[法律による行政の原理]法理編 こはるノート
夕方の片桐行政書士事務所は、昼間より少しだけ法律に向いています。
電話が減る。
来客も途切れる。
西日が書棚の背表紙を赤く染める。
そして、机の上には。
「……煎餅がありません」
「食った」
相馬先輩が言いました。
「全部?」
「ほぼ」
「犯罪では?」
「違う」
「即答する前に少しは反省してください」
私は空になった紙袋を持ち上げました。
今日、西尾文具店の西尾さんが置いていった差し入れです。
駅前環境整備負担金。
三万円。
市役所から届いた紙には、金額と納期限が書かれていました。
けれど調べてみれば、それは税金でもなければ、条例に基づく負担金でもない。
法令上の支払義務はなく、あくまで任意の協力金。
しかも、払わないことだけを理由に補助制度で不利益に扱う運用もない。
そこまで確認して、ようやく西尾さんは、
「じゃあ払うかどうか、自分で考えます」
と言えたのでした。
私はノートを開きます。
今日の題名は、すでに決まっています。
――法律による行政の原理。
字面が硬い。
すごく硬い。
行政法のテキストでも、だいたい序盤に出てくる言葉です。
そして序盤に出てくるくせに、その後ずっと付きまとってくる。
「先輩」
「何だ」
「法律による行政の原理って、一言でいうと何ですか」
「行政は法律を守れ」
「雑!」
「間違ってないだろ」
「間違ってないから困るんですよ」
奥で書類を整理していた片桐所長が、顔を上げました。
「その雑な答えを、三つに分けろ」
「三つ?」
「法律の法規創造力。法律の優位。法律の留保」
来ました。
眠くなる三兄弟。
私はノートに三本、線を引きました。
法律の法規創造力の原則。
法律の優位の原則。
法律の留保の原則。
「名前が似てます」
「中身は違う」
所長が言います。
「そこを混ぜると試験で落とす」
「やめてください、その現実的な脅し」
私はまず、一番上に大きく書きました。
法律の法規創造力の原則。
「これ、今日の三万円に一番近いですか?」
「近いな」
所長が頷きました。
私は今日の場面を思い出します。
駅前で商売をしている人には、三万円払ってもらう。
もしこれが本当に、
駅前区域の事業者は三万円を納付しなければならない。
という法的な義務なら。
それは、市民の財産に関わるルールです。
財布から三万円出せと言うのですから、当然です。
「市役所の部内会議で、“今年から三万円にしよう”って決めたら、それだけで義務になるわけじゃない」
「そうだ」
「なぜなら」
私はペンを走らせました。
国民の権利義務に関する法規を作るのは、原則として法律。
行政が勝手に、市民を法的に拘束する新しいルールを作ることはできない。
「憲法四十一条ですね」
「うん」
国会は、国の唯一の立法機関である。
つまり。
国民に、
これをしなさい。
これはしてはいけない。
これを払いなさい。
そういう法的なルールを新しく作るのは、原則として立法の仕事。
行政が勝手に始めてはいけない。
「でも所長」
「何だ」
「行政だって規則とか省令とか作りますよね」
「作る」
「じゃあ行政も法規を作ってるじゃないですか」
相馬先輩がこちらを見ます。
「昨日の行政立法でやっただろ」
「復習です」
「都合のいい言葉だな」
所長が言いました。
「行政が国民の権利義務に関するルールを定める場合は、法律の授権が必要になる」
「授権」
「法律が、その範囲で行政に決める権限を与えていることだ」
私はノートに書きます。
法律に、
細かい事項は政令で定める。
省令で定める。
規則で定める。
そういう形で行政へ委ねられている。
だから、その範囲内で行政が法規を定められる。
「つまり行政が独自に法規を作るんじゃなくて、法律からバトンを渡されてる」
「そう考えればいい」
「じゃあ今日の負担金は」
私は今日の書面を思い出しました。
法律なし。
条例なし。
規則なし。
部内方針だけ。
「もし本当に三万円の納付義務を課すつもりだったなら、“法律からその力をもらいましたか”が問題になる」
「そうだ」
法規創造力。
昨日まで字面だけでは意味不明だった言葉が、急に現実につながります。
行政が勝手に、
時計を持っている人は一万円払え。
自転車に乗る人は五千円。
犬を飼っている人は三万円。
などと言い始めたら困ります。
「犬税とか、昔はありましたけど」
「そこは話を広げるな」
相馬先輩に止められました。
「はい」
今日の問題は単純です。
行政が、
必要だから。
公平だから。
皆のためだから。
そう思っただけでは、国民に新しい法的義務を作ることはできない。
法規創造力の原則は、
誰がルールを作れるのか。
その入口を守る原則です。
私は次に書きました。
――法律の優位。
「これは、行政が法律に違反しちゃ駄目ってやつですよね」
「そうだ」
相馬先輩が言います。
「さっき俺が言った」
「その答えだけなら先輩が一番早かったです」
「褒めろ」
「嫌です」
法律の優位。
法律と行政活動がぶつかったら、法律が上。
行政は法律に従わなければならない。
これは比較的分かりやすい。
たとえば。
法律では、
一定の条件を満たせば許可しなければならない。
とされているのに。
役所が、
うちの内部方針では許可しません。
と言って拒否する。
それは駄目。
「昨日の貼り紙の話にもつながりますね」
「つながる」
内部ルールが法律より上には立てない。
法律が認めているものを、役所内部の都合だけで潰せない。
「じゃあ今日の三万円の場合、法律の優位はあまり問題にならなかった?」
「そう単純でもない」
所長が言いました。
「仮に、法律で認められていない不利益を、負担金を払わなかったことだけを理由に課すなら、法律との関係が問題になる」
「補助金の審査で不利にする、みたいな」
「そうだ」
なるほど。
今日、窓口で最初に言われた、
払わなければ来年の支援策で考慮されるかもしれない。
という曖昧な言葉。
もし本当に。
負担金を払っていない事業者は、補助金を減らす。
申請を落とす。
そういう不利益を与えているなら。
今度は、その取扱いが法令や制度の根拠に反していないかが問題になる。
「行政が内部で決めたことより、上に法律がある」
「それが優位だ」
私は丸をつけました。
法規創造力。
――行政が勝手に新しい法的ルールを作るな。
法律の優位。
――行政は法律に逆らうな。
似ているようで、見る方向が違います。
「じゃあ三つ目」
私は少し身構えました。
法律の留保。
ここが一番ややこしい。
「法律の留保って、法律を取っておく話じゃないですよね」
「当たり前だ」
「だって“留保”って取っておく感じするじゃないですか」
「受験生全員が一回は言うやつだな」
「そうなんですか」
「知らん」
「適当!」
所長が言いました。
「法律の留保は、行政がある活動をするとき、法律上の根拠が必要かという問題だ」
私はノートに書きます。
行政活動をするには、あらかじめ法律の根拠が必要。
ただし。
「全部の行政活動に法律の根拠が必要なんですか」
「そこに学説がある」
出ました。
行政法が急に試験問題の顔をするところ。
私は少し嫌な顔をしました。
「今日、市役所の職員さんが私たちに道案内してくれるのにも法律が必要です?」
「全部留保説ならそういう方向に考える」
「大変ですね」
「だから試験では、まず侵害留保説を押さえろ」
私は大きく囲みます。
侵害留保説。
国民の自由や財産を侵害する行政活動には、法律の根拠が必要。
「今日の三万円は、もし強制なら財産に対する侵害になりますね」
「そうだ」
自分の財産から三万円を出させる。
それを強制するなら。
行政には、
なぜ三万円を取れるのか。
その権限が法律上必要になります。
「だから税金には法律上の根拠がいる」
「そうだ」
固定資産税。
所得税。
住民税。
名前はどうあれ、行政が、
あなたのお金をこちらへ渡してください。
と強制する。
それなら根拠が要る。
「時計税」
私は教材で見た例を思い出しました。
「何だ」
「行政が勝手に“時計持ってる人は千円払ってください”って決めるのは無理」
「当たり前だ」
「じゃあ“駅前で店やってる人は三万円払ってください”も、同じ構造になり得る」
「義務として課すならな」
ここが大事です。
今日、市役所は最終的に、
これは任意です。
と明確にしました。
だから、市役所が法律なしに三万円の法的納付義務を課した、という話にはなりませんでした。
問題だったのは。
任意なのに義務のような顔をしていたことです。
「所長」
「何だ」
「もし最初から、“任意の寄付です。払わなくても不利益はありません”ってはっきり書いてあったら?」
「法律の留保の問題はかなり薄くなる」
「なぜなら」
「国民に法的義務を課していないからだ」
なるほど。
行政が住民に、
地域美化に協力してください。
募金をお願いします。
そう呼びかけることまで、全部法律の根拠がなければできない。
という話ではない。
少なくとも侵害留保説では。
国民の自由や財産を権力的に侵害する活動に、法律の根拠を要求する。
「でも、任意ですと言いつつ、払わないと補助金を落とすぞって圧をかけたら?」
相馬先輩が聞きます。
「実質的に強制っぽくなる」
「そうだな」
「だから今日、そこを確認したんですよね」
西尾さんは、
三万円なら払えなくはない。
と言っていました。
でも、
払わなければ役所に睨まれる。
補助金をもらえないかもしれない。
そう思っていました。
選択肢があるようで、ない。
任意のようで、任意ではない。
だから私たちは。
払わなかった場合、どうなるんですか。
と聞いた。
そこで、
何も起こりません。
不利益には扱いません。
と明確になったことで、初めて本当の意味で任意になった。
「法律の留保って」
私は呟きました。
「行政が何かするとき、“その力はどこから来たんですか”って聞く原則なんですね」
「それでいい」
所長が言いました。
私はさらに整理します。
法規創造力。
誰が国民を縛るルールを作れるか。
法律の優位。
行政活動は法律に反してはいけない。
法律の留保。
行政活動に、あらかじめ法律上の根拠が必要か。
「同じ“法律が大事”でも、質問が違う」
「そうだ」
「法規創造力は“そのルール誰が作れるの?”」
「うん」
「優位は“行政が法律に逆らってない?”」
「うん」
「留保は“そもそもその行政活動、法律の根拠ある?”」
「それで整理しろ」
おお。
少し見えてきました。
昨日まで全部、
法律大事ですよ。
役所もちゃんと法律守ってくださいね。
くらいにしか見えていなかった三つが、別々の顔をしてきます。
「先輩」
「何だ」
「試験でどう引っかけてきますか」
「急に嫌な質問するな」
「そこ大事です」
相馬先輩は少し考えました。
「全部の行政活動に必ず法律の根拠が必要だ、とか?」
「それは全部留保説寄りですね」
「侵害留保説を前提にすれば言い過ぎだな」
所長が言います。
私は書きました。
注意。
法律の留保については、どこまで行政活動に法律の根拠を要求するかについて複数の考え方がある。
侵害留保説では、
国民の自由・財産を侵害する行政活動には法律の根拠が必要。
「じゃあ、行政が国民に利益を与える活動なら?」
「侵害留保説では、当然に法律の根拠が必要とはならない」
「道案内も?」
「そうだ」
「警察官が駅までの道を教えるたびに法律を探してたら、駅に着く前に日が暮れますね」
「そういう覚え方するな」
でも分かりやすい。
行政が何をするにも法律が必要。
ではない。
少なくとも侵害留保説では。
自由や財産を侵害するなら、根拠を求める。
「じゃあ権力留保説とか重要事項留保説は?」
「今は深入りするな」
所長が切りました。
「行政書士試験なら、まず侵害留保説を確実にしろ」
「助かります」
「逃げるなよ」
相馬先輩が言います。
「必要になったらやります」
受験生として正しい戦略です。
たぶん。
私は今日の出来事を図にしました。
西尾さん。
市役所。
三万円。
もし法的義務なら。
西尾さんの財産を制約する。
だから。
その義務を作る法的根拠は何か。
行政にその権限が与えられているか。
そこを見る。
そして。
もし法律に反する形で行政が動けば。
法律の優位に反する。
「所長」
「何だ」
「教材に“違法な行政活動は取消しされたり無効になる”ってありますけど、そこはどう覚えればいいです?」
所長が少し間を置きました。
「そこは雑に、“違法なら全部無効”と覚えるな」
「あ」
「違法な行政処分でも、当然に初めから何の効力もないとは限らない」
来ました。
行政法の嫌なところ。
違法。
イコール。
即無効。
ではない。
「取消し得る処分と、無効な処分は別」
「そうだ」
瑕疵がある行政処分でも。
取消されるまでは有効として扱われる場合がある。
一方で。
重大かつ明白な瑕疵などがあり、無効とされる場合もある。
「今日は処分の効力の話が本題じゃないから、深入りしない」
「逃げましたね」
「範囲を切っただけだ」
所長、強い。
でも大事です。
法律の優位。
行政は法律に反してはいけない。
だからといって、
法律に違反した行政活動は全部最初から存在しなかったことになる。
と単純に覚えてはいけない。
取消し。
無効。
そこは別途整理が必要。
私はノートの端に、
「違法=即無効ではない」
と赤で書きました。
「これ試験で狙われそう」
「狙われる」
「嫌ですね」
「だから覚えろ」
相馬先輩が人の煎餅を全部食べた口で言います。
説得力がありません。
私はもう一つ疑問を書きました。
「じゃあ今日、市役所が“負担金”って名前をつけたこと自体は問題ですか?」
「名前だけでは決まらん」
所長が言いました。
「大事なのは実質だ」
なるほど。
負担金。
協力金。
寄付金。
分担金。
名前はいろいろ作れます。
でも。
名前が“協力金”だから任意とは限らない。
逆に“負担金”だから必ず法的義務とも限らない。
「払わなかったら何が起きるかを見る」
「そうだ」
「行政が強制徴収できる?」
「うん」
「不利益処分につながる?」
「うん」
「本当に断れる?」
「そこを見る」
今日の西尾さんの件では。
断れる。
断っても、それだけで不利益はない。
そこが確認された。
だから、実質的にも任意。
逆に。
名称だけ“お願い”でも。
払わないと許可しない。
補助金を落とす。
更新を受け付けない。
そんな運用なら。
話は変わります。
「行政法って名前より中身を見るんですね」
「だいたい法律はそうだ」
相馬先輩が言います。
「珍しく良いこと言いましたね」
「珍しくは余計だ」
私は今日の市役所の課長の言葉を思い返しました。
駅前が整備されれば、商店も恩恵を受ける。
だから商店にも負担してもらいたい。
理屈としては分かります。
むしろ政策として悪いとすら言い切れません。
でも。
政策として合理的か。
法的に義務を課せるか。
これは別の質問。
ここを混ぜてはいけない。
「所長」
「何だ」
「もし市が、本当に駅前の商店に法的な負担を課したいなら?」
「適法な根拠を整える必要がある」
「条例とか?」
「制度の内容次第だが、少なくとも部内方針だけで済む話ではない」
そうですよね。
誰が。
どんな根拠で。
誰に。
いくら。
どんな条件で。
何を負担させるのか。
きちんとルールにする。
そして、そのルールを作る権限があるかも確認する。
面倒です。
ものすごく面倒。
でも。
その面倒が、市民を守ります。
役所にとって便利だから。
財源が足りないから。
みんな得をするから。
そういう理由だけで財布に手を伸ばせないようにする。
法律って。
わざと行政を不自由にしているんですね。
「所長」
「何だ」
「法律による行政って、行政を縛る仕組みなんですね」
「そうだ」
「仕事しづらくないですか」
「しづらいだろうな」
「じゃあ何で」
「力を持ってるからだ」
短い。
でも、腑に落ちました。
行政は。
許可を出す。
税を取る。
営業を止める。
財産を差し押さえる。
場合によっては、人の自由や生活そのものに大きく触れる。
だからこそ。
何となく。
善意で。
慣例で。
部内方針で。
そうやって動いてはいけない。
強い力に、先に線を引く。
それが法律による行政。
「条文って冷たいですね」
私が言うと、相馬先輩が鼻で笑いました。
「今さらか」
「でも、冷たいからいいのかもしれません」
「何が」
「“かわいそうだから取らない”“気に入らないから取る”じゃなくて、“根拠がありますか”で止められるから」
所長がちらりとこちらを見ました。
「それを忘れるな」
私は頷きます。
西尾さんが相談に来たとき。
役所に嫌われたくない。
補助金で不利になりたくない。
そう言っていました。
三万円。
払えなくはない。
でも、払わないと困るかもしれない。
そういう曖昧な圧力が、一番人を従わせます。
今日、私たちがしたのは。
市役所を倒したことでも。
負担金制度を潰したことでもありません。
ただ。
義務ですか。
任意ですか。
根拠はありますか。
払わなかったらどうなりますか。
そこを一つずつ分けただけ。
結果。
任意だと分かった。
不利益もないと分かった。
西尾さんは、払うかどうかを自分で決められるようになった。
私はノートの最後に、三つ並べました。
法律の法規創造力。
行政が勝手に国民を縛る法規を作らない。
法律の優位。
行政活動は法律に反してはいけない。
法律の留保。
行政が国民の自由や財産を侵害するなら、法律上の根拠が必要。
そして、その下に。
試験用ではなく、自分用に一行書きます。
――行政の「必要だから」は、国民の「義務だから」にはならない。
「お」
相馬先輩が横から読みました。
「今日はいいじゃないか」
「今日は?」
「昨日は団子だったろ」
「団子で覚えたっていいじゃないですか」
「じゃあもう一個」
「何です?」
「今日の一行の覚え書き」
私はペンを持ち直します。
少し考えて。
その下に書きました。
――「払ってください」と言われたら、まず「お願いですか、義務ですか」と聞く。
所長がそれを見ました。
「実務なら、それでいい」
「試験なら?」
「次に、法的根拠を聞け」
私は笑って書き足します。
――義務なら、その力はどの法律から来たのか。
これで完成。
ノートを閉じました。
窓の外は、もう暗い。
昭和六十三年の町に、駅前の看板が一つずつ灯っています。
あの駅前では、きっと今も。
役所は整備計画を進め。
商店は客足を気にし。
誰かが補助金を申し込み。
誰かが許可を取り。
誰かが「市で決まりました」と言っている。
でも。
今日から私は、その言葉をそのまま飲み込まない。
市で決めた。
だから何ですか。
市が決められることですか。
法律に反していませんか。
その活動には、法律上の根拠が必要ではありませんか。
法律による行政の原理。
昨日まで、眠くなる名前でした。
今は。
行政の力に、出入口を作るための仕組みに見えます。
入るときには根拠を確認する。
動くときには法律に逆らわない。
国民を縛るルールを作るなら、勝手に作らない。
面倒です。
でも。
その面倒があるから。
市役所から一枚の紙が届いただけで、人の財布が自動的に開くことはない。
制度の冷たさは、人を窮屈にすることがあります。
けれど今日。
その冷たい線が、西尾さんと市役所の間に一本引かれました。
お願いと義務。
協力と強制。
政策と法的根拠。
似ているようで、違うもの。
違うものを違うと言えること。
それがたぶん、行政法の最初の仕事なんだと思います。
「こはる」
相馬先輩が言いました。
「何です」
「帰るぞ」
「はい」
「その前に」
「何です?」
「煎餅買ってこい」
「何で私が!」
「今日の勉強代」
「そんな義務ありません!」
「事務所の方針だ」
「法的根拠は?」
「俺」
「その法規創造力、今すぐ没収してください!」
奥で所長が新聞をたたみました。
「相馬が買え」
「何で俺が」
「今日一番食った」
「根拠それだけ?」
「十分だ」
私は吹き出しました。
なるほど。
こちらの世界では、どうやら法律より先に、因果応報が優位らしいです。
私はノートを鞄にしまいました。
最後の一行は、もう決まっています。
――行政に力があるからこそ、その力の出どころを聞く。
昨日より少しだけ。
法律による行政の原理が、眠くない言葉になりました。
以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。




