[会社法・株主割当と第三者割当]現場編 「新株を発行すれば会社は俺のもの」の罠。持株比率を奪うワンマン社長と、定款に隠された反撃の一行
株を増やせば、会社のお金は増える。
でも。
誰にその株を渡すかによっては。
会社の持ち主まで、変わってしまうのです。
たとえば。
あなたが会社の株式を四割持っているとします。
ところが社長が、あなたに黙って大量の新株を発行したら。
しかも、その株を全部、自分の息のかかった人物に渡したら。
あなたの四割は、いつの間にか二割以下になっているかもしれません。
会社にお金を入れるための増資。
その仕組みが。
会社を乗っ取るための武器になる。
昭和六十三年。
片桐行政書士事務所。
その日、私は初めて知ることになります。
株主割当。
第三者割当。
たった二つの言葉の違いが。
真面目に会社を育ててきた人間の人生を、根こそぎ変えてしまうことを。
「私の会社が、他人のものになってしまうんです」
朝九時。
事務所に飛び込んできた男性は、そう言いました。
「……会社が?」
私は相談票を手に取りました。
男性の名前は、村瀬隆一さん。
四十七歳。
町の金属加工会社、東浜精機株式会社の専務取締役です。
油の染みた作業服。
ひび割れた指先。
明らかに、机より工場にいる時間のほうが長い人でした。
「私が二十年かけて育てた会社なんです」
村瀬さんは膝の上で拳を握りました。
「なのに社長が、会社を乗っ取ろうとしている」
「乗っ取り……?」
私は思わず聞き返しました。
「社長が、自分の会社を乗っ取るんですか?」
「正確には、私たち少数株主の力を奪おうとしているんです」
村瀬さんは封筒を取り出しました。
中には、会社の株主名簿の写し。
そして一枚の通知書。
私はまず、株主名簿を確認しました。
東浜精機株式会社。
発行済株式総数。
一千株。
株主構成。
代表取締役・黒田重蔵。
五百株。
五十パーセント。
専務取締役・村瀬隆一。
四百株。
四十パーセント。
その他の株主。
百株。
十パーセント。
「なるほど……」
社長が半分。
村瀬さんが四割。
残り一割は、設立時から協力してきた親族などが保有しているそうです。
「社長の黒田さんとは、どういう関係なんですか?」
「創業仲間です」
村瀬さんは答えました。
「二十年前、二人で町工場を始めました。私は技術を担当し、黒田は営業と資金繰りを担当したんです」
「いい組み合わせですね」
「昔は、そうでした」
その言い方が気になりました。
「今は?」
「黒田が、会社を自分の財布だと思うようになったんです」
あ。
嫌な予感。
「会社の金で高級車を買う。親戚の会社に仕事を回す。私が経理資料を見せろと言っても、経理担当者を怒鳴って追い返す」
「それは……」
「そして今度は、これです」
村瀬さんは通知書を指差しました。
そこには。
――新株発行に関するお知らせ。
と書かれていました。
発行予定株式数。
二千株。
発行予定価額。
一株五千円。
割当予定先。
黒田商事株式会社。
私は目を見開きました。
「……二千株?」
「はい」
「今の発行済株式は、一千株ですよね?」
「そうです」
「それなのに、新しく二千株?」
「そうなんです」
私は慌てて計算しました。
現在の発行済株式。
一千株。
新株発行。
二千株。
合計。
三千株。
村瀬さんの持株は四百株のまま。
つまり。
四百割る三千。
約十三・三パーセント。
「えっ……!」
私は思わず声を上げました。
「四十パーセントが、十三パーセントに!?」
「そうです」
村瀬さんの声が震えました。
「私は何も売っていない。株を一株も手放していない。それなのに、持株比率が三分の一になってしまう」
さらに問題なのが、割当先でした。
「黒田商事株式会社って……」
「社長の息子が経営する会社です」
……。
なるほど。
つながりました。
社長自身の五百株。
息子の会社が取得する二千株。
合わせれば二千五百株。
三千株のうち。
約八十三・三パーセント。
親子の支配下に入る計算です。
「これでは、社長側だけで会社の重要事項を決められるようになってしまいますね……」
「そうなんです!」
村瀬さんが身を乗り出しました。
「今までは、私が反対すれば、黒田も何でも自由に決められるわけではありませんでした」
私は頷きました。
株式会社。
株主総会。
議決権。
通常、議決権の数は保有する株式数に結びついています。
定款変更など、特別決議が必要となる重要事項では、所定の多数の賛成が必要になる。
村瀬さんの四十パーセントは、大きな意味を持っていたのです。
ところが。
新株を社長の息子の会社に集中させれば。
その力関係が崩れる。
「村瀬さん」
「はい」
「この新株発行は、もう終わっているんですか?」
「いいえ。来月の予定です」
「それなら、まだ……!」
私は立ち上がりました。
この仕組み。
知っています。
行政書士試験で勉強しました。
募集株式の発行。
株主割当。
第三者割当。
そして。
株主の持株比率を守るための制度。
「村瀬さん、大丈夫です!」
私は勢いよく言いました。
「株主割当なら、既存株主に持株数に応じた割当てを受ける権利が与えられます!」
「株主割当?」
「はい!」
私は紙に図を書き始めました。
「今の株主構成が五十パーセント、四十パーセント、十パーセントなら、新株もその割合で割り当てるんです!」
発行する新株。
二千株。
黒田社長。
千株。
村瀬さん。
八百株。
その他の株主。
二百株。
「全員が割当てを受けて引き受ければ、持株比率は変わりません!」
村瀬さんの顔が明るくなりました。
「そんな方法があるんですか!」
「あります!」
よし。
現代会社法の知識。
役に立ちました。
「しかも、非公開会社なら募集株式の発行について株主総会の決議が原則ですし、定款によって決定機関が変わる場合もあります!」
そこまで言った瞬間。
「待て」
相馬先輩の声が飛びました。
「はい?」
「今、お前、何法の話をしてる?」
「会社法です!」
「……会社法?」
「はい!」
先輩の眉間に皺が寄りました。
「こはる」
「はい」
「会社法っていう独立した法律は、今はねえぞ」
……。
あ。
しまった。
またです。
未来の法律。
昭和六十三年。
会社法という単独の法律は、まだ存在しません。
会社に関する規定は、商法第二編や有限会社法などに分かれています。
「そ、そうでした!」
「お前、また妙な本でも読んだのか?」
「未来……じゃなくて、法律の勉強で!」
「何だそれ」
私は慌てて取り繕いました。
「とにかく、株主割当という考え方はありますよね!」
「そりゃある」
「ですよね!」
「だが、今お前が言った決定機関の話は、そのまま使えねえ」
「え?」
相馬先輩は棚から分厚い商法の六法を取り出しました。
「昭和六十三年の新株発行は、基本的に取締役会が重要な事項を決定する仕組みだ」
「取締役会……」
「株主割当も第三者割当も、現代の会社法の条文をそのまま当てはめるな」
私は口を閉じました。
なるほど。
現代では、株式譲渡制限会社かどうか。
取締役会があるかどうか。
定款で決定権限をどう定めているか。
それによって決定機関が変わります。
でも、昭和六十三年の商法を使うなら、その時代の規律を確認しなければならない。
「それと」
先輩が続けました。
「株主割当なら絶対安全、というわけでもねえ」
「え?」
「割当てを受けても、株主が申し込まなければどうなる?」
「あ……」
私は計算用紙を見ました。
村瀬さんへの割当予定。
八百株。
一株五千円。
必要なお金。
四百万円。
「四百万円……」
「その金を用意できなければ、全部は引き受けられねえだろ」
「はい……」
「株主割当は、株主の比率を必ず維持してやる魔法じゃねえ」
先輩が言いました。
「既存株主に、持株数に応じて引き受ける機会を与える仕組みだ」
なるほど。
私は頷きました。
でも。
それなら、なおさら。
今回はおかしい。
村瀬さんには、その機会すら与えられていないのです。
「先輩」
「何だ」
「今回は、株主割当じゃありませんよね」
「ああ」
「第三者割当です」
「そうだ」
「しかも、社長の息子の会社に全部渡そうとしている」
相馬先輩が頷きました。
「そこを調べるぞ」
片桐所長が、ようやく口を開きました。
「村瀬さん」
「はい」
「定款と、今回の取締役会議事録はありますか」
「定款は持ってきました。議事録は……これです」
村瀬さんがもう一枚の紙を差し出しました。
所長は黙って読み始めました。
そして。
ある一行で、指を止めました。
「……相馬」
「はい」
「ここだ」
その声は、小さかったのですが。
妙に鋭く聞こえました。
午後。
私たちは村瀬さんから、さらに詳しい事情を聞きました。
東浜精機株式会社。
設立時の発起人は七人。
取締役は三人。
監査役も一人。
昭和の株式会社らしい構成です。
「七人も発起人が必要だったんですよね……」
私は呟きました。
「そうだ」
相馬先輩が答えました。
「今じゃ一人で作れるなんて、夢みてえなこと考えるなよ」
「……はい」
本当に、未来では一人で作れるんですけど。
もちろん黙っておきました。
設立当初。
村瀬さんと黒田社長は、必要な発起人を集めるため、親族や知人にも協力を頼んでいました。
そのうち数人は、経営にはほとんど関わっていません。
名前だけの役員もいたそうです。
「この時代の会社って、頭数を揃えるのが大変だったんですね」
「だからこそ」
片桐所長が言いました。
「誰が本当に意思決定をしたのか、議事録が大事になる」
「はい」
所長は取締役会議事録を机に広げました。
昭和六十三年某月某日。
東浜精機株式会社。
臨時取締役会。
議題。
新株二千株の発行について。
出席取締役。
黒田重蔵。
黒田の義弟である取締役。
もう一人の取締役。
村瀬隆一。
私は首をかしげました。
「四人?」
「設立後、取締役を増員したんだ」
相馬先輩が答えました。
「なるほど」
ただし。
村瀬さんは、この取締役会に出席していません。
「え?」
私は顔を上げました。
「でも、議事録には出席って……」
「その日、私は工場にいました」
村瀬さんが言いました。
「新しい工作機械の据付けで、朝から夕方まで立ち会っていたんです」
「じゃあ……」
「出席なんかしていません」
私は議事録を見ました。
出席取締役。
村瀬隆一。
しかし。
その名前の横には、本人の印鑑も署名もありません。
「これ……」
私が言いかけると、相馬先輩が手を上げました。
「待て。印鑑がないから、それだけで議事録が無効だと決めつけるな」
「あ、はい」
「まず、本当に会議があったのか。誰が出席したのか。招集手続はどうだったのか。そこを調べる」
「はい!」
所長は定款を開きました。
古い紙。
タイプ打ちの文字。
会社設立から何度か変更された形跡があります。
私は思いました。
定款。
会社の憲法ともいわれる基本規則。
社長が偉そうにしていても。
会社の手続きは、定款と商法に従わなければならない。
そして。
所長の指が止まったのは、定款の後半でした。
――新株の発行に関する事項は、法令及び取締役会の決議に従い定めるものとする。
「ここですか?」
「いや」
所長は首を振りました。
「その次だ」
私は視線を下げました。
そこには、こう書かれていました。
――会社の重要な資本政策については、取締役会において十分な審議を行い、関係法令に従って決定する。
「……普通のことでは?」
「そうだ」
所長が頷きました。
「普通のことを、普通にやっていない」
私は息を呑みました。
そのとき。
相馬先輩が別の書類を取り出しました。
村瀬さんから預かった、黒田商事株式会社の会社案内。
「こはる」
「はい」
「黒田商事の資本金、見てみろ」
私は目を落としました。
資本金。
二百万円。
「二百万円ですね」
「じゃあ、今回引き受ける株式の代金は?」
「二千株、五千円だから……一千万円です」
「どこから出る?」
「……え?」
私は止まりました。
資本金二百万円の会社が、一千万円を払う。
もちろん、資本金より大きな資金を動かすこと自体は珍しくありません。
借入金や売上収入があれば可能です。
でも。
黒田商事の実態は、小規模な営業会社。
しかも、設立からまだ二年。
村瀬さんによれば、最近はほとんど仕事がないというのです。
「先輩」
「何だ」
「本当に一千万円、払い込めるんでしょうか」
「そこも確認が必要だ」
所長が静かに言いました。
「もう一つ。発行価額の根拠もだ」
「一株五千円……」
「東浜精機の今の価値は、いくらだ」
村瀬さんが答えました。
「昨年度の決算では純資産が六千万円ほどあります。借入金を差し引いた数字です」
私は計算しました。
発行済株式。
一千株。
純資産。
六千万円。
一株当たりの純資産額は。
六万円。
「ろ、六万円!?」
私は思わず声を上げました。
「それなのに、新株の発行価額が五千円!?」
相馬先輩が低い声で言いました。
「一株当たりの純資産額だけで、発行価額が不公正だと即断はできねえ」
「はい」
「だが、これだけ開きがあるなら、説明を求めるだけの理由は十分だ」
なるほど。
会社の価値。
新株の発行価額。
誰に割り当てるのか。
全部がつながっている。
私はようやく理解し始めました。
今回の新株発行。
単に資金調達が必要だから、という話ではないかもしれません。
安い価額で。
大量の新株を。
社長の息子の会社へ。
そして、村瀬さんの議決権を薄める。
それが、本当の狙いだとしたら。
「所長」
「何だ」
「これ、資金調達の形をした会社乗っ取りじゃありませんか?」
所長は、しばらく黙っていました。
そして。
「その疑いがある」
短く答えました。
翌日。
黒田重蔵社長が事務所を訪れました。
こちらから代理交渉を持ちかけたわけではありません。
村瀬さんが資料の確認を求めたことを知り、黒田社長のほうから押しかけてきたのです。
「おい!」
玄関から怒鳴り声が響きました。
「片桐ってのはどいつだ!」
私は顔を上げました。
高級そうな背広。
金色の腕時計。
大きな指輪。
五十代半ばの男性が立っていました。
「私ですが」
片桐所長が静かに言いました。
「お前か。村瀬に余計な知恵をつけてるのは!」
「当事務所は、依頼された書類の確認をしています」
「ふん」
黒田社長は鼻で笑いました。
「行政書士だろ? 弁護士でもねえくせに」
……。
また来ました。
この台詞。
どうして悪い社長というのは、行政書士を舐めるところから始めるのでしょうか。
「増資の件か?」
黒田社長が言いました。
「はい。事実関係を確認しています」
「だったら教えてやる」
社長は胸を張りました。
「会社に金が必要なんだよ」
「そうですか」
「新しい設備を買う。そのための増資だ」
私は質問しました。
「では、なぜ既存株主への株主割当ではなく、黒田商事への第三者割当にしたんですか?」
黒田社長は私を見ました。
「何だ、お嬢ちゃん」
「朝比奈こはるです」
「株主割当なんて面倒なことをする必要があるか?」
「……」
「会社に金を出してくれる奴がいれば、それでいいだろ」
私は唇を噛みました。
「でも、第三者割当で村瀬さんの持株比率が大きく下がります」
「だから何だ?」
黒田社長は笑いました。
「村瀬には四百株ある。それは変わらん」
「株数は変わらなくても、議決権の割合が変わります!」
「当たり前だ。株が増えるんだからな」
……この人。
分かっていてやっています。
「しかも、割当先は息子さんの会社ですよね」
「親子で会社を助けて何が悪い!」
黒田社長は机を叩きました。
「俺が社長なんだ!」
大きな声。
「会社を作ったのも俺だ!」
さらに大きな声。
「会社の金も、株も、俺が決める!」
私は思わず立ち上がりそうになりました。
しかし。
「座れ」
相馬先輩が小さく言いました。
「……はい」
私は椅子に戻りました。
先輩は黒田社長を見ました。
「社長」
「あ?」
「会社の金は、あんた個人の金じゃねえ」
「何だと?」
「株式会社には法人格がある。会社の財産と社長個人の財産は別だ」
「そんなことは知ってる!」
「なら話は早い」
相馬先輩は低い声で続けました。
「会社のために増資するなら、会社のためだと説明できる書類を揃えてください」
黒田社長の目が細くなりました。
「書類?」
「取締役会議事録。新株の発行価額を決めた資料。割当先の資金計画。設備投資の見積書」
「そんなもの、いちいち……」
「それから」
先輩は一枚の議事録を机に置きました。
「この取締役会、本当に開いたんですか?」
黒田社長の表情が止まりました。
「……何?」
「村瀬さんが出席したことになっています」
「それがどうした」
「本人は、その時刻には工場にいたと言っています」
「記憶違いだろ!」
社長は即答しました。
でも。
声が少し上ずっています。
「取締役会に出たか出てねえか、そんな細かいことを……!」
相馬先輩の目が鋭くなりました。
「細かい?」
「そうだ!」
「株主の持株比率を大きく変える新株発行の決議だぞ」
「……」
「その議事録に、出席していない取締役の名前が書いてある」
先輩は言いました。
「これを細かい話で済ませるつもりか」
黒田社長は黙りました。
そして。
「俺が法律だ!」
怒鳴ったのです。
私は思いました。
出ました。
本日の名言。
法律を知らない経営者が、最後に頼る魔法の言葉です。
もちろん。
何の法的効力もありません。
「黒田社長」
片桐所長が静かに口を開きました。
「私たちは、ここで法的紛争の代理交渉はいたしません」
「……何?」
「必要な書面は、ご本人の意思に基づいて作成します。争いになれば、弁護士が対応することになります」
所長は議事録を揃えました。
「ですから、まず事実を確認させていただきたい」
そして。
「その取締役会に、誰が出席したのか」
黒田社長の顔が、わずかに引きつりました。
「それから、株式の発行価額を何に基づいて五千円と決めたのか」
「……」
「第三者にその価額で新株を発行することについて、株主総会の特別決議が必要かどうか、確認されましたか」
黒田社長は返事をしません。
所長が続けました。
「商法は、社長が気に入った相手に、好きな値段で株式を渡してよいとは定めていません」
沈黙。
数秒後。
「……勝手にしろ!」
黒田社長は立ち上がりました。
「裁判でも何でもやればいい!」
そして。
乱暴に扉を閉めて出ていきました。
私は思わず息を吐きました。
「所長!」
「何だ」
「めちゃくちゃ怒ってましたね!」
「ああ」
「これからどうするんですか?」
片桐所長は、机に残された取締役会議事録を見ました。
「相馬」
「はい」
「まず、資料を固める」
「了解です」
「こはる」
「はい!」
「内容証明の原案を作れ」
来ました。
昭和の代書屋。
反撃開始です。
事務所の机に、書類が積み上がりました。
会社の定款。
株主名簿。
取締役会議事録。
決算書。
新株発行通知書。
工場の作業日報。
そして、設備投資の見積書。
「え?」
私は見積書を見て驚きました。
「先輩、設備投資って、三百万円なんですか?」
「そうだ」
「でも、増資は一千万円ですよね?」
「ああ」
「差額の七百万円は?」
「そこを説明させる必要がある」
なるほど。
設備投資に必要な金額。
発行する株式数。
発行価額。
割当先。
それぞれに合理的な説明があるのか。
単に金額が一致しないから違法とは限りません。
運転資金や予備資金が必要なこともあります。
でも。
説明がないまま、大量の新株を社長の親族会社に渡す。
疑問を持たれて当然です。
「所長、第三者割当って、そもそも悪いことなんですか?」
私は尋ねました。
「いや」
所長は即答しました。
「資金調達に必要な方法だ」
「ですよね」
「既存株主だけでは資金を集められないとき、外部の投資家に新株を引き受けてもらうことはある」
「はい」
「問題は、何のために、誰に、どんな条件で発行するかだ」
私は頷きました。
株主割当。
既存株主に、持株数に応じて新株を引き受ける機会を与える。
第三者割当。
特定の外部投資家などに新株を割り当てる。
どちらも、資金調達の方法。
でも、第三者割当では、既存株主の持株比率が大きく下がることがある。
そして。
その影響を利用して。
経営権を動かすこともできるのです。
「よし」
私は鉛筆を握りました。
「まず、第三者割当の不当性を書きます!」
「待て」
相馬先輩が遮りました。
「はい?」
「第三者割当だから不当、じゃねえぞ」
「あ……」
「適法な第三者割当はいくらでもある」
「はい」
「今回の問題は、発行価額と目的、それに決定手続だ」
先輩は商法を開きました。
「特に有利な価額で、株主以外の者に新株を発行する場合は、株主総会の特別決議が問題になる」
「はい!」
「今回、会社はその決議をしているか?」
私は資料を確認しました。
臨時株主総会。
開催記録なし。
決議記録なし。
村瀬さんへの招集通知もなし。
「ありません!」
「なら、そこだ」
私は書きました。
――発行価額が特に有利な価額に該当する場合、当時の商法に基づく株主総会の特別決議が必要となる。
――現在確認できる資料には、当該決議が存在しない。
相馬先輩が頷きました。
「よし。ただし、五千円が特に有利な価額かどうかは、きちんと資料で検討する」
「はい」
「純資産額だけで即決するな」
「分かりました!」
私は続けました。
――本件新株発行は、既存株主の持株比率を大幅に低下させるものであり、その必要性及び発行条件の合理性について説明を求める。
さらに。
――取締役会議事録に記載された出席者と、実際の出席状況に重大な相違がある疑いがある。
私は顔を上げました。
「所長」
「何だ」
「これだけでも、十分怖いですね」
「まだだ」
「え?」
「目的を整理しろ」
所長が言いました。
「村瀬さんは、何を望んでいる」
私は相談票を見ました。
村瀬さんの言葉。
――会社を守りたい。
――株主としての権利を守りたい。
――工場と従業員の生活を守りたい。
「新株発行を止めたいんです」
「それだけか」
私は少し考えました。
「……違います」
所長がこちらを見ました。
「村瀬さんは、会社を潰したいわけじゃありません」
「そうだ」
「必要な資金調達まで妨害したいわけじゃない」
「うん」
「ただ、社長個人の都合で、会社を乗っ取られたくないんです」
所長が頷きました。
「なら、相手の違法性を指摘するだけでは足りない」
「……代案?」
「そうだ」
私は目を見開きました。
なるほど。
黒田社長は、
会社に金が必要だから第三者割当をする。
そう主張している。
ならば。
本当に資金が必要なら、株主割当という方法も検討できるはずです。
既存株主に、持株比率に応じて新株を引き受ける機会を与える。
全員が引き受ければ、現在の議決権比率を維持できる。
もちろん。
誰かが引き受けなければ比率は変わります。
資金を用意できない株主もいるでしょう。
でも。
少なくとも、最初から社長の息子の会社だけを選ぶ必要があるのか。
その説明を求めることはできます。
「先輩!」
「何だ」
「株主割当って、既存株主を守るための選択肢にもなるんですね!」
「そういうことだ」
「第三者割当は、外からお金を呼び込める。でも持株比率に影響する」
「ああ」
「だから、目的と手続を間違えると、資金調達が権力争いになる」
相馬先輩が、少しだけ笑いました。
「分かってきたじゃねえか」
やった。
褒められました。
たぶん。
「ただしな」
「はい」
「株主割当をしなかったことだけを理由に、今回の発行を違法だとは言えねえ」
「はい」
「昭和の商法の規定で、何が必要だったかを一つずつ確認するんだ」
私は頷きました。
未来の会社法。
昭和の商法。
目的は似ていても、手続の仕組みは同じではない。
そこを混同したら。
守れるはずの人を守れなくなるのです。
三時間後。
机の上には、内容証明郵便の原案がありました。
差出人。
村瀬隆一。
宛先。
東浜精機株式会社。
代表取締役。
黒田重蔵。
件名。
――新株発行計画に関する説明及び手続の再検討を求める通知書。
私は書面を読み上げました。
「第一。本件新株発行は、既存の発行済株式総数一千株に対し、新たに二千株を発行するものであり、通知人の持株比率を四十パーセントから約十三・三パーセントへ低下させる」
「うん」
「第二。割当予定先である黒田商事株式会社は、貴社代表取締役の子が経営する会社であり、当該割当てにより貴社の議決権構成に重大な変動が生じる」
「続けろ」
「第三。本件新株の発行価額は一株五千円とされているが、その価額の算定根拠は通知人に示されていない」
相馬先輩が頷きました。
「第四。本件発行価額が株主以外の者に対する特に有利な発行価額に該当する場合には、商法所定の株主総会の特別決議が必要となるところ、通知人は当該決議の存在を確認できていない」
「よし」
「第五。本件新株発行に関する取締役会議事録には、通知人が出席した旨の記載があるが、通知人は当該取締役会に出席した事実がない」
私は息を吸いました。
「第六。以上の事情に照らし、本件新株発行の必要性、発行価額の算定根拠、割当先選定の合理性及び決定手続の適法性について、書面による説明を求める」
そして最後。
「第七。通知人は、適法かつ合理的な資金調達に反対するものではなく、既存株主に対する株主割当その他の方法を含め、資金調達方法の再検討を求める」
読み終えました。
事務所が静かになります。
私は片桐所長を見ました。
「……どうでしょうか」
所長は原案を読みました。
そして。
「最後に、一つ加えろ」
「はい!」
「必要に応じて弁護士に相談し、新株発行差止めその他の法的措置を検討する、と」
「はい!」
私は書き加えました。
もちろん。
行政書士が裁判所に差止めを申し立てるわけではありません。
紛争の代理人として交渉することもできません。
しかし、依頼人の意思に基づく通知書を作り、事実と法的な問題点を整理することはできます。
訴訟や仮処分が必要なら、弁護士に引き継ぐ。
そして、取り返しのつかない新株発行が行われる前に、必要な対応を検討してもらう。
そのための書面です。
「所長」
「何だ」
「これ、本当に怖いですね」
「そうか」
「だって、黒田社長が反論するには……」
私は指を折りました。
なぜ二千株なのか。
なぜ一株五千円なのか。
なぜ息子の会社なのか。
なぜ株主割当ではないのか。
なぜ村瀬さんが出席したことになっているのか。
そして。
特に有利な発行価額だった場合、なぜ株主総会の特別決議をしていないのか。
「全部、説明しなきゃいけません」
「そうだ」
片桐所長が静かに言いました。
「強い書面というのは、相手を罵る書面じゃない」
「はい」
「相手が説明できない事実を、正確に並べた書面だ」
私は深く頷きました。
こうして。
村瀬さんの意思を確認し、署名押印を受けた通知書が完成しました。
内容証明郵便。
昭和の代書屋の、静かな刃。
いよいよ。
黒田社長のもとへ届けられることになったのです。
内容証明を発送した翌々日。
黒田社長のもとに、もう一つの知らせが届きました。
村瀬さんが相談した弁護士から、新株発行差止めに向けた法的措置を検討しているという連絡です。
そして。
黒田社長が慌てて、自分の顧問弁護士に相談したところ。
事態は、一変しました。
「何だと!?」
東浜精機の社長室。
黒田重蔵は、受話器を握り締めていました。
『社長。まず確認させてください』
顧問弁護士の声は冷静でした。
『この取締役会議事録、本当に記載どおりですか』
「……それは」
『村瀬専務が出席していないという話があります』
「いや、だから……」
『実際の出席者と決議内容を確認する必要があります』
黒田は汗を拭いました。
『それから、発行価額です』
「五千円だ!」
『なぜ五千円にしたんですか』
「息子の会社が、その値段なら買うと言ったから……」
受話器の向こうが静かになりました。
『……社長』
「何だ」
『それは、発行価額の合理的な根拠にはなりません』
「……!」
『株主以外の者に特に有利な価額で新株を発行するなら、商法上、株主総会の特別決議が必要になります』
「……特別決議?」
『はい』
「取締役会で決めたんだぞ!」
『それだけでは足りない場合があります』
黒田の顔が青ざめました。
『さらに、今回の発行が既存株主の支配力を弱めることを主な目的とするものなら、新株発行の差止めが問題になります』
「差止め……?」
『このまま強行するのは危険です』
黒田は黙りました。
そして。
顧問弁護士の次の言葉に、完全に固まりました。
『取締役の責任も問題になり得ます』
「……俺の?」
『会社に損害を与えた場合などには、取締役個人の損害賠償責任が生じる可能性があります』
「……」
『株主代表訴訟の問題もあります。もっとも、責任が認められるかは具体的な事実によります』
黒田の額から、汗が落ちました。
会社の金は俺のもの。
社長だから好きにできる。
そう思っていました。
でも。
株式会社の財産は、社長の個人財産ではありません。
会社を利用して自分の支配権を強めようとすれば。
その行為について。
自分自身が責任を問われることもある。
『社長』
弁護士が言いました。
『この計画は、一度止めてください』
黒田は、震える声で答えました。
「……分かった」
そして。
「新株発行は、いったん中止する」
その一言を絞り出したのです。
翌週。
東浜精機株式会社から、村瀬さん宛てに書面が届きました。
――新株発行計画の撤回について。
私は封筒の表書きを見て、息を呑みました。
「……撤回?」
村瀬さんが頷きました。
「はい」
書面には、次の内容が記されていました。
――予定していた黒田商事株式会社に対する新株二千株の発行計画については、決定手続及び発行条件の再検討を要するため、これを撤回する。
――今後の資金調達については、適法な社内手続を経て改めて検討する。
私は思わず立ち上がりました。
「やりましたね!」
村瀬さんが、深く頭を下げました。
「ありがとうございます」
「いえ、私は……!」
「会社が、他人のものになるところでした」
村瀬さんの目が潤んでいました。
「四十パーセントの株を持っていても、社長が勝手に増資すれば、何もできないと思っていたんです」
私は首を振りました。
「株主の権利は、そんなに軽いものじゃありません」
相馬先輩が横から言いました。
「まだ終わりじゃねえぞ」
「え?」
「本当に設備投資の金が必要なら、資金調達の方法を考えなきゃならねえ」
「……そうですね」
「会社を止めたら、従業員が困るからな」
村瀬さんは頷きました。
「そのことなんですが……」
そして、少し照れくさそうに笑いました。
「私も、資金を出すつもりです」
「え?」
「会社に必要な設備なら、私も協力したい。ほかの株主にも相談します」
私は目を見開きました。
「株主割当、ですか?」
「はい。株主割当を含めて、みんなで検討しようと思っています」
村瀬さんは言いました。
「もちろん、必要なお金を全員が出せるかどうかは分かりません。でも、最初から私たちを排除する必要はないでしょう?」
私は笑いました。
「そうですね!」
村瀬さんは続けました。
「黒田にも言いました。会社に金が必要なら、ちゃんと相談してくれ、と」
「……社長は?」
「最初は黙っていました」
そして。
「最後に、『悪かった』と」
小さく答えたそうです。
私は少し驚きました。
あの黒田社長が。
あの、自分を法律だと言い張った人が。
謝った。
「本当に、会社って不思議ですね」
私が言うと、片桐所長が顔を上げました。
「何がだ」
「同じ増資でも、人を追い出すためにも使えるし、会社を守るためにも使えるんです」
「そうだ」
「問題は、株を増やすことじゃない」
私は言いました。
「誰のために、どう増やすかなんですね」
所長が静かに頷きました。
それから数日後。
村瀬さんから、一枚の写真が届きました。
工場の中。
新しい工作機械の前で、作業服姿の従業員たちが並んでいます。
真ん中には村瀬さん。
その隣には。
黒田社長もいました。
「……仲直りしたんですかね」
私は写真を見ながら呟きました。
「さあな」
相馬先輩が答えました。
「簡単には戻らねえだろ」
「ですよね」
「二十年の仲だ。拗れたものは、そう簡単には治らん」
先輩は煙草を灰皿に押しつけました。
「だが、会社を続けるなら、話し合うしかねえ」
私は写真を眺めました。
工場。
機械。
従業員。
そこには、株主名簿には載っていない人たちが大勢います。
会社は、株主のもの。
法律上、株主は株式会社の構成員です。
でも。
会社が営む事業は。
株主だけで成り立っているわけではありません。
毎日機械を動かす人。
部品を運ぶ人。
注文を取ってくる人。
給料を持ち帰り、家族の生活を支える人。
その人たちがいるから、会社は動いている。
だからこそ。
増資という重要な決定を、社長一人の欲望で動かしてはいけない。
私はそう思いました。
「ところで、こはる」
相馬先輩が声をかけました。
「はい?」
「今回の事件、分かったか?」
「はい!」
「じゃあ、問題だ」
「来ましたね!」
先輩は紙を一枚取りました。
「ある株式会社で、一千株発行している」
「はい」
「甲が五百株、乙が四百株、丙が百株持っている」
「はい」
「二千株を新たに発行する。株主割当で、全員が持株比率どおりに引き受けたら?」
私は即答しました。
「甲が千株、乙が八百株、丙が二百株です!」
「よし」
「発行後の持株比率は、五十パーセント、四十パーセント、十パーセントで変わりません!」
「正解」
よし。
「じゃあ、その二千株全部を、甲の息子の会社に第三者割当したら?」
「甲本人の持株は五百株のまま、乙は四百株のまま、丙も百株のままです」
「うん」
「でも総株数は三千株になります!」
「で?」
「乙の持株比率は、四十パーセントから約十三・三パーセントになります!」
「そうだ」
相馬先輩が頷きました。
「じゃあ、第三者割当は全部違法か?」
「違います!」
「なぜだ」
「第三者割当も、適法な資金調達方法だからです!」
「よし」
「ただし、発行条件や決定手続、発行目的によっては問題になります!」
先輩が笑いました。
「やっと分かってきたな」
私は得意になりました。
「もちろんです!」
すると。
奥から片桐所長が声をかけました。
「こはる」
「はい!」
「もう一問だ」
「どうぞ!」
「昭和六十三年に、会社法第二百二条を引用して通知書を作ったらどうなる」
……。
私は固まりました。
「……存在しません」
「そうだ」
「この時代には、独立した会社法がありません」
「うん」
「商法の規定で考えます!」
「よし」
相馬先輩が吹き出しました。
「お前、危うく未来の法律で内容証明を書くところだったな」
「書きませんよ!」
「最初はそのつもりだっただろ」
「……ちょっとだけです」
「ちょっとでも駄目だ!」
私は頬を膨らませました。
でも。
実際、怖いところです。
現代では、会社法の規定に従って、株主割当の募集事項などを決める機関が定められています。
会社の種類や、定款の定めによって。
株主総会。
取締役の決定。
取締役会の決議。
その違いが問題になります。
特に、株式譲渡制限会社で定款に決定権限についての規定がある場合には、そこを確認しなければなりません。
ただし。
その現代の仕組みを、そのまま昭和六十三年に持ち込むことはできない。
当時の商法は、当時の商法。
現代の会社法は、現代の会社法。
その違いを知って初めて。
なぜ現代では会社の形態や株式発行の手続が整理されているのか。
見えてくるのです。
「先輩」
「何だ」
「今回、一つ分かったことがあります」
「ほう」
私はノートを開きました。
「株主割当と第三者割当は、どちらも新株発行の方法です」
「うん」
「でも、株主割当は既存株主に持株数に応じた引受けの機会を与える」
「そうだ」
「第三者割当は、特定の人に株式を引き受けてもらう」
「うん」
「だから、第三者割当では持株比率が大きく変わって、経営権に影響することがある」
相馬先輩が頷きました。
「それで?」
私は少し考えました。
「つまり……」
紙に、一行を書きました。
――株を誰に割り当てるかは、会社のお金だけでなく、会社の権力を誰に渡すかという問題でもある。
「どうですか!」
相馬先輩が覗き込みました。
「悪くねえ」
「褒めましたね!」
「気のせいだ」
「またそれですか!」
私は笑いました。
でも。
今日の一行は、忘れないと思います。
村瀬さん。
二十年かけて会社を育てた人。
株を一株も売っていないのに。
ある日突然、会社の重要事項に対する影響力を失いかけた。
その原因は。
たった一つ。
新株を、誰に割り当てるか。
という決定でした。
株主割当。
第三者割当。
試験のテキストでは、表にして比較される二つの制度。
でも現実には。
そこに、会社の未来がかかっているのです。
そのとき。
電話が鳴りました。
「はい! 片桐行政書士事務所です!」
『あのう……株式のことで相談したいんですが』
私は受話器を持ち直しました。
「はい、どのようなご相談ですか?」
『うちの社長が、新しい株を発行するって言うんです』
私は相馬先輩を見ました。
先輩も、こちらを見ています。
『それで、株主総会を開かなくても、定款に書いてあるから取締役会だけで決められるって……』
……。
定款。
取締役会。
新株発行。
またです。
しかも今度は、手続の決定権限そのものが問題になっている。
「先輩」
「何だ」
「また新株発行です」
「聞こえてる」
「今度は、定款の定めが鍵になりそうです!」
「だから聞こえてる!」
私は電話口の相談者に尋ねました。
「会社の定款は、お手元にありますか?」
『はい』
「では、新株の発行について、どのように書いてあるか教えてください」
電話の向こうで、紙をめくる音がしました。
私は六法に目を向けました。
定款に書いてある。
だから正しい。
そんな単純な話ではありません。
定款の定めが、法令上認められるものなのか。
その定めによって、誰が何を決定できるのか。
そして、実際に必要な決議が行われたのか。
そこを確認しなければなりません。
昭和六十三年。
会社法は、まだ独立していません。
会社を作るのも、運営するのも、現代よりずっと面倒な時代です。
発起人は七人以上。
取締役は三人以上。
監査役も必要。
名ばかりの役員。
頭数合わせ。
名前だけの発起人。
そんな人たちがいても。
会社の重要な手続きを、好き勝手に省略してよいわけではありません。
「こはる!」
相馬先輩が声を飛ばしました。
「はい!」
「今度こそ、昭和の商法を開けよ!」
「分かってます!」
「会社法なんて言い出すなよ!」
「言いません!」
私は勢いよく六法を開きました。
商法第二編。
会社。
そして。
新株発行に関する規定。
今日、私は知りました。
会社を守るために必要なのは。
社長より大きな声を出すことではありません。
株主の数。
議決権の割合。
発行価額。
定款。
議事録。
法律上必要な決議。
その一つひとつを、正確に確かめること。
そして、何より。
株式を増やすという行為の向こうに、誰の利益があるのかを見抜くことです。
だって。
新株を発行すれば、会社のお金は増えるかもしれません。
けれど。
その新株を誰に渡すかによって。
会社を守ってきた人の権利まで、薄められてしまうことがあるのです。
――株を増やす自由は、株主の権利を奪う自由ではない。
私は、その言葉を胸の中で繰り返しました。
そして。
受話器を握り直しました。
「では、まず定款の内容から確認しましょう!」
法律の勉強は、まだまだ続きます。
ただし、次からは。
新株発行と聞いた瞬間に、必ず確認することにします。
――その株は、誰に割り当てられるのか。
なぜなら。
会社を乗っ取るのに、金庫を奪う必要はないからです。
議決権の割合を変えるだけで。
会社の未来は、まるごと変わってしまうことがあるのです。
以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。




