


 私はノートに大きく書きました。


 ――一年。


「会計監査人の任期は、基本的に一年単位です」


「短いな」


「そうなんです!」


 現代の会社法第三百三十八条第一項。


 会計監査人の任期は、選任後一年以内に終了する事業年度のうち、最後のものに関する定時株主総会の終結時までです。


「……長い!」


 私は頭を抱えました。


「条文が長いです!」


「意味を理解しろ」


「はい!」


 私は例を書きました。


 四月一日に選任。


 翌年三月三十一日に事業年度終了。


 その後、定時株主総会開催。


「この場合、任期満了は、原則としてその定時株主総会の終結時です」


「選任からきっちり三百六十五日じゃないのか」


「違います!」


 私は赤線を引きました。


 会計監査人の任期は一年。


 でも、任期が終わる具体的な時点を押さえることが重要です。


 そして。


「ここからがもっと大事です!」


 会社法第三百三十八条第二項。


 定時株主総会で別段の決議がなければ、会計監査人は再任されたものとみなされます。


「みなし再任です!」


「何もしなければ再任か」


「原則として、そうです!」


 たとえば。


 高瀬さんの任期が満了する。


 でも、定時株主総会で不再任などの別段の決議がない。


 その場合。


 高瀬さんは再任されたものとみなされます。


「だから黒岩社長は、不再任の議案を用意していたんですね」


「そうだ」


「でも、議案を書いただけでは不再任になりません!」


 私は頷きました。


 必要な手続を経て、株主総会で適法に決議されなければなりません。


 そして。


 会計監査人には、株主総会において選任、解任、辞任などについて意見を述べる権利があります。


 会社法第三百四十五条です。


「つまり高瀬さんには、株主に事情を説明する機会があるんですね」


「そうだな」


 相馬先輩が頷きました。


 会計監査人の任期は短い。


 しかし、当然に毎年交代するわけではない。


 再任の仕組みもある。


 意見を述べる機会もある。


「これも、監査の独立性を支える仕組みなんですね」


 所長が頷きました。


「そうだ」


---


八 昭和の商法と、現代の会社法


「さて、最後は時代の違いです!」


 私はノートを左右に分けました。


 左側。


 昭和六十三年。


 右側。


 現代。


「まず昭和六十三年には、会社法という独立した法律がありません!」


「そうだな」


「株式会社のルールは商法第二編!」


「うん」


「有限会社は有限会社法!」


「そうだ」


「一定の大会社の会計監査人制度は商法特例法!」


 私はため息をつきました。


「……分かりにくい!」


「また文句か」


「だって、会社のルールが分かれているんですよ!」


 相馬先輩が笑いました。


「今はそういう制度なんだ」


「はい。でも、現代では変わります」


 平成十七年。


 会社法成立。


 平成十八年。


 会社法施行。


 商法第二編や有限会社法などに分かれていた主要な会社制度が、独立した会社法として整理されました。


 さらに。


 会社の設立や機関設計も、大きく変わります。


「昭和六十三年の株式会社は、発起人七人以上が必要でした」


「そうだ」


「取締役は三人以上!」


「うん」


「監査役も必要!」


 私はノートを見つめました。


「人数をそろえるだけでも大変です」


「だから、親戚や知り合いを集めるんだろ」


「でも名前だけ貸せば責任が消えるわけではありません!」


 所長が頷きました。


「そのとおりだ」


 会社の役員には、法律上の職責があります。


 肩書だけ。


 名義だけ。


 そう言っても、当然に責任から逃れられるわけではありません。


「一方、現代では」


 私は指を立てました。


「発起人一人、取締役一人で株式会社を作れます!」


「一人で?」


「はい!」


「監査役は?」


「機関設計によっては不要です!」


「資本金は?」


「法律上、一円でも設立できます!」


 相馬先輩が目を丸くしました。


「一円?」


「一円です!」


 もちろん。


 資本金一円で、実際に十分な事業資金があるとは限りません。


 会社設立の最低資本金がないことと、経営に資金が不要なことは別です。


「それに、現代には合同会社もあります!」


「何だそれは」


「昭和六十三年にはありません!」


「未来の話ばっかりだな!」


 私は笑いました。


 でも。


 ここが大切なのです。


 現代では、小規模な会社にも利用しやすい制度が整えられました。


 一方、大会社や一定の機関設計を採用する会社には、厳格な監査制度が求められます。


「つまり、会社の規模や仕組みに合わせて考えるようになったんですね」


 所長が頷きました。


「そうだ」


「でも、守るべきものは変わらない」


 私は高瀬さんの事件を思い出しました。


 二億円の損失。


 それを隠そうとした社長。


 数字を調べようとした会計監査人。


 そして、その会社で働く三百人以上の従業員。


「会社の数字が嘘だったら、困るのは社長だけじゃありません」


「そうだな」


「株主も、銀行も、取引先も、従業員も困ります」


 だから。


 会計監査人が必要なのです。


 会社の経営者から独立して。


 証拠に基づき、計算書類を監査する。


 その役割は、昭和の商法特例法から現代の会社法へと引き継がれています。


---


九 こはるの最終確認問題


 窓の外は、もう薄暗くなっていました。


 私はノートを見返しました。


「先輩!」


「何だ」


「確認問題をお願いします!」


「またか」


「お願いします!」


 相馬先輩は少し考えました。


「じゃあ、会計監査人になれるのは?」


「公認会計士または監査法人!」


「現代の大会社の基準は?」


「資本金五億円以上、または負債総額二百億円以上!」


「監査等委員会設置会社に会計監査人は?」


「必須です!」


「昭和六十三年に監査等委員会は?」


「ありません!」


「よし」


 相馬先輩が続けました。


「会計監査人を選任するのは?」


「株主総会です!」


「解任は?」


「原則として株主総会の普通決議です!」


「社長が勝手にクビだと言ったら?」


「それだけでは解任できません!」


「監査役による解任の理由は?」


「職務上の義務違反・職務怠慢、ふさわしくない非行、心身の故障による職務上の支障などです!」


「監査役が二人なら?」


「全員の同意が必要です!」


「正当な理由なく株主総会で解任した場合は?」


「解任の効力は生じ得ますが、会社に対する損害賠償請求が問題になります!」


 相馬先輩が頷きました。


「よし」


「やった!」


「まだあるぞ」


「ええっ!」


「任期は?」


「選任後一年以内に終了する事業年度のうち、最後のものに関する定時株主総会の終結時まで!」


「別段の決議がなければ?」


「再任されたものとみなされます!」


「会計監査人は子会社を調べられるか?」


「職務に必要な場合、法令の範囲で報告請求や調査ができます!」


「会計参与の仕事は?」


「取締役と共同して計算書類などを作成すること!」


「昭和六十三年には?」


「会計参与制度はありません!」


 相馬先輩が笑いました。


「合格だな」


「本当ですか!」


「ああ」


 私は思わず拳を握りました。


 でも。


 片桐所長が、最後に口を開きました。


「こはる」


「はい!」


「高瀬さんは、誰のために二億円の損失を調べた?」


 私は少し考えました。


 社長のため?


 違います。


 監査人自身のため?


 それだけでもありません。


 会社の数字を信用する人たち。


 株主。


 債権者。


 取引先。


 そして。


 会社で真面目に働く人たち。


「……計算書類の適正さを確かめ、それを利用する人たちの信頼を守るためです」


 所長が頷きました。


「そうだ」


「社長に逆らうこと自体が目的じゃありません」


「うん」


「正しい監査をするために、社長から独立しているんです」


 所長は短く言いました。


「それでいい」


 私は嬉しくなりました。


 ようやく。


 会計監査人という制度の意味が、分かった気がしました。


---


十 今日の一行


 私はノートの最後のページを開きました。


 会計監査人。


 公認会計士または監査法人。


 大会社などで必須。


 計算書類を監査する。


 必要な帳簿や子会社の調査ができる。


 原則として株主総会で選任・解任。


 監査役による解任には法定事由と全員の同意。


 任期は一年単位。


 別段の決議がなければ、みなし再任。


 そして。


 社長の言いなりになってはいけない理由。


 私は鉛筆を走らせました。


 ――会計監査人は「作る人」ではなく「確かめる人」。社長から独立し、会社の数字を守る専門家。


「……できました!」


 私はノートを掲げました。


「どうですか!」


 相馬先輩が覗き込みました。


「まあ、悪くねえな」


「褒めましたね!」


「気のせいだ」


「またそれですか!」


 私は笑いました。


 でも。


 この一行は、きっと忘れません。


 あの二億円の事件を思い出せばいい。


 高瀬さんは、社長からクビを宣告されました。


 でも。


 適法な解任手続がなかった。


 会計監査人として、必要な監査を続けようとしていただけだった。


 だから。


 法律が、その地位と職務を守る根拠になったのです。


「ところで、こはる」


 相馬先輩が言いました。


「はい?」


「もう勉強会は終わりか?」


「はい!」


「じゃあ、机を片付けろ」


「分かりました!」


 私はノートを閉じかけました。


 そのとき。


 ふと思い出しました。


「あ、先輩」


「何だ」


「この前の一万二千円、返しました?」


 相馬先輩が固まりました。


「……」


「居酒屋の接待交際費です」


「……返したよ」


「本当ですか?」


「本当だ!」


 私は帳簿を開きました。


 確かに。


 事務所への返金が記録されています。


「おお!」


 私は笑いました。


「ちゃんと戻っています!」


「当たり前だろ!」


「領収書も整理されています!」


「もういいだろ!」


 私はにやりとしました。


「先輩」


「何だ」


「やっぱり、会計監査って大事ですね」


「お前がやったのは、ただの帳簿確認だ!」


「でも、不適切な支出を見つけました!」


「うるせえ!」


 そのとき。


 片桐所長が奥から言いました。


「相馬」


「はい」


「今月の交際費も確認しておけ」


「……はい」


 私は思わず吹き出しました。


「先輩!」


「何だよ!」


「今月も監査が必要ですね!」


「お前は公認会計士じゃねえだろ!」


「分かってます!」


 私は笑いながら帳簿を閉じました。


 昭和六十三年。


 会社の法律は、まだ商法と特別法に分かれています。


 現代の会社法とは、制度も条文番号も違います。


 それでも。


 数字を正しく示すこと。


 経営者の暴走を防ぐこと。


 株主や債権者を守ること。


 その大切さは変わりません。


 私はノートの最後の一行を、もう一度読みました。


 ――会計監査人は「作る人」ではなく「確かめる人」。社長から独立し、会社の数字を守る専門家。


 よし。


 完璧。


「こはる!」


 相馬先輩が呼びました。


「はい!」


「早く帰るぞ!」


「待ってください!」


「今度は何だ!」


「この帳簿、あと一か所だけ確認したいんです!」


「……何だ?」


 私は一枚の領収書を持ち上げました。


 ――喫茶店 白鳥。


 ――飲食代 二千四百円。


「先輩」


「……」


「これ、誰と行ったんですか?」


「……」


「仕事ですよね?」


「……」


 片桐所長が、静かに顔を上げました。


「相馬」


「はい……」


「説明できるな?」


 相馬先輩は、しばらく黙っていました。


 そして。


「……こはる」


「はい?」


「お前、会計監査人にはなるなよ」


「どうしてですか?」


「しつこすぎる」


 私は笑いました。


「先輩!」


「何だ!」


「会計監査人の仕事は、社長の機嫌を取ることじゃないんですよ!」


「俺は社長じゃねえ!」


「じゃあ、帳簿の説明をお願いします!」


「……勘弁してくれ!」


 なるほど。


 会計監査人が社長に嫌われる理由。


 少しだけ分かった気がします。


 でも。


 どんなに嫌がられても、確かめなければならないことがある。


 そのために、法律は独立した監査の仕組みを用意しているのです。


 そして。


 今日も片桐行政書士事務所では。


 たった二千四百円の領収書をめぐって。


 先輩の長い説明が、始まるのでした。

 以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。

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コミックス「六道輪廻抄〜戦国転生記〜」
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