[会社法・株主平等の原則と例外]法理編 こはるノート
平等とは、全員に同じものを渡すことではありません。
百株持っている人。
二百株持っている人。
五百株持っている人。
それぞれに同じ金額を渡すことが、必ずしも平等とは限らないのです。
では。
同じ株数を持っている人同士なら、必ず同じ権利になるのでしょうか。
実は。
それも、違います。
株式には、権利の内容が異なるものがあるからです。
さらに。
現代の会社法には、とても興味深い例外があります。
一定の会社では、定款によって、株主ごとに違う権利を認めることができる。
……。
平等なのに、特別扱い?
何だか矛盾している気がしますよね。
でも。
そこには、ちゃんと理由があるのです。
昭和六十三年。
夕方の片桐行政書士事務所。
私は机に向かい、一冊のノートを開いていました。
表紙には、
――こはるノート・商法編。
と書いてあります。
「……株主平等って、名前に騙されますよね」
私が呟くと、相馬先輩が新聞から顔を上げました。
「また何か始まったな」
「先輩!」
「何だ」
「平等って聞いたら、みんな同じ扱いだと思いません?」
「場合によるだろ」
「ですよね!」
「何が『ですよね』だ」
私はノートを開きました。
そこには、昨日の事件で使った数字が並んでいます。
百株。
二百株。
五百株。
二百株。
東浜精密工業株式会社。
社長が自分だけに二十万円の配当を出そうとした、あの町工場です。
「昨日の社長、すごかったですよね」
「ああ」
「『俺がこの会社の法律だ!』ですもん」
「威勢だけはよかったな」
「でも、持っている株は二百株」
「そうだ」
「ほかの株主が持っている株は八百株」
「そうだな」
私は思わず笑いました。
「会社を全部自分のものだと思ってたのに、株主名簿を見たら二割しか持ってなかったんですよね」
相馬先輩が煙草をくわえました。
「経営を任されていることと、株主としてどれだけの権利を持っているかは、別だからな」
「はい!」
昨日の事件。
杉本和夫さんは百株。
村井澄子さんは二百株。
先代社長の妻、東浜春江さんは五百株。
そして剛三社長は二百株。
合計千株。
会社には、同じ内容の株式しかありませんでした。
それなのに。
社長は自分だけに二十万円の配当を出そうとした。
ほかの株主には一円も渡さない。
しかも。
株主総会の議事録には、実際には出席していない株主まで出席したことになっていた。
内容証明郵便によって問題点を明らかにした結果、社長は配当の実行を止めました。
そして、会社では適法な手続を改めて検討することになったのです。
「先輩」
「何だ」
「今日の勉強は、昨日の事件を完全に理解するためのものです!」
「また強制勉強会か」
「はい!」
「俺に拒否権は?」
「ありません!」
「株主平等の話をしてる奴が、随分不平等だな」
……。
言い返せません。
そこへ。
「相馬」
奥から片桐所長の声。
「はい」
「付き合ってやれ」
「……所長まで」
よし。
今日も勉強会、開催です。
「まず、株主平等の原則です!」
私はノートに大きく書きました。
――株主平等の原則。
「現代の会社法では、百九条一項に規定されています」
「百九条?」
相馬先輩が首をかしげました。
「あっ!」
私は慌てて口を押さえました。
またです。
昭和六十三年には、会社法という独立した法律がありません。
株式会社の規律は、商法第二編にあります。
私は六法を開き直しました。
「……当時の商法にも、株主平等の原則はありますよね」
「ああ。明文で『株主平等』とまとめていなくても、基本的な考え方として認められている」
相馬先輩が言いました。
「利益配当や議決権などの規定にも、その考え方が表れている」
「はい」
私は頷きました。
現代の会社法百九条一項は、この基本原則を明文化しています。
その内容は。
株式会社は、株主を、その有する株式の内容及び数に応じて、平等に取り扱わなければならない。
「ここで重要なのは!」
私は鉛筆を掲げました。
「内容及び数、です!」
「二つあるな」
「はい!」
株式の内容。
株式の数。
この二つを、必ず確認する。
私はノートに二重線を引きました。
「じゃあ先輩、問題です!」
「俺が出す側じゃねえのか」
「今日は私が出します!」
「勝手にしろ」
「同じ内容の株式を百株持つAさんと、五百株持つBさん。二人に同じ一万円の配当を渡したら、平等ですか?」
「普通は違うだろ」
「正解です!」
私は机を叩きました。
「なぜなら、一株当たりの配当額が違うからです!」
Aさんは百株で一万円。
一株当たり百円。
Bさんは五百株で一万円。
一株当たり二十円。
「同じ内容の株式なのに、Aさんの一株だけ五倍の配当を受けています」
「そうだな」
「これでは原則として平等ではありません」
私はノートに書きました。
百株の人に一万円。
二百株の人に二万円。
五百株の人に五万円。
一株当たり百円。
「これなら?」
「一株当たり同じだな」
「そうです!」
つまり。
平等とは、全員に同じ総額を与えることではない。
同じ権利内容の株式を、同じ基準で扱うこと。
その結果、持株数が違えば受け取る総額も変わる。
「ここ、行政書士試験でも重要ですね」
「ああ」
「百株の人も五百株の人も同じ配当金、と考えたら間違いです」
私は頷きました。
なるほど。
これは覚えやすい。
しかも。
昨日の社長の顔を思い出すだけで、絶対に忘れそうにありません。
「じゃあ、次は議決権です」
私はページをめくりました。
――議決権。
株主総会で議案について賛否を表明する権利。
「先輩。株式会社では、株主一人につき一票ですか?」
「違う」
「ですよね!」
私は嬉しくなりました。
「原則は一株一議決権です!」
もちろん、株式の内容や法定の例外などによって違いが生じることはあります。
でも、今回の東浜精密工業のように、同じ内容の株式が千株ある場合。
基本は、株数に応じて議決権を数える。
「つまり」
私はノートに書きました。
杉本さん、百株。
議決権百個。
村井さん、二百株。
議決権二百個。
春江さん、五百株。
議決権五百個。
剛三社長、二百株。
議決権二百個。
「合計千個です!」
「ああ」
「ここで社長が言いました」
私は少し声を低くしました。
「俺が社長なんだから、俺の一票が一番重い!」
相馬先輩が顔をしかめました。
「そんなことまでは言ってなかっただろ」
「気持ちとしては言ってました!」
「勝手に台詞を増やすな」
「でも!」
私は鉛筆を握りました。
「社長だから一票が十票分になる、なんてことはありませんよね」
「当然だ」
社長であっても。
職人であっても。
経理担当であっても。
同じ内容の株式なら、株主としての権利は原則として株数に応じます。
「だから、株主総会の議決権と、会社での役職は区別する必要があるんですね」
「そういうことだ」
片桐所長が静かに言いました。
「会社の経営を担う者と、会社に出資した者は、法律上の立場が違う」
「はい」
「社長が二百株しか持っていなくても、代表取締役として仕事はできる」
「はい」
「しかし、代表取締役だからという理由で、ほかの八百株の議決権を奪うことはできない」
私は大きく頷きました。
経営の権限。
株主の権利。
それは別。
昨日の剛三社長は、そこを混同していたのです。
「ところで」
相馬先輩が言いました。
「お前、さっきから一株一議決権って言ってるが」
「はい」
「株式の数だけ見れば、何でも分かるのか?」
「……いいえ」
「何が必要だ」
「株式の内容です!」
私は次のページを開きました。
――種類株式。
「これが、二つ目の重要論点です!」
株式会社は、権利の内容が異なる株式を発行することがあります。
たとえば。
普通株式。
優先的に配当を受けられる株式。
議決権に制限のある株式。
現代の会社法では、こうした種類株式の仕組みが整理されています。
「先輩」
「何だ」
「百株持っているAさんと、百株持っているBさんがいます」
「うん」
「Aさんは普通株式」
「うん」
「Bさんは、適法に発行された配当優先株式を持っています」
「ほう」
「Bさんのほうが多く配当を受けたら、株主平等に違反しますか?」
相馬先輩は笑いました。
「違反とは限らねえな」
「正解です!」
私は机を叩きました。
なぜなら。
二人が持っている株式の内容が違うからです。
たとえば。
普通株式には、一株当たり百円。
優先株式には、その権利内容に従って一株当たり百五十円。
そうした配当をする仕組みが、適法に設けられている場合があります。
「この場合、同じ百株でも受け取る金額は違います」
「ああ」
「でも、その違いは社長の気分ではありません」
「そうだ」
「株式そのものに、違う権利が付いているんです!」
私は頷きました。
ここが重要です。
株主平等の原則は、どんな株式でも全く同じ権利でなければならない、という意味ではありません。
権利の内容が違う株式なら、その内容に応じた取扱いが認められる。
反対に。
同じ内容の株式なのに、持ち主の好き嫌いで一株当たりの配当を変えることは、原則として認められない。
「じゃあ、昨日の東浜精密工業は?」
相馬先輩が聞きました。
「全部同じ内容の株式でした!」
「そうだ」
「社長だけが特別な種類株式を持っていたわけではありません!」
「うん」
「だから、自分だけ二十万円もらうという理由にはならなかったんです!」
「正解」
私は嬉しくなりました。
株式の数。
株式の内容。
二つを区別するだけで、昨日の事件の見え方が変わります。
「じゃあ、もう一問」
片桐所長が言いました。
「はい!」
「同じ内容の株式を百株ずつ持つ二人がいる」
「はい」
「そのうち一人が社長で、もう一人が従業員だ」
「はい」
「社長だからといって、特別に多く配当できるか」
「原則として、できません!」
「そうだ」
「ただし、社長としての報酬は別問題です!」
所長が頷きました。
「そこだ」
私はノートを開きました。
――株主としての配当と、役員としての報酬は別。
昨日の剛三社長は、
「経営努力を評価するため」
という理由で、自分に二十万円の配当を出そうとしました。
でも。
社長として働いたことへの対価なら、役員報酬などの問題です。
株主としての配当とは、法的な性質が違います。
「ここを混同すると危ないですね」
「ああ」
「株主として配当を受ける権利を、社長へのご褒美に使ってはいけない」
「そうだ」
「しかも、役員報酬なら何でも自由に決められるわけでもありません」
私は書き足しました。
役員報酬にも、商法や定款、必要な会社の意思決定手続が関わります。
「社長って、好き勝手できそうで、実はルールが多いんですね」
「当たり前だ」
相馬先輩が言いました。
「会社は社長個人の財布じゃねえんだからな」
私は思わず笑いました。
昨日、聞いたばかりの話です。
でも。
勉強すればするほど。
その言葉の意味が、深く分かってくるのでした。
「さて」
私は鉛筆を置きました。
「ここからが、本日の最大の問題です」
「まだあるのか」
「あります!」
「長えな……」
「先輩!」
「何だ」
「株主平等の原則には、例外があるんです!」
相馬先輩が眉を上げました。
「種類株式のことか?」
「それとは別の仕組みです!」
私は大きく書きました。
――株主ごとに異なる取扱いを認める定款の定め。
「……長いな」
「長いです!」
現代の会社法百九条二項。
そこには、株主平等の原則の例外が定められています。
ただし。
対象は、公開会社でない株式会社。
いわゆる非公開会社です。
「先輩。現代では、非公開会社に限って、株主ごとに違う権利を定めることができるんです」
「また未来の話か」
「あっ!」
しまった。
私は慌てて口を押さえました。
相馬先輩は呆れた顔をしました。
「お前、さっきから妙に未来の制度に詳しいな」
「ええと……勉強熱心なので!」
「便利な言い訳だな」
私は苦笑しました。
でも。
これは本当に重要な違いです。
昭和六十三年の商法では、現在の会社法百九条二項に相当する一般的な属人的定めの制度はありません。
昔から種類株式などの仕組みはありました。
けれど。
現在の非公開会社で認められているように、特定の三つの権利について、株主という人ごとに異なる扱いを定款で定める仕組みとは区別する必要があります。
そして。
この例外を理解するには、まず三つの権利を覚えなければなりません。
「先輩!」
「何だ!」
「三つです!」
「何がだ!」
私は指を三本立てました。
一つ目。
剰余金の配当を受ける権利。
二つ目。
残余財産の分配を受ける権利。
三つ目。
株主総会における議決権。
「この三つです!」
相馬先輩が頷きました。
「配当、残余財産、議決権か」
「はい!」
私はノートに大きく丸をつけました。
ここ。
絶対に覚えたいところです。
「まず、一つ目」
私は書きました。
――剰余金の配当を受ける権利。
「これは昨日の事件ですね」
「ああ」
普通なら、同じ内容の株式については、その株数に応じて配当を受ける。
でも。
現代の非公開会社では、定款で株主ごとに違う扱いを定められる場合があります。
「たとえば」
私は言いました。
「家族で経営する小さな会社があったとします」
「うん」
「父親が会社を創業して、息子と娘が株主になっている」
「うん」
「そこで、適法な定款の定めによって、特定の株主に対する配当の扱いを変えることができるんです」
ただし。
もちろん社長の独断ではありません。
定款に必要な内容を定めること。
適法な決議手続を経ること。
そして、株主の基本的権利を不当に奪うような内容にしないこと。
そうした制約があります。
「つまり、例外だから何でもあり、ではないんですね」
「そりゃそうだ」
相馬先輩が言いました。
「例外の名前を使って、何でもできるようになったら、原則が意味を失うだろ」
「はい!」
私は頷きました。
原則。
例外。
どちらにも、きちんとした意味がある。
それを理解することが、法律の勉強なのです。
「二つ目は、残余財産の分配を受ける権利です」
私はノートに書きました。
――残余財産。
「先輩、会社が解散して清算を終えるとき、会社の財産が残っていたらどうなりますか?」
「まず債務を払う必要があるな」
「そうです!」
私は頷きました。
会社が解散したからといって、財産を全部株主で山分けできるわけではありません。
会社には、債権者がいます。
銀行。
取引先。
お金を貸している人。
支払を受けるべき人。
まず、そうした債務を清算する。
そのうえで残った財産が、残余財産です。
「たとえば」
私は言いました。
「会社が清算を終える段階で、債務を支払ったあとに百万円残っていたとします」
「うん」
「その百万円について、株主が権利内容と株数に応じて分配を受けるのが原則です」
百株。
二百株。
五百株。
同じ内容の株式なら、基本的には株数に応じます。
「でも!」
私は言いました。
「現代の非公開会社では、この残余財産の分配についても、定款で株主ごとに異なる取扱いを定められるんです」
「なるほどな」
「たとえば、創業時の特別な事情を考慮して、適法な範囲で分配の内容を調整することが考えられます」
ただし。
そもそも残余財産がなければ、分配するものはありません。
また、株主ごとの異なる取扱いを定めても、債権者より先に財産を受け取れるようになるわけではありません。
「所長」
私は顔を上げました。
「会社が解散するときって、株主より先に債権者を守るんですよね」
「そうだ」
「株主の分配権と、会社の借金の返済は、順番が違うんですね」
所長が頷きました。
「有限責任の会社だからこそ、会社財産をどう扱うかは重要だ」
私は、その言葉をノートに書きました。
株式会社。
株主有限責任。
会社債権者の保護。
残余財産。
なるほど。
配当と議決権だけでなく。
会社を終わらせる場面でも、株主平等は問題になるのです。
「そして、三つ目!」
私は鉛筆を掲げました。
――株主総会における議決権。
「これが、かなり面白いんです!」
「何がだ」
「現代の非公開会社では、株主ごとに議決権の扱いを変えられる場合があるんです!」
相馬先輩が首をかしげました。
「一株一議決権じゃなかったのか?」
「原則は、そうです!」
「じゃあ矛盾してるだろ」
「そこが例外なんです!」
私はノートに例を書きました。
ある小さな家族会社。
父親が百株。
息子が二百株。
娘が三百株。
合計六百株。
原則なら。
父親百個。
息子二百個。
娘三百個。
株数に応じた議決権です。
「でも、現代の非公開会社では、適法な定款の定めによって、株主ごとに違う議決権の配分をすることも考えられます」
「へえ」
「たとえば、創業者である父親の経営への関与を一定程度残すため、株数とは異なる議決権の扱いを設ける仕組みです」
私は頷きました。
中小企業では、株主と経営者が同じ家族の人たちであることも珍しくありません。
会社の株式を子供たちに移したい。
でも、創業者として経営に関わり続けたい。
そんな事情が生じることがあります。
「そうした会社の事情に合わせるための仕組みなんですね」
「なるほどな」
ただし。
これは現代の制度です。
昭和六十三年の商法に、同じ仕組みがそのまま存在していたわけではありません。
そして、現代でも定款を変えるには、厳格な手続が必要になります。
「先輩」
「何だ」
「ここで一つ、怖いことがあります」
「ほう」
「株主ごとに権利を変えられるなら、悪い社長が自分の議決権だけ増やそうとするかもしれません」
「昨日の剛三みたいにな」
「はい!」
私は頷きました。
そうです。
制度が柔軟になる。
それ自体は便利です。
でも。
便利な制度は、悪用される危険もある。
だからこそ。
法律は、例外を認める代わりに、必要な手続や制限も用意しているのです。
「じゃあ、問題です!」
私は勢いよく言いました。
相馬先輩が嫌そうな顔をしました。
「まだやるのか」
「ここ、絶対に間違えたくないんです!」
「何だ」
「現代の会社法百九条二項による株主ごとの異なる取扱いは、どんな株式会社でも認められますか?」
「公開会社でもできるのか?」
「できません!」
私は即答しました。
「非公開会社に限られます!」
ここでいう公開会社とは。
株式の譲渡について、法律上どのような制限があるかによって区別される会社です。
「先輩」
「何だ」
「公開会社って、株式を証券取引所に上場している会社だけのことじゃないんですよ」
「ほう」
「現代の会社法では、発行する全部または一部の株式について譲渡制限がない株式会社を、公開会社といいます」
「なるほどな」
「逆に、発行する全部の株式について譲渡制限がある株式会社は、非公開会社です」
私は二重線を引きました。
非公開会社。
全株式譲渡制限会社。
ここが重要です。
「東浜精密工業は?」
相馬先輩が聞きました。
「株式の譲渡に取締役会の承認が必要でした!」
「そうだな」
「だから現代の分類に当てはめれば、非公開会社に当たる形です」
ただし。
だからといって、昭和六十三年の剛三社長が、現代の例外を利用できるわけではありません。
「所長」
私は言いました。
「やっぱり、法律って時代によって違いますね」
「そうだ」
「現在なら認められる仕組みでも、昔は認められなかったりする」
「ああ」
「だから、法律を使うときには、その時点で有効な法律を確認しないといけないんですね」
所長が頷きました。
「当たり前のことだが、忘れる者は多い」
私は苦笑しました。
たぶん。
この事務所で一番忘れやすいのは、私です。
未来の条文を覚えているせいで。
「次は、例外を設けるときの手続です」
私はノートに書きました。
――定款。
――株主総会決議。
「先輩」
「何だ」
「現代の会社法百九条二項による定めを新しく設ける場合、社長が定款に書き足すだけで有効になりますか?」
「ならねえだろ」
「正解です!」
昨日の剛三社長も、こんな紙を送ってきました。
――代表取締役である株主については、他の株主に優先して利益配当を受けることができる。
そして。
――これで文句はないだろう。
……。
ありました。
文句。
山ほど。
「そもそも昭和六十三年には、現代の百九条二項がありません」
「ああ」
「それに、定款変更案を書いただけでは、定款は変わりません!」
「当然だ」
私は頷きました。
現代の制度でも、属人的な定めを導入する定款変更には、通常の特別決議より厳しい決議が必要です。
会社法三百九条四項。
具体的には。
総株主の半数以上。
かつ。
総株主の議決権の四分の三以上。
原則として、この両方を満たす賛成が必要です。
定款でさらに厳しい割合を定めていれば、その定めにも従います。
「……四分の三?」
相馬先輩が聞きました。
「はい!」
「結構厳しいな」
「そうなんです!」
私は東浜精密工業の数字を書きました。
千個の議決権があると仮定すると。
四分の三は、七百五十個。
しかも株主の人数についての要件もあります。
「社長が持っているのは?」
「二百株です!」
「議決権も二百個だな」
「はい!」
「全然足りねえな」
「全然足りません!」
私は笑いました。
ただし。
この三百九条四項は、現代の会社法による説明です。
昭和六十三年の定款変更の要件と混同してはいけません。
また、現代の百九条二項の定めを廃止する変更については、同じ四項の特殊決議がそのまま要求されるわけではありません。
「細かいですねえ……」
私は呟きました。
「法律だからな」
相馬先輩が言いました。
「でも、厳しい理由は分かります」
「何だ」
「株主ごとに権利を変えるというのは、会社の支配関係にも大きな影響を与えるからです」
相馬先輩が頷きました。
たとえば。
大株主の議決権を大幅に減らす。
少数株主の議決権を大幅に増やす。
それが簡単にできてしまえば。
会社の支配関係は、あっという間に変わってしまいます。
「だから、普通の決議より慎重に扱うんですね」
「そういうことだ」
私は二重線を引きました。
例外を認める。
その代わり、手続を厳格にする。
なるほど。
法律らしい仕組みです。
「ところで先輩」
「何だ」
「種類株式と、株主ごとに異なる取扱いをする仕組みって、どこが違うんでしょう?」
「いい質問だな」
私は目を輝かせました。
「褒めました?」
「まだだ」
「何でですか!」
相馬先輩は笑いました。
「自分で考えてみろ」
「はい!」
私はノートを二つに分けました。
左側。
種類株式。
右側。
属人的な定め。
まず、種類株式。
これは、株式そのものに違う権利内容が付いています。
たとえば。
A種類株式は、配当を優先的に受けられる。
B種類株式は、議決権に制限がある。
そうした違いです。
「つまり、権利の違いが株式に付いているんですね」
「ああ」
では、属人的な定め。
こちらは、特定の株主という人に着目します。
誰がその株式を持っているかによって、定款上の取扱いを変える。
「ここが違うんです!」
私は言いました。
「種類株式は、どんな株式か」
「うん」
「属人的な定めは、誰が持っているか」
「そうだな」
さらに。
現代の会社法百九条三項では、属人的な定めがある場合、その権利に関して内容の異なる種類株式とみなして、一定の会社法の規定を適用します。
「ややこしいですね!」
「お前が言い出したんだろ」
「そうでした!」
私は笑いました。
でも。
この違いは、かなり重要です。
株式の内容そのものを変えるのか。
株主という人ごとに権利の扱いを変えるのか。
似ているようで、制度の仕組みが違う。
そして、後者は現代の非公開会社に認められた特別な制度。
「これ、絶対に区別して覚えます!」
「そうしろ」
私は赤鉛筆で、大きく囲みました。
――種類株式は「株式」に着目。
――属人的な定めは「株主」に着目。
「さて」
片桐所長が帳簿を閉じました。
「こはる」
「はい!」
「なぜ、会社の法律は変わると思う」
私は少し考えました。
「……会社の形が変わるから、でしょうか」
「続けろ」
「昔と今では、会社を作る人も、会社の規模も、経営の仕方も違います」
「そうだな」
私は頷きました。
昭和六十三年。
株式会社の設立には、発起人が七人以上必要でした。
取締役は三人以上。
監査役も必要。
会社を作るだけでも、かなり大変です。
「今の時代、一人で株式会社を作ろうとしても、難しいんですよね」
「ああ」
「だから、名前だけ貸してもらうとか、人数を合わせるとか……」
相馬先輩が鼻で笑いました。
「いるな。そういう奴は」
昨日の事件でも。
創業時に、いろいろな人が出資していました。
職人。
経理担当。
先代社長の家族。
そうして会社ができた。
でも。
今の社長は、その人たちを邪魔者のように扱おうとした。
「昔の厳しい設立要件には、会社の組織を整えるという意味もあったんでしょうけど」
私は言いました。
「人数だけそろえても、実際の経営がきちんと行われるとは限らないんですね」
所長が頷きました。
「形式だけ整えても、実態が伴わなければ意味がない」
「はい」
私は、未来の会社法を思い浮かべました。
平成十七年。
会社法制定。
平成十八年。
施行。
それまで商法第二編や有限会社法などに分かれていた会社制度が、大きく整理される。
有限会社の新設はできなくなり、合同会社という新しい会社形態も登場する。
株式会社の設立制度も簡略化される。
現代では、発起人一人。
取締役一人。
資本金一円でも、法律上は株式会社を設立できます。
ただし、実際に事業を続けられる資金が必要なことは、また別問題です。
「先輩」
「何だ」
「もし一人で会社を作れる時代が来たら、便利でしょうね」
「一人で?」
「はい!」
相馬先輩は怪訝な顔をしました。
「株式会社を一人で作るってのか?」
「……たとえばの話です!」
「妙なことを考える奴だな」
「そうですか?」
「発起人を七人集めなくていいなんて、随分楽な話だ」
私は思わず笑いました。
そうです。
現代では、実際にそうなります。
そして。
会社法が独立した背景には、単に会社を作りやすくするだけでなく、さまざまな会社の実態に応じた制度を整える必要があったのです。
大きな会社。
小さな会社。
家族だけで経営する会社。
多数の投資家が株式を持つ会社。
すべてを全く同じ仕組みで扱うのではなく、会社の性質に応じたルールを設ける。
その方向で、制度が整理されていった。
「だから、非公開会社の属人的な定めも、そういう柔軟性の一つなんですね」
私は呟きました。
「何だって?」
相馬先輩が聞き返しました。
「い、いえ!」
しまった。
また未来の話を口にしてしまいました。
「会社の事情に合わせて、ルールを考えることも大事だなって!」
「そりゃそうだ」
所長が静かに言いました。
「ただし、柔軟であることと、勝手であることは違う」
私は顔を上げました。
「……はい」
「会社の実情に合わせるための定款と、社長が自分だけ得をするための定款は、同じではない」
その言葉が、胸に残りました。
柔軟。
自由。
例外。
便利な言葉です。
でも。
その便利さを、誰かの権利を踏みにじる道具にしてはいけない。
そこを忘れてしまえば。
昨日の剛三社長と、同じことになってしまいます。
「さて、こはる」
相馬先輩が言いました。
「はい!」
「ここまで覚えたなら、確認問題だ」
「来ましたね!」
「東浜精密工業の株式は、全部同じ内容だったな」
「はい!」
「じゃあ、一株当たり二百円の配当を適法に決めたら、百株の杉本は?」
「二万円!」
「二百株の村井は?」
「四万円!」
「五百株の春江さんは?」
「十万円!」
「二百株の剛三は?」
「四万円!」
「合計は?」
「二十万円!」
「よし」
私は拳を握りました。
「完璧です!」
「じゃあ次」
「はい!」
「同じ百株でも、権利内容の違う種類株式なら、配当額が違うことはあるか?」
「あります!」
「理由は?」
「株式の内容が違うからです!」
「よし」
「次!」
私が催促すると、相馬先輩が笑いました。
「随分やる気だな」
「試験に出ますから!」
「じゃあ、現代の制度とやらも答えてみろ」
私は固まりました。
「……え?」
「さっきから熱心に話してたじゃねえか」
先輩はにやりとしました。
「非公開会社では、何を変えられるんだった?」
私は息を吸いました。
「剰余金の配当を受ける権利!」
「うん」
「残余財産の分配を受ける権利!」
「うん」
「株主総会における議決権!」
「よし」
私は続けました。
「ただし、定款で定める必要があります!」
「そうだな」
「そして、現代の会社法では、その定款変更に厳しい決議要件があります!」
「どんなだ?」
「総株主の半数以上、かつ総株主の議決権の四分の三以上です!」
言い切ってから。
私は、はっとしました。
……。
しまった。
未来の条文を、また詳しく説明してしまいました。
相馬先輩が眉をひそめます。
「……お前」
「はい?」
「随分と具体的な数字まで知ってるんだな」
「あ、あの……」
「どこの本を読んだんだ?」
私は、慌てて笑いました。
「夢で見ました!」
「夢?」
「はい!」
「……お前の夢って、随分つまらなそうだな」
「ひどい!」
相馬先輩は呆れた顔をしました。
私は胸を撫で下ろしました。
危ない。
未来人。
また正体がばれそうになりました。
でも。
頭の中の整理は、完璧です。
「最後に、昨日の議事録だ」
片桐所長が言いました。
「はい!」
所長は、東浜精密工業の議事録の写しを机に置きました。
そこには、
――出席株式数 千株。
――満場一致で承認可決。
と書かれていました。
「実際には、社長だけが出席していた」
「はい」
「ほかの株主は、招集通知も受けていないと述べている」
「はい」
「委任状も出していない」
「そうです」
所長は、議事録を指差しました。
「株主平等の原則だけで、すべてが解決したわけではないな」
私は頷きました。
「はい」
今回の事件には、二つの大きな問題がありました。
一つ。
同じ内容の株式なのに、社長だけを特別扱いした配当。
もう一つ。
株主総会の出席状況や決議の内容について、事実と異なる記載があったこと。
「この二つは、別々に考える必要があります」
「そうだ」
「配当の内容が不公平でも、総会手続が適法だったかどうかは別に調べる」
「うん」
「逆に、議事録に問題があるからといって、株主平等の原則の説明が不要になるわけでもない」
「そのとおり」
私は頷きました。
そして。
もう一つ、気づいたことがあります。
「所長」
「何だ」
「内容証明って、相手が受け取っただけで、株主総会の決議が自動的に無効になるわけじゃないんですよね」
「そうだ」
「決議の効力に争いがあれば、必要に応じて法律上の手続を取る」
「ああ」
「でも、問題点を整理した書面が届けば、相手も放置できなくなる」
所長が頷きました。
「事実と法律を正確に示すことに意味がある」
私は、昨日の書面を思い出しました。
出席していない株主。
存在しない委任状。
事実と違う議事録。
社長だけへの配当。
勝手に作った定款変更案。
どれも、確認できる具体的な問題でした。
「先輩」
「何だ」
「昨日の社長って、最後は弁護士に相談していましたよね」
「ああ」
「それで、自分のやったことの危なさに気づいた」
「そうだな」
相馬先輩は煙草を消しました。
「行政書士の書類は、裁判の判決じゃねえ」
「はい」
「相手を無理やり従わせる力があるわけでもねえ」
「はい」
「だが、相手が何を説明しなきゃならねえのか、はっきりさせることはできる」
私は頷きました。
そうです。
書類の力。
それは、相手を脅すことではない。
事実を明らかにして、法律上の問題を見えるようにすること。
そして。
必要なら、弁護士などの専門家につなぐ。
その役割を、きちんと果たすことなのです。
窓の外は、もう夕暮れでした。
商店街の電灯が、一つずつ灯っていきます。
私はノートを見直しました。
株主平等の原則。
株式の内容。
株式の数。
種類株式。
属人的な定め。
剰余金の配当。
残余財産の分配。
議決権。
最初は、ごちゃごちゃしていました。
でも。
昨日の事件を思い出すと、全部つながります。
百株を持つ杉本さん。
二百株を持つ村井さん。
五百株を持つ春江さん。
二百株を持つ剛三社長。
みんな、同じ内容の株式を持っていました。
だから、株式の数に応じた平等な取扱いが必要だった。
一方。
株式の権利内容が違えば、その違いに応じた取扱いが認められる。
さらに、現代の非公開会社には、一定の権利について、株主ごとに異なる扱いを定款で定める例外がある。
でも。
その例外には、法律上の要件や手続がある。
勝手にできるわけではない。
「……なるほど」
私は呟きました。
「何がだ」
相馬先輩が聞きました。
「株主平等の原則って、単にみんなを同じにするルールじゃないんですね」
「ああ」
「同じものは同じように扱う。でも、法律が認める違いは、その違いに応じて扱う」
「そうだな」
「そして、例外を使うときには、決められた手続を守る」
「そのとおり」
私は笑いました。
「やっと分かりました!」
片桐所長が頷きました。
「それでいい」
私はノートの最後のページを開きました。
ここに。
今日の一行を書きます。
鉛筆を握って。
ゆっくり。
――株主平等は「内容と数」。非公開会社の例外は「配当・残余財産・議決権」を定款で。
「……できた!」
私はノートを掲げました。
「先輩、どうですか!」
相馬先輩が覗き込みました。
「まあ、覚えやすいんじゃねえか」
「褒めましたね!」
「気のせいだ」
「またそれですか!」
私は笑いました。
でも。
この一行は、たぶん忘れません。
あの町工場を思い出せばいい。
機械の前で働く杉本さん。
帳簿を守ってきた村井さん。
先代社長の思いを受け継ぐ春江さん。
そして。
会社を自分のものだと思い込んでいた剛三社長。
四人が持っていた株式は、全部同じ内容でした。
でも、株数は違う。
だからこそ。
法律は、株式の内容と数に応じた平等を求める。
会社の中で、どんな肩書きを持っているか。
誰が偉そうにしているか。
誰の声が大きいか。
そんなものでは、株主の権利は決まりません。
そして。
もし権利の違いを設けたいのなら。
法律が認める制度を使い。
必要な定款の定めと手続を守る。
それが、会社という仕組みを使う者の責任なのです。
「ところで、こはる」
相馬先輩が言いました。
「はい?」
「今日の勉強会は終わりか?」
「はい!」
「じゃあ、帳簿を棚に戻してくれ」
「分かりました!」
「それと、机を拭け」
「はい!」
「床も掃いとけ」
「……ちょっと待ってください」
私は腕を組みました。
「先輩」
「何だ」
「私にも平等に扱われる権利があると思うんです」
「ほう」
「先輩は座って新聞を読んでるのに、私だけ掃除です!」
相馬先輩がにやりとしました。
「お前、株主平等の原則を勉強したばっかりだろ」
「はい!」
「じゃあ、俺とお前は、この事務所の株主なのか?」
「……違います」
「株式会社なのか?」
「……違います」
「なら株主平等の原則を持ち出すな」
「ぐっ……!」
正論。
まさか、商法で反撃されるとは。
私は悔しくなりました。
「でも先輩!」
「何だ!」
「平等って、会社法以外にも大事な考え方ですよね!」
「そりゃそうだ」
「だったら掃除も平等に!」
「所長に言え」
……。
また、それですか。
私は奥を向きました。
「所長!」
「何だ」
「掃除の分担について、平等な取扱いを求めます!」
所長は帳簿から顔を上げました。
そして。
「よし」
「本当ですか!」
「相馬は明日の取引先との打合せ資料を作れ」
「はい」
「こはるは掃除を頼む」
「……え?」
「それぞれの仕事の内容に応じた分担だ」
……。
完敗。
相馬先輩が吹き出しました。
「ほらな」
「先輩!」
「何だ!」
「それ、さっき勉強した株主平等の考え方に似てません?」
「どこがだ」
「全員に同じ仕事をさせることが平等とは限らない!」
「まあ、似てるところはあるかもな」
「でも私は掃除が嫌です!」
「それは別問題だ!」
私はため息をつきました。
なるほど。
平等とは、何でも自分の希望どおりになることではありません。
同じ条件なら、同じように扱う。
違う条件なら、その違いをきちんと考える。
そして。
ルールがあるなら、そのルールを守る。
……。
分かりました。
分かりましたけど。
やっぱり掃除は、ちょっと面倒です。
私は箒を手に取りました。
窓の外では、夕焼けに染まった町を、工場帰りの人たちが歩いています。
その中には、東浜精密工業の職人たちもいるのでしょう。
今日も機械を動かして。
部品を作って。
会社を支えて。
家族のもとへ帰っていく。
あの人たちは、結局、今期の配当金を受け取りませんでした。
でも。
自分たちが株主として尊重されること。
会社のお金が、きちんと会社のために使われること。
それを取り戻しました。
私は思いました。
株主平等の原則。
試験では、たった一行の知識です。
でも。
その一行がなければ。
小さな会社で働く人たちの出資は、社長の都合で踏みにじられてしまうかもしれない。
そして。
現代の会社法が、一定の非公開会社に限って例外を認めるのも、ただ不平等を許すためではありません。
会社ごとの事情に合わせながら、適法なルールのもとで経営を続けられるようにするため。
原則と例外。
どちらも、会社を守るための仕組みなのです。
私は箒を止め、ノートの最後の一行をもう一度読みました。
――株主平等は「内容と数」。非公開会社の例外は「配当・残余財産・議決権」を定款で。
よし。
完璧。
「こはる!」
相馬先輩の声が飛びました。
「はい!」
「箒を持ったまま止まるな!」
「今、学習内容を復習してたんです!」
「復習は掃除のあとにしろ!」
「先輩!」
「今度は何だ!」
「私、今日の勉強で大事なことを理解しました!」
「何だ!」
「平等とは、全員に同じものを与えることじゃありません!」
「そうだな!」
「だから先輩には、私より多く掃除をする権利を差し上げます!」
「いらねえよ!」
「特別扱いです!」
「勝手に定款を作るな!」
……なるほど。
相手に不利な権利を勝手に押しつけても、法律上の根拠にはならないようです。
残念ながら。
株主平等の原則と、その例外を完璧に覚えたところで。
見習い行政書士の掃除当番だけは、なくならないのでした。
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