[婚姻の解消]法理編 こはるノート
離婚届は、夫婦を他人にすることができます。
でも。
二十年間、一緒に築いた財産まで、消してしまうことはできません。
まして。
夫が働き、妻が家庭を守っていたからといって。
夫だけが、すべての財産を手に入れてよいわけではないのです。
婚姻の解消。
協議離婚。
裁判離婚。
復氏。
財産分与。
そして、離婚後も変わらない親子の関係。
どれも民法の大切な制度です。
ただし。
昭和六十三年と令和では、法律が大きく変わっている部分があります。
とくに。
財産分与の請求期間。
昭和では二年。
現代では五年。
たった三年の違い。
でも、その三年が。
誰かの人生を、救うこともあるのです。
昭和六十三年。
夕方の片桐行政書士事務所。
私は机に向かい、ノートを開いていました。
表紙には大きく、
――こはるノート・民法編。
と書いてあります。
「……危なかった」
私が呟くと、相馬先輩が新聞から顔を上げました。
「何がだ」
「この前の高瀬文江さんの事件です」
「ああ。財産分与の件か」
「はい」
私は大きく息を吐きました。
高瀬文江さん。
四十六歳。
二十年間、専業主婦として家庭を支えてきた女性。
ところが、離婚後。
元夫の義雄は、こう言ったのです。
――お前は一円も稼いでいない。
――財産は全部、俺のものだ。
――離婚から二年が過ぎれば、もう請求できない。
そして。
その二年の期限まで、残り十四日。
「先輩」
「何だ」
「私、最初は五年あると思ったんです」
「……また未来の法律か」
「はい……」
私は肩を落としました。
現代の民法では、財産分与の家庭裁判所への請求期間は五年。
令和八年四月一日に施行された改正によって、二年から五年に延長されました。
でも。
ここは昭和六十三年。
当然、そんな改正はまだありません。
「もし私が、五年あるから大丈夫ですって言っていたら……」
「高瀬さんは、期限を逃していたかもしれねえな」
「……怖い」
相馬先輩は新聞を畳みました。
「法律を知ってるつもりの奴が、一番危ねえこともある」
「はい」
「条文は、いつの条文かまで確かめろ」
そこへ、奥から片桐所長が声をかけました。
「こはる」
「はい!」
「今日は、婚姻の解消を整理してみろ」
「分かりました!」
「まず、婚姻はどうすれば終わる」
私は鉛筆を握りました。
「配偶者の死亡、または離婚です!」
「そうだ」
よし。
今日の勉強会。
開始です。
私はノートの最初のページに書きました。
――婚姻の解消。
婚姻関係が消滅すること。
「まず、配偶者が死亡した場合です」
私は言いました。
「夫婦の一方が亡くなると、婚姻関係は解消します」
「当然だな」
相馬先輩が頷きました。
「ただし、ちょっと注意です」
「何だ?」
「婚姻が解消しても、死亡した配偶者の血族との姻族関係が当然に終了するわけではありません」
「ほう」
「たとえば、夫が亡くなっても、妻と夫の両親との姻族関係は、それだけでは消えません」
民法七百二十八条。
離婚の場合には、姻族関係は終了します。
一方、配偶者の死亡の場合には、生存配偶者が姻族関係終了の意思表示をする制度があります。
「つまり」
私は言いました。
「死亡による婚姻の解消と、離婚による婚姻の解消では、その後の法律関係が違うこともあるんです」
「なるほどな」
相馬先輩が頷きました。
私は続けました。
「それから、死亡といえば、失踪宣告も重要です」
民法第三十条。
失踪宣告。
「先輩、問題です!」
「何だよ」
「夫が突然いなくなりました。七年間、生死が分かりません。妻は、もう絶対に夫婦関係を終わらせられないのでしょうか?」
「いや。失踪宣告があるだろ」
「正解です!」
「俺を受験生扱いするな」
私は笑いました。
普通失踪。
不在者の生死が七年間明らかでない場合。
利害関係人の請求によって、家庭裁判所が失踪宣告をすることができます。
そして。
失踪宣告を受けた人は、七年間の期間が満了した時に死亡したものとみなされます。
「この場合、婚姻関係も解消するんですね」
「そうだ」
さらに。
特別失踪。
船の沈没など、死亡の原因となる危難に遭遇した場合。
危難が去った後、一年間生死が明らかでなければ、失踪宣告の対象になります。
「普通失踪は七年。危難失踪は一年」
私はノートに書きました。
すると、相馬先輩が言いました。
「じゃあ、夫が三年間行方不明だったら?」
「え?」
「それで失踪宣告を受けられるのか?」
「いいえ!」
私は答えました。
「普通失踪なら七年間必要です!」
「じゃあ、妻は何もできねえのか?」
「……あ!」
私は六法をめくりました。
民法七百七十条。
裁判上の離婚。
第三号。
――配偶者の生死が三年以上明らかでないとき。
「裁判離婚の原因になります!」
「そうだ」
ここ。
ものすごく重要です。
生死不明三年。
裁判離婚の原因。
普通失踪七年。
失踪宣告の要件。
同じ「行方不明」でも、制度が違うのです。
「先輩、これ、試験で間違えそうです!」
「お前なら間違えるな」
「ひどい!」
「だから今覚えろ」
私は大きく書きました。
――三年は離婚。七年は普通失踪。
ただし、三年生死不明だからといって、何もしなくても離婚になるわけではありません。
裁判離婚には、裁判所の判断が必要です。
一方、失踪宣告は、法律上死亡したものとみなす制度。
相続にも影響します。
「同じ婚姻の解消でも、法律効果が違うんですね」
「そういうことだ」
私は頷きました。
覚えるべき数字が、少し整理できました。
「次は協議離婚です!」
私はページをめくりました。
――民法七百六十三条。
夫婦は、その協議で、離婚をすることができる。
「これは分かりやすいですね」
「どういうことだ?」
「夫婦が話し合って、離婚に合意すればいいんです」
「それだけか?」
「……あ」
私は鉛筆を止めました。
相馬先輩が笑っています。
「届出がいるだろ」
「はい!」
危ない。
また、うっかりするところでした。
協議離婚。
夫婦双方に離婚する意思があり、法律上必要な届出をすることで成立します。
「ただの口約束では、協議離婚は成立しないんですよね」
「そうだ」
「別居していても?」
「それだけじゃ離婚にならねえ」
「何年も会っていなくても?」
「それだけではな」
私は頷きました。
たとえば。
夫婦が喧嘩して、
「もう離婚だ!」
「いいわよ!」
と言ったとします。
そのまま十年間、別々に暮らした。
でも。
それだけで協議離婚が成立するわけではありません。
法律上の離婚には、届出が必要なのです。
「じゃあ、届出の方式は?」
相馬先輩が聞きました。
「当事者双方と、成年の証人二人以上です!」
「そうだ」
私はノートに書きました。
民法七百六十四条。
婚姻の規定を準用。
民法七百三十九条。
届出の方式。
書面による場合、当事者双方と成年の証人二人以上の署名が必要。
また、法律上は口頭による届出の方式も定められています。
「ところで、昭和六十三年の成年って何歳ですか?」
私は得意げに尋ねました。
「二十歳だろ」
「正解です!」
「だから受験生扱いするな!」
私は笑いました。
現代の成年年齢は十八歳。
でも、昭和六十三年では二十歳。
つまり。
当時の十九歳は、まだ成年ではありません。
「証人二人といっても、当時の十九歳を成年の証人として数えてはいけないんですね」
「そういうことだ」
私は赤線を引きました。
民法。
時代によって、同じ言葉の意味する年齢が変わる。
これも転生者には危険な落とし穴です。
「ところで、先輩」
「何だ」
「協議離婚って、本人に判断能力の問題がある場合はどうなるんですか?」
「ほう」
相馬先輩がこちらを見ました。
「どんな問題だ?」
「現代なら、成年被後見人の協議離婚に成年後見人の同意は不要ですよね」
「……何だ、その言葉は」
しまった。
またです。
私は額を押さえました。
「禁治産者ですね……」
「そうだ」
昭和六十三年。
まだ成年後見制度はありません。
当時の制度では、禁治産者という用語が使われていました。
現在の民法七百三十八条は、成年被後見人について定めています。
でも、昭和の同条は禁治産者についての規定。
「禁治産者の婚姻にも、後見人の同意は必要ありません」
私は言いました。
「そして、その規定が協議離婚にも準用されます」
「そうだ」
ただし。
ここで大切なのは。
後見人の同意が不要ということと、本人に離婚の意思がなくてもよいということは、まったく違うという点です。
「本人の離婚意思は必要なんですよね」
「当然だ」
片桐所長が静かに言いました。
「他人が勝手に、その人の婚姻を終わらせてよいわけではない」
「はい」
私は頷きました。
婚姻も、離婚も。
本人の人生を大きく変える法律行為です。
だからこそ。
本人の意思を抜きにして考えてはいけない。
「所長」
「何だ」
「この前の婚姻無効事件ともつながっていますね」
「そうだ」
婚姻届に署名がある。
証人が二人いる。
形式は整っている。
でも、本人に婚姻意思がなければ問題になる。
それと同じように。
離婚届がある。
ハンコもある。
でも、本人に離婚意思がなければ、その効力が問題になります。
「形式だけじゃないんですね」
「そうだ」
私はノートに書きました。
――届出の形式と、本人の意思は、両方確認する。
うん。
覚えました。
「では、次」
相馬先輩が言いました。
「この前、電話してきた女性の件だ」
「あ……!」
私は顔を上げました。
夫から、
「離婚届にハンコを押さなければ、子供に会わせない」
と脅されていた女性。
まだ離婚届は提出されていませんでした。
「強迫による離婚ですね」
「そうだ」
私は民法七百四十七条を開きました。
詐欺又は強迫による婚姻の取消し。
この規定は、協議離婚にも準用されます。
「つまり、詐欺や強迫によって協議離婚をした人は、家庭裁判所に取消しを請求できるんですね」
「そうだ」
ただし。
すべての強い言葉が、法律上の強迫になるわけではありません。
どのような脅しがあったのか。
それによって本人の自由な意思決定が妨げられたのか。
具体的な事情を見る必要があります。
「ここで、もう一つ期限があります!」
私は書きました。
詐欺を発見した後。
または強迫を免れた後。
三か月。
さらに、追認した場合にも取消権は消滅します。
「三か月か」
相馬先輩が言いました。
「短いですね……」
「だから放っておくなってことだ」
私は頷きました。
ただし、今回の相談者は、まだ離婚届を提出されていませんでした。
「この場合は、まず勝手に届出が受理されることを防ぐ対策が重要ですね」
「そうだ」
本人の離婚意思がないのであれば、離婚届の不受理申出など、利用できる制度の確認が必要になります。
相手が脅しているなら、その記録を残すことも重要です。
そして、法律紛争が具体化している場合には、弁護士につなぐ。
「こはる」
片桐所長が言いました。
「強迫された離婚と、そもそも離婚意思がない届出は、混同するな」
「はい!」
詐欺・強迫による離婚の取消し。
離婚意思を欠くことによる無効。
似ているようで、法的な構成が違う。
どちらに当たるかは、具体的な事実によります。
「だから、まず本人が何を考えていたかを聞くんですね」
「そうだ」
片桐所長が頷きました。
「本人の意思を確かめずに、書類だけ見て結論を出すな」
私は、その言葉にも赤線を引きました。
「さて」
相馬先輩が新聞を横に置きました。
「協議で離婚できねえ場合は?」
「裁判離婚です!」
私はノートをめくりました。
――民法七百七十条。
裁判上の離婚。
「昭和六十三年の民法では、裁判上の離婚原因が五つあります」
私は、一つずつ書きました。
第一号。
配偶者に不貞な行為があったとき。
第二号。
配偶者から悪意で遺棄されたとき。
第三号。
配偶者の生死が三年以上明らかでないとき。
第四号。
配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。
第五号。
その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。
「……先輩」
「何だ」
「第四号、現代の感覚だとかなり強烈ですね」
「強度の精神病か」
「はい」
私は六法を見つめました。
昭和六十三年の民法には、この規定が存在しました。
しかし。
令和八年四月施行の改正によって、この第四号は削除されています。
「今はまだ、ある条文なんだな」
「はい」
私は頷きました。
ただし、昭和の規定でも。
精神疾患があるというだけで、自動的に離婚できるわけではありませんでした。
強度であること。
回復の見込みがないこと。
さらに、具体的な事情。
裁判所は慎重に判断する必要がありました。
判例上も、離婚後の療養や生活について相応の具体的な方途が講じられているかが重要な問題になっていました。
「病気になったから、はい離婚、とはいかねえってことだな」
相馬先輩が言いました。
「そうです」
そして現代では、特定の精神疾患を独立した離婚原因とする規定をなくし、婚姻を継続し難い重大な事由があるかという枠組みで個別の事情を判断する方向になっています。
「昔の法律を知ると、改正の理由も見えてきますね」
「そうか?」
「はい」
私は答えました。
「人の病気を、単純な離婚の理由として扱わないようにする。そのための見直しでもあるんだと思います」
片桐所長が頷きました。
「条文は、時代の中で見直される」
「はい」
「だが、古い条文がある時代の事件なら、その時代の法律で考えなければならん」
「……分かっています」
本当に。
未来の知識は、便利なだけではありません。
昭和の事件では、昭和の民法。
そこを忘れたら、依頼人を守れないのです。
「じゃあ、第五号は?」
相馬先輩が聞きました。
「その他婚姻を継続し難い重大な事由です」
「具体的には?」
「たとえば、深刻な暴力や、婚姻生活が完全に破綻している場合などです」
「うん」
私は続けました。
「ただし、単に性格が合わないとか、喧嘩をしたとか、それだけで必ず離婚が認められるわけではありません」
「そうだ」
裁判所は、婚姻生活の実態を見ます。
別居の期間。
夫婦の関係。
子供の状況。
婚姻を継続することが現実に可能なのか。
そのほかの事情。
「それから、七百七十条第二項です!」
私は六法を指差しました。
昭和六十三年の規定では。
第一号から第四号までの離婚原因がある場合でも、裁判所が一切の事情を考慮し、婚姻の継続を相当と認めるときは、離婚の請求を棄却できるとされていました。
「つまり、不貞行為があれば絶対に離婚できる、ではないんですね」
「そうだ」
「ただし、第五号は、この第二項の列挙には入っていません」
「そこまで覚えろ」
「はい!」
私は赤線を引きました。
もっとも。
裁判離婚では、条文に書かれた原因だけでなく、判例上の考え方も重要です。
たとえば、有責配偶者からの離婚請求。
自分が不貞行為をして夫婦関係を壊したのに、
「もう結婚生活は終わっているから離婚させろ」
と求める場合。
「先輩、これって認められるんですか?」
「簡単にはいかねえな」
「ですよね」
昭和六十二年の最高裁大法廷判決では、有責配偶者からの離婚請求について、それまでの厳格な考え方を見直し、長期間の別居などの事情のもとで認められる余地が示されました。
ただし、無条件に認められるわけではありません。
未成熟の子の有無。
相手方配偶者が離婚によって著しく苛酷な状態に置かれないか。
別居期間など。
具体的な事情が重視されます。
「……難しいですね」
私は呟きました。
「夫婦は、二人だけの問題じゃないこともあるからな」
相馬先輩が言いました。
私は頷きました。
そうですね。
離婚するとき。
夫婦だけでなく、子供の生活や、経済的に弱い立場の配偶者の将来にも影響が及びます。
だからこそ。
裁判所は、単純な機械のように、
「原因あり、離婚成立!」
とは判断しないのです。
「次は、離婚の効果です」
私はページをめくりました。
――民法七百六十七条。
離婚による復氏。
「先輩、離婚したら苗字はどうなりますか?」
「婚姻で氏を変えた側は、原則として婚姻前の氏に戻る」
「正解です!」
「だから俺に問題を出すな!」
私は笑いました。
婚姻によって氏を変更した夫または妻。
離婚すれば、原則として婚姻前の氏に戻ります。
これを復氏といいます。
「でも、例外があります」
「三か月だろ」
「先に言わないでください!」
「知ってるよ」
私は頬を膨らませました。
離婚の日から三か月以内。
戸籍法の定めに従って届出をすれば、離婚の際に称していた氏を引き続き使うことができます。
「これは高瀬文江さんの事件でも出てきましたね」
「ああ」
文江さんは、離婚後、旧姓に戻っていました。
でも、子供たちと同じ氏を使い続けたいという気持ちもあった。
「離婚後の氏は、本人の生活にも大きく影響します」
「そうだな」
「仕事の名前、銀行口座、子供との関係……」
私は頷きました。
氏は、単なる文字ではありません。
長年、その名前で暮らしてきた人にとっては、生活そのものに深く結びついています。
「ところで、先輩」
「何だ」
「離婚した父母の氏と、子供の氏は、自動的に同じになりますか?」
「いや。子供の氏が当然に変わるわけじゃねえ」
「そうなんです!」
私は勢いよく頷きました。
たとえば、離婚によって母が婚姻前の氏に戻った場合。
子供の氏が自動的に母と同じ氏になるわけではありません。
子供の氏を変更するには、原則として家庭裁判所の許可など、別の手続が必要になります。
「離婚すると、夫婦の氏と子供の氏を別々に考える必要があるんですね」
「そういうことだ」
私は書きました。
――復氏三か月。子供の氏は自動変更ではない。
よし。
これも覚えました。
「さて」
相馬先輩が腕を組みました。
「いよいよ本題だな」
「財産分与ですね!」
私はノートの中央に、大きく書きました。
――民法七百六十八条。
財産分与。
今回の高瀬文江さんの事件。
その決定打になった条文です。
「先輩」
「何だ」
「財産分与って、そもそも何のための制度なんですか?」
「考えてみろ」
私は少し黙りました。
二十年間の婚姻生活。
夫は働き、妻は家庭を守った。
そして、結婚後に家を購入した。
預金も増えた。
でも、その名義は全部夫。
離婚したからといって。
全部、夫のもの。
……それでは、不公平です。
「夫婦が協力して築いた財産を、公平に分けるためです」
「そうだ」
相馬先輩が頷きました。
「ただし、それだけじゃねえ」
「え?」
私は顔を上げました。
財産分与には、一般にいくつかの役割があります。
夫婦の協力によって形成した財産の清算。
離婚後の生活を支えるという扶養的な考慮。
そして、事情によっては、慰謝料的な要素を含むこともある。
「つまり」
私は言いました。
「単に預金を半分にするだけの制度じゃないんですね」
「そうだ」
片桐所長が口を開きました。
「七百六十八条三項を読め」
「はい!」
私は六法を開きました。
家庭裁判所は、当事者双方がその協力によって得た財産の額、その他一切の事情を考慮して、分与の額や方法を定める。
「双方の協力……」
私は呟きました。
「そこだ」
所長が言いました。
「名義だけを見て決めるな」
「はい」
私は文江さんの家計簿を思い出しました。
二十年間。
一冊、また一冊。
食費。
学用品。
住宅ローン。
貯金。
家計のやりくり。
そこには、文江さんの努力が残っていました。
「文江さんは、給料をもらっていませんでした」
「そうだ」
「でも、家庭を支えることで、夫の収入や財産形成に貢献していました」
「そうだな」
「だから、専業主婦だから財産分与ゼロ、とはならない」
「そのとおりだ」
私は大きく頷きました。
ただし。
「全部の財産が半分になるわけでもないんですよね」
「そこも重要だ」
片桐所長が頷きました。
たとえば。
夫が結婚前から所有していた土地。
妻が親から相続した預金。
こうした財産は、原則として各自の特有財産として扱われます。
一方。
婚姻中に夫婦の協力で購入した家。
婚姻中の収入を蓄えた預金。
そうした財産は、財産分与の対象になり得ます。
「名義が夫でも、夫婦の協力で得た財産なら考慮する」
「そうだ」
「名義が妻でも同じ」
「当然だ」
「婚姻前から持っていたものや、相続で得たものは、原則として別」
「そうだ」
私はノートに書きました。
――名義ではなく、財産の形成過程を見る。
なるほど。
文江さんの事件で、あの家計簿が大切だった理由。
今なら、はっきり分かります。
「じゃあ、こはる」
相馬先輩が言いました。
「財産分与は、離婚する前に全部決めておかなきゃならねえのか?」
「いいえ!」
私は答えました。
「離婚後でも請求できます!」
「そうだ」
民法七百六十八条。
協議上の離婚をした者の一方は、相手方に財産分与を請求できます。
そして。
協議が調わないとき。
協議ができないとき。
家庭裁判所に、協議に代わる処分を求めることができます。
「ただし!」
私は自分で声を上げました。
「期限があります!」
相馬先輩が笑いました。
「そうだな」
私は大きく書きました。
昭和六十三年。
――離婚から二年。
令和八年四月一日以降の離婚。
――離婚から五年。
「ここです!」
私は鉛筆で二重線を引きました。
「今回、私が間違えかけたところです!」
「そうだ」
令和八年の改正。
財産分与の家庭裁判所への請求期間は、二年から五年へ延長されました。
なぜか。
私は考えました。
離婚するとき。
夫婦には、たくさんの問題があります。
住む場所。
仕事。
子供の生活。
養育費。
財産。
場合によっては、暴力や経済的な支配から逃れる必要もあります。
そんな状況で。
二年以内に、財産をすべて調べて、請求しなければならない。
それは、簡単ではありません。
「文江さんのように、相手が資料を出さない場合もありますからね」
「そうだな」
「だから、現代では期間が延長されたんですね」
私は頷きました。
ただし。
ここには、さらに重要な注意点があります。
「先輩、令和八年の改正前に離婚した人も、全員五年になるわけではありません」
「ほう」
「令和八年三月三十一日以前に離婚した場合は、原則として従来の二年の期間が適用されるんです」
「なるほどな」
私は書きました。
――五年への延長は、改正施行前の離婚に当然にはさかのぼらない。
「改正があったから、昔の期限切れまで復活するわけじゃないんですね」
「そりゃそうだ」
私は深く頷きました。
法律は、いつの出来事に適用されるのか。
それを確かめなければならない。
現代でも。
昭和でも。
大事なことは同じです。
「もう一つ」
相馬先輩が言いました。
「この前、お前が危うく間違えそうになったことがあるな」
「え?」
「内容証明だ」
……あ!
私は顔を上げました。
「そうでした!」
文江さんの事件。
私は最初、財産分与を求める内容証明郵便を送れば、それで期限の問題も解決するような気がしていました。
でも。
違いました。
「家庭裁判所への請求期間は、普通の消滅時効の催告と同じようには考えられないんですよね」
「そうだ」
昭和六十三年の民法七百六十八条二項。
離婚から二年を経過すると、家庭裁判所に協議に代わる処分を請求できなくなる。
これは、単に、
「内容証明を送ったから、しばらく期限が延びる」
という仕組みではありません。
「だから、期限内に家庭裁判所への申立てをする必要があったんです」
「そうだ」
私はノートに大きく書きました。
――内容証明を送るだけでは、財産分与の申立期限は守れない。
「ここ、絶対に間違えません!」
「本当か?」
「はい!」
相馬先輩は鼻で笑いました。
「じゃあ、内容証明の役割は何だ?」
私は答えました。
「本人が財産分与を求めていることを、相手に明確に伝えることです」
「うん」
「どんな財産が問題なのか、どんな事情があるのかも整理できます」
「そうだ」
「でも、家庭裁判所での手続や、弁護士による紛争解決の代理とは別です」
「よし」
私は、ちょっと嬉しくなりました。
行政書士は、弁護士ではありません。
だから。
相手方との法律紛争について、依頼人を代理して示談交渉をすることはできません。
裁判所で代理人として争うこともできません。
でも。
法令上許される範囲で、本人名義の通知書や事実関係を整理した書類を作成し、証拠を整えることはできます。
そして。
争いが深刻なときは、弁護士へ引き継ぐ。
「所長」
「何だ」
「今回の事件、私たちの勝利というより、文江さんが間に合ったことが一番大切なんですね」
片桐所長が頷きました。
「そうだ」
私は微笑みました。
書面の力。
それは、相手を怖がらせることだけではありません。
必要な手続へ、依頼人を正しくつなぐこと。
それも、大切な役割なのです。
「さて、最後に子供の問題だ」
片桐所長が言いました。
「はい!」
私はページをめくりました。
――離婚と子供。
「先輩、問題です!」
「またかよ」
「父母が離婚すると、子供は嫡出子ではなくなりますか?」
「ならねえよ」
「正解です!」
「当然だろ」
私は頷きました。
離婚しても。
子供の父は父。
母は母。
嫡出子としての身分は、離婚だけで消えるわけではありません。
「これ、当たり前のようで、大事ですね」
「そうだな」
相馬先輩が言いました。
「夫婦でなくなっても、親子でなくなるわけじゃねえ」
私は文江さんの言葉を思い出しました。
――名前が変わっても、子供たちの母親であることは変わらないでしょう?
そうです。
変わりません。
夫婦関係と、親子関係は、別の法律関係なのです。
「ただし、親権や監護については、時代による違いがあります」
私は六法を見つめました。
昭和六十三年。
当時の民法では、離婚後の未成年の子について、父母のどちらか一方を親権者とする制度が採られていました。
「現代では、ここも大きく変わるんです」
「また未来の話か」
「はい!」
令和八年四月施行の改正によって、離婚後の親権について、父母双方を親権者とする選択肢も設けられています。
「でも、昭和六十三年にはありません」
「そうだな」
「だから、昭和の離婚事件で、現代の共同親権の制度を持ち出してはいけないんです」
「当たり前だ」
私は頷きました。
それから、もう一つ。
民法七百六十六条。
子の監護に関する事項。
「ここも注意です」
私は言いました。
「現代の条文には、父母と子の面会交流や、養育費の分担などが明示されています」
「そうなのか」
「はい。でも、昭和六十三年の条文には、現在のような形で細かく明示されていません」
平成二十三年の改正によって、面会交流や養育費の分担、子の利益を最も優先して考慮することなどが条文に明記されました。
「ただし、昭和の時代には面会交流や養育費の問題がなかった、という意味ではありません」
「そりゃそうだ」
「制度の表現や明文化の程度が違うんです」
私は頷きました。
法律が改正されるということ。
それは、昔は存在しなかった問題が突然生まれたということではありません。
昔からあった問題に対して。
より明確なルールを作ることもあるのです。
「子供の利益を守るという考え方も、時代の中で明確になってきたんですね」
片桐所長が頷きました。
「大事なのは、子供自身の生活だ」
「はい」
離婚するのは、父と母。
でも。
子供が父母の争いによって、必要な保護を失ってよいわけではありません。
そのことを、私はノートに書き留めました。
窓の外は、すっかり夕暮れでした。
私は、今日まとめたページを見直しました。
婚姻の解消。
死亡。
失踪宣告。
協議離婚。
裁判離婚。
復氏。
財産分与。
子供の身分。
「……多いですね」
私が呟くと、相馬先輩が笑いました。
「民法だからな」
「覚えることが多すぎます!」
「だから、事件と結びつけろ」
「……事件と?」
「ああ」
相馬先輩が言いました。
「高瀬さんのことを思い出せ」
私は頷きました。
高瀬文江さん。
二十年間、夫婦として暮らした女性。
離婚届を出して、夫婦関係は終わった。
旧姓に戻った。
でも。
夫婦で協力して築いた財産については、まだ整理が終わっていなかった。
元夫は、
「全部、俺の名義だ」
と主張した。
さらに、
「二年待てば請求できなくなる」
と考えていた。
しかし。
民法七百六十八条。
夫婦双方の協力。
財産の形成過程。
そして、期限内の家庭裁判所への申立て。
それらが、文江さんを守った。
「……なるほど」
私は呟きました。
「ただ条文を覚えるより、ずっと頭に残りますね」
「そうだろ」
相馬先輩が頷きました。
「離婚ってのは、紙一枚で終わるように見えて、後ろに生活がくっついてる」
「はい」
「だから、氏も、財産も、子供も、全部考えなきゃならねえ」
私は頷きました。
婚姻の解消。
それは、夫婦という法律関係が終わること。
でも。
すべての問題が、同時に解決するわけではありません。
「先輩」
「何だ」
「ちょっと確認問題、お願いします!」
「……またか」
「お願いします!」
相馬先輩は、わざとらしくため息をつきました。
「しょうがねえな」
そして、六法を開きました。
「第一問。夫婦の一方が死亡した。婚姻関係は?」
「解消します!」
「普通失踪の期間は?」
「七年!」
「危難失踪は?」
「危難が去った後一年!」
「生死不明を理由とする裁判離婚は?」
「三年以上です!」
「よし。協議離婚は、話し合いだけで成立するか?」
「いいえ! 法律上必要な届出が必要です!」
「届出の証人は?」
「成年の証人二人以上!」
「昭和六十三年の成年年齢は?」
「二十歳です!」
「詐欺や強迫で離婚した場合は?」
「家庭裁判所に取消しを請求できます!」
「取消権の期間は?」
「詐欺を発見し、または強迫を免れた後三か月。追認した場合も消滅します!」
「離婚で婚姻前の氏に戻った人が、婚姻中の氏を続けて使いたい場合は?」
「離婚の日から三か月以内に届出です!」
「昭和六十三年の財産分与の家庭裁判所への請求期間は?」
「二年!」
「現代の、令和八年四月一日以降の離婚なら?」
「五年!」
「その改正は、以前の離婚にも当然に適用されるか?」
「いいえ!」
「内容証明を送れば、家庭裁判所への申立期限は確保できるか?」
「できません!」
よし。
完璧です。
相馬先輩が続けました。
「最後。離婚したら、子供は嫡出子じゃなくなるか?」
「なりません!」
「よし」
相馬先輩が六法を閉じました。
「今日は合格だ」
「やった!」
私は思わず拳を握りました。
「褒めましたね!」
「たまにはな」
「珍しい!」
「撤回するぞ」
「それは困ります!」
私は笑いました。
でも。
今回の勉強会で、一番心に残ったのは。
数字でも。
条文番号でもありませんでした。
文江さんの言葉。
――私も、あの家を作った一人だったんですね。
その一言でした。
「所長」
私は奥に向かって呼びかけました。
「何だ」
「財産分与って、優しい制度ですね」
片桐所長は帳簿から顔を上げました。
「そうか」
「はい」
私は少し考えてから言いました。
「だって、給料をもらっていない人の努力も、ちゃんと考えてくれるんです」
「そうだな」
「名前が載っていないから、何も持っていない。そんなふうに決めつけない」
「うん」
「夫婦で協力して作った財産なら、その協力を評価する」
所長が頷きました。
「民法は、形式だけを見る法律ではない」
「はい」
「名義や届出だけでなく、実際の生活を見る必要がある」
私は、その言葉をノートに書きました。
思えば。
高瀬義雄は、財産の名義しか見ていませんでした。
家の名義は俺。
預金の名義も俺。
会社の代表者も俺。
だから全部俺のもの。
でも。
その家で、二十年間。
誰が食事を作ったのでしょう。
誰が子供を育てたのでしょう。
誰が家計を守ったのでしょう。
誰が夫の仕事を支えたのでしょう。
名義には書かれていない。
通帳にも名前は載っていない。
でも、そこに確かに存在していた努力。
それを、法律は無視しない。
「……そういうことなんですね」
私は小さく呟きました。
財産分与。
それは、離婚した人にお金を恵んであげる制度ではありません。
夫婦が協力して作り上げた財産について。
その協力を公平に評価する制度なのです。
私はノートの最後のページを開きました。
今日の一行。
何を書こうか。
少し考えました。
婚姻の解消。
死亡と離婚。
協議離婚と裁判離婚。
復氏三か月。
財産分与二年。
現代では五年。
全部を一行に詰め込むのは難しい。
でも。
今日の事件で、一番忘れたくないこと。
それは、はっきりしています。
私は鉛筆を握りました。
そして、ゆっくり書きました。
――離婚で夫婦は終わっても、二人で築いた財産の清算は残る。期限を守って、生活を守れ。
「……できた!」
私はノートを掲げました。
「どうですか!」
相馬先輩が覗き込みました。
「まあ、いいんじゃねえか」
「褒めましたね!」
「気のせいだ」
「またそれですか!」
私は笑いました。
でも。
この一行は、たぶん忘れません。
高瀬文江さん。
二十年間の家計簿。
元夫の冷たい言葉。
期限まで十四日。
そして、内容証明と、期限内の家庭裁判所への申立て。
それらが結びついています。
数字だけなら忘れるかもしれません。
でも。
あの女性の涙を思い出せば。
二年という数字の重さも。
五年へ延長された意味も。
きっと忘れないでしょう。
「ところで、こはる」
相馬先輩が言いました。
「はい?」
「お前、さっきから三か月、二年、五年って数字ばっかり書いてるな」
「大事ですから!」
「じゃあ、問題だ」
「はい!」
「離婚して四か月経った女が、婚姻中の氏を名乗り続けたいと言ってきた。七百六十七条二項の届出は、まだできるか?」
「三か月を過ぎているので、できません!」
「じゃあ、絶対にその氏を名乗れねえのか?」
「……え?」
私は止まりました。
「えっと……」
相馬先輩が笑っています。
「時間切れなら、全部終わりか?」
「……違います!」
私は六法を開きました。
離婚後三か月以内の届出。
これは、婚姻中の氏をそのまま称するための特別な制度。
その期間を過ぎても、別途、戸籍法上の氏の変更手続が問題となる場合があります。
もちろん、家庭裁判所の許可など、別の要件が必要です。
「つまり!」
私は言いました。
「三か月を過ぎたからといって、あらゆる方法が絶対になくなるわけではありません!」
「そうだ」
「ただし、簡単に変更できるとは限りません!」
「よし」
相馬先輩が頷きました。
「法律はな、期限だけ覚えても駄目なんだよ」
「はい」
「その期限が、何についての期限なのかを考えろ」
私は、その言葉に赤線を引きました。
三か月。
離婚後の氏。
三か月。
詐欺・強迫による離婚の取消し。
二年。
昭和の財産分与の家庭裁判所への請求期間。
同じ数字でも。
制度が違えば、意味も違う。
「……なるほど」
私は頷きました。
「丸暗記だけでは危ないですね」
「今さら気づいたか」
「今、再確認したんです!」
相馬先輩が笑いました。
私も笑いました。
そのとき。
事務所の入口が開きました。
「こんばんは」
聞き覚えのある声でした。
「あ!」
私は顔を上げました。
「文江さん!」
そこに立っていたのは、高瀬文江さんでした。
手には、布製の小さな袋。
「ご挨拶だけと思って」
「どうされたんですか?」
文江さんは、少し照れくさそうに笑いました。
「洋裁店で、また働き始めたんです」
「本当ですか!」
「はい」
その表情は、以前よりずっと明るく見えました。
「最初は、久しぶりで失敗ばかりなんですけどね」
「そんなことないですよ!」
「でも、楽しいんです」
文江さんは笑いました。
「自分で働いて、自分のお給料をもらえるのが」
私は、胸が温かくなりました。
「よかったですね……!」
「ええ」
文江さんは頷きました。
そして、手にしていた袋を差し出しました。
「これ、私が作ったんです」
中には、小さな布の筆入れが入っていました。
花柄。
丁寧な縫い目。
端には、小さな刺繍。
――KOHARU。
「……私の名前!」
「ええ」
文江さんが笑いました。
「勉強するときに使ってください」
私は、思わず言葉を失いました。
名前。
私の名前。
それを、一針一針。
文江さんが縫ってくれたのです。
「ありがとうございます……!」
私は、筆入れを胸に抱きました。
文江さんは静かに言いました。
「私、離婚して、全部失くしたと思っていたんです」
「……はい」
「家族も、名前も、家も、二十年間も」
私は黙って聞いていました。
「でも、違いました」
文江さんは微笑みました。
「二十年間、家族を支えてきた私が、ちゃんと残っていたんです」
……。
私は、何も言えませんでした。
ただ、何度も頷きました。
婚姻の解消。
その言葉は、法律の教科書ではとても短い。
でも。
現実には、その一言で片付けられない人生があります。
結婚した日。
子供が生まれた日。
家を建てた日。
夫婦で笑った日。
泣いた日。
それらを、全部背負ったまま。
人は、離婚するのです。
そして。
離婚したあとも。
人生は続きます。
文江さんが帰ったあと。
私は、新しい筆入れを机に置きました。
花柄。
丁寧な刺繍。
そして。
私の名前。
「相馬先輩」
「何だ」
「この筆入れ、大切にします」
「そうか」
「はい!」
私は微笑みました。
民法七百六十八条。
財産分与。
最初は、ただの条文でした。
試験に出る数字。
覚えるべき要件。
そんな存在でした。
でも。
今は違います。
二十年間、家族のために生きた女性が。
自分の人生を取り戻すための制度。
そう思えます。
「所長」
「何だ」
「私、今日、少しだけ民法が好きになりました」
片桐所長は帳簿を閉じました。
「そうか」
「はい」
そして、静かに言いました。
「なら、忘れるな」
「何をですか?」
「法律は、誰かの生活のために使うものだ」
……。
私は、深く頷きました。
「はい!」
私はノートを閉じました。
表紙には、
――こはるノート・民法編。
その中には。
今日もまた。
一つの事件と、一つの教訓が増えました。
――離婚で夫婦は終わっても、二人で築いた財産の清算は残る。期限を守って、生活を守れ。
これなら。
きっと、忘れません。
「こはる!」
相馬先輩の声が飛びました。
「はい!」
「もう勉強は終わりか?」
「はい!」
「じゃあ、机を片付けろ」
「え?」
「六法も棚に戻せ」
「はい……」
「それから、掃除だ」
「……先輩」
「何だ」
「私、今日、婚姻の解消について勉強したんです」
「知ってるよ」
「つまり、人と人の法律関係には、終わりがあるんですよね」
「まあな」
私は、にっこり笑いました。
「だったら、私と掃除当番の関係も、そろそろ解消していいんじゃありませんか?」
相馬先輩は、しばらく黙りました。
それから。
「馬鹿野郎」
「え?」
「掃除当番は婚姻じゃねえ!」
「ですよね!」
「しかも、お前の当番はまだ終わってねえ!」
「……!」
私は肩を落としました。
残念。
婚姻の解消を学んだからといって。
掃除当番まで解消できるわけではないようです。
すると。
奥から片桐所長の声がしました。
「こはる」
「はい!」
「掃除が終わったら、今日のノートを見せてくれ」
「え?」
「よく整理できているか、確認する」
私は目を輝かせました。
「本当ですか!」
「ああ」
「じゃあ、急いで掃除します!」
相馬先輩が吹き出しました。
「単純な奴だな」
「勉強熱心と言ってください!」
「どっちでもいいから掃除しろ!」
「はいっ!」
私は箒を手に取りました。
窓の外。
夕暮れの町に、家々の明かりが灯っていきます。
あのどこかで。
高瀬文江さんは、新しい職場で覚えた仕事を思い返しているのでしょう。
自分の名前で働き。
自分の人生を歩きながら。
夫婦としての二十年間は、終わりました。
でも。
その二十年間が、無意味になったわけではありません。
そこには。
法律が守るべき財産がありました。
法律が守るべき生活がありました。
そして。
法律だけでは測れない、たくさんの思い出があったのです。
私は箒を動かしながら、今日の一行を思い返しました。
婚姻が終わっても。
全部が終わるわけじゃない。
夫婦でなくなっても。
過去まで消えるわけじゃない。
民法は。
その当たり前のことを、ちゃんと知っている法律なのかもしれません。
「相馬先輩!」
「今度は何だ!」
「やっぱり民法って、面白いですね!」
「面白がってる暇があったら、掃除しろ!」
「はい!」
……なるほど。
婚姻の解消は、法律上の大切な制度。
でも。
見習いと掃除当番の関係は。
どうやら、今日も解消できないようです。
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