[行政手続法8条・理由の提示]現場編 「基準に合わないので駄目です」の罠。結論だけの拒否と、理由を書かせて初めて見える審査の中身
役所の「駄目です」は、理由がついた瞬間に弱くなることがあります。
もちろん。
本当に駄目なものは、理由を書いても駄目です。
でも。
理由を書いた途端、
――あれ?
その理由、おかしくないですか。
となることがある。
だからでしょうか。
人は、ときどき結論だけ言いたがります。
「認められません」
「今回は対象外です」
「基準に合いません」
便利です。
ものすごく便利。
理由を言わなければ、理由の間違いを突かれませんから。
昭和六十三年。
片桐行政書士事務所。
私は朝から、一枚の紙を睨んでいました。
「……短い」
「何がだ」
相馬先輩が新聞をめくりながら言いました。
「これです」
私は机の上の紙を持ち上げます。
市役所から届いた通知。
駅前再整備に伴う仮設店舗使用申請について。
申請人。
佐伯文具店。
処分。
不承認。
以上。
「短いでしょう」
「役所の紙なんか、長くても文句言うくせに」
「長さの問題じゃありません」
「じゃあ何だ」
「理由がないんです」
通知には、
『審査の結果、貴申請については承認しないこととしました』
とだけ書いてあります。
何が悪かったのか。
何に足りなかったのか。
どの条件を満たさなかったのか。
何もない。
「見事なくらい結論だけですね」
「そうだな」
「答案でこれやったら零点ですよ」
「役所は受験生じゃねえ」
「そういう問題じゃありません!」
奥の応接室から声がしました。
「こはる」
「はい」
「来客だ」
片桐所長です。
私は通知を持ったまま応接室へ入りました。
ソファには、五十代くらいの男性が座っていました。
背広ではなく、灰色の作業着。
眼鏡。
膝の上には古びた革鞄。
鞄の脇から、鉛筆の箱が一本覗いています。
「佐伯雄三さん」
所長が紹介します。
「駅前の佐伯文具店」
「あ」
知っています。
駅前商店街の角。
学校指定のノート。
半紙。
絵の具。
事務用品。
店先には、色褪せた赤い郵便受け。
そんな店です。
「朝比奈こはるです」
「どうも」
佐伯さんは、小さく頭を下げました。
怒っている。
というより。
困っていました。
困りすぎて、怒るところまで行けていない顔です。
「店、なくなるんです」
佐伯さんは言いました。
「再開発で」
「はい」
「それ自体は、もう決まったことだから仕方ないと思ってるんです」
膝の上で手を組みます。
「でも、市が仮設店舗を用意するっていうから、申し込んだんですよ」
「はい」
「そしたら、これが来た」
机の上の通知。
不承認。
「理由を聞きましたか?」
「聞きました」
「何て?」
「『総合的に判断しました』」
出ました。
総合的判断。
行政界の万能調味料です。
何にかけても、それっぽくなる。
「それだけですか」
「もう一度聞いたら、『基準に照らして難しい』って」
「基準って?」
「教えてもらえませんでした」
私は瞬きをしました。
「基準があるのに?」
「『内部の審査ですから』って」
嫌な感じが、ものすごくします。
私は通知をもう一度見ました。
不承認。
理由なし。
口頭で聞けば、
総合的判断。
基準に照らして難しい。
でも、その基準は見せない。
行政法の悪いところを煮詰めたような会話です。
「佐伯さん」
片桐所長が静かに聞きました。
「仮設店舗の募集要項は持っていますか」
「あります」
革鞄から一冊の薄い冊子が出てきました。
仮設店舗使用者募集案内。
私は横から見せてもらいます。
対象者。
駅前再整備区域内で現に営業している者。
再整備事業に伴い店舗移転を必要とする者。
税の滞納がないこと。
営業継続の意思があること。
その他、市長が適当と認める者。
「……最後」
私は指を止めました。
「広いですね」
相馬先輩が入ってきました。
「何が」
「『その他、市長が適当と認める者』」
「役所が好きそうだな」
「好きそうですね」
適当。
便利です。
ただし行政法で「便利な言葉」は、大体あとで揉めます。
「佐伯さん」
私は聞きました。
「税金の滞納は?」
「ありません」
「今も営業してる?」
「してます」
「再開発区域内?」
「店ごと区域内です」
「営業を続けたい?」
「だから申し込んだんです」
そうですよね。
私は募集案内を最初から見直しました。
少なくとも。
目に見える条件については、かなり当てはまりそうです。
「何で落ちたんだろ」
思わず口に出ました。
「それを聞きに来たんです」
佐伯さんが苦笑しました。
「ですよね」
失礼しました。
所長が通知を手に取ります。
「相馬」
「はい」
「市役所へ行くぞ」
「またですか」
私が言うと、相馬先輩が振り返りました。
「嫌なら留守番してろ」
「行きます」
「早いな」
「理由のない不承認を見て帰れますか」
「最近お前、役所絡みになると目が輝くな」
「誤解です」
行政法が好きになったわけじゃありません。
ただ。
眠かった条文が、人を困らせる形で現れると、急に目が覚めるだけです。
市役所の駅前整備課。
窓口で佐伯さんの通知を見せると、職員はすぐに奥を見ました。
最近、この動きにも慣れました。
困る。
奥を見る。
係長が出てくる。
行政実務の三段活用です。
そして。
「……またですか」
倉田係長。
あなたでしたか。
「こんにちは」
私が頭を下げると、倉田係長は露骨に嫌そうな顔をしました。
「今度は何です」
「佐伯文具店さんの仮設店舗不承認です」
「ああ」
「理由を教えてください」
「総合的に判断した結果です」
来ました。
本日二回目。
「その『総合』の中身です」
相馬先輩が言います。
「個別の審査内容は、お答えしかねます」
「なぜ」
「選考に関わりますので」
「佐伯さん本人の選考理由ですよ」
「そうですが」
「本人にも言えない?」
「内部審査ですから」
相馬先輩の眉が動きました。
まずい。
あれは「三秒後に言葉が強くなる顔」です。
私は先に入りました。
「倉田係長」
「何です」
「佐伯さんは、何を直せばよかったんですか?」
「え?」
「仮設店舗を使いたい。その申請をした。でも不承認になった」
「はい」
「その理由が分からなければ、佐伯さんは自分のどこが条件に合わなかったのか分かりません」
「それは……」
「次に似た制度へ申し込むときも分からない。行政側の判断が間違っているかどうかも確認できない」
倉田係長は黙りました。
私は続けます。
「『駄目です』だけだと、結論しかありません」
未来の私は知っています。
行政手続法八条。
許認可等の申請を拒否する処分をするときは。
原則として。
申請者に対し。
その処分と同時に。
理由を示さなければならない。
そして、書面で拒否するなら。
理由も書面。
でも。
今は昭和六十三年。
行政手続法は、まだない。
未来の条文を取り出して、
八条違反です!
なんて言うわけにはいきません。
まだ違反する法律が生まれていません。
転生者、ここが不便です。
未来の判例集を答案に持ち込めないくらい不便。
でも。
だからといって。
理由のない拒否が、まともな行政の姿だということにはならない。
むしろ。
今こうして問題があるから。
未来では、それが明文化される。
「片桐さん」
倉田係長が所長を見ました。
「この通知自体は、市の従来の様式です」
「でしょうね」
「不承認の場合は、結果だけ通知する」
「それがまずいと言っています」
所長は短く答えました。
「理由を書かなければ、審査が正しかったか本人が確かめられない」
「しかし、全員に細かく理由を書くとなると、事務量が」
「事務量の話と、本人に判断の根拠を知らせる話は別です」
静か。
でも重い。
所長の言葉は、いつも刃物というより重しです。
逃げ道を上から塞ぐ。
「それに」
相馬先輩が通知を指で弾きました。
「これじゃ、役所が何を基準に落としたか外から分からん」
「基準はあります」
「なら言えばいい」
「内部審査基準です」
「内部なら何やってもいいのか?」
「そういう意味では」
「だったら佐伯さんがどこに引っかかったのか説明してください」
倉田係長は少し苛立ったように息を吐きました。
「佐伯さんについては、仮設店舗の区画が限られていることもあって、営業規模や来客数、将来性などを総合的に……」
「待ってください」
私は止めました。
今、聞き捨てならない言葉が三つくらいありました。
「営業規模?」
「はい」
「来客数?」
「ええ」
「将来性?」
「そうです」
私は募集案内を開きました。
「これ、どこに書いてあります?」
倉田係長が止まりました。
「……それは選考上の判断要素です」
「募集案内には?」
「すべては書いていません」
「佐伯さんは知ってました?」
「説明会では……」
佐伯さんが首を振りました。
「聞いてません」
空気が変わりました。
あ。
これです。
理由を言わせる意味。
結論だけなら、
不承認。
それで終わる。
でも。
理由を一つずつ言葉にすると。
判断の中身が外へ出てくる。
すると初めて。
その基準、どこから出てきたんですか。
申請者に知らせてましたか。
その基準で比べることになってましたか。
という次の論点が見える。
「つまり」
私はなるべくゆっくり言いました。
「佐伯さんが知らない審査項目で評価したんですか」
「知らない、というか……一般的に考えれば、限られた区画ですから」
「一般的に考えれば、文具店は不利なんですか?」
「そうは言ってません」
「じゃあ、何点だったんです?」
「点数制ではありません」
「じゃあ何をもって佐伯さんより他店が優先されたんです?」
「だから総合的に」
戻った。
総合的判断へ一周して帰ってきました。
行政迷路。
「倉田係長」
所長が言いました。
「結論を繰り返すのは、理由の説明ではありません」
倉田係長の顔が固まりました。
「佐伯さんの申請について、どの事実を、どの基準に当てはめて、不承認としたのか。それを整理してください」
「そこまで必要ですか」
「必要です」
所長は即答しました。
「なぜなら、それがなければ、判断に誤りがあるかどうかすら確認できない」
私は心の中で、小さく頷きました。
そう。
理由の提示って。
親切サービスじゃない。
落ちた人を慰める説明でもない。
行政庁自身に、
自分たちは何を根拠に、どう判断したのか。
それを言葉にさせる機能がある。
理由を書こうとすると。
雑な判断は、雑なままでは書けない。
「それと」
相馬先輩が言いました。
「本人に説明するなら口頭じゃなくて紙にしてください」
「なぜです」
「この不承認が紙で来てるからだ」
倉田係長が黙りました。
相馬先輩は続けます。
「不承認だけ紙で残して、理由だけ口で言ったら、後で『そんなこと言ってない』になるだろ」
うん。
未来の八条二項。
書面で拒否処分をするなら。
理由も書面で示す。
まさにこれです。
もちろん今は、その条文はない。
でも実務の感覚として。
結論が書面。
理由が口頭。
では、理由だけ霧の中に戻れる。
「検討します」
倉田係長が言いました。
相馬先輩がすぐに返します。
「いつまでに?」
「相馬さん」
「何だ」
「最近、期限まで聞くようになりましたね」
「誰のせいだと思ってる」
私を見ないでください。
前回の申請事件の後遺症みたいに言わないでください。
結局。
その日の午後。
市役所から、佐伯さん宛てに改めて説明書が出されることになりました。
正式な再処分ではありません。
まずは、不承認理由を文書で示す。
倉田係長が約束したのは、そこまでです。
「完全勝利じゃないですね」
市役所を出ながら私が言うと、相馬先輩が鼻を鳴らしました。
「何をもって勝ちにするんだ」
「仮設店舗が使えること?」
「それはまだ審査の中身次第だろ」
「ですよね」
佐伯さんも苦笑しました。
「私はね」
歩道の脇で立ち止まります。
「必ず店を入れてくれ、って言いたいわけじゃないんです」
「はい」
「店が小さいから駄目なら、それならそれで仕方ないかもしれない」
少し寂しそうでした。
「でも、何で駄目なのか分からないままだと」
駅前の方を見ます。
「自分の店が、何か悪いことしたみたいでしょう」
私は胸の奥が少し詰まりました。
そうか。
理由がない拒否って。
法律上の不便だけじゃない。
人は理由が分からないと、
空白を自分で埋めてしまう。
店が古いからか。
小さいからか。
自分が嫌われたのか。
誰かに口利きがあったのか。
そういう、見えない疑いがどんどん増える。
「理由が分かれば」
佐伯さんは言いました。
「諦めるにしても、諦め方がありますからね」
その言葉は、妙に残りました。
午後四時。
片桐行政書士事務所。
市役所から電話が入りました。
受話器を取ったのは私です。
「はい、片桐行政書士事務所です」
『倉田です』
「お疲れさまです」
『理由書、作りました』
「早いですね」
『早くしないと、また来るでしょう』
「行きますよ」
『知ってます』
声が疲れています。
でも。
少しだけ笑っているようにも聞こえました。
『佐伯さんの不承認理由ですが』
「はい」
『審査記録を見直したところ、営業規模や来客数だけではありませんでした』
「と言いますと?」
『仮設店舗区画の一部は、再整備後の新店舗への移行を予定する事業者を優先する運用になっていました』
「それ、募集案内に書いてあります?」
沈黙。
嫌な沈黙。
『……ありません』
「説明会では?」
『明確には』
私は目を閉じました。
やっぱり。
理由を書かせたら。
別の問題が出てきた。
『それで』
倉田係長が続けます。
『このまま不承認理由だけを書いて終わらせるのはまずいという話になりまして』
「はい」
『佐伯さんについて、再審査します』
「え」
『優先方針自体を使うなら、少なくとも今回の募集時点で申請者に示していない点をどう扱うか、課内で見直します』
「不承認を取り消すんですか?」
『そこまではまだ言えません』
釘を刺されました。
さすが倉田係長。
最近、私の先走りを止めるのが上手い。
『ただ、理由を整理したら、自分たちでも説明しきれないところが出てきた』
「……」
『朝比奈さん』
「はい」
『君たちが理由を書けって言った意味、少し分かりました』
私は、ちょっと嬉しくなりました。
「私も今日、分かったところです」
『何です、それ』
「こっちの話です」
電話を切ると。
佐伯さんが、応接室から出てきました。
まだ帰っていなかったのです。
「どうでした?」
「再審査です」
佐伯さんの目が大きくなります。
「本当ですか」
「まだ承認とは限りません」
「十分ですよ」
即答でした。
「理由も分からず落とされるより、ずっといい」
そして。
革鞄から、小さな紙袋を取り出しました。
「これ、皆さんで」
「何です?」
「鉛筆」
「鉛筆?」
「文具屋ですから」
袋を開けると。
削っていない新品の鉛筆が十二本。
黄色い軸。
端に金色の文字。
佐伯文具店。
「店の名前入りです」
「昔、学校に配った残り」
「もらっていいんですか」
「理由を書けって言ってくれた人には、鉛筆が要るでしょう」
私は思わず笑いました。
「確かに」
相馬先輩が一本取りました。
「いい鉛筆だな」
「一本百円です」
「金取るのかよ」
「冗談ですよ」
佐伯さんも笑いました。
最初に事務所へ来たときより。
少しだけ、顔が軽くなっていました。
夕方。
佐伯さんが帰ったあと。
私は一本の鉛筆を机の上で転がしました。
ころころ。
黄色い軸が西日を反射します。
「何してる」
相馬先輩が言いました。
「考えてます」
「鉛筆転がして?」
「理由って、すごいなと思って」
「今さらか」
「だって」
私は今日の通知を見ました。
最初は。
不承認。
それだけでした。
総合的に判断。
基準に照らして難しい。
それだけなら。
佐伯さんが何に落ちたのか。
誰にも分からなかった。
でも。
理由を書いてください。
どの事実を。
どの基準に当てはめて。
なぜ不承認にしたのか。
そう聞いた途端。
営業規模。
来客数。
将来性。
再整備後の新店舗への移行予定。
次々と判断材料が出てきた。
そして最後には。
申請者に示していなかった優先方針まで出てきた。
「理由って」
私は言いました。
「行政に、自分の答え合わせをさせるんですね」
片桐所長が新聞から目を上げました。
「そういう面はある」
「理由を書くと、判断の筋道が見える」
「ああ」
「筋道が見えれば、間違いも見える」
「そうだ」
短い。
でも十分でした。
私は未来の条文を思い出します。
行政手続法八条。
拒否処分をするとき。
原則として。
その処分と同時に。
理由を示す。
書面で拒否するなら。
理由も書面。
今、この昭和六十三年には、まだない。
でも。
この法律が生まれる理由は。
もう目の前にある。
理由を言わない行政。
結論だけの通知。
内部基準だけで進む審査。
本人には見えない判断。
だから未来では。
理由を示せ。
そう、冷たい条文で縛る。
その冷たさが。
佐伯さんみたいな人に、
「なぜですか」
と聞ける足場を作る。
「所長」
「何だ」
「理由って、本人を納得させるためだけじゃないんですね」
「当然だ」
「行政側にも効く」
「理由を書けない判断は、たいていどこか弱い」
私は鉛筆を止めました。
それ。
すごく分かりやすい。
「今日の教訓にしていいですか」
「好きにしろ」
私はノートを開きました。
ただし。
まだ詳しい整理はしません。
原則。
例外。
いつ理由を示すのか。
要件や審査基準が客観的に明確な場合はどうなるのか。
書面の拒否なら、なぜ理由も書面なのか。
そこまで書き始めると。
今日の現場で見えた輪郭が、また教科書の言葉に埋まりそうです。
だから。
題名だけ。
――理由の提示。
その下に、一行。
結論だけでは、審査の間違いは見えない。
「まともだな」
相馬先輩が横から覗きました。
「また『今日は』って言おうとしました?」
「言ってない」
「顔が言ってました」
「被害妄想だ」
そのとき。
相馬先輩が、佐伯さんの鉛筆を二本取ろうとしました。
「先輩」
「何だ」
「一人一本じゃないんですか」
「そんなルール聞いてない」
「十二本しかないです」
「三人なら四本ずつだろ」
「事務所用もあります!」
「じゃあ俺が二本使う理由を説明する」
「はい」
「一本は字を書く」
「はい」
「もう一本は耳に挟む」
「却下」
「理由は?」
「必要性がありません」
「俺にはある」
「客観性がない!」
奥から所長が言いました。
「相馬」
「はい」
「一本返せ」
「理由は?」
「皆で使う」
「……はい」
速い。
ものすごく速い。
「所長」
「何だ」
「今の理由、短いですね」
「足りるだろ」
「足ります」
私は笑いました。
理由は長ければいいわけじゃない。
何を根拠に。
なぜそうなるのか。
本人が分かること。
後から確かめられること。
それが大事なんだと思います。
窓の外では。
駅前再整備予定地の向こうに、夕日が沈みかけていました。
佐伯文具店の看板も。
いつか外されるのかもしれません。
仮設店舗へ入れるかどうかも。
まだ決まっていない。
でも。
今日一つだけ変わったことがあります。
佐伯さんの申請は、
「何となく駄目」
ではなくなった。
役所は、自分の判断を言葉にしなければならなくなった。
そして。
言葉にしたからこそ。
自分たちの審査の弱いところにも気づいた。
制度は冷たい。
理由を示せ。
書面なら書面で示せ。
そんな命令は、とても人間味があるようには見えません。
でも。
その冷たい命令がなければ。
人は、
「役所が駄目と言ったから」
という、輪郭のない壁の前で止まるしかない。
理由があれば。
納得できるかもしれない。
直せるかもしれない。
間違いを指摘できるかもしれない。
争うべきかどうかも判断できる。
だから。
今日の教訓。
「駄目です」と言われたら。
次に聞くのは。
――なぜですか。
たぶん行政法は。
その「なぜ」に、役所自身の言葉で答えさせるための法律でもあるのです。
私は佐伯文具店の鉛筆を一本取り。
もう一度、ノートの文字をなぞりました。
理由の提示。
昨日までなら。
たぶん三分で眠れた題名です。
でも今は。
少しだけ違って見えました。
理由は。
拒まれた人に与える説明ではない。
拒んだ側にも、自分の判断を説明させる鏡なんだ。
そんなことを考えている横で。
相馬先輩が、また二本目の鉛筆へ手を伸ばしています。
「先輩」
「何だ」
「駄目です」
「理由は?」
「一本返したばかりだからです」
「弱いな」
「じゃあ補足します。所長の判断にも反します」
相馬先輩の手が止まりました。
「……それは強い」
「でしょう?」
どうやら。
理由を示すと。
事務所内の処分も、少しだけ通りやすくなるようでした。
以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。




