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こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈行政法 配点112点/300点〉 行政手続法

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[行政手続法4条・固有の資格]法理編 こはるノート

挿絵(By みてみん)

 夕方の片桐行政書士事務所は、昼間より少しだけ理屈っぽくなります。


 来客が途切れる。


 電話も減る。


 相馬先輩の机の上から、いつの間にか三田村さんにもらったあんパンが一個消える。


「……先輩」


「何だ」


「減ってません?」


「自然減だ」


「パンに自然減はありません」


「昭和ならある」


「時代のせいにしないでください」


 私は残ったあんパンを自分の側へ寄せて、ノートを開きました。


 今日の題名。


 行政手続法第四条。


 国の機関等に対する処分等の適用除外。


 ――と書いたところで、少しだけ妙な気持ちになります。


 今は昭和六十三年。


 行政手続法は、まだありません。


 今日の市営循環バスの話を解決したのも、この法律ではない。


 運輸の窓口で確認したのは、


 市営だからといって事業免許が自動的に出るわけではない。


 市もバス事業者として必要な審査を受ける。


 ただそれだけでした。


 でも。


 令和から転がり込んできた受験生の私には分かります。


 今日の事件。


 行政手続法第四条を理解するには、かなりいい教材です。


 というか、出来すぎています。


 市営バス。


 地方公共団体。


 事業免許。


 私人と同じ立場。


 教科書が町を歩いてきたみたいです。


「何にやけてんだ」


 相馬先輩が言いました。


「にやけてません」


「してる」


「法律が分かりかけると、ちょっと嬉しいんです」


「安い趣味だな」


「受験生に謝ってください」


 私はノートの真ん中に線を引きました。


 行政手続法第四条。


 この条文で見るべきなのは、


 相手が国の機関か。


 地方公共団体か。


 その機関か。


 ――だけではありません。


 一番大事なのは。


 その相手が、


 「固有の資格」


 で処分の名宛人になっているか。


 または、


 固有の資格で届出をするのか。


 そこです。


「先輩」


「何だ」


「“固有の資格”って、初見で意味分かります?」


「分からん」


「ですよね」


 よかった。


 私だけではありません。


「何か偉そうなんですよ、この言葉」


「法律用語はだいたい偉そうだろ」


「でも“固有”ですよ。あなたにしかありません、みたいな」


「で、実際どういう意味なんだ」


 私は少し考えてから答えました。


「一般私人には立てない立場、です」


「具体的に」


「市町村だからこそできること」


「例えば?」


「市町村の合併や分離に関する届出とか」


 相馬先輩が頷きます。


「確かにお前が個人で出すもんじゃないな」


「出せません」


「俺も?」


「出せません」


「所長は?」


「もっと出せません」


 奥で帳簿を見ていた片桐所長が顔を上げました。


「誰が出す」


「市町村です」


「そういうことだ」


 短い。


 でもそれです。


 市町村が、


 市町村だからこそできる行為。


 一般の人や会社では、その立場に立てない。


 それが、


 「固有の資格」。


 私はノートに書きます。


 固有の資格。


 =国・地方公共団体またはその機関でなければ立てない立場。


 =私人が同じ立場に立つことができない場合。


「じゃあ今日の市営バスは?」


 相馬先輩が聞きます。


「固有の資格じゃない」


「なぜ」


「民間会社もバス事業をできます」


「三田村さんみたいにな」


「はい」


 三田村観光。


 民間の小さなバス会社。


 実際、三田村さんも同じような観光路線を計画していました。


 つまり。


 バス事業の免許を求める立場それ自体は、


 市にしか立てないものではない。


 市も、


 民間事業者も、


 事業者として同じ制度に乗ることができる。


「だから、市がバス事業免許を受ける場面では?」


「私人と同じ立場」


「つまり」


「固有の資格ではない」


 私は大きく丸を付けました。


 ここ。


 試験でかなり大事です。


 地方公共団体だから、


 何でも固有の資格。


 ではない。


 行政主体だから、


 いつでも行政主体として特別な位置にいる。


 でもない。


 その行為について、


 一般私人でも同じ立場に立てるか。


 そこを見る。


「今日、三田村さんが言ってましたよね」


「何を」


「“同じ土俵なら文句はない”って」


「ああ」


「あれ、ほぼ固有の資格の説明ですよ」


 相馬先輩が笑いました。


「本人に言うなよ。嫌がるぞ」


「ですよね」


 三田村さんは法律用語を使いませんでした。


 でも、


 市営バスだから最初から別格。


 という話と、


 市も事業者として審査を受ける。


 という話の違いを、


「同じ土俵」


 という一言で捉えていました。


 行政法。


 たまに町の人の方が教科書より分かりやすい。


 私は次の見出しを書きます。


 処分。


 行政手続法第四条では、


 国の機関や地方公共団体、その機関に対する処分について、


 その機関や団体が「固有の資格」で名宛人になる場合には、


 行政手続法を適用しない。


「待て」


 相馬先輩が言いました。


「“国や市に対する処分は全部除外”じゃないんだな」


「そこです」


 全部ではない。


 名宛人が国や地方公共団体でも、


 私人と同じ立場で処分を受けるなら、


 行政手続法は適用される。


 今日の市営バスが典型です。


 未来の行政手続法の下で考えれば、


 市が一事業者として事業免許を申請する。


 私人でも同じ立場に立てる。


 だから、


 市が処分の名宛人になっても、


 「固有の資格」ではない。


 行政手続法の適用対象になります。


「じゃあ」


 相馬先輩がこちらを見ました。


「市が道路管理者として何か処分を受けるとか、市町村にしかできない立場なら?」


「固有の資格の問題になる」


「国だから除外じゃなく」


「その立場だから除外」


「なるほど」


 私はノートの端に書きました。


 肩書ではなく、その行為における立場。


 昨日も書いた気がします。


 でも今日は、これが条文の形になりました。


「所長」


「何だ」


「“固有の資格”って、行政機関の身分そのものじゃないんですね」


「そうだ」


「行政機関だから常に固有、じゃない」


「その行為との関係で決まる」


 そこ。


 ものすごく大事です。


 市長。


 県。


 国。


 名前だけ見て判断しない。


 その人たちが、


 今、その制度の中で何者として立っているか。


 それを見る。


 次。


 行政指導。


 ここは、少し扱いが違います。


「行政指導は?」


 相馬先輩が聞きました。


「国の機関や地方公共団体、その機関に対する行政指導には、行政手続法は適用されません」


「固有の資格かどうかは?」


「行政指導については、条文上、その条件が付いてません」


「お」


「なので行政指導は一切適用除外」


 私はそこに二重線を引きました。


 処分。


 →固有の資格で名宛人になる場合に除外。


 届出。


 →固有の資格ですべき場合に除外。


 行政指導。


 →国の機関や地方公共団体等に対するものは、固有の資格の限定なしで除外。


「ここ、試験でやりそうですね」


「何を」


「“行政指導も固有の資格の場合だけ適用除外である”」


「誤り?」


「はい」


 相馬先輩がにやっとしました。


「引っかかりそうだな」


「やめてください。その笑顔、出題者です」


 さらに。


 届出。


 これも処分と似ています。


 国の機関や地方公共団体、その機関がする届出で、


 その機関や団体が、


 固有の資格においてすべきもの。


 行政手続法は適用されません。


 逆に。


 私人と同じ立場でする届出なら、


 行政手続法の適用対象になり得ます。


「処分と届出は、固有の資格を見る」


「そうです」


「行政指導は?」


「固有の資格を問わず適用除外」


「三つ一緒に覚えたら危ないな」


「ものすごく」


 行政法は、


 似せて並べて、


 一個だけ条件を外してきます。


 受験生の集中力を狩りに来ています。


「じゃあ整理」


 相馬先輩が腕を組みました。


 急に先生みたいな顔です。


「国や市が相手。処分」


「固有の資格なら除外」


「私人と同じ立場なら?」


「適用」


「届出」


「同じ。固有の資格なら除外」


「行政指導」


「国や地方公共団体等に対するものは適用除外。固有の資格限定なし」


「よし」


「先輩、今日ちょっと楽しんでません?」


「お前を落とせる問題考えるのが楽しい」


「最低です」


 所長が新聞を折りました。


「もう一つ」


「はい」


「固有の資格を、“公益目的だから”と考えるな」


 私はペンを止めました。


「公益目的だから?」


「行政がすることは、大抵何らかの公益と関係する」


「ああ」


「そこを基準にしたら広すぎる」


 確かに。


 市営バスだって、


 観光振興。


 高齢者の移動。


 駅前再整備。


 公共交通。


 公益目的はあります。


 だからといって、


 市営バス事業の免許を受ける立場が、


 市にしか立てない立場になるわけではない。


「“行政がやる公益事業”と、“固有の資格”は別」


「そうだ」


 私は書き込みました。


 固有の資格かどうかは、


 公益性ではなく、


 一般私人がその立場に立てるかで考える。


 これは分かりやすい。


 かなり。


 今日、市役所の担当者は、


「市営ですから、役所同士ではもう話がついてます」


 と言ったそうです。


 あの一言には、


 市営。


 行政。


 公共目的。


 役所間調整。


 そういうものが全部混ざっていました。


 でも。


 一個ずつ分けると違います。


 行政間で事前相談をする。


 それ自体はあり得る。


 市営事業だから、行政内部の調整がしやすい。


 それもあり得る。


 でも。


 だから、


 事業免許の審査まで事実上終わっている。


 市だから特別に通る。


 とはならない。


「混ぜたんですね」


 私が言いました。


「何を」


 相馬先輩が聞く。


「行政主体としての市と、事業者としての市を」


「ああ」


「役所の中では同じ市役所でも、法的には場面で立場が違う」


 今日の事件の核心は、そこでした。


 私は次に、


 試験でありがちな引っかけをノートに並べていきます。


 国の機関または地方公共団体に対する処分には、すべて行政手続法が適用されない。


 ――誤り。


 固有の資格で名宛人になる場合に限って除外。


 地方公共団体が市営バスの事業免許を受ける場合は、地方公共団体に対する処分なので行政手続法は適用されない。


 ――誤り。


 私人でも同じ立場に立てるので、固有の資格ではない。


 市町村の合併に関する届出は、私人も同様の届出をすることができる。


 ――もちろん誤り。


 私人が市町村合併したら日本地図が大変です。


「そこ、試験に書くなよ」


 相馬先輩が言いました。


「分かってます」


 行政機関に対する行政指導は、その機関が固有の資格にある場合に限り行政手続法が適用されない。


 ――誤り。


 行政指導には、固有の資格という限定が付いていない。


「ここは大事ですね」


「お前、何回大事って言うんだ」


「行政法、大事なところが多いんです」


「全部大事って言う教師みたいだな」


「試験直前になると本当にそうなります」


 私は少し手を止めました。


 それから。


「第四条って」


「何だ」


「行政機関同士の話だから、国民には関係薄そうに見えるんですよね」


「確かに」


「でも今日、三田村さんに思いきり関係ありました」


 市営バスが、


 行政機関間の特別な扱いだから、


 もう決まっています。


 そう説明された。


 三田村さんは、


 民間業者の自分には勝負する余地がないと思った。


 でも。


 市がその場面で私人と同じ立場なら、


 話は違う。


 少なくとも、


「市だから当然に別枠」


 という理屈は崩れる。


 第四条は、


 行政同士の手続をどう扱うかの条文です。


 でも、その線引きは、


 行政の外側にいる人にも影響する。


 誰が特別扱いされるのか。


 誰が同じルールに乗るのか。


 その境界だからです。


「制度の冷たさって」


 私は呟きました。


「何だ」


「肩書にあまり興味ないんですね」


「どういう意味だ」


「市役所だから偉い、とか。民間だから弱い、とかじゃなくて」


 その場で何者として立っているか。


 それだけを見る。


 冷たい。


 かなり冷たい。


 でも。


 その冷たさがあるから、


「市だからもう決まってます」


 という空気を切れる。


 私は今日の市役所を思い返しました。


 倉田係長は、


 市営事業だから行政間の調整がしやすい、


 という事情自体は否定しませんでした。


 でも最後には、


 市営だから免許が決定済みのように説明するのは適切でない、


 と認めた。


 あれは、


 市を弱くしたわけじゃない。


 立場を正しい位置へ戻しただけです。


「所長」


「何だ」


「固有の資格って、特権を認めるための言葉じゃないんですね」


「場合によるが、少なくともそう単純に見るな」


「区別するための言葉」


「そうだ」


 行政主体としてしか立てないなら、


 私人との関係を前提に作られた一般的な行政手続法をそのまま使わない。


 でも。


 私人と同じ立場なら、


 行政主体だからというだけで外さない。


 そこに意味がある。


「じゃあ」


 相馬先輩が言いました。


「覚え方、一行」


「またですか」


「書け」


 私はノートの最後へ移ります。


 少し考える。


 固有の資格。


 行政主体。


 私人。


 市営バス。


 三田村さんの言葉。


 同じ土俵。


 そして書きました。


 ――「固有の資格」は、役所の肩書ではなく、私人が同じ土俵に立てるかで見る。


 相馬先輩が読みます。


「長い」


「じゃあ先輩なら?」


「市でも、普通の客なら普通の客」


「雑!」


「でも分かるだろ」


「分かるのが腹立ちます」


 所長が横から言いました。


「処分と届出は固有の資格を見る。行政指導は見ない」


 私は一瞬止まりました。


「所長」


「何だ」


「それ、試験用として完成度高すぎません?」


「覚えればいい」


「急に予備校講師みたいにならないでください」


 私はその一文も書き加えました。


 処分と届出――固有の資格なら除外。


 行政指導――固有の資格を問わず除外。


 かなり整理できました。


 行政手続法第四条。


 最初は、


 国の機関等に対する処分等の適用除外。


 という、いかにも眠そうな見出しでした。


 でも今は。


 市営バスのチラシ。


 運輸の窓口。


 三田村さんの、


「同じ土俵なら文句はない」


 という言葉が浮かびます。


 固有の資格。


 それは、


 行政であることを示す名札ではない。


 行政でなければ立てない場所に、今その人が立っているか。


 そこを見る言葉です。


「こはる」


「はい」


 相馬先輩が、最後のあんパンを持ち上げました。


「これは俺が食う」


「またですか」


「俺は先輩という固有の資格がある」


「その資格、一般私人は立てないんですか?」


「お前は立てない」


「でも他の会社には先輩いますよね」


「……」


「私人でも同じ立場に立てますね」


「細かいな」


「固有の資格ではありません」


「じゃあ何なんだよ」


「ただの年功序列です」


「余計悪い言い方になったな」


 所長が新聞を読みながら言いました。


「半分にしろ」


「はい」


「異議なし」


 即決。


 私はあんパンを半分に割りました。


 制度は、ときどき人を冷たく分類します。


 国。


 地方公共団体。


 私人。


 行政主体。


 固有の資格。


 そうやって、どの手続を適用するか線を引く。


 でも。


 その線が正確だからこそ、


 肩書だけで特別扱いすることも、


 逆に不当に遠ざけることも止められる。


 市役所だから特別なのではない。


 民間だから弱いのでもない。


 その場で、


 何者として立っているのか。


 そこを見る。


 私はノートを閉じました。


 昭和六十三年。


 まだ行政手続法はない町。


 でも今日も、


 未来の条文が必要になる理由だけは、


 ちゃんと目の前を走っていました。


 市営バスより先に。

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