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こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈行政法 配点112点/300点〉 行政手続法

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64/282

[行政手続法16条・聴聞の代理人]法理編 こはるノート

挿絵(By みてみん)

 夕方の片桐行政書士事務所には、ときどき昼間より難しい問題が残ります。


 昼間は人が持ってくる。


 夕方は、それを私がノートに持って帰る。


 そして翌朝には、だいたい字が汚くて自分でも読めません。


 学習効率としてどうなんでしょう。


「……煮干しが減ってます」


「食った」


 相馬先輩が言いました。


「またですか」


「三沢さんにもらったんだろ。食い物は食うためにある」


「乾物ですよ。おやつ感覚で消費しないでください」


「噛めばうまい」


「野生児ですか」


 机の隅には、昨日、三沢直子さんが持ってきてくれた紙袋。


 昆布。


 鰹節。


 煮干し。


 そして私の前には、一冊のノート。


 昨日は題名だけ書いて閉じました。


 ――聴聞の代理人。


 あれから一晩。


 頭の中には、どうしても未来の条文が浮かんでいます。


 行政手続法第十六条。


 もちろん、今は昭和六十三年。


 そんな法律はまだありません。


 制定されるのは、ずっと後。


 だから昨日、市役所で、


「行政手続法十六条によればですね」


 などと言ったら、


「何ですかその法律」


 で終わります。


 下手をすると未来人として別の聴聞が始まりそうです。


 でも。


 面白い。


 昨日の三沢さん親子がぶつかった問題は、まさに後世の行政手続法が整理する問題でした。


 本人が来られない。


 代わりに娘が出たい。


 娘には行政書士や弁護士の資格がない。


 それでも代理人になれるのか。


 代理人だとどう証明するのか。


 代理人はどこまでできるのか。


 途中で代理人でなくなったら、どうするのか。


 条文ができる前から、問題は先に町に住んでいる。


 法律はあとから追いついてくる。


 私はペンを持ちました。


「よし」


「何がよしだ」


 相馬先輩が煮干しを噛みながら言います。


「今日はちゃんと整理します」


「昨日もそう言ってなかったか」


「昨日は現場です」


「今日は?」


「受験生です」


「昭和で?」


「そこを毎回突くの禁止にしません?」


「根拠は?」


「昨日覚えたことを悪用しないでください」


 奥で帳簿を見ていた片桐所長が、ぽつりと言いました。


「まず誰が代理人を選ぶ」


 突然始まりました。


 片桐式口頭試問。


 この事務所、予告なしに試験が始まります。


「当事者です」


「当事者とは」


「ええと……」


 私はペンを止めました。


 未来の行政手続法十五条と十六条を頭の中から引っ張ります。


「聴聞の通知を受けた人。つまり、不利益処分の名あて人ですね」


「昨日なら?」


「三沢源一さんです」


 三沢商店の店主。


 市営市場の使用許可を取り消されるかもしれなかった人。


 処分の名あて人は、娘の直子さんではありません。


 源一さんです。


 だから。


 私はノートに最初の線を引きました。


 当事者――三沢源一。


 代理人――三沢直子。


 そして二人の間に矢印。


 代理権。


「ここ、まず大事ですね」


「何が?」


 相馬先輩が聞きます。


「直子さんが娘だから代理人だったわけじゃない」


「ほう」


「昨日、市役所では逆方向の勘違いがありましたよね。『家族じゃちょっと』『行政書士や弁護士なら』って」


「ああ」


「でも未来の制度では、聴聞の代理人に、そういう資格制限は置かれていない」


 もちろん。


 これは私の頭の中だけの話です。


 現在の行政手続法十六条一項では、当事者は代理人を選任できる。


 そして条文上、


 弁護士に限る。


 行政書士に限る。


 司法書士に限る。


 家族は禁止する。


 そんな限定はありません。


 つまり。


「友人でもいい」


 私は呟きました。


「何の話だ?」


 相馬先輩が聞き返す。


「いえ。未来の……じゃなくて、一般論としてです」


「お前、最近“未来”ってよく言うな」


「気のせいです」


 危ない。


 転生者、口が滑りがち。


 私は続けました。


「昨日のポイントは、資格がある人かどうかじゃなくて、本人から代理権を与えられているかどうかだったんですよね」


「そうだ」


 片桐所長が言います。


 私はノートに大きく書きました。


 代理人になるために、行政書士・弁護士などの資格は必要ない。


 大事なのは、


 誰が。


 誰を。


 代理人として選任したか。


「じゃあ俺でもいいのか」


 相馬先輩が言いました。


「理屈の上では」


「俺が三沢さんの代理人」


「本人から選任されれば」


「じゃあ勝手に行ってやろうか」


「それは駄目です」


「何でだ」


「本人が選任してないからですよ!」


 そこ。


 資格制限がない。


 と。


 誰でも勝手に代理人になれる。


 は、まったく違います。


 行政法。


 相変わらず、日本語一行の中に落とし穴を二つ置いてきます。


「資格がいらないなら、確認はむしろ必要になる」


 片桐所長が言いました。


「あ」


「役所から見れば、本当に本人から任されているのか分からん」


 確かに。


 昨日もし直子さんが突然市役所へ行って、


「娘です。父の代理です」


 と言っただけなら。


 役所側だって困ります。


 家族であることと、代理権があることは別。


 親子関係があっても、


 本人が、


「娘に任せていない」


 と言うかもしれない。


 逆に、赤の他人でも、


「この人に任せます」


 と正式に選任されていれば、代理人になり得る。


「だから書面」


 私は言いました。


「そうだ」


 所長が頷きます。


 未来の行政手続法十六条三項。


 代理人の資格は、書面で証明しなければならない。


 私はノートに書きました。


 資格制限――なし。


 資格の証明――書面。


「紛らわしい」


 私は思わず呟きます。


「何が?」


「“資格に制限はない”のに、“代理人の資格は書面で証明する”ってところです」


 相馬先輩が眉を寄せました。


「同じ資格じゃないのか?」


「そこですよ!」


 これ。


 試験で一瞬止まりそうです。


 最初の「資格制限がない」は、


 弁護士資格とか行政書士資格とか、職業上の資格が必要という意味ではない。


 一方、


「代理人の資格を証明する」


 の資格とは、


 この人が本当にその当事者の代理人であるという立場。


 つまり代理権を持っていることを示す、という話です。


「日本語、意地悪ですね」


「法律のせいにするな」


 相馬先輩が言います。


「受験生の敵ですよ」


「役所に言え」


「役所が法律作ってるわけじゃないです」


「じゃあ国会に言え」


「話が大きくなってきた」


 私はノートの余白に書き足しました。


 専門資格は不要。


 でも代理人であることの証明は必要。


 昨日、私たちが病院へ行って作った委任状。


 あれがまさに、その役割でした。


 三沢源一さん本人が、


 三沢直子さんへ、


 聴聞の手続を任せる。


 その意思を紙にする。


 ただ親子だから。


 ただ事情を知っているから。


 ではありません。


「じゃあ次」


 相馬先輩が勝手に口頭試問へ参加してきました。


「代理人は何ができる」


「聴聞に関する一切の行為」


「一切?」


「一切です」


「全部?」


「全部です」


 そこは教材でも、試験でも、かなり強いところです。


 行政手続法十六条二項。


 代理人は、各自、当事者のために、聴聞に関する一切の行為をすることができる。


「各自?」


 私はそこで止まりました。


「何だ」


 相馬先輩が聞きます。


「ここ、さらっと書いてありますけど、“各自”ってことは……」


 複数の代理人が選任されていた場合。


 代理人それぞれが、


 当事者のために、


 聴聞に関する一切の行為をできる。


 わざわざ全員で揃って動かなければならない、という意味ではない。


「なるほど」


 私はノートに小さく、


 代理人は「各自」。


 と書き込みました。


「昨日なら何ができた」


 所長が聞きます。


「直子さんが聴聞に出席する」


「他は」


「意見を述べる」


「他は」


「資料を出す」


「他は」


「質問に応答する」


 昨日の会議室が頭に浮かびます。


 直子さんは、


 荷物を移動した後の写真を出しました。


 納品記録を出しました。


 木箱について、工事担当者から一時的な置き場所として認められていたと説明しました。


 あれは、


 ただ父親の代わりに椅子へ座っていたわけではありません。


 父親のために、


 聴聞という手続の中で必要な行為をしていた。


「代理人って、“本人の横について補助する人”じゃないんですね」


「場合によってはそういう形もあるだろうが」


 所長が言います。


「代理人である以上、本人に代わって行為する」


 私は頷きました。


 ここも混同しやすい。


 付き添い。


 補佐。


 代理。


 似ているようで違う。


 代理人は、


「本人が言えないから横からちょっと助けます」


 というだけの存在ではない。


 本人から代理権を与えられ、


 本人のために手続上の行為をする。


「じゃあ、本人が来なくても代理人だけでいい?」


 相馬先輩が聞きました。


 私は答えます。


「少なくとも、“代理人を選任できるのに、必ず本人も出席しなきゃ駄目”では、代理制度の意味が薄くなりますよね」


「昨日の役所がそれだったな」


「はい」


 本人に来てもらうのが普通。


 本人から直接聞いた方が分かりやすい。


 それは実務上あるでしょう。


 でも。


 それと、


 本人が必ず自分で出頭しなければならない。


 は別問題。


 昨日の市役所は、その二つを混ぜていました。


「本人出頭が便利」


 と。


「本人出頭が法的義務」


 は同じではない。


 私はノートに二本線を引きました。


 実務上の都合。


 法的な要件。


 混ぜるな。


「しかし」


 相馬先輩が煮干しの尻尾をつまみながら言いました。


「“一切の行為”って相当強くないか?」


「強いですよね」


「だったら本人の意思に反することまで勝手にできるのか?」


「……」


 止まりました。


 こういう質問。


 実務派のくせに、たまに試験問題の作問者みたいな角度から刺してきます。


「お前、今“全部できます”って言ったぞ」


「聴聞に関する一切の行為、です」


「だから全部だろ」


「でも当事者のために、って書いてある」


「じゃあ限界は?」


「代理権の範囲とか、本人との内部関係の問題は当然ありますよね。でも行政手続法十六条二項が言ってる試験上のポイントとしては、代理人は聴聞に関して一部の行為しかできない、ではなく“一切の行為ができる”というところだと思います」


 片桐所長がこちらを見る。


「試験なら、それで切れ」


「はい」


 ありがたい。


 実務論を掘り始めると、ノート一冊で済まなくなります。


 ここで押さえるべきは、


 代理人は意見を一言伝えるだけ。


 ではない。


 聴聞に関する一切の行為ができる。


 ということ。


「つまり試験で」


 私は言いました。


「『代理人は意見を述べることはできるが、証拠書類の提出はできない』とか出たら?」


「×」


「『代理人は当事者と一緒でなければ聴聞に関する行為をすることができない』」


「×」


「『弁護士でなければ代理人になれない』」


「×」


 相馬先輩が笑いました。


「急に強くなったな」


「赤文字が事件になると覚えられるんですよ」


 これなんです。


 行政書士試験のテキストで読むと、


 選任。


 一切。


 書面。


 届出。


 ただの暗記ポイントです。


 でも三沢さん親子を置くと、一気に関係が見える。


 父――当事者。


 娘――代理人。


 父から娘へ――代理権。


 委任状――代理人資格の書面証明。


 娘――聴聞に関する一切の行為。


 人間関係にすると、法律が急に覚えやすい。


「で」


 相馬先輩が言いました。


「その娘が途中でやめたら?」


「来ましたね」


 私は次の見出しを書きました。


 代理人が資格を失った場合。


 未来の行政手続法十六条四項。


 代理人がその資格を失ったとき。


 行政庁へ届け出る。


 しかも。


 誰が?


 ここが試験ポイントです。


「代理人本人?」


 相馬先輩が聞きました。


「違います」


「行政庁?」


「違います」


「じゃあ誰だ」


「その代理人を選任した当事者です」


 昨日なら。


 三沢直子さんが代理人の資格を失った場合。


 届け出るのは直子さんではなく、


 直子さんを選任した三沢源一さん。


「しかも書面」


 私は続けました。


「そこも?」


「そこもです」


 私はノートに大きく書きます。


 代理人の資格を失ったとき


 →当事者が


 →行政庁に


 →書面で届け出る。


「四つセットですね」


「何で代理人本人じゃないんだ?」


 相馬先輩が聞きました。


「うーん」


 私は考えます。


 ここは条文の構造を、そのまま人間関係で見ればいい。


 代理人を選任した主体は当事者。


 その代理関係が終わったことを行政庁へ明らかにするのも、その当事者。


「少なくとも試験では、“誰が届け出るか”を入れ替えてきそうです」


「代理人が書面で届け出る」


「×」


「当事者が口頭で届け出る」


「×」


「当事者が書面で届け出る」


「○」


「簡単じゃねえか」


「口で言うと簡単なんですよ!」


 これが選択肢になると、


 妙に全部それっぽく見えるんです。


 行政書士試験の魔法。


 知らない条文は全部正しそう。


 知っている条文は全部どこか間違っていそう。


「所長」


「何だ」


「代理人の資格を失うって、具体的にはどういう場合があります?」


「辞任、解任、死亡などは考えられるだろう」


「なるほど」


 三沢さん親子なら。


 たとえば源一さんが、


「やっぱり直子には任せない」


 として代理権を失わせる。


 あるいは直子さん自身が代理人を辞める。


 そんな場合。


 行政庁がそれを知らなければ、


 まだ直子さんが代理人だと思って連絡をしたり、手続を進めたりするかもしれない。


 だから書面で関係の終了を知らせる。


「始まりも紙。終わりも紙」


 私は言いました。


「そう覚えてもいいですね」


 相馬先輩が首をかしげる。


「始まり?」


「代理人の資格は書面で証明」


「終わり?」


「代理人が資格を失ったら、当事者が書面で届け出る」


「なるほど」


 私はノートの端に書きました。


 代理関係――入口も出口も書面。


「お前、そういう語呂だけはすぐ作るな」


「生き残るためです」


「何から」


「試験から」


 私は一度、ノートを見渡しました。


 だいぶ整理されてきました。


 けれど。


 昨日の現場を思い出すと、もう一つ大事なことがあります。


「そもそも、なぜ代理人を認めるんでしょう」


 私が言うと、相馬先輩が肩をすくめました。


「本人が来られないからだろ」


「それもありますけど」


 三沢源一さんは入院していました。


 本人が出席できない。


 もし、


「本人でなければ駄目」


 で終われば。


 聴聞という制度が用意されていても、現実には言い分を伝える機会を失ってしまう。


 逆に。


 病気。


 遠方。


 高齢。


 仕事。


 知識不足。


 さまざまな事情があっても、代理人を選任できるなら、手続へ参加する道が残る。


「聴聞って、不利益処分の前に相手の言い分を聞くための仕組みですよね」


「ああ」


 所長が答えます。


「だったら、その機会を実質的に使えるようにするためにも、代理人って必要なんですね」


「そう考えればいい」


 昨日、片桐所長が市役所で言った言葉が蘇ります。


 ――聴聞は、本人を役所へ連れてくるための制度じゃない。


 ――処分の前に、言い分を聞くための場だ。


 あれ。


 未来の行政手続法が整備された後で聞いても、そのまま通じる気がします。


「所長」


「何だ」


「今の日本って、こういう手続が役所ごとに結構ばらばらですよね」


「ああ」


「市の規程に代理制度があるところもあれば、個別法にあるところもある。運用だけのところもある」


「そうだ」


「だから昨日みたいに、“普通は本人です”って現場慣行が強くなる」


 所長が帳簿を閉じました。


「統一された一般ルールがなければ、個別に見るしかない」


 そう。


 昭和六十三年。


 まだ行政手続法はありません。


 だからこの時代の片桐所長たちは、


 行政手続法十六条を見ることはできない。


 昨日の市営市場なら、


 市場条例。


 施行規則。


 市の聴聞規程。


 そうした当時存在するルールを一つずつ確認する。


 そして、


 本人出席が本当に必要なのか。


 代理が認められているか。


 どう代理権を証明するか。


 個別に探すしかありません。


 でも私は知っています。


 この先。


 こういう問題が、


 行政手続法という共通ルールの中に整理されていく。


「なんだか不思議ですね」


「何が?」


「今、町で起きてる揉め事が、未来の条文の理由に見えるんです」


 相馬先輩が怪訝な顔をしました。


「また未来か」


「比喩です」


「下手な比喩だな」


「放っておいてください」


 でも本当にそう思います。


 法律が先にあって事件が起きる。


 受験勉強をしていると、そんな順番に見えます。


 まず条文。


 次に判例。


 そして問題。


 でも現実は、むしろ逆なのかもしれない。


 先に困る人がいる。


 扱いが役所ごとに違う。


 窓口で揉める。


 本人じゃないと駄目だと言われる。


 代理人は専門家に限ると誤解される。


 代理権の確認方法もまちまち。


 そんな積み重ねの後に、


「じゃあ共通ルールにしよう」


 と法律が形になる。


 未来の私が暗記した一行の後ろには、


 たぶん無数の三沢さんがいる。


 そう思うと。


 赤文字が急に重くなりました。


「で、試験だ」


 相馬先輩が言いました。


「急に現実へ戻しますね」


「お前が受験生なんだろ」


「そうでした」


「ひっかけ整理しろ」


 私は姿勢を正しました。


「まず一つ目」


 代理人には資格制限があるか。


 答え。


 ない。


 行政書士、弁護士などでなければならないわけではない。


 友人でも、家族でも、選任されれば代理人になり得る。


「二つ目」


 代理人の資格はどう証明するか。


 答え。


 書面。


 口頭だけではなく、


 書面で証明しなければならない。


「三つ目」


 代理人ができること。


 答え。


 当事者のために、


 聴聞に関する一切の行為。


「四つ目」


 代理人が資格を失ったら。


 答え。


 その代理人を選任した当事者が、


 行政庁に、


 書面で届け出る。


 相馬先輩が腕を組みました。


「それだけか?」


「条文の核は」


「簡単だな」


「だから怖いんです」


「何が」


「簡単な条文って、主語を入れ替えるだけで問題になるじゃないですか」


 私は即席で問題を作ります。


「『代理人がその資格を失ったときは、代理人自身が行政庁に書面で届け出なければならない』」


「違う。当事者」


「正解」


「『代理人の資格は、口頭または書面で証明すればよい』」


「違う。書面」


「正解」


「『代理人は、弁護士その他法律上の資格を有する者でなければならない』」


「違う」


「正解」


「『代理人は、当事者に代わって聴聞に関する一切の行為をすることができる』」


「正しい」


「正解」


 私はペンを置きました。


「先輩、行政書士試験受けます?」


「嫌だ」


「即答」


「仕事が増える」


「資格取って仕事が増えるの嫌がる人、初めて見ました」


 所長が新聞を開きながら言います。


「もう一つ、混ぜるな」


「何をです?」


「代理人を選任できることと、当事者でなくなることを」


 私は一瞬考えました。


「あ」


 なるほど。


 代理人を選任しても。


 不利益処分の名あて人が代理人へ変わるわけではない。


 三沢商店の使用許可を持っているのは源一さん。


 取消処分の対象になるのも源一さん。


 直子さんが代理人として出席しても、


 直子さん自身が処分の名あて人になるわけではありません。


「誰に法律効果が帰属するか」


 私は呟きました。


「そうだ」


 所長が答える。


 ここ。


 このシリーズで何度も出てくる話です。


 誰が窓口へ行ったか。


 誰が喋ったか。


 誰が書類を出したか。


 それだけを見てはいけない。


 誰のために行為しているのか。


 誰に処分の効果が及ぶのか。


 昨日の聴聞で話したのは直子さん。


 でも、


 取消処分を受ける可能性がある当事者は源一さん。


 代理人は前へ出る。


 でも法律関係の中心にいる本人まで代理人に置き換わるわけではない。


「このへん、民法の代理と似た感覚ありますね」


「代理なんだから当然だろ」


 相馬先輩が言いました。


「そうなんですけど、行政法になると急に別物に見えるんですよ」


 受験生あるあるです。


 民法に出てくる代理人。


 行政法に出てくる代理人。


 同じ「代理」という日本語なのに、科目が変わるだけで別の生き物に見える。


 教科書の章が変わると、脳も勝手に引っ越すんでしょうか。


「じゃあ昨日」


 私はノートに図を書きました。


 三沢源一

  ↓選任

 三沢直子

  ↓聴聞で行為

 行政庁


 でも。


 不利益処分が行われるなら、


 行政庁

  ↓処分

 三沢源一


 です。


「これなら分かる」


 私は自分で頷きました。


「直子さんは手続をする人。でも処分の名あて人はお父さん」


「そういうことだ」


 制度は、人を入れ替えているように見えて。


 実は役割を分けている。


 誰の権利義務の話なのか。


 誰がその人のために手続をしているのか。


 そこを切り離す。


 私はノートの最後に線を引きました。


 今日の一行の覚え書き。


 しばらく考えます。


 昨日の直子さんの言葉。


「私、行政書士でも何でもないのに、あそこに座ってていいんでしょうか」


 あの不安。


 そして、お父さんの言葉。


「店を守ってくれたわけじゃない。話す場所を守ってくれたんだ」


 私はペンを走らせました。


 ――聴聞の代理人は「資格のある人」ではなく、「本人から任された人」。入口は広く、代理権は書面で明確にする。


「長い」


 相馬先輩が横から言いました。


「一行です」


「二行になってる」


「ノートの幅の問題です」


「じゃあもっと短くしろ」


「うるさいですね」


 でも。


 試験前に見返すなら、短い方がいい。


 私はその下に、もう一行書きました。


 ――資格制限なし。代理権は書面。一切の行為。資格喪失は当事者が書面届出。


「これなら?」


「暗号だな」


「受験生には読めます」


「怖い世界だ」


 たしかに。


 ただ、この暗号の後ろには、もう人の顔があります。


 資格制限なし。


 ――行政書士ではない直子さんでも代理人になれた。


 代理権は書面。


 ――病院で源一さんに委任状を書いてもらった。


 一切の行為。


 ――直子さんが意見を述べ、写真や記録を提出した。


 資格喪失は当事者が書面届出。


 ――もし源一さんが直子さんへの代理権を失わせたなら、そのことを源一さんが行政庁へ書面で知らせる。


 もう単語だけじゃない。


 条文の向こうに昨日の会議室があります。


 緊張していた直子さん。


 規程をめくっていた倉田係長。


 黙って見守っていた片桐所長。


 そして、


「普通と義務を混ぜるな」


 と切った相馬先輩。


「先輩」


「何だ」


「昨日、一個だけ格好よかったですよね」


「一個だけ?」


「“普通と義務を混ぜるな”」


「ああ」


「行政手続法ができた後でも使えそうです」


「だから何の法律だ、それ」


「忘れてください」


 危ない。


 本日二回目。


 未来人は法令名の管理が大変です。


 窓の外は、もう暗くなっていました。


 昭和六十三年の駅前。


 工事用の赤い灯りが、一定の間隔で点滅しています。


 市営市場では、たぶん今頃、店じまいが始まっているでしょう。


 三沢商店の使用許可がどうなるかは、まだ分かりません。


 追加調査の結果、


 市が取消しを見送るかもしれない。


 何らかの改善条件を求めるかもしれない。


 あるいは、やはり不利益な判断になる可能性だってある。


 代理人を立てたから勝てる。


 そんな制度ではありません。


 聴聞も同じです。


 言い分を聞いてもらえることと、


 言い分が必ず通ることは違う。


 でも。


 結果が保証されていなくても、


 話す機会を守る意味はある。


 そこへ本人が行けないなら、


 本人から任された誰かが立てる。


 専門家でなければならないわけではない。


 ただし、


 「私はこの人の代理です」


 という関係だけは曖昧にしない。


 書面で線を引く。


 誰でも代理人になり得る。


 だからこそ、


 誰が代理人なのかは、きちんと確認する。


 自由にすることと、


 雑にすることは違う。


 制度というものは、その二つを妙に冷静に分けます。


 資格制限はない。


 書面は必要。


 一切の行為ができる。


 資格を失えば、当事者が書面で届け出る。


 ひどく事務的です。


 人情の欠片もない。


 でも。


 その冷たい仕組みがあるから、


「娘さんではちょっと」


 という窓口の空気だけで、


 一人の人間の言い分が消されずに済む。


 そして、


「娘なんだから当然です」


 という家族の空気だけで、


 本人の意思まで勝手に代弁されずに済む。


 行政法は、誰かを特別扱いして救うのではありません。


 誰を通して話してもいいのか。


 どう確認するのか。


 どこまで任せられるのか。


 関係が終わったらどう知らせるのか。


 全部、冷たい言葉で決めていく。


 でも。


 冷たいからこそ、


 声の大きい人にも。


 役所に慣れている人にも。


 専門資格を持つ人にも。


 ただ父親を助けたい娘にも。


 同じ線を引ける。


 私はノートを閉じました。


「終わったか」


 相馬先輩が言います。


「終わりました」


「じゃあ煮干し」


「何です?」


「残り半分」


「私のです」


「事務所でもらったんだから共有だろ」


「その主張の根拠は?」


「慣行」


「内部慣行を外部に押しつけないでください」


「俺も事務所内部だ」


「嫌なところだけ法律っぽく返さないでください!」


 奥から片桐所長の声が飛んできます。


「三等分だ」


「所長」


「はい」


「異議があります」


「却下」


「まだ理由を言ってません!」


「必要ない」


「手続保障!」


 相馬先輩が笑います。


「本人で行くか? 代理人立てるか?」


「じゃあ先輩を代理人に――」


「煮干し全部俺のものって主張するぞ」


「解任します」


「資格喪失だな」


「書面で届け出ます!」


 そこで。


 私は止まりました。


 相馬先輩も止まります。


 所長が新聞の向こうで、小さく笑ったような気がしました。


「……覚えたじゃねえか」


 相馬先輩が言いました。


「悔しい」


 でも。


 たぶん、これでいいのです。


 昨日までテキストで眠かった条文が、


 今日は煮干しを取り合うだけでも出てくる。


 それくらいまで身体に入れば。


 次に試験問題で、


 代理人の資格は。


 代理人のできる行為は。


 代理人が資格を失った場合は。


 と聞かれても。


 私はきっと思い出せます。


 病院のベッドで委任状を確認していた三沢源一さんと。


 市役所の会議室で、その代わりに話していた直子さんを。


 法律の一行は冷たい。


 でも、その一行があるから。


 本人がそこに座れない日にも、


 その人の席まで消えずに済む。


 聴聞の代理人。


 今日の覚え書きは、これで決まりです。


 ――資格制限なし。代理権は書面。聴聞に関する一切の行為。資格を失ったら、選任した当事者が書面で届け出る。


 そして私は。


 三等分された煮干しを見ながら、もう一つだけ学びました。


 代理人は選べても。


 煮干しの取り分までは増えません。

 以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。

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