↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
測量士と転移者  作者: ごま


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
115/120

崩れた言葉

 床が、また波打った。


 今度は長い。


 白い光が、ちらついた。


 消えかけて、戻る。


 ――弱ってる。


    ◇


 俺は、上を見た。


 降りてきた穴が、遠い。


 八十尺。


 その縁に、灯りがあった。


 人がいる。


    ◇


 数えた。


 四つ。


 いや、六つ。


 増えている。


「マリ。縄を引け」


「うん」


    ◇


 彼女が、縄を引いた。


 軽い。


 ――切れてる。


 上で、切られた。


    ◇


「――退路が消えた」


 俺は言った。


 老人が、上を見上げた。


「あの位置に来られるのは」


 彼は言った。


「――カランの通路からです。村の下を掘り抜いたのでしょう」


    ◇


「二十二人は掘らないはずだったな」


「私の命令では、そうです」


 彼は言った。


「命令を無視した者がいます」


    ◇


 上から、声が降ってきた。


 唱えている。


 十一音だ。


 ――当主の句と同じ形だ。


 だが、もっと崩れている。


    ◇


「マリ。数えろ」


「かぞえてる」


「音の数だ」


「――じゅうさん」


    ◇


「十三か」


 俺は言った。


「当主のは十一だった」


 老人が、顔を上げた。


「――二つ、増えています」


「あんたの側で、さらに崩れたのか」


「いえ」


 彼は言った。


「――足したのです」


    ◇


「足した」


「威力が増すと信じて、言葉を足す者がいます」


 彼は言った。


「四十年、私はそれを止めてきました。……止めなくなったので、足したのでしょう」


    ◇


 上の声が、二度目を唱えた。


 三度目を唱えた。


 床の光が、そのたびにちらついた。


 ――応えていない。


 だが、無反応でもない。


    ◇


 俺は、その違いに気づいた。


 二年二月、間違った音には「違う」が返った。


 今は、返っていない。


 代わりに、光が乱れている。


「――拒否してるんじゃない」


 俺は言った。


「読もうとして、読めてない」


    ◇


「どういうことです」


「近いんだ」


 俺は言った。


「全然違う音なら、無視される。……惜しいから、応えようとして失敗してる」


    ◇


 俺は、その形を知っている。


 二十年、崩落の現場で見てきた。


 ――中途半端が、一番危ない。


 完全に壊れた支柱は、誰も頼らない。


 半分効いている支柱に、人は体重をかける。


    ◇


 上の声が、四度目を唱えた。


 床が、大きく揺れた。


 白い光が、一度完全に消えた。


 真っ暗になった。


    ◇


 三つ数えて、戻った。


 だが、色が変わっていた。


 白ではない。


 黄色に近い。


 ――濁ってる。


    ◇


 オルソが、動いた。


 床に、素早く描いた。


 円が二つ。


 接点。


 その接点に、ひび割れの線が入っている。


    ◇


「マリ」


「――こわれる」


「そうだ」


 俺は言った。


「繋ぎ目が、割れかけてる」


    ◇


 俺は、その意味を組んだ。


 ――閉じるんじゃない。


 千年かけて、細くなっていた。


 それは、静かに閉じる方向だった。


 今は、違う。


 無理に開けようとして、割れかけている。


    ◇


「割れたら、どうなる」


 老人が訊いた。


「――分からん」


 俺は言った。


「だが、二つの世界が一点で接してる。……その一点が割れる」


    ◇


 俺は、オルソを見た。


 そして、床を叩いた。


 「割れる」を渡す形は、持っていない。


 代わりに、「潰す」を渡した。


 二年二月前、俺が自分で持ち込んだ言葉だ。


    ◇


 オルソは、その形に反応した。


 素早く、床に描いた。


 円が二つ。


 その両方が、崩れる。


 ――両方だ。


    ◇


「――両側だ」


 俺は言った。


「割れたら、こっちも向こうも無事じゃない」


 マリが、動きを止めた。


「ちきゅうも」


「そうだ」


    ◇


 上の声が、五度目を唱え始めた。


 俺は、そこで決めた。


「マリ」


「うん」


「――止める」


「どうやって」


    ◇


「正しい形を、大きく出す」


 俺は言った。


「向こうが崩れた形で唱えてる。……こっちが正しい形を出せば、あれはそっちに合わせる」


「合いますか」


 老人が訊いた。


    ◇


「合う」


 俺は言った。


「二年二月、あれは俺の間違いを直し続けた。……正しい形を知ってる」


 俺は、床の中央に立った。


「知ってる形が来れば、そっちを取る」


    ◇


 俺は、息を吸った。


 ――七百三十回目だ。


 二十年と二年。


 意味を知って、二日目。


    ◇


「マリ」


「うん」


「――一つ頼む」


「なに」


「一緒に唱えろ」


    ◇


 彼女は、動きを止めた。


「わたし」


「お前も、この音を知ってる」


 俺は言った。


「二十三年前に聞いた。……オム・ネイアだ」


    ◇


「ぜんぶは、しらない」


「後半だけでいい」


 俺は言った。


「俺が前半を出す。お前が後半を出す」


 俺は、彼女を見た。


「二人で、一つの句にする」


    ◇


 彼女は、しばらく俺を見ていた。


 それから、頷いた。


「うん」


    ◇


 老人が、前に出た。


「ハルトさん」


「なんだ」


「私も、唱えさせてください」


「――あんたの句は、崩れてる」


「知っています」


 彼は言った。


「ですが、私の声は、上に届きます」


    ◇


 俺は、その意味を測った。


 ――上の連中に。


 この男は、四十年、あの組織の頂点にいた。


 声を知られている。


「何と言う」


「『やめろ』と」


 彼は言った。


「四十年で一度も使わなかった言い方をします」


    ◇


「どんな言い方だ」


「――『間違っている』です」


 彼は言った。


「私は、四十年、部下に『間違っている』と言ったことがありません」


 彼は、上を見た。


「言えば、自分の四十年が間違いだと認めることになるので」


    ◇


 俺は、その男を見た。


「――言えるのか」


「言います」


 彼は言った。


「今日、私は樽を濡らしました。……もう、認めています」


    ◇


 俺たちは、並んで立った。


 灯りは要らない。


 白い光が、まだある。


 濁っているが、ある。


    ◇


 上の声が、五度目を唱え終えた。


 床が、大きく傾いた。


 俺は、そこで唱えた。


 ――シャルカディ。


    ◇


 マリが、続けた。


 ――オム・ネイア。


 二人で、四音を出した。


 我らの、繋ぎ目へ、帰ろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。