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こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈行政法 配点112点/300点〉 行政法総論

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[法律による行政の原理]現場編 「市で決めたんだから払ってください」の罠。行政の都合と市民の義務を分ける、勝手な“町の負担金”と法律の壁

挿絵(By みてみん)

 役所の「お願い」は、ときどき請求書の顔をしています。


 紙に金額が書いてある。


 納期限が書いてある。


 市役所の名前が入っている。


 しかも窓口で、


「皆さん払っていますから」


 なんて言われる。


 ここまで揃えば、大抵の人は思います。


 ――税金みたいなものなんだろう、と。


 けれど。


 人のお財布からお金を持っていく話には、本来、もう少し面倒な理由が必要です。


 昭和六十三年。


 片桐行政書士事務所で見習い生活を始めてから、私はようやくそのことを身に染みて理解し始めていました。


「こはる。これ見ろ」


 午前十時。


 相馬先輩が、私の机に一枚の紙を滑らせました。


「なんですか」


「請求書」


「先輩のツケですか」


「俺を何だと思ってる」


「現金を持ってなさそうな人」


「喧嘩売ってんのか」


 紙を拾います。


 市役所の封筒。


 宛名は、駅前商店街で文房具店を営む西尾修三さん。


 そして本文には、太いゴシック体でこうありました。


 駅前環境整備負担金 納付のお願い


 金額 三万円


 駅前再整備事業に伴う美化・案内設備・歩道周辺整備等に要する費用の一部として、区域内事業者の皆様にご負担をお願いしております。


「……お願い」


 私は声に出しました。


「なのに金額と期限がある」


「そこだ」


 相馬先輩が煙草を指で弄びながら言います。


「本人は税金だと思ってる」


「違うんですか」


「だから来た」


 応接室を見ると、五十代くらいの男性が、封筒を握ったまま椅子に座っていました。


 背広ではなく、薄い作業着。


 指先には鉛筆の黒い跡があります。


「西尾さんです」


 片桐所長が言いました。


「駅前で文具店をやっている」


「朝比奈こはるです」


「若いねえ」


「一応、働いてます」


「一応つけるな」


 相馬先輩が横から刺してきます。


 西尾さんは笑いませんでした。


 膝の上の封筒を、ぎゅっと握っています。


「三万円くらいなら、払えない額じゃないんです」


 その言い方で、私はすぐ分かりました。


 問題は三万円ではない。


「ただね」


 西尾さんは続けました。


「去年も一万円払ったんですよ。今年は三万円でしょう。来年はいくらになるのかと思って」


「去年も?」


「ええ。駅前整備協力金って名前でした」


 名前まで変わっている。


 嫌な匂いがします。


「それで、市役所に聞いたんです。“これ、何の税金ですか”って」


「はい」


「そしたら、“税金ではありません”って言うんですよ」


 私は瞬きをしました。


「税金じゃない?」


「でも、“区域内の店は皆さん納めてます”“市の事業ですから協力してください”って」


「払わなかったらどうなるか聞きました?」


「聞きました」


 西尾さんの表情が曇ります。


「来年度以降、市の商店街支援策を利用するときに、協力状況は考慮されるかもしれないって」


 来ました。


 こういうのです。


 こういう、意味がありそうで意味を確定させない日本語。


 “考慮されるかもしれない”。


 法律用語ではない。


 でも人を怖がらせるには十分です。


「補助金とかですか」


「ええ。うちも今度、店舗改装の補助を申し込みたいと思ってまして」


「だから払わないと不利になる気がした」


「そうなんです」


 西尾さんは声を落としました。


「役所に逆らった店、って見られるのも嫌でねえ」


 私は手元の紙を見ます。


 駅前環境整備負担金。


 納付のお願い。


 三万円。


 税ではない。


 でも払わないと、市の支援で不利になるかもしれない。


 それ、かなり嫌な混ざり方です。


 昨夜。


 私は行政法のテキストで、ある原則を読んでいました。


 法律による行政の原理。


 法律の優位。


 法律の留保。


 法規創造力。


 全部、漢字が固い。


 目も固くなる。


 脳まで固くなる。


 読むほど眠くなる単元でした。


 ところが今、その文字が脳内で妙に騒いでいます。


「所長」


「何だ」


「この三万円って、市が当然に取れるお金なんですか」


「それを調べる」


「条例は?」


「今のところ見当たらん」


 私は顔を上げました。


「え」


 相馬先輩が言います。


「市役所の担当に聞いたら、“商工振興部の方針です”だとよ」


「方針」


「駅前整備には金がかかる。恩恵を受ける商店にも負担してもらう。それ自体は理屈としては分からんでもない」


「でも」


 私は紙を指で叩きました。


「市が人からお金を取るなら、“いい考えだから”だけじゃ足りないですよね」


 所長が小さく頷きました。


「そこを聞きに行く」


 また市役所です。


 この事務所、市役所との往復運動で健康になれそうです。


 商工振興課の窓口に着くと、見覚えのある顔がいました。


「あ」


 向こうも言いました。


「あ」


 倉田係長です。


 前回、駅前の露店について「一切認めない」と書いた掲示を、こちらに突かれて書き直した人です。


「また君か」


「また私です」


「今日は何」


「三万円です」


「雑な入り方するなあ」


 相馬先輩が例の文書を出しました。


「駅前環境整備負担金。西尾文具店宛て」


 倉田係長の顔が少しだけ固くなりました。


「その件ですか」


「何に基づいて取ってるんです」


「取ってる、という言い方は」


「じゃあ何だ」


「お願いです」


 相馬先輩が紙を持ち上げました。


「金額指定。納期限あり。対象区域指定。去年から継続。これで“ただのお願いです”は苦しいだろ」


「強制ではありません」


「では払わなくても問題ない?」


 倉田係長が口をつぐみました。


 嫌な沈黙です。


 沈黙って、ときどき答えよりよく喋ります。


 私は聞きました。


「条例はありますか」


「ありません」


「法律上の根拠は?」


「直接の根拠、と言われると……」


「市の規則?」


「いえ」


「じゃあ、何で三万円なんですか」


「事業費を区域内の事業者数などで勘案して」


「誰が決めたんです?」


「部内で」


「部内で三万円と決めた?」


「市として必要な事業ですから」


 そこです。


 必要かどうかと。


 市民が払う義務があるかどうか。


 その二つは、別です。


「係長」


 私は言いました。


「駅前を綺麗にするのが必要なのは分かります」


「ええ」


「その費用を商店にも負担してほしい、という発想も分かります」


「でしょう」


「でも、“市が必要だと考えた”から、市民に三万円の支払義務が生まれるんですか」


 倉田係長の表情が変わりました。


「義務とは言っていません」


「じゃあ、払わなくてもいい?」


「協力はお願いしています」


「払わなかった場合、補助金の審査で不利になりますか」


「それは……総合的に」


「何を根拠に?」


「総合的にです」


 総合的。


 行政の便利ワードが出ました。


 何でも入る箱。


 でも、何が入っているかは見えない箱。


「補助制度の審査基準に、“この負担金の納付状況を考慮する”と書いてあります?」


「そこまで明文化は」


「じゃあ、窓口で“影響するかもしれない”と伝える根拠は?」


「いや、地域事業への協力姿勢というのは……」


「それ」


 相馬先輩が切りました。


「支払わない自由を残したまま、“払わないと行政サービスで不利かもな”って匂わせてるなら、強制と大して変わらんぞ」


「そんなつもりでは」


「つもりの話はしてない」


 相馬先輩、今日は切れ味がいい。


 口は悪いけど、こういうとき頼りになります。


 私はもう一度、文書を見ました。


 法律による行政。


 昨夜までは、行政法の総論で最初に出てくる、ありがたいけど眠たい理念だと思っていました。


 でも。


 目の前で役所が、


 必要だから。


 皆やっているから。


 昔からそうだから。


 と、人に金を出させようとしている。


 その瞬間、急に輪郭が出ます。


「係長」


「何」


「もしこれが本当に支払義務なら」


 私は言いました。


「その義務は、どこから生まれたんですか」


 倉田係長が黙りました。


「市が勝手に作れるんですか。“駅前で商売している人は三万円払うこと”っていうルールを」


「勝手にというか」


「法律や条例に根拠がなくても?」


 そのとき。


 奥から、別の男性が出てきました。


 五十代くらい。


 課長でしょうか。


「何を揉めてるんです」


 倉田係長が事情を説明します。


 男性は少し苛立ったように言いました。


「負担金は昔からやっていますよ」


 出ました。


 昔から。


 法的根拠の代わりに出てくると警戒したい言葉、堂々の上位入賞です。


「商店街も恩恵を受けるんです。駅前が整備されれば客も増える。行政だけに負担させるのはおかしいでしょう」


 相馬先輩が腕を組みました。


「それは政策論だ」


「政策論?」


「この金を集めるのが良いか悪いかの話だ。今聞いてるのは、払う義務があるのかどうか」


「だから強制じゃないと」


「なら、払わない人を補助制度で不利益に扱わない、と言い切れますか」


 課長の顔が止まりました。


 私は思いました。


 行政法って。


 たぶん、こういう止め方をする学問なんだ。


 その政策は良い。


 だから従え。


 その間に、本当は階段が何段も必要なんです。


 誰が決められるのか。


 何を根拠にできるのか。


 どこまで市民を拘束できるのか。


 その階段を飛び越えると、善意の政策ですら人を押し倒す。


「西尾さんには」


 片桐所長が、ようやく口を開きました。


「支払義務があるかのように受け取れる説明がされています」


「義務とは言っていません」


 課長が反論します。


「なら明確にしてください」


 所長は淡々と言いました。


「法的義務ではない。納付しなくても、それ自体を理由に不利益取扱いはしない。そう書面で示してください」


「そこまで必要ですか」


「必要です」


 短い。


 重い。


 所長の言葉は、いつも余計なものがありません。


「でなければ、“任意”と言いながら、実質的には行政の力で支払わせることになります」


 窓口の空気が止まりました。


 課長は不満そうでした。


 でも、こちらが聞いているのは難しいことではありません。


 義務なのか。


 任意なのか。


 任意なら、払わないことで不利益があるのか。


 あるなら、その根拠は何なのか。


 たったそれだけです。


 役所は、「払ってください」と言う。


 住民は、「はい」と言う。


 その間に長年置き去りにされていた質問でした。


「……確認します」


 課長が言いました。


「何をです」


 相馬先輩が容赦なく追います。


「負担金の取扱いと、補助制度との関係です」


「今日中に?」


「相馬さん」


 倉田係長が苦い顔をします。


「そういうところ本当に変わりませんね」


「褒め言葉として受け取っとく」


「褒めてません」


 私は少しだけ笑いそうになりました。


 でも、西尾さんの顔を思い出して、口を閉じます。


 この三万円。


 役所には、小さな額かもしれません。


 でも文房具屋にとっては、コピー用紙何箱分だろう。


 鉛筆なら何本だろう。


 そして何より。


 来年も再来年も、“市が決めたから”で金額が増えていったら。


 それはもう、小さな話ではありません。


 事務所へ戻ると、西尾さんはまだ待っていました。


「どうでした」


「今すぐ払う必要がある、とは確認できませんでした」


 私が言うと、西尾さんは目を丸くします。


「払わなくていいんですか」


「そこはまだ断定しません」


 所長が言いました。


「ただし少なくとも、今の文書だけで法律上の納付義務があるとは言えない」


「じゃあ、あの紙は何なんです」


 私は少し考えました。


「たぶん、“お願い”です」


「でも、役所が送ってきたんでしょう」


「はい」


「期限まで書いてあって」


「はい」


「それでも?」


「だから怖いんです」


 西尾さんが私を見ます。


「何がです?」


「お願いが、義務みたいな顔をしてることです」


 自分で言って、しっくりきました。


 そう。


 今日の問題はそれでした。


 お願いなら、お願いでなければいけない。


 義務なら、義務を作れる根拠が要る。


 そこを混ぜると、市役所の名前だけで人を動かせてしまう。


 午後四時を過ぎた頃。


 電話が鳴りました。


「片桐行政書士事務所です」


『商工振興課の倉田です』


「係長」


『嫌そうに言わないでください』


「言ってません」


『顔が見えるんですよ』


 超能力者ですか。


『確認しました』


「はい」


『駅前環境整備負担金は、法令や条例に基づく公法上の納付義務ではありません』


 私は受話器を持ち直しました。


「任意?」


『任意の協力金です』


「補助金への影響は?」


 一瞬、間がありました。


『今回の負担金を納めていないことだけを理由に、補助制度の採否で不利益に扱う運用はありません』


「書面にできます?」


『……できます』


 おお。


「案内文も直します」


「どこを?」


『“納付のお願い”自体は残します。ただし、“本負担金は任意の協力をお願いするものであり、法令上の納付義務を課すものではありません”と明記します』


「それと」


『分かってます』


 倉田係長が少し苛立った声で続けました。


『“納付しないことのみを理由として、市の各種支援制度で不利益な取扱いをすることはありません”も入れます』


 私は思わず笑いました。


「完璧です」


『君に褒められてもなあ』


「じゃあ相馬先輩に代わります?」


『やめてください』


 即答でした。


 電話を切って、内容を伝えると、西尾さんはしばらく何も言いませんでした。


 それから、ふっと肩の力を抜きました。


「そうですか」


「払うかどうかは、西尾さんが決められます」


「払ってもいいんですけどね」


「え?」


「駅前は綺麗になってほしいし」


 西尾さんは、少し照れくさそうに笑いました。


「ただ、“払わないとまずいのかな”と思って出す三万円と、“役に立つなら出そう”と思って出す三万円じゃ、気分が違うでしょう」


 私は頷きました。


 ものすごく違います。


 役所からすれば、同じ三万円かもしれない。


 でも人にとっては違う。


 義務として奪われる金と。


 自分で決めて出す金。


 金額が同じでも、そこにある自由は同じじゃない。


「じゃあ、西尾さんは払うんですか?」


「まだ決めません」


「おお」


「せっかく払わなくてもいいって分かったんだから、三日くらい悩みますよ」


「それがいいです」


「今年は一万円に値切れないかな」


「それは市役所と相談してください」


「相馬さんについてきてもらおうかな」


「やめたほうがいいです。三万円が五万円になるかもしれません」


「おい」


 相馬先輩が睨みます。


 少しして、西尾さんは帰っていきました。


 一時間後。


 再び事務所のドアが開きます。


 西尾さんでした。


「忘れ物ですか?」


「違う違う」


 紙袋を机に置きます。


「うちで売ってる煎餅。差し入れ」


「文房具屋さんですよね」


「隣の店のです」


「それ、自分の店の商品ですらないんですか」


「細かいこと言わない」


 行政法の相談に来た人から、隣の店の煎餅をもらう。


 昭和の商店街、物流が独特です。


 相馬先輩が早速袋を開けました。


「醤油味か」


「まだ西尾さんいますよ」


「食えって持ってきたんだろ」


「遠慮という制度を導入してください」


 所長も一枚取ります。


「所長まで」


「任意だ」


「その言い方、今日だけ妙に腹立ちますね」


 西尾さんが笑いました。


「そうそう、朝比奈さん」


「はい」


「私、帰りに市役所の前を通ったんですよ」


「ええ」


「さっきまで貼ってなかった紙が、もう窓口に出てました」


「何て?」


「“任意の協力金です”って」


 少しだけ胸が温かくなりました。


 たった一行です。


 でも、その一行があるだけで違う。


 人は、自分が選べると分かれば、考えられる。


 選べないと思わされると、考える前に従ってしまう。


 西尾さんが帰ったあと、私は机に肘をつきました。


「疲れた」


「お前、ほとんど喋ってただけだろ」


「喋るの疲れるんですよ」


「じゃあ黙れ」


「極端」


 煎餅を一枚取ります。


 ぱりっと音がしました。


 机の端には、昨夜の行政法のテキスト。


 法律による行政の原理。


 法律の法規創造力。


 法律の優位。


 法律の留保。


 昨日まで、ひたすら似た言葉が並んでいるように見えました。


 でも今なら少しだけ分かります。


 今日、市役所は別に、西尾さんを困らせたかったわけじゃない。


 駅前を整備したい。


 財源も欲しい。


 商店にも協力してもらいたい。


 目的だけを見れば、変な話ではありません。


 でも。


 目的がまともだからといって。


 行政が好きな形で、人に義務を作っていいわけじゃない。


 法律が壁になるのは、悪い行政だけを止めるためじゃない。


 善意の行政が、勢い余って一線を越えるのも止めるためなんだ。


「所長」


「何だ」


「役所って、良いことをするためでも勝手にできないんですね」


「当たり前だ」


「でも、今日までそれ、ただの建前だと思ってました」


 所長は煎餅を一枚割りました。


「建前は大事だ」


「珍しいですね。そういうこと言うの」


「建前がなければ、力のある側の都合が全部ルールになる」


 私は黙りました。


 それは、今日の三万円そのものでした。


 駅前のため。


 皆払っている。


 市で決めた。


 昔からやっている。


 どれも、それだけ聞けばもっともらしい。


 でも、その先に一つ問いを置く。


 ――それで、市民に義務を課せる根拠はどこにあるんですか。


 その質問一つで、空気が変わった。


 昨夜までなら。


 法律による行政の原理。


 そんな題名を見た瞬間、私はたぶん欠伸をしていました。


 今は違う。


 行政に力があるからこそ。


 その力をどこから持ってきたのか、聞かなければいけない。


 市役所が言ったから。


 偉い人が決めたから。


 必要だから。


 昔からだから。


 それでは、人の自由や財産に手を伸ばす理由としては足りない。


「今日の教訓」


 私は呟きました。


「何だ」


 相馬先輩が煎餅を食べながら聞きます。


「“市で決めました”の次に、“法律はどこですか”を置く」


「また役所に嫌われるぞ」


「もう遅い気がします」


 奥から所長が言いました。


「嫌われる必要はない」


「え?」


「聞けばいいだけだ」


 なるほど。


 争う必要すらないときもある。


 怒鳴らなくてもいい。


 役人を悪人にしなくてもいい。


 ただ、


 それはお願いですか。


 義務ですか。


 義務なら、何に基づきますか。


 払わなければ、何が起きますか。


 たったそれだけ整理する。


 制度の冷たさは、ときどき人を突き放します。


 でも。


 「ちゃんと根拠を出してください」という冷たい線は、逆に、人の財布へ伸びる曖昧な手を止めてくれる。


 私は煎餅をもう一枚取ろうとして。


 袋が空になっていることに気づきました。


「……先輩」


「何だ」


「何枚食べました?」


「覚えてない」


「私、二枚しか食べてません」


「早い者勝ちだ」


「その配分ルール、誰が作ったんですか」


「俺」


「私の煎餅取得権を侵害してません?」


「知らん」


「所長。法律の留保です。先輩が私の財産権を侵害しています」


「煎餅は事務所への差し入れだ」


「じゃあ共有です!」


「違う」


 相馬先輩が言います。


「食ったら俺のものだ」


「最悪の法規創造!」


 所長が新聞を開きながら呟きました。


「明日、新しいのを買ってこい」


「誰がです?」


「相馬」


「何で俺が」


「多数決だ」


「二対一じゃねえか」


 私は笑いました。


 今日、市役所の三万円は止まりました。


 煎餅は止まりませんでした。


 法律による行政の原理は、どうやら片桐行政書士事務所の食糧問題までは救ってくれないようです。


 それでも。


 今夜、ノートを開いたら。


 昨日まで眠かったあの見出しの横に、たぶん一つだけ書けます。


 ――行政は、正しいことをしたいだけでは足りない。


 人に義務を負わせるなら、その力の出どころを示せ。


 私は空になった煎餅袋を見ながら、そう覚えることにしました。

 以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。

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