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こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈商法・会社法 配点20点/300点〉 株式

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632/701

[会社法・株主割当と第三者割当]法理編 こはるノート

挿絵(By みてみん)

 株式を増やすことと、株主の権利を守ることは、必ずしも同じではありません。


 会社にお金が必要だから、新しい株式を発行する。


 それ自体は、ごく普通の資金調達です。


 でも。


 その株式を、誰に割り当てるのか。


 ここを間違えると。


 昨日まで会社の経営に大きな影響力を持っていた株主が、翌日には何も決められなくなるかもしれません。


 株主割当。


 第三者割当。


 名前は似ているようで、仕組みはまったく違います。


 そして。


 この二つの制度には、行政書士試験で見落としやすい、もう一つの落とし穴がありました。


 ――誰が、新株発行の内容を決めるのか。


 株主総会なのか。


 取締役なのか。


 取締役会なのか。


 その答えは、会社の形態や定款の定め、そして適用される時代の法律によって変わるのです。


 昭和六十三年。


 夕方の片桐行政書士事務所。


 私は机の上に、大きなノートを広げていました。


 表紙には、


 ――こはるノート・商法編。


 と書いてあります。


「……株式って、怖いですね」


 私が呟くと、相馬先輩が新聞から顔を上げました。


「また何だ」


「一株も売っていないのに、会社に対する発言力が三分の一になっちゃうんですよ」


「ああ。村瀬さんの事件か」


「はい!」


 東浜精機株式会社。


 発行済株式総数、一千株。


 そのうち四百株を持っていた村瀬隆一さん。


 持株比率は四十パーセント。


 ところが黒田社長は、息子の会社に二千株もの新株を割り当てようとしていました。


 その結果。


 村瀬さんの四百株は変わらないのに、発行済株式総数は三千株になる。


 持株比率は。


 約十三・三パーセント。


 四十パーセントから、十三・三パーセント。


 あまりにも大きな変化です。


「しかも黒田社長、言ってましたよね」


 私は声を低くしました。


「株は減ってねえんだから、何も損してねえだろ!」


 相馬先輩が顔をしかめました。


「似てねえ」


「物真似の評価は求めてません!」


「で、何が問題なんだ」


「株数が変わらなくても、持株比率が下がれば議決権の影響力が弱まることです!」


「そうだ」


 私はノートに大きく書きました。


 ――新株発行による持株比率の希薄化。


「希薄化、ですね」


「ああ」


「最初、薄めるって意味が分からなかったんです」


「水で薄めるのと似たようなもんだ」


「そうなんです!」


 私は鉛筆を握りました。


「自分の持っている株式数は同じでも、会社全体の株式数が増えれば、全体に占める割合が下がる!」


「そのとおりだ」


 私は思い出しました。


 村瀬さんの油で汚れた作業服。


 長年、会社を育ててきた手。


 そして、自分の知らないところで持株比率が下がると知ったときの、あの悔しそうな顔。


 株式の希薄化。


 教科書では、たった数文字の言葉です。


 でも。


 実際には、誰かの二十年を揺るがすこともある。


「よし!」


 私はノートを開き直しました。


「今日は株主割当と第三者割当を、絶対に間違えないようにします!」


「昨日も似たようなこと言ってたな」


「昨日は事件です。今日は試験対策です!」


「どっちも仕事中だろ」


「勉強も大事です!」


 そこへ、片桐所長が奥から声をかけました。


「相馬」


「はい」


「付き合ってやれ」


「……所長まで」


 よし。


 今日も強制勉強会、開催です。


 私はノートの最初のページに書きました。


 ――募集株式の発行。


「まず、会社がお金を集めたいときの方法ですね」


 相馬先輩が頷きました。


「そうだ。ただし、その言葉の使い方には気をつけろ」


「はい?」


「今、お前が説明しようとしてるのは、現代の会社法の制度だろ」


「あっ」


 私は鉛筆を止めました。


 またしても。


 時代錯誤。


 昭和六十三年には、独立した会社法は存在しません。


 会社のルールは、商法第二編などに置かれています。


「この時代は、商法の新株発行の規定を読むんですよね」


「そうだ」


「でも、現代の試験では会社法の募集株式を勉強する……」


「その未来の試験とやらは知らねえが、混ぜるなよ」


「はい!」


 私はノートを二つに分けました。


 左側。


 昭和六十三年の商法。


 右側。


 現代の会社法。


「まず、共通する基本の考え方から整理します」


「やってみろ」


 私は書きました。


 会社がお金を集める。


 新しい株式を発行する。


 株式を引き受けた人が、払込金を会社に払い込む。


 会社は、その資金を設備投資や事業運営などに使う。


「つまり、借金とは違うんです」


「どう違う」


「原則として、株式を発行して集めたお金には、借入金のような返済期限がありません」


「そうだ」


「でも、その代わりに新しい株主が生まれる」


「ああ」


「だから、会社の支配関係にも影響するんですね」


 所長が頷きました。


「会社は、金だけを受け取るわけではない」


「はい」


「株主という、会社の意思決定に関わる者を迎えることになる」


 なるほど。


 お金を集める。


 それだけなら簡単な話に見えます。


 でも。


 新株発行によって、株主の顔ぶれが変わる。


 議決権の割合が変わる。


 場合によっては、経営権まで動く。


 だからこそ。


 募集株式の発行には、決定手続のルールが必要なのです。


「では、株主割当からいきます!」


 私はノートに大きく書きました。


 ――株主割当。


 既存株主に対し、その持株数に応じて新株を引き受ける権利を与える方法。


「分かりやすく言えば、今いる株主に、新しく株式を買う機会を配るんです」


「うん」


「しかも、原則として持っている株式数に応じて」


「そうだな」


 私は、東浜精機の事件をもう一度書き出しました。


 発行済株式総数。


 一千株。


 黒田社長。


 五百株。


 村瀬さん。


 四百株。


 その他の株主。


 百株。


「ここで二千株を新しく発行するとします!」


 私は計算しました。


 黒田社長には、千株。


 村瀬さんには、八百株。


 その他の株主には、二百株。


「全員が割当てを受けて、その株式を全部引き受ければ……」


 黒田社長。


 千五百株。


 村瀬さん。


 千二百株。


 その他の株主。


 三百株。


 合計。


 三千株。


「持株比率は、五十パーセント、四十パーセント、十パーセントのままです!」


 私は得意になりました。


「だから株主割当は、既存株主の持株比率を維持しやすいんですね!」


「そうだ」


 相馬先輩が頷きました。


「ただし」


 来ました。


 この言葉。


 法律の世界で一番怖い言葉です。


「全員が引き受けたら、の話だぞ」


「はい」


「村瀬さんが、八百株全部を引き受けなかったら?」


「持株比率が下がる可能性があります」


「そうだ」


 私はノートに赤線を引きました。


 ――株主割当でも、必ず持株比率が維持されるわけではない。


「ここ、試験で引っかかりそうですね」


「何でだ」


「株主割当イコール持株比率維持、って覚えると間違えるんです!」


 株主割当は。


 既存株主に、持株数に応じて新株を引き受ける機会を与える仕組み。


 でも。


 その権利を行使するかどうかは、株主によります。


 お金がない場合。


 引き受けたくない場合。


 期限までに申込みをしない場合。


 その株主の持株比率が変わることはあります。


「じゃあ、株主割当は何を守る制度なんでしょう?」


 私は尋ねました。


 片桐所長が答えました。


「機会だ」


「機会?」


「今いる株主に、持株数に応じた引受けの機会を与える」


 私は息を呑みました。


 なるほど。


 持株比率を必ず保証する制度ではない。


 でも。


 自分の意思と資金で、その比率を維持する選択肢を与える。


 それが大切なのです。


「所長!」


「何だ」


「株主割当は、持株比率を絶対に守る魔法じゃなくて、守るための機会を与える仕組みなんですね!」


「そういうことだ」


 私は大きく丸をつけました。


 これは忘れません。


「次は第三者割当です!」


 私はページをめくりました。


 ――第三者割当。


 特定の者に、新株を引き受けてもらう方法。


「既存株主全員に持株数に応じて割り当てるんじゃなくて、特定の相手に株式を渡すんですよね」


「そうだ」


「その相手は、会社の外部の投資家でもいいし、既存株主でもいい」


 相馬先輩が頷きました。


「第三者割当って名前だから、必ず株主じゃない人間に割り当てると思う奴もいるが、そうとは限らねえ」


「はい!」


 ここも重要です。


 第三者割当。


 言葉だけを見ると、会社と無関係の第三者に限るように思えます。


 でも実際には、特定の既存株主を割当先とすることもあります。


 大切なのは。


 既存株主全員に持株数に応じて引受権を与える株主割当とは違い、特定の引受人を選んでいることです。


「だから、黒田商事への新株発行は第三者割当だったんですね」


「ああ」


「しかも、社長の息子の会社に二千株全部を渡そうとした」


「そうだ」


 私は計算を書きました。


 発行前。


 黒田社長。


 五百株。


 村瀬さん。


 四百株。


 その他の株主。


 百株。


 発行後。


 黒田社長。


 五百株。


 村瀬さん。


 四百株。


 その他の株主。


 百株。


 黒田商事。


 二千株。


 合計。


 三千株。


 ここで。


 黒田社長と息子の会社を合わせると。


 二千五百株。


 約八十三・三パーセント。


「怖い……」


 私は呟きました。


「何がだ」


「社長本人は一株も増えてないのに、親子で支配する議決権がこんなに増えるんです」


「そうだな」


「村瀬さんも一株も売っていないのに、影響力が小さくなる」


 私は鉛筆を置きました。


 なるほど。


 株主割当は、持株比率を維持する機会を既存株主に与える方法。


 第三者割当は、特定の人から資金を集められる方法。


 ただし。


 第三者割当によって、新たな株主が大きな議決権を取得すると。


 会社の支配関係が一変することがある。


「でも先輩」


「何だ」


「第三者割当って、悪い制度じゃないですよね」


「当たり前だ」


 相馬先輩が言いました。


「新しい事業を始めるとき、外部の投資家に出資してもらうこともある」


「はい」


「経営に協力してくれる企業に株を持ってもらうこともある」


「はい」


「それ自体は普通の資金調達だ」


 私は頷きました。


 第三者割当の問題は。


 制度そのものが悪いことではありません。


 それを利用して。


 特定の株主を不当に排除しようとすること。


 適正な手続を踏まないこと。


 著しく不合理な発行価額を設定すること。


 そして。


 会社の利益ではなく、経営者個人の支配権を守るために濫用することです。


「つまり」


 私は書きました。


 ――第三者割当は違法ではない。ただし、発行目的・発行価額・決定手続によって問題が生じる。


「よし」


 相馬先輩が頷きました。


「そこを忘れるな」


「はい!」


 私はノートの中央に、一本の線を引きました。


「ここで、二つを比較します!」


 左側。


 株主割当。


 右側。


 第三者割当。


「まず、誰に割り当てるか」


「株主割当は?」


「既存株主です!」


「第三者割当は?」


「特定の引受人です!」


「次。持株比率は?」


「株主割当は、全員が持株数に応じて引き受ければ維持されます!」


「第三者割当は?」


「変動する可能性があります!」


「次。資金調達の相手は?」


「株主割当は既存株主!」


「第三者割当は?」


「特定の投資家や企業などです!」


 相馬先輩は頷きました。


「よし」


 私はさらに書き加えました。


 株主割当。


 既存株主への引受機会。


 持株比率を維持しやすい。


 ただし、引受けには資金が必要。


 第三者割当。


 特定の相手から資金調達できる。


 新しい出資者を迎えられる。


 ただし、議決権比率が変わることがある。


「これで整理できました!」


「本当に?」


「はい!」


 すると。


 片桐所長が静かに言いました。


「では、誰が発行を決める」


 ……。


 私は固まりました。


「……誰が?」


「そうだ」


 所長は商法の六法を閉じました。


「二つの割当方法の違いだけで、仕事が終わると思うか」


「……思いません」


「なら、決定権限を確認しろ」


 私は慌ててノートをめくりました。


 そうでした。


 今回の教材で一番重要な部分。


 そして。


 私が昭和の法律と現代の会社法を混同しそうになった部分。


 ――定款の定めによる、決定機関の違い。


 ここを間違えたら、すべて台無しです。


「まず、現代の会社法を整理してみろ」


 片桐所長が言いました。


「はい!」


 私は鉛筆を握りました。


 現代の会社法。


 第二百二条。


 株主に株式の割当てを受ける権利を与える場合。


「これが株主割当についての重要な条文です!」


 相馬先輩が眉を上げました。


「二百二条?」


「はい! 現代では、ですけど!」


「先に言え」


「すみません!」


 私はノートに書きました。


 会社法第二百二条。


 株主割当を行う場合の決定方法。


「ここで重要なのは、原則と例外です」


「言ってみろ」


「株主割当の募集事項などは、原則として株主総会の決議によって決めます」


「うん」


「でも、定款に一定の定めがある場合は、取締役の決定や取締役会の決議によって決められるんです!」


 片桐所長が頷きました。


「では、取締役会を置いていない株式会社なら?」


「定款に、その決定を取締役に任せる旨の定めがあれば、取締役の決定によることができます!」


「取締役会設置会社なら?」


「定款に定めがあれば、取締役会の決議です!」


「公開会社なら?」


 私は一瞬、止まりました。


 公開会社。


 株式市場に上場している会社。


 ……では、ありません。


「あっ!」


 私は思わず声を上げました。


「公開会社って、上場会社という意味じゃないんですよね!」


 相馬先輩が怪訝な顔をしました。


「何を言ってるんだ」


「現代の会社法では、発行する株式の全部について譲渡制限が付いているわけではない株式会社を、公開会社というんです!」


「ほう」


「だから、上場していなくても公開会社に当たる場合があります!」


 私はノートに赤線を引きました。


 ――公開会社イコール上場会社、ではない。


「じゃあ、公開会社の場合は?」


 所長が尋ねました。


「会社法第二百二条では、取締役会の決議によって決めます!」


「定款に何も書いていなくてもか」


「はい!」


 私は勢いよく頷きました。


 ここです。


 ややこしいところ。


 現代の会社法第二百二条第三項では、株主割当の決定機関について、会社の形態や定款の定めに応じた区分が設けられています。


 取締役会非設置会社で、定款に取締役決定とする旨の定めがある場合。


 取締役の決定。


 取締役会設置会社で、定款に取締役会決議とする旨の定めがある場合。


 取締役会の決議。


 公開会社の場合。


 取締役会の決議。


 そして、それらに当てはまらない場合。


 株主総会の決議。


「ただし、株主割当についての、この特別な規律の話です!」


 私は強調しました。


「第三者割当まで、同じように考えてはいけません!」


 相馬先輩が頷きました。


「そこが大事だな」


 私はノートに大きく書きました。


 ――株主割当の決定機関と、通常の第三者割当の決定機関を混同しない。


「でも先輩」


「何だ」


「こういう例外があると、社長が好き勝手に増資できるんじゃないですか?」


「どうしてそう思う」


「株主総会を開かなくても、取締役や取締役会で決められる場合があるんですよね」


「ああ」


「だったら、黒田社長みたいな人が利用しそうで……」


 相馬先輩は少し笑いました。


「だから、お前はまだ混同してるんだ」


「え?」


「今の話は、株主割当だろ」


「あ……!」


 私は固まりました。


 そうです。


 株主割当。


 既存株主に持株数に応じて新株を引き受ける機会を与える仕組み。


 一方、黒田社長がやろうとしたのは。


 息子の会社だけを割当先とする第三者割当。


 同じ新株発行でも。


 適用される決定手続を、区別しなければならないのです。


「なるほど……」


 私は呟きました。


「原則と例外を覚えるだけじゃ駄目なんですね」


「そうだ」


「そもそも、どの制度についての原則と例外なのかを確認しないと!」


 片桐所長が頷きました。


「条文の見出しを飛ばすな」


「はい!」


「例外規定だけを覚えると、何の例外だったか分からなくなる」


 私はノートに書きました。


 ――例外を覚える前に、何についての例外かを確認する。


 これは、行政書士試験で何度も失敗しそうなところです。


「じゃあ、第三者割当の決定機関はどうなるんですか?」


 私は尋ねました。


「現代なら、まず会社法第百九十九条だな」


 相馬先輩が言いました。


 私はノートをめくりました。


 会社法第百九十九条。


 募集事項の決定。


「募集事項って、具体的には何ですか?」


「株式を何株発行するか、いくら払い込ませるか、いつ払い込ませるか、といったことだ」


「なるほど」


 私は書きました。


 募集株式の数。


 払込金額またはその算定方法。


 払込期日または払込期間。


 その他、法定の事項。


「これらをきちんと決める必要があるんですね」


「ああ」


「じゃあ、その決定は誰が?」


 所長が答えました。


「会社の種類による」


「はい」


「現代の非公開会社では、株主総会の特別決議が基本になる」


 私は頷きました。


 非公開会社。


 すべての発行株式について、譲渡による取得に会社の承認を必要とする会社です。


 多くの中小企業が、この形を採っています。


「非公開会社で第三者割当をする場合、原則として株主総会の特別決議が必要なんですね」


「そうだ。ただし、法定の範囲で募集事項の決定を取締役や取締役会に委任する仕組みもある」


「会社法第二百条ですね!」


「……お前、本当に妙な条文番号を知ってるな」


 相馬先輩は呆れました。


 未来の受験生ですから。


 もちろん言いません。


「では、公開会社は?」


 所長が尋ねました。


「原則として、取締役会で募集事項を決定できます!」


「ただし?」


「特に有利な払込金額で募集株式を発行する場合などは、別の手続が必要になります!」


 私は赤線を引きました。


 ここも重要です。


 公開会社だから。


 取締役会があるから。


 社長が自由に株式を発行できる。


 そんな話ではありません。


 特に有利な発行価額で第三者に株式を引き受けさせる場合には、株主の利益が大きく損なわれるおそれがあります。


 そのため、株主総会の特別決議など、法律が定める手続が問題になります。


 さらに現代では、支配株主の異動を伴う募集株式の発行などについても、別途の規律が置かれています。


「所長」


「何だ」


「会社法って、結局何を守ろうとしているんでしょう?」


 所長は少し考えました。


「会社の資金調達と、株主の利益。その両方だ」


「両方……」


「資金調達を難しくしすぎれば、会社が事業を続けられなくなる」


「はい」


「だからといって、経営者が自由に新株を発行して、既存株主の権利を奪ってよいわけでもない」


 私は深く頷きました。


 なるほど。


 資金調達の機動性。


 既存株主の保護。


 その二つを、どう調整するか。


 そこに、募集株式のルールがあるのです。


「ところで」


 私はノートに戻りました。


「株主割当の決定機関について、もう一度確認したいです!」


 相馬先輩がため息をつきました。


「まだやるのか」


「ここが今回の本丸です!」


「じゃあ、問題を出してやる」


「お願いします!」


 先輩は鉛筆を取りました。


「現代の非公開会社だ。取締役会は置いていない」


「はい」


「定款には、株主割当の募集事項などを取締役の決定によって定めることができる、と書いてある」


「はい!」


「誰が決める?」


「取締役です!」


「正解」


 私は拳を握りました。


「じゃあ次。取締役会設置会社だ」


「はい」


「定款には、株主割当について取締役会が決められると書いてある」


「取締役会の決議です!」


「正解」


「よし!」


「次。非公開会社で、そういう定款の定めがない」


 私は考えました。


「原則どおり、株主総会の決議です!」


「そうだ」


「しかも、この場合の株主割当では、会社法第二百二条の特則によって、第三者割当の場合の決議と区別して考える必要があります!」


 相馬先輩が頷きました。


「よくそこまで分かったな」


「褒めましたね!」


「まだだ」


「何でですか!」


 先輩はにやりと笑いました。


「じゃあ、株主総会の普通決議か、特別決議か」


 ……。


 私は止まりました。


「……普通決議?」


「そうだ」


 私は慌ててノートを見ました。


 ここです。


 引っかけ問題。


 現代の非公開会社における第三者割当。


 原則として株主総会の特別決議。


 一方、株主割当については、会社法第二百二条の特則があるため、通常の株主総会の普通決議によることができます。


「つまり!」


 私は言いました。


「第三者割当では特別決議が原則となる場面でも、株主割当では普通決議で足りる場合があるんです!」


「そういうことだ」


「なぜですか?」


「考えてみろ」


 私は少し考えました。


 第三者割当。


 特定の者だけが、新しい株式を取得する。


 既存株主の持株比率が大きく変わる可能性がある。


 一方。


 株主割当。


 既存株主に、持株数に応じた引受けの機会が与えられる。


「あっ!」


 私は顔を上げました。


「株主割当のほうが、既存株主の持株比率を維持する機会が確保されているからですね!」


「そうだ」


「だから、決定手続についても違いがある!」


 片桐所長が頷きました。


「制度の違いには、理由がある」


 私はノートに書きました。


 ――株主割当は、既存株主の引受機会を確保するため、決定手続にも特則がある。


 なるほど。


 ただ条文を暗記するより。


 なぜ違うのかを理解したほうが、ずっと覚えやすいです。


「さて、昭和六十三年に戻るぞ」


 相馬先輩が言いました。


「はい!」


 私はノートの左側を開きました。


 昭和六十三年。


 商法第二編。


 会社。


「当時は、株式会社を設立するだけでも大変だったんですよね」


「ああ」


「発起人が七人以上!」


「そうだ」


「取締役は三人以上!」


「うん」


「監査役も一人以上!」


「そうだ」


 私はため息をつきました。


「現代なら、発起人一人、取締役一人でも株式会社を設立できるのに……」


 相馬先輩が顔をしかめました。


「また夢みてえなことを」


「未来では普通なんです!」


「何の未来だよ」


「あっ」


 危ない。


 また余計なことを言いました。


「ともかく!」


 私は話を戻しました。


「昭和の株式会社は、設立時から一定数の人間を揃える必要があったんですよね」


「そうだ」


「だから、設立時に親族や知人に協力してもらうこともあった」


「うん」


「東浜精機もそうでしたね」


 村瀬さんの会社。


 発起人を七人揃え、取締役を置き、監査役を置いた。


 しかし。


 実際に経営を担っていたのは、主に村瀬さんと黒田社長。


 名目上の役員もいました。


「そういう会社で、取締役会が形だけになってしまうと……」


 私は言葉を止めました。


 取締役会議事録。


 出席していない取締役の名前。


 決定内容を十分に理解していない役員。


 そして。


 社長が一人で決めたことを、後から追認するような形だけの会議。


「危ないですね……」


「だから議事録を見るんだ」


 相馬先輩が言いました。


「会議を開いたか」


「はい」


「招集手続はどうだったか」


「はい」


「誰が出席したか」


「はい」


「何を決議したか」


「はい!」


 私は大きく頷きました。


 昭和の商法では、新株発行について、取締役会が重要な決定を行う仕組みが採られていました。


 しかし。


 取締役会で決めたという形式だけで、すべてが適法になるわけではありません。


 株主以外の者に特に有利な価額で新株を発行する場合などには、株主総会の特別決議が必要となることがあります。


 そのほかにも、法令や定款に従った手続を踏まなければなりません。


「つまり」


 私は書きました。


 ――昭和六十三年は商法による新株発行。現代の会社法第二百二条を、そのまま適用してはいけない。


「そのとおり」


 片桐所長が頷きました。


「法律は、その時代に効力のあるものを使え」


「はい!」


「未来の制度が便利だからといって、過去に持ち込むな」


 ……所長。


 未来という言葉、妙に刺さります。


 でも。


 本当に大事なことです。


 法律の根本的な目的が似ていても。


 条文番号。


 決定機関。


 必要な決議。


 手続の例外。


 こうした部分は、時代によって違うことがあるのです。


「じゃあ所長」


 私は尋ねました。


「どうして現代では、会社法が独立したんですか?」


 相馬先輩が苦笑しました。


「また未来の話か」


「今回だけは教えてください!」


 所長は静かに帳簿を閉じました。


「会社の形も、経済も、変わっていくからだろうな」


「会社の形……」


「昔の株式会社は、多くの出資者や役員を前提に、厳格な仕組みを置いていた」


「はい」


「だが、小さな会社まで、いつまでも同じ重さの制度で縛る必要があるとは限らん」


 私は頷きました。


 昭和六十三年。


 株式会社は、設立時に七人以上の発起人が必要でした。


 取締役も三人以上。


 監査役も必要。


 そして当時は、現在の合同会社という会社形態も存在しません。


 一方、現代。


 会社法は、平成十七年に成立し、平成十八年に施行されました。


 それまで商法や有限会社法などに分かれていた会社関係の規定を整理し、会社の実態に応じた柔軟な制度が整えられたのです。


 株式会社は、発起人一人から設立できる。


 取締役会を置かない株式会社なら、取締役一人でもよい。


 法定の最低資本金制度も撤廃され、資本金一円で設立することも可能になった。


 ただし、設立手続や事業の運営に必要な費用が、一円で済むという意味ではありません。


 そして。


 合同会社という新たな会社形態も登場しました。


「すごいですよね……」


 私は呟きました。


「会社を作るために、とりあえず七人集める必要がなくなるんです」


「そんなに簡単にして大丈夫なのか?」


 相馬先輩が尋ねました。


「そこが重要なんです!」


 私は続けました。


「会社を作りやすくすることと、好き勝手に運営していいことは違います!」


「ほう」


「設立のハードルは下がっても、株主や債権者を守るルールは必要です!」


 私はノートに書きました。


 会社設立の簡略化。


 会社機関の柔軟化。


 株式発行手続の整理。


 株主・債権者保護。


「現代の会社法は、ただ規制を緩めただけではないんですね」


「そうだな」


「会社の実態に応じて、必要なルールを整理したんです」


 私は少し考えました。


 昭和の会社には、昭和の事情があった。


 現代の会社には、現代の事情がある。


 しかし。


 どちらの時代でも、変わらないものがあります。


 会社を経営する人間の欲望。


 お金を集めたいという思い。


 経営権を守りたいという思い。


 そして。


 自分の財産や権利を、不当に奪われたくないという株主の思い。


 法律は、制度を変えながら。


 そうした人間の利害を調整し続けているのです。


「でも先輩」


「何だ」


「そもそも、社長が第三者割当で会社を乗っ取ろうとしたら、どうやって止めるんでしょう?」


「村瀬さんの事件を思い出せ」


「はい!」


 私はノートに、三つの言葉を書きました。


 発行目的。


 発行価額。


 決定手続。


「まず、発行目的です」


 会社が本当に資金を必要としているのか。


 設備投資のためなのか。


 運転資金のためなのか。


 それとも。


 特定の株主の議決権比率を下げることが、主な狙いなのか。


「黒田社長は、設備投資が必要だと言っていました」


「そうだ」


「でも、実際には社長の息子の会社だけに二千株を渡そうとしていた」


「うん」


「それによって、親子で約八十三・三パーセントの議決権を支配しようとしていた」


 私は頷きました。


 発行の必要性と、割当先の選定理由。


 そこが重要です。


「次に、発行価額」


 私は書きました。


 一株五千円。


 東浜精機の一株当たりの純資産額。


 約六万円。


「大きな差がありましたね」


「ああ」


「ただし、純資産額が六万円だから、五千円で発行することが直ちに違法になるわけではない」


「そうだ」


 相馬先輩が頷きました。


「株式の価値は、純資産額だけで決まるもんじゃねえ」


「はい!」


 会社の収益力。


 将来の事業見通し。


 財務状況。


 株式の譲渡制限。


 その他の事情。


 それらを踏まえて、発行価額が合理的かどうかを判断する必要があります。


「でも、根拠も示さずに安い価額で親族会社に発行するなら、問題になりますよね」


「そうだ」


「そして三つ目が、決定手続です!」


 私は取締役会議事録の写しを思い出しました。


 そこにあった、村瀬さんの名前。


 実際には出席していないのに。


 出席したことになっていた。


「取締役会で本当に適法な決議が行われたのか」


「うん」


「必要な株主総会の決議があったのか」


「うん」


「定款の定めに従っていたのか」


 私は鉛筆を置きました。


「所長」


「何だ」


「結局、定款と議事録って、ものすごく重要なんですね」


「そうだ」


「会社の内輪の書類だと思ってました」


 所長は首を振りました。


「内輪の書類だからこそ、重要なんだ」


「え?」


「外から見えない意思決定を、後から確認できるようにする」


 私は息を呑みました。


 なるほど。


 定款。


 会社の基本ルール。


 議事録。


 会社が何を、どのような手続で決めたかを残す記録。


 それがなければ。


 社長の一言だけで、すべてが決まったことにされてしまう。


「所長!」


「何だ」


「書面って、会社の中の弱い立場の人を守る役割もあるんですね!」


 所長が静かに頷きました。


「そうだ」


「だからこそ、行政書士が事実に合った書類を作る意味があるんですね」


「そのとおりだ」


 私は少し胸が熱くなりました。


 会社の世界。


 金額が大きい。


 株式が動く。


 議決権が動く。


 経営権が動く。


 でも。


 その重要な意思決定が。


 たった数枚の書類に記録されている。


 そして、その書類を正確に整えることが。


 会社を守る第一歩になるのです。


 窓の外は、すっかり夕暮れになっていました。


 私は、ここまでのノートを見直しました。


 株主割当。


 第三者割当。


 決定機関。


 定款。


 昭和の商法。


 現代の会社法。


 ようやく、頭の中でつながってきました。


「所長!」


「何だ」


「最後に確認問題をお願いします!」


「いいだろう」


 片桐所長は、少し考えました。


「株主割当とは何だ」


「既存株主に、その持株数に応じて募集株式の割当てを受ける権利を与える方法です!」


「株主割当なら、必ず持株比率が維持されるか」


「いいえ! 株主が引き受けない場合などには、持株比率が変わることがあります!」


「第三者割当とは」


「特定の者に株式を割り当てる方法です!」


「第三者割当は、すべて違法か」


「違います! 適法な資金調達方法です!」


「第三者割当の危険は?」


「既存株主の持株比率が希薄化し、会社の支配関係が変わることです!」


 所長が頷きました。


「では、現代の会社法第二百二条で、株主割当の募集事項などを定める場合、原則となる決定機関は」


「株主総会です!」


「定款に取締役の決定による旨の定めがあり、取締役会を設置していない会社なら」


「取締役の決定です!」


「定款に取締役会決議による旨の定めがあり、取締役会設置会社なら」


「取締役会の決議です!」


「公開会社なら」


「取締役会の決議です!」


「株主割当について、株主総会で決議する場合、原則として普通決議か特別決議か」


「普通決議です!」


 私は得意になりました。


 完璧。


 そう思った瞬間。


「では、昭和六十三年の会社法第二百二条は?」


 ……。


 私は止まりました。


 相馬先輩が、にやりと笑いました。


「さあ、どうした?」


 私は胸を張りました。


「存在しません!」


「正解」


「昭和六十三年の株式会社は、商法第二編の規定を確認します!」


「よし」


「現代の会社法は、平成十八年施行です!」


「そうだ」


「そして、昭和六十三年の株式会社設立には、発起人七人以上、取締役三人以上、監査役一人以上が必要です!」


 相馬先輩が笑いました。


「よく覚えたな」


「もちろんです!」


 私は大きく頷きました。


 でも。


 まだ一つ、気になることがありました。


「先輩」


「何だ」


「黒田社長が、もし本当に設備投資のためだけに第三者割当をしていたら、どうなっていたんでしょう?」


「適正な発行条件で、必要な手続を踏んでいたなら、話は違っていただろうな」


「やっぱり……」


「第三者割当だから悪いわけじゃねえ」


「はい」


「株主割当だから、絶対に正しいわけでもねえ」


 相馬先輩は静かに言いました。


「大事なのは、会社のためにやってるのか。それとも、社長個人の都合で他人の権利を奪おうとしてるのか。そこを見極めることだ」


 私は深く頷きました。


 法律は、形式だけで判断するものではありません。


 株主割当。


 第三者割当。


 どちらも正当な制度です。


 でも。


 その制度をどう使うのか。


 そこに、人間の欲望が入り込みます。


 黒田社長は、新株発行という資金調達の仕組みを、経営権を強化するために利用しようとしていました。


 一方。


 村瀬さんは、適法な資金調達そのものには反対していませんでした。


 会社を守りたかった。


 従業員を守りたかった。


 長年積み上げてきたものを、一方的に奪われたくなかった。


 だからこそ。


 株主割当という別の方法を検討したのです。


「所長」


「何だ」


「会社法って、株主同士を喧嘩させるための法律じゃないんですね」


 片桐所長は、静かに頷きました。


「そうだ」


「会社がきちんと資金を集めながら、株主の権利も守る。そのためのルールなんですね」


「そういうことだ」


 私は、ノートの最後のページを開きました。


 ここに。


 今日の一行を書きます。


 鉛筆の先を整えて。


 ゆっくり。


 ――株主割当は「既存株主に比例して機会を与える」、第三者割当は「特定の相手に渡す」。決める機関は、会社の形態・定款・適用法で確認する。


「……できました!」


 私はノートを掲げました。


「どうですか!」


 相馬先輩が覗き込みました。


「長えな」


「ええっ!」


「一行に詰め込みすぎだろ」


「でも全部大事なんです!」


「試験の答案にするつもりか?」


「覚え書きです!」


 私は頬を膨らませました。


 すると、所長が静かに言いました。


「悪くない」


「本当ですか!」


「ああ」


 私は嬉しくなりました。


 今日の一行。


 少し長いけれど。


 たぶん、忘れません。


 あの東浜精機の事件を思い出せばいい。


 社長の息子の会社に、新株二千株。


 四十パーセントだった村瀬さんの持株比率は、約十三・三パーセントへ。


 ところが。


 定款。


 取締役会議事録。


 発行価額。


 株主総会の決議。


 そうした手続を一つずつ確認すると、社長の計画には見過ごせない問題がありました。


 そして。


 適法な資金調達の方法として、株主割当という別の選択肢もあった。


 だからこそ。


 新株発行は、ただ株式を増やすだけの話ではない。


 会社の未来を誰が決めるのか。


 その力関係を動かす行為なのです。


「さて」


 相馬先輩が新聞を畳みました。


「勉強会は終わりだな」


「はい!」


「じゃあ、机を片付けろ」


「分かりました!」


 私はノートを閉じました。


 そのとき。


 ふと思いつきました。


「先輩」


「何だ」


「もし、この事務所が株式会社だったらどうなります?」


「は?」


「所長が五十パーセント、先輩が四十パーセント、私が十パーセント持っているとします!」


「何でお前が株主なんだ」


「例え話です!」


「で?」


「所長が私に大量の新株を第三者割当してくれたら……」


 私はにやりとしました。


「私が筆頭株主になれるかもしれません!」


 相馬先輩が、ぴたりと止まりました。


「……お前」


「はい!」


「何を企んでる」


「経営改革です!」


「やかましい!」


 私は笑いました。


「まず、事務所の掃除当番を見直します!」


「そんなことのために増資するな!」


「それから、お茶当番も!」


「くだらねえ!」


 そこで。


 片桐所長が、静かに口を開きました。


「こはる」


「はい!」


「この事務所は、株式会社ではない」


「……はい」


「株式もない」


「……はい」


「だから、新株発行もできん」


「……ですよね」


 相馬先輩が大笑いしました。


「残念だったな!」


「法律上の壁が高すぎます!」


「当たり前だ!」


 私は肩を落としました。


 なるほど。


 そもそも株式会社でなければ、株式会社の新株発行の制度は使えません。


 これは、試験以前の問題でした。


「じゃあ所長!」


「何だ」


「もし将来、この事務所を株式会社にするとしたら……」


「しない」


「早い!」


「仕事をしろ」


「はい……」


 相馬先輩が笑いながら、私の前に書類の束を置きました。


「ほら。議事録の原案を整理しろ」


「また議事録ですか!」


「ああ」


「今度は何の会社です?」


「小さな運送会社だ」


「株式発行ですか?」


「いや。取締役の選任だ」


 私は手を止めました。


 取締役の選任。


 会社の機関。


 株主総会。


 取締役会。


 またしても、商法の出番です。


「先輩」


「何だ」


「会社って、面倒ですね」


「そうだな」


「でも、面白いですね」


「……まあな」


 私は思わず笑いました。


 窓の外。


 夕暮れの町に、工場の明かりが灯っています。


 そのどこかで。


 村瀬さんは今日も、工作機械を動かしているのでしょう。


 二十年間、守り続けてきた会社で。


 同じ工場の仲間たちと。


 新しい仕事に向かっている。


 株主割当。


 第三者割当。


 決定機関。


 定款。


 商法。


 会社法。


 言葉は硬い。


 条文も複雑。


 原則と例外も多い。


 でも。


 その一つひとつを理解できれば、守れるものがあります。


 長年会社を育ててきた株主の権利。


 真面目に働く従業員の生活。


 そして。


 会社が、社長一人の欲望で動かされないための仕組み。


 私はノートの最後の一行を、もう一度読みました。


 ――株主割当は「既存株主に比例して機会を与える」、第三者割当は「特定の相手に渡す」。決める機関は、会社の形態・定款・適用法で確認する。


 よし。


 これなら、試験でも間違えません。


「こはる!」


 相馬先輩の声が飛びました。


「はい!」


「ノート見てねえで、仕事しろ!」


「今、重要な学習内容を確認してたんです!」


「確認は後だ!」


「先輩!」


「何だ!」


「私、株主割当と第三者割当の違い、完全に理解しました!」


「そうか!」


「だから、次に会社を作るときは、絶対に持株比率を守ります!」


「まず会社を作ってから言え!」


「その前に発起人を七人集めないと!」


「そうだ!」


「取締役も三人!」


「そうだ!」


「監査役も一人!」


「分かってるじゃねえか!」


 私は笑いました。


 昭和六十三年。


 株式会社を作るのは、まだまだ大変です。


 でも。


 その面倒な制度の中にも。


 会社を守るための理由がある。


 そして、時代が進めば。


 法律は、会社を作りやすくしながら、株主を守る仕組みも整えていく。


 私は最後に、もう一度だけノートを開きました。


 そこには。


 村瀬さんの四十パーセントが、十三・三パーセントになる計算が残っています。


 私は、その数字を指でなぞりました。


 一株も売っていないのに。


 これほど大きく、立場が変わってしまう。


 だからこそ。


 新株発行を考えるときには、必ず確認しなければなりません。


 誰に割り当てるのか。


 いくらで発行するのか。


 誰が決めるのか。


 そして。


 その決定は、誰の利益のためなのか。


 だって。


 株式を増やすということは。


 会社のお金を増やすだけではありません。


 会社の未来を決める力を、誰に持たせるのか。


 その配分を変えることでもあるのです。


 私はノートを閉じました。


 今日の勉強は、これで終わり。


 ただし。


 会社の法律を学ぶ日々は、まだまだ続きそうです。


 何しろ。


 昭和の商法は、現代の会社法よりもずっと分厚い壁を、私の前に立ちはだからせるのですから。


「先輩!」


「今度は何だ!」


「やっぱり、未来の会社法って便利ですね!」


「だから、何の未来だよ!」


 ……。


 しまった。


 最後の最後で。


 また、転生者の秘密を口走りかけてしまいました。

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