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『きみの心は怪物でした。』  作者: 源三郎


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2/21

第一話:私だけが白い怪物を見つけた

新連載です。


人の心が絵として見える少女と、心の中に白い怪物を抱えた少年の物語です。

少し不思議で、少し不器用な青春のお話になります。


まずは、天野歌音あまのかのん相原賺あいはられんを見つけてしまうところから。


私には、人の心が絵になる。


怒っている人は真っ赤な油絵。


悲しい人は雨の水彩画。


恋をしている人は花畑の風景画。


緊張している人はぐちゃぐちゃなクレヨン画。


人によって絵は違う。でも共通していることがある。


それは、みんな一枚だけだということ。


だから私は慣れていた。


人を見れば何となく分かる。その人が今どんな気持ちなのか。


だけど、高校二年生の春。


私は初めて見た。


――絵じゃないものを。


◇◇◇


「やばいやばいやばいやばい!」


私は全力で坂道を駆け上がっていた。


原因は寝坊。完全なる寝坊である。


昨日、美術部の課題に夢中になりすぎた結果だった。


「間に合えぇぇぇ!」


ダッシュ。


全力ダッシュ。


そして。


ガッ。


「ふぎゃっ!?」


盛大に転んだ。


しかも側溝に片足を突っ込んだ。


痛い。恥ずかしい。泣きたい。


でも私は立ち上がる。


伊東の女は強い。


……たぶん。


◇◇◇


教室のドアを開けると、先生が呆れた顔をした。


クラスメイトは笑っている。


私はへへっと頭を掻きながら空いている席を探した。


その時だった。


窓際に、一人の男子生徒がいた。


背が高い。


百八十センチ近い。


黒髪。


鋭い目つき。


ほとんど表情が動かない。


本を読んでいるだけなのに近寄りがたい。


まるで教室の空気から切り離されたみたいに、一人だけ静かだった。


そのとき。


私の頭の中に絵が浮かんだ。


いつものように。


だけど。


おかしかった。


◇◇◇


キャンバスが揺れる。


額縁が軋む。


絵の具が弾ける。


「え……?」


一枚絵じゃない。


ページだった。


スケッチブックみたいに、ページがある。


そして勝手にめくられていく。


一枚目。


巨大な白い怪物。


牙がある。


角がある。


大きな爪がある。


どう見ても怖い。


なのに。


怪物は傷ついた小鳥を手のひらに乗せていた。


二枚目。


迷子の猫を抱えている。


三枚目。


泣いている子供に傘を差している。


四枚目。


怪物自身が雨の中にいた。


一人ぼっちで。


「なにこれ……」


ページがさらにめくれる。


五枚目。


小さな男の子。


教室の隅に一人で座っている。


周囲には誰もいない。


その子を、白い怪物が守るように抱きしめていた。


息を呑んだ。


今まで見たことがない。


誰の心も一枚の絵だった。


なのに。


この人だけ。


物語になっている。


◇◇◇


「……でっか。」


気付いたら声に出ていた。


教室が静まり返る。


男子生徒が顔を上げた。


「はい?」


低くて落ち着いた声。


しまった。


完全に聞かれた。


「その……」


「何ですか。」


「後ろ。」


「後ろ?」


「怪物。」


「怪物?」


「いるら。」


「いません。」


即答だった。


「絶対いるだに!」


「いません。」


「めちゃくちゃ大きいら!」


「いません。」


「優しそうな怪物だに!」


「なおさら意味が分かりません。」


教室が爆笑した。


私は真っ赤になる。


なんで私が変な人みたいになってるの!?


その笑い声の中で、後ろの席の佐伯真央だけは顔を上げなかった。


膝の上に置いた文庫本を、両手でぎゅっと押さえている。


水色のガラスみたいな心が、ほんの少し震えていた。


でもその時の私は、相原くんの白い怪物に気を取られていた。


◇◇◇


その後、私は彼の名前を知った。


相原賺。


城ヶ崎高校の特別支援学級の生徒で、交流授業でうちのクラスに来ている。


軽度の自閉スペクトラム症があるらしい、と誰かが小声で言った。


「相原?」


「怖いよな。」


「全然しゃべらないし。」


「怒ってるみたいな顔してる。」


「近寄りがたい。」


そんな声が聞こえてくる。


私はもう一度、相原くんを見る。


確かに。


知らなければ怖い。


でも。


私には見えている。


あの白い怪物が。


小鳥を守っていることも。


猫を助けていることも。


誰にも見えない場所で泣いていることも。


◇◇◇


みんなは怖いと言う。


でも私は、そんな風には思えなかった。


むしろ気になった。


どうしてこの人だけ、こんな優しい絵を持っているんだろう。


どうして怪物は、こんなに寂しそうなんだろう。


チャイムが鳴る。


相原賺は静かに立ち上がった。


そして教室を出て行く。


私はその背中を見送りながら、小さく呟いた。


「絶対、放っとけないら。」


そのとき。


最後のページが開いた。


白い怪物が。


私を見ていた。


まるで――


『見つけてしまったね』


そう言うみたいに。

第一話でした。


歌音には、人の心が絵として見えます。

けれど相原賺の心だけは、一枚の絵ではなく、ページを持つ物語として見えました。


白い怪物は何なのか。

そして、歌音はその怪物とどう向き合っていくのか。


続きも読んでいただけたら嬉しいです。

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◇◆ ここまで読んでくださり、ありがとうございます ◆◇

歌音が見つけたのは、
怖い怪物ではなく、誰よりも不器用で優しい心でした。

――見えるからこそ、分からない。

続きが気になった方は、ブックマーク・評価・感想で応援していただけると嬉しいです。

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