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測量士と転移者  作者: ごま


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119/120

書いた者

 地上へ出たのは、夜明けだった。


 カラン村の跡地からだ。


 連中が掘り抜いた道を、逆に辿った。


 村の下を通って、跡地の蓋から出た。


    ◇


 外に、ハルマがいた。


 村の男が八人。


 全員、鍬を持って立っていた。


「ハルトさん」


「――ハルマ」


「無事ですか」


「無事だ」


    ◇


「あんたら、何をしてる」


「見張ってます」


 彼は言った。


「二年前に、そう決めましたから」


 彼は、跡地の囲いを見た。


「昨夜、よそ者が二十二人来ました。……止めましたが、押し切られました」


    ◇


「怪我人は」


「三人」


 彼は言った。


「みんな、こっちの人間です」


「――すまん」


「謝らないでください」


 彼は言った。


「二年前に、あなたは『何か起きるかもしれん』と言いました。……こっちは、二年考える時間をもらいました」


    ◇


 俺は、その言葉を受け取った。


 ――二年、考えた。


 考えて、鍬を持って立った。


 二年前、俺は「知らせておけば、あの男は考える」と言った。


 考える時間を二年やっただけだ、と。


    ◇


 メルシアへ戻ったのは、その日の夕方だった。


 南区は、無事だった。


 人が出ている。


 荷を戻している家がある。


    ◇


 ギルドの前に、ダウムが立っていた。


 俺を見て、何も言わなかった。


 言わずに、中へ入って、また出てきた。


 手に、紙束を持っている。


    ◇


「六百十四枚」


 彼は言った。


「一枚も配らずに済んだ」


「――配らなかったのか」


「配る手前で止まった」


 彼は言った。


「レイヴが走ってきて、『崩れるかもしれん』と言った。……そのあと、『崩れなかった』と言いに戻ってきた」


    ◇


「二度走ったのか」


「二度走った」


 彼は言った。


「往復で九刻だ。……あの男、しばらく歩けん」


    ◇


 俺は、ギルドの中に入った。


 記録室に、セレンがいた。


 卓に突っ伏している。


 書付が、山になっていた。


    ◇


「セレン」


 彼女が、跳ね起きた。


「――ハルトさん」


「戻った」


「マリさんは」


    ◇


 俺は、答えなかった。


 答えるのに、少し時間がかかった。


「――帰った」


 俺は言った。


「地球へだ」


    ◇


 セレンは、その言葉を受け取った。


 受け取って、しばらく動かなかった。


 それから、書付を取った。


「――記録します」


「頼む」


 俺は言った。


「もう一つ、記録がある」


    ◇


 俺は、ヨナの帳面を出した。


 預かってきた。


 彼は、上がった後で俺に渡した。


 「書ける者に渡してください」と言って。


    ◇


「これは」


「星導省の当主が書いたものだ」


 俺は言った。


「一夜分だ。……三百年で、初めて目的が書かれてる」


    ◇


 セレンは、その帳面を開いた。


 一行読んで、手が止まった。


 二行読んで、震え始めた。


「――これは」


「読め」


    ◇


 彼女は、読み上げた。


「〈我々は、他人の誘いを三百年盗み聞きしていた〉」


「〈句の意味は、帰ろう、である〉」


「〈四音である。十一音でも十三音でもない〉」


 彼女は、そこで顔を上げた。


    ◇


「四音」


「四音だ」


 俺は言った。


「あんたが二十年読んできた記録の、答えだ」


    ◇


 彼女は、その頁を長いこと見ていた。


 それから、こう言った。


「ハルトさん」


「なんだ」


「――私の二十年は、何だったのでしょう」


    ◇


 俺は、その問いを受け取った。


 ――答えを持ってない。


 だが、一つ言えることがある。


「セレン」


「はい」


「――あんたが読めなかったら、俺は句を四音だと知らなかった」


    ◇


「私は、読み違えていました」


「読み違えたところが、大事だった」


 俺は言った。


「『帰る』と読んだだろう。……正しくは『帰ろう』だ」


 俺は、彼女を見た。


「その差に気づけたのは、あんたが『帰る』まで持ってきたからだ」


    ◇


 彼女は、しばらく黙っていた。


 それから、書付を取った。


「――書きます」


 彼女は言った。


「二十年分を、書き直します」


    ◇


 俺は、記録室を出た。


 出て、ダウムのところへ行った。


「ダウム」


「なんだ」


「――請求書だ」


    ◇


 彼は、顔を上げた。


「昨日、あんたは言った」


 俺は言った。


「請求は明日出す。明日があったらな、と」


 俺は、手を出した。


「明日が来た」


    ◇


 ダウムは、しばらく俺を見ていた。


 それから、笑った。


 声を出して笑った。


 二十年で、初めて聞いた笑い方だった。


    ◇


「出さん」


 彼は言った。


「――出せよ」


「出さん」


 彼は言った。


「代わりに、一つ引き受けろ」


    ◇


「なんだ」


「見習いの指導だ」


 彼は言った。


「三人いる。……昨夜、南区で地面に耳を当ててた連中だ」


    ◇


「俺は、人に教えん」


「教えてただろう」


 彼は言った。


「二年二月、隣で一人教えてた」


 彼は、俺を見た。


「あの娘、見習い試験を三月前に通ってる」


    ◇


 俺は、答えなかった。


 ――教えていない。


 あの娘は、横で見て盗んだ。


 だが、盗ませたのは俺だ。


    ◇


「ダウム」


「なんだ」


「――引き受ける」


「そうか」


 彼は言った。


「なら、明日から来い」


    ◇


 部屋を出ようとして、ダウムに呼び止められた。


「ハルト」


「なんだ」


「――一つ、渡すものがある」


 彼は、棚から綴りを出した。


 厚い。


 紙の色が層になっている。


    ◇


「サルカドの、百年ぶんだ」


 彼は言った。


「知ってる」


「知ってるが、見てないだろう」


 彼は言った。


「一番古い頁を」


    ◇


 俺は、その綴りを受け取った。


 一番下の頁を開いた。


 紙が茶色い。


 文字が薄い。


 だが、読めた。


    ◇


 寸法が書いてある。


 通路幅、四尺五寸。


 天井高、八尺二寸。


 段の蹴上げ、六寸。


 ――同じだ。


 百年前と、昨日と。


    ◇


 その頁の隅に、一行あった。


 寸法ではない。


 俺は、それを読んだ。


    ◇


 〈本日モ、帰ル〉


    ◇


 俺は、その一行を長いこと見ていた。


 ――百年前の誰かだ。


 名前は書いていない。


 寸法だけを書く決まりの中で、一行だけ、寸法でないことを書いた。


    ◇


「ダウム」


「なんだ」


「――これは、いつからある」


「知らん」


 彼は言った。


「四十年、俺はこの綴りを預かってる。……その一行があることは、知ってた」


 彼は、俺を見た。


「意味は、知らんかった」


    ◇


 俺は、その夜、ギルドの上の部屋に戻った。


 二年二月、二人で使ってきた部屋だ。


 寝台が二つある。


 片方が、空だ。


    ◇


 卓に、狐を置いた。


 布を解く。


 背中の模様が、淡く光っていた。


 四つの弧が、全部。


    ◇


 俺は、その狐を見た。


 ――光ってる。


 繋ぎ目は、まだある。


 俺は、野帳を開いた。


 今日の欄に書いた。


    ◇


 〈狐、点灯継続。四弧トモ〉


 〈繋ギ目、健在〉


 書いて、その下に、もう一行足した。


    ◇


 〈本日ヨリ、数エル。一日目〉

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