[会社法・株主総会の権限と招集]法理編 こはるノート 社長より偉いのは誰? 株主総会の権限と、三%の株主が持つ最後の切り札
株を五%しか持っていない人間に、会社を動かす力はあるのでしょうか。
社長が反対しても。
大株主が無視しても。
取締役会が何もしなくても。
たった五%の株主に、できることはあるのでしょうか。
答えは。
あります。
ただし。
五%の株主が、会社のすべてを決められるわけではありません。
ここが、株主総会の面白いところです。
社長には、社長の権限。
取締役会には、取締役会の権限。
そして。
株主総会には、株主総会の権限がある。
それぞれが、法律で決められた役割を持っています。
だからこそ。
社長がどれだけ威張っていても。
法律上必要な株主総会の決議を、勝手に省略することはできません。
昭和六十三年。
夕方の片桐行政書士事務所。
私は机に向かい、ノートを開いていました。
表紙には大きく、
――こはるノート・商法編。
と書いてあります。
「……社長って、思ったより偉くないんですね」
私が呟くと、相馬先輩が新聞から顔を上げました。
「いきなり何だ」
「東海精機の黒田社長ですよ」
「ああ、あの王様気取りか」
「そうです!」
私は鉛筆を握りました。
東海精機株式会社。
創業以来の株主だった村瀬修一さん。
保有株式は百株。
発行済株式は二千株。
つまり、持株比率は五%。
その村瀬さんが、突然告げられたのです。
――工場を売ることになった。
しかも。
株主総会で承認済みだという。
ところが、村瀬さんには招集通知が届いていませんでした。
さらに調べてみると。
出席したことになっている株主が、実際には出席していなかった。
委任状も出していなかった。
つまり。
株主総会議事録の内容そのものに、重大な疑義があったのです。
「黒田社長、すごかったですよね」
「何がだ」
「俺が社長だから、俺が法律だって」
私は少し声を低くしました。
「五%の株主なんか、黙ってろ!」
相馬先輩が顔をしかめました。
「似てねえ」
「物真似の評価は求めてません!」
「だったら普通に話せ」
「はい……」
でも。
あの事件には、株主総会の大切な論点が全部詰まっていました。
株主総会の権限。
定時株主総会と臨時株主総会。
招集権者。
少数株主による招集請求。
招集通知の期間。
そして。
招集手続を省略できる場合。
「よし!」
私はノートを開き直しました。
「今日は、株主総会を完全攻略します!」
「昨日もそんなこと言ってなかったか」
「昨日は事件です! 今日は試験対策です!」
「お前は毎日忙しいな」
そこへ。
片桐所長が奥から声をかけました。
「相馬」
「はい」
「付き合ってやれ」
「……またですか」
よし。
本日の強制勉強会、開催です。
「まず、そもそも会社の機関って何ですか?」
私はノートに大きく書きました。
――会社の機関。
相馬先輩が答えます。
「会社を動かすための仕組みだ」
「そうですね!」
株式会社は、法人です。
法人とは、法律によって権利義務の主体となることが認められた存在。
でも。
株式会社自体には、手も足もありません。
目もありません。
頭もありません。
自分で歩いて契約書にハンコを押すこともできません。
「つまり、会社は人間のように自分で行動できないんです」
「当たり前だ」
「そこで、人間が会社の意思を決めたり、実際に業務を行ったりする必要がある」
私はノートに三つ書きました。
株主総会。
取締役。
監査役。
「昭和六十三年の株式会社では、このほか取締役会も重要な機関です」
「ああ」
「取締役は三人以上必要で、監査役も置かなければならない」
「そうだ」
私は思い出しました。
現代の株式会社なら。
取締役は一人でも構いません。
取締役会を置かない会社も作れます。
でも。
昭和六十三年の株式会社では、そんな単純な構成にはできません。
「昔の株式会社って、本当に大変ですよね」
「何がだ」
「発起人が七人以上必要だったり、取締役が三人以上必要だったり」
「それが株式会社だろ」
「現代なら、発起人一人、取締役一人、資本金一円でも株式会社を作れるんですよ!」
相馬先輩が眉をひそめました。
「……一円?」
「はい!」
「お前、駄菓子屋でも始めるつもりか?」
「違います!」
私は慌てました。
ここで言いたいのは、資本金一円で事業がうまくいくという意味ではありません。
法律上の設立要件が簡素化された、ということです。
現実には、事業資金は必要です。
信用も必要です。
会社を設立しただけで、お金が湧いてくるわけではありません。
「それにしても」
私は言いました。
「昭和の会社は、ずいぶん人数をそろえないといけなかったんですね」
「そうだな」
片桐所長が口を開きました。
「だが、人数だけそろえればいいわけではない」
「はい」
「役員には役員の職務と責任がある」
私は頷きました。
東海精機でも。
創業時に、社長の知り合いが頭数合わせのように役員になったことがありました。
でも。
名前だけ貸していたから、何の責任もない。
そんな単純な話ではありません。
取締役には、取締役としての義務がある。
監査役には、監査役としての役割がある。
そして。
株主総会には、株主総会としての役割がある。
「なるほど」
私はノートに書きました。
会社の機関とは、会社の意思決定や業務執行などを担う法律上の仕組み。
「これが基本ですね!」
「そうだ」
では。
次は、株主総会です。
「株主総会は、株式会社の最高意思決定機関です!」
私は勢いよく言いました。
相馬先輩が頷きます。
「そうだな」
「会社の重要なことを決める機関ですね」
「ああ」
私はノートに書きました。
――株主総会。
株主によって構成される合議体。
会社の組織や運営の根本に関する重要事項などを決議する機関。
「ここで問題です!」
私は相馬先輩を指差しました。
「社長は、会社の工場を自由に売れますか?」
「場合による」
「正解です!」
「お前が問題を出したんだろ」
「はい!」
そう。
ここが重要です。
会社の財産を処分することと、会社の事業そのものを譲渡することは、必ずしも同じではありません。
たとえば。
古い旋盤を一台売却する。
これは、通常の業務執行の範囲で判断されることがあります。
でも。
会社の主力事業を、設備や取引関係ごと他社へ譲渡する。
これは会社の根本に関わる可能性があります。
旧商法でも、営業の全部又は重要な一部の譲渡については、株主総会の特別決議が必要になる場合がありました。
「東海精機の事件ですね」
「そうだ」
あの会社は、工場の主要な営業部門を譲渡しようとしていました。
社長は、
「俺が売ると決めた!」
と威張っていましたが。
法律上、株主総会の承認が必要な事項なら、社長一人の判断だけでは足りません。
「つまり」
私は言いました。
「会社の重要な意思決定には、誰が決める権限を持っているかという問題があるんですね」
「そうだ」
片桐所長が頷きました。
「権限のない者が、勝手に会社の意思を決めたことにはできない」
私は、その言葉に赤線を引きました。
「次は、現代との違いです!」
私はノートに二つの欄を作りました。
――取締役会設置会社。
――非取締役会設置会社。
「また妙な言葉が出てきたな」
相馬先輩が言いました。
「現代の会社法の区別です!」
会社法第二百九十五条。
ここでは、株主総会の権限について、重要な区別があります。
まず。
取締役会設置会社。
株主総会で決議できるのは、原則として、
法律に規定された事項。
そして、定款で定められた事項。
この二つです。
「例えば?」
相馬先輩が聞きました。
「定款変更!」
「うん」
「合併!」
「うん」
「一定の事業譲渡!」
「うん」
「解散!」
「そうだな」
「取締役や監査役の選任・解任!」
私は続けました。
「それから、株式併合や、一定の有利な募集株式発行なども、株主の利害に重大な影響を与える事項です」
相馬先輩が頷きました。
「会社の根本に関わることが多いな」
「そうなんです!」
取締役会設置会社では、株主が重要事項について意思決定し、取締役会が経営に関する意思決定を担う。
いわゆる。
所有と経営の分離。
その考え方が表れています。
「では、非取締役会設置会社は?」
私は言いました。
「法律の規定が許す範囲で、会社の組織、運営、管理その他株式会社に関する一切の事項を、株主総会で決議できます!」
相馬先輩が目を丸くしました。
「一切?」
「はい!」
「日常の経営に関することもか?」
「株主総会の権限は、取締役会設置会社より広いんです」
ただし。
他の機関に専属する権限や、強行法規に反する決議まで自由にできるわけではありません。
また、株主総会で決議できるということと、常に株主総会で決議しなければならないということも違います。
「なるほどな」
相馬先輩が言いました。
「小さな会社なら、株主が経営に直接関わることもあるわけか」
「そうです!」
私は頷きました。
現代では、一人株主の株式会社も珍しくありません。
自分が唯一の株主で。
自分が取締役。
そういう会社も作れます。
その場合、所有と経営がほぼ一体になっているわけです。
「でも昭和六十三年には、現代のような非取締役会設置会社という機関設計の選択肢はありません」
「そうだな」
「当時の旧商法でも、株主総会の権限は、法律又は定款で定められた事項に限られるのが基本です」
私はノートに赤線を引きました。
昭和六十三年。
株式会社には取締役会が置かれる。
株主総会は、商法又は定款で定められた事項を決議する。
現代。
取締役会設置会社と非取締役会設置会社で、株主総会の権限が異なる。
「これ、試験で引っかかりそうですね」
「どういう問題だ?」
私は問題を作りました。
――すべての株式会社において、株主総会は会社の一切の事項を決議できる。
「答えは?」
「誤りです!」
「どうしてだ」
「取締役会設置会社では、決議できる事項が法律又は定款で定められたものに限られるからです!」
相馬先輩が笑いました。
「よし」
私は拳を握りました。
やった。
これは忘れません。
「では、株主総会の種類です」
私はノートをめくりました。
――定時株主総会。
――臨時株主総会。
「二つですね」
「ああ」
まず、定時株主総会。
会社が毎事業年度に一定の時期に開催する株主総会です。
現代の会社法では、毎事業年度の終了後、一定の時期に招集することが定められています。
基本的には年一回以上。
「例えば、三月決算の会社なら?」
相馬先輩が聞きました。
「六月頃に定時株主総会を開く会社が多いですね」
「なるほど」
「ただし、法律上すべての会社に六月開催が義務付けられているわけではありません」
私は大きく頷きました。
ここ。
意外と大切です。
定時株主総会は、年に一度の決まった時期に開催するもの。
でも。
具体的な開催月が、すべての会社で同じわけではない。
「次は、臨時株主総会です」
「うん」
「これは必要に応じて開催します」
例えば。
急に取締役を交代させる必要が生じた。
会社を合併することになった。
事業の重要部分を譲渡することになった。
そんな場合です。
「東海精機は、臨時株主総会でしたね」
「そうだ」
「工場の営業譲渡という重大な問題が出てきたから」
私は頷きました。
そして、ノートに書きました。
定時株主総会は、毎事業年度に一定の時期。
臨時株主総会は、必要に応じて。
「これだけなら簡単ですね!」
私が言うと、相馬先輩が笑いました。
「問題は、その次だろ」
「……はい」
そうです。
株主総会は。
開催すればいい、というだけではありません。
誰が、どんな手続で招集するのか。
そこが、今回の事件の核心だったのです。
「さて」
私は鉛筆を構えました。
「株主総会を招集するのは誰でしょう!」
相馬先輩が即答しました。
「社長!」
「残念!」
「何だと?」
私は得意になりました。
「正確には、会社の機関設計と招集手続を区別する必要があります!」
「……面倒な話になってきたな」
まず、現代の取締役会設置会社。
株主総会を招集するときは、取締役会が招集に必要な事項を決定します。
日時。
場所。
目的事項。
その他、必要な事項。
それを決めたうえで、代表取締役などが招集事務を行います。
「つまり」
私は言いました。
「社長が勝手に日付を決めて、株主総会を開いたことにするわけではありません」
「そうだな」
一方。
現代の非取締役会設置会社では、原則として取締役が招集事項を決定します。
取締役が複数いる場合には、会社法や定款などに従って決定することになります。
「昭和六十三年では?」
片桐所長が尋ねました。
「旧商法第二百三十一条!」
私は答えました。
「原則として、株主総会の招集は取締役会が決定します!」
「そうだ」
所長が頷きました。
ここで私は、東海精機の事件を思い出しました。
黒田社長は、
「俺が社長だ!」
と言っていました。
でも。
取締役会で招集を決定したのか。
適法な手続で株主に通知したのか。
そこが、きちんと確認されていませんでした。
さらに。
議事録には出席したことになっている人が、実際には出席していない。
……もう、問題だらけです。
「先輩」
「何だ」
「社長一人で決めてしまったら、取締役会って何のためにあるんでしょうね」
「それが分かってない社長が多いから、俺たちの仕事があるんだろ」
「なるほど!」
私は笑いました。
でも。
笑い話ではありません。
株式会社は、法人です。
特定の個人の気分だけで動かすものではない。
だからこそ。
意思決定の手続が必要になるのです。
「次は、今日の主役です!」
私は大きく書きました。
――少数株主による株主総会招集請求権。
「長い名前だな」
相馬先輩が言いました。
「でも、強力です!」
私は東海精機の事件を思い出しました。
村瀬さん。
五%の株主。
黒田社長からは、
「たった五%の株主が!」
と馬鹿にされていました。
ところが。
その五%が、反撃のきっかけになりました。
「現代の会社法第二百九十七条です!」
私は六法とは別のノートに、未来の条文番号を書きました。
現代の会社法では、原則として総株主の議決権の百分の三以上を持つ株主に、株主総会の招集を請求する権利が認められています。
「三%か」
「はい!」
ただし、持株期間には区別があります。
公開会社では、原則として六か月前から引き続き保有していることが必要です。
非公開会社では、この六か月の継続保有要件はありません。
定款によって、法律で認められた範囲で要件を緩和することもできます。
「なるほどな」
相馬先輩が頷きました。
「東海精機の村瀬さんは、五%だったな」
「そうです!」
「しかも創業以来持っていた」
「はい!」
だから、招集請求権を行使するための重要な条件を満たしていたわけです。
「昭和六十三年は?」
所長が聞きました。
「旧商法第二百三十七条です!」
私は答えました。
当時も、一定の少数株主に招集請求権が認められていました。
原則として六か月前から引き続き総株主の議決権の百分の三以上を有する株主が、総会の目的事項と招集の理由を示して請求する仕組みです。
この時代の制度と、現代の制度。
似ています。
でも。
現代の非公開会社については、継続保有期間の要件が不要になるなど、違いがあります。
「ここが時代差ですね」
「そうだな」
私は赤線を引きました。
そして。
少し考えました。
「先輩」
「何だ」
「三%の株主って、株主総会を自分で開催できるんですか?」
相馬先輩が首を振りました。
「請求できることと、勝手に開けることは違う」
「ですよね」
私は頷きました。
少数株主は、一定の要件を満たせば、取締役に株主総会の招集を請求できます。
でも。
招集請求をした瞬間に、自分だけで株主総会を開けるわけではありません。
会社が適切に応じない場合。
法律の要件を満たせば、裁判所の許可を得て、株主自身が招集できる道があります。
「なるほど!」
私は言いました。
「社長が拒否したら終わり、ではないんですね」
「そうだ」
片桐所長が頷きました。
「法律は、会社の機関が正常に働かない場合の手段も用意している」
私は、その言葉をノートに書きました。
これが大切なのです。
少数株主だから、何もできない。
社長が強いから、黙るしかない。
そんな制度では、株主の権利は守れません。
だから。
法律は、一定の少数株主に行動するための権利を与えているのです。
「ただし!」
私は自分で言いました。
相馬先輩が顔を上げます。
「今度は何だ」
「三%の株主に、会社のすべてを決める権限があるわけではありません!」
「ああ」
「招集を請求できることと、議案を可決できることは別です!」
村瀬さんが五%の議決権を持っていても。
それだけで黒田社長を解任できるわけではありません。
営業譲渡を否決できるわけでもありません。
あくまで。
株主総会を開くための手続を動かせる。
そこが重要なのです。
「東海精機では、他の株主も賛成してくれたから、結果が変わったんですね」
「そういうことだ」
私は頷きました。
少数株主の権利は、魔法ではない。
でも。
黙らされそうになった人に、発言するための機会を与える。
それだけでも、大きな意味があるのです。
「では、招集通知です」
私はノートの中央に大きく書きました。
――株主総会の招集通知。
日時。
場所。
目的事項など。
株主が株主総会に参加するために、必要な情報を知らせるもの。
「東海精機では、これが問題でしたね」
「ああ」
村瀬さんには、通知が届いていなかった。
それどころか。
通知を発送したとされる日付も、おかしかった。
九月二十日開催。
九月十六日発送。
わずか四日前。
「では、昭和六十三年の原則は?」
所長が尋ねました。
私は六法を開きました。
「旧商法第二百三十二条です!」
株主総会の招集通知は、原則として会日の二週間前までに発する必要があります。
「二週間ですね」
「そうだ」
私は頷きました。
そして、ふと手を止めました。
あれ?
私は、東海精機の定款の写しを取り出しました。
そこには、
――一週間前までに招集通知を発する。
と書かれています。
「……所長」
「何だ」
「これ、前の事件で見ましたよね」
「ああ」
「でも、昭和六十三年の商法では……」
私はもう一度、条文を確認しました。
そして。
顔を上げました。
「この定款の一週間という規定、当時の商法に反するんじゃありませんか!」
相馬先輩が、私のノートを覗き込みました。
「そうだ」
「ええっ!」
私は驚きました。
「じゃあ、前に私が『一週間前までで大丈夫』って考えたのは……」
「そこが間違いだ」
先輩が言いました。
「昭和六十三年と、後の改正商法を混ぜたんだろ」
私は額を押さえました。
やってしまいました。
未来の法律。
また混ぜてしまったのです。
株式譲渡制限会社について、定款で招集通知期間を一週間まで短縮できるようになるのは、後の商法改正によるものです。
昭和六十三年には、まだその仕組みはありません。
「ということは……」
私は定款を見ました。
「東海精機の定款に一週間と書いてあっても、当時の強行的な法律上の期間を勝手に短縮できない!」
「そういうことだ」
「じゃあ、四日前どころか、そもそも二週間前までに通知しなければならなかった!」
所長が頷きました。
「定款があるからといって、すべての条項が有効とは限らん」
私は、深く息を吸いました。
なるほど。
これも勉強になります。
定款。
会社の根本規則。
でも。
法律に反する内容を、自由に定められるわけではありません。
「所長!」
「何だ」
「古い事件ほど、適用される法律の時点を確認する必要がありますね!」
「そうだ」
「現代の条文だけで判断したら危ない!」
「そのとおり」
私はノートに大きく書きました。
昭和六十三年の旧商法。
原則、二週間前まで。
当時は定款による一週間への短縮制度は存在しない。
現代の会社法。
公開会社は原則二週間前まで。
非公開会社は原則一週間前まで。
非取締役会設置会社では、条件に応じて定款でさらに短縮できる。
ただし、書面投票や電子投票を認める場合などには、二週間前までの通知が必要になる。
「……なるほど!」
私は鉛筆を置きました。
「同じ株主総会でも、時代と会社の形態で違うんですね」
「そうだ」
相馬先輩が頷きました。
「だから、六法を開くんだよ」
「はい!」
私は笑いました。
でも。
これ、行政書士試験でも大事です。
現代の会社法では、公開会社と非公開会社。
取締役会設置会社と非取締役会設置会社。
そして、議決権を書面や電子的方法で行使できるか。
そうした違いによって、招集通知のルールが変わる。
つまり。
「招集通知は何日前?」
とだけ聞かれても。
会社の状況を確認しなければ、正確には答えられないのです。
「さて、次は例外です」
私はノートをめくりました。
「現代の会社法では、株主全員の同意があれば、招集手続を省略して株主総会を開催できる場合があります!」
相馬先輩が顔を上げました。
「全員?」
「はい!」
会社法第三百条。
原則として、議決権を行使できる株主全員の同意があれば、招集手続を省略して株主総会を開催できます。
ただし、書面投票や電子投票を認める場合には、この省略はできません。
「例えば?」
相馬先輩が聞きました。
「株主が一人しかいない会社です」
私は答えました。
「その一人が、株主総会を開くことに同意している場合、わざわざ自分宛てに招集通知を送る意味は薄いですよね」
「そりゃそうだ」
「だから、簡略化できるんです」
私は頷きました。
法律は、株主の参加機会を守るために招集手続を要求しています。
でも。
全員が開催に同意しているのに、形式だけの通知を必ず送らせる必要があるのか。
そういう問題です。
「じゃあ東海精機は?」
相馬先輩が聞きました。
「省略できません!」
私は即答しました。
「村瀬さんは同意していません!」
「そうだな」
「そもそも、総会が開かれることすら知りませんでした!」
そう。
全員が同意している場合と。
少数株主を意図的に呼ばなかった場合。
この二つは、まったく違います。
「昭和六十三年にも、株主全員が出席して開催する総会について、招集手続の欠缺があっても決議を有効と扱う判例上の考え方がありました」
私は続けました。
「でも、今の会社法三百条と同じ条文が存在したわけではありません」
相馬先輩が頷きました。
「そこを混ぜるなよ」
「はい!」
私はノートに書きました。
――全員の同意による招集手続の省略と、一部株主の排除は、まったく違う。
よし。
これなら忘れません。
「それと!」
私は急に思い出しました。
「先輩、株主総会を実際に開催しない方法もあるんですよ!」
「何だと?」
「書面決議です!」
現代の会社法第三百十九条。
これは、株主総会の決議の省略に関する制度です。
取締役又は株主が、株主総会の目的事項について提案する。
その提案について、議決権を行使できる株主全員が、書面又は電磁的記録で同意する。
すると。
実際に株主総会を開催しなくても、その提案を可決する決議があったものとみなされます。
「……便利だな」
相馬先輩が言いました。
「便利です!」
例えば。
株主が三人しかいない小さな株式会社。
三人とも、ある議案に賛成している。
わざわざ会場を用意して、全員が集まる必要があるでしょうか。
「現代では、全員の同意が書面などでそろえば、決議を省略できるんです」
「なるほどな」
でも。
ここで重要な注意点があります。
「先輩!」
「何だ」
「招集手続の省略と、決議の省略は、違うんです!」
私はノートに二つ書きました。
招集手続の省略。
株主総会は実際に開催する。
ただし、一定の要件のもとで通常の招集手続を省略できる。
決議の省略。
株主総会を実際には開催しない。
株主全員の書面等による同意によって、決議があったものとみなす。
「名前が似てますけど、別物ですね」
「そうだな」
私は頷きました。
そして、東海精機の事件を思い出しました。
あの会社では。
出席していない株主が、出席したことになっていた。
賛成していない株主が、賛成したことになっていた。
「当然、これも書面決議にはなりませんよね」
「そうだ」
相馬先輩が言いました。
「本人が同意していないのに、同意したことにはできねえ」
当たり前です。
書面決議という制度があるからといって。
社長が勝手に議事録を作れるわけではありません。
株主全員の同意という、厳格な条件が必要なのです。
「ところで所長」
私は尋ねました。
「昭和六十三年には、今の会社法三百十九条のような決議省略制度はないんですよね」
「そうだ」
所長が頷きました。
現代のように、書面や電磁的記録による全員同意で株主総会決議を省略する法定制度は、後の商法改正を経て整備されました。
だから。
昭和六十三年の事件に、現代の会社法三百十九条をそのまま持ち込むことはできません。
「未来の便利な制度を、昭和に持ち込まない!」
私は自分に言い聞かせました。
相馬先輩が笑いました。
「毎回、それ言ってるな」
「毎回、間違えそうになるんです!」
「大変だな」
「本当に大変なんです!」
転生者には、転生者の苦労があるのでした。
「さて」
片桐所長が帳簿を閉じました。
「こはる」
「はい!」
「株主総会の招集手続に問題があったら、決議はどうなる」
私は少し考えました。
「当然に全部無効……とは限りません」
「そうだ」
「招集手続に法令や定款違反があれば、決議取消しの訴えが問題になります」
「うん」
「でも、瑕疵の内容や重大性などを具体的に確認する必要があります」
所長が頷きました。
「よし」
ここは大切です。
株主総会の招集通知が遅れた。
一部の株主に届かなかった。
招集決定の手続に問題があった。
そうした場合には、株主総会決議の取消しが問題になります。
現代の会社法では、決議取消しの訴えについて、会社法第八百三十一条が定めています。
原則として、決議の日から三か月以内に提起する必要があります。
昭和六十三年の旧商法でも、招集手続の瑕疵について決議取消しの訴えが設けられており、期間制限がありました。
「つまり」
私は言いました。
「いつまでも放っておいていいわけではないんですね」
「そうだ」
相馬先輩が頷きました。
「だから、東海精機の事件では急いだんだ」
「はい」
さらに。
あの事件では、単なる招集通知の遅れだけではありませんでした。
実際には出席していない人が、出席したことになっていた。
賛成していない人が、賛成したことになっていた。
総会そのものが本当に開催されたのかも疑わしかった。
「こうなると、決議の不存在確認なども問題になり得ますね」
「そうだな」
私は頷きました。
招集手続に違反がある場合。
決議内容が法令に反する場合。
そもそも決議が存在しない場合。
これらは、すべて同じではありません。
「ここも試験で区別が必要ですね」
「そうだ」
所長が言いました。
「事実が違えば、法律上の扱いも違う」
私はノートに赤線を引きました。
なるほど。
法律は、問題があれば全部無効!
という単純な仕組みではない。
何が、どう違法なのか。
どこに瑕疵があるのか。
それによって、必要な法的手段が変わるのです。
「先輩、もう一つ確認したいことがあります」
「何だ」
「内容証明郵便です」
私は、東海精機の事件で作った通知書の控えを取り出しました。
村瀬さんの名前で作った書面。
招集手続の問題。
議事録の疑義。
適法な株主総会の開催を求める意思。
それらを整理して、内容証明郵便にしました。
「でも、内容証明を送ったから決議が無効になったわけじゃないんですよね」
「当たり前だ」
「ですよね」
私は頷きました。
内容証明郵便は、何でも解決できる魔法の書類ではありません。
どんな内容の文書を、いつ送ったか。
それを証拠として残すための制度です。
内容が法律上正しいと、郵便局が保証してくれるわけでもありません。
「だから、相手が内容証明を受け取っても、直ちに決議が取り消されるわけではない」
「そうだ」
「必要なら、弁護士に相談して法的手続を取る」
「ああ」
私は続けました。
「そして、行政書士は、法律で認められた範囲で書類を作成し、事実関係を整理する」
相馬先輩が頷きました。
「それが俺たちの仕事だ」
私は、あの黒田社長の顔を思い出しました。
最初は。
「行政書士が紙切れ一枚出して何ができる!」
と笑っていました。
でも。
事実と法律を整理した書面を受け取ると、顧問弁護士に相談し、営業譲渡の手続を止めました。
それは。
内容証明そのものに、営業譲渡を止める効力があったからではありません。
書面に記された問題を無視すれば、法的リスクが大きくなると分かったからです。
「所長」
「何だ」
「やっぱり、書類って怖いですね」
「そうか」
「はい」
所長は静かに言いました。
「書類は、事実を映す」
「……はい」
「嘘を書けば、その嘘も残る」
私は、しばらく黙りました。
なるほど。
東海精機の黒田社長は、議事録を作れば安心だと思っていた。
でも。
その議事録には、出席していない人の名前があった。
賛成していない人の議決権が計上されていた。
つまり。
自分を守るつもりで作った書類が、自分の説明の矛盾を明らかにしてしまったのです。
法律は。
都合のいい紙を作った人の味方ではありません。
事実と、適切な手続に基づいて判断されるのです。
「じゃあ、ここまでの確認問題です!」
私はノートを閉じました。
相馬先輩が嫌そうな顔をします。
「またか」
「今回は先輩が答える番です!」
「何でだよ」
「勉強会です!」
「勝手に決めるな」
私は構わず問題を出しました。
「第一問!」
「おい」
「すべての株式会社には、株主総会が必要ですか?」
「必要だ」
「正解!」
私は続けました。
「第二問! 現代の株式会社は、すべて取締役会を置かなければなりませんか?」
「……置かなくてもいいんだったな」
「正解です!」
いいですね。
先輩も未来の会社法に慣れてきました。
「第三問! 取締役会設置会社の株主総会では、会社に関するすべての事項を自由に決議できますか?」
「できねえ。法律と定款で決められた事項だ」
「正解!」
「第四問! 現代の非取締役会設置会社の株主総会の権限は?」
「広いんだろ」
「もっと正確に!」
「会社の組織、運営、管理に関する事項を広く決議できる」
「正解!」
私は勢いに乗りました。
「第五問! 定時株主総会は?」
「毎事業年度、一定の時期に開く」
「正解!」
「第六問! 臨時株主総会は?」
「必要に応じて開く」
「正解!」
「第七問! 現代の公開会社で、少数株主が株主総会の招集を請求する場合の原則的な議決権割合と継続保有期間は?」
相馬先輩が少し考えました。
「三%以上、六か月だろ」
「大正解!」
「第八問! 非公開会社では?」
「六か月の継続保有はいらねえ」
「正解です!」
私は拳を握りました。
「第九問! 公開会社の招集通知は原則何日前まで?」
「二週間前」
「正解!」
「第十問! 非公開会社は?」
「原則一週間前。ただし例外あり」
「正解!」
私は頷きました。
いい感じです。
そして。
「第十一問!」
「まだあるのか!」
「現代の会社法第三百条と第三百十九条の違いは?」
相馬先輩が止まりました。
「……何だ?」
私は笑いました。
「第三百条は、招集手続の省略です!」
「うん」
「第三百十九条は、決議の省略です!」
「それで?」
「招集手続の省略では、実際に株主総会を開催します!」
「うん」
「決議の省略では、全員の書面等による同意で、総会を開かずに決議があったものとみなされます!」
相馬先輩が頷きました。
「なるほどな」
私は満足しました。
これなら。
もう引っかかりません。
「ところで、こはる」
片桐所長が言いました。
「はい!」
「なぜ、現代では会社の制度がそこまで変わったと思う」
私は少し考えました。
昭和六十三年。
株式会社を設立するには、発起人七人以上。
取締役三人以上。
監査役も必要。
株式会社の機関構成は、現代よりも画一的でした。
一方。
現代では、株式会社の機関設計が柔軟になっています。
一人で株式会社を設立できる。
取締役一人でも運営できる。
取締役会を置かない会社も作れる。
そして。
株主総会の招集手続や決議の省略についても、小規模な会社などに配慮した制度が整えられています。
「……会社の種類や規模に合わせて、制度を使いやすくするためでしょうか」
私は答えました。
所長が頷きました。
「そういう方向だな」
私は続けました。
「大企業も、小さな家族会社も、全部同じ仕組みを強制する必要はないですから」
昭和の株式会社は、株式会社というだけで複数の役員を必要としました。
でも。
小さな会社にまで同じ組織を要求すると、形式だけの役員を生みやすくなる。
一方で。
大きな会社には、株主や債権者を守るための適切な監督体制が必要です。
だから。
会社の規模や性質に応じた機関設計を認める。
法律のルールを整理する。
必要な保護は残しながら、過度な手続負担を減らす。
そうした方向へ、会社制度は改められていったのです。
私はノートに書きました。
現代の会社法は、平成十七年に成立し、平成十八年に施行された。
従来の商法第二編や有限会社法などに分かれていた会社制度を再編・体系化した。
設立制度や機関設計の柔軟化も進められた。
「……なるほど」
私は鉛筆を止めました。
法律が変わるということは。
昔の制度が、全部間違っていたという意味ではありません。
昔には昔の社会事情があった。
その時代に必要と考えられた仕組みがあった。
でも。
経済や社会が変われば、会社のあり方も変わる。
だから、法律も変わっていく。
「ただし」
私は言いました。
「株主の権利を守るという基本は、昔も今も大切なんですね」
片桐所長が頷きました。
「そうだ」
私は、東海精機の村瀬さんを思い出しました。
五%の株主。
社長に無視された人。
でも。
法律に認められた手続を使って、会社の意思決定に参加する機会を取り戻した。
そして。
他の株主たちが、自分の意思で判断した。
その結果、会社の工場は売却されずに済んだのです。
株主総会。
法律のテキストでは、硬い言葉です。
でも。
あの工場の職人たちの顔を思い出すと。
その意味が、よく分かる気がしました。
窓の外は、すっかり夕暮れになっていました。
私は、ノートを見直しました。
株主総会の権限。
取締役会設置会社と非取締役会設置会社。
定時株主総会と臨時株主総会。
招集権者。
三%の少数株主権。
招集通知。
招集手続の省略。
決議の省略。
そして。
昭和の商法と現代の会社法の違い。
最初は、ばらばらの知識でした。
でも。
東海精機の事件を思い出すと、全部つながります。
社長が工場を売ろうとした。
重要な営業譲渡だった。
株主総会の承認が問題になった。
招集通知が届かなかった。
議事録にも疑義があった。
少数株主が招集を請求した。
適法な総会が開かれた。
そして。
株主たちが、自分の意思で会社の未来を決めた。
「……なるほど」
私は呟きました。
「法律って、ちゃんとつながってるんですね」
相馬先輩が新聞を畳みました。
「何だ、今さら」
「だって、試験勉強だけだと、条文が別々に見えるんです!」
「そりゃそうだろ」
「でも、事件になると全部つながる」
私は笑いました。
「だから、覚えやすいんです!」
相馬先輩が頷きました。
「まあな」
片桐所長が帳簿を閉じました。
「こはる」
「はい」
「今日、何を覚えた」
私は少し考えました。
そして。
ノートの最後のページを開きました。
そこに、一行だけ書きます。
――株主総会は「何を決めるか」、招集は「誰が呼ぶか」、通知は「いつ知らせるか」、少数株主権は「呼ばせるための切り札」。
「……できました!」
私はノートを掲げました。
「どうですか!」
相馬先輩が覗き込みました。
「長えな」
「一行です!」
「長い一行だ」
「でも、覚えやすいでしょう!」
「まあな」
私は満足しました。
これなら忘れません。
黒田社長の怒鳴り声。
村瀬さんの五%。
届かなかった招集通知。
嘘の議事録。
そして。
適法な株主総会で、会社の未来が変わったこと。
あの事件を思い出せば。
株主総会の権限も。
招集手続も。
少数株主の権利も。
全部、頭の中に浮かんでくるのです。
「さて」
相馬先輩が立ち上がりました。
「こはる」
「はい!」
「勉強会は終わりだな」
「はい!」
「じゃあ、書庫の整理を続けろ」
「……え?」
私は固まりました。
そうでした。
今日は所内整理の日だったのです。
朝から書類の箱を運び。
古い定款を整理し。
議事録の控えを棚に戻し。
そして、夕方になってようやく勉強会をしていたのでした。
「先輩!」
「何だ」
「私、もう十分働きました!」
「そうか」
「だから、今日はこれで終わりにしましょう!」
相馬先輩が笑いました。
「所長に聞け」
私は奥を見ました。
「所長!」
「何だ」
「臨時の所内会議を開いてください!」
「何のためだ」
「本日の業務終了について決議します!」
所長は帳簿から顔を上げました。
「必要ない」
「ええっ!」
「あと一箱だ」
「でも!」
私は腕を組みました。
「先輩! 私は少数派の意見を尊重するべきだと思います!」
相馬先輩がにやりとしました。
「ほう」
「はい!」
「じゃあ、お前は何%持ってるんだ」
「……何をですか?」
「この事務所の株式だよ」
私は固まりました。
……。
しまった。
「株式、ありません」
「だろうな」
「でも!」
「何だ」
「私にも発言する権利くらい!」
「発言は聞いた」
「はい!」
「そのうえで、片付けろ」
「……!」
相馬先輩が大笑いしました。
「ほらな!」
「何ですか!」
「意見を述べることと、意見が通ることは別問題だ!」
「またそれですか!」
私は頬を膨らませました。
でも。
確かにそうです。
法律上の権利があることと。
自分の希望が必ず実現することは違います。
株主総会の招集を請求できても。
議案が必ず可決されるわけではありません。
招集通知を受け取れても。
自分の意見が必ず採用されるわけではありません。
でも。
それでも。
参加する機会があることには、意味がある。
その機会を守ることが、法律の役割なのです。
「……分かりました!」
私は立ち上がりました。
「最後の一箱、片付けます!」
「いい返事だ」
「ただし、先輩!」
「何だ」
「明日は私が確認問題を出します!」
「まだやるのか!」
「今度は株主総会の決議要件です!」
「……何?」
「普通決議と特別決議です!」
相馬先輩が嫌そうな顔をしました。
「また面倒なのが出てきたな」
「そうなんです!」
私は笑いました。
株主総会を開く。
適法に株主を集める。
そして。
議案について決議する。
そのとき。
何人が出席しなければならないのか。
何票の賛成が必要なのか。
普通決議。
特別決議。
特殊決議。
さらに。
取締役の選任や解任。
定款変更。
組織再編。
会社の根本を変える決定。
株主総会には、まだまだ覚えることがたくさんあります。
でも。
もう怖くありません。
なぜなら。
あの東海精機の事件を知っているからです。
議事録に、
――賛成多数。
と書かれていたからといって。
それだけで、適法な決議が成立したとは限らない。
出席した株主は誰か。
議決権はいくつか。
何票の賛成があったのか。
そして。
その議案には、どんな決議要件が必要だったのか。
そこまで確認しなければならないのです。
「先輩!」
「今度は何だ!」
「明日の勉強会、楽しみですね!」
「俺は楽しみじゃねえ!」
「そんなこと言わずに!」
「お前が勝手に決めるな!」
私は笑いながら、最後の書類箱を持ち上げました。
窓の外。
昭和六十三年の町に、夕暮れの光が落ちています。
遠くの工場では、まだ機械の音が響いているのでしょう。
村瀬さんも。
あの若い職人たちも。
今日も、自分たちの仕事を続けているはずです。
会社は、人間ではありません。
でも。
会社を動かしているのは、人間です。
社長。
取締役。
監査役。
株主。
従業員。
それぞれの立場には、それぞれの役割があります。
そして。
どれだけ力のある人間でも。
法律上必要な手続を、勝手に踏みにじっていいわけではありません。
私はノートの最後の一行を、もう一度読みました。
――株主総会は「何を決めるか」、招集は「誰が呼ぶか」、通知は「いつ知らせるか」、少数株主権は「呼ばせるための切り札」。
よし。
これなら忘れません。
たった五%の株主が。
会社の未来を決める話し合いの場を、取り戻したのです。
法律の力とは。
必ずしも、多数派を負かす力ではありません。
少数派にも、手続に参加する機会を保障する力。
それこそが、株主総会の仕組みを支えているのです。
「こはる!」
相馬先輩の声が飛びました。
「はい!」
「箱を持ったまま、何ぼうっとしてる!」
「今、学習内容を確認してたんです!」
「確認は後だ!」
「先輩!」
「何だ!」
「私には、勉強する権利があります!」
「あるな!」
「だから、今は勉強を優先したいです!」
「業務時間中だ!」
……。
なるほど。
株主総会の権限を学んでも。
見習い行政書士の業務が、自由になるわけではありません。
残念ながら。
この事務所には、私が三%の議決権を集めて大掃除を中止させる制度もないのでした。
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