[行政手続法16条・聴聞の代理人]現場編 「本人が来られないなら欠席扱いです」の罠。本人出頭と代理出席を混ぜる窓口と、“誰が話すか”より“誰のために話すか”
役所から呼び出し状が届くと、人はだいたい、悪いことをした気になります。
赤い字でなくても。
封筒が普通の茶色でも。
中身に「聴聞」なんて書いてあった日には、もう十分です。
字面が怖い。
聴いて聞くだけのはずなのに、なぜか裁判所の地下室へ連れていかれそうな響きがあります。
「――父が、行けないんです」
昭和六十三年。
片桐行政書士事務所の応接机に、一通の封筒が置かれていました。
向かいに座っているのは、三十代半ばくらいの女性です。
名前は三沢直子さん。
両手でハンドバッグを握りしめています。
「父が店をやってるんです。駅裏の市場で、乾物屋を」
駅前再整備の少し外れ。
市営市場の一角に、三沢商店という小さな乾物屋があるそうです。
煮干し。
昆布。
干し椎茸。
鰹節。
つまり、おばあちゃんの台所を丸ごと圧縮したようなお店です。
「父は市場ができた頃から四十年近く、そこで商売してます。でも先月、店の裏に荷物を置いたことで、市から注意を受けて……」
直子さんが封筒から紙を取り出しました。
市営市場使用許可取消処分に係る聴聞通知書。
重い。
乾物の話から、突然、公法の重量級が出てきました。
「使用許可、取り消されるんですか」
「まだ決まったわけじゃない」
奥から片桐所長が言いました。
いつものように声は低い。
「だから、その前に話を聞く」
「はい。でも……」
直子さんは唇を噛みました。
「父、昨日倒れまして」
「入院?」
相馬先輩が聞きます。
「ええ。大事には至らなかったんですが、一週間は安静にしろと言われています」
聴聞は三日後。
なるほど。
生活の小さな引っかかり。
ただし、その先にあるのは店の使用許可です。
四十年続けてきた商売の場所を失うかもしれない。
小さくない。
「それで市役所に電話したんです。私が代わりに行けませんかって」
「何て?」
相馬先輩が聞いた。
直子さんの顔が曇ります。
「『本人に来てもらわないと困ります』って」
はい。
その言葉。
ものすごく役所っぽい。
「どうしても無理なら?」
「『欠席という扱いになるかもしれません』と」
「かもしれません?」
私は思わず聞き返しました。
「はい」
嫌な日本語です。
断定しないのに、圧だけは強い。
霧状の威圧。
「それで、私が代理で出たいって言ったら……」
直子さんは続けました。
「『行政書士さんとか弁護士さんなら分かりますけど、ご家族ではちょっと』って」
「誰が言った?」
相馬先輩の声が一段低くなりました。
「市場管理課の人です」
私は通知書を手に取りました。
聴聞。
代理。
本人。
書面。
この四つの言葉が、頭の中で妙に引っかかります。
そして次の瞬間。
令和で散々見た、ある条文が脳内に浮かびました。
――当事者は、代理人を選任することができる。
……いや。
待って。
私は慌てて頭の中でブレーキを踏みました。
それ、まだない。
行政手続法は、今、この昭和六十三年には存在しない。
制定は平成に入ってから。
施行はさらにその後。
未来の条文をそのまま窓口へ持っていったら、転生者ではなく予言者です。
それはまずい。
私は通知書を裏返しました。
「所長。この聴聞って、何に基づいてやるんですか」
片桐所長の目がこちらを向きました。
「そこから見るか」
「はい」
相馬先輩が鼻を鳴らします。
「また条文探しか」
「今回は条文が未来にしかない可能性があるので慎重なんです」
「何の話だ」
「独り言です」
危ない危ない。
昭和で行政手続法十六条を唱えるところでした。
通知書の下部には、小さく根拠が書かれていました。
市営市場条例。
そして施行規則。
さらに、聴聞の手続について定めた市の規程。
「相馬先輩」
「何だ」
「これ、市場管理課に確認できます?」
「何をだ」
「聴聞の出席者。本人以外を認めない根拠です」
相馬先輩がにやりとしました。
「本人じゃなきゃ駄目だと言った奴に、“どこに書いてある”って聞くわけか」
「はい」
「お前、そういうの好きだな」
「最近そうなりました」
昨日までテキストの中では、
代理人。
代理権。
資格証明。
そんな言葉を見ても、目が滑るだけでした。
でも今は違います。
お父さんが病院のベッドにいて。
三日後には四十年続けた店の行方を決める話があって。
娘さんが代わりに事情を説明したいと言っている。
そうなると「代理人」という言葉が、急に人間の形を持ち始めます。
「所長」
「何だ」
「行きましょう」
「誰が?」
「私たちが」
「お前まで?」
「言い出しっぺなので」
自分から昭和の職場文化に適応してしまった。
成長なのか退化なのか分かりません。
市役所の市場管理課では、倉田係長が私たちを迎えました。
「また片桐さんですか」
「またです」
相馬先輩が答えました。
倉田係長、最近この人を見ると胃が痛そうな顔をします。
悪い人じゃないんです。
ただ、行政実務という巨大な押し入れの中で、どこに何をしまったか分からなくなっているタイプです。
「三沢商店の件ですね」
「そうです」
片桐所長が通知書を机に置きました。
「本人が入院している」
「聞いています」
「娘さんが代理で聴聞に出たいそうだ」
倉田係長は少し困った顔をしました。
「いやあ……ただ、こういうのは本人に来ていただかないと」
来た。
本日二回目の「本人に来てもらわないと困ります」。
私は小さく息を吸いました。
「係長」
「はい?」
「本人じゃなきゃ駄目、ってどこに書いてありますか」
倉田係長が止まりました。
「え?」
「条例ですか。規則ですか。聴聞の規程ですか」
「いや、それは……」
相馬先輩が横から言います。
「昨日、お宅の職員が家族じゃ駄目だと言ったそうだ」
「それは一般的にですね」
「一般的に、じゃなくて根拠を聞いてる」
鋭い。
相馬先輩、こういう場面だけ切れ味が包丁です。
倉田係長はファイルを取り出しました。
「少し待ってください」
紙をめくる。
まためくる。
さらにめくる。
役所で最も緊張感のある時間。
根拠を探している職員を黙って待つ時間です。
やがて。
「……あ」
倉田係長が止まりました。
「ありました?」
私が聞く。
「いや」
「ない?」
「逆です」
係長がこちらを見ました。
「『本人またはその代理人は、聴聞期日に出頭し、意見を述べることができる』とあります」
相馬先輩が腕を組みました。
「書いてあるじゃねえか」
「……書いてありますね」
「家族は除く、と?」
「ないです」
「行政書士でなければならない、と?」
「ないです」
「弁護士に限る、と?」
「ないです」
係長の顔が徐々に渋くなっていきました。
誰かが悪いわけではない。
ただ。
窓口で長年なんとなく、
本人に来てもらうもの。
代理人なら専門家。
そんな空気が積み重なっていたのでしょう。
空気というのは便利です。
条文を読まなくても運用できます。
たまに人を轢きますけど。
「じゃあ娘さんでも?」
私が聞くと、倉田係長は規程をもう一度確認しました。
「代理権が確認できれば……この規程上は排除されていません」
「確認って?」
「委任状ですね」
そこで私は、頭の奥で何かがぴたりと重なりました。
未来の行政手続法。
代理人の資格は書面で証明する。
今ここにある市の規程も、考え方は近い。
法律はまだ全国共通の形に整理されていない。
でも問題は、もうここにある。
本人が来られない。
誰かに代わってもらいたい。
その人に本当に権限があるのか。
役所は何で確認するのか。
後の時代に条文になる問題は、その条文ができる前から人を困らせていた。
少しだけ、背筋がぞくっとしました。
転生して初めて、
未来を知っていることがカンニングではなく、地図みたいに感じられたのです。
「委任状なら、用意できます」
片桐所長が言いました。
「本人は意思表示できる状態です。病院で確認して、書面を作る」
「それなら……」
倉田係長は頷きかけて、また止まりました。
「ただ、娘さんが全部できるんでしょうか」
「全部?」
「本人への質問がありますし。資料の提出とか。場合によっては、その場で追加の説明を求めることも」
私は未来の条文を思い出します。
代理人は、各自、当事者のために、聴聞に関する一切の行為をすることができる。
でも。
それを今、口に出すわけにはいかない。
「この規程には?」
私は聞きました。
またファイル。
また紙。
倉田係長の額に、じわじわと疲労が浮かびます。
「……代理人が本人に代わって意見を述べ、証拠書類等を提出できる、とあります」
「少なくとも、それはできますね」
「ええ」
「本人にしか認めない行為は?」
「この規程では、特に……」
相馬先輩がため息をつきました。
「じゃあ最初からそう言え」
「いや、現場では本人に来てもらうのが普通でして」
「普通と義務を混ぜるな」
空気が止まりました。
あ。
今日の核心。
たぶん今の一言です。
普通は本人が来る。
それは分かります。
本人の話を直接聞ける。
事実確認もしやすい。
役所だって楽です。
でも。
本人が来ることが多い。
と。
本人でなければならない。
は別です。
「係長」
片桐所長が静かに言いました。
「聴聞は、本人を役所へ連れてくるための制度じゃない」
倉田係長が黙ります。
「処分の前に、言い分を聞くための場だ」
短い。
でも、部屋の空気が一段変わりました。
「本人が病院にいる。代わりに事情を知る娘が、正式な委任を受けて出る。それを排除するなら、排除する根拠が要る」
「……そうですね」
「専門資格が必要なら、それも根拠が要る」
「はい」
私は思わず片桐所長を見ました。
そうか。
未来の行政手続法十六条を知らなくても、この人は同じ場所へ来る。
権利を認める。
代理権を確認する。
本人と代理人の関係を明確にする。
制度の目的から考える。
条文になる前にも、行政法はちゃんと息をしていたのです。
結局。
三沢直子さんは、父親の代理人として聴聞へ出席できることになりました。
翌日。
私たちは病院へ行きました。
三沢さんのお父さん、三沢源一さんは、思ったより元気でした。
「まったく、大げさなんだよ。ちょっとふらついただけだ」
「先生に一週間寝てろって言われたでしょ」
直子さんが怒ります。
「四十年店やってきて、今さら市役所に娘を行かせるなんてなあ」
「お父さん」
「分かってるよ」
源一さんは、枕元の眼鏡をかけました。
私たちが作った委任状を、一文字ずつ確認します。
聴聞への出席。
意見の陳述。
資料の提出。
必要な応答。
今回の手続について、直子さんに任せる範囲を明記する。
「これで、直子が俺の代わりに話せるんだな」
「はい」
私は答えました。
「ただし、何を話すかはお父さんとよく確認してください」
「店のことなら全部知ってる」
直子さんが言います。
「生まれた時から煮干しの匂いで育ってますから」
「それは強いですね」
「本人より詳しいかもしれません」
「おい」
源一さんが不満そうに言う。
少しだけ笑いが起きました。
その三日後。
聴聞の日。
私は片桐所長と一緒に、市役所の会議室の外で待っていました。
相馬先輩は別件。
「俺が行くと喧嘩になる」
とのこと。
自覚はあるらしい。
直子さんは緊張していました。
「私で、本当に大丈夫でしょうか」
「大丈夫です」
私は言いました。
「お父さんの代わりに、“お父さんが言いたいこと”を伝える役です」
「でも私、資格もないですし」
その言葉に。
私は少しだけ笑いました。
「今日必要なのは、肩書きじゃないです」
直子さんが私を見る。
「ちゃんと任された人かどうかです」
その瞬間。
また未来の条文が頭をよぎりました。
代理人の資格に、専門資格による制限はない。
代理権は書面で証明する。
そして、当事者のために聴聞に関する行為をする。
まだ、この国の一般法には書かれていない。
けれど。
今、目の前にいる人が必要としているのは、まさにそれでした。
会議室では、市場管理課側から、使用許可取消しを検討している理由が説明されました。
裏通路への荷物の放置。
消防動線への影響。
過去二回の注意。
直子さんは、最初こそ声が震えていました。
けれど、途中から変わりました。
「一回目の注意の後、荷物置き場は移しています」
写真を出す。
「二回目は父が置いたものではありません。共同通路なので、隣の店の商品も混じっています」
日付入りの納品記録を出す。
「それと、先月の写真に写っている木箱ですが、あれは市場管理課の方から、改修工事中だけそこに置いていいと言われたものです」
倉田係長が目を上げました。
「誰が言いました?」
「工事担当の方です。父が名前を覚えていました」
片桐所長は何も言いません。
私も黙っていました。
ここは直子さんの場です。
代理人というのは。
本人を消して、自分が主役になる人じゃない。
本人のために、本人ができないことをする人なんだ。
それが妙に腑に落ちました。
聴聞の結果、その場で取消処分が撤回されたわけではありません。
でも。
市場管理課は、事実関係を再確認することになりました。
特に、
過去の注意内容。
共同通路の管理状況。
工事担当者から一時的な荷物置きを認められていた可能性。
そこを調べ直す。
少なくとも、
「本人が来なかったから言い分なし」
で処理される道は消えました。
事務所へ戻った夕方。
電話が鳴りました。
直子さんでした。
『父が、お礼を言えって』
「お元気ですか」
『元気すぎて、明日店に行くとか言ってます』
「止めてください」
『止めてます』
電話の向こうで、お父さんらしい声がします。
『誰が病人だ!』
「病人です!」
直子さんの声。
強い。
親子っていいなあ。
『それで……こはるさん』
「はい」
『私、行政書士でも何でもないのに、あそこに座ってていいのか、ずっと怖かったんです』
私は少し考えてから答えました。
「怖くて普通だと思います」
『はい』
「でも、今日の直子さんは、お父さんから頼まれて、ちゃんとそのために話してました」
『……はい』
「それで十分だったんだと思います」
電話を切ると、相馬先輩が机の向こうから言いました。
「何を格好つけてんだ」
「聞いてたんですか」
「狭い事務所で聞こえない方がおかしい」
「プライバシー!」
「昭和の事務所に期待するな」
それは嫌な説得力です。
片桐所長が書類から目を上げました。
「こはる」
「はい」
「今日の件、何が問題だった」
来た。
所長の一問一答。
私は少し考えます。
「役所が、“本人が来るのが普通”を、“本人でなければならない”に変えていたことです」
「他には」
「代理人って聞いて、勝手に専門家を想定してたこと」
「他には」
「……代理人なら、ちゃんと本人から権限を与えられていることを確認しないといけない」
所長が頷きました。
「そこだ」
相馬先輩が茶をすすります。
「じゃあ誰でも勝手に『俺が代理人です』とは言えないわけだ」
「それは駄目ですね」
「家族でも?」
「家族だから自動的に代理人、でもないです」
そう。
ここも大事です。
家族だから駄目。
ではない。
家族だから当然にいい。
でもない。
問題は資格の肩書きではなく、
本人から本当に任されているか。
その境界線。
「面倒な制度だな」
相馬先輩が言います。
「でも、その面倒が必要なんでしょうね」
「何で?」
「だって」
私は今日の直子さんを思い出しました。
「誰でも勝手に代理できたら、本人の知らないところで話が進むじゃないですか」
「まあな」
「逆に、専門家じゃないと代理できないってしたら、病気の人とか、お金のない人とか、事情を知る家族に任せたい人が困る」
「うん」
「だから、“誰でもいい”と“誰でも勝手にいい”の間に、書面がある」
口に出してから。
私は少し驚きました。
未来の行政手続法十六条が、頭の中で妙にきれいに並びました。
資格に制限しない。
でも、代理権は書面で証明する。
広く代理を認める。
でも、本当に本人の代理なのかは確認する。
自由と安全。
入口は広く。
境界線は書面で。
ああ。
なるほど。
そういう条文だったんだ。
令和で読んだ時は、
代理人。
一切の行為。
書面で証明。
資格喪失を届け出る。
赤字で丸暗記するだけの場所でした。
でも今。
まだその条文が存在しない昭和六十三年の町で。
私は、その条文が必要になる理由の方を先に見てしまった。
「何、ぼうっとしてる」
相馬先輩が言いました。
「ちょっと未来を見てました」
「寝ろ」
「違います」
所長が新聞を広げました。
「制度は、後から名前がつくことがある」
「え?」
「先に揉め事がある。困る人がいる。役所ごとに扱いが違う。それを後から整理して、共通の形にする」
私は所長を見ました。
まるで未来を知っているみたいな言い方です。
でもたぶん違う。
実務を長く見ている人には、制度が生まれる方向が見えるのでしょう。
「じゃあ、今は?」
「今ある規程と、今ある原則で考える」
所長はそれだけ言って、新聞へ戻りました。
冷たい言葉です。
規程。
代理権。
委任状。
本人。
代理人。
どれも人情味はありません。
でも、その冷たい区別があったから。
入院した人に、
「来られないなら、あなたの言い分は聞きません」
とはならずに済んだ。
そして娘だからというだけで、
何の確認もなく父親の権利を勝手に動かすことにもならなかった。
制度は冷たい。
だから。
「かわいそうだから特別に」
でもなく。
「普通は本人だから駄目」
でもなく。
真ん中に一本、線を引ける。
その線が、今日は三沢さん親子を少しだけ救いました。
帰り際。
事務所の扉が開きました。
「ごめんください」
三沢直子さんです。
手には紙袋。
「どうしたんですか」
「父からです」
中を覗く。
昆布。
煮干し。
鰹節。
乾物セット。
「おお」
相馬先輩が寄ってきました。
「出汁取り放題ですね」
「若い子がそんな喜び方する?」
直子さんが笑いました。
「父が言ってました」
「何て?」
「『店を守ってくれたわけじゃない。話す場所を守ってくれたんだ』って」
私は少し言葉に詰まりました。
たぶん、それが一番正確でした。
まだ店は守れたと決まっていない。
取消しの検討は続いている。
事実確認の結果によっては、厳しい判断もあり得ます。
でも。
言うべきことを言う場所。
聞いてもらう場所。
その場所へ行けない本人の代わりに、誰かが立つ道。
そこだけは閉じられなかった。
「お父さん、いいこと言いますね」
「本人には言わないでください。調子に乗るから」
「了解です」
直子さんが帰った後。
相馬先輩が紙袋を漁っていました。
「先輩」
「何だ」
「それ、勝手に持って帰らないでくださいね」
「俺が代理で預かる」
「誰の代理ですか」
「事務所の」
「代理権の証明をお願いします」
「所長」
相馬先輩が助けを求めます。
所長は新聞から目を上げません。
「却下」
「ほら」
「何が『ほら』ですか」
私は紙袋を自分の机へ引き寄せました。
「こはる」
「はい?」
「それも駄目だ」
「なぜです」
「お前にも代理権がない」
……強い。
この事務所。
今日覚えた知識が即日実装されます。
結局、乾物は三人で分けることになりました。
手続は円満。
異議なし。
午後六時。
電話も来客も途切れたころ。
私は机の端にノートを置きました。
開いて。
ペンを持つ。
でも、今日はまだ詳しく書きません。
書きたいことは、山ほどあります。
聴聞でいう「当事者」って誰なのか。
代理人に資格制限はあるのか。
本人と代理人は何が違うのか。
代理権をどう証明するのか。
代理人はどこまで本人に代わってできるのか。
途中で代理人でなくなったら、誰が何を知らせるのか。
そして。
今の昭和六十三年では、制度ごとにばらばらに置かれているこういう仕組みが、
未来ではどう整理されるのか。
私はそこまで考えて、ペンを止めました。
「書かないのか」
相馬先輩が言います。
「今日は題名だけです」
「またか」
「現場で分かったことと、試験で覚えることは別なので」
ノートの一番上に書きました。
――聴聞の代理人。
その下は、空白。
今日のところは、それでいい。
昨夜までなら、
代理人は選任できる。
資格は書面で証明する。
そんな文章を見ても、
はいはい、暗記暗記。
で終わっていました。
でも今なら分かる。
あれは単なる試験用の赤文字じゃない。
本人が病院にいるとき。
家族が代わりに声を届けたいとき。
役所が「本人じゃないと駄目です」と言ったとき。
その人の言い分を、制度の外へ落とさないための仕組みなんだ。
今日の教訓を一つだけ言うなら。
代理人で大事なのは、肩書きより、誰から何を任されたか。
たぶん、それです。
窓の外では、駅前の工事現場に明かりが点いていました。
町は少しずつ変わっています。
市場も。
駅前も。
役所も。
制度も。
まだ名前のない問題が先に起きて。
その後から、法律が追いかけてくる。
そう考えると。
行政法の条文というものが、ほんの少しだけ、人間臭く見えました。
「こはる」
「はい」
「その煮干し、半分よこせ」
「嫌です」
「何でだ」
「私の分だからです」
「代理で食ってやる」
「だから代理権を示してください!」
どうやら。
我が事務所では、行政手続法ができるより先に、
代理人制度だけ厳格運用されそうです。
以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。




