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こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈商法・会社法 配点20点/300点〉 株式

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630/701

[会社法・単元株]法理編 こはるノート

挿絵(By みてみん)

 株を売りたい人と、株を買い足したい人。


 同じ株主でも、望んでいることは正反対です。


 そして。


 法律が認める権利も、同じではありません。


 会社に買い取ってもらう権利。


 会社から売ってもらう権利。


 たった二文字の違い。


 ――買取。


 ――売渡。


 でも、この二つを混同すると。


 行政書士試験では、見事に引っかかります。


 さらに厄介なのが。


 片方は、定款で排除できない。


 もう片方は、定款に定めがなければ使えない。


 ということ。


 ……。


 逆じゃないの?


 と思った人。


 安心してください。


 私も最初は、そう思いました。


 昭和六十三年。


 夕方の片桐行政書士事務所。


 私は、机に向かってノートを開いていました。


 表紙には大きく、


 ――こはるノート・商法編。


 と書いてあります。


「……日本語って、難しいですよね」


 私が呟くと、相馬先輩が新聞から顔を上げました。


「また始まったな」


「先輩」


「何だ」


「買取請求と売渡請求って、名前が似すぎじゃありません?」


「そうか?」


「そうですよ!」


 私は鉛筆を握りました。


「どっちも株式の話ですし、どっちも会社が相手ですし!」


「うん」


「なのに、片方は無条件に請求できて、もう片方は定款が必要なんです!」


 相馬先輩は眉をひそめました。


「……お前、また未来の制度を混ぜてねえか?」


「あっ」


 しまった。


 そうです。


 ここは昭和六十三年。


 現代の会社法は、まだありません。


 でも。


 今回の事件を思い出すと、この二つの制度がなぜ必要なのか、よく分かります。


 東海精工株式会社。


 代表取締役社長、黒岩剛造。


 そして。


 亡くなった夫から三百株を相続した、小野寺澄江さん。


 あの社長は、言いました。


「千株なければ売れない」


「議決権もない」


「会社に買い取る義務もない」


 さらに。


 一株千二百円ほどの価値がある株を、百円で買い叩こうとしたのです。


 でも。


 昭和の商法に関係する改正法にも、単位未満株式の買取請求制度がありました。


 そのおかげで。


 澄江さんは、夫が残してくれた財産を適正な価格で現金に換え、娘さんの看護学校への進学費用を用意できたのです。


「よし!」


 私はノートを開き直しました。


「今日は、単位株と単元株の違いから、買取請求と売渡請求まで、完全に整理します!」


「長くなりそうだな」


「試験に出ますから!」


 そのとき。


 奥で帳簿を閉じた片桐所長が、静かに言いました。


「相馬」


「はい」


「付き合ってやれ」


「……所長まで」


 よし。


 今日も強制勉強会、開催です。


「まず、どうして株式を百株とか千株でまとめるんでしょう?」


 私はノートに大きく書きました。


 ――単元株制度。


 相馬先輩が答えます。


「株主を管理する手間を減らすためだろ」


「正解です!」


「偉そうに言うな」


「だって、ここが制度の出発点なんです!」


 私は例を書きました。


 ある株式会社。


 一株一万円。


 単元株式数は百株。


 つまり。


 通常の市場取引では、百株を一つの売買単位として扱う。


 百株なら、百万円です。


「先輩。一株単位で株を買える場合、一万円あれば株主になれますよね」


「そうだな」


「では、百株単位なら?」


「百万円だ」


「つまり、一般の投資家が通常の取引単位で株を買おうとすると、必要なお金が大きくなるんです」


 私は頷きました。


 もちろん、単元未満株式を扱う特別な取引方法などは別です。


 でも、通常の取引単位が大きくなれば、小口の株主が無制限に増えることを抑える効果があります。


「株主が増えると、会社は大変なんですよね」


「まあな」


「株主名簿の管理、総会関係の事務、いろいろありますから」


 私は黒板代わりの紙に、数字を書きました。


 一万人の株主。


 十万人の株主。


 仮に、議決権を持つ株主全員に株主総会の招集通知を送らなければならないとしたら。


 人数が増えるほど、郵送費も事務負担も増えます。


「だから、一定数の株式を一つの単位として扱う仕組みがあるんですね」


 相馬先輩が頷きます。


「会社の経営を円滑にするためか」


「はい!」


 私は大きな丸をつけました。


 単元株制度の目的。


 ――株主管理の合理化、事務負担の軽減。


「でも、所長」


「何だ」


「会社に便利な制度って、株主にも便利とは限りませんよね」


「そうだ」


 所長が静かに答えました。


「そこから、問題が始まる」


 そうなのです。


 会社にとっては合理的。


 でも。


 小口株主にとっては、必ずしも有利ではありません。


 むしろ。


 自分が持っている株が一単元に満たなければ、議決権を行使できなくなる。


 通常の市場取引でも、まとめて売却しにくくなる。


 そんな不利益が生じるのです。


「東海精工の三百株が、まさにそうでした」


 私は言いました。


「一単位は千株。澄江さんは三百株」


「うん」


「だから通常の市場取引で売ることが難しかった」


「そうだ」


「でも、だからって株式が消えたわけじゃない」


 相馬先輩が頷きました。


「そこを忘れるな」


 そうです。


 議決権がないことと。


 財産としての価値がないことは。


 まったく違うのです。


「ここで時代の違いです!」


 私はノートに二本の線を引きました。


 左側。


 ――昭和六十三年・単位株制度。


 右側。


 ――現代・単元株制度。


「名前が一文字違うだけですけど、制度は同じじゃないんですよね」


 相馬先輩が言いました。


「お前が昨日、混同してたやつだな」


「うっ……」


 私は苦笑しました。


 昭和六十三年。


 当時は、昭和五十六年の商法改正によって設けられた単位株制度の時代です。


 額面五十円の株式なら、原則として千株を一単位として扱う。


 そんな仕組みでした。


「だから東海精工では、千株が一単位だったんですね」


「ああ」


「でも、現代は違います」


 私は右側に書きました。


 ――会社法第百八十八条。


 株式会社は、一定の数の株式をもって株主総会における一個の議決権を行使することができる一単元の株式とする旨を、定款で定めることができる。


「つまり、現代の単元株制度は、定款が重要なんです!」


 私は二重線を引きました。


 百株を一単元にする。


 そう決めるなら、定款に定める。


「会社が勝手に口頭で『明日から百株で一単元だ』と言っても駄目なんですね」


「そういうことだな」


「はい!」


 ここが重要です。


 定款。


 会社の基本的なルールを定めたもの。


 会社の憲法、と呼ばれることもあります。


「そして、定款を変更するには、原則として株主総会の特別決議が必要です」


 会社法第四百六十六条。


 定款変更。


 会社法第三百九条第二項。


 特別決議。


 私はノートに矢印を書きました。


 単元株式数を定める。


 ↓


 原則として定款変更が必要。


 ↓


 原則として株主総会の特別決議。


「ただし!」


 私は自分で言いました。


 相馬先輩が顔を上げます。


「何だ」


「単元株制度の導入や単元株式数の変更には、一定の場合に特則があります!」


 会社法第百九十一条や第百九十五条などです。


 たとえば、株主の議決権の数を減らさない形で単元株式数を定めたり変更したりする場合には、取締役の決定または取締役会の決議によって対応できる特則があります。


「なので、単元株に関する変更が、すべて必ず特別決議になるわけではありません」


 所長が頷きました。


「原則と例外を分けることだ」


「はい!」


 私は書き加えました。


 定款変更。


 原則、特別決議。


 ただし、単元株式数の設定・変更には法定の特則あり。


「よし」


 私は満足して頷きました。


 行政書士試験。


 こういうところが怖いんですよね。


「必ず」


「すべて」


「例外なく」


 そんな言葉が出てくる問題ほど、注意が必要なのです。


「さて」


 相馬先輩が煙草を置きました。


「一番大事なところに行くぞ」


「はい!」


「単元未満株式だ」


 私はノートの真ん中に書きました。


 ――単元未満株主。


 一単元の株式数に満たない数の株式を持っている株主。


「たとえば、一単元が百株の会社で、三十株しか持っていない人です」


「うん」


「この人は、どうなると思います?」


「議決権がねえんだろ」


「そうです!」


 会社法第百八十九条。


 単元未満株主は、その単元未満株式について、株主総会や種類株主総会で議決権を行使できません。


「じゃあ、三十株は無価値なのか?」


 相馬先輩が聞きました。


「違います!」


 私は即答しました。


「株式は、あくまで財産です!」


 議決権がない。


 だから、株主ではない。


 これは間違いです。


「配当を受ける利益なども問題になりますし、少なくとも、株式そのものがなくなるわけではありません」


「そうだな」


「ただし、単元未満株主の権利には、定款で一定の制限を設けることができます」


 会社法第百八十九条第二項。


 ここでは、単元未満株主が行使できる権利について、一定の制限を定款で定めることが認められています。


 でも。


 何でも制限できるわけではありません。


 法律が、どうしても奪ってはいけないと定めた権利があるのです。


「所長」


「何だ」


「その代表が、買取請求権ですね」


「そうだ」


 私は大きく書きました。


 ――単元未満株式の買取請求権は、定款によって排除できない。


 ここです。


 今回の事件の核心。


 会社にとって都合が悪くても。


 社長が気に入らなくても。


 株主の財産を現金化するための出口を、定款で塞いではいけないのです。


「では、買取請求権です!」


 私はページをめくりました。


 ――会社法第百九十二条。


 単元未満株式の買取りの請求。


「意味は簡単です」


 私は言いました。


「一単元に満たない株式を持っている株主が、会社に対して、その株式を買い取ってくださいと請求する権利です」


 相馬先輩が頷きます。


「澄江さんの事件だな」


「はい!」


 現代の単元株制度と、昭和の単位株制度は同じものではありません。


 でも。


 小口株主に買取請求という出口を用意する考え方には、共通点があります。


 昭和六十三年の東海精工では。


 三百株。


 一単位千株。


 だから単位未満株式。


 そして、昭和五十六年の改正法附則第十九条による買取請求が問題になった。


 一方、現代なら。


 会社法第百九十二条による単元未満株式の買取請求が問題になります。


「それで、先輩」


「何だ」


「この買取請求権が使えなかったら、どうなると思います?」


「株を処分しにくくなるな」


「そうなんです!」


 私は頷きました。


 たとえば。


 一単元が百株の会社。


 三十株しか持っていない人。


 通常の市場取引では、百株単位の売却が基本です。


 三十株だけでは、普通の売買単位に足りません。


「そこで会社が言ったらどうでしょう」


 私は黒岩社長の真似をしました。


「百株ない奴の株なんか、買い取らねえ!」


 相馬先輩が顔をしかめました。


「似てねえ」


「そこじゃありません!」


 私は続けました。


「株式を売りたくても売れない。会社にも買ってもらえない。それでは困りますよね」


「ああ」


「だから、買取請求権があるんです!」


 そして。


 この権利は、定款でも排除できません。


「たとえば会社の定款に、こんなことが書いてあったらどうですか」


 私は書きました。


 ――当社の単元未満株主は、会社に対して株式の買取りを請求できない。


 相馬先輩が答えました。


「駄目だな」


「正解です!」


 会社法第百八十九条第二項第四号。


 この買取請求権は、定款による制限から保護される権利の一つです。


 だから。


 定款に書けば何でも通るわけではありません。


「会社の憲法と呼ばれる定款も、法律には勝てないんですね」


 私が言うと、片桐所長が頷きました。


「当然だ」


 私は大きく丸をつけました。


 ――買取請求は、定款に定めがなくても法律上認められる。


 ――定款で排除できない。


 よし。


 これで一つ目は完璧です。


「でも、こはる」


 相馬先輩が言いました。


「はい?」


「一度買取請求をしたあとで、気が変わったらどうなる?」


「え?」


「株価が上がったから、やっぱり売るのをやめたい、って場合だ」


 私は鉛筆を止めました。


 あ。


 それも重要です。


「原則として、自由には撤回できません!」


 会社法第百九十二条第三項。


 単元未満株主は、会社の承諾を得た場合に限り、買取請求を撤回できます。


「つまり、会社が承諾しなければ、勝手に取り消せないんです」


「どうしてだ?」


「それは……」


 私は少し考えました。


 株式の市場価格は、毎日変わります。


 上がることもあれば、下がることもある。


 もし。


 株価が下がりそうなら買取請求。


 上がりそうなら撤回。


 そんなことを、株主が自由に繰り返せたら。


「会社が困ります!」


「そうだな」


「買取請求を受けて手続を進めているのに、株主の気分で何度も撤回されたら、事務負担が大きくなります」


 それだけではありません。


 相場の動きに応じて、自分に有利なときだけ請求を維持するような利用も問題になります。


「だから、撤回には会社の承諾が必要なんですね」


「そういうことだ」


 私はノートに書きました。


 ――買取請求はできる。


 ――ただし、一度請求したら、会社の承諾なしに撤回できない。


「これも試験に出そうです!」


 私が言うと、相馬先輩が笑いました。


「何でも試験に出そうって言うな」


「実際、大事なんです!」


 私は続けました。


「あと、買取価格も大事ですよね」


 昭和の東海精工事件。


 黒岩社長は、一株百円と言いました。


 でも。


 当時の改正法附則第十九条には、上場株式について市場価格を基準とした買取価格の定めがありました。


 会社が好きな価格を押しつけてよいわけではなかった。


「現代でも、買取価格は法律上の手続に従って決まります」


 会社法第百九十三条。


 価格についても、法律が仕組みを定めています。


「だから、黒岩社長のように『俺が百円と決めたら百円だ』という考え方は、通用しないんです」


 所長が頷きました。


「会社の財産と、社長個人の財産を混同してはいかん」


「はい」


 そうです。


 会社に対する法定の買取請求。


 社長個人への任意の売却。


 この二つも、混同してはいけません。


 あの事件で、黒岩社長はそこを曖昧にしていました。


 法律上の請求権を否定しながら。


 自分だけが安値で株を手に入れようとしていたのです。


「やっぱり、あの社長はひどかったですね」


「まあな」


 相馬先輩が言いました。


「でも、お前も最初は、現代の条文で請求書を作ろうとしてたぞ」


「うっ……」


 反論できません。


 未来の会社法を持ち出していたら。


 正しい権利を主張するつもりが、間違った条文を引用するところでした。


 危ない。


 転生者の法律知識。


 便利なようで、なかなか厄介です。


「さて!」


 私は気を取り直しました。


「次が、もう一つの重要な制度です!」


 ノートに大きく書きました。


 ――単元未満株式の売渡請求。


 会社法第百九十四条。


「これ、名前だけだと分かりにくいんですよね」


 相馬先輩が言いました。


「売渡請求って、誰が誰に何を売るんだ?」


「そこです!」


 私は鉛筆を立てました。


「売渡請求は、株主が会社に対して、株式を売ってくださいと請求することです!」


「なるほどな」


「つまり、買増請求です!」


 私は例を書きました。


 一単元百株の株式会社。


 株主Aさんは、三十株持っています。


 議決権を行使するには、百株必要です。


 足りないのは。


 七十株。


「このとき、Aさんは会社に言うんです」


 私は、少し声を高くしました。


「あと七十株、売ってください!」


 相馬先輩が頷きました。


「それで百株になるのか」


「はい!」


 三十株。


 プラス七十株。


 イコール百株。


 これで一単元です。


「一単元になれば、その百株について議決権を行使できるようになります」


 私は満足して頷きました。


 なるほど。


 単元未満株主の不利益を解消する方法は、一つだけではありません。


 持っている株を会社に買い取ってもらい、株主としての持分をなくす方向。


 それが、買取請求。


 反対に。


 足りない株を会社から買い足し、一単元にする方向。


 それが、売渡請求。


「二つの制度は、逆向きなんですね!」


 私は大きな矢印を書きました。


 買取請求。


 株主の株式を会社へ。


 売渡請求。


 会社の株式を株主へ。


「これなら覚えられそうです!」


 すると。


 片桐所長が、静かに言いました。


「こはる」


「はい」


「その七十株は、誰のものだ」


「え?」


「会社が売り渡す株式だろう」


「はい」


「会社に売り渡せる自己株式がなければ、どうする」


 ……。


 私は固まりました。


 あ。


 そうです。


 売渡請求。


 会社から株式を買い増す制度。


 だからといって。


 会社が持っていない株式を、魔法のように出せるわけではありません。


「会社が保有している自己株式など、実際に売り渡せる株式が必要なんですね」


「そうだ」


 相馬先輩が言いました。


「法律上請求できる仕組みがあっても、具体的な手続や条件は確認しなきゃならねえ」


「はい!」


 私は書き足しました。


 売渡請求。


 一単元に足りない株数を請求する。


 ただし、会社が売り渡せる自己株式の有無など、制度上の条件を確認する。


 そして。


 ここからが最大の注意点です。


「先輩」


「何だ」


「買取請求と売渡請求には、決定的な違いがあります」


「何だ?」


 私はノートに二つの言葉を書きました。


 ――買取請求。


 ――売渡請求。


「買取請求は、定款に定めがなくてもできます」


「うん」


「しかも、定款で排除できません」


「そうだったな」


「でも!」


 私は声を大きくしました。


「売渡請求は、定款に定めがある場合に限られます!」


 会社法第百九十四条。


 ここです。


 行政書士試験で、絶対に間違えたくないところ。


「どうして、そんな違いがあるんだ?」


 相馬先輩が聞きました。


 私は少し考えました。


 まず、買取請求。


 会社が単元株制度を導入することで、単元未満株主は通常の市場取引で売却しにくくなる。


 だから、財産を現金化する出口を保障する必要があります。


 これは、株主を守るための権利。


 定款で塞いではいけない。


 一方。


 売渡請求。


 こちらは会社に、自己株式を株主へ売り渡すよう求める制度です。


 会社が、そのような買増制度を用意するかどうか。


 そこには、会社側の制度設計が関わります。


「だから、定款に定めが必要なんですね」


「そういうことか」


 私は頷きました。


 たとえば。


 A株式会社。


 一単元百株。


 株主は三十株を持っている。


 でも。


 定款には、売渡請求について何も書かれていない。


「この場合、株主は会社に七十株を売ってくださいと、会社法第百九十四条に基づいて請求できますか?」


 相馬先輩が答えました。


「できねえ」


「正解です!」


「定款に定めがねえからな」


「そのとおり!」


 私は大きく丸をつけました。


 では。


 定款に、単元未満株主が不足株数の売渡しを請求できる旨が定められていたら?


「法律上の条件を満たせば、売渡請求ができます!」


 これで完璧。


 私はノートに書きました。


 ――買取請求は、法律が守る出口。


 ――売渡請求は、定款が用意する買増しの道。


「……いいですね!」


 私は満足しました。


 相馬先輩が覗き込みます。


「何がだ」


「覚えやすいです!」


「自分で書いて自分で褒めるな」


「大事なことです!」


 でも、本当に。


 この二つの違いさえ押さえれば、単元未満株式の問題はかなり解きやすくなると思います。


「じゃあ、確認問題です!」


 私は勢いよく立ち上がりました。


「先輩!」


「何だ!」


「A株式会社は、一単元を百株としています!」


「おう」


「Bさんは、三十株を持っています!」


「うん」


「Bさんは会社に対して、三十株を買い取るよう請求できますか?」


「できる」


「正解!」


 私は続けました。


「では、A株式会社の定款に『単元未満株主の買取請求は認めない』と書かれていた場合は?」


「それでも請求できる」


「正解!」


 私は二重丸をつけました。


「では、Bさんは会社に対して、七十株を売り渡すよう請求できますか?」


「定款に定めがあれば、法律上の条件を満たす限り可能だ」


「大正解!」


 相馬先輩が、少し得意そうな顔になりました。


「こんなの簡単だろ」


「じゃあ、次です!」


「まだあるのかよ」


「もちろんです!」


 私はノートをめくりました。


「Bさんが三十株の買取請求をしました!」


「おう」


「ところが翌日、株価が急上昇しました!」


「ほう」


「やっぱり売りたくなくなりました!」


「うん」


「Bさんは、自由に買取請求を撤回できますか?」


 相馬先輩は少し考えました。


「できねえな」


「理由は?」


「会社の承諾が必要だからだろ」


「正解です!」


 会社法第百九十二条第三項。


 撤回は、会社の承諾がある場合に限られます。


「よし!」


 私は拳を握りました。


「先輩、満点です!」


「何でお前に採点されてんだよ」


「勉強会ですから!」


 片桐所長が、奥で小さく笑いました。


 珍しい。


 所長が笑っています。


 私は嬉しくなりました。


 でも。


 次の問題で、少し考え込むことになります。


「所長」


「何だ」


「会社って、そもそもどうしてこんなに細かい決まりが必要なんでしょう?」


 所長は帳簿を閉じました。


「どういう意味だ」


「単元株も、買取請求も、売渡請求も……」


 私はノートを見ました。


「会社の経営を楽にするなら、もっと自由にやらせてもよさそうなのに」


 相馬先輩が言いました。


「自由にやらせた結果が、黒岩みたいな社長だろ」


「あ……」


 私は黙りました。


 確かに。


 東海精工の黒岩社長。


 あの人は、自分の会社だから、自分の好きにできると思っていました。


 千株に満たない株は、価値がない。


 議決権がないから、何をしてもいい。


 社長の言い値で売るべきだ。


 そんな理屈です。


 でも。


「株式会社は、社長個人の持ち物ではありません」


 私は言いました。


 所長が頷きます。


「そうだ」


「株主が出資し、会社という法人が事業を行う」


「うん」


「社長は、会社の業務を執行する立場です」


「そうだ」


「だから、株主の財産的な権利を勝手に消してはいけない」


 相馬先輩が腕を組みました。


「経営者の都合と、株主の利益が対立することもあるからな」


 私は頷きました。


 単元株制度。


 それ自体は、会社の事務負担を軽くするための合理的な仕組みです。


 けれど。


 その仕組みによって不利益を受ける小口株主がいる。


 だから、救済制度も必要になる。


「法律って、どちらか一方の味方をしているわけじゃないんですね」


「そうだ」


 所長が静かに言いました。


「会社を動かすための仕組みと、人の財産を守る仕組み。その両方が必要なんだ」


 私は、その言葉をノートに書きました。


 会社の効率。


 株主の保護。


 この二つを、どう両立させるか。


 それが単元株制度の大切な考え方なのです。


「ところで」


 私は、ふと思い出しました。


「昭和の会社って、作るのも大変なんですよね」


 相馬先輩が頷きました。


「ああ」


「発起人七人以上」


「そうだ」


「取締役三人以上」


「うん」


「監査役一人以上」


「そのとおり」


 私はため息をつきました。


「現代とは、全然違いますね」


「また未来か」


「でも、これは大事なんです!」


 私はノートに書きました。


 昭和六十三年。


 会社のルールは、主に商法第二編や有限会社法などに分かれていた。


 現在のような、独立した会社法は存在しない。


 当時の株式会社では、設立や機関構成について厳格な人数要件がありました。


 そのため、実際の経営には参加しない人を発起人や役員として名目上加える、といった問題も生じやすかったのです。


「でも、現代では変わります」


 私は続けました。


 平成十七年。


 会社法が成立。


 平成十八年。


 施行。


 商法などに分かれていた会社制度が、大きく再編・整理されます。


 有限会社制度も見直され、新たな会社形態として合同会社が導入されました。


 現代では、株式会社を発起人一人で設立することもできます。


 一定の会社では、取締役一人で経営する形も認められています。


 法律上の最低資本金制度も撤廃されました。


「だから、昔に比べて会社を設立しやすくなったんですね」


 相馬先輩が首をかしげました。


「そんなに簡単にして、大丈夫なのか?」


「そこが面白いところです」


 私は答えました。


「会社を設立しやすくすることと、株主や債権者を保護することは、別々に考えなければならないんです」


 会社法は、ただ会社を作りやすくしただけではありません。


 会社の規模や性質に応じて、機関設計を柔軟にする。


 取締役の責任を定める。


 株主の権利を守る。


 債権者の利益にも配慮する。


 そうした仕組みを整理しているのです。


「単元株制度も、現代の会社法の中で整理されているんですね」


 私は頷きました。


 もっとも。


 昭和の単位株制度が、そのまま現代の単元株制度になったわけではありません。


 単位株制度から単元株制度への移行は、平成十三年の商法改正によって進められました。


 その後、平成十八年施行の会社法に受け継がれ、現在の制度として整理されています。


「つまり、制度の歴史には段階があるんです」


 私はノートに矢印を書きました。


 昭和五十六年改正。


 単位株制度。


 ↓


 平成十三年改正。


 単元株制度への移行。


 ↓


 平成十八年施行。


 会社法による制度の整理。


「全部、一度に変わったわけじゃないんですね」


 相馬先輩が言いました。


「そうです!」


 私は頷きました。


 法律は、ある日突然、完成形で現れるわけではありません。


 昔の制度で問題が見つかる。


 社会の仕組みが変わる。


 会社のあり方も変わる。


 それに合わせて、少しずつ見直されていく。


 単位株と単元株。


 名前は似ていますが。


 その背後には、長い制度改革の歴史があるのです。


 窓の外は、すっかり夕焼けに染まっていました。


 私は、ここまでのノートを見直しました。


 単元株制度。


 定款。


 議決権。


 買取請求。


 売渡請求。


 昭和と現代の違い。


 最初は、ややこしい言葉ばかりでした。


 でも。


 東海精工の事件を思い出すと、一つの話としてつながります。


 三百株を持っていた澄江さん。


 千株に満たないという理由で、社長に軽く扱われた。


 でも。


 三百株にも財産的な価値があった。


 だから、法律上の買取請求を行使できた。


 そして。


 適正な価格で現金化することができた。


「所長」


「何だ」


「単元株の問題って、数字に惑わされちゃいけないんですね」


「どういうことだ」


「百株とか千株とか、そこばかり見ていると……」


 私は言いました。


「株主が何を失って、何を求めているのか、分からなくなります」


 所長が頷きました。


「そうだ」


「売りたい人には、買取請求」


「うん」


「買い増したい人には、定款に定めがあれば売渡請求」


「そうだな」


「その違いが分かれば、何のための制度なのかも分かります」


 相馬先輩が笑いました。


「ようやく覚えたか」


「はい!」


 私はノートの最後のページを開きました。


 ここに。


 今日の一行を書きます。


 鉛筆の先を整えて。


 ゆっくり。


 ――買取請求は「売って現金化」、売渡請求は「買い足して一単元」。買取りは定款で奪えず、売渡しは定款が必要。


「……できた!」


 私はノートを掲げました。


「どうですか!」


 相馬先輩が覗き込みました。


「まあ、覚えやすいんじゃねえか」


「褒めましたね!」


「気のせいだ」


「またそれですか!」


 私は笑いました。


 でも。


 この一行は、たぶん忘れません。


 買取請求。


 売渡請求。


 たった二文字の違い。


 けれど。


 片方は、株式を手放す出口。


 もう片方は、株式を買い増す入口。


 まるで、同じ道を反対方向に進むような制度です。


「さて、こはる」


 相馬先輩が新聞を畳みました。


「はい?」


「勉強会は終わりか?」


「はい!」


「じゃあ、書庫の整理を手伝え」


「え?」


「古い会社の定款と議事録が山ほどある」


 私は机の上を見ました。


 積まれた書類。


 分厚い帳簿。


 古い定款。


 ……。


 嫌な予感しかしません。


「先輩」


「何だ」


「会社の定款って、変更するには原則として特別決議が必要ですよね」


「そうだな」


「じゃあ、事務所の業務分担も、特別決議で変更しましょう!」


「は?」


 相馬先輩が固まりました。


「私一人の判断で掃除や整理をさせるのは、不公平です!」


「お前、何を言ってるんだ」


「事務所の憲法を作りましょう!」


「そんなもん作るな!」


 私は笑いました。


 そこへ、片桐所長が静かに口を開きました。


「こはる」


「はい!」


「業務分担は、株式会社の定款変更ではない」


「……はい」


「特別決議もいらん」


「ですよね……」


 所長は、机の上の書類を指差しました。


「相馬と二人で、整理してくれ」


「……!」


 私は相馬先輩を見ました。


 先輩も、こちらを見ています。


「先輩」


「何だ」


「私には、業務分担の買取請求権はありませんか?」


「ねえよ!」


「じゃあ、売渡請求権は?」


「何を売ってもらう気だ!」


「先輩の自由時間です!」


「ふざけるな!」


 ……なるほど。


 買取請求と売渡請求は、便利な制度ですが。


 何でも請求できる魔法の権利ではないようです。


 残念ながら。


 私は、書庫の整理から逃げられませんでした。


 夕暮れの事務所。


 古い定款を一冊ずつ棚に戻しながら、私は思いました。


 法律は、数字で人を切り捨てるためのものではありません。


 百株。


 千株。


 三百株。


 そんな数字の向こうには。


 必ず、誰かの生活があります。


 会社で働いた年月。


 少しずつ積み立てたお金。


 家族へ残した財産。


 そして。


 これから始まる、誰かの未来。


 東海精工の三百株は、まさにそうでした。


 黒岩社長には、半端な株数に見えたのでしょう。


 でも。


 澄江さんにとっては、亡くなった夫が残した大切な財産でした。


 娘さんにとっては、看護師になる夢を支えるお金でした。


 だからこそ。


 会社の都合だけで、財産を閉じ込めてはいけない。


 議決権がないというだけで、株主の権利をすべて奪ってはいけない。


 そして。


 法律上用意された出口を、社長の一存で塞いではいけない。


 私は、ノートの最後の一行をもう一度読みました。


 ――買取請求は「売って現金化」、売渡請求は「買い足して一単元」。買取りは定款で奪えず、売渡しは定款が必要。


 よし。


 完璧。


「こはる!」


 相馬先輩の声が飛びました。


「はい!」


「ノート見てねえで、書類を運べ!」


「今、学習内容を確認していたんです!」


「確認は後だ!」


「先輩!」


「今度は何だ!」


「単元未満株主には、買取請求という出口があるんですよね!」


「あるな!」


「じゃあ、見習いにも仕事から抜け出す出口があっていいと思いませんか!」


「ねえよ!」


「不公平です!」


「会社法をそんなことに使うな!」


 ……なるほど。


 株主を守るための制度があっても。


 見習いを雑用から守る制度までは、用意されていないようです。


 残念です。


 非常に残念です。


 でも。


 そのおかげで、今日も一つ、忘れられない知識が増えました。


 株式を手放したいなら、買取請求。


 株式を買い増したいなら、売渡請求。


 そして、その二つを分ける最大の鍵は。


 ――定款。


 私は重たい定款の束を抱えながら、少しだけ笑いました。


 だって。


 昨日まで、ただの面倒な書類に見えていた定款が。


 今日は、誰かの権利を左右する大切なものに見えるのです。


 昭和六十三年。


 商法の世界は、まだまだ奥が深い。


 そして、現代の会社法を知っているからこそ。


 私は、その違いに何度でも驚くのでしょう。


「こはる!」


「はい!」


「その定款、落とすなよ!」


「分かってます!」


「一冊でも紛失したら大変だからな!」


「はい!」


 私は定款の束を抱え直しました。


 その重さは。


 会社という仕組みが、たくさんの人の権利と責任の上に成り立っていることを、教えてくれているようでした。


 もっとも。


「……先輩」


「何だ」


「定款って、重いですね」


「紙だからな」


「違います!」


「何がだ!」


「法律的な意味でです!」


「だったら黙って運べ!」


 ……。


 法律の重みを理解しても。


 紙の重さは、軽くならないのでした。

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