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こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈行政法 配点112点/300点〉 行政組織

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[行政機関]現場編 「委員会で駄目と決まりました」の罠。意見と決定を混ぜる窓口と、権限を持たない“役所の人”

挿絵(By みてみん)

 役所で名札をつけている人が言ったことを、私たちはつい「役所が決めたこと」だと思ってしまいます。


 窓口の人が言う。


 課長が言う。


 係長が言う。


 電話口の担当者が言う。


 制服の人が言う。


 すると、なんとなく全部、


 ――行政の決定。


 そんな重たい言葉に聞こえてしまう。


 でも。


 会社で経理の人が「社長命令です」と言ったからといって、本当に社長が決めたとは限りません。


 役所だって、そこは同じです。


 たぶん。


 いや、その「たぶん」をちゃんと確かめるのが、行政法なんでしょうけど。


 昭和六十三年。


 片桐行政書士事務所の朝は、今日もコピー機より人間のほうが先に詰まっていました。


「こはる! 電話!」


「今、一本取ってます!」


「ならもう一本生やせ!」


「腕じゃないんですから無理です!」


 黒電話の受話器を肩に挟みながら、私は机の上の書類を押さえました。


 右には建設業許可の変更届。


 左には農地転用の相談メモ。


 正面には昨日届いた内容証明の控え。


 そして背後では相馬先輩が、なぜかホチキスを探して机の引き出しを全部開けています。


「先輩、それ右手に持ってません?」


「……持ってるな」


「昭和の怪談ですか」


「黙って電話しろ」


 ひどい職場です。


 けれど、転生して数か月。


 私もだいぶ慣れてきました。


 少なくとも、目を覚ました瞬間に「昭和!?」と叫ぶことはなくなった。


 テレビが分厚くても驚かない。


 ワープロ専用機にも慣れた。


 ファクスの感熱紙が丸まることにも慣れた。


 ただ、行政法だけはまだ慣れません。


 昨夜もテキストを開いていました。


 行政庁。


 諮問機関。


 参与機関。


 監査機関。


 執行機関。


 補助機関。


 並べられると、全員同じ親戚に見えます。


 名字が全部「行政」で、顔だけ少し違う一族。


 寝る直前の私には見分けがつきませんでした。


 ところが午前十時すぎ。


 その親戚一同が、突然、事務所の玄関から入ってきたのです。


 もちろん比喩です。


 入ってきたのは、一人の男性でした。


「片桐さん、いるかい」


 五十代くらい。


 油で黒くなった作業着。


 指先には細かな切り傷。


 帽子を両手で握りしめています。


 片桐所長が奥から出てきました。


「永井さん」


 所長が名前を知っている。


 町の事務所というのは、だいたいこれだけで相談の半分が始まっています。


「どうしました」


「……また駄目だって」


「何がです」


 永井さんは、くしゃくしゃになった紙を机に置きました。


 そこには、


 駅前仮設店舗出店申込書。


 とあります。


 私は少し身を乗り出しました。


 駅前再整備。


 最近この町で、やたらと聞く言葉です。


 古くなった駅前広場を整備して、観光客を呼び込み、商店街に人を流す。


 その工事期間中、空いている市有地に仮設店舗を並べる計画が進んでいるらしい。


 出店枠は二十店舗ほど。


 飲食、工芸、土産物、小さな修理屋まで入る予定だとか。


「永井さんは何の店を?」


 私が聞くと、永井さんは少し恥ずかしそうに笑いました。


「靴だよ」


「靴屋さん?」


「修理。かかとの打ち直しとか、底の張り替えとか。うち、商店街の外れで三十年やってる」


 なるほど。


 新しく売る人ではなく、直す人。


 こういう店、私は好きです。


 令和だと「修理するより買ったほうが安い」で消えてしまいがちな仕事。


「仮設店舗に申し込んだんだけどな」


「断られた?」


「三回目だ」


 永井さんの声が沈みました。


「最初は、観光向けじゃないから駄目って言われた」


「誰に?」


「市役所の商工振興課の窓口の人」


「二回目は?」


「申込書を書き直して持っていった。今度は課長さんが出てきて、もう出店業種は決まってるって」


「書面は?」


「ない」


 嫌な予感。


「三回目は今日ですか」


「ああ」


 永井さんは机の紙を指さしました。


「今朝、また聞きに行ったら、係長さんがな。“選考委員会で靴修理は対象外と決まった”って」


「選考委員会?」


 私は聞き返しました。


「どんな委員会です?」


「知らんよ」


「誰が入ってるかは?」


「知らん」


「その委員会が決めたという通知は?」


「もらってない」


 うーん。


 急に行政法の匂いがしてきました。


 しかも、ちょっと濃い。


 相馬先輩も同じことを感じたらしく、机の端に腰をかけました。


「で、何でそんなにそこへ出たいんです」


 ぶっきらぼうな聞き方です。


 でも永井さんは怒りませんでした。


「うちの前、今度の道路工事で半年近く通れなくなるんだよ」


「ああ」


「客が来られなくなる。工事が終われば駅前はきれいになるんだろうけど、それまで店が持たん」


 帽子を握る手に力が入ります。


「移転する金なんかない。仮設店舗なら家賃も安いって聞いた。半年だけでも、あそこへ入れたら」


 切実でした。


 駅前再整備。


 観光振興。


 町がきれいになる。


 人が増える。


 大きな言葉はいつも明るい。


 でも、その工事用フェンスの裏で、一軒の靴屋が息を止めかけている。


 こういうとき、法律はどっちを向くんだろう。


「その選考委員会って」


 私は言いました。


「本当に出店者を決定する権限があるんでしょうか」


 永井さんが私を見る。


「どういうことだい」


「委員会で話し合ったからといって、その委員会が役所として最終決定をする機関とは限らないんです」


 相馬先輩がこちらを見る。


「お前、また論点でしゃべり始めたな」


「今朝まで眠かったやつが起きたんです」


「何が」


「行政機関です」


「寝かせとけ」


 無理です。


 人の店がかかると、急に起きるんです。


 片桐所長が、永井さんの申込書を見ました。


「相馬」


「はい」


「市役所へ行くぞ」


「了解」


「こはるも」


「はい」


 言われると思いました。


 市役所へ着くと、商工振興課は妙に活気づいていました。


 駅前再整備のポスター。


 仮設店舗の配置図。


 観光客向けのパンフレット案。


 壁には、


 新しい駅前へ。


 という標語。


 新しい駅前。


 古い靴屋は、その「新しい」に入っていいのでしょうか。


 窓口で永井さんの名前を出すと、職員の表情が固まりました。


「ああ……永井さんですか」


 この「ああ」は良くない「ああ」です。


 相馬先輩が腕を組みます。


「出店を断った根拠を確認したい」


「根拠と申されましても、選考の結果ですので」


「その選考をしたのは?」


「駅前仮設店舗選考会です」


「その選考会が、出店者を決定する権限を持ってるんですか」


 私が聞きました。


 職員の目がこちらへ動きます。


「え?」


「その選考会の意見自体で、市としての決定になるんですか」


「それは……」


 止まった。


 相馬先輩が、ちらりと私を見る。


 当たりかもしれない。


「係長を呼んでもらえます?」


 先輩が言いました。


 出てきたのは、倉田係長でした。


「ああ、また片桐さんのところですか」


「また、とは何ですか」


 私が言うと、倉田係長は小さくため息をつきました。


「いや。何でもありません」


 最近ちょっと顔を覚えられてきました。


 うれしくはないです。


「永井さんの件です」


 所長が申込書を机に置きました。


「選考会で対象外と決まったと聞いています」


「はい」


「その選考会は何です」


「仮設店舗の業種構成や出店者について、専門家や商店会の意見を聞くための会です」


 私は引っかかりました。


 意見を聞くため。


「専門家って?」


「商工会の役員、観光協会、大学の先生、それから建築関係者などです」


「その人たちが最終決定する?」


「いえ」


 倉田係長が首を振りました。


「最終的な決定は市です」


「市の誰が?」


 今度は相馬先輩。


「……市長決裁です」


 はい。


 急に全員の顔が見えてきました。


 選考会。


 市役所の担当職員。


 課長。


 市長。


 みんな「役所の人」です。


 でも役割が違う。


「じゃあ確認します」


 私は言いました。


「選考会は、意見を出すだけなんですよね」


「基本的には」


「その意見に、市長が絶対従わなければならない仕組みですか」


「いや、そこまでは」


「では、“選考会で決まったから終わり”ではない?」


 倉田係長が一瞬、黙りました。


「……言い方としては、正確ではありません」


 よし。


 心の中で小さく拳を握ります。


 昨夜のテキストの文字が、急に立ち上がりました。


 諮問機関。


 専門家が調査、審議して意見を出す。


 でも、その意見が行政庁を当然に拘束するわけではない。


 たぶん、今回の選考会は正式な法定の審議会ですらなく、実務上設けた選考会に近いのでしょう。


 だからこそなおさら、


 「委員会が駄目と言った」


 と、


 「市が正式に駄目と決定した」


 は同じではありません。


「係長」


 相馬先輩が低い声で言いました。


「永井さんは今日、“選考委員会で駄目と決まった”と言われて帰されてる」


「……はい」


「でも今の話だと、委員会が最終決定するんじゃない」


「そうですね」


「市長決裁は?」


「まだです」


 あ。


 そこ。


 永井さんが目を見開きました。


「まだ、決まってないのか」


 倉田係長は困った顔をしました。


「いや、実務上は選考会の意見を踏まえて原案を作りまして……」


「原案ですよね」


 私は言いました。


「市の意思として外に表示する段階には、まだなっていない」


 倉田係長が私を見る。


「君、行政書士だったか?」


「見習いです」


「最近ずいぶん細かいな」


「最近、細かくないと人が困る場面をよく見るので」


 少し生意気だったかもしれません。


 でも、倉田係長は怒りませんでした。


 むしろ疲れたように椅子へ座りました。


「こっちもな。二十枠に百件以上来てるんだ」


「それは大変ですね」


「一件一件、正式決定前ですなんて説明してたら窓口が回らん」


 事情は分かります。


 本当に。


 役所の雑さというのは、悪意からだけ生まれるわけではない。


 忙しさ。


 人手不足。


 前例。


 言葉を一つ省略する癖。


 それが積み重なって、


 「選考会では厳しい意見でした」


 が、


 「委員会で駄目と決まりました」


 になっていく。


 でも。


 聞く側にとって、その一語の差は大きい。


「倉田さん」


 片桐所長が口を開きました。


「忙しいのは分かります」


「はい」


「だが、誰が決めたかを省略するな」


 短い。


 でも重い。


「決めていない機関の意見を、決定として伝えれば、住民はそこで諦める」


 倉田係長は黙りました。


 所長は続けます。


「永井さんには、まだ市としての正式な決定が出ていない。そうですね」


「……はい」


「では、申込内容を最終決裁の対象から外す理由はありますか」


「選考会では、観光性が弱いという意見が多くて」


「だから、それは意見でしょう」


 私が言う。


「それに、靴修理って観光に全然関係ないでしょうか」


 倉田係長が眉をひそめる。


「どういう意味だ」


「観光客だって靴壊れますよ」


「……まあ」


「祭りやイベントで歩けば、かかとが取れる人もいるし。地元の人も使う。仮設店舗が“観光客しか使っちゃいけない場所”じゃないなら、生活サービスって考え方もありますよね」


 相馬先輩が横から言いました。


「それに、道路工事で今の店へ客が行けなくなるのは、市の事業と無関係じゃない」


「それは……」


「選考会がそこまで資料見て判断したんですか」


 倉田係長は答えませんでした。


 代わりに書類をめくります。


「あ」


「何です?」


「工事影響店舗の欄……」


 私は身を乗り出しました。


 永井さんの申込書。


 道路工事による営業影響。


 その記載欄が空白でした。


「永井さん、ここ書きました?」


 私が聞くと、永井さんは首を振りました。


「そんな話、聞いてない」


「窓口では?」


「靴屋じゃ観光客向けじゃないって、そればっかり」


 倉田係長が職員を呼びました。


「これ、申込時に聞き取ってないのか」


「ええと……」


「道路工事で正面が塞がる店だぞ」


「すみません」


 空気が変わりました。


 さっきまで、


 靴修理は選考外。


 という一枚岩の結論だったものに、ひびが入り始めます。


 実際には、


 専門家の選考会が「観光性が弱い」と評価した。


 担当職員が、それを事実上の決定として説明した。


 しかも永井さん側の重要な事情が、十分に資料へ載っていなかった。


 そして最終決定権者の決裁は、まだ終わっていない。


 同じ「駄目」でも、中身をほどくと全然違いました。


「修正申立てというか」


 私は言いかけます。


「論点でしゃべるな」


 相馬先輩。


「まだ何も言ってません!」


「顔が論点だった」


「どういう顔ですか!」


 倉田係長が思わず笑いました。


 少しだけ緊張がほどけます。


「永井さん」


 係長が言いました。


「工事の影響を追記してください。今日中に資料を差し替えます」


「じゃあ……」


「出店できると約束はできません」


 そこはきっぱり。


「ただ、今の段階で対象外と決まったわけでもありません」


 永井さんは、しばらく言葉が出ませんでした。


「……そうか」


 その一言が、妙に小さかった。


 でも最初に事務所へ来たときより、少しだけ声に力がありました。


 市役所を出たあと。


 永井さんは駅前の工事現場を見ました。


 古い歩道が剥がされ、鉄板が敷かれています。


 駅前の景色は、確かに変わろうとしていました。


「俺な」


 永井さんが言いました。


「別に優先してくれって言いたいわけじゃないんだ」


「はい」


「若い店とか、土産屋とか、そういうの入れたいのも分かる」


 少し笑います。


「靴直すだけの親父だしな」


「“だけ”じゃないですよ」


「慰めなくていい」


「慰めてません」


 私は工事現場を見ました。


「ただ、駄目なら駄目で、ちゃんと決めた人から、ちゃんと決めてもらったほうがいいと思います」


 永井さんがこちらを見る。


「決めた人?」


「今日、永井さんを止めてた人たち、全員が“決める人”だったわけじゃなかったでしょう」


 窓口職員。


 課長。


 係長。


 選考会。


 市長。


 見た目には全部、


 市役所。


 でも法的には、役目が違う。


「相談する人」


「意見を言う人」


「書類を作る人」


「決定する人」


「実際に動かす人」


 役所の中には、いろんな人がいる。


 それを一括りにしてしまうから、


 担当者の一言が、


 役所の最終意思みたいに聞こえてしまう。


 昨日までの私なら、


 行政庁。


 補助機関。


 諮問機関。


 と並べて暗記したでしょう。


 でも今なら少し分かります。


 名前を覚えるために分類してるんじゃない。


 誰の一言に、どんな意味があるのか。


 それを間違えないために分けているんだ。


 事務所に戻ると、相馬先輩が私の机に紙袋を置きました。


「何です?」


「永井さんから」


「もう?」


「帰りに寄ったらしい」


 中を見ると、革の靴べらが入っていました。


 持ち手のところに、小さく花の模様が刻まれています。


「きれい」


「端革で作ったんだと」


 所長が奥から言いました。


「代金は受け取るな」


「依頼料じゃないですよ」


「ならいい」


 相馬先輩が靴べらを手に取ります。


「観光性あるじゃねえか」


「ですよね」


「土産で売れそうだ」


「先輩、急に選考委員になるのやめてもらえます?」


「俺なら通す」


「権限ありませんから」


「分かってる」


 あ。


 今の一言。


 なんだか今日一日を妙にきれいにまとめました。


「権限ありませんから」


 そう。


 それなんです。


 どれだけ偉そうに見えても。


 どれだけ詳しくても。


 どれだけ現場を知っていても。


 その人に、その決定をする権限があるとは限らない。


 逆に、最終決定をする人が、一人で全部の調査や実務をするわけでもない。


 だから行政組織は、役割を分けています。


 意見を聞く。


 調べる。


 事務を補助する。


 監査する。


 実際に執行する。


 そして、行政主体としての意思を決定し、外に示す。


 それぞれ違う。


 夕方。


 市役所から電話がありました。


 倉田係長です。


『永井さんの件ですが』


「はい」


『工事影響店舗として資料を追加しました』


「ありがとうございます」


『あと、選考会の記録を確認したら、“靴修理は不可”とは書かれていませんでした』


「えっ」


『“観光物販を中心とすることが望ましい”です』


 私は額を押さえました。


「それを“靴修理は対象外”にしたんですか」


『……窓口で、そういう運用になっていたようです』


 行政法。


 またお前か。


 いや、行政法は悪くない。


 雑なのは人間です。


『今後は、選考会の意見と市の決定を区別して説明するようにします』


「永井さんは?」


『最終審査に残します』


 私は少しだけ息を吐きました。


「ありがとうございます」


『勘違いするなよ。通ったわけじゃない』


「分かってます」


『二十枠しかないからな』


「はい」


『……ただ』


「はい?」


『革の靴べら、写真つきで資料に入れた』


「え」


『観光性、あるかもしれん』


 電話が切れました。


 私はしばらく受話器を見ました。


「何だ?」


 相馬先輩が聞きます。


「永井さん、審査に残ったそうです」


「そうか」


「あと靴べらが妙に評価され始めました」


「ほら見ろ」


「先輩の見る目はともかく、権限はないですからね」


「しつこい」


 奥で片桐所長が書類を閉じました。


「今日覚えたな」


「はい」


「何をだ」


 私は少し考えました。


「役所では、“誰が言ったか”より、“その人は何を決められる人なのか”を見る」


 所長が頷きます。


「それでいい」


 外はもう夕方でした。


 駅前へ向かうバスが、事務所の前をゆっくり走っていきます。


 あの向こうでは、古い道路が壊され、新しい広場が作られている。


 町は変わります。


 でも、町を変える「行政」というものは、一人の巨大な人間ではありません。


 考える人がいる。


 意見する人がいる。


 手続きをする人がいる。


 決める人がいる。


 決まったことを実際に動かす人もいる。


 それらを全部、


 「役所が言った」


 の一言でまとめると、ときどき大事なものが見えなくなります。


 永井さんは今日、


 「委員会で駄目と決まりました」


 という言葉で、店を畳むところまで考えていました。


 でも実際には、最終決定はまだだった。


 意見と決定が混ざり、


 担当者の運用と正式な意思が混ざり、


 その中で一人の人が、静かに道を塞がれていただけでした。


 法律の分類というのは、たまにものすごく眠いです。


 行政庁。


 諮問機関。


 参与機関。


 監査機関。


 執行機関。


 補助機関。


 昨夜の私なら、三行目で寝ていたでしょう。


 でも今日なら、もう少しだけ起きていられる。


 だってこの分類は、


 テストのために役所の人へ名札を貼る作業じゃない。


 その人の言葉が、


 相談なのか。


 意見なのか。


 補助なのか。


 決定なのか。


 実力行使なのか。


 そこを見分けるためにある。


 机の上の靴べらを手に取ります。


 柔らかな革。


 小さな花。


 目立たない仕事です。


 でも誰かの靴を、もう少し長く歩けるようにする。


 法律も、ちょっと似ているのかもしれません。


 華やかではない。


 でも。


 「もう駄目です」


 と言われて立ち止まった人に、


 それを決めたのは誰ですか。


 本当に、もう決まったんですか。


 そう聞くだけで、もう一歩歩けることがある。


「こはる」


 相馬先輩が言いました。


「はい」


「その靴べら、俺が使う」


「嫌です」


「事務所備品だ」


「誰が決めたんですか」


「俺」


「先輩に決定権あります?」


「……ないな」


「では却下です」


「お前、今日から面倒くささが一段上がったな」


 所長が新聞を広げたまま言いました。


「保管はこはるでいい」


 私は勝ち誇って靴べらを引き寄せました。


「ほら。所長決裁です」


「行政庁かよ」


「少なくとも先輩よりは決定権ありそうです」


「腹立つなあ」


 私は笑って、机の引き出しへ靴べらをしまいました。


 今日の教訓。


 役所の中で声が大きい人が、決める人とは限らない。


 そして。


 「駄目です」と言われたら。


 理由を聞く前に、ときどきもう一つ聞いたほうがいい。


 ――それを決めたのは、誰ですか。

 以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。

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