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こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈商法・会社法 配点20点/300点〉 株式会社の機関    

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641/701

[会社法・株主の議決権と行使の方法]現場編 「社長に逆らう株は数えない」の嘘。勝手に使われた委任状と、三百株の声を消そうとした独裁社長の誤算

挿絵(By みてみん)

 会社の社長は、一番偉い人かもしれません。


 けれど。


 一番偉い人の意見が、必ず通るとは限りません。


 たとえば。


 社長が百回「賛成しろ」と怒鳴っても。


 株主が一度「反対」と議決権を行使すれば。


 その一票には、法律上の意味があります。


 まして。


 株主が持っているのが、一株ではなく三百株だったら。


 その重みは、決して小さくありません。


 昭和六十三年。


 片桐行政書士事務所。


 その日の私は、会社という組織の恐ろしさを知ることになります。


 株主総会。


 議決権。


 委任状。


 そして。


 会社の金で買い戻した株式を、社長が自分の票として数えようとする。


 そんな、あまりにも都合のいい算数を見せられたのです。


 でも。


 算数は、声の大きい人に合わせて答えを変えてくれません。


 商法も。


 同じでした。


「主人が守ってきた工場を、あの男に奪われるんです」


 午前九時。


 事務所の扉を開けた女性は、そう言いました。


 六十歳くらいでしょうか。


 薄紫色のカーディガン。


 白髪交じりの髪。


 手には、使い込まれた革の鞄。


 女性の名前は、村瀬和子さん。


 地元の金属加工会社、東浜精機株式会社の株主でした。


「奪われる、というのは?」


 片桐所長が尋ねました。


 和子さんは鞄から一枚の通知書を取り出しました。


 ――第十八回定時株主総会招集通知。


「今度の株主総会で、今の社長をもう一度取締役に選ぶそうなんです」


「それが問題なんですか?」


 私が聞くと、和子さんは唇を噛みました。


「社長の黒田は、工場を潰そうとしているんです」


「えっ」


「正確には、古い工場の仕事を減らして、土地を売るつもりらしいんです」


 私は通知書を見ました。


 東浜精機株式会社。


 創業二十年以上。


 従業員三十二名。


 自動車部品の加工を中心に、町の小さな工場を支えてきた会社です。


 ところが。


 現在の代表取締役、黒田重蔵。


 五十四歳。


 この男が就任してから、状況が変わったといいます。


「黒田さんは、工場の土地が高く売れると言っているんです」


 和子さんが続けました。


「でも、主人は亡くなるまで、工場を残したいと言っていました」


「ご主人は?」


「創業者の一人です。三年前に亡くなりました」


 なるほど。


 創業者の遺族。


 そして現在は株主。


「和子さんは、どのくらい株式を持っているんですか?」


「三百株です」


「三百株……」


 私は少し考えました。


「会社全体では?」


「千株だそうです」


 千株。


 そのうち三百株。


 つまり三割。


 かなり大きな持株です。


「それなら、株主総会で反対票を投じればいいのでは?」


 私が言うと、和子さんは首を振りました。


「それが……」


 彼女はもう一枚の紙を取り出しました。


 そこには。


 ――議決権行使に関する委任状。


 と書かれていました。


「これを、黒田さんから送られてきたんです」


「委任状?」


「私が総会に出られないなら、黒田さんに任せるようにって」


 私は紙を見ました。


 受任者。


 黒田重蔵。


 議案に対する賛否。


 記載なし。


 そして、その下に。


 ――本総会における議決権の行使を一任する。


 という文言。


「……これは」


 私は眉をひそめました。


「白紙委任状を求めているんですね」


「はい。でも、私は出すつもりがありません」


「それなら、出さなければいいだけでは?」


 私が言うと、和子さんの表情が曇りました。


「実は、去年は出してしまったんです」


「去年?」


「体調を崩して、株主総会に出られなくて……」


 和子さんは小さく息を吐きました。


「黒田さんから、毎年のことだから任せてくれと言われて、委任状を渡しました」


「はい」


「そしたら、昨日、電話が来たんです」


 彼女は震える声で続けました。


「『今年も去年の委任状で、あんたの三百株は俺が使う』って」


 ……。


 私は固まりました。


「え?」


「『一度任せたんだから、今年も俺の票だ』って」


 ……いやいやいや。


 待ってください。


 そんな永久委任みたいな話、ありましたっけ?


 私は思わず六法に手を伸ばしました。


 株主総会。


 議決権の代理行使。


 確か、現代の会社法では。


 代理人に議決権を行使してもらうことは可能。


 でも、代理権の授与は株主総会ごと。


 会社法第三百十条。


 そうです。


 毎回、別の総会なのです。


「和子さん!」


「は、はい」


「去年の委任状を出したからといって、今年の総会まで自由に議決権を使われるわけではありません!」


 和子さんが顔を上げました。


「本当ですか?」


「はい!」


 よし。


 今回は会社法です。


 現代の知識が使える。


 株主総会。


 代理行使。


 完璧です。


「会社法第三百十条第二項で――」


「こはる」


 相馬先輩の声が飛びました。


「はい?」


「今、何法って言った?」


「会社法です!」


「……そんな法律、うちの六法にあったか?」


 ……。


 あ。


 しまった。


 またです。


 またやりました。


 昭和六十三年。


 この時代には、独立した会社法がありません。


 株式会社のルールは、商法第二編。


 いわゆる会社編に置かれています。


「え、ええと……商法です!」


「最初からそう言え」


「はい……」


 相馬先輩は棚から古い六法を取り出しました。


「いいか。今の時代の法律で考えろ」


「はい」


「そもそも、今の株式会社は簡単に作れるもんじゃねえ。発起人は七人以上必要だし、取締役は三人以上、監査役も必要だ」


「……はい」


 現代なら。


 一人で株式会社を作ることもできる。


 取締役も一人で済む会社がある。


 資本金一円でも設立できる。


 でも。


 昭和六十三年では違います。


 株式会社を作るには、発起人が七人以上。


 取締役三人以上。


 監査役も一人以上。


 だから昔の会社では、親戚や知人の名前を集め、形だけ役員にしていることも珍しくありません。


「……合同会社にしておけば、もっと簡単に経営できるのに」


 私は思わず呟きました。


「ごうどうがいしゃ?」


 相馬先輩が怪訝な顔をしました。


「何だそりゃ」


「あっ、いえ!」


「また妙なことを言い出したな」


「忘れてください!」


 危ない。


 合同会社は、まだ存在しません。


 転生者にとって、会社法は地雷原です。


「こはる」


 片桐所長が言いました。


「未来の話はいい」


「はい」


「まず、この会社の株主名簿を確認しなさい」


「株主名簿?」


「誰が何株持っているか。そこからだ」


 私は頷きました。


 そうでした。


 法律で戦うには。


 まず、数字です。


 東浜精機の発行済株式は、全部で千株。


 和子さんが持参した資料によれば、その内訳は次のとおりでした。


 黒田重蔵。


 三百八十株。


 村瀬和子。


 三百株。


 浜松中央証券株式会社。


 二百株。


 そして。


 東浜精機株式会社。


 百二十株。


「……え?」


 私は最後の名前を二度見しました。


「所長」


「何だ」


「東浜精機って、この会社自身ですよね?」


「そうだ」


「会社が、自分の株を持っているんですか?」


「以前、株主から買い取ったらしい」


 なるほど。


 会社自身が保有する自社の株式。


 自己株式です。


 もっとも、昭和六十三年の自己株式取得は現代より厳しく制限されていました。


 今回の百二十株についても、取得事情の確認が必要です。


 ただし。


 それ以上に重要なことがあります。


「自己株式には……」


 私は顔を上げました。


「議決権がありません!」


 相馬先輩が頷きました。


「そうだ」


「つまり、千株発行していても、議決権を行使できる株式は千株全部ではない!」


「そのとおり」


 私は紙に数字を書きました。


 千株。


 そこから自己株式百二十株を除く。


 八百八十株。


「八百八十!」


 私は声を上げました。


「これが今回、議決権を計算する出発点ですね!」


「そうだ。ただし、ほかに制限のある株式がないかも確認する」


 所長が言いました。


「定款を見なさい」


「はい!」


 私は定款を開きました。


 株式の種類。


 株主総会。


 議決権。


 代理行使。


 必要な規定を確認していきます。


 この会社には、今回の議案について議決権を持たない優先株式などはありません。


 株式の単位に関する別の問題もありません。


 つまり。


 今回の議案については、原則どおり一株一議決権で数えられる。


「所長。これなら、和子さんの三百株は三百個の議決権ですね」


「そうだ」


「黒田社長は三百八十個」


「うん」


「会社自身の百二十株は、議決権なし」


「そうだ」


 私は思いました。


 会社の株式を持っていることと。


 議決権があることは、必ずしも同じではない。


 会社自身が、自分の株主総会で自分に投票できるとしたら。


 経営陣は、会社の金で買った株を利用して、自分たちの支配を維持できてしまう。


 だから。


 自己株式には議決権がない。


 理屈は分かりやすい。


 でも。


「黒田社長、これを理解しているんでしょうか」


 私が聞くと、相馬先輩は鼻で笑いました。


「理解してるから、悪用しようとしてるんじゃねえか?」


 ……。


 嫌な予感がしました。


 その予感は、翌日、的中しました。


「俺が社長だ。会社のことは俺が決める!」


 東浜精機の応接室。


 黒田重蔵は、開口一番そう言いました。


 太い眉。


 高級そうな腕時計。


 灰皿には吸い殻が山になっています。


 和子さんが会社の保有資料を確認するために来社し、私たちは事務書類の確認を補助する立場で同行していました。


「村瀬さん」


 黒田は和子さんを見ました。


「今さら何の用だ」


「株主総会のことです」


「ああ?」


「今年は、自分で議決権を行使します」


 黒田の顔が歪みました。


「何だと?」


「主人が残してくれた三百株です。私自身の意思で決めます」


 黒田は笑いました。


「無理だな」


「なぜですか」


「去年、委任状を出しただろう」


「去年の総会についてです」


「毎年同じことだ」


「違います」


 和子さんは、はっきり言いました。


「今年は委任していません」


 黒田は机を叩きました。


「法律のことも分からん婆さんが、偉そうなことを言うな!」


 ……。


 ひどい。


 私は思わず立ち上がりそうになりました。


 でも。


 相馬先輩が、私の袖を軽く引きました。


 落ち着け。


 そんな合図です。


 黒田は続けました。


「そもそも、うちの議決権は千だ。そのうち俺の三百八十株と、会社が持ってる百二十株で五百だ!」


 ……。


 来ました。


 自己株式。


「さらに、去年の委任状で婆さんの三百株も俺のものだ」


 黒田は得意げに指を折りました。


「合わせて八百!」


 ……。


 私は呆然としました。


 八百。


 千株のうち八百。


 だから圧勝。


 そういう理屈らしいです。


 でも。


 その計算。


 法律上、かなりおかしいです。


「黒田社長」


 私は思わず口を開きました。


「会社自身が持っている百二十株には、議決権がありません」


 黒田がこちらを睨みました。


「何?」


「自己株式です」


「会社の金で買った株だぞ!」


「だからです」


「は?」


「会社自身が持つ株式について、会社が自分の株主総会で議決権を行使することはできません」


 黒田の眉が動きました。


「そんな馬鹿な話があるか!」


「商法の問題です」


「会社の財産だろうが!」


「財産として保有していることと、議決権を行使できることは別です」


 すると。


 黒田は立ち上がりました。


「俺が法律だ!」


 ……。


 出ました。


 悪徳経営者の必殺技。


 俺が法律。


 便利ですね。


 六法全書が不要になります。


 もちろん。


 そんな法律は存在しません。


「それに!」


 黒田は机の上の書類を指差しました。


「浜松中央証券の二百株だって、俺の味方だ!」


 私は顔を上げました。


「浜松中央証券?」


「ああ。あそこの担当者とは話がついてる」


「どういうことですか?」


「二百株全部、賛成してもらう」


 ……。


 ん?


 二百株。


 証券会社。


 私は、資料の中に挟まれていた一枚の書面を思い出しました。


 そこには、こう書かれていました。


 ――議決権不統一行使に関する通知。


 私は顔を上げました。


「黒田社長。その二百株、本当に全部賛成なんですか?」


「あ?」


「議決権の不統一行使の通知が届いていますよね」


 黒田の表情が変わりました。


「……何でそれを知ってる」


 あ。


 図星です。


「この会社の資料にありました」


「そんなもの、無視すりゃいいんだ!」


「無視?」


「一人の株主が、賛成と反対を両方出すなんて認められるか!」


 黒田は笑いました。


「二百株なら二百株、全部同じ意見に決まってるだろ!」


 私は息を呑みました。


 なるほど。


 この人。


 議決権の不統一行使まで、無理やり潰そうとしている。


 でも。


 そこには、商法が認める重要な仕組みがあるのです。


「相馬」


 片桐所長が短く言いました。


「はい」


「事実は分かったな」


「ええ」


 相馬先輩は立ち上がりました。


「黒田社長。会社の資料について確認できました。あとは依頼人本人の意思に従って、必要な書類を整理します」


「勝手にしろ!」


 黒田は笑いました。


「行政書士だか何だか知らんが、裁判で俺に勝てると思うなよ!」


 相馬先輩は振り返りました。


「俺たちは、裁判で代理人として戦う仕事じゃありません」


「じゃあ何ができる!」


 先輩は淡々と言いました。


「書類を作るんですよ」


「書類?」


「あなたが無視しようとしている、株主の意思を示す書類です」


 黒田は鼻で笑いました。


「紙切れ一枚で、会社が動くかよ!」


 相馬先輩の目が細くなりました。


「社長」


「何だ」


「会社を動かすのは、社長の怒鳴り声じゃありません」


「……あ?」


「商法に従った決議です」


 黒田は黙りました。


「社長が一番偉いんじゃねえ。ルールを守った奴が勝つんだよ」


 そう言い残して。


 私たちは応接室を出ました。


 黒田の怒鳴り声が、廊下まで追いかけてきました。


「好きにしろ! 株主総会で恥をかくのはそっちだ!」


 ……。


 私は思いました。


 たぶん。


 恥をかくのは、別の人です。


 事務所へ戻ると、片桐所長が机の上に三枚の紙を並べました。


 一枚目。


 東浜精機の定款。


 二枚目。


 株主名簿。


 三枚目。


 議決権不統一行使通知書。


「こはる」


「はい!」


「まず、この証券会社の二百株について考えろ」


「はい」


 私は通知書を読みました。


 浜松中央証券株式会社。


 保有株式。


 二百株。


 そのうち。


 百六十株について反対。


 四十株について賛成。


「……なるほど」


 私は顔を上げました。


「二百株全部が、同じ人の利益のために保有されているわけではないんですね」


「そうだ」


 浜松中央証券は、顧客から信託を受けた株式を保有していました。


 実際に利益を受ける顧客は複数。


 ある顧客は黒田社長の再任に反対。


 別の顧客は賛成。


 その意思を反映するため、二百株を分けて議決権を行使しようとしていたのです。


「つまり……」


 私は紙に書きました。


 二百株。


 反対百六十。


 賛成四十。


「これが不統一行使ですね!」


「そうだ」


「一人の株主だからといって、持っている議決権を全部同じ方向に行使しなければならないわけではない」


「そのとおり」


 相馬先輩が頷きました。


「他人のために保有している株式なら、後ろにいる人間たちの意思が違うこともある」


「はい」


「そこで不統一行使の仕組みが必要になる」


 私は感心しました。


 現代の行政書士試験では、会社法第三百十三条。


 議決権の不統一行使。


 そう覚えます。


 でも昭和六十三年。


 根拠は当時の商法です。


 旧商法にも、不統一行使の制度が存在しました。


 ただし、好き勝手に当日の会場で分ければいいわけではありません。


 所定の事前通知など、必要な条件を確認することになります。


「所長。この通知は?」


「総会の三日前までという期限を満たしている。会社にも到達していることが確認できた」


「よかった……!」


「加えて、他人のために株式を保有している事情も資料で確認しておく」


「はい!」


 私は頷きました。


 なるほど。


 議決権を不統一に行使できるという知識だけでは足りない。


 適法に行使できる状態を整える。


 そこまでが実務なのです。


「次だ」


 所長が言いました。


「和子さんの三百株」


「はい」


「去年の委任状を見ろ」


 私は書類を確認しました。


 前年の株主総会の日付。


 その総会について黒田を代理人とする内容。


「……去年の総会だけですね」


「そうだ」


「今年の総会について、代理権を与えた書類ではありません」


 私は頷きました。


 株主総会の代理行使。


 株主本人が出席できない場合、代理人によって議決権を行使することはできる。


 しかし。


 代理人には、代理権を証明する書面が必要です。


 しかも、去年の一回限りの委任状が、自動的に今年の総会に使えるわけではありません。


 現代では、会社法第三百十条第二項が、総会ごとの代理権授与を明記しています。


 そして昭和六十三年にも、株主が代理人によって議決権を行使する仕組みは、商法上認められていました。


「今回は、和子さん本人が出席する意思を示しています」


 私が言うと、所長が頷きました。


「その意思を明確にする」


「はい!」


 私は鉛筆を握りました。


 いよいよです。


 内容証明郵便。


 黒田社長が勝手に数えようとしている三百票を、取り返します。


 最初の原案を書き上げたのは、一時間後でした。


 所長が読みます。


 そして。


 赤鉛筆。


 ……嫌な予感。


「こはる」


「はい」


「ここ」


 所長が指差しました。


 ――黒田社長の行為は明白な犯罪である。


「……駄目ですか?」


「消せ」


「はい」


 赤線。


「事実関係も刑事責任の成否も、まだ確定していない」


「……はい」


「必要以上の断定をするな」


 なるほど。


 法律の書面。


 怒りをぶつけるものではありません。


「次」


「はい」


 ――自己株式百二十株の議決権は無効である。


「この書き方も直せ」


「え?」


「自己株式には議決権がない。行使された票が取り消されるという話ではない」


「あっ」


 確かに。


 最初から議決権を持たない株式。


 それを、いったん成立した議決権が無効になるかのように書くのは、正確ではありません。


「次」


「はい」


 ――浜松中央証券の二百株は、すべて反対票として数えるべきである。


「違う」


「……あっ!」


 私は慌てました。


「反対百六十、賛成四十です!」


「そうだ」


 所長が頷きました。


「敵の味方だからといって、賛成票まで消していいわけじゃない」


「はい……!」


「相手に不正確な計算をさせないためには、こちらも正確でなければならん」


 私は深く頷きました。


 なるほど。


 反対する側だからといって。


 都合のいい票だけ数えてよいわけではない。


 株主平等。


 議決権。


 決議の正当性。


 全部、同じところにつながっています。


 数えるべき票を、正しく数える。


 その当たり前を守るための法律なのです。


 書き直した内容証明の原案を、私は読み上げました。


「通知人、村瀬和子」


「うん」


「被通知人、東浜精機株式会社。代表取締役黒田重蔵」


「続けろ」


「第一。通知人は、貴社株式三百株を保有する株主である」


「うん」


「第二。通知人が前年の定時株主総会に関して交付した委任状は、当該総会における議決権の代理行使を委任したものであり、今回の定時株主総会に関して代理権を授与したものではない」


 相馬先輩が頷きました。


「よし」


「第三。通知人は、今回の株主総会について、黒田重蔵その他の者に議決権の代理行使を委任していない」


「うん」


「第四。通知人は、今回の株主総会に自ら出席し、議決権を行使する意思を有する」


 私は息を吸いました。


「第五。よって、前年の委任状を根拠として、通知人の三百株に係る議決権を代理行使したものとして取り扱わないよう求める」


 読み終えると、所長が頷きました。


「いい」


「本当ですか!」


「ただし、会社全体の票数については、別の確認書面に整理する」


「はい!」


 相馬先輩が机にもう一枚の紙を置きました。


 表題。


 ――株主総会議決権数及び議決権行使関係確認書。


「これは?」


「会社の議決権集計について、株主名簿や定款、届出書面を基に整理したものだ」


 私は目を輝かせました。


 こういう書類。


 好きです。


 法律が数字になる瞬間。


 試験問題では、つい面倒だと思ってしまう計算です。


 でも今は違います。


 この数字を間違えると。


 誰かの会社が、奪われるかもしれないのです。


「所長」


「何だ」


「これ、全部正しく数えたら、どうなります?」


 所長は、静かに言いました。


「自分で計算しなさい」


「はい!」


 私は紙を引き寄せました。


 まず。


 発行済株式総数。


 千株。


 自己株式。


 百二十株。


 議決権なし。


 残り。


 八百八十個。


 次に。


 黒田社長。


 三百八十個。


 村瀬和子さん。


 三百個。


 浜松中央証券。


 二百個。


 その二百個を分けます。


 賛成。


 四十。


 反対。


 百六十。


 今回の議案は、黒田社長の取締役再任。


 和子さんは反対。


 証券会社からは、反対百六十、賛成四十。


 黒田社長本人は賛成。


 すると。


 賛成。


 三百八十足す四十。


 四百二十。


 反対。


 三百足す百六十。


 四百六十。


 私は鉛筆を止めました。


「……え?」


 もう一度計算。


 賛成四百二十。


 反対四百六十。


 ……。


「所長!」


「何だ」


「反対のほうが多いです!」


「そうだな」


「黒田社長の再任議案、全議決権がこのとおり行使されたら、普通決議で必要な賛成多数に届きません!」


 相馬先輩がにやりと笑いました。


「気づいたか」


「はい!」


 黒田社長は言っていました。


 自分の三百八十。


 会社の百二十。


 和子さんの三百。


 合計八百。


 圧勝だと。


 でも。


 正しく数えると。


 自己株式は数えられない。


 和子さんの三百株は、本人が反対。


 証券会社の二百株も、一律賛成ではない。


 結果。


 賛成四百二十。


 反対四百六十。


 たった四十票の差。


 けれど。


 その四十票は、社長の怒鳴り声では消せません。


「……すごい」


 私は呟きました。


「所長」


「何だ」


「一株一議決権って、こんなに強いんですね」


 片桐所長は、書類を揃えながら言いました。


「強いのは、株じゃない」


「え?」


「株主の意思を勝手に消せないということだ」


 私は黙りました。


 なるほど。


 会社の社長。


 取締役。


 創業者。


 大株主。


 いろいろな立場があります。


 けれど。


 株主総会は、社長が拍手を集める場所ではない。


 株主が議決権を行使する場所です。


 そして。


 その一票一票には。


 会社の未来がかかっているのです。


 内容証明郵便を発送した二日後。


 黒田社長から和子さんの自宅に電話がありました。


『何を余計なことをしてくれた!』


 怒鳴り声だったそうです。


『三百株なんて、俺がまとめて使ってやればいいだろう!』


 和子さんは、はっきり答えました。


『いいえ。私の株です』


『会社のことが分からんくせに!』


『分からないことは、調べます』


『何だと!』


『でも、主人が守ってきた工場を残したいという気持ちは、私にも分かります』


 電話の向こうで、黒田が黙ったそうです。


 和子さんは続けました。


『だから、私の三百株は、私が決めます』


 そして。


 電話を切りました。


 翌日。


 片桐事務所に、その話を聞かせてくれました。


「怖かったです」


 和子さんは笑いました。


「でも、言えました」


 私は胸が熱くなりました。


 三百株。


 ただの数字ではありません。


 亡くなった夫が働いて。


 工場を建てて。


 社員を雇って。


 家族を支えて。


 積み重ねた時間。


 その全部が、三百株という形で残っていたのです。


「和子さん」


「はい」


「総会には、出席されるんですよね」


「もちろんです」


 彼女は頷きました。


「今度は、自分の目で見て、自分の意思で決めます」


 私は笑いました。


「それが一番です!」


 相馬先輩が横から言いました。


「ただし、当日は資料も持っていってください」


「はい」


「株主本人であることを確認できるもの。招集通知。必要な議案資料。それから、こちらで整理した確認書面の控え」


「分かりました」


 先輩は続けました。


「万一、議決権の集計について問題が出たら、まず事実を記録してください。争いになれば、弁護士への相談が必要です」


「はい」


 私は頷きました。


 行政書士は、株主総会で依頼人の訴訟代理人になるわけではありません。


 議決権の争いを、裁判で代理して解決する仕事でもありません。


 でも。


 定款を確認する。


 議決権の数を整理する。


 委任状を確認する。


 本人の意思を示す通知書を作成する。


 必要な議事録や事実関係の書類を整える。


 そういう仕事ができます。


 そして。


 その一つ一つが、今回のような場面では、大きな意味を持つのです。


 株主総会当日。


 六月の終わり。


 朝から雨が降っていました。


 和子さんは、紺色のスーツを着て、東浜精機の会議室へ向かいました。


 私は事務所で仕事をしていましたが。


 気になって仕方ありません。


「先輩」


「何だ」


「今ごろ総会ですよね」


「そうだな」


「どうなってるでしょう」


「知らん」


「気になりません?」


「なる」


「ですよね!」


「だからって、俺たちが勝手に会場で法律紛争の代理交渉をするわけにはいかねえだろ」


「……はい」


 私は机に戻りました。


 でも。


 頭の中では、ずっと数字が動いていました。


 三百八十。


 三百。


 二百。


 百二十。


 そして。


 四百二十対四百六十。


 どうか。


 正しく数えられますように。


 そんなことを願っていたのです。


 午後三時。


 事務所の電話が鳴りました。


「はい! 片桐行政書士事務所です!」


『朝比奈さん?』


「和子さん!」


『終わりました』


 私は息を呑みました。


「どうでした?」


『……勝ちました』


 ……。


「えっ!」


『黒田さんの再任議案、否決されました』


「本当ですか!」


 私は思わず立ち上がりました。


 相馬先輩が顔を上げます。


 片桐所長も、帳簿を閉じました。


『最初、黒田さんは、やっぱり去年の委任状を出してきたんです』


「えっ!」


『私の三百株も、自分が使えるって』


「そんな……!」


『でも、私はその場にいました』


 和子さんの声が、少し震えました。


『だから言いました。私は今年、誰にも委任していません。自分で議決権を行使しますって』


 私は拳を握りました。


『それで、事前に届いていた内容証明と、去年の委任状を確認することになって……』


「はい!」


『去年の総会の委任状だから、今年の代理権を示すものではないと確認されたんです』


 よし。


 まず一つ。


『それから、黒田さんが会社の持っている百二十株も数えようとしたんですけど』


「はい!」


『それも、議決権がないと確認されました』


 私は小さく拳を握り直しました。


 二つ目。


『最後に、浜松中央証券の二百株です』


 ……。


 来ました。


 不統一行使。


『黒田さんは、二百株全部賛成のはずだって怒鳴ったんです』


「はい……」


『でも、証券会社の方が、あらかじめ出していた通知書と保有事情を説明して』


 和子さんは続けました。


『百六十株は反対。四十株は賛成。そのとおりに数えられました』


 私は目を閉じました。


 三つ目。


 全部。


 正しく数えられた。


『それで、投票の結果が出ました』


 和子さんは、ゆっくり言いました。


『賛成、四百二十』


 私は鉛筆を握りました。


『反対、四百六十』


 ……。


『黒田さんの再任は、否決です』


 私は立ち上がったまま、しばらく動けませんでした。


 四百二十。


 四百六十。


 あの机の上で計算した数字が。


 実際の株主総会で、そのまま結果になったのです。


「和子さん!」


『はい』


「よかった……!」


『ありがとうございます』


 声が震えました。


『主人の三百株を、ちゃんと守れました』


 私は受話器を握りしめました。


「はい……!」


 その言葉が。


 何より嬉しかったのです。


 後日。


 株主総会の議事の経過と決議結果を確認できる資料が、事務所に届きました。


 適法な手続を経て作成された議事録には、黒田の再任議案が否決された結果が記されていました。


 もっとも、再任議案の否決だけで黒田の過去の行為がすべて清算されるわけではありません。


 ほかの役員の任期や代表権の扱い。


 工場用地の処分をめぐる会社内部の権限。


 自己株式を取得した経緯。


 そのほか、確認すべき問題は残っていました。


 片桐所長は資料を見ながら言いました。


「相馬」


「はい」


「次の取締役会の手続も、慎重に確認するよう伝えておけ」


「分かりました」


「必要な議事録は正確に作成する。登記が必要な部分は司法書士と連携する」


「はい」


 私は二人を見ました。


 なるほど。


 一つの決議で、全部が終わるわけではありません。


 でも。


 間違った決議を、そのまま通してしまえば。


 その後の会社運営まで歪んでしまう。


 だから。


 最初の一票を、正しく数えることが大事なのです。


「ところで所長」


「何だ」


「黒田社長は、どうなったんですか?」


「今後の経営体制は、会社が適法な手続で決めていくことになる」


「はい」


「ただ、自己株式を議決権に算入しようとした経緯や、委任状の扱いについては、別途問題になる可能性がある」


 相馬先輩が続けました。


「会社に損害を与えていれば、役員としての責任を問われることもある」


「……個人としてですか?」


「ああ」


 先輩は机の書類を指差しました。


「会社の財産を好き勝手に使っていいわけじゃねえからな」


 私は頷きました。


 株式会社。


 有限責任。


 株主は原則として出資額を超えて会社債務を負担しない。


 でも。


 それは、取締役が何をしても個人責任を負わないという意味ではありません。


 善管注意義務。


 忠実義務。


 会社に対する損害賠償責任。


 そういう問題は、別に存在します。


「黒田さん、本当に会社を自分のものだと思っていたんですね」


 私が言うと、相馬先輩は頷きました。


「そういう社長は珍しくねえ」


「でも、会社って株主のものですよね」


「それも、雑に言い切るなよ」


「え?」


「会社は法人だ。会社の財産は会社自身の財産だし、取締役は決められた権限と責任の下で経営する」


「あ……」


「株主だって、会社の機械を勝手に持って帰れるわけじゃねえ」


「確かに」


「だからこそ、機関ごとの権限と、決め方のルールがある」


 私は感心しました。


 なるほど。


 社長が全部決める。


 株主が全部決める。


 どちらでもない。


 会社は、定款と商法に従って動く。


 その仕組みの一つが。


 株主総会。


 そして。


 議決権なのです。


 一週間後。


 和子さんが再び事務所を訪れました。


 今度は、少し明るい顔をしています。


「工場のみんなが、喜んでくれました」


 そう言って、写真を見せてくれました。


 古い鉄骨の工場。


 並んだ旋盤。


 油の染みた床。


 そこで働く人たち。


「まだ会社の将来が決まったわけではありませんけど」


 和子さんは言いました。


「少なくとも、話し合う時間ができました」


「そうですね」


「従業員の人たちも、工場を続ける方法を考えたいと言ってくれています」


 私は笑いました。


「よかったですね」


 和子さんは写真の端を撫でました。


「主人は、よく言っていたんです」


「何て?」


「会社は、一人で作るものじゃないって」


 私は黙りました。


「お金を出す人がいて、働く人がいて、取引先がいて、ようやく成り立つんだって」


 彼女は少し笑いました。


「だから、株式も大事にしろと言っていました」


「……はい」


「でも私、今までよく分かっていなかったんです。株って、ただ持っているだけだと思っていました」


 和子さんは、私を見ました。


「違うんですね」


「はい」


 私は頷きました。


「株式には、会社の重要なことを決める場面に参加する権利もあります」


「そうですね」


「そして、その議決権をどう行使するかは、とても大切なんです」


 私は続けました。


「自分で総会に出席することもできます」


「はい」


「出席できないときは、適切に代理人を選んで行使する方法もあります」


「はい」


「法律上、書面による投票が認められる会社や場合には、会場に行かずに意思を示す方法もあります」


 和子さんは頷きました。


「私、これからはちゃんと勉強します」


 その言葉に。


 私は少し嬉しくなりました。


「私もです!」


「朝比奈さんも?」


「はい!」


 私は笑いました。


「私も、まだまだ勉強中なので!」


 相馬先輩が奥から言いました。


「そこは胸を張るところじゃねえだろ」


「いいじゃないですか!」


 和子さんが笑いました。


 久しぶりに。


 事務所に、明るい笑い声が響きました。


 和子さんが帰ったあと。


 私は例の議決権計算書を眺めていました。


 千株。


 自己株式百二十株。


 議決権のある株式八百八十株。


 黒田社長三百八十。


 和子さん三百。


 証券会社二百。


 そして。


 不統一行使。


 反対百六十。


 賛成四十。


 全部、数字です。


 ただの足し算。


 ただの引き算。


 でも。


 もし黒田社長の言い分が通っていたら。


 和子さんの三百株は、勝手に賛成票にされていた。


 会社自身の百二十株まで数えられていた。


 証券会社の反対百六十株も、消されていたかもしれない。


 その結果。


 会社の将来を決める議案が、違う結論になっていた可能性があります。


「……怖いなあ」


 私は呟きました。


「何がだ」


 相馬先輩が聞きました。


「議決権って、ただ投票する権利だと思ってました」


「うん」


「でも、こんなに大事なんですね」


「ああ」


「一株一議決権って、簡単な原則なのに」


 相馬先輩は煙草を灰皿に押しつけました。


「簡単だから、守らなくていいってわけじゃねえ」


「はい」


「むしろ、簡単なことを平気で破る奴がいるから、法律が必要なんだよ」


 私は頷きました。


 そして。


 一つ気になったことを思い出しました。


「先輩」


「何だ」


「現代だと、書面投票とか電子投票もありますよね」


「……電子?」


 あ。


 しまった。


 相馬先輩が怪訝な顔をしています。


「何だそりゃ」


「え、ええと……」


 私は慌てました。


 電子投票。


 メールやインターネットなどを利用した議決権行使。


 現代の会社法では制度が整っています。


 でも。


 昭和六十三年。


 そんな制度を当然のように持ち出したら。


 また未来人です。


「電気で投票するんですかね……」


「何だ、その適当な説明は」


「忘れてください!」


「お前、最近ますます妙なこと言うようになったな」


 危ない。


 危ないです。


 未来の会社法。


 便利すぎます。


 昭和の商法を使っていると。


 現代の法律が、いかに整理されているか分かります。


 もっとも。


 書面投票そのものは、昭和六十三年にも既に一定の大会社で認められていました。


 昭和五十六年の商法関係法令の改正によって導入された制度です。


 ただし、当時は対象会社が限られています。


 現代のように、会社法の一般的な仕組みとして自由に考えてよいわけではありません。


 まして。


 小さな株式会社だから、いつでも書面投票が使える。


 そんな単純な話ではありません。


 法律は、時代とともに変わっていくのです。


「相馬先輩」


「何だ」


「会社って、昔は作るのも大変だったんですね」


「ああ」


「発起人七人、取締役三人、監査役一人……」


「そうだ」


「そのうえ株主総会まで必要で」


「当たり前だ」


「しかも議決権を正しく数えないと、決議がおかしくなる」


「そうだ」


 私は腕を組みました。


「大変ですね、株式会社って」


 先輩は笑いました。


「だからって、社長が好き勝手していい理由にはならねえよ」


「……確かに!」


 私は笑いました。


 そのとき。


 片桐所長が、帳簿を閉じました。


「こはる」


「はい!」


「今日、何を覚えた」


 私は少し考えました。


 議決権。


 一株一議決権。


 自己株式。


 代理行使。


 書面投票。


 不統一行使。


 いろいろあります。


 でも。


 今回、一番大きかったのは。


「株主の票は、社長の都合で増やしたり減らしたりできない、ということです」


 所長が頷きました。


「そうだ」


「委任状があっても、何を委任したか確認しなければならない」


「うん」


「会社自身が持つ株式には、議決権がない」


「そうだ」


「一人の株主でも、適法に不統一行使することがある」


「うん」


「そして」


 私は笑いました。


「一番大切なのは、株主本人の意思ですね」


 片桐所長は静かに頷きました。


「それでいい」


 私はノートを開きました。


 今日の覚え書き。


 ――議決権は、社長の命令ではなく、株主の権利。数えるべき票を、正しく数える。


 よし。


 これなら忘れません。


 そのとき。


 電話が鳴りました。


「はい! 片桐行政書士事務所です!」


『あのう……』


 男性の声。


『うちの会社の株主総会なんですが……』


「はい」


『社長が、自分に反対する株主には、配当を出さないって言い始めまして……』


 ……。


 私は止まりました。


『社長に賛成する株主だけ、特別にお金を渡すって言うんです』


 ……。


 またですか。


 今度は。


 議決権だけではありません。


 株主の扱いそのものを、社長が好き勝手に変えようとしている。


「先輩」


「何だ」


「また、すごい相談です」


「今度は何だ」


「社長に逆らった株主には、配当を出さないそうです」


 相馬先輩は、しばらく黙りました。


 それから。


「……今度の社長も、商法を読んでねえな」


 私は頷きました。


「ですよね」


「まず、詳しく事情を聞け」


「はい!」


 私は相談票を取りました。


 昭和六十三年。


 片桐行政書士事務所。


 今日もまた。


 会社という法人を、自分の財布のように扱う人がいます。


 でも。


 会社には、会社のルールがあります。


 社長の声が大きくても。


 金持ちでも。


 昔から偉くても。


 そのルールを無視して、株主の権利を奪うことはできません。


 そして私は、今日。


 少しだけ、株主総会が好きになりました。


 難しい法律用語ばかりだと思っていたけれど。


 その中には、確かに人の意思がある。


 三百株を守ろうとした女性。


 工場を残したかった亡き夫。


 そこで働く三十二人の従業員。


 みんなの未来が。


 四百二十対四百六十という数字に、かかっていたのです。


「相馬先輩!」


「今度は何だ!」


「株主総会って、すごいですね!」


「今さらかよ!」


「たった四十票の差で、社長の思惑が崩れたんですよ!」


「そうだな」


「しかも、自己株式を数えちゃ駄目で!」


「知ってる」


「委任状も確認しないと駄目で!」


「知ってる!」


「不統一行使もあって!」


「分かったから相談票を書け!」


「はいっ!」


 私は笑いながら鉛筆を握りました。


 会社法。


 いえ。


 今は、商法。


 昭和の会社を動かす、古くて厳格なルール。


 面倒なことも多い。


 手続も多い。


 頭数合わせも多い。


 けれど。


 その堅苦しい決まりの中にこそ。


 横暴な経営者から、真面目に働く人たちを守る仕組みが隠れているのです。


 何より。


 私は今日、確信しました。


 社長が「俺の会社だ」と怒鳴ったとき。


 その会社の株主名簿を開いてみる価値があります。


 だって。


 そこに並んでいる一株一株は。


 社長の所有物ではなく。


 会社の未来について、意見を示すための権利でもあるのですから。

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