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測量士と転移者  作者: ごま


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114/120

千年の一人

 オルソは、床に描き続けた。


 俺たちは、その周りに座った。


 三人と、一人。


 白い床に、線が増えていく。


    ◇


 最初は、数だった。


 千八百八十六。


 点が並ぶ。


 それが、減っていく。


    ◇


 オルソは、減り方を描いた。


 線の傾きで。


 最初の百年は、緩い。


 次の百年は、少し急。


 最後の百年で、垂直に近くなる。


    ◇


「――加速してる」


 俺は言った。


「繋ぎ目が細くなる速さと、同じ形だ」


「関係がありますか」


 老人が訊いた。


「――ある」


    ◇


 俺は、その二つの線を見た。


 人が減る速さと、繋ぎ目が細くなる速さ。


 同じ曲がり方だ。


「――保つのに、人が要る」


 俺は言った。


「人が減ると、保てなくなる。……保てなくなると、また減る」


    ◇


 オルソが、その線の上に印を打った。


 最後の点だ。


 自分を指した。


 それから、線の先を指した。


 線は、そこで終わっている。


    ◇


「――終わりだ」


 俺は言った。


「こいつが最後だ。……こいつが止まれば、繋ぎ目は閉じる」


    ◇


 マリが、その線を見ていた。


「ハルト」


「なんだ」


「せんねん」


 彼女は言った。


「せんねん、ひとりで、まってた」


「そうだ」


    ◇


「なにを、まってた?」


 俺は、その問いを渡すことにした。


 二年二月で作った「なぜ」の形だ。


 床を叩く。


 順を変えて。


    ◇


 オルソは、しばらく動かなかった。


 それから、また描いた。


 円が二つ。


 両方に、点が並んでいる。


 こちら側にも、向こう側にも。


    ◇


 そして、接点を指した。


 接点の上で、両側の点が繋がる線を描いた。


 ――行き来だ。


「マリ」


「――みてる」


「これは」


    ◇


「いきき」


 彼女は言った。


 彼女は、その絵の前に膝をついた。


「オルソ」


 彼女は言った。


「――それ、わたしも、おなじ」


    ◇


 オルソは、動きを止めた。


 そして、マリを見た。


 目が大きい。表情は読めない。


 だが、動きが止まったことは分かった。


    ◇


 マリは、床に描いた。


 絵は下手だ。


 だが、意味は分かる。


 円が二つ。接点。


 その上を、点が往復している。


 行って、戻って、また行く。


    ◇


 オルソは、その絵を長く見ていた。


 それから、手を伸ばした。


 マリの描いた点に、触れた。


 触れて、動かなくなった。


    ◇


 俺は、その様子を見ていた。


 ――千年だ。


 この相手は、千年、片道しか知らない。


 行った者は戻らない。


 十七人も、戻らなかった。


    ◇


 老人が、帳面に書きながら言った。


「ハルトさん」


「なんだ」


「――一つ、思い当たることがあります」


「言え」


    ◇


「三百年前、十七人が入りました」


 彼は言った。


「その十七人は、戻ろうとしたのでしょうか」


 俺は、顔を上げた。


    ◇


「――どういう意味だ」


「奪いに来た者は、戻る気がありません」


 彼は言った。


「取って帰る、とは言いますが。……本気で帰れると思って入る者は、いません」


 彼は、俺を見た。


「私も、そうでした」


    ◇


 俺は、その言葉を受け取った。


 ――帰る気がなかった。


 だから、帰れなかった。


 言葉が「帰ろう」なら。


 帰る気のない者が唱えても、意味が通らない。


    ◇


「マリ」


「うん」


「――俺は、二十年これを唱えてた」


「うん」


「毎朝、遺跡に降りる前に」


 俺は言った。


「そして、二十年、帰ってきた」


    ◇


 俺は、その事実を口に出してから、背中が冷えた。


 ――たまたまじゃない。


 俺は、毎回「帰ろう」と言ってから降りていた。


 意味を知らずに、帰る意思を宣言していた。


 だから、帰ってこられた。


    ◇


「マリ」


「なに」


「――親父も、その親父も、同じだ」


 俺は言った。


「百年分の綴りがある。……全員、この句を唱えてから降りて、全員帰ってきた」


    ◇


「ひとりだけ、かえってない」


 マリが言った。


 俺は、動きを止めた。


「――一年、抜けてる」


 俺は言った。


「親父が死んだ年だ」


    ◇


 俺は、そこで初めて、その一年の意味を考えた。


 ――親父は、帰らなかった。


 いや、違う。


 あの年、親父は逃がすほうを選んだ。


 俺を逃がして、自分は残った。


    ◇


 俺は、オルソを見た。


 そして、床に描いた。


 俺の絵も、下手だった。


 点が一つ。


 その隣に、小さい点。


 大きい方が消えて、小さい方が残る。


    ◇


 オルソは、その絵を見た。


 そして、同じ絵を描いた。


 点が千八百八十六。


 消えて、一つ残る。


 ――同じだ、と言っている。


    ◇


 俺は、その意味を受け取った。


 残される、という一点だけで、この相手と俺は同じだった。


 千年と、二十三年。


 規模は違う。


 だが、形は同じだ。


    ◇


 俺は、そこで一つ訊きたくなった。


 二年二月、訊けなかったことだ。


「マリ」


「うん」


「――『さびしい』を、渡せるか」


    ◇


 彼女は、少し考えた。


「ことばじゃ、むり」


 彼女は言った。


「でも」


 彼女は、床に描いた。


 点が一つ。


 その周りに、何もない。


 円を描いて、その中に点を一つだけ置いた。


    ◇


 それから、別の絵を描いた。


 同じ円の中に、点を四つ。


 俺と、マリと、老人と、オルソだ。


 二つを並べた。


    ◇


 オルソは、その二つを見比べた。


 長いこと見ていた。


 それから、手を伸ばした。


 四つの点の絵に触れた。


    ◇


 触れて、そのまま置いた。


 上げなかった。


 ――二年二月、俺が四百二十六の光にやったことだ。


 同じ動きが、返ってきた。


    ◇


 俺は、その手を見ていた。


 小さい手だ。


 包むものを着ているので、指の形は見えない。


 だが、置き方は分かる。


「マリ」


「うん」


「――伝わった」


    ◇


 その時、床が震えた。


 白い床が、波打った。


 俺は、体勢を崩しかけた。


「マリ。掴まれ」


「うん」


    ◇


 オルソが、立ち上がった。


 初めて、素早く動いた。


 上を見ている。


 俺たちが降りてきた方向だ。


    ◇


「――何か来る」


 俺は言った。


「上からだ」


 老人が、帳面を閉じた。


「私の部下は、全員上げました」


 彼は言った。


「石段は落ちました。……来られる者はいません」


    ◇


「別の一派は」


 俺は言った。


 老人が、動きを止めた。


「――カラン村です」


 彼は言った。


「あちらの二十二人は、掘らないはずでした」

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