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こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈行政法 配点112点/300点〉 行政手続法

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[行政手続法7条・申請に対する審査・応答]法理編 こはるノート

挿絵(By みてみん)

 夕方の片桐行政書士事務所には、昼間より少しだけ法律が似合います。


 電話が減る。


 来客が途切れる。


 机の上には、森下春江さんが置いていった幕の内弁当の空き箱。


 そして私の前には、開きっぱなしのノート。


 今日の見出しは、


 ――申請に対する審査・応答。


 です。


「……固い」


「何がだ」


 向かいで伝票をめくっていた相馬先輩が言いました。


「題名です。申請に対する審査・応答」


「法律の勉強してるんだから当たり前だろ」


「もっとこう、『役所に出した書類を入口で消すな』とか」


「試験に出ねえだろ」


「ですよね」


 私は鉛筆を持ち直しました。


 昼間。


 森下さんは、市役所へ申請書を持っていきました。


 正確には、前日にも持っていっていた。


 でも、


「書類が足りないかもしれないから預かれません」


 と言われて返されていた。


 しかも。


 何が足りないのかは、まだ分からない。


 役所の記録にも残っていない。


 申請期限は翌日。


 あのとき私が感じた違和感は、今ならもう少しきれいに言葉にできます。


 申請書に不備があることと。


 申請そのものを存在しなかったことにすることは。


 同じじゃない。


「所長」


 私は奥へ声をかけました。


「何だ」


「今日の森下さんの件って、今の時代の法律では、どう整理するんですか」


 片桐所長が新聞から目を上げました。


「今の時代?」


「あ」


 しまった。


 私にとっての「今」と、この昭和六十三年の「今」が違う。


「いえ。将来もし、こういう申請手続を全国的に整理する法律ができたとして」


「妙な仮定だな」


 相馬先輩が言います。


「受験生って、そういうこと考えるんですよ」


「昭和で?」


「そこは流してください」


 私はノートへ目を戻しました。


 未来の私は知っています。


 行政手続法。


 平成五年、一九九三年に制定されて。


 翌一九九四年十月一日に施行される法律。


 つまり。


 昭和六十三年の今は、まだ存在しません。


 今日、市役所で、


「行政手続法七条です!」


 などと叫ばなくて本当によかった。


 間違っていたのは役所ではなく時空になります。


 ただし。


 法律がまだないからといって、今日の問題が存在しないわけではありません。


 むしろ逆です。


 現場で先に問題が起きる。


 扱いがまちまちになる。


 申請者が困る。


 それを後になって、全国共通の手続として整理する。


 そう考えると。


 今日の森下さんの件は、未来の七条が欲しくなる理由そのものでした。


 私はノートの中央に、大きく書きます。


 行政手続法七条。


 申請に対する審査、応答。


「先輩」


「何だ」


「未来に法律ができたという仮定で、問題です」


「未来前提で試験するな」


「申請書が役所に届きました。まず行政庁は何をするでしょう」


「見る」


「雑」


「じゃあ審査」


「正解です」


 行政手続法七条では。


 行政庁は、申請がその事務所に到達したときは、


 遅滞なく、


 その申請の審査を開始しなければならない。


 ここ。


 最初の大事なところです。


「到達したとき」


 私は声に出して書きました。


「受付印を押したとき、じゃないんだ」


 昼間の若い職員は言っていました。


 一式そろって。


 受付印を押して。


 初めて受付です。


 でも未来の行政手続法七条は、そういう役所内部の「受付完了」を起点にはしていません。


 申請が事務所に到達したとき。


 そこから審査を始める。


「つまり」


 相馬先輩が私のノートをのぞきます。


「役所が『まだ受付したことにしません』って言えば、いつまでも審査開始を遅らせられる、って話じゃねえわけか」


「そうなんです」


 私は頷きました。


「そこを役所側の受付処理に任せると、今日みたいなことが起きるんですよ」


 申請者は出したつもり。


 でも役所は、


 まだ正式受付ではありません。


 と言う。


 すると。


 いつ申請したのか。


 いつから審査義務が始まるのか。


 全部が役所側の処理次第になってしまう。


「だから基準点を、役所の受付印じゃなくて、到達に置く」


「なるほどな」


「申請者側から見ても、そのほうが分かりやすいです」


 もっとも。


 現実には「到達したか」が争いになることもあるでしょう。


 郵送なのか。


 窓口提出なのか。


 提出先は正しかったのか。


 でも少なくとも、


 担当者が受付印を押すまで何も始まりません、


 という構造ではない。


「昼間の森下さんなら?」


 相馬先輩が聞きました。


「昨日、市役所の窓口へ申請書一式を持っていった」


「うん」


「提出する意思もはっきりしてた」


「うん」


「ただ、役所が預からず返した」


「そう」


「じゃあ未来の法律なら、昨日の時点で必ず到達したことになるのか?」


「……そこは慎重に考えます」


 私は鉛筆を止めました。


 ここ、雑に書くと危ない。


 今日の事件では、私たちは最終的に「今日付」で申請を確実に受けてもらいました。


 昨日付の受付までは押し切っていません。


 実際に申請が法的にいつ到達したと評価されるかは、提出状況などによる。


 だから小説の勢いで、


「昨日窓口へ来たんだから昨日到達!」


 と断言してはいけない。


 ただ。


 七条が防ごうとしている一つの問題は見えます。


 行政庁が自分の都合だけで、


 これはまだ受付前です。


 これは申請として扱いません。


 と入口を曖昧にして、審査開始を先送りすること。


「今日の事件で大事なのは」


 私は書きました。


 申請の到達と、行政内部の受付処理を安易に混同しない。


「それでいい」


 所長が言いました。


 私は次へ進みます。


 遅滞なく審査を開始する。


「この『遅滞なく』って、直ちに、とは違いますよね」


「ああ」


 所長が答えます。


「事情に応じた合理的な期間はあり得る」


「でも、理由なく放っておいていいわけではない」


「そうだ」


 行政法は、この辺の言葉が絶妙です。


 直ちに。


 速やかに。


 遅滞なく。


 受験生の敵です。


 全部「早く」に見える。


 でもニュアンスは違う。


「未来の条文では、申請が届いたら遅滞なく審査開始」


 私は指で追います。


「それから、不備がある場合には?」


「補正させる」


 相馬先輩。


「半分正解です」


「半分?」


「補正だけじゃありません」


 ここが行政手続法七条のもう一つの大事なところです。


 形式上の要件に適合しない申請について。


 行政庁は、速やかに。


 申請者に対し、相当の期間を定めて補正を求め、


 又は、


 申請により求められた許認可等を拒否しなければならない。


 補正。


 または。


 拒否。


「二択?」


 相馬先輩が言います。


「条文上はそういう構造です」


「今日の役所は?」


「第三の道を作ってました」


「第三の道?」


「『不備があるかもしれないから持って帰ってください。何が足りないかはまだ分かりません』」


 相馬先輩が鼻で笑いました。


「確かに二択じゃねえな」


「そうなんです」


 私はノートに書きました。


 補正させるでもない。


 拒否するでもない。


 そもそも申請を預からない。


 未来の七条が嫌うのは、たぶんこういう宙ぶらりんです。


 もちろん。


 不備にもいろいろあります。


 申請書の記載漏れ。


 添付書類不足。


 申請期間を過ぎている。


 その他、法令で定められた形式上の要件を満たしていない場合。


 その場合に、


 行政庁が選ぶのは、


 直せるように補正を求めるか。


 それとも、その申請について許認可等を拒否するか。


「所長」


「何だ」


「補正できるものなら、必ず補正させないと駄目なんですか」


 所長がこちらを見ました。


「未来のその条文なら、どう書いてある」


「補正を求め、又は拒否」


「なら、必ず補正とは書いてない」


「ですよね」


 ここ、試験で狙われそうです。


 行政手続法七条では、


 不備がある場合、


 必ず補正を求めなければならない。


 ではありません。


 補正を求める。


 または。


 拒否する。


 どちらかです。


 私は赤鉛筆で「又は」に丸をつけました。


「又は、が命」


「地味だな」


 相馬先輩が言いました。


「法律試験って接続詞で人を落とすんですよ」


「性格悪いな」


「法律が?」


「試験が」


「同意します」


 私は今日の森下さんの事件を当てはめてみます。


 不足していたのは、


 設備配置を明確にした図面。


 給水設備の確認書。


 どちらも追加提出可能でした。


 だから役所は、


 明日の午前中までにこの二つを出してください。


 と具体的に求めた。


 結果。


 申請そのものは今日受け付けたものとして審査を続けることになった。


「これが補正ですね」


「ああ」


「しかも期限を切った」


「そうだ」


 相当の期間を定めて補正を求める。


 この「相当の期間」も大事です。


 たとえば。


 戸籍一通を取れば済む不足なのに半年。


 逆に。


 専門家に図面を作り直してもらう必要があるのに午後三時まで。


 そんなのは変です。


 不備の内容に応じて。


 補正するために合理的に必要な期間を示す。


「今日の場合、翌日の午前中は短くないか?」


 相馬先輩が言いました。


「期限そのものが翌日でしたからね」


「森下さんもすぐ用意できるって言ってた」


「はい」


「なら現実的か」


「少なくとも、何も言わず返すより百倍ましです」


 不足が何か分かる。


 いつまでに直せばいいか分かる。


 間に合うか判断できる。


 間に合わないなら相談もできる。


 昨日は全部が霧の中でした。


 今日、書面にしただけで道が見えた。


「法律がやってるのって」


 私は呟きました。


「道案内なんですね」


「急に詩人になるな」


「違いますよ」


 私は笑いました。


「手続の話です」


 次。


 申請書の形式上の要件。


 私はノートに例を書きます。


 記載事項に不備がないこと。


 必要な書類が添付されていること。


 申請できる期間内に申請されていること。


 その他、法令で定められた形式上の要件。


「形式上、ってことは」


 相馬先輩が言いました。


「中身の審査とは別か」


「そうですね」


 ここは分けたほうが分かりやすい。


 たとえば。


 営業許可の申請書が届いた。


 氏名も住所も書いてある。


 必要な図面もついている。


 期間内。


 形式面では整っている。


 そこから先。


 本当に許可要件を満たすか。


 施設基準に合うか。


 人的要件を満たすか。


 そういう実体面の審査へ進む。


「森下さんの件も」


 私は言いました。


「書類が全部そろったから即、仮設店舗を使える、ではない」


「当然だ」


「必要な条件を満たしているかは、その後に審査する」


「そうだな」


 だから。


 申請を受け付けることと。


 許可することは。


 別です。


 ここを窓口が混ぜると、


「どうせ許可できなさそうだから受け取らない」


 みたいな話になってしまう。


「それ、今日の事件の裏にありそうですね」


 私が言うと、所長が頷きました。


「窓口では、後で困らないように入口で整えようとする」


「役所側としては効率的」


「だが、入口で実体判断まで始めれば問題が出る」


「申請自体をさせない方向になりますもんね」


「そういうことだ」


 申請者には。


 申請して。


 審査を受けて。


 行政庁から判断を受ける。


 そういうルートがある。


 入口で、


「たぶん駄目です」


「全部そろうまで来ないでください」


 で止めると。


 そのルート自体が消える。


 昼間。


 森下さんが言った言葉を思い出します。


 ――じゃあ私、昨日来てないことになってるんですか。


 あれが、この問題の核心でした。


「次」


 相馬先輩がノートを指で叩きます。


「試験で間違えそうなところ」


「先輩、最近その役、気に入ってません?」


「いいから答えろ」


「まず、申請が到達したら、行政庁は遅滞なく審査開始」


「うん」


「形式要件に不備があったら、速やかに対応」


「何をする」


「相当期間を定めて補正を求めるか、申請により求められた許認可等を拒否する」


「補正は必ず?」


「必ずじゃない」


「よし」


 相馬先輩、完全に試験官です。


 私は鉛筆を回しました。


「あと、一つすごく混同しそうなのがあります」


「何だ」


「行政不服審査法の補正」


 未来の話を重ねるので、頭が忙しい。


 でも教材的には、ここは大事です。


 行政手続法の七条と。


 行政不服審査法の審査請求書の補正。


 どちらにも「補正」が出てくる。


 でも扱いが違う。


「行政手続法では」


 私は書きます。


 形式上の要件に適合しない申請。


 行政庁は、


 相当の期間を定めて補正を求める。


 又は。


 許認可等を拒否。


「一方で」


 私は別の欄を作りました。


「行政不服審査法で、審査請求書に不備がある場合は……」


 相馬先輩が首を傾げます。


「そっちは?」


「相当の期間を定めて、補正を命じなければならない」


「選べないのか」


「そこが違うんです」


 行政手続法。


 補正を求める「又は」拒否。


 行政不服審査法。


 補正を命じなければならない。


「へえ」


「試験が好きそうでしょう」


「好きだろうな」


「絶対好きです」


 似た言葉。


 似た場面。


 でも効果が違う。


 受験生の記憶を刈り取りに来ています。


「覚え方は?」


 相馬先輩が聞きます。


「申請は、補正か拒否」


「審査請求は?」


「まず補正」


「雑だな」


「試験中に出てくれば勝ちです」


 所長が新聞を畳みました。


「ただし、今の森下さんの事件と審査請求を混ぜるな」


「はい」


 今日の森下さんは、


 何かの行政処分に不服を申し立てていたわけではありません。


 最初の申請段階です。


 だから行政手続法七条の整理が対応する。


 審査請求書の不備は、争う段階の話。


 同じ「補正」でも場面が違う。


「誰が誰に何を出したのかを見る」


 私は書きました。


「それでいい」


 所長の短い一言。


 行政法って。


 結局かなりの割合で、


 誰が。


 誰に。


 何をしたか。


 です。


 申請者が行政庁に許認可を求める申請。


 行政庁がそれを審査する。


 不備なら補正を求めるか拒否。


 これが七条。


 一方。


 行政処分などに不服があり。


 審査請求人が審査請求をする。


 その審査請求書に不備があれば、補正を命じる。


 人間関係を並べると、意外と整理できます。


「ところで」


 私は所長を見ました。


「昭和六十三年の今は、行政手続法がないじゃないですか」


「ああ」


「じゃあ今日、市役所に対して私たちが言ったことって、法律上は無意味だったんですか」


「そんなわけがない」


 即答でした。


「ですよね」


「法律に全国共通の形で明文化されていないことと、行政実務上の合理性や法的な問題がないことは別だ」


 私は頷きました。


「申請を出そうとしているのに、理由も明確にせず受け取らない」


「ああ」


「何が不足しているかも示さない」


「ああ」


「そのまま期限を越えさせれば、申請者の地位に大きな影響が出る」


「そうだ」


「だから、今の時代でも問題は問題」


「当然だ」


 所長はそこで少し間を置きました。


「法律は、ときどき現場より遅れてくる」


 私は顔を上げました。


「現場より遅れて」


「困りごとが先にある。役所ごとに扱いが違う。争いが起きる。それを後から制度として整える」


 未来を知っている私には、その言葉が妙に響きました。


 行政手続法。


 平成に入ってからできる法律。


 未来のテキストでは、


 第七条。


 申請に対する審査、応答。


 たったそれだけの見出し。


 でも。


 今日みたいな日が、その後ろに積み重なっているのかもしれない。


 窓口へ何度も行った人。


 書類を返された人。


 何が足りないか教えてもらえなかった人。


 受付されないまま期限を過ぎた人。


 それぞれの小さな不都合が。


 後になって、


 到達したら審査を始める。


 不備なら補正か拒否。


 という冷たい文章へ変わっていく。


「冷たいですね」


 私は言いました。


「何が?」


 相馬先輩が聞きます。


「条文」


「いつものことだろ」


「はい。でも、今日はちょっと意味が違います」


 到達。


 審査開始。


 形式上の要件。


 補正。


 拒否。


 単語だけなら本当に冷たい。


 でも、その冷たさのおかげで。


「忙しいから後で」


「何となく足りない気がするから持って帰って」


「全部そろうまで申請扱いしない」


 みたいな、人によって揺れる対応を減らせる。


 法律が人情を足すのではありません。


 むしろ。


 人情に左右されない線を引く。


 その線が、結果として人を助ける。


「所長」


「何だ」


「今日、森下さんが一番安心したの、受付印を押されたときでした」


「ああ」


「未来の行政手続法七条に、受付印を押せとは書いてない」


「そうだな」


「でも、思想としてはつながってる気がします」


 出した。


 届いた。


 審査が始まる。


 不備なら、次に何をすればいいか示される。


 曖昧な空白へ落とさない。


 受付印そのものが救うわけではない。


 その裏側に、


 この申請は存在しています。


 ここから手続が進みます。


 という意味があるから安心する。


「ようやく現場と条文がつながったか」


 相馬先輩が言いました。


「はい」


「昨日まで眠かったくせに」


「それは言わない約束です」


「約束してねえ」


 私はノートを一度見直しました。


 申請が事務所に到達。


 遅滞なく審査開始。


 形式上の要件に不備。


 速やかに対応。


 相当期間を定めて補正を求める。


 または許認可等を拒否。


 行政不服審査法とは違って、補正一択ではない。


 うん。


 だいぶ見えてきました。


「もう一個」


 相馬先輩が言います。


「何です?」


「『申請書が不完全だから、審査を始めなくていい』って選択肢が出たら?」


「バツです」


「理由」


「到達したら、遅滞なく審査開始だから」


「じゃあ不備があったら?」


「その審査の中で形式要件を確認して、補正か拒否へ進む」


「よし」


「先輩」


「何だ」


「本当に受験指導向いてません?」


「金にならん」


「そこですか」


 所長がぼそりと言いました。


「実務では、試験より面倒だ」


「それは今日よく分かりました」


 試験では。


 申請に不備があります。


 どうする?


 補正か拒否。


 終わり。


 でも現場では。


 書類を受け取るのか。


 受け取らないのか。


 誰が不足を確認するのか。


 いつ連絡するのか。


 口頭なのか。


 書面なのか。


 申請期限との関係は。


 申請者はその間どう動けばいいのか。


 細かな運用が、人の生活へ刺さってくる。


 だから行政法は。


 条文を覚えるだけでは分からない。


 でも逆に。


 現場だけ見ていると、


「昔からこうやってます」


 に飲み込まれる。


 条文と現場。


 両方必要なんですね。


 私はノートの最後に線を引きました。


 一行の覚え書き。


 少し考えます。


 それから書きました。


 ――申請は、入口で消さない。届いたら審査し、不備には「補正か拒否」で答える。


「長くないか」


 相馬先輩が言います。


「一行です」


「物理的にはな」


「じゃあ先輩なら?」


 相馬先輩は少し考えました。


「出した書類を幽霊にするな」


「分かりやすいけど試験に書けない!」


 思わず笑いました。


 所長がノートを一瞥します。


「試験なら、お前のほうでいい」


「やった」


「実務なら、相馬のほうが忘れない」


「負けた気がします」


「使い分けろ」


 なるほど。


 そのあたりも実務です。


 窓の外はもう暗くなっていました。


 昭和六十三年の商店街。


 遠くで自転車のベル。


 商店のシャッターを下ろす音。


 明日の午前。


 森下さんは、不足していた図面と確認書を市役所へ持っていきます。


 申請が認められるかは、まだ決まっていません。


 仮設店舗で営業できるかどうか。


 それは、これから審査される。


 でも。


 少なくとももう、


「書類が足りないから、申請したことになりません」


 という場所にはいません。


 申請はある。


 審査がある。


 不足も分かる。


 次にすることも分かる。


 それだけで。


 昨日まで出口のなかった話に、一本の道ができた。


 未来の行政手続法七条は。


 派手な権利を与える条文ではありません。


 でも。


 行政庁に、


 届いた申請を放っておくな。


 不備があるなら曖昧にするな。


 補正させるのか。


 拒否するのか。


 手続を前へ進めろ。


 そう求める。


 制度の冷たさは。


 ときどき、人にとって優しい。


 なぜなら。


 誰かの気分や。


 窓口の慣行や。


 担当者の都合ではなく。


 同じ順番で、同じように扱え。


 と求めるから。


「よし」


 私はノートを閉じました。


「終わったか」


 相馬先輩が聞きます。


「はい」


「じゃあ帰るぞ」


「その前に」


「何だ」


 私は机の端を見ました。


 森下さんの弁当についていた、小さな包み。


 中身は二つだけ残っていた漬物です。


「これ、誰のです?」


「俺の」


「根拠は?」


「俺が見つけた」


「その制度、前にも聞きました!」


 所長が一つ取りました。


「あ」


「一つずつだ」


「所長、判断早いですね」


「審査済みだ」


「何を審査したんですか!」


 相馬先輩が笑います。


「不服申立てするか?」


「します」


「補正命令出るぞ」


「何を補正するんですか!」


 どうやら。


 申請に対する審査と応答は理解できても。


 事務所のおかず配分に対する救済制度は。


 まだ整備されていないようでした。


 私は残った一つを確保します。


 到達。


 即審査。


 不備なし。


 許可。


 今度こそ。


 行政法より迅速な処理でした。

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