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測量士と転移者  作者: ごま


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113/120

降りる

 俺は、縄を穴の縁に固定した。


 石の突起に二重に回して、八の字に締める。


 二十年、荷を縛ってきた結び方だ。


「マリ。順を決める」


「うん」


「俺が先。次に、あんた」


 俺は、老人を見た。


「最後にマリだ」


    ◇


「――なぜ、私が真ん中ですか」


「落ちても、上と下で掴めるからだ」


 俺は言った。


「あんたが一番落ちる」


「はっきりおっしゃる」


「七十二だろう」


    ◇


 俺は、縄に手をかけた。


 白い光が、下から上がってくる。


 熱くはない。


 だが、手を入れると、軽くなる感じがある。


 ――重さが変わってる。


    ◇


「マリ。手を入れてみろ」


「うん」


 彼女は、光に手を差し入れた。


 そして、動きを止めた。


「――かるい」


「そうだ」


「なんで」


「分からん」


 俺は言った。


「だが、落ちる速さが変わるなら、計算が狂う」


    ◇


 俺は、石を落とした。


 数える。


 一。二。三。


 ――遅い。


 普通なら、三つ数える間に百尺落ちる。


 この石は、十尺しか落ちていない。


    ◇


「マリ。書け」


「かいてる」


「石の落下、十分の一。……ここは、重さが十分の一だ」


「じゃあ」


「――落ちても、死なん」


 俺は言った。


「たぶんな」


    ◇


 俺は、縄を伝って降りた。


 二十尺。


 結び目を数える。


 四十尺。


 六十尺。


    ◇


 八十尺で、足が止まった。


 床がある。


 いや――


 床ではない。


 柔らかい。


 沈む。


    ◇


 俺は、杆を突いた。


 沈む。二寸。


 それ以上は入らない。


「――支える」


 俺は言った。


 俺は、体重をかけた。


 沈んだ。三寸で止まった。


    ◇


「降りていい」


 俺は、上へ声を出した。


「足元は柔らかい。……三寸沈む」


「――分かりました」


 老人の声が返った。


    ◇


 三人とも降りきったのは、四半刻後だった。


 老人は、途中で二度止まった。


 俺は、下から支えた。


 思ったより軽かった。


 ――重さが十分の一だからだ。


 それだけではない気もした。


    ◇


 俺たちは、白い場所に立っていた。


 壁が見えない。


 天井も見えない。


 だが、暗くない。


 全部が、光っている。


    ◇


「セレンが、いたら」


 マリが言った。


「何て言うと思う」


「――『記録できません』」


 俺は、少し笑った。


 ――そうだろうな。


 書くものがない。


 寸法も、方角も、基準もない。


    ◇


 俺は、そこで足を止めた。


 ――基準がない。


 二十年、俺は基準を置いてから測ってきた。


 基準がなければ、何も測れない。


「マリ」


「うん」


「――基準を作る」


    ◇


 俺は、荷から縄を出した。


 二十尺ごとに結び目がある。


 その一本を、床に置いた。


 まっすぐに伸ばす。


    ◇


「これが、基準線だ」


 俺は言った。


「向きは、俺が降りてきた方向。……ここを起点にする」


「なんで、そんなこと」


「基準がないと、迷う」


 俺は言った。


「戻れなくなる」


    ◇


 老人が、帳面を出した。


「――書きます」


「書け」


「起点。縄一本。……方角は」


「出せん」


 俺は言った。


「星が見えん。磁石も効いてない」


    ◇


 俺は、杆の先の硝子玉を外した。


 真鍮の輪が三重に組まれ、中心に針が浮いている。


 ――回ってる。


 止まらない。


 ゆっくり、同じ速さで回り続けている。


    ◇


「マリ。見ろ」


「――まわってる」


「北がない」


 俺は言った。


「二十年、この針は必ず北を指した。……ここでは指さん」


    ◇


 俺は、その事実を野帳に書いた。


 〈磁針、静止セズ。一定速度デ回転〉


 書いて、俺はもう一つ気づいた。


 ――一定速度。


 なら、それが時計になる。


    ◇


「マリ。針の一周を数えろ」


「うん」


 彼女は、数え始めた。


 俺も数えた。


 一周に、十二だった。


    ◇


「――十二だ」


 俺は言った。


「水と同じ。……穴の押し返しと同じ」


「ぜんぶ、じゅうに」


「そうだ」


 俺は言った。


「ここの時間の単位が、十二だ」


    ◇


 俺は、その十二を基準にした。


 縄が空間の基準。


 針の回転が時間の基準。


 ――これで測れる。


 二十年やってきたことと、同じだ。


    ◇


「マリ」


「うん」


「――歩くぞ」


「どっち」


「縄と直角の方向だ」


 俺は言った。


「戻るときは、直角に戻れば縄に当たる」


    ◇


 俺たちは、歩いた。


 俺が歩数を数える。


 マリが針の回転を数える。


 老人が、書く。


 三十歩。


 六十歩。


    ◇


 九十歩で、俺は足を止めた。


 前に、何かがある。


 白い中で、少しだけ色が違う。


「マリ。灯りは要らんな」


「いらない」


「――近づく」


    ◇


 百二十歩で、はっきり見えた。


 立っている。


 人の形だ。


 背丈は、俺より低い。


 動かない。


    ◇


 俺は、十歩手前で止まった。


 そこから、測った。


 高さ、四尺八寸。


 肩幅、一尺四寸。


 ――小さい。


 子どもほどだ。


    ◇


 そして、顔があった。


 目が大きい。


 覆うような、丸い目だ。


 俺は、その形を知っている。


「マリ」


「――ハルト」


「これは」


    ◇


「じんがたひょう」


 彼女が言った。


「じゅっぱなしの、あれ」


「そうだ」


 俺は言った。


「十話で見た浮き彫りと、同じ形だ」


    ◇


 俺は、その姿を見ていた。


 浮き彫りではない。


 実物だ。


 立っている。


 ――防護の装いか。


 目を覆うものをつけ、体を包むものを着ている。


    ◇


 俺は、一歩近づいた。


 そして、二年二月やってきたことをした。


 床に手を当てた。


 一度。


 置いたまま、上げなかった。


    ◇


 それは、動いた。


 同じことをした。


 床に、手を当てた。


 一度。


 置いたまま。


    ◇


「――オルソだ」


 俺は言った。


    ◇


 俺たちは、しばらく向き合っていた。


 どちらも動かなかった。


 二年二月、俺はこの相手と話してきた。


 柱を通して。床を通して。壁の図を通して。


 顔を見るのは、初めてだ。


    ◇


 老人が、後ろで声を漏らした。


「――三百年」


 彼は言った。


「三百年、我々が見たかったものが」


 彼は、そこで言葉を切った。


「――子どもの背丈です」


    ◇


 俺は、その言い方を聞いた。


 ――そうだ。


 四尺八寸。


 この国の、十二か十三の子どもと同じだ。


 三百年、五十三人を突っ込もうとした相手が、これだ。


    ◇


 オルソは、手を上げた。


 こちらへ、掌を向ける。


 空にして、見えるように。


 ――レイヴがやった形だ。


 武器を持っていない、という合図。


 人間と同じ意味かは、分からない。


    ◇


 俺も、同じことをした。


 両手を上げて、空にした。


 マリも、続いた。


 老人も、震える手を上げた。


    ◇


 オルソが、床に何か描いた。


 指で。


 白い床に、線が残る。


 円が二つ。接点。


 ――さっき壁で見た図だ。


    ◇


 そして、接点に印を打った。


 その印を、指した。


 それから、自分を指した。


「――ここにいる、と言ってる」


 俺は言った。


「繋ぎ目の上に」


    ◇


 マリが、前に出た。


 そして、同じ印を指した。


 それから、自分を指した。


「わたしも」


 彼女は言った。


 通じるはずのない言葉で。

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