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測量士と転移者  作者: ごま


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117/120

送る

 俺は、送る前に測った。


 癖だ。


 こういう時に測るのは、たぶん逃げでもある。


 だが、二十年やってきたことは、こういう時にしか出ない。


    ◇


 接点の位置。俺の縄の基準線から、右へ二十二歩。


 接点の幅。目測で、六尺。


 白い光の強さ。灯り三つ分。


 針の回転。一周十二。


 俺は、それを全部野帳に書いた。


    ◇


「マリ。持ち物を出せ」


「うん」


 彼女は、荷を開けた。


 測量道具一式。野帳。縄。灯り。水。食い物。


 それから、布包み。


    ◇


「狐は、置いていけ」


「――なんで」


「こっちの物だ」


 俺は言った。


「向こうで壊れたら、直せん」


「ハルトが、なおせる」


「俺は、こっちにいる」


    ◇


 彼女は、その布包みを見た。


 しばらく見て、それから俺に渡した。


「――あずける」


「預かる」


 俺は言った。


「戻ったら、返す」


    ◇


 俺は、その包みを受け取った。


 重い。


 二十年、俺が直しては仕舞ってきたものだ。


 二年二月、この娘が運んできた。


    ◇


「マリ。野帳は持っていけ」


「うん」


「向こうで、測れ」


 俺は言った。


「何を測るかは、お前が決めろ」


「うん」


    ◇


「一つだけ、必ず測れ」


「なに」


「日付だ」


 俺は言った。


「向こうで何日経ったか。……こっちでも数える。突き合わせる」


    ◇


「わかった」


 彼女は言った。


「ハルトも、かぞえて」


「数える」


 俺は言った。


「毎日書く。……二十年やってきたことだ」


    ◇


 老人が、帳面を閉じた。


 そして、立ち上がった。


「――お嬢さん」


「はい」


「一つ、お伝えしたいことがあります」


    ◇


「なんですか」


「私は、あなたの帰り道を三百年ぶん邪魔してきた側の人間です」


 彼は言った。


「謝罪はしません。……三百年分は、謝れる量ではありません」


    ◇


 マリは、その言葉を聞いた。


「じゃあ、なにを、いうんですか」


「――記録します」


 彼は言った。


「あなたが、いつ、どこから、どうやって帰ったか。……全部書きます」


 彼は、帳面を持ち上げた。


「三百年、我々が書かなかったことです」


    ◇


 マリは、しばらく黙っていた。


 それから、頭を下げた。


「――おねがいします」


    ◇


 俺は、その様子を見ていた。


 ――この娘は、頭を下げた。


 二年二月、家を焼かれ、二年遅らされ、帰り道を邪魔された相手に。


 俺には、できない。


    ◇


 俺は、接点の前に立った。


 オルソが、その横にいる。


 床に、絵が残っている。


 点が二つ。両側に一人ずつ。


    ◇


「オルソ」


 俺は言った。


 通じるはずのない名で。


 あれは、こちらを見た。


    ◇


 俺は、床を叩いた。


 「行く」の形。


 それから、マリを指した。


 そして、「戻る」の形。


    ◇


 オルソは、しばらく動かなかった。


 それから、床に描いた。


 円が二つ。


 接点。


 その上に、点が三つ。


    ◇


「――三つ」


 俺は言った。


「二つじゃない」


 オルソは、その三つを指した。


 一つ目は、こちら側の円。


 二つ目は、向こう側の円。


 三つ目は、接点の真上だ。


    ◇


 俺は、その三つ目を見た。


 ――オルソだ。


 千年、繋ぎ目の上にいた。


「マリ」


「うん」


「――三人要るのか」


    ◇


 オルソは、頷かなかった。


 頷く仕草を、あれは持っていない。


 代わりに、三つ目の点に触れた。


 そして、そのまま置いた。


    ◇


「――残る、と言ってる」


 俺は言った。


「千年、そこにいた。……これからもいる」


    ◇


 マリが、その絵を見ていた。


「オルソ」


 彼女は言った。


「ひとりで?」


    ◇


 オルソは、その問いに答えなかった。


 答えられないのかもしれない。


 代わりに、絵に線を足した。


 三つの点を、線で繋いだ。


    ◇


 三角だ。


 三つの点が、繋がっている。


「マリ」


「――ひとりじゃ、ない」


 彼女は言った。


「つながってる」


    ◇


 俺は、その絵を野帳に写した。


 円が二つ。接点。三つの点。それを繋ぐ三角。


 写して、その下に書いた。


 〈三点。両岸ト、中間〉


 〈中間ハ、動カナイ〉


    ◇


 書いてから、俺はもう一行足した。


 〈両岸ハ、毎朝言ウ〉


    ◇


 俺は、マリを見た。


「――行くか」


「うん」


「怖いか」


「こわい」


 彼女は言った。


「でも、はかれてる」


    ◇


 俺は、その言い方に少し笑いそうになった。


 二年二月、俺が言い続けてきたことだ。


 測れない場所には入らない。


 測れるなら、入る。


    ◇


「マリ」


「うん」


「――一つだけ、言い忘れてた」


「なに」


    ◇


 俺は、少し黙った。


 二年二月、言わなかったことだ。


 言えば選択を歪めると思って、言わなかった。


 もう、選択は済んでいる。


    ◇


「――助手として、よくやった」


 俺は言った。


「二年二月、灯りの位置が一度もずれなかった」


    ◇


 彼女は、その言葉を聞いた。


 聞いて、顔をくしゃくしゃにした。


 泣かなかった。


 こらえた顔のまま、こう言った。


「――それ、いちばん、うれしい」


    ◇


 俺は、最後にもう一つ渡した。


 懐から、紙片を出す。


 二年二月前に裂いた、崩落の計算図だ。


 四つに裂けたまま、持ち歩いてきた。


    ◇


「マリ。これも持っていけ」


「――なんで」


「捨てられん」


 俺は言った。


「捨てたら、無かったことになる。……ダウムがそう言った」


「じゃあ、ハルトが、もってれば」


「――俺が持ってると、また見る」


    ◇


「みちゃ、だめ?」


「見ていい」


 俺は言った。


「見て、今日は違うと思えるうちは、大丈夫だ。……そう言われた」


 俺は、その紙片を見た。


「二年二月、毎日そう思えた」


    ◇


「じゃあ、いいじゃん」


「――もう、要らん」


 俺は言った。


「今日、確かめた。……あれを潰さなくても、話は通る」


 俺は、紙片を彼女の手に載せた。


「向こうで捨てろ。……こっちに残すと、俺が拾う」


    ◇


 彼女は、その紙片を握った。


 握って、しばらく見ていた。


「――すてない」


 彼女は言った。


「もっとく」


「捨てろと言った」


「やだ」


    ◇


 彼女は、それを懐に入れた。


「これ、ハルトが、やめたときの、かみ」


 彼女は言った。


「わたしが、もってる」


    ◇


 俺は、それ以上言わなかった。


 ――そういう娘だ。


 二年二月、この娘は俺が捨てようとしたものを、いくつも拾ってきた。


 狐も、俺も。

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