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欲深い親友が欲しがったから、聖女の座を譲っただけなのに国が滅びかけています  作者: クロネコ


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後日談


帝国から追い返されるようにして戻ったとき、アルベルトはまだ、どこかで信じていた。


まだ間に合うはずだ。


あの女が、助けを拒んだとしても。自分が戻り、指揮を執れば、きっと立て直せると。


王都の城門が見えたとき、その考えはまだ崩れていなかった。


けれど。


「こ、これはーー」


門をくぐった瞬間、言葉を失った。


崩れた街並み。腐臭を帯びた風。かつて賑わっていた通りには、人影がまばらにしかない。


「殿下っ!」


出迎えた騎士の顔は、疲労と絶望に染まっていた。


「ご無事でーー」


「状況を報告しろ」


短く命じる。


声だけは、かろうじて保たれていた。


「はっ、北部はすでに放棄され、避難民が王都へ流入しています。食糧も底を尽きかけており、そのーー」


「結界は」


遮るように問いかける。

騎士は、わずかに視線を伏せた。


「ーー維持できておりません」


その一言で、すべてが繋がる。


違う。頭の奥で、何かが軋む。

いくら頭を抱えても、現実は変わらない。


玉座の間は、以前とはまるで別の場所のようだった。人の出入りが絶えず、報告と怒号が飛び交っている。


「殿下!南区で疫病が!」


「避難民が暴動を――」


「騎士団が持ちません!」


「黙れ!!」


怒声が響く。


一瞬だけ、静寂が落ちた。


「順に報告しろ・・・順に」


だが、その声には、もはや余裕はなかった。


「エレノアはどこだ」


側近に問うと、少しだけ言い淀んだ。


「大聖堂に、おります」



大聖堂は、人で溢れていた。

怪我人、病人、そして――祈る者たち。


「どうか、どうかーー!」


その中心で、エレノアは膝をついていた。以前のような華やかさは、もうない。衣は擦り切れ、頬はやつれ、声も掠れている。


「エレノア!」


呼びかけると、びくりと肩を震わせて振り向いた。


「で、殿下」


その瞳に浮かんだのは、安堵ではなかった。怯えと、逃げ場を失った者の色。


「結界はどうした!なぜ――」


「ご、ごめんなさい」


追及の言葉よりも先に、謝罪が落ちた。


「わ、わたし、何も、できなくて」


震える声。


「祈っても、祈っても、な、何も起きなくて」


ぽろぽろと涙が零れる。


「だって、わ、わたし、最初から」


そこで言葉が途切れる。

アルベルトは、無言でそれを見下ろしていた。


「・・・最初から?」


「・・・聖女なんて、なれてなかった」


長い、長い沈黙。


その言葉は、驚くほど静かに落ちた。


だが、ものすごく重かった。


「ふざけるな」


低い声が漏れる。


「では、あれは何だ」


震える指で、周囲を示す。


「この惨状はーー誰の責任だ」


「わ、わたし、じゃない」


エレノアは首を振った。


「だって、リシェルが、いなくなったから、こんなことには」


その瞬間、何かが決定的に壊れた。


「・・・そうだな」


アルベルトは、ゆっくりと頷いた。


「リシェルがいなくなったからだ」


その言葉に、エレノアの顔がわずかに緩む。


「殿下ーー」


「だからこそ」


次の言葉は、冷たかった。


「お前を選んだのは、間違いだった」


「――え」


「最初から、分かっていたはずだ」


エレノアへ淡々と続ける。


「力がないことも、何もできないことも」


「ち、違うーー!」


「だが私は、お前を選んだ」


その理由も、今なら理解できる。


「都合が良かったからだ」


エレノアの瞳が、大きく揺れる。


「私の言葉に頷き、私を否定しない」


「……」


「“心が大事”という、耳障りの良い言葉で、現実から目を逸らせた」


「やめて……」


「その結果がこれだ」


もう、エレノアは何も言えなくなった。

ただ、崩れるようにその場に座り込む。


「もういい」


アルベルトは背を向けた。


「これ以上、何も期待しない」


その言葉は、宣告だった。


その後、王国は持ちこたえられなかった。

結界は戻らず、魔物は増え続け、病は広がる。


周辺諸国は見限り、援助も来ない。


やがて王都は放棄され――王国は、歴史の中へと消えた。


ーーーーーーーーーー


その一方で帝国では、穏やかな準備が進められていた。


「こちらでよろしいでしょうか」


「ええ、とても綺麗です」


白い花々に囲まれた庭園。陽光の中で、リシェルはドレスの裾を整える。その隣には、カイルの姿。


「緊張しているか?」


「少しだけ」


そう答えながらも、その表情は穏やかだった。


「逃げ出してもいい」


カイルは冗談めかした声で言う。そして、その問いを冗談めかした声で言う。


「その時は、追いかけてきてくださいますか?」


「当然だ」


即答だった。そして、冗談ではなく、真剣な声色だった。思わず、小さく笑みがこぼれる。


遠くで、鐘が鳴り始めた。


式の始まりを告げる音。


差し出された手を、リシェルは迷いなく取る。


「行こう」


「はい」


2人はゆっくりと歩き出す。


かつて、何もかもを手放した少女は、もう何も迷ってはいなかった。祝福の声が、柔らかな光の中に広がっていく。


そして


新たな物語が、静かに始まったのだった。


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